TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「さそり」*ジョー・マ



蠍子 SASORI
監督:ジョー・マ
原作:篠原とおる
脚本:ジョー・マ、ファイア・リー
撮影:ジョー・チャン
音楽:吉川清之
主題歌:「怨み節」中村 中
出演:水野美紀、サム・リー、ブルース・リャン、エメ・ウォン、石橋凌、夏目ナナ、ディラン・クォ、ペギー・ツァン、ラム・シュー、サイモン・ヤム

☆☆ 2008年/日本・香港/100分

    ◇

 1970年「ビッグコミック」誌に連載がはじまった篠原とおるの劇画『さそり』が初映画化されたのが1972年。70年代を席巻した“女囚さそり”梶芽衣子の松島ナミ登場だった。
 梶芽衣子版は『女囚701号/さそり』『女囚さそり 第41雑居房』『女囚さそり 701号怨み節』『女囚さそり けもの部屋』と4作つづき、以降、多岐川裕美、夏樹陽子で新ヴァージョンが製作され、Vシネマとしても小松千春や岡本夏生(監督は池田敏春!)がヒロインを努めてきた。
 そして20世紀に入って最初の松島ナミが、吹替えなしでアクションに挑んだ水野美紀。香港オールロケーションによる日本/香港との合作映画となる。


 幸せな結婚を目前に、婚約者ケンイチ(ディラン・クォ)の妹と父親を殺す羽目になり、刑務所に服役する松島ナミ(水野美紀)。
 赤城(ブルース・リャン)、ソウロウ(サム・リー)、セイコ(エメ・ウォン)ら、自分を陥れた殺し屋たちへの復讐と愛する恋人への再会を願うナミだが、その思いも虚しく、刑務所のなかでのバトルに巻き込まれ、瀕死の状態で森の中に埋められてしまう。
 やがてナミは“死体収拾人”(サイモン・ヤム)に助けられ、彼から過酷な訓練を受け、完璧な殺人者へと姿を変えるのだった。
 そして遂に、ナミの殺し屋たちとその背後にいる黒幕への復讐が開始される………。

    ◇

 クールビューティーな梶芽衣子に対して水野美紀もアクションを目指す女優だけあって、タフな立ち回りや夏目ナナとの肉弾戦はそれなりに見応えがある。特に、日本刀をかまえるときの腰の入れ方は、日本人として恥ずかしくない殺陣の基本姿として美しい。

 共演者はバーのマスター石橋凌と、ナミと敵対する凶暴な女囚エリカで存在感を見せつける夏目ナナ以外は香港の俳優陣だが、その顔ぶれは豪華だ。
 ジョニー・トー作品の常連サイモン・ヤムはナミに武術を叩き込む謎の男、ラム・シューはオリジナル『女囚さそり』で渡辺文雄が演じたような執拗で悪辣な刑務所所長を演じ、殺し屋集団のサム・リーの冷徹漢ぶりも存在感豊かだが、妖しい美しさを放つ女殺し屋エメ・ウォンと黒幕ペギー・ツァンの上品で可憐な顔立ちに目がいくのは仕方がないか。
 そして殺し屋集団のボス役を、かつて70年代のカンフー映画で一世を風靡したブルース・リャンが演じているのだが、隠遁生活から復帰した60歳にして水野美紀とのカンフー・アクションのキレはさすがである。

 しかし、映画の出来はまったく感心できない。
 『女囚さそり』のヒロインを借り同じく梶芽衣子の『修羅雪姫』の復讐譚にした脚本は、『修羅雪姫』のイメージで撮りあげたタランティーノの『キル・ビル』の焼き直しにしか見えない稚拙さで破綻を露にしている。
 梶芽衣子の『さそり』は通俗娯楽映画以上に、官憲(恋人)と体制(国家)と権力に属する者たちへ刃を向けた新しいヒロイン像であったことと、『修羅雪姫』も“因果応報”と“女の業の深さ”と“宿命”が根底にあるドラマだ。その怨念と時代の空気を体現できるヒロインが、当時の梶芽衣子でしかありえなかったからこその“復讐のヒロイン”だったはず。後発の作品がただのオンナの復讐ドラマに終わってしまうのは道理であり、そこにリメイクの意味合いを見い出すことはできない。

 過去の『さそり』を意識しないところでのドラマづくりなのだろうが、スタイリッシュな映像に凝り過ぎた画面は、5~6分のミュージックPVならいざ知らず、フェイドイン/フィイドアウトのスローモーションとフラッシュ効果の多用は、ただ困惑と疲労を覚えるだけだ。
 後半、ナミと殺し屋ひとり一人とのバトルはワイヤー・アクションのオンパレードで、次第に笑えてくるのは必至である。まあ、これが香港アクション映画の神髄だと云われればそれまでだが、こんなシーンより、前半の刑務所内でのナミとエリカの身体を張った熾烈なアクションの方が何倍もの迫力がある。
 終盤、水野美紀とブルース・リャンとのカンフーアクションで、水野のひと太刀がブルース・リャンの胴体と両足を斬り離すところは、中原早苗の胴を真っ二つに切断した『修羅雪姫』藤田敏八監督へのリスペクトであろうが、『修羅雪姫』において藤田監督は、劇画原作を意識してあえて大量の血ノリ描写でスプラッターに徹したことに比べると何ともおとなしい表現。どうせ荒唐無稽な話なんだから、梶芽衣子にオマージュを捧げた『キル・ビル』のように潔さが欲しいところだ。

 ナミの後ろ姿に主題歌「怨み節」が流れるエンディング……ここが一番いいってどういうこと。梶芽衣子の無常感とはちがって、情念に震える怨恨節を聴かせてくれる中村中(なかむら あたる)。
 この歌声が聴けたことで、本編はこの歌のPVだったと思うことにして☆2つで納得しよう。

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