TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

孤高の情景、石井隆

 2004年にセンセーショナルな話題を振りまいて公開された1本の映画がある。いままでの常識の範疇を超えたこの映画は、主演女優の強い要望によりひとりの監督が指名された。石井隆である。一貫して女と男の官能の世界を独特なこだわりで描いてきた石井隆が到達したのは、徹底したリアリズムな世界だった。
 しかし凄いものを創っちゃいました~、と云うのが正直な感想だ。
 石井隆も主演女優も常に誤解に晒されて生きてきたところがあるが、70年代から石井隆を見続けてきたファンとして、そして“名美と村木の世界”のファンとしては、正当に評価していきたいと思う。

※この文章は、Y's PASSIONに書き上げた文章に加筆・訂正を加えたものです。

   ◆     ◆

 1979年に脚本家としてデビューをした石井隆は、それ以前は劇画家として数々の傑作を発表しており、そこには彼の永遠のテーマであり、普遍の愛のかたちでもある“名美と村木”の物語が綴られていた。

 東大受験失敗のあと早稲田大学に入り、小さい頃からの夢だった映画の撮影所でアルバイトをするようになるのだが、持病の喘息のため映画界での仕事を断念。学生運動に走り、そして挫折したその年、小学校時代の初恋の女性と結婚。生活のために三流実話雑誌の雜文書きなどをするようになり、絵が上手いということから穴埋め的に作品を描くようになった。そして、それが生業になる。
 その後、メジャーの大家“ヤング・コミック”誌に発表した「天使のはらわた」が話題になり、日活ロマンポルノでの映画化により、石井は再び映画の世界と関わることになる。ちなみに“ヤング・コミック”誌といえば、上村一夫、宮谷一彦、真崎・守、バロン吉元、長谷川法世などの執筆陣がいた先鋭的なコミック雑誌だった。
 また、劇画「天使のはらわた」での名美の相手の男の名前は“村木哲郎”ではなく“川島哲郎”であり、曽根中生監督によるこの作品の脚本は、後に幾つかの石井作品を監督することになる池田敏春が担当していた。
 脚本家としてのデビュー作「天使のはらわた・赤い教室」は、1979年キネマ旬報ベストテンでは選外になったものの、批評家や観客からは絶大な支持を得た。その年のベストテン第4位には、神代辰巳のロマンポルノの名作「赫い髪の女」が入っている。

 女と男しかいない世界。ひとくちに日活ロマンポルノと云っても、自由奔放な表現を構築し青春群像作品から文学的作品、私的論的な作品や実験的でシュールなものなど若い監督・脚本家・プロデューサーなどのエネルギーと情熱の場であり、成人映画だからといって見逃すには惜しい作品がいっぱいある。にっかつの方針として、80分弱の作品の中に規定されただけの絡みを入れさえすれば、あとは創り手の自由だったおかげで質の高い映像が生まれ、新進の作家として長谷川和彦、相米慎二、森田芳光、根岸吉太郎、中原俊、那須博之(2005年2月27日、53歳の若さで死去。)、中田秀夫など素晴らしいクリエイターたちが輩出されている。また、藤田敏八は青春風俗映画の旗手として、神代辰巳は男女の情念を独特の演出技法によって、その時代の空気をフィルムに焼きつけてきた。

 石井隆の監督デビューは1988年の「天使のはらわた」シリーズ第5作「赤い眩暈」。奇しくもその年が、日活ロマンポルノの終焉でもあった。

   ◇     ◇

 彼の描くドラマは女性が奈落に落とされるシチュエーションが多いのだが、それに関して彼の言い訳は山程あるのだろうが、絶対に言える事は、常に堕ちる側の女性の内面を丁寧に描き続けてきたことだ。そして特筆すべきは、堕ちていく女性たちを悲劇的なヒロインにすることなく、常に女性は再生し、自立し、立ち向かう姿勢で男たちに復讐する。そんな女性の存在から感動を引出している。
 「犯された向こう側にあるもの、女性からなくならないものを描き続け、“名美”を通じて普遍の女性を見つめる石井氏の世界を信用している。」と解説したのは吉本ばなな。石井隆のファンとして女性が多くいることもまたひとつの事実で、過激な描写を女性蔑視と受取り敬遠し差別するのは簡単だが、彼の視点を深く理解すれば、男という強権に支配されることのない心の持ち主だということが判るはずだ。

 それまで劇画を映画的なイメージで描いてきた石井が、今度は実際に映画という現場の中で、自分のイメージに近いものを描くことができ、劇画以上の作家性が表出した。
 1992年の「死んでもいい」は大竹しのぶ、永瀬正敏主演の官能サスペンスとして、ヨーロッパで三つの賞を獲得し、国内でもキネマ旬報をはじめ数々の映画賞(作品賞・脚本賞・主演女優賞・主演男優賞など)に輝いた。次の「ヌードの夜」は、「赤い眩暈」で好演した竹中直人と念願の余貴美子を名美役に迎え、サンダンス・フィルム・フェス・コンペティション部門でグランプリを受賞。そして、アルゴ・フィルムでの《名美3部作》の最後の作品「夜がまた来る」こそ、永年石井隆が描き続けてきた女性の一途な愛と哀の世界であり、ヨコハマ映画祭で夏川結衣が主演女優賞を獲得した。
 
 その後“名美と村木”の呪縛から離れ、配給会社や制作側とのゴタゴタがあったもののコンスタントに作品を創りつづけ、1997年、夫人とふたりで制作会社『ファム・ファタル』を設立。しかし2000年の春、三十年以上最愛で最高のパートナーであった夫人の死で、今度は、女性の死を描き続けてきた石井隆は長い懺悔の旅に出る事となってしまった。石井隆にとっての夫人が、幼い頃から最期までのたったひとりのミューズであったことを考えれば、今後“土屋名美”が現れることはないのだろう。

   ◆     ◆
 
 2004年の衝撃作で久々に映画界に復活し、2005年はパート2へと繋がった。作品が興行的に成功したことで、石井氏の念願の企画(つげ義春の作品と時代劇の化け猫)が製作される事を願わざるをえない。


☆フイルモグラフィは別の機会に………

スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://teaforone.blog4.fc2.com/tb.php/32-fb0107f4