TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」*ジョニー・トー



VENGEANCE/復仇
監督/ジョニー・トー
脚本/ワイ・カーファイ
撮影/チェン・シウキョン
美術/シルヴィー・チャン
音楽/ロオ・ターヨウ
編集/デイヴィッド・リチャードソン
出演/ジョニー・アリディ、アンソニー・ウォン、ラム・シュ、ラム・カートン、サイモン・ヤム、ミシェル・イェ、チョン・シウファイ、フェリックス・ウォン、バーグ・ウー、マギー・シュウ、シルヴィー・テステュ

☆☆☆★ 2009年/香港・フランス/108分

    ◇

 香港ノワールの鬼才ジョニー・トー監督が、フランスのロック・シンガーであり俳優のジョニー・アルディを迎えて、クールでストイックな男たちの友情と復讐を描いたハードボイルド作品である。
 本場フレンチ・ノワールの巨匠ジャン=ピエール・メルヴィル監督の熱烈なファンだというトー監督の、様式美あふれる世界を堪能できる。

 マカオの住宅地で一家4人惨殺事件が起きた。娘婿と孫2人を失ったフランス人のレストラン経営者コステロ(ジョニー・アリディ)は、異国の地で偶然に出会ったクワイ(アンソニー・ウォン)、チュウ(ラム・ガートン)、フェイロク(ラム・シュ)の3人組の殺し屋を雇い、全財産を報酬に敵討ちを依頼する。
 しかしコステロには、かつて殺しを生業にしていた頃に受けた銃弾が脳の近くに残っており、いつ彼の記憶が失われていくか分らなかった。
 やがてコステロの復讐の相手が、クワイら3人の組織のボスであるファン(サイモン・ヤム)の仕業と判明する………。

 大雑把で甘いストーリーとはいえ、記憶が失われた男と約束を交わした男同士の生き様は、鮮烈に美しく、哀しく、崇高な死で人間の運命を謳いあげている。
 その哀愁を漂わすムードは、主人公のジョニー・アルディよりも断然3人の殺し屋の方が魅力的。
 コステロと3人の出会いのシーン、ホテルの一室で仕事を終えたクワイたちが、コステロとジッと睨み合う無言の間合いの緊張感が素晴らしい。

 フィルム・ノワールは、寡黙のドラマであること。

 寡黙であるからして、少ないセリフのなかに“人生”が語られなくてはならない。3人の殺し屋とコステロが意気投合する食事シーンでは、無言で互いを理解し認め合う“男の世界”が築かれる。

 フィルム・ノワールは、スタイリッシュな様式美であること。

 ブルートーンを基調にした映像、サム・ペキンパーを彷彿とさせるスローモーション・シーン、特異な銃撃アクション、どれも見せ場だ。
 銃器を手配されるゴミ処理場で、自転車を標的に試し撃ちをするシーンは芸術的に美しい。

 月夜の森の中での銃撃戦では、雲から月が出たり隠れたりの光と影の使い方が素晴らしく、照明もない暗闇のなかで敵なのか味方なのか判断できない危うさが観客にも緊張感を強いられる。敵と互いに小康状態を繰り返し攻撃するスタイルからは、工藤栄一監督の『陰の軍団/服部半蔵』を思い出した。

 土砂降りの雨の中の銃撃戦は、黒ずくめの雨合羽姿の敵の軍団との上下移動のアクション妙技。4人が逃げ込む繁華街の雑踏のなか、無数の傘の群れのなかで戸惑うコステロ。記憶が薄れた男の悲哀が滲むカットにゾクゾクさせられる。

 「彼が覚えていなくても、俺は約束した」

 ハードボイルドに欠かせない“カッコいい台詞”が、クワイの口からクールに、そして熱い想いとして響いてくる。
 クワイらは、復讐をも忘れたコステロを友人のビッグ・ママの元に預け、自らは死地に出向く。かつての日本の任侠映画にあった“仁義”が浮き上がってくるように、一度交わした“約束”は命を賭けて守り通す。
 3人と無数の敵がゴミ処理場の圧縮されたゴミのキューブを使って銃撃戦を繰り返す様は、インディアンに囲まれたカウボーイのようなウエスタン風味もありシビれる展開だ。

 残されたコステロはビッグ・ママと混血の子供たちの力を借りて、クワイら3人の“滅びの美学”に応えるかのように“約束”を昇華させる。
 最後まで、男の哀愁が魅力の映画である。


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