TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「ヌードの夜」*石井隆監督作品

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A NIGHT IN NUDE
監督:石井隆
脚本:石井隆
音楽:安川午朗
撮影:佐々木原保志
挿入歌:余貴美子「I'm A Fool To Want You ~ 恋は愚かというけれど」
出演:竹中直人、余貴美子、根津甚八、椎名桔平、田口トモロヲ、岩松了、速水典子、室田日出男

☆☆☆☆★ 1993年/アルゴ・ピクチャーズ/110分

    ◇

 “名美物語”アルゴ3部作の真ん中となる監督4作目は、情感豊かな石井ノワールを満喫できる官能ハードボイルドな作品である。
 全編に、女と男の秘めたる熱い想いが静かに漂っている官能性が半端なく狂おしく、観る者まで暗い海の底に突き落とされていく感覚が、大人の、否、男のファンタジーとしてたまらない快感となっていく。

 “代行屋”紅次郎こと村木哲郎(竹中直人)のところに、ブランド品で着飾った、若くはないが綺麗な顔立ちの女がやってくる。彼女の依頼は「東京のトレンディな場所を案内してくれ」というものだった。彼女の用意した高級車で六本木や水族館を廻り、夜は高級ホテルにチェックインして明日の約束をして別れた村木。
 翌朝4時頃、事務所に「都合で帰ります。大きな荷物が出来たので送る手配をお願いします」という女からのメッセージが残され、村木がホテルの部屋に行ってみると、バスルームに血まみれの男の死体が転がっていた。昨晩チェックインした村木の顔はフロントに見られていた。村木は旅行バッグに死体を隠し、姿を消した女を追うことにする。
 所在はすぐに見つかった。女の名前は土屋名美(余貴美子)。殺された男は、十数年も名美と腐れ縁にあるヤクザものの行方(なめかた/根津甚八)。
 自分を陥れようとした女と知りながら名美に惹かれる村木は、行方を慕うゲイの仙頭(せんどう/椎名桔平)が現れたことで、トラブルの渦に飛び込んでいく……。

    ◇

  ◆以下、物語の細部に触れます。

    ◇


 「何でも代行。あなたのお役に立ちたい紅次郎事務所です」


 雨に滲んだ代行屋の張り紙。ガード下の一角。車のヘッドライトに照らされて、傘をさした名美のシルエットが側のコンクリート壁にサーっと流れていく。
 「I'm A Fool To Want You 」を奏でる甘美なサキソフォンがメインタイトルを呼び起こす。
 フィリップ・マーロウでも登場しそうなハードボイルドな世界観が、底なしの石井ワールドに惹き込んでいくに相応しい甘い夜気を含んで漂っている。

 痺れるようなオープニング・タイトルだが、“代行屋の張り紙”のショットからガード沿いにカメラが切り替わると、大きく映し出される“産婦人科の看板”に何か不自然な思いを感じていた。タイトル文字の後ろで目立つような看板のない、別の場所でもいいではないかと。
 この“産婦人科の看板”に関して、2009年に石井隆ファン仲間であるT氏からひとつの仮説(妄想?)を教わったのだが、ディテールにこだわる石井監督らしい解答を知りたいところだ。

 石井隆が描く“名美像”は、男の想いの分だけ輝きを増す女として、女の放つ光と影が男に純情をもたらす“聖母”的存在として語られてきた。その名美のイメージに一番近いとされ、何度ものラヴコールからやっと主演女優として起用された余貴美子は、最高にして完璧なファム・ファタールとしてスクリーンの中で輝いている。

 この作品で余貴美子ファンになったひとは多く、かく言う自分も、それまで名前を覚えるまでには至らなかったが“気になる女優”だった。本作以前でも妖艶で謎に満ちた女という役は多く、なかでも神代辰巳監督の『噛む女』('88)は主演の桃井かおりと堂々と張り合う存在だったし、崔洋一監督の『Aサインデイズ』('89)や工藤栄一監督の『赤と黒の熱情』('92)での気っぷのいい姉御役もたしかに印象的だった。

 本作での余貴美子は、内面的に切なさと儚さ、憂いと妖しい情念を合わせ持った女性を見事に体現してくれるが、表情の芝居に彼女の目元が絶妙の輝きを魅せてくれる。
 サングラス姿で現われ、椎名桔平に促されてシャブを打っている根津甚八の前に立つ怯えた余貴美子と、交互に映るうすら笑いの根津甚八にただならぬ感情交差が見られる。この時の余貴美子の目元のショットがいい。
 そして、ショーツを脱いで手を腰にした立ち姿のローアングルから、シートで脚を広げ虚ろな視線で耐えている顔のアップ。幸福とは程遠い哀しげな表情に、観客はまず惚れてしまうのだ。


 「わたしは誰でしょう?」


 ホテルの部屋に竹中に送られた余貴美子が、ピンクのボディコン姿に着替え、ドレッサーに向かい派手な化粧を施し呟く。
 バッグから果物ナイフを取り出しベッドの枕元にナイフを隠し、呼び出した根津甚八を待つ。
 別れ話。いつものことかのように「今度は誰と出来た?」「何遍切れたら気が済む?」「若いのか?」「止めないよ。勝手にどっか行けば」……………ベッドに横たわる根津甚八。
 ベッドの上で土下座をしつつ、枕元に隠したナイフを気にする余貴美子の目。慈悲を乞う目元が、徐々に恐怖が混じり合って凍りつく瞬間の眼差し。素晴らしい。

 ナイフが見つかり、顔を張られ、よろけ、平手打ちを喰い、飛ばされ、身をよじる余貴美子に、「誰にも渡さん!」としゃにむに交わる根津甚八。
 不器用な男のサディスティックな愛の証明と、想いのどうしようもなさを迫真の演技で見せる根津甚八。彼もまた、もうひとりの“村木”を演じている。


 「デートだもんね。明日一緒に行くか? 綺麗なひとなんだぞ。タイプなんだぞ」


 預かった子犬に語りかける村木。演じる竹中直人が絶品。
 名美に貶められながらも、人生を見失った自分が自分自身を取り戻すために、ヒロイズムに駆られ惹かれていく姿として、無償の愛の深さを一段と高めている。
 雑然とした村木の事務所に、水族館の白イルカの前で写した名美の写真が飾られている。愛おしい表情で、届かない存在として、一枚の写真が村木の心に安らぎを与えているのが判る。
 一方的に惚れた女を救うべく拳銃を手に入れに行く男の純粋な想いは、このあと、幼なじみのオカマの健三(田口トモロヲが怪演)とのシーンで炸裂する。
 蒼い閃光と、一拍ずらした銃声が木霊する路地裏の俯瞰映像は出色。

 根津甚八を慕う椎名桔平は本作でブレイクした。狂気を宿した危ない目の男は、この後も石井映画で暴れまくるが、なんと云ってもここでは「指ぐぁ~!!」が最高。

 “村木と名美”、“名美と行方”、“行方と仙頭”、“村木と健三” ……それぞれの人間関係が、様々な色合いで混じり合い石井ワールドを形成している。

 本作はズームアップのカットインが頻繁に見られるが、前作『死んでもいい』において石井ワールドを印象づけたような長回しは、クライマックスの埠頭で相米監督の『ラブホテル』('85)に通ずる名シーンを生み出し語り種となっている。
 安っぽいブルーの花柄ワンピース姿の名美が、埠頭から海のなかにポチャリと石を投げ込み、やるせない想いを抱えながら延々と「ケンパ」する。忘れられないシーンである。


 「わたし、あいつに憧れていたんだよね」


 村木が名美に想いを寄せ、名美は行方に想いを向け、愛に巡礼するふたりはダイブする。海中で振り向く名美の美しい横顔は、石井劇画でお馴染みの“下降する名美”の顔だ。実際に、この汚い海の中で演技した余貴美子の気迫には頭が下がる。


♪君を欲しいなんて ぼくは愚か者さ
 君を欲しがるなんて哀れだな
 間違っているのはわかっている 
 でも ぼくは君なしでは生きていけないんだ


 ジャズのスタンダード曲「I'm A Fool To Want You ~ 恋は愚かというけれど」を、オリジナルよりぐっとスローにアレンジして、ハスキーヴォイスの余貴美子が喘ぐように歌うクロージングは、大人の幻想譚を締めくくるに相応しい甘美な囁きであった。


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