TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

◆「人類学入門 「エロ事師たち」より」*今村昌平監督作品

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監督:今村昌平
原作」野坂昭如
脚本:今村昌平、沼田幸二
撮影:姫田真佐久
美術:高田一郎
音楽:黛敏郎
出演:小沢昭一、坂本スミ子、近藤正臣、佐川啓子、田中春男、中野伸逸、菅井一郎、園佳也子、菅井きん、北村和夫、浜村純、二代目中村鴈治郎、殿山泰司、ミヤコ蝶々、西村晃、佐藤蛾次郎、加藤武、榎木兵衛

☆☆☆★ 1966年/日活/128分/B&W

    ◇

 原作は野坂昭如の小説デビュー作『エロ事師たち』。
 〈エロ道〉の追求と〈エロ事〉への執念を燃やす男の生き様と、人間たちの本能である「性」への感情を、ブラックユーモアを交えて描いた人間喜劇の傑作。

 エロに耽溺する人間たちの切なさと滑稽な姿こそ「生」へのエネルギーだと言わんばかりに、徹底的に人間観察を施した演出で日本人の「性」に関する後ろめたさとか暗さを遠慮なく曝け出してゆく。


 8ミリカメラを数台持って、今日もスブやん(小沢昭一)は仲間たちとブルーフィルムの撮影に勤しんでいる。相棒の伴的(田中春男)が編集をし、エロ写真の合成は色男のカポ一(中野伸逸)の仕事。
 カラカラと映写機の音が響くなか、フィルムのチェック。8ミリのスクリーンが映し出されて、本編のクレジットになる。そのまま画面は、スブやんが住んでいる部屋にズームして物語がはじまる。

 エロ事師の仕事は、8ミリのブルーフィルム、エロ写真、エロ(官能)小説、エロテープの製作販売のほかにも、売春斡旋、乱交パーティの主催など幅広い。顧客は大手会社の重役筋。非合法な裏世界に住まい、俗世間の「欲」に応えるべく、採算度外視で仕事に励む職人気質のスブやんは、エロ稼業に誇りと自信を持っている。
 
 スブやんは、下宿先だった戦争未亡人で理髪店を営む松田春(坂本スミ子)と内縁関係にあり、春には浪人生の息子・幸一(近藤正臣)と15歳の娘・恵子(佐川啓子)がいる。
 幸一は極度のマザコンで、恵子は幼い頃、スブやんが原因で交通事故に遭い太ももに痛々しい傷跡が残っている。ふたりはスブやんの商売を知ってから、幸一は金の無心、恵子は嫌悪感を露にしながら不良中学生のように過ごしている。
 スブやんは、そんなふたりの面倒も嫌がらず、春のためにも懸命に、ヤクザに邪魔をされようが働き稼いでいる。

 そんなある日、春が病で倒れた。商売にも障害が起こりイライラするスブやんは、つい恵子と情交を結んでしまう。それを知った春は、スブやんに恵子と結婚してくれと言い出す。
 伴的は商売をもっと頑強にするために、自前の現像所を作ろうと提案し金の工面をするが、その金を幸一が持ち逃げしてしまう。それでも、幸一を案ずるスブやんである。

 精神不安定で個室で療養するようになった春のところに、嫁をもらったと幸一が尋ねてくる。スブやんもひさしぶりに病室で春とセックスをするが、翌日、春は突如として狂いだし、亡くなってしまう。
 エロ事に生き甲斐をなくしインポテンツになったスブやんは、人間への性的快楽を機械に求めるようになり、完璧なるダッチワイフの製作にとりかかる。エロ事師一世一代の大仕事である。

 5年後。実家を美容院にして開店させた恵子は、不良仲間だった客と「十(とう)でズベ公、十五(じゅうご)でアネゴ、二十歳(はたち)過ぎたらただの人や」と笑い飛ばすほど一人前の美容師になっていた。
 店の裏の運河の川縁には、停泊する屋形船のなかで春に似せたダッチワイフの研究に余念のないスブやんが生活している。ダッチワイフを南極観測船に提供しようと、商売っ気たっぷりの幸一の話を一蹴するスブやんは、まるで達観した仙人のような姿だ。
 恵子からもらう髪の毛を、一本一本陰毛部分の植毛に没頭するスブやん。
 その夜、停泊用のロープがほどけ、スブやんの船はゆっくり大阪湾から大海に流れていく。

 冒頭の8ミリ画面に変わり、漂っていく船とともに8ミリ映画は終わる。

 スブやん「わかるなぁ。この男の気持ち」
 伴的「わいには わからんなぁ」
 カポ一「死んでまうんやろか」
 スブやん「さ、次やろ!」

 …………暗転………

    ◇

 初の主演映画である名ヴァイプレイヤー小沢昭一(1967年の『痴人の愛』でも主役だった)は、巧みに大阪弁を操りエロ道まっしぐらの主人公の哀れさと滑稽な姿を、見事なほどの存在感で見せつけ、ひたすら裏世界に生きる男の純情さと人に対する温かさが微笑ましい。
 大阪弁に関しては、自然体の坂本スミ子に比べ小沢昭一はいかにもわざとらしさがあるのだが、それが逆に生臭さを消す作用になり、俗世間を漂う如何わしさを醸し出していて面白い。

 今村昌平好みのぽっちゃりした坂本スミ子は、その体躯から発散する妖艶さが素晴らしい。決して美人ではないのだが、菩薩のような優しさがとても美しい。
 セット撮影がほとんどなくロケーションだらけの本作で、3階の病室のベランダから叫び歌う坂本スミ子の鬼気迫る狂人演技は他を圧倒する。浴衣の前がはだけた半裸姿で、病室の鉄格子の出窓から手足をばたつかせ、大声で春歌を歌う坂本スミ子を大通りから群衆が見上げているのだが、その驚きようは決してエキストラとは思えない。今村昌平のリアルな演出の一端であろうか。理髪店となる河川沿いの住居も、実際に人が住んでいる家を借り受けて改装したらしい。
 
 そんな今村昌平の演出に伴う姫田真佐久のカメラワークも、人間を冷徹に見据えているかのように相変わらず凄い。
 スブやんの商談を隣のビルからロングショットで撮らえるカメラをはじめ、天井から覗いたり、窓越し、襖越し、ガラス越し、水槽を挟んだり、登場する人物はほとんどのシーンでカメラと相対することなく、子どもが蟻の巣を虫眼鏡で観察するかのように、カメラのレンズが人間を観察する眼となり、観客はこっそりと市井の生活を覗き見をしている錯覚に陥る仕組みだ。
 果ては、恵子の高校入学式では床においたカメラで女子生徒の沢山の脚だけしか映さない奇抜さとか、幸一の嫁が病院の廊下を歩いてくるシーンではただならぬ空気がカメラから立ちのぼっている。

 子持ちの娼婦を処女に仕立てる置屋のミヤコ蝶々の図太さとか、処女を欲しがる中村鴈治郎のエロ爺ぶりや、知恵遅れの自分の娘をブルーフィルムの相手役にする男優の殿山泰司の畜生ぶりなど、名優のリアリティによっても人間の「欲」のどうしようもなさが暴かれている。

 嗚呼、人間なんて節操もない愚かな動物。みんな同じ穴の狢ってことだろ。


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Comment

さすらい日乗 says... "あの撮影は"
坂本スミ子のシーンは、近くに難波球場があったので、試合終了時、大勢が出てきた時に、交差点でわざと車をぶっけて大混雑を起こし、その時に「あれは何だ!」と叫び皆を集めて一気に撮影したそうです。
武重邦夫さんという、この時は製作部だった人のブログに詳しく書かれています。

この映画は、日活ロマンポルノの先駆だったと思う。ロマンポルノは、今村昌平がいたから生まれたわけで、西村昭五郎も今村の影響を一番受けているはずです。田中登も助監督でした。
2013.05.19 18:22 | URL | #o/PXu/q6 [edit]
mickmac says... "Re: あの撮影は"
さすらい日乗さん

>坂本スミ子のシーンは、近くに難波球場があったので、試合終了時、大勢が出てきた時に、交差点でわざと車をぶっけて大混雑を起こし、その時に「あれは何だ!」と叫び皆を集めて一気に撮影したそうです。

これはまた凄い話ですね。昔はゲリラ撮影など日常茶飯事でしたでしょう。

>ロマンポルノは、今村昌平がいたから生まれたわけで、西村昭五郎も今村の影響を一番受けているはずです。田中登も助監督でした。

確かに! 素材的にこの作品はロマンポルノへの道筋になったかもですね。
西村昭五郎監督のデビュー作を見たら、今村昌平脚本・小沢昭一主演なんですね。

本作でサード助監督をしていた田中登氏の後日談によると、この撮影では西成交番に空き巣と間違えられて捕まったり、ラストシーンの撮影では田中氏が筏の小屋に乗って漂流し、危うく大型貨物船に衝突しそうになったと言います。
そして、陸に上がって今村監督と姫田カメラマンをなじったけれど、ラッシュでその画面の素晴らしさを見たら、“許せる”と思ったそうです。
釜ヶ崎での経験は「色情めす市場」に生かされているのでしょうね。

2013.05.20 00:33 | URL | #- [edit]

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