TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「死んでもいい」*石井隆監督作品



I MAY DIE
監督:石井隆
原作:西村望「火の蛾」
脚本:石井隆
音楽:安川午朗
撮影:佐々木原保志
挿入歌:ちあきなおみ「黄昏のビギン」
出演:大竹しのぶ、永瀬正敏、室田日出男、竹中直人、岩松了、速水典子、清水美子、奥村公延

☆☆☆☆ 1992年/アルゴプロジェクト、ディレクターズカンパニー/117分

    ◇

 原作は、実際に東大阪で起きた殺人事件をもとに西村望が書き上げた中編小説『火の蛾』。
 主演の大竹しのぶがキネマ旬報主演女優賞を獲得したほか、国内外で数多くの賞を獲得した渾身のラヴ・サスペンスだが、ここに至るまでの道のりは長かった。
 最初の企画は1981年頃に立ち上がっており、シナリオも何度か書き直されては頓挫した曰くがあるのだが、こうして紆余曲折の末に出来上がった名美物語は、石井作品としてはストレートな映画とも云えるが、俳優にとって緊張感を強いられる長回しの多用で、一瞬一瞬を鮮烈な情愛で生きている3人の、こころの揺れと孤独性から生まれる哀しみが画面に焼き付けられ、息を飲む展開が繰り広げられていく。
 愛と情念の世界を凝視する石井ワールド、監督3作目にして本領発揮と云える。

 初夏の山梨。大月駅に降り立った平野信(永瀬正敏)は、雨の降る駅前で名美(大竹しのぶ)と出会い、魅入られたように彼女の後を追った。名美は夫の土屋英樹(室田日出男)と平凡に暮らしていたが、ふたりが営む不動産屋に就職した信は、名美への想いを抑えることができず、ある土砂降りの雨の日、モデルルームで自分を探しに来た彼女を犯してしまう。
 名美は若い信を愛し、歳の差がひらいた英樹への愛も断ち難く、ふたりの間で揺れ動くが、数日後、名美と信の関係が英樹に知れ、信はクビになってしまう。
 夏、東京・東雲〈しののめ〉。木工場で働く信の元に名美が現れた。洲崎あたりの船宿で、英樹を殺害することを切り出す信。後日、名美が手伝いをする布地屋を訪れた信が「次の雨の夜に決行する」と伝える。やがて、雨の夜がやってきた。郵便受けから開けてくれと懇願する信。そんな彼を名美は振り切ろうとするが、意図せず翌日の夜に新宿の高層ホテルに泊まることを口にしてしまう。そこは、英樹が名美とやり直そうと予約した、新婚の夜に泊まったホテルのスウィートルームだった…………。

    ◇

  ◆以下、物語の細部に触れます。

    ◇



 「お母さん、雨だよ、雨が降ってきたよ」



 哀しき運命の似た者同士の出会いは、静かにはじまる。

 夕刻に近い時間、電車のなか。乗客がまばらなシートに、ボストンバッグを枕に横たわる若者。

 白いコートを着た少年が、乗客もまばらな席に座る母親(速水典子)の元に駆け寄り、そのまま先頭車輌に走っていく。
 「マコちゃん、走ったりしたら、また喘息が……」

 カメラはゆっくりと、脚を抱え込んだ若者に近づく。熟睡しているようだ。耳からはイヤホンが外れ、かすかに音楽が流れる。

 遠雷の音。

 ホームに降り立った若者。行き先を決めようと空き缶を屑籠に放る。そして改札口へ。
 長回しの移動撮影がつづく。
 途中、向こう側のホームの階段を駆け上がる土屋名美の姿が撮らえられている。
 
 若者が出入口から外に踏み出した途端、突然ザザッと雨がくる。
 引き返そうと振り向いた瞬間、左手前から現れた名美とぶつかる。
 よろける名美、スローモーション。
 口元が微笑んで見える。

 ここまでの長回しとは対照的に、小刻みなカットの連続が目を見張る。
 名美、ぽーんと赤い傘をひらいて、足早に駆け出していく。

 縦に赤く滲む斜体文字で、メインタイトル〈死んでもいい〉が、ゆっくりと浮かんでくる………。

 今日までの石井監督作品のなかでも、出色のオープニングである。

 そしてこのあとすぐ、この若者が信〈まこと〉という名前で喘息持ちだということがわかると、オープニングの電車のなかの母子の姿が、実は信の夢のイメージとなっている仕組みだ。

    ◇

 石井ワールドを読み解く時のキーワードのひとつに“母性”がある。
 ひとつの出来事で変貌し、それを受け止める他者によって、さらに母性を強めていく“女”という生き物。 石井隆が追いつづける名美像は、決して、美しく儚い、哀しいだけの女ではなく、“過去”が宿っている女を探るとき、そこには、男が女の内に見る“母性”の存在がある。

 監督2作目の『月下の蘭』('90/にっかつオリジナルビデオ作品)において、石井劇画では“もうひとりの名美”として度々登場する“陽子”を演じた余貴美子は、男を甘えさせる存在として母性豊かな名美像に一番近く、次作『ヌードの夜』('93)において絶対的名美(哀しいまでに美しい)を印象付けることになったが、この大竹しのぶが演じる名美は、エゴイスティックながらも、どこか心ふくよかな女として“母性”を感じさせる。全編を通して、名美の気持ちの漂いと艶やかさが見え、輝かしい名美の菩薩像が見えてくるのである。


 「どうしてこんなに後ろめたいのかなぁ……」


 シーツに包まれた大竹しのぶと永瀬正敏を俯瞰で撮る官能的画作りや、浮き桟橋の上を跳ねながら歩くふたりをローアングルで追うカメラワーク、そしてクライマックスの惨劇シーンなど、多くの長回しが名場面を作り出しているが、特に、船宿で差し向かいで語り合うふたりのシーンは、名美のどっちつかずの気持ちの吐露が、信の心に殺意という火を点けてしまう重要な場面。大竹しのぶの真骨頂が発揮される。

 男の情けなさと哀しみを、大きな背中に背負い込むのが室田日出男。
 カーラジオから流れる、ちあきなおみの「黄昏のビギン」が、傷つき、咆哮する室田の気持ちを鎮めるシーンは、息を呑むほどに情感があふれてくる。ブルーリボン賞助演男優賞受賞は当然の成り行きだ。

 三人の主演以外にファンとして嬉しい起用は、遠目にしか映らない速水典子。以後、多くの石井作品にワンシーン出演をするが、どれも石井ワールドにおいての“名美の分身”として妄想してしまう始末だ。

    ◇

 さて、惨劇のあと。
 
 気絶していた名美がベッドの上で目覚める。
 魂の抜けたような眼差しで遠いところを見ている名美。
 信「今度、いつ逢える?」

 煙草を銜え、信が差し出す英樹のライターを凝視して
 「落ち着いたら………毎日が一緒よ」
 ……………
 流れる涙と、微笑みと、煙草の煙とともに、ストップモーション。

 このラストシーンの受け取り方は様々だろう。
 若い男と共謀関係になった悪女の至福の時間と見る人もいようが、これは決して、愛人とともに夫を殺害したしたたかな女の顔ではない。
 「毎日が一緒よ」と、英樹の分身となるライターに呟く先の名美の行動は“自らの断罪”であろう。
 暗転後に微かに聞こえている鈴の音が、“かけがいのない男”を死なせた名美の行き着く場所を示しているではないか。石井隆の迷宮の世界である。

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