TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「浮雲」*成瀬巳喜男監督作品

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監督:成瀬巳喜男
原作:林芙美子
脚本:水木洋子
出演:高峰秀子、森雅之、山形勲、加藤大介、岡田茉莉子、中北千枝子、千石規子、金子信雄、ロイ・H・ジェームス

☆☆☆☆☆  1955年/日本・東宝/124分

*1955年度キネマ旬報ベストテン第1位
 監督賞・主演女優賞・主演男優賞受賞
*1955年度ブルーリボン賞受賞

    ◇

 骨太な黒沢明、軽妙な川島雄三、静寂の小津安二郎、詩情あふれる成瀬巳喜男。日本映画の巨匠と云われる監督の作品は、若い頃に集中して観ていた。
 その成瀬巳喜男の最高傑作を、数十年ぶりに鑑賞した。

 成瀬巳喜男の作品は、『乱れ雲』『女の中にいる他人』そして『浮雲』の3本しか観ていないのだが、このメロドラマには一番打ちのめされる。
 理屈では割り切れない男と女の性(さが)と業(ごう)を愛欲に彷徨う様として、徹底して妥協のない視線と一切の感傷を交えずに淡々と描き切っている。成瀬映画の最高峰だろう。

 自堕落で女にだらしない男。そんな男に愛想を尽かせながらも、地の果てまでも男を追いかけるヒロイン。これは救い難い愛憎劇であり、とことん堕ちていく女への鎮魂歌だ。
 台詞より、俳優の視線や見ぶりで哀感あふれる人物像が演出され、それを見事に演じてみせる主演の高峰秀子と森雅之には、ただただ圧倒されるのみ。

 ダメな男をニヒルに演じる森雅之も凄いが、男を追いかけ敗戦の地でひとり生きていく女を演じる高峰秀子には、美しさは云うに及ばず、発する台詞のひとつひとつに魅了される。
 凄みや、逞しさ、冷たさと、男に翻弄される頼りなさや諦めの気持ちが、投げやりで、アンニュイで、ぶっきらぼうで、時に凛とした口調のなかに、ヒロインの人間像全てを感じさせるのだ。

 ラスト・シークエンスに見られるあの有名な船上のカットは、堕ちていくふたりの姿として実に象徴的であり、泣ける。

 「ねぇ、どこまで歩くのよ。わたしたち行くところがないみたい。」

 “離れられない”ふたりが、常に肩を並べて歩くシーンとして数多く出てくるのが印象的だ。


  ◆以下あらすじ。物語の細部に触れます。

    ◇

 昭和21年初冬。南方からの引き揚げ船からひとりの女が降りてくる。
 戦時中に、農林省のタイピストとしてインドシナへ渡っていたゆき子(高峰秀子)だ。彼女は、同地に赴任していた技師の富岡という男と関係を持つようになったが、彼には妻がいた。
 ゆき子は、妻と離婚すると言いおき先に帰国していた富岡に会いに、東京代々木上原の家を訪ねるが、玄関先に出てきたのは富岡の妻だった。
 富岡の煮え切らない態度に失意したゆき子は、富岡と別れる。
 職を探すもあてがなく、復興マーケットをふらつく日々の中、いつしか米兵相手のパンパンになったのは生きていくためだった。
 しかし、ゆき子の住まいを探しあて再会した富岡に、激しい口調で責めたてる彼女も、結局はよりを戻すことになる。

 終戦の東京では富岡の仕事も巧くいかず、失意のふたりは伊香保温泉へ“道行き”のつもりで出掛ける。何をするでもなく部屋に籠っている二人だが、いつしか宿代が無くなる。「ボルネオ」という名のバーで、主人の清吉(加藤大介)にオメガ時計を売り、清吉の好意で泊めてもらう。が、そこで富岡は、清吉の若い後妻おせい(岡田茉莉子)の野性的な魅力に惹かれる。直感でふたりの関係を察するゆき子。東京に帰り富岡との連絡も途絶えたのだが、妊娠したゆき子は再び富岡の引っ越し先を探し出す。しかし富岡は、ダンサーになりたいと伊香保を逃げ出して来たおせいと、同棲をしていた。 
 またも失望したゆき子は、かつて自分の貞操を犯した義兄の伊庭(山形勲)に金を借り中絶をする。ゆき子は病院のベッドで、嫉妬に狂った清吉がおせいを絞殺した新聞記事を読むが、退院後は伊庭の囲われ者となり、裕福な日々を過ごすことになる。

 ある日、落ちぶれた富岡がやって来る。
 妻が病死したことを聞いたゆき子は、自分のなかに富岡と離れられない性を感じずにはいられなかった。

 数週間後、富岡は新任地として屋久島へ行く事になり、身体に不調を感じていたゆき子もついて行くことにした。医師からは無理と通告されても無理強いで同行したゆき子だったが、熱帯雨林の孤島の掘建て小屋での生活が病状を悪化させる。豪雨吹きすさぶ日、富岡がジャングルの奥地に出向いている留守中に、ゆき子は血を吐いて、息絶える。
 号泣する富岡。

 愛しつづけた男に翻弄されたゆき子だったが、その死に顔は柔和で美しかった。
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Comment

シリウス says... ""
「浮雲」は成瀬巳喜男監督の最高傑作の1本であると、多くの人(この時代の映画評論家、映画人および一般の人)から賞賛されている作品である。
戦中の外地から、戦後の日本の混乱期を生きる男と女のどうしょうもなく、やるせない恋愛を描いている。
成瀬監督の理屈では割り切れない男と女の業と性の描写に脱帽です。
印象に残るのは、富岡(森雅之)が新任地の屋久島へ幸田ゆき子(高峰秀子)と肩を寄せ合って赴任していく2人の姿・心情のシーン、富岡が仕事で山に入っている間に、ゆき子が1人で死んでいき、富岡がゆき子の死に顔と対面し心底から悲嘆にくれるシーンは、この2人のこれまでの生き様を振り返ると、観る者として胸を打つ切ない気持ちがずっと残りますね。
もちろん、高峰秀子は好演でしたが、森雅之が女たらしのだらしない男の本性をすばらしい演技で見せてくれたと思います。

小生の成瀬監督映画のベスト5は、
「流れる」「「驟雨」「浮雲」「乱れる」「放浪記」
原節子は小津作品のときと違って、「驟雨」では倦怠期に入った妻をおおらかでのびのびとした演技で秀逸ですね。
監督が違うと、こうも変わるのですね。
新婚旅行帰りの姪・香川京子との会話が面白い。

別件ですが、
1996年のフィンランド映画で、Drifting Clouds(浮き雲)アキ・カウリスマキ監督があります。(ビデオ購入済)
1997年にキネマ旬報ベスト・テン洋画部門第3位。
この映画は、夫婦の苦しみと喜びをカウリスマキ監督ならではのポップでカラフルな映像でゆったりと描いている。
ヘルシンキのどことなくノスタルジックな街、レトロなピアノがよく似合うかっての名門レストランに勤める妻と、そんな夜の街をひた走る市電の運転手の夫。
そして平凡な共稼ぎの夫婦を突如襲ったダブル失業・・・。
苦境に耐えながら、希望の道を探し求めていく夫婦。
上映時間は96分。

2007.05.08 14:42 | URL | #- [edit]
mickmac says... ""
シリウスさん 
ご機嫌いかがでしたか、本当に、お久しぶりですね。

たった3本しか観ていない成瀬作品(それも最後の2本ですし……)ですので、
あまり語る資格などないでしょうが、お付き合いを感謝いたします。
高峰秀子さんは、シーンごとに台詞廻しと声のトーンを変化させる徹底ぶりに見惚れます。
森雅之のダンディぶりも素敵ですよね。
並んで歩くシーンが多いと書きましたが、肩を抱き締めるのは、あの船上のときだけですよね、
あの“絵”は凄過ぎます。

アキ・カウリスマキ監督は、先日、余貴美子さんが『過去のない男』をセレクションしていましたね。
ひとつも観たことがないので、機会があれば鑑賞してみます。
2007.05.09 00:04 | URL | #- [edit]

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