TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「男坂」志水辰夫

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 幾度も、繰り返し読みたくなる小説がある。
 ぼくにとってはこの志水辰夫であり、先頃、文庫化された本書をあらためて買い求め、読み直した。同じ箇所で、目頭が熱くなる。話の結末がわかっていても、卓越した描写に泣かされる。

 1981年に上梓されたハードボイルドの傑作『飢えて狼』を読んで以来、氏の格調高い文体、いわゆる“シミタツ節”に魅了されつづけている。
 氏の作品集はハ-ドボイルドあり、冒険小説あり、スクラップスティック・コメデイあり、そして情痴小説ありと、この26年間にいろいろなジャンルを見せてくれているが、一貫しているのが、登場人物が寡黙なダンディズムで貫かれていることだ。

 短編となると、その寡黙さは登場人物だけにとどまらず、寡黙な文章そのものが見事に登場人物を浮かび出させる効果となり、読後の余韻を感受する歓びが圧倒的に大きくなる。
 志水辰夫の作品に触れていたいのは、それ唯ひとつに尽きる。

 さて、表題の「男坂」とは、【神社・仏閣などに通じる二つの坂道のうち、傾斜が急なほう】のことで、反対に、ゆるやかな坂のほうを「女坂」と呼称するという。

 本書は、その“急な坂”を生きてきた男たちの人生の機微を、何気ない日常生活の中からすくい取った七つの短編集であり、穏やかな生活に背を向け、お天道様の下からはぐれ、ひっそりと人生の黄昏を下る男たちへの挽歌となっている。


扇風機
 母親の実家に滞在している小学校2年生の少年が、
 近所の堤防の上で粗野で薄汚いなりの見知らぬ男と出会う…………
 表題の扇風機が、見事な小道具として読者に差し出される。

再会
 出会いたくなかった旧友と仕事中に偶然再会してしまい、恐喝される主人公。
 家族を守るために云われるままにする男の、家族団欒な日常描写の秀逸さ………
 ラスト、ふたりの男の行動が、なんとも恰好良すぎる。

サウスポー
 事務長として勤める病院に入院している余命いくばくもない身寄りのない老女。
 幼いころ近所の私娼街で働いていた女性だった。
 荼毘(ダビ)に付された女性を通して、過去の苦い思い出を辿る男。

パイプ
 過去を秘めた男たちの心の繋がり………

長くもない日
 郷里を捨て、通りすがりの街で飲み屋の女のところに居着いてしまった男。
 病に倒れた年上の女性を看る毎日に、ある日、男の心を乱すことが起きる。

あかねの客
 編中、唯一ミステリーを感じる作品。
 15年前に夫を事故で亡くした和枝。
 ある日、彼女が働く寂れた湯治宿に無骨な男が泊まる。
 忌み嫌われ不審がられる男の行動に、和枝は夫の事故に心騒がす。
 哀切感漂うラストの描写に、ただただ感嘆。胸が詰まる。


 経営する会社を乗っ取られ、田舎に戻って老母を介護する男。


 登場する男たちは、何も語らない。
 主人公が語らない代わりに、情景描写が見事に語る志水作品。
 そこから見えてくる、男たちの哀切に咽ぶ心情。

 各編のラストの一文に、圧倒的な余韻を残す“シミタツ節”に酔ってもらいたい。


    ◆

男坂/志水辰夫
【文藝春秋】定価 1,600円(税込)
【文春文庫】定価 600円(税込)

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Comment

路傍の石 says... ""
ハードボイルド作家というのはほとんど読んでなくて、
20年以上昔に当時売れっ子だった片岡義男、北方謙三らを愛読していたくらいでした。
それらを読んで自分で分かったのは、
拙はストーリーとしてのハードボイルド以前に、
人生観、世界観としてのハードボイルドが好きだということでした。

やはり寡黙であることがハードボイルドの本質。
ここ数年、自分でも饒舌になり過ぎていると感じますが、
本来はそんな自分だけじゃなかったと思うことが多々あります。
志水辰夫が描く主人公のような寡黙な男の姿を知り、
自分を今一度見つめ直してみたいと(←カッコつけすぎ)。

文芸作品はしばらく読んでいませんでしたが、
この文庫本は自分の体質に合いそうなので
早速購入して読んでみたいと思います。
2007.03.18 15:50 | URL | #3UG7ZRW. [edit]
mickmac says... ""
路傍の石さん
こんにちは。

片岡義男は、70年代初めのバイブルでしたね。
北方謙三は、『檻』『渇きの街』『弔鐘はるかなり』『眠りなき夜』など初期のハードボイルドをよく読みました。現在はすっかりですが……。

もともとが口数の少ないだけのぼくには、いつまでも寡黙な男を理想としているのですが、40代までの自分はもっとクールだと思っていたことが、50代になり、情けないほど自身の弱さを露呈した事柄があり、実際は、ただただ自身の未熟さを痛感するだけです。
行動が伴わないのですから困り者(笑)。
2007.03.19 16:52 | URL | #- [edit]

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