TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

ガールズ・バンドの草分け、ピンキー・チックス

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 ピンキー・チックスは、ダンサー丘なおみのダンスチームがGSブームに乗って1967年に結成した6人組バンドで、米軍キャンプやクラブショーなどで活動。
 GSブーム真っただ中において全員女性のバンドはまだまだ珍しく、ときどき平凡パンチなどでGOGO喫茶のバンド紹介でいくつかのバンドを見るくらいのなか、唯一レコードデビューしたガールズ・バンドがこのピンキー・チックスだった。


ピンキー・チックス◆ ヨッパラッタお嬢さん/そばにいて 1968年

 「ヨッパラッタお嬢さん」の作詞は三木かおる、作曲は新井はるコ。

 1967年から68年にかけてフォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」が空前のミリオンヒットを遂げたあと、同じようにテープの早回しを使った歌が何枚もリリースされ、この「ヨッパラッタお嬢さん」もそんな雨後の筍のように、深夜放送でコミックソングとして流れていた。
 残念なのは、流行のコミックソングを歌う女性バンドということだけで、不当な色モノ扱いされていたのが現実だったろうか、話題になってもヒットには繋がらなかった。

 当時、ジャガーズ「マドモアゼル・ブルース」、スパイダース「あの時君は若かった」、ゴールデン・カップス「長い髪の少女」を買いに行ったとき、レコード屋さんでこれらGSバンドがポピュラーのジャンルにおいてあったのに対して、ピンキー・チックスは邦楽・歌謡曲のなかでも、「ケメ子の唄」(ザ・ダーツ)、「水虫の唄」(フォーク・クルセダーズの変名バンド、ザ・ズートルビー)、「主婦のブルース」(高石友也)、水森亜土らのレコードと並んでいたんだよね。
 上記のシングルは同時期に買ったんだけど、ピンキー・チックスの購買意欲を駆り立てたのは、2面ジャケの裏面のミニスカート勢揃いに食指が動いたっていうのも、まぁ、事実…やっぱり色モノとみてたかな。

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 でも、楽曲・歌の実力を知るには、B面「そばにいて」のほう。GS歌謡の大傑作だ。
 いまでは60年代のキューティー・ガールズ・ソングとして「そばにいて」が重宝されている。作詞は谷もとこ、作曲は新井はるコ。
 ヴォーカルの糸乗美和の歌の巧さは確かなもので、当時からB面ばかりを聴いている。

 結局、バンドとしては売れることなく、このデビュー盤含めて3枚のシングルを残したのち、71年ころに自然消滅している。アルバムが残されなかったことが実に残念だ。
 糸乗美和は1971年にソロ歌手いとのりかずことして、新人作詞家であったちあき哲也の楽曲「女の旅路」で再デビューし、そして、ちあき哲也の原作を歌謡史に残る12の名曲で構成し歌った『小説・女の旅路』というアルバムは、カンツォーネやシャンソンまで歌いこなす彼女の歌唱力で、聴き応えある名アルバムとなっている。シングルでは、筒美京平や宇崎竜童(DTBWBでデビューする前)の楽曲もある。

 ピンキー・チックスの動いた姿は、2本の映画で見ることができる。

●松竹映画『喜劇 初詣列車』(’68/瀬川昌治)より「ソーラン節・ア・ゴーゴー」


 レコードデビューする前に公開されている。

●大映映画『女賭博師乗り込む』(’68/田中重雄)より「星を探そう」


 江波杏子の『女賭博師シリーズ」の6作目…江波の妹役の安田道代(現・大楠道代)がピンキー・チックスのヴォーカルを担当している設定。7人目のメンバーとして糸乗の隣でタンバリン持って歌っている風だが、口パクだろう。

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