TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「夜がまた来る」*石井隆監督作品

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ALONE IN THE NIGHT
監督:石井隆
脚本:石井隆
音楽:安川午朗
撮影:笠松則通
出演:夏川結衣、根津甚八、椎名桔平、寺田 農、永島敏行(友情出演)、竹中直人(友情出演)、余貴美子(友情出演)、速水典子、宮下順子、高橋明

☆☆☆☆ 1994年/アルゴ・ピクチャーズ/108分

    ◇

 すべてが、夜、夜、夜………深い夜の闇の底の映画である。


 麻薬取り締まりのおとり捜査のため、暴力団に潜入していた厚生省麻薬Gメンの土屋満(永島敏行)が殺された。殉職どころか汚職の嫌疑までかけられた夫の無実を信じる妻の名美(夏川結衣)は、暴力団に復讐を誓う。
 夫を殺したのは誰か、暴力団会長の池島(寺田 農)を狙おうとするが、鉄砲玉が池島を狙う場面に遭遇。そこで、組の幹部で村木(根津甚八)という影を持った男に出会う。村木に見逃してもらった名美だったが、無念の想いから入水自殺を試みるが、またしても村木に命を助けられた。組に関わるのは辞めろと諭されるのだが、それから何ヶ月か経ち、名美はクラブのホステスとして池島に接近し、情婦のひとりへと身を堕とし、復讐のチャンスを狙う。
 ある晩、池島の寝首をかくも失敗。池島の舎弟である柴田(椎名桔平)に嬲られ、村木の小指と引き換えに命だけは助かったが、地方の漁港にある売春バーに売り飛ばされ、覚醒剤の虜にさせられた名美。
 いつしか名美を愛してはじめていた村木は、変わり果てた名美を助け出し、彼女とともにクスリの禁断症状と闘う。立ち直った名美は、銃を片手にふたたび池島のもとへ向かう………。

    ◇

  ◆以下、物語の細部に触れます。

    ◇

 映画は、1976年ヤングコミック誌に3週にわたって掲載された初の中編劇画【横須賀ロック】を連想させる。

 土砂降りの雨の夜、スケ番抗争から逃れた番格の名美は、ひとりの男がヤクザを刺し殺す場面に出くわす。男の名前は村木哲郎。好きな女をクスリ漬けにされ殺された復讐だったが、頬を傷つけた名美に優しくハンカチを差し出し姿を消した。
 それから5年。横須賀に流れ着いた名美は、スケ番の郁子と知り合う。郁子は、地元のヤクザ剣崎らとの抗争で姉貴と慕う番長の銀子が行方不明となり、その復讐の機会を狙っていた。たった一人でヤクザの元へ出向き、捕まり、クスリ漬けにされ、売り飛ばされてしまった郁子を、名美が助け出し、クスリの禁断症状と闘う郁子を見守る。
 郁子に代わって剣崎の元へ殴り込んだ名美だが、そこで剣崎の情婦が銀子だと知る。油断した隙に太ももを撃たれ、とどめを刺されるそのとき、郁子のカミソリが剣崎に飛んだ。「哲っちゃん」と叫ぶ銀子。この男が探し求めていた村木だったのか、と驚愕する名美。
 「ヤダァ、判りたくないッ!」
 銀子に裏切られた郁子の声なのか、それとも名美の声だったのか、雷鳴のなかに叫び声が響く。

 劇画時代、名美と村木の変則的関係のなかで決定的な石井イズムを生んだ【横須賀ロック】。その流れが、『死んでもいい』『ヌードの夜』では見られなかった、もうひとつの石井ワールドだ。
 犯され、辱められ、傷つき、堕ちていくヒロインがすくっと再生し、男は自身の償いも含めそんなヒロインに惹かれながら、見守り、そして死地に飛び込んでいく。娯楽映画としてもっとも石井隆らしいネオ・ノワールが、本作からはじまったと云える。

    ◇

 村木役の根津甚八は竹中直人と双璧だが、石井監督に云わせると「女に背中を刺されて死ぬ」根津甚八と、「殴られても殴られてもひたむきに女を追いかける」竹中直人だそうだ。どちらも哀愁を感じさせる男たちには違いなく、村木役には欠かせないふたりだ。


 「ショート一万、泊まり二万……しつこいのは。ヤーよ」

 小さな漁港の裏通り。行き止まりの寂れたバー。クスリ漬けにされた名美。一年の後、やっと探し出した村木が救いにくる。村木の見た目の移動カメラ。奥の部屋に辿り着くと、毒々しい化粧の名美と、むしゃぶりつく客を引っ張り出し、名美の側に座るサングラスの男。
 男がタバコを銜える。名美がライターの火を点けると、村木の顔が見える。
 名美が、村木に気づく。………無言………。
 青白いライトの中に映る絶望の女と男。堕ちた人間の陰惨な時間が壮絶に浮かび上がるこのシーンは秀逸。

 売春バーの中に移動カメラが入ると、ぬぅ~と現れる派手な化粧の余貴美子。あの掠れた声で「社長、ご指名は」と囁く。
 夏川に抱きついている客が竹中直人。
 根津が夏川の手を引いて出口に向かうと、「ヘイ、キー」と余貴美子がドスを効かせる。その余貴美子に、下から絡み付いてくる変態も竹中直人。目がイっちゃってる。
 『ヌードの夜』コンビの竹中直人と余貴美子がこうして友情出演していれば、寺田農の情婦・クラブのママには速水典子。ここに、3組の“名美と村木”が揃ったわけだ。


 クライマックスの屋上シーンは、名美の夫の魂が天空から俯瞰している地獄図だと、石井監督がインタビューで語っている。
 そこで繰り広げられる、日本刀を振り回す椎名桔平(【黒の天使】の蘭丸をイメージする)と根津甚八の闘いは、監督が以前から映画でやってみたかった殺陣が用いられた。


 椎名を倒してほっとした根津に、椎名がいきなり起き上がって根津の上腕を斬りつける。
 必死にもつれ合うふたり。
 少し離れた処に落ちている壊れたビニール傘。
 大上段に刀を振り下ろす椎名の首に、ビニール傘を突き上げる根津。

 血しぶきで透明の傘が真っ赤に変わる。
 もつれ、押し合い、遂に、椎名を屋上の端から押し出す。

 落下する椎名。少しの“間”から、風に煽られ、真っ赤な傘が闇空に舞う。


 【横須賀ロック】のリメイクと云える【黒の天使/ブルー・ベイ・ブルース】('81)で、殺し屋魔世が武器にしたビニール傘。
 映画は、真っ赤になった傘がフワリと下から舞い上がってくる瞬間の美を刻みこむ。椎名の魂の“地獄への上昇”を見るようだ。

 クロージング。
 泣き叫ぶ名美の声を響かせながら、朝が白々と明けた空に、名美の夫と、村木と、名美の魂が飛翔する。
 まさに、あの三羽の鳥の飛行は石井ミラクル。
 『死んでもいい』『ヌードの夜』同様に、いつだって名美の往き先は、“かけがえのないひと”と、ずっと一緒なのだ。

    ◇


 石井隆監督作品としては、前2作に比べるとあまり評判がよくないのはなぜなんだろう。確かに哀切感のある『ヌードの夜』の後だっただけに、その完成度に比べて、本作での村木の名美に対する愛情の推移がよく分らないという。また、大竹しのぶと余貴美子の後では夏川結衣の演技はかなり拙いが、クライマックスで寺田農に銃を向けている時の、目の鋭さなんかいいじゃないの。
 なにより美しい。どのシーンも、どんなショットも、女優至上主義の石井監督は綺麗に撮っている。なのに、夏川ファンにはレイプだのヌードだのがタブーらしく、無かった作品のような扱いには笑止の至り。
 『ヌードの夜』より『夜がまた来る』の方が好きだと云った女友達もいる。決然と再生する女の生き方に共感して欲しい。
 夏川結衣はこの作品で、1994年ヨコハマ映画祭最優秀新人女優賞を受賞している。

    ◇

 通常“名美物語”3部作とは『死んでもいい』『ヌードの夜』と本作を指しているのだが、実際は、この作品と同時に撮影した川上麻衣子の『天使のはらわた 赤い閃光』が“名美物語”として存在する。
 もともとは2本のオリジナル・ビデオ作品としての企画で、川上麻衣子も夏川結衣も出演を受けるにあたって“劇場公開”にこだわったため、予算はそのままで35mmのオールアフレコ撮影でスタート。2本つづけて撮影という過酷なスケジュールは、『天使のはらわた 赤い閃光』を10日で撮影、2~3日空けてすぐさま同じスタッフで本作を20日あまりで撮りあげたということで、根津甚八は出ずっぱり。

 撮影期間中は寝ないなんて噂の石井監督だが、まさか一ヶ月あまり完徹したとは思えないが、低予算の劣悪状況でとにかく夜間撮影が大好きな石井監督のこと、女優を美しく撮ることを第一に、嬉々として現場に立っていたのだろう。2作とも無事劇場公開はされたのだが、『赤い閃光』は“天使のはらわたシリーズ”として別扱いされている。

 そしてこれ以後、2007年の『人が人を愛することのどうしようもなさ』までヒロイン“土屋名美”は封印されてしまった。


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