TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「TATTOO[刺青]あり」*高橋伴明監督作品

1982_03_TATTOOあり

監督:高橋伴明
脚本:西岡琢也
参考文献:「破滅~梅川照美の三十年」毎日新聞社会部編
プロデューサー:井筒和幸
助監督:水谷俊之
監督助手:周防正行
音楽:宇崎竜童
主題歌:「雨の殺人者」内田裕也&トルーマンカポーティR&Rバンド
挿入歌:「ハッシャバイ・シーガル」宇崎竜童
出演:宇崎竜童、関根恵子、渡辺美佐子、太田あや子、矢吹二朗、泉谷しげる、下元史朗、山路和弘、風間舞子、ポール牧、植木等、北野誠、大杉漣、原田芳雄

☆☆☆☆ 1982年/ATG/107分

    ◇

 昭和54年1月26日、大坂府警狙撃班による3発の銃弾で射殺された三菱銀行猟銃強盗・篭城人質事件の犯人梅川照美。本作は、彼をモデルにした作品である。

 日本犯罪史上稀に見る陰惨で残忍だった事件は、まるで映画のようだった。(人質たちにとって過酷で屈辱的だった42時間を思えば、その内容を記することも憚れる)
 だからと云って本作は、ドキュメント風にとかエンターテインメント的とかで、犯人が犯してきたことを再現したりはしない。“異常な”事件自体は一切描かれてはいない。それよりも、犯人の“愚かさ”を描くことで、人間がなぜそこまでの残虐性を持ち得たのか。犯人がそれまでに見てきた風景は何だったのか。同じ人間として異常になることに何の違いがあったのか。
 もちろん、犯人の背景がすべて解明される訳ではないが、少数派であろうと落ちこぼれた人間の極端な行動理念を解きほどくことに主眼をおいている。
 
    ◇
 
 冒頭。内田裕也の「雨の殺人者」が流れるなか、大坂・警察病院の長い廊下を竹田明夫(宇崎竜童)の死体が運ばれてくる。
 場面転換して香川県。派出所の巡査が古びた木造の家に駆けつけ、明夫の母・貞子(渡辺美佐子)に「ヘリコプターで大坂まで、飛んでや」と告げにくる。
 ヘリコプターが待機する田舎町の空き地にのんびりと現れる貞子。「何しとったんや!」と怒鳴る巡査に、貞子は平然と「パーマ屋に寄っとったんじゃ」
 大坂・警察病院の解剖室。明夫の死体の血を拭う解剖医(荻島真一)が事務的にひとこと「タトゥー」と呟き、メイン・タイトル…………。

 ここからひたすら、高橋伴明&西岡琢也はひとりの男の行動をドライに描いていく。同情の余地もない主人公だが、30年の生涯を閉じた彼の生い立ちから銀行に乗り込むまでの軌跡が、哀しく浮かび上がってくる。

 渡辺美佐子扮する母親の「パーマ屋に寄っとったんじゃ」には慄然。そして、明夫が15歳のときに若妻殺しで警察に逮捕されたときは「この子はわしが腹痛めた子じゃ!お前らの好きにされてたまるか」「悪さなんかせん!どこぞの不良たちにそそのかされたんじゃ」「わしら親子はのけ者扱いされてきたんじゃ。警察であろうと白黒つけてもらわんと、わしは黙ってへんで」と………その溺愛ぶりも凄い。
 ただ、この親にしてこの子有りと一概に決めつけることはできない。母一人子ひとりの状態が、息子の恋人が母であり、母の恋人もまた息子であるといったマザーコンプレックスの典型からくる、これはれっきとした恋愛なのだ。男は女のために“ええカッコしぃ”になるのだ。
 そこにもうひとり、母親と同じ位置に関根恵子演じる三千代という女がいる。この女も強い女だ。

 明夫は大坂に出ていっぱしの悪党気取りを得るために、胸に刺青を入れる。他人を威嚇するために、見栄のための刺青。
 泉谷しげるの刺青師が「ニイさん、胸には毛唐しか彫らんで……」と馬鹿にしたように云うのも、日本の彫り物は背中に入れるもの。洋風に胸に入れることで明夫の愚劣さがわかる。
 そんな明夫は、チンピラなみではあるがとりあえずは真面目にクラブのボーイを勤めている。理髪店や書店などで大枚を出しては「つりはいらんぞっ」と“ええカッコしぃ”の明夫だ。

 そのクラブで明夫が目をつけたのが三千代。情夫(下元史朗)がいるにも関わらず、一途さは一人前だ。
 三千代という女もふてぶてしく、情夫が「お前は男をアカンようにする…」と弱気な発言をすれば、「アカンようにされる男が、アカンのや」と明夫にくっついて出てゆく。

 しかしご多分に洩れず、明夫は三千代のヒモような存在に成り下がり、暴力で寄生するようになる。「30歳までには何かデカイことやる」と、口先だけの明夫に失望する三千代は出てゆく。
 
 前の情夫に会う三千代。
 「うち、やっぱり男をアカンようにするわ。早よ死なんと、うちが殺される」
 「『戻ってくるか』って恰好良く決めたいんだがなぁ……身ィ固めるんや」
 「おめでと。あんた良かったな、うちと早よ切れて……」

 1年後。明夫は探偵を使って三千代を探し出し、雨の日の夜尋ねてくる。部屋の奥から新しい情夫(山路和弘)が「一杯、飲んで行きいや」と声をかけると、明夫はその背中一面に天女の刺青をした風体に圧倒され出て行きかけるが、その背に「おう、デカいことやるから、新聞で俺の名前を見たら鳴海の友達だと言いふらせや」と浴びせかけられる。
 雨の中で佇む明夫のところに、赤い傘をさした三千代が近づいてくる。
 「やくざやないか。お前のことは俺が一番知ってる。帰ってこい」
 「あのひと、口だけのひとと違う」
 三千代を押し倒して唇を重ねる明夫に、三千代はボソっと呟く。
 「“神戸、撃つ”言うとる。うち、ホンマもんの男が好きや」
 勝ち誇った顔で走り去る三千代と、呆然とする明夫。

 関根恵子の圧倒的な美しさは明夫と出会った頃のラヴシーンで開示し、この雨の中のシーンでは艶やかな凄み漂う迫力をもって関根恵子のカムバックを確実にしたのであった。

 何日かして、三千代の情夫が神戸の組長を襲撃した記事を目にした明夫は、共鳴したかのように前々から考えていた銀行強盗を実行にうつすことになる。
 この三千代の情夫のモデルが実際1978年に山口組田岡一雄組長を銃撃した伝説のヒットマン・鳴海清のこと。鳴海の16歳の愛人がこのあと梅川と関係を持っていたことから、映画はこうした展開に仕立てたのであろう。

 ズルくて、横柄で、軽薄で、どうしようもなく愚劣な男・竹田明夫を演じる宇崎竜童。サングラスを取るとどちらかと云うと情けない顔になるのだが、バーのウェイターから独り立ちするまでに成り上がっていく勤勉さと、ナルシストで凶暴で情緒不安定さを持ち合わせた男の足掻きねだる情けなさを見事に体現している。

 馴染みの書店で大藪春彦の書籍を大量に買い込むほど大藪ファンの明夫は(実際に梅川も大藪ファンだった)、作品の主人公を真似てストイックに身体を鍛えている。部屋には大藪春彦の本以外に銃器の月刊誌や並べられ、その横には健康雑誌が並んでいたり、クレー射撃にも勤しんだりと、彼の行動には一貫したものがあり、自分に課した誓いを守り抜くことに固執している。
 それは「30歳までのケジメ」………15歳で人を殺した明夫にとって15年経った30歳には母親に心配をかけず、地に足をつけた一人前のオトコになることと誓い、ある意味、純真にそれを守ろうとする幼稚さもあったわけで、それが自分勝手なことではあるのだが、そのことへの焦りが歪みを生み出していたのだろう。
 もちろんこの男の短絡的行動への理解は得られるものではなく、「破滅」への行動原理の説明もされないまま、明夫は銃とナップザックを持ち銀行の中に消えるのだった。

 「30歳までに何かやらなくては」の強迫観念は、誰もが「何か」で共通して持ち得ていることではないか。犯人は過保護に育てられてきたひとりっ子、ベビーブーム世代。時代は違えど、他人と違うことで「何でオレだけが」と内省的になるのは現代社会でも同じ。人間を本当に理解することなど不可能で、これまでに何人の梅川が現れてきたことか……。


 「お母ちゃんの顔見せたら、全員ぶち殺したるぞ」
 一斉射撃で男の30年の生涯は終わった。

 深夜のホーム、ベンチに白布に包まれた遺骨を抱いて微動だしない貞子の姿。明夫のロールハットを被る渡辺美佐子の姿が闇の中にぽつんと浮かんで、クロージング………宇崎竜童の「ハッシャバイ・シーガル」が流れる…………。
 この余韻が堪らない。


 監督の高橋伴明はピンク映画で名を馳せていて、この作品が初めての一般映画。タイトル前に「高橋伴明監督作品」と打ち出され、満を持しての登場だった。
 
 明夫が通う書店の主人には毛糸の帽子に丸眼鏡で原田芳雄が扮し、明夫に西村寿行を勧めるも「エロ過ぎる」と不満顔で「やっぱり大藪やで」と云われる。

 高橋伴明の誘いでピンク映画で映画デビューした大杉漣は、酔っぱらいの姿でワンシーンに登場する。


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