TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「暗黒街のふたり」*ジョゼ・ジョバンニ



DEUX HOMMES DANS LA VILLE
監督:ジョゼ・ジョバンニ
脚本:ジョゼ・ジョバンニ
撮影:ジャン・ジャック・タルベ
音楽:フィリップ・サルド
出演:アラン・ドロン、ジャン・ギャバン、ミムジー・ファーマー、ミシェル・ブーケ、イラリオ・オッキーニ、ビクトル・ラヌー、クリスチーヌ・ファブルガ、ベルナール・ジロドー、マルカ・リボフスカ

☆☆☆☆ 1973年/フランス/100分

    ◇

 フランス二大スターのアラン・ドロンとジャン・ギャバンが『地下室のメロディ』『シシリアン』に次いで3度目の、そして最後の共演となった作品。
 原題『街のふたり』をフィルム・ノワールらしい邦題にしてはいるが、実は、犯罪者の社会復帰を阻む警察権力と死刑制度を批判した社会派ドラマの秀作である。

 銀行ギャングで12年の刑に服していたジーノ(アラン・ドロン)が、10年で仮釈放されたのは老保護司ジェルマン(ジャン・ギャバン)のお陰だった。10年間待ち続けてくれた妻のソフィ(イラリア・オッキーニ)に迎えられ、ジェルマンの世話で印刷工として真面目に働いた。親代わりのようなジェルマンはジーノを温かく見守り、家族同士の付き合いをしていたが、ある日、ジェルマン一家と家族ぐるみのピクニックを楽しんだ帰り道、暴走して来た車を避けたジーノの車が転倒し、妻のソフィを死なせてしまった。
 ジーノは絶望のあまり生きる張りを失い、再び悪の道へ走りかねなかったが、ジェルマンの深い慈愛と厳しい勇気づけと、新しくできた恋人ルシー(ミムジー・ファーマー)の力添えで、ふたたび幸福への手がかりを掴めた思いになってきた。
 そんなジーノの前に、10年前に彼を捕まえたゴワトロー警部(ミシェル・ブーケ)が現れた。ジーノを目の敵にするゴワトロー警部は、保釈を取り消してもう一度刑務所に追い返そうと執拗につけ廻すのである。
  たまたまジーノが昔の仲間に声をかけられたところを見たゴワトローは、後日発生した銀行強盗の主犯をジーノと決めつける。人間を信じないこの刑事の底意地の悪い企みは、ルシーを脅し、ジーノを犯罪に追い込もうとする。ジーノの苛立ちと腹立たしさは頂点を極め、ジーノの身体に触れたゴワトローに対してついに堪忍袋を破った。ゴワトローの首を絞めるジーノ。それは故意による謀殺ではなく、どうしようもなかった衝動だった。
 弁護士やジェルマンの必死の訴えも虚しく、ジーノは死刑宣告を受けるのだった……。
 
    ◇

 前科者への偏見と悪意、法の無慈悲と不条理、追いつめられていくジーノの痛ましさは痛烈である。

 プロデューサーはアラン・ドロン。それまでプロデューサーとしてはあまり成功したとは云えないなかで、どうしてもこの作品を製作したかった理由は、当時のアラン・ドロンには忌まわしいスキャンダルが生々しい傷跡として残っていたことが、ひとつの起因と云ってもいいだろう。

 スキャンダルとは、1968年に当時のドロンのボディガードだったマルコビッチという男が射殺され、死体がゴミ処理場に遺棄されていたことから始まった「マルコビッチ事件」である。
 ドロンに嫌疑がかけられ、最重要参考人として官憲から徹底的にマークをされ、ほとんどクロのレッテルを貼られていたニュースが全世界を駆け回っていたのだ。
 証拠不樹分のまま不起訴になったあとも執拗な尋問が行われたという。そのため、1970年に大統領宛の公開状を発表して、世間に官憲の陰謀を告発している。
 長期間にわたる厳しい取り調べに、いかに無実を叫んでも人間は簡単に破滅に追い込まれることを身にしみて経験したドロンだからこそ、官憲への怒りと当時のフランスの死刑制度廃止へのプロテストの行動が本作に込められていると思う。 

 アラン・ドロン自身が心情的に理解できる主人公ジーノがリアルに描かれているには、刑務所体験のある元ギャングのジョゼ・ジョバンニ監督起用も大きい。ジョバンニ自身、大統領の恩赦によって死刑台から救われた人物なのだから、その体験も強みだ。
 
 劣悪な刑務所で暴動が起きるシーンなど犯罪者の立場から法を司る者たちへの不信感がありありと感じられ、無力感に叩きのめされる裁判シーンから冷酷なラストシーンへの道筋は背筋が寒くなるくらい強烈である。
 アラン・ドロンとジョゼ・ジョバンニが描く前科者への感情移入は半端ないもので、映画のラストのギロチンの残酷さは、ふたりの痛切なメッセージとなっているわけだ。
 芸術や文化の華と云われるフランスには1977年までギロチンによる死刑が執行されており、映画の中でジーノの女性弁護士が最終弁論で死刑廃止を訴えるように、この作品がはっきりと死刑廃止を主張していることが重要だ。

 そうした迫力に満ちたストーリーの中に、貫禄と人間としての優しさを持ったジャン・ギャバンが出演したことで物語に情愛の幅が生まれ、より心を打つ作品になっている。

 名脇役のミシェル・ブーケの憎たらしい警部役も絶品。

 音楽のフィリップ・サルドゥは、1970年代のフランス映画『ひきしお』『帰らざる夜明け』『夕なぎ』『離愁』『最後の晩餐』『テス』など数多くの素晴らしいスコアを残している作曲家で、本作もリリカルで哀愁に満ちたメロディがとても美しい。

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★地下室のメロディ★
★シシリアン★

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Comment

蟷螂の斧 says... "これは・・・・。"
悲しい映画でしたね・・・・。
再出発しようとしても警部に邪魔をされる。
そしてギロチンによる処刑には驚きました。
邦題はこれで良かったのでしょうか?
映画を見る前はアラン・ドロンもジャン・ギャバンのギャングの役かなと勘違いしました。
2012.12.27 10:58 | URL | #89mvnuJE [edit]
mickmac says... "Re: これは・・・・。"
>蟷螂の斧さん 

邦題は妥当と思いますよ。原題の「街のふたり」では何ともね………笑。
記事にも書いたように、アラン・ドロン自身が被ったスキャンダルがこの映画への意欲になったんです。
最後のドロンの表情は忘れられませんネ。
2012.12.28 13:10 | URL | #- [edit]
蟷螂の斧 says... "スキャンダル"
猪俣勝人氏の著作で読みました。
彼はまさに絶体絶命に追い込まれたんですね。
監督が元ギャング。
それもまた大きいです。

>最後のドロンの表情は忘れられませんネ

無念・・・・と言う感じでした。
2012.12.28 19:58 | URL | #8E6Z4hqk [edit]
mickmac says... "Re: スキャンダル"
>蟷螂の斧さん

当時、アラン・ドロンの暗黒街スキャンダルは、日本での人気には全然関係なかったですね。
フランク・シナトラなどもそうですし、日本でもある時期、その手の噂やスキャンダルと映画俳優としての実力と人気はファンには別個のもので済まされていた時代です。
2012.12.31 01:27 | URL | #- [edit]

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