TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「泥だらけの純情」*中平康監督作品



監督:中平康
原作:藤原審爾
脚本:馬場当
音楽:黛敏郎
撮影:山崎善弘
主題歌:吉永小百合「泥だらけの純情」
出演:吉永小百合、浜田光夫、小池朝雄、和泉雅子、細川ちか子、平田未喜三、鈴木瑞穂、滝沢修

☆☆☆ 1963年/日活/91分

    ◇
 
 吉永小百合と浜田光夫のゴールデン・コンビで敷かれた日活純愛路線の代表作で、韓国映画の純愛ブームに大きく影響を与えた一本とも云われている悲恋物語だ。

 外交官の令嬢・樺島真美(吉永小百合)がある日、不良学生にナンパされているところをチンピラの岡本次郎(浜田光夫)に助けられた。次郎はナイフで腹を刺され、不良も誤って自分の腹を刺ししてしまい後に病院で死亡してしまう。殺人の濡れ衣を着せられた次郎を救ってくれたのは真美の証言だった。
 真美は、粋がって悪ぶる次郎に純粋さと優しい心根を持っていることを見抜き、次郎は真美の少女の純真さに惹かれ、ふたりが住む世界のあまりの違いにも関わらず、お互いを理解しようと何度も楽しいデートを重ねるが、それも束の間、次郎は組の命令で警察に出頭することになり、真美も父親が赴任するアルジェリアへ行く日が近づいてきた。
 真実の愛を求めて苦悶するふたりは社会に抵抗する道を選び、青春という道を駆け抜け、そして、純白の世界へ散っていく………。

    ◇

 中平康監督の疾走感あふれる演出と脚本の馬場当が巧みに紡いだ台詞の軽やかさがいい。
 次郎と真美が親密になっていくところを丁寧に、それでいてスピーディーに活写していくことで、少年と少女の青臭い恋の悲劇性がさわやかな語り口となって描かれていく。
 ふたりの何度かの逢瀬は、お嬢様という立場の孤独と、粋がって生きていくしかないチンピラの孤独をお互い埋めていく。

 はじめてのデート。
 「なんてウソついたんだい」
 「お教えしません。ママに初めてついたウソですから、誰にも云わず、仕舞っておきたいんです」

 吉永小百合だからこそ抵抗なく耳にできる台詞。

 「このところウソばかりついているんです」
 「どうして」
 「あなたに、ウソをつきたくないから」

 いやぁ、参った。
 もちろん、浜田光夫の純情ぶりも素晴らしいし、この後の展開で苦悶するチンピラ像もさわやかだ。この軽さがいい。
 そのふたりが、否応もなく逃亡といった選択肢を走り始める切なさが、不自然なく胸に迫ってくる。
 前半デートをするふたりのシーンは動の青春。それに対して逃亡先のアパートの一室は静の青春だ。ふたりが折り紙の鶴を折り、浜田は「王将」を歌い吉永小百合が涙を流す。吉永小百合の出すナゾナゾが笑いを作りながら、ふいに終着点の雪山へと誘導していく流れが中平監督の演出の妙。絶対にありえない令嬢とヤクザの道行きに納得させられてしまう。とにかく、みんな、全部がさわやかなのだ。

 そんな、こそばゆい展開のなかで、唯一、女という官能を見せるのが次郎が通うバーのホステスの美津だ。清純派吉永小百合との対比として登場する三井真澄は、私生活で中平監督が通うバーの本当のホステスだという。
 ネグリジェ姿の美津が自分の脇毛を見せながら次郎に迫るシーンは、大人の変態的嗜好ともとれる中平監督の遊びか。ここに、ただの純情可憐なだけの映画ではない面白さがある。
 脚本の馬場当氏は、『ひとりね』('02 すずきじゅんいち)や、『復讐するは我にあり』('79 今村昌平)、1983年版の『卍』(横山博人)、『乾いた花』('64 篠田正浩)を書いた脚本家だから、ひょっとしてこの官能的なエピソードは脚本通りなのかもしれない。シナリオを読みたくなった。

 1977年に、山口百恵&三浦友和のゴールデン・コンビによる初の現代劇としてリメイクされたのは有名だが、残念ながら百恵版の方は出来が良くない。
 百恵版は、次郎を取り巻く状況をリアルに描いているのだが、逆に百恵のお嬢様ぶりが滑稽なものに見えてしまっている。山口百恵の凛とした芯の強さが、ただのおせっかいで無軌道な世間知らずに成り下がってしまい、ストーカーまがいの行動には唖然とさせられるのだ。おもしろくもない台詞過多も気に入らない。
 百恵映画として最初に観た作品だっただけにこんなもんかと思ったのだが、この次に正月映画として公開された『霧の旗』では、最高に素晴らしい演技と情感を魅せてくれた山口百恵であった。

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