TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

見つめる先の聖性★「甘い鞭」*石井隆監督作品

amaimuchi_danmitsu.jpg(C)2013「甘い鞭」製作委員会

監督:石井隆
原作:大石圭
脚本:石井隆
音楽:安川午朗
出演:壇蜜、間宮夕貴、中野剛、中島ひろ子、竹中直人、屋敷紘子、伊藤洋三郎、中山俊

☆☆☆☆ 2013年/角川書店、ファムファタル/118分

    ◇ 

 過去の石井隆作品において原作を用いた『魔性の香り』(’85/脚本のみ:池田敏春監督)『沙耶のいる透視図』(’86/脚本のみ:和泉聖治監督)『死んでもいい』(’92)『花と蛇』(’04)同様に、本作も原作に添うかたちで進行しながらも、エッセンスとなるところではどこを見ても石井隆の作品世界に満ちている。


 17歳の夏、隣家の男(中野剛)に拉致監禁され、地下室で凌辱されつづけた果てに、その男を殺害してなんとか地獄から生還した岬奈緒子(間宮夕貴)。
 32歳になったいまは、美貌の不妊治療専門医として過ごしている。しかし彼女にはもうひとつの顔が…。それは、男性から暴力を受け止めつづけるSM倶楽部のM嬢“セリカ” (壇蜜)としての夜の顔。あの屈辱の日々、口中に広がる奇妙な甘い味が忘れられず、奈緒子はひたすら鞭打たれている。
 ある日、鞭打たれる側から打つ側に変わった奈緒子のなかに、あの甘い味の記憶が狂気とともに呼び起される……。

     ◇

 ◆物語の結末を想像させる記述になっています。ご注意ください。


 堕ちた女が自傷を繰り返しながら落下地点に立ち返り、凌辱者と傍観者の屍を乗り越え、エクスタシーの覚醒と奈落から救出…そして、救済。これが石井ワールドの神髄である。
 石井隆監督の視線は決して男の論理だけで性を描くことはなく、暴姦による女のエクスタシーとか陵辱者とのストックホルム・シンドロームなどというオトコの戯言とは真逆のところで、強靭な精神を持ち得るヒロインの肢体を借りて女の性を見つめ描いているのである。

 ブラームスの「愛のワルツ」が静かに奏でられ、地下空間のコンクリート壁に出来たヴァギナの紋様のような傷跡から、15年前の血みどろのベットを映し撮るまでのワンシーンは、劇画家石井隆の緻密なドローイングの世界。何かしら、幻想画家ベクシンスキーの廃墟画を見るように、固唾を飲まずにはいられない石井的美学のオープニングである。

 そして、壇蜜の目元のクローズアップから映画ははじまり、ヒロイン“奈緒子”のナレーションが物語を紡いでいゆく。かつて、石井隆の映画において、全編にナレーションが付いた作品があっただろうか……否。
 このナレーションの主は、本作のヒロイン32歳の奈緒子・壇蜜ではない。さらに云えば17歳の奈緒子・間宮夕貴でもなく、本編予告編のナレーションとも違った。それに対して違和感を覚えながらも、すぐにこの声の主に思い当たり、合点がいった。

 これは、この映画は、かつて『人が人を愛することのどうしようもなさ』(’07)において、暗闇のなかにフェイドアウトしていった鏡子こと名美の魂が、闇を彷徨いながら天空からヒロイン奈緒子の姿に化身し、降臨したものではないのか。
 『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』(’10)において、紅次郎(村木)が一陣の風によって精気を吹き込まれたのは何と云おうと“名美の息吹き”であることは間違いないことで、ここにまた、奈緒子を救済する名美の存在を感じないわけにはいられないのである。

 転換する後半、奈緒子がMからSに変わるその時。エリック・サティの「ジムノペディ」が流れる。〈ゆっくりと 苦しみを〉〈ゆっくりと 哀しさを〉〈ゆっくりと 厳粛に〉の3部作は、名美がこよなく愛した旋律である。
 まさにゆっくりと、壇蜜の面貌が鞭のようなしなやかさで変化する瞬間を目撃することができる。悦びは、言葉を失うほどに、妖しく、美しく。

 迷宮の石井ワールドが展開するラストに息を呑み、暗転後のエンドクレジットを眺める間に思い浮かんだのは、劇画【ジオラマ】(’91/ヤングコミック掲載)のイメージだった。

 劇画【ジオラマ】は、学校帰りに雨に降られ友人と別れた女子高生が、雨宿りしたと思われる廃学校の校舎で襲われ、陵辱の後に抵抗、暴漢者に刃を向ける。なおも襲ってくる暴漢者。その時、ヒロインを救出するある出来事が起こる………。
 別の面では『人が人を愛することのどうしようもなさ』でも引用された手法が、本作でも物語の顛末に迷宮の様相を見せるのである。
 『人が人を愛することのどうしようもなさ』の最後、名美が歩く先々に見るものと照らし合わせてみれば、そこに、最後に奈緒子が振り向いた先に見たものと同じものを想像することは容易い。デ・パルマ的官能の画で浄化され、聖性化されたヒロインとして生きてゆくのである。

 哀しいほど残酷に、そして官能的に打ち震えるラストを見て確信する。そこに居たのは、“奈緒子を演じる名美”という女の姿……。石井隆によって放たれた壇蜜と間宮夕貴の魂の咆哮は、新たな名美の誕生を示唆したのであろう。

 壇蜜のエロスは云うに及ばず、17歳のヒロインを演じた間宮夕貴が過酷な拘束による痴態を惜しげもなく曝け出したことに賞賛を。そして、ラストに壇蜜と対峙する間宮夕貴の面貌。変貌する壇蜜とは相対し、闇を見つめる眼差しに胸が熱くなるのである。


★魔性の香り★
★沙耶のいる透視図★
★死んでもいい★
★人が人を愛することのどうしようもなさ★
☆彷徨う名美ふたたび☆
★ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う★
☆名もなき女たち☆
☆再生への悪夢☆

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Comment

ひまわり says... ""
Micさんの評論楽しみにしてました!もう観た後は感動で呆然としてしまいました!石井監督は監督としても凄いですが脚本家としての凄さを改めて実感しました!
2013.09.25 18:22 | URL | #- [edit]
mickmac says... "Re: タイトルなし"
>ひまわりさん

待ち遠しかった壇蜜と石井隆のコラボでしたが、原作モノをこんなにも石井美学に塗れた傑作にしてくれるとは、嬉しいですねぇ。
2013.09.26 00:04 | URL | #- [edit]
ぱふ says... "無題"
宮崎ではかろうじて「フィギュアなあなた」は観れたものの案の定「甘い鞭」は未公開に終わりそうです。2年も前に原作を読破したのに…。(その時は石井隆監督での映画化は知っていたが、主演女優が決まっていなかった)
2013.09.27 01:19 | URL | #0HMKsla6 [edit]
mickmac says... "Re: 無題"
>ぱふさん
お久しぶりです。

> 宮崎ではかろうじて「フィギュアなあなた」は観れたものの案の定「甘い鞭」は未公開に終わりそうです。

全国公開とはいえ単館上映のR18映画ですが、はて?「フィギュアなあなた」が観られて「甘い鞭」がダメとはこれ如何に?
………残念ですね。

「フィギュアなあなた」が“甘美な夢物語”なら、こちらは“悪夢からの救出物語”
原作は未読なのですが、結末は原作とはまったく違うらしいです。
これこそ、石井隆の救済劇だと絶賛できます。
何とか観て頂きたいですね。
2013.09.27 12:44 | URL | #- [edit]
ナカムラ says... "無題"
先ほど観賞しましたが、私の中で久しぶりの石井隆の完全復活だと思いました。

色々なサイトの感想を見ましたが、mickmacさんのが一番素晴らしく感動しました。
2014.03.18 03:25 | URL | #- [edit]
mickmac says... "Re: 無題"
>ナカムラさん
はじめまして

この作品は、“旬の女”が陶酔と奈落から変貌する妖のヒロインを演じる醍醐味がありました。
壇蜜、間宮夕貴は云うに及ばず、石井世界において新しい女優として現れた屋敷紘子にも注目しています。

石井作品のレヴューはいつも、ひとりよがりだと思っているのでナカムラさんのお言葉はうれしいです。
石井隆作品を劇画時代から見つづけてきていますので、どうしても過去の劇画のイメージを透かし通して観る癖があります。判りづらいところがあるかもしれませんがすいません。

ほかにも石井ワールドの魅力を紹介していますので、そちらの方もよろしくお願いします。
2014.03.18 13:03 | URL | #- [edit]

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