TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「ラスト・ショー」*ピーター・ボグダノヴィチ



The Last Picture Show
監督:ピーター・ボグダノヴィチ
原作:ラリー・マクマートリー
脚色:ピーター・ボグダノヴィチ、ラリー・マクマートリー
出演:ティモシー・ボトムズ、ジェフ・ブリッジス、シビル・シェパード、ベン・ジョンソン、クロリス・リーチマン、エレン・バースティン、アイリーン・ブレナン、サム・ボトムズ

☆☆☆☆★ 1971年/アメリカ/126分/B&W

    ◇

 ベトナム戦争が偉大な正義の大国アメリカの栄光を失墜させた70年代には、かつてのアメリカを懐古するような作品が多く作られている。
 ベトナム戦争直前の1962年を舞台にした『アメリカン・グラフティ』('73)は、カスタム・カーやロックン・ロールに興じる若者群像を陽気に描いていたが、この『ラスト・ショー』はまだロックン・ロールが生まれる前の1950年代初め朝鮮戦争期を舞台に、少年少女が大人になるために味わう孤独と劣等感といった青春像を、テレビの台頭で消えゆく一軒の映画館に重ね合わせた名作である。

 1951年のテキサスの田舎町。映画は、砂埃が舞う寂れた町で唯一の映画館の全景からカメラがパンして、人っ子ひとりいない道路を箒で掃く少年の姿をロングショットで捉える。うらぶれて、忘れ去られた田舎町の様子が見事に表れたオープニングだ。

 高校生のソニー(ティモシー・ボトムズ)は、サム(ベン・ジョンソン)のビリヤード場に通うのが日課になっていた。フットボールの試合で不甲斐ないプレーをしたことで肩身の狭い思いをしていたが、そんな時でも温かく見守ってくれるのが父親のように尊敬しているサムだった。サムはこの小さな町でビリヤード場の他にも何軒か店を経営していて、映画館《ロイヤル劇場》もそのひとつ。いまは『花嫁の父』('50/ヴィンセント・ミネリ)が上映されている。
 ソニーと親友のデュアン(ジェフ・ブリッジス)にとって、ここは恋人とデートできる唯一の憩いの場所。デュアンの恋人ジェイシー(シビル・シェパード)は町一番の美人だが、いつも大人の世界に憧れているジェイシーにとって、デュアンは何か物足りない相手だった。
 ソニーは、フットボール・クラブのコーチから彼の妻ルース(クロリス・リーチマン)を病院まで送り迎えしてくれるように頼まれ、ルースの優しさに心惹かれたソニーはクリスマス・パーティで初めてキスを交わしてしまう。やがてふたりはベッドを共にする。もちろんソニーにとっては初めての経験だった。
 
 ある日ソニーは弟のように可愛がっているビリー(サム・ボトムズ)を連れて、サムと一緒に湖畔に釣りに行き、サムの昔話に耳を傾けていた。サムは、アメリカの開拓時代のカウボーイの名残りがある男で、少年たちのヒーローだった。

 それから数日後、ソニーとデュアンはサムから幾らかの餞別をもらって小型トラックでメキシコ旅行に出かけた。ふたりが帰ってくると、サムが心臓発作で亡くなったと知らされ、あまりのあっけない死に唖然とするふたりだった。
 しょんぼりするソニーに、“おんな”になったジェイシーが誘惑してきた。デュアンとの友情も壊れ殴り合いの喧嘩をするソニーは、求婚してきたジェイシーと駆け落ちをするべくハイウェイを車で飛ばしていたが、パトカーに捕まり、結局ジェイシーに翻弄されていたのを知り打ちのめされる。
 ジェイシーを引き取りにきた彼女の母親ロイス(エレン・バースティン)と言葉を交わすうちに、ソニーはロイスとサムの若き日の愛の世界を知るのだった。

 デュアンは町を出ることを決意する。傷ついた青春の痛みを、朝鮮戦争に志願することで癒そうとしていた。
 デュアンが旅立つ日の前夜、彼はソニーと仲直りをして、その日で閉館になる《ロイヤル劇場》に行き最後の上映映画『赤い河』('48/ハワード・ホークス)を観た。朝まで飲んだふたり。ソニーはデュアンをバス停に見送り、いつものようにビリヤード場に入ると、路上でトラックの急ブレーキを耳にする。駆けつけてみると、ビリーが轢き殺されていた。
 ソニーは誰もかれもが居なくなった淋しさに耐えかね、一度は捨てたルースのもとに車を走らせる。自尊心の強いルースは一度は拒むが、孤独なふたりには心通じるものがあった。

   ◇

 ピーター・ボグダノヴィチ監督が映画の題材に選んだ1951年は、まだエルビス・プレスリーは登場していないし『理由なき反抗』も公開されていない時代だ。映画評論家であり大の映画ファンだった監督は、スクリーン画面をモノクロ・スタンダードにして、敬愛するハワード・ホークスの西部劇『赤い河』や、ハンク・ウィリアムズなどカントリー&ウェスタンのスタンダード曲を配し、“失われたアメリカの夢”にオマージュを捧げている。
 無人に佇むガススタンドや、ダイナー、窓越しにみるビリヤード場など、エドワード・ホッパーが描く具象絵画のような田舎町で日常的に見かける風景は、終わりゆく時代へのエレジーと云えるだろう。

 エンディングは、オープニングのカメラ・パンを左右逆にしただけの同じような構図で終る。だがひとつ、そこに箒を持ったビリーの姿はない。ティモシーの実弟サム・ボトムズが演じたビリーは、知的障害を持っている口がきけない少年で、時代がどう変わろうとも変化しない時間の中に生きている。いつも箒で道を掃いている。世話をしてくれていたサムが死んでも、映画館がなくなっても、デュアンが死地に出向いても、ビリーの毎日は変わらない。止まった時間の中を生きていたビリーがいなくなったことで、ひとつの時代の終わりと次なる未来への不安が重なって見えてくるようだ。

 「同じ事を何度もしていれば、何でも古ぼけるわ」とロイスが娘に云う言葉にも、サムがソニーに「一番バカなのは、何もしないで老いぼれることさ」と投げかける言葉にも、当時主人公たちと同じような年頃に映画館で観た自分には、進むべき道や目標を捉えることができずに重苦しい青春を生きていた現実として、共感と感動をおぼえたのは確かだった。

 夫から無視されつづける淋しい女から、親子ほどに年齢が違う少年に対して少女のような恋に燃える中年女性を演じたクロリス・リーチマンは、この作品でアカデミー助演女優賞を獲得した。その変貌ぶりと恋心の揺れ、そして、ラストに見せる孤独な叫びと涙に震えがくる。
 失われたアメリカの残像を残した誇り高き男を渋く演じたベン・ジョンソンは、同じくアカデミー助演男賞を受賞している。映画界に入る前は実際のカウボーイであり、ロデオ選手の過去を持っている彼は、ジョン・ウェインの西部劇映画ではお馴染みの大ベテラン。この役でベン・ジョンソンがアカデミー賞を受賞したことは、ピーター・ボグダノヴィチ監督としても感無量だったろう。

 このふたり以外にも、70年代に大活躍したエレン・バースティンとアイリーン・ブレナンが素晴らしい存在感を出している。
 『エクソシスト』('73)『ハリーとトント』('74)そしてアカデミー主演女優賞を獲得した『アリスの恋』('74)など、その活躍ぶりが目立ったエレン・バースティンは、昔の恋が忘れられないまま奔放に生きる女性を気怠く演じ、ロイスという女性の背景にあるドラマを漂わせていた。
 そして、チンクシャ顔でどこか伊佐山ひろ子の印象と近いアイリーン・ブレナンは、『スティング』('73)でポール・ニューマンの情婦役を演じ強烈な印象を残した個性派女優。この作品では、サムが経営するダイナーのウエイトレス役で、さばさばとした性格でソニーを慰める大人の女を好演。ソニーをたぶらかすジェイシーにイライラしながら、無言で睨みつける表情や、サムを愛情持って見つめる姿に彼女らしい迫力と可愛らしさがあった。

 ティモシー・ボトムズは前年の『ジョニーは戦場へ行った』で注目されていたが、ジェフ・ブリッジスとシビル・シェパードはこの作品がデビュー作である。

スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://teaforone.blog4.fc2.com/tb.php/627-2b50d05d