TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「身も心も」*荒井晴彦監督作品



監督:荒井晴彦
脚本:荒井晴彦
原作:鈴木貞美
撮影:川上皓市
挿入歌:「SEXY」(下田逸郎作詞・作曲)石川セリ
    「SEXY」下田逸郎
出演:柄本明、永島暎子、奥田英二、かたせ梨乃、速水典子、佐治乾、津川雅彦、加藤治子

☆☆☆☆ 1997年/東映/126分

    ◇

 脚本家・荒井晴彦が「誰も撮ってくれる監督がいなくなった」として監督デビュー。
 原作がありながらも自身を投影した自叙伝的作品で、人生の岐路に立った全共闘世代が、自身の心のなかを振り返り、愛に彷徨う姿をいじらしく曝け出す、切なくも官能的な人間ドラマとなっている。

 大学教授の岡本良介(奥田英二)と妻の綾(かたせ梨乃)は、ニューヨークへ出張中に湯布院の住居と綾が経営する喫茶店の留守番を、大学時代の友人であるシナリオライターの関谷善彦(柄本明)とデザイナーの原田麗子(永島暎子)に頼む。
 関谷と良介は全共闘運動の仲間で、かつて機動隊に火炎瓶を投げ付けたことで3年間投獄させられていた関谷だったが、当時恋人だった綾を岡本に奪われていた。現在、妻(速水典子)とは別居中。
 麗子は良介の元恋人で綾とはその頃からの親友で、関谷の投獄3年間を待てなかった綾の気持ちを聞かされていた。年下の恋人に求婚されたがしっくりこない。
 25年ぶりに初対面した関谷と麗子は、共通の友人とその喪失感で戸惑うものの、ある日、酔っぱらった麗子が綾の口真似で「3年間は待てなかったの」と云いだす。関谷もふざけながら良介の真似で応じるが、次第に叶えられなかったお互いの思いを、麗子は綾となり、関谷は良介となって語り合う。そして疑似夫婦として、別人格同志となって身体を重ねてゆく。
 綾が突然ニューヨークから一人で帰国してくる。上手くいかなくなった夫婦関係を修復するはずの外国生活も、逆に岡本との亀裂を大きくし、良介を置いたまま町に戻ってきたのだ。
 再会した綾と関谷は、どちらからともなく昔を思い出し性行為をはじめてしまう。その後、関谷は麗子とも綾ともどっちつかずの関係をつづけていく。
 やがてニューヨークから良介も戻ってくる…………。

    ◇

 この大人の恋愛劇は、どこかヨーロッパ映画を連想する。

 過去を引きずる柄本明。マザコンの奥田英二。一途に男にのめり込むがどこか醒めている永島暎子。夫への面当てで元カレと寝るかたせ梨乃。
 男も狡けりゃ、女も狡い。
 青臭い恋愛作品(映画でも小説でも)が若さだけで語られるのとは違い、挫折を味わい青春に想いを置き去りにしてしまった中年男女の哀感と官能は、30代の大人でもまだ分かるまい。お互いを掴みきれない夫婦と、嘘と本音の間で葛藤する男女の連帯感に説得力があるから、40代以上の男なら、女なら、苦い思いで身に沁みる恋愛劇だと思う。

 全編長廻しが多用され、人間描写は奥深い。膨大な台詞の量のなかで聞き取り難い箇所が多々あるのは、脚本家として台詞の言葉ひとつ一つより、演出家として言葉の間〈ま〉にその場の空気が優先された明かしだろうが、そこにリアリティを感じる。
 圧巻は、捨てられた者どうしの柄本明と永島暎子がお互いの傷を舐め合うように偽夫婦の恋愛劇を繰り広げる様を、長廻しを含め圧倒的な台詞の作劇でじっくりと描いてゆく前半のシーン。まどろっこしくも、ふたりが心情を吐露し合う繊細な心理劇として、心象風景が切なく、儚く漂ってくる。

 柄本明が絡む永島暎子とかたせ梨乃とのそれぞれのセックスシーンは息を飲むほどで(この作品は成人指定である)、さすが多くのロマンポルノを手掛け神代辰巳監督とのタッグでも知られる荒井晴彦だけに、中年男女の性行為のやるせなさと、恋愛に対しての男目線と女目線の違いがきちんと描き分けられている。やるせないムードに包まれる男の肉体と、生きてきた証しに劣情する女の肉体。失われた時代に急かされるかのように欲情する男と女の心情が突き刺さってくる。
 ともに40代の肉体を前貼りなしで曝け出す女優ふたりだが、ナイスバディのかたせ梨乃には感嘆しながらも、その肉感よりも永島暎子の色香の方が数段魅力的であった。
 その永島暎子が口ずさむ石川セリの「SEXY」。70年代の虚無的青春、最後の残り香として石川セリは団塊世代のアイドルだった。
 ラストシーンには下田逸郎が歌う「SEXY」が流れる。この選曲、最高。

 ブランコとシーソーに乗る男たちが、男の幼稚さを象徴する。
 「大学解体と叫んでいたお前が、いまでは大学教授」
 「ゴダールはシナリオなしで映画を撮る、と云っていたお前がシナリオ・ライター」
 「俺たち、もうすぐ50だな」
 「………ああ、もうすぐ50だ」
 いつまでも、心の中に青春時代が燻っている男ふたり。

 何を考えているのか分からない柄本明の優柔不断ぶりがいい。
 ホテルの中庭で、もう会わないことを約束する柄本明とかたせ梨乃の7分間の長廻しは終盤の見もの。
 抑揚のないふたりの台詞回しと、その台詞の“間”にゾクゾクさせられる。

 …………略…………

 女「男、ひどい」
 男「女は?」
 女「女もひどい」
 男「3回も会っている」
 女「今日で4回目」
 男「今日はまだ会っていない…………会おっ」
 女「だめ……今日はだめ………ず~とだめ」
 男「ずぅっと、だなんて」

 …………略…………

 女「女ってイヤだ」
 男「男もイヤだ」
 女「イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ」

 …………略…………

 女「ねぇ………また会ってくれる?」

 一歩踏み出すために、男も女も沢山のものを捨てていく。切ないな。

 母親(加藤治子)に自分の性癖を喋る奥田英二のシーンや、別れ話をする奥田英二とかたせ梨乃のシーンも、その会話の妙をカメラの川上皓市が長廻しで拾っていく。

 奥田英二と永島暎子がかつて行きつけていたバーの店内には、若松孝二の映画「女学生ゲリラ」('69)「赤軍・PFLP 世界革命宣言」('71)ゴダールのストーンズ映画「ワン・プラス・ワン」('68)のポスターと、ミルトン・グレイサー作のボブ・ディランのイラスト・ポスター('67)などが貼られていた。
 スクリプターに神代組の白鳥あかね、助監督に深作健太の名前。題字は林静一である。

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