TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「追想」*ロベール・アンリコ



LE VIEUX FUSIL
監督:ロベール・アンリコ
原案:ロベール・アンリコ、パスカル・ジャルダン
脚本:ロベール・アンリコ、パスカル・ジャルダン、クロード・ヴェイヨ
撮影:エティエンヌ・ベッケル
音楽:フランソワ・ド・ルーベ
出演:フィリップ・ノワレ、ロミー・シュナイダー、ジャン・ブイーズ、マドレーヌ・オズレ、カトリーヌ・デラボルテ

☆☆☆☆ 1975年/フランス/101分

    ◇

 青春のロマンを謳い上げた『冒険者たち』('67)でぼくらを魅了させてくれたロバート・アンリコ監督が、戦争の狂気と悲劇をストレートに描いた一種のレジスタンス映画で、この作品はセザール賞作品賞・主演男優賞・作曲賞を受賞している。
 
 1944年、ドイツ占領下のフランスの小さな都市モントバンの病院に勤める外科医ジュリアン(フィリップ・ノワレ)は、美しい妻クララ(ロミー・シュナイダー)と前妻との愛らしい娘フロランス(カトリーヌ・デラボルテ)、母(マドレーヌ・オズレ)の4人でつましくも平穏な家庭を築いていた。
 しかし戦争の暗雲はこの町にもたれ込みはじめ、連合軍の上陸に備えるべく、ドイツ軍は親衛隊を先頭に全市町村の掃討作戦を開始した。
 ジュリアンの病院には連日ドイツの傷痍兵やレジスタンスの負傷者たちが担ぎ込まれ、来る日も爆撃音が絶えない。家族の身を案じた彼は、同僚フランソワ(ジャン・ブイーズ)の勧めもあって、妻と娘を自分の城があるバルベリー村へ疎開させることにした。
 5日後、戦時下とは思えない南フランスの緑豊かな風光を眺めながら、クララとフロランスに会いに車を飛ばしたジュリアンは、村はずれに立つ要塞のような城を見たときに胸騒ぎをおぼえる。礼拝堂のそばに死体が一体。そして中には、老若男女村人全員の射殺死体。地獄絵図に嘔吐しながら、地を這いつくばりながら城の中庭へ走った。そこで見たものは、フロランスの死体と、火炎放射器で焼き殺された無残なクララの姿だった。
 狂気一歩手前の錯乱を踏みとどまらせたものは、在りし日の幸福だった日々の想い出と、冷静な報復への念。勝手知ったる城館である、城への橋桁を壊しドイツ兵たちを孤立させ、祖父から譲り受けた古いショットガンを武器に、ジュリアンの復讐がはじまる………。

    ◇

 羊が狼に変容する、骨太で美しくも残酷な物語である。
 小市民が復讐という名の下に殺人者に化す戦争という愚行が、観る者たちの心に突き刺さってくるのだが、主人公の何にも代え難いものを失ったときに、胸の内に沸き起こってきた憎悪は、妻の華やいだ色気と美しさが充ち満ちていたからこそ、十二分に説得力をもって語られる。
 どんなに復讐が虚しいものなのか分かりきっていても、妻子を残虐したナチスと同じレベルに自らを落とすことであっても、ギリギリの状況になった人間の取るべき行動の勇気には、誰も何も口を挟むことはできない。

 田舎の一本道をジュリアン一家が自転車で走るのどかなオープニングの、ロマンチシズムに内包された残酷で悲壮感漂う展開は、飄々と、淡々とドイツ兵をひとりづつ倒していく主人公が静かに描かれる怖さを含みながら、戦争の傷跡を決して忘れないフランス人の心象風景を見る思いだ。血塗られた復讐と美しい想い出の両極のなかで行動する男の追想が胸を打ち、ラストのフィリップ・ノワレの表情と、オープニングが繰り返されるクロージングのストップモーションには涙するしかないだろう。

 温和で飄々としたフィリップ・ノワレは、日本で一般的に有名にしたのは『ニュー・シネマ・パラダイス』('89)の映写技師アルフレード役だろうか。
 本作公開当時、個性派俳優としてピーター・オトゥール主演の『マーフィの戦い」('71)でのトボケた役や、『最後の晩餐』('73)の裁判官や、『エスピオナージ』('73)の情報部高官などが記憶に残っていたが、本作での、好人物からみるみるうちに怒りを滾らせ復讐の鬼になっていく変貌ぶりは、そのユーモラスな風体からシリアスな演技を見せてくれる、まさに名優と呼ぶに相応しいキャラクターである。

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 そして、ロミー・シュナイダーの美貌に魅了。
 美しさと気品を兼ね備えたロミー・シュナイダーが、肉感性や激情性を伝える女優として円熟期に入った頃の作品で、この70年代は『暗殺者のメロディ』('72)『夕なぎ』('72)『ルードヴィヒ』('72)『離愁』('73)『地獄の貴婦人』('74)とドラマチックな様々な役柄を演じ、女としての気高さにおいても魅了されずにおかない女優のひとりとして、忘れられない存在であった。
 実際、本作が日本初公開された1976年には、前年に初公開された『離愁』のヒットにより、'75年11 月公開の『地獄の貴婦人』や、'76年2月公開の『夕なぎ』と、一番輝いていた頃のロミーをつづけて存分に見ることができた年だったのだ。(『ルードヴィヒ』は1981年まで待たされる)
 本作のロミーは、ジュリアンの追想の中で、ノーブルでエロティックな容姿と的確な演技力で、ひとりの女の悲劇性を見せてくれる。
 しかしもって、彼女の悲劇は実生活においても実に痛ましかった。アラン・ドロンとの婚約解消からはじまり、2度の離婚、夫の自殺と愛息の事故死。本作から7年後の1982年、薬物依存によって43歳の若さで逝ってしまった。

 そしてもう一人、この作品に欠かせないリリカルな音楽を作曲したフランソワ・ド・ルーベは、ミレーユ・ダルクの『ブロンドの罠』('67)、アランドロンの『サムライ』('67)『さらば友よ』('68)、JPベルモンドの『ラ・スクムーン』('72)、そしてロベール・アンリコ監督の『冒険者たち』('67)『ラムの大通り』('71)など、忘れられないスコアをフランス映画に残した天才作曲家であるが、本作が享年36の遺作となってしまった。

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Comment

ちゃーすけ says... "ちょっと、いえ、かなり感動"
ああ~っ、この映画!
覚えている方が…!
感動。
私の周りではみんな、「追憶」と間違えるんですよ~。

冒頭、パリの町の至るところに首吊りしている人がぶら下がっているシーンが、ありませんでした?
クララはまるで、ブロンズ像のように手をあげて柵の手前で焼け焦げている…。
衝撃でした。

ジュリアンが影から見ていると、ナチスが集団で自分たちが海水浴をした時に撮ったフィルムを鑑賞している。
クララが出てくると歓声をあげ、ジュリアンにブーイングするのを、ジュリアンが憎悪の目で見る。
そして始まる、迷路のような城を知っているジュリアンの、地の利を生かした復讐。
何者かわからないものに、1人1人、次々と陥れられるナチス隊員たち。

鉄格子からのぞくナチスを冷酷に見下ろすジュリアン。
ついにナチス隊員がいる穴は水で溢れ、外に水が流れてくる。
最後はスクリーンを見つめる隊長、妻が映ったスクリーンが奇妙に歪む。
すると、火炎放射器が隊長めがけて火を吹く。

…違いましたっけ?
幸せな記憶、美しい妻。
復讐鬼と化さねばならない温厚な医師。
復讐譚にしては、あまりに悲しく、残酷な話でした。
絶望感が伝わってきました。
2010.11.24 13:40 | URL | #a2H6GHBU [edit]
mickmac says... "Re: ちょっと、いえ、かなり感動"
ちゃーすけさん

>覚えている方が…! 感動。

流石! ちゃーすけさんも感動したひとりでしたか……うれしいですね。

>私の周りではみんな、「追憶」と間違えるんですよ~。

そうそう、バーブラの『追憶』の方が歌のヒットもあったから皆が知っているのですよね。


冒頭のセンチメンタルな風景のあとの、奇妙な果実的首吊りの街の風景にゾッとします。
しかし流石、記憶力には感心します。
大体が合っていますよ。(将校は、マジックミラー越しに焼かれたました)

ロミーが最も美しい頃でしたから、余計にこの残酷さが辛く、十分にフィリップ・ノワレに肩入れして観ていたっけ。
2010.11.24 23:56 | URL | #- [edit]

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