TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「パッチギ!」*井筒和幸監督作品

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監督:井筒和幸
原案:松山猛
音楽:加藤和彦
出演:塩屋瞬、高岡蒼佑、沢尻エリカ、楊原京子、真木よう子、光石研、
   笹野高史、オダギリジョー、余貴美子、前田吟、キムラ緑子、大友康平

☆☆☆☆ 2004年/日本/119分

        ◆

 戦いを征するには闘いだ。

 熱き青春の血潮がたぎるのは、遮二無二に向かっていく相手がいるからで、民族の壁って云う姿の見えないようなものには、どうしょうもなく無力だ。でも相手を理解することはできる。
 このベタな大青春物語は、喧嘩でも恋でも相手に怯むことなく懐に入らなければ何も進まないことを教えてくれる。大人(国家)が勝手にこしらえた不条理事を、嘆き哀しむだけの話じゃない。そんなもんニの次ぎでもいい。大事なことは、隔たりを乗り越えるためにわかり合おうとする姿勢だ。

        ◆

 舞台は1968年の京都。日本の高校生と朝鮮高校に通う生徒たちとの、喧嘩と恋愛と友情の日々を描いた青春群像劇だ。敵対する朝高へ親善サッカーを申し込みに行く主人公・康介は、そこで吹奏楽部でフルートを吹く少女に一目惚れをする。彼女が奏でていた曲「イムジン河」にも心奪われるのだが、彼女は朝高の番長アンソンの妹キョンジャだった。民族の壁に戸惑いながらも、康介はギターを練習して「イムジン河」を歌うことを決める。
 毎日毎日くだらないことで喧嘩をくり返すアンソンたちとも次第に心通うことになる康介だが、彼らとの間には常に深い河が存在している。彼らが心を許し合うようになっても、大人たちの世代は簡単に許してはくれない河が流れていた。
 在日朝鮮人が康介に日本人に対する恨みつらみを淡々とときに激しく語る言葉は、日本人全員が受け止めなければならないことだ。そして、在日のひとたちから丁寧に頭を下げられるときのショックは強烈だ。康介の母のように、息子が連れて来たキョンジャらに向ける冷たい眼差しなど、その頃の当たり前の日本人だったと思う。飄々と政治を語りフリーセックスで愛と平和を説く酒屋の兄ちゃんみたいなのも居た、と思う。

 この映画、冒頭からツボにはまり68年を同時代として送った世代には懐かしい。グループサウンズのオックスや赤松愛。マッシュルームカットに11PM。高校二年生の康介を自分自身に投影できる。当時の僕が民族や部落の問題を知ったのは、「チューリップのアップリケ」や「手紙」といったプロテスト・ソングからで、康介と同じようにギターを弾きながら「イムジン河」や「悲しくてやりきれない」も口ずさんでいた。

 鴨川をはさんでの大乱闘シーンからふたつの話が交差していくクライマックスシーン、傷ついた康介がラジオ局で熱唱する「イムジン河」に、僕の涙は止まらなかった。



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