TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「エヴァの匂い」*ジョセフ・ロージー



Eva
監督:ジョセフ・ロージー
原作:ジェームズ・ハドリー・チェイス
脚色:ヒューゴー・バトラー、エヴァ・ジョーンズ
撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ
音楽:ミシェル・ルグラン
出演:ジャンヌ・モロー、スタンリー・ベイカー、ヴィルナ・リージ

☆☆☆☆ 1962年/フランス/117分/B&W

    ◇

 簡素な原題「エヴァ」に対して、邦題に「匂い」を付け加えたセンスの良さ!

 ジャンヌ・モローが、女性として、女優として、最高に脂の乗っていた時のこの作品は、甘美で妖艶な魅力を存分に振りまき、退廃的な美しさで究極のファム・ファタールを演じている。

 ヴェネチアの社交界で、高価な衣装と宝石を身につけ派手な噂を振りまく女性エヴァ(ジャンヌ・モロー)。何人もの男たちが、その魔性に取り憑かれ破滅していっている。
 デビュー作が映画化され金と名誉を得た新進作家ティヴィアン(スタンリー・ベイカー)も、そのひとりだ。ティヴィアンは一夜の関係でエヴァの魅力に堕ち、美しい婚約者のフランチェスカ(ヴィルナ・リージ)がいるにもかかわらず、金も仕事も投げうって、恋人も友もなくし、破滅していく……。

    ◇

 ファム・ファタール Femme Fatale………仏蘭西語で“運命の女”と訳されるこの言葉は、妖艶な魅力と官能性を持つ“魔性の女”として悪女の代名詞にも使われる。どこか狂気を宿し、男を惹きつけ悦ばせ、そして破滅に導くファム・ファタール 。
 自滅していく男たちの悲劇は、裏返せば男たちの幻想でもあり、男が存在し生きていくためには聖女も悪女もイコールと云える。

 ジャン・コクトーから「君がスターになったらこの作品を演じなさい」と云われたジャンヌ・モロー。しゃがれた声で口角の下がった口元のジャンヌ・モローは決して美貌の持ち主とは云えない。美しさだけで云えば断然フランチェスカ役のイタリアの女優ヴィルナ・リージだ。
 それでも、ジャンヌ・モローの出てくるシーンだけを何度も見直したくなる。彼女を一度見ればその虜になってしまう魅力は、主人公のエヴァと同じ“匂い”を持ちえる多面的な美しさと、圧倒的な存在感に魅了されてしまうからだ。それは数多くある彼女の映画すべてに云える。


 「君は美しい。美しくて、残酷で、不道徳で、破滅的だ」
 「わたしを幸せにしてみせて。でも、恋はしないで」


 男って何て馬鹿な生き物、と云われてしまえばそれまでだが、男は女なしでは生きてはいけない。身を破滅しようが、性悪女だろうと、男は女に心乱される願望があるものだ。


 「世界中で一番好きなものは?」
 「ラルジャン(お金)!」
 「一番嫌いなものは?」
 「年とった女!」

 3万ドルの仕事を断り、エヴァの誘いでヴェネチアの超一流ホテル〈ダニエリ〉に滞在するティヴィアンが、エヴァに自分のことを打ち明ける。実はティヴィアンは元炭坑夫で、兄の遺稿を自分の作品と偽り作家デビューを果たし大金持ちになっていた。エヴァは静かにその話に耳を傾けている。
 ティヴィアンはエヴァに「君もぼくと同じだ」という。夫のいる身で裕福な男を渡り歩く勇敢マダム然とした高級娼婦エヴァの虚像を感じとっているからこそ、誰にも云えない自分の姿をエヴァにだけは見せられる。
 エヴァは微動だせず、目だけティヴィアンを追い聞いている。女は弱音を吐かないものだ。

 エヴァは云う「私に払うお金ある?」
 ティヴィアンは持ち合わせた金と金のシガレットケースなどを渡すが、エヴァの言葉は辛辣だ。
 「わたしと週末を過ごして、これだけのお金? 返すわ 情けない人 こんなお金いらないわ 必要でしょ?」

 フランチェスカのもとに帰ったティヴィアンは結婚式をあげた。ゴンドラに乗るふたりをホテル・ダニエリのバルコニーから眺めるエヴァ。
 カジノでエヴァと再会したティヴィアンは、エヴァには夫などいなかったことを知り、エヴァを別荘に連れて行く。
 「ベッドに来ないで」
 ティヴィアンには指一本触らせないエヴァ。
 苦悶するティヴィアン。そこに、ボートでフランチェスカがやって来る。

 ここはスリリングなシーンだ。 
 鏡に映るエヴァとフランチェスカが対峙する場面構成の素晴らしさ。
 ショックを受けたフランチェスカはティヴィアンを振り切り、ボートを運転し自殺する。 


 鏡を見るエヴァ、鏡に映るエヴァ、頻繁にでてくるシーン。ジョセフ・ロージー監督の見事なまでの映画手法は、俯瞰カメラや鏡越しのレイアウトからエヴァの心象が繊細に映し出されていく。
 髪をかきあげ、煙草をくわえ、シーツで身体を包み、鏡に映る自分を見るとき、エヴァが唯一心を開く時だ。
 それにしても、ジャンヌ・モローの銜え煙草の素敵なこと!

 全編ジャジーなサウンドは『シェルブールの雨傘』のミシェル・ルグラン。退廃的美を醸し出すヴェネチアの街と、破滅していく男の心象を見事に浮き彫りにしていくルグラン・ジャズがいい。
 エヴァが必ず室内で聴くビリー・ホリディの「Willow Weep for Me(柳よ泣いておくれ)」は、気怠い歌声が素晴らしい効果となっている。
 アパートメントの窓越しに見えるエヴァが、愛聴盤のビリー・ホリディのレコードを床に叩き付ける終盤、媚と美しさだけで愛に生きていける年齢をとうに過ぎた女の淋しさが映し出される。エヴァが一番恐れている孤独が滲み出てくる。だからこそ、エヴァは正直に生きている。“運命の女”であっても“悪女”にはあらず。

 サン・マルコ広場でのラストシーン、何もかも失ったティヴィアンに「みじめな男………」と呟くエヴァだが、自分と同じ“匂い”を持った男だったからこそ、冷たく言い放たれた言葉だ。


 ジャンヌ・モローが監督推薦したジョセフ・ロージーはアメリカ人。赤狩りの影響でイギリスに渡り生涯アメリカには帰らなかった気骨ある映画作家だ。代表作は『召使』('63)『唇からナイフ』('66)『夕なぎ』('68)『暗殺者のメロディ』('72)『人形の家』('73)などがある。
 英国俳優のスタンリー・ベイカー、イタリア美人のヴィルナ・リージ、そしてフランス映画のミューズであるジャンヌ・モローと、国の違う映画人たちが集まった作品だったが、アメリカ人のロージー監督はスタッフとの相性は良くなかったらしい。
 ラストのエヴァの台詞は別のものがあり、プロデューサーのロベール/レイモン・アキム兄弟(『望郷』『太陽がいっぱい』『昼顔』)によってカットされたという。

 原作『イブ』(翻訳版の『悪女イブ』は身も蓋もないタイトルだ)を書いたジェームズ・ハドリー・チェイスは、『ミス・ブランディッシの蘭』('39)でデビューをし、ハードボイルド小説やノワール小説、悪女もので人気が高いイギリスの推理作家だ。国内外のファンは多く、彼の作品の多くは映像化されている。
 同じ『イブ』を原作にしているのが、小悪魔ぶりを発揮して一躍世界的スターになったミレーヌ・ドモンジョ主演の『女は一回勝負する』('57)だが、これはアンリ・ヴェルヌイユ監督がかなり脚色した犯罪映画に変貌。ほかに、ジャン・ポール・ベルモンド主演の『ある晴れた朝 突然に』('64)、ロバート・アルドリッチ監督の『傷だらけの挽歌』('71/『ミス・ブランディッシの蘭』)、シャーロット・ランプリング主演の『蘭の肉体』('74)などが有名。
 『ある晴れた朝 突然に』の哀愁のギターと口笛のメロディは、生涯忘れられない映画音楽のひとつだ。

 我が国では、映画監督/劇画作家・石井隆がハドリー・チェイスに強くインスパイアされている。根津甚八主演の「月下の蘭」('91)や大竹しのぶ主演の「死んでもいい」('92)が、『ミス・ブランディッシの蘭』『蘭の肉体』と深く関わっているのは周知のことである。


★唇からナイフ★
★傷だらけの挽歌★
★死んでもいい★

eva_dvd.jpg

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Comment

トウジロ says... "観なきゃ!"
わあ、これは観てませんでした!必見ですね~~!ご紹介ありがとうございました。
2012.06.16 10:31 | URL | #SFo5/nok [edit]
mickmac says... "Re: 観なきゃ!"
>トウジロさん ご無沙汰しています。

この映画はトウジロさんも観ていると思いましたが………

原作の翻訳タイトルの「悪女イブ」は先入観を植え付けるもので最悪と思っていますので、この「エヴァの匂い」というタイトルは名邦題といえます。

破滅していく男に対して女は残酷なものですが、この構図こそ我らの石井隆氏の物語の核にもなっているように、女と男の関係が救済と悲劇に彩られているから魅了されるんですよね。
2012.06.16 12:47 | URL | #- [edit]
トウジロ says... ""
鋭い切っ先をまともに受けてしまい、声も出ません。破滅していく者に対するまなざしや手かざしについて、絵空事とだけ想いながら漫然と過ごすには、どうやら齢を重ね過ぎてしまったようです。そうかもしれませんね、本当にきつい話ですね。

近々エヴァは観れそうです。とても楽しみです。

こちらこそご連絡もせず、失礼してすみません。今後ともどうぞよろしく──
2012.06.18 20:24 | URL | #- [edit]
mickmac says... "Re: タイトルなし"
>トウジロさん

ネタバレしましたが、充分に楽しんで頂けると思います。
ジャンヌ・モローの煙草の吸い方、石井隆に影響与えてるかも?
なんて言い過ぎかぁ……笑。
2012.06.20 00:23 | URL | #- [edit]

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