TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

山口百恵の軌跡と奇蹟~こんな風に過ぎていった

 12月28日付オリコンのDVDランキングにて『ザ・ベストテン~山口百恵 完全保存版 DVD-BOX』が第2位をキープしている。
 引退して29年経つ歌手の、それも5枚組の高額DVD-BOXが、である。
 昭和のテレビ歌謡歌番組の歴史的記録をより多くの人に鑑賞してもらいたい商品として、これは大変素晴らしい出来事だ。



 この5枚のDVDに納められているのは紛れもなく昭和の歌姫の足跡である。山口百恵の7年6ヶ月の芸能生活のうち、驚愕の3年間の時を目の当たりにできるのだ。スタジオ・レコーディングでは味わえない、百恵の生の歌唱の凄さを体験できる映像集である。

 山口百恵が『ザ・ベストテン』に初登場したのは、番組開始第2回目の1978年1月26日。第8位で登場した「赤い衝撃」からランキング全122回の歴史がはじまった。
 1位を獲得した回数は8回。うち最高票数は1980年5月15日の『謝肉祭』が獲った9339票。
 『謝肉祭』は1980年3月7日の婚約発表後に初登場し、トップを獲得すること3回。髪をアップにした姿の艶やかさ。友人アン・ルイスの披露宴から駆けつけ衣装ではない白のスカートと紫のジャケット姿でありながら、迷宮セットの上で歌う時の華やかさ。
 『謝肉祭』を歌っている時期の百恵は婚約発表後とはいえ、とにかく、女神のような凛々しさと目を見張るほどの美しさに輝いている。

 この『謝肉祭』から『ロックンロール・ウィドウ』『さよならの向う側』とつづく3連チャンにおいて、人智を超えた怒濤のパワーが炸裂し、稲妻の如く世の中を席巻。テレビの中を駆け抜けていった百恵である。

 『勝ってにしやがれ』で沢田研二にレコード大賞を持っていかれた1977年。その雪辱に燃えた百恵は女の潔さで勝負した。
 1978年は、5月『プレイバックpart2』8月『絶体絶命』でジュリーへの包囲網を敷き、12月のアルバム『曼珠沙華』で“官能”を見せつけた百恵は、1979年の『A FACE IN A VISION』で“オンナ”に変貌していくのだった。

 番組で、したたかさと凄みを加えた百恵の姿を見事に捕らえたのが『絶対絶命』だ。
 初登場は、MOMOE BANDのザ・ムスタシュをバックにしたバンド編成でオリジナル通りに歌うが、翌週の宮間利之とニューハードの演奏は、スタジオ・ヴァージョンをブッた斬るほどの超高速アレンジという驚愕のサウンドを聴かせる。そのサウンドに乗る百恵の歌唱は筆舌に尽くし難い。
 究極は、9月21日放送の音声機材のトラブルが起きた日だ。
 生番組におけるハプニングとはいえ、テレビの歌番組としては稚拙なミスが重なるクオリティが低い放送なのだが、歌う百恵にはその存在の凄さを見せつける映像となっている。イントロの演奏がオフとなり百恵のマイクもオフぎみ。しかし、どの日の歌唱にも増して凄みのある声でまったく動じない百恵は、サビにつづく「やってられないわ」のフレーズ後の「どちらを選ぶの」では目ぢからの強さが増し、そのふてぶてしい表情は、殺気あるパフォーマンスとなって見るものを圧倒している。

 しかしこの年のレコード大賞は、ものの見事にピンクレディに足元をすくわれてしまったな。

 とにかく「時代と寝た女」と云わしめた1979年の百恵は、確実に歌手として完成に近づいていた。
 それは、初めてで最後のリサイタルが証明している。

MOMOE.jpg

 リサイタル最終日の名古屋御園座では、しなやかな大人の女に変わった生々しい百恵を魅せてもらった。

 恋人宣言をした1979年10月20日から、1980年3月7日に三浦友和との婚約発表、そして10月15日の引退までの日々の記録はリアルなドキュメンタリー映像であり、『ロックンロール・ウィドウ』と『さよならの向う側』では、当時の超過密スケジュールがとんでもないものだった、いや、一人の歌手の引退までの凄まじさと充実度が手に取るように分る。

 最後の映画撮りとレコーディングで忙しい合間に、レコーディング・スタジオで歌って魅せた『ロックンロール・ウィドウ』は迫力抜群である。
 9月18日に初登場したラスト・ソング『さよならの向う側』は、ランキング上は10回あるのだが、スタジオ登場はたったの1度きりだった。その唯一スタジオでの歌唱は、6分10秒のフルコーラスで最後を飾っている。
 その姿、山口百恵はやっぱり菩薩であった。

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Comment

ちゃーすけ says... "No title"
山口百恵はシングル全曲集の4枚組CDを持っていますが、映像があると思うと欲しくなってしまいますね。
もう引退して久しい歌手なのに…。

山口百恵ってういういしいティーンエイジャーから妖艶な大人、そして女神のような女性まで、彼女の軌跡、成長をリアルタイムで見てた気がするんですよね。
計算なしで。
だからそれを見ていた人間は何だか、いつまでも「私たちの山口百恵」って意識がある。

何かもう、今はそういうのを見るのは不可能に思います。
ピンクレディーとかも話題をさらいましたけど、その後デビューした歌手も含めて、こんな人はいない。
山口百恵が永遠の理由、でしょうか。

micmacさん、今年はお世話になりました。

来年がmicmacさんにとって、良い年になりますよう。
来年もまた、お邪魔しに来ます。
今年1年、本当にありがとうございました。

良いお年をお迎えください。
2009.12.31 11:36 | URL | #a2H6GHBU [edit]
mickmac says... "Re: No title"
ちゃーすけさん
あけましておめでとうございます。

山口百恵は生き方にブレがなく、何事をも貫き通す芯の強さと純粋さにファンは拍手を送っていたのですよね。
だから、決してカムバックを望まい希有な存在として、ぼくらの永遠の女神になっているのです。

    ◇

さて、こちらこそちゃーすけさんの記事を楽しみにしております。
良い年になりますよう
本年もよろしくお願いいたします。
2010.01.02 09:58 | URL | #- [edit]
村石レディ says... "百恵 淳子 昌子 懐かしいナァ"
山口百恵 絶対絶命 で プログ 検索中です。
子供の頃 流行りました。ウェーブで 歌詞を調べたら 不倫の歌なんですね。ガックリです。私は ドロドロした恋愛は 嫌いです。さよならの向こう側 夢先案内人 いい日旅立ち ありがとうあなた いい歌ですね。最高。今 動画で 秋桜を 聞いています。
音楽同好会(名前検討中 山口百恵を語る会
2012.05.04 17:14 | URL | #McybMVUg [edit]
mickmac says... "Re: 百恵 淳子 昌子 懐かしいナァ"
>村石レディさま

昭和の歌謡曲は、ドラマ性があり耳に残ります。
演歌でお馴染みの男と女の世界を、POPSに持ち込んだのが阿久悠氏であり、阿木曜子さんです。
そして、世界中の歌(ジャズ、ブルース、シャンソン、ファドなど)の半分以上が、そんな男と女を歌ったものなんですよね。
2012.05.06 00:25 | URL | #- [edit]

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