TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

チキ・チキ・チケット

 70~80年代のコンサート・チケットや芝居のチケットって、チラシやパンフ同様、集める楽しみがあった。
 いまは何だか味気ない。

 ほんの一部をピックアップしてみた。


    ☆    ☆



高校生の時、冬休みに友人と一緒に東京までJOHN MAYALLを見に行ったのが、ロック・コンサートの初体験だった。1970年12月、ROCK CARNIVAL #1と名打たれ開催されたこれこそが、日本のロックの歴史の始まりだった。残念ながらチケットが残っていない。
このあと、Blood,Sweat & TearsB.B.KINGCHICAGOFREEと続くのだが、Grand Funk Railroadまで行くことは出来なかった。
チケットを収集し始めたのが71年のLED ZEPPELINからということになる。当時、武道館ならどんな席でもロックの真只中にいる感じだったからZEPにしろDEEP PURPLEにしろほとんどが2階席で見ている。ストーンズの幻のチケットも換金しちまうほど、お金無かったしね。初めて武道館のアリーナで観たのが73年冬のLEON RUSSELLだった。


山口百恵のステージは蒲郡市まで追っかけてしまった。『山口百恵リサイタル/愛が詩にかわる時。』のチケットは二つ折り。歌舞伎や演歌歌手が座を開く御園座でのリサイタルにはびっくりだった。



80年代は中島みゆきサザン・オールスターズ漬けで毎年足を運んでいた。そのためにプロモーターの会員になり前列の良席ばかりを確保していたのだが、今では会員でも競争率が激しくこんなに良い席を買うことは出来ないようだ。
日本人アーティストのチケットはユニークで凝ったものが多かった。中島みゆきの『明日を撃て!』『五番目の季節』は二つ折り。
思いだせば82年の『浮汰姫』ツアーで、つづけて歌った「やさしい女」と「エレーン」は鳥肌モノだったなぁ。



変形チケットでユニークなのがタモリの『Radical Hystery Tour '82』のサングラス型だろうか。



アーティストの写真を前面に扱ったものは他にもいろいろ。



芝居のチケットも独自性があった。

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Comment

路傍の石 says... ""
mickmacさん、こんばんは。

いやぁ、随分いろいろとご覧になってらしたんですねぇ。おっ!ライトン・ホプキンスだ。拙も80年代以降ブルースは結構行きましたが、ライトニンはもはや死んだあとでした。それとハンブル・パイ。スティーヴ・マリオットもソロで来るという噂で期待しましたが、寝煙草で紫煙と一緒に昇天しちゃいました(笑)。

拙は中・高校時代はチケット買ってライヴに行ったことはなくて、国内アーティストのラジオ公開番組だけでしたね。成人してから自分でチケットを購入して頻繁に行くようになりましたが、これまた打って変わって洋楽オンリー。ただし、20代半ばまでは業界に近いところにいましたので、仕事がらみで見た邦楽アーティスト(インディーズ系が主でしたが)は無数にあります。でも、そういうのって意外と記憶も散漫で、やっぱり思い出に残るライヴは苦労して手に入れたチケットで見たアーティスト。拙的には88年の再編ピンク・フロイドと90年のストーンズ初来日が一番の思い出です。
2006.07.06 20:46 | URL | #3UG7ZRW. [edit]
mickmac says... ">路傍の石さん"
どーもです。

ライトニン・ホプキンスの来日は1978年、最初で最後のコンサートでした。
見に行っておいて本当に良かったと思います。
誰もと同じように、白人のブルース・ロックを入口に本格ブルースを聴くようになり、ロック喫茶と同じようにブルース喫茶があったあの時代は毎週のように通っており、ドスの効いた声とゴリゴリのテキサス・ギターの音色に惹かれ『ライトニン・ストライクス』を買ったのでした。
ハンブル・パイは“ブラックベリーズ”を従えていた時期が一番好きで、マリオットのソウルフルにシャウトする歌唱はとても白人とは思えませんでした。最高のパフォーマンスを楽しめましたよ。44才の生涯は短すぎますね。

ストーンズの初来日は、東京2日間の翌日に39度の熱を出しブッ倒れた思い出があります(笑)。
2006.07.07 16:38 | URL | #- [edit]

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