TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「風の墓碑銘〈エピタフ〉」 乃南アサ



 小説を読んでいて「まだまだ読み終わりたくない」という感覚がある。
 ミステリーなら早くその解決を知りたいという思いが起こるはずなのだが、こと、この音道貴子の物語に関しては、これまでの長編でも短編でも、彼女が感じる痛みや苦しみ、そして、彼女を取り巻く人間関係のもどかしさに、血の通った感覚で、身近に、体温を感じずにはいられないのだ。
 事件とともに、彼女の日常を一緒に過ごす貴重な時間を惜しみながら、後ろ髪がひかれてしまうのだ。
 そして、本を閉じたあと、どこかで、オートバイで疾走する音道貴子に逢えるような、気がしてしまうのだ
 人物描写に長けた乃南アサさんの文章は、毎度、感動的だ。

 音道貴子シリーズの最新刊は『凍える牙』『鎖』につづく長編としては3作目(その間『花散る頃の殺人』『未練』『嗤う闇』の短編が3冊)で、いままで以上に自分に忠実に生きている貴子の、こころの動きが丹念に描かれた作品となり、読み応えのある長篇警察小説になっている。
 
 東京下町の解体工事現場から、死後二十数年経って掘り出された三つの白骨死体。身元を探るために音道と同僚の玉城は、大家で認知症の老人の許を日参するのだが埒が明かない。そんな中、ある日、その老人が撲殺死体で発見された。
 捜査本部が立ち上げられ、音道の相方となったのが、かつてコンビを組んだことのある(『凍える牙』)ベテラン刑事滝沢保。
 音道にとっては、絵に描いたような男社会に生きる滝沢には嫌悪感しか抱かないわけで、警戒心まるだし。滝沢の方はかつてのような女性差別はなく、また、個人的問題を抱えながらも貴子の力量を認めだしている。

 小説の展開は、ほとんどが地道な地どり捜査に費やされる。炎天下の捜査の間じゅう繰り返されるふたりの不協和音なコンビぶりと、音道の頑固なほどの生真面目さと直感力が、滝沢の老獪な捜査方法とともにジリジリと真相に近づいていく醍醐味が、本書の読みどころだ。

 明かされた真相の惨さと、犯人のあまりの自己中心的な言動への音道貴子の怒りは、現実社会に蔓延している狂気への憤りとして伝わってくる。

風の墓碑銘〈エピタフ〉/乃南アサ
【新潮社】
定価 1,995円(税込)

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