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まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

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虚実に埋もれる「曽根中生自伝」

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 1990年頃に忽然と姿を消し、2011年に突然現れ、今年2014年8月26日に亡くなった映画監督・曽根中生。
 70年代に観た邦画のお気に入りが、藤田敏八や神代辰巳や深作欣二らの作品群だったりするなかで、監督の名前で作品を選んだわけではないのに、結果的に多くの作品のファンになったのが曽根中生のロマン・ポルノだった。

 急逝直前に発刊されたこの『曽根中生自伝~人は名のみの罪の深さよ』は、1970年代の日本映画界において〝官能のアナーキスト〟と言われた特異な御仁が自ら書き及んだ半生と、自作全作品(助監督時代に関わった作品も含)をインタビュー形式で解説する構成で、氏の映画人生を映しとった面白い読み物となっている(ただし興味のある箇所だけを飛ばし読み)。
 しかし、いろいろ問題のある書でもあるわけで………特に、石井隆との因縁・確執がある『天使のはらわた』『天使のはらわた 赤い教室』の箇所には、聞き捨てならない記述がいくつかある。
 石井隆の脚本に対して「こんな与太の台詞で、映像は撮れないわけですよ、かったるくて」と云っている箇所などは、石井隆ファンであり曽根ファンでもある身には哀しい発言でしかないのである。


 一度死んだと噂された御方が舞い戻ってから暫くして、あちこちでご乱心とも言える事実誤認の発言を振りまいていたのは、にっかつロマンポルノの歴代ベストテンに入る屈指の作品『天使のはらわた 赤い教室』に関しての不可解な裏話…すなわち「映画のラストシーンは自分が変えた」発言である。
 当事者の石井隆のみならず、ファンの心をざわつかせるに足る過激なものだった。

 2014年冬『映画芸術』における成田尚哉のレヴュー(倉田剛著作『曽根中生~過激にして愛嬌あり』)で曽根発言の事実誤認が指摘され、それに呼応するかのように2月にリリースされた「ヌードの夜・Blu-ray BOX」に付帯された特典ブックレットには、石井隆が製作時から不信を抱き揉めた事案について、重い口を開き綴ったインタビューが掲載された。
 石井隆の曽根中生への不信感がいまだに解かれないままであることを知り、また、この発言を石井隆は公に声することをはばかり、ファンだけが目にする封入特典にしたことに涙したものだ。

 今回のインタビューには問題のラストシーンを変えた云々の発言はなかったかわりに、村木にすっぽかされた名美が哀しみのあまり行きずりの男と連れ込み旅館で情愛を繰り返すシーンの発言には事実捏造がある。
 本文を引用してみると
「男が逃げようとして、男を引きずり込む。要するに、引きずり込む行為をふすまの陰に引っぱっていくということで描いたんですけれど、それは浮世絵のイメージなんです」

 さも自分のオリジナルかのような発言だが、狂ったように求める名美から逃げようとする男を襖越しに引き入れるこの箇所は、石井隆の原案劇画【やめないで】(’76)を引用したものだ。

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 曽根氏がイメージして創りあげたシーンでないことは一目瞭然。映画を初めて観たときは、石井劇画のテイストを大事にするために劇画を絵コンテ代わりにしたと思っていたのだが……曽根氏の頭のなかでは自分のアイデアとして残っているのか………将又、誇大妄想か……。

 こうした石井隆との因縁を思えば、他の作品においても眉唾ものも混じっているのではと懸念するところなのだが、『週刊読書人』9月19日号に興味深い特集が掲載されていた。

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 「曽根中生とは何者か」と題し『曽根中生自伝~人は名のみの罪の深さよ』における〝事実改竄〟と〝記憶違い〟を、本書内インタビューした野村正昭、脚本家荒井晴彦、元にっかつのプロデューサー成田尚哉、そして、4本の曽根作品に出演した女優片桐夕子らが座談会形式で放談している。

 世に出ている俳優、女優、監督ら映画関係者の自著には、思い違いや事実誤認あるいは話を面白おかしく書き上げたり、自分に都合のいい取捨選択をしてあるものもあるのだろう。面白い読み物としてある程度認めるところもあるのだが、今回のように監督の主観だけで誤った記述になっている箇所を、当事者たちが指摘し述べているのも珍しい。
 荒井晴彦はかなり辛辣だ。自作脚本の『新宿乱れ街 行くまで待って』の件や、同じく共同脚本に関わった『不連続殺人事件』の話も当事者だから言える批判か。
 『スクリプターはストリッパーではありません』(白鳥あかね著)のなかに、荒井氏は『不連続殺人事件』で曽根監督にかなりいじめられていたと書かれていたが、この話を裏付けるエピソードが披露されている。何か凄い発言だらけの読み物だ。

 『天使のはらわた』に関して成田尚哉がいくつかの事実誤認を指摘しているのだが、ひとつ首を傾げる箇所があった。
 「曽根さんが実際に映画に撮ったように、石井さんは決定稿を書いている」と言う言葉だ。

 「シナリオ」1984年9月号での石井隆へのインタビューには「二稿目までは直したんだけど、決定稿にするための直しの作業には、行き違いがあって加われなくて、決定稿が出来上がってから知らされまして…」と発言している。
 また、同誌に掲載されている『天使のはらわた 赤い教室』のシナリオには「決定稿は、曽根監督がこの稿に手を加えて撮影台本としましたが、編集の都合上、石井氏のオリジナル第二稿を掲載しました」と注意書きがある。
 オリジナル第二稿は完成した映画とは大幅に違う。冒頭シーンを入れ替えたりするのは石井隆の本意ではないはずだから映画が石井隆の決定稿とは思えない。成田尚哉が今回読み直したという決定稿は、曽根中生が手を入れたホンということではないのか?

 それにしても『天使のはらわた 赤い教室』がロマンポルノの傑作といえど、石井隆の劇画を見続けてきたファンは、己を含め石井隆が描いてきた風景がいかに変容していったのかを検証し続けるのだろうな。

    ◇

曽根中生自伝~人は名のみの罪の深さよ/曽根中生
【文遊社】
定価3,900円(税別)

週刊読書人
毎週金曜日発行 【株式会社 読書人】
定価280円(税込)

★天使のはらわた 赤い教室★
★新宿乱れ街 いくまで待って★
★不連続殺人事件★

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Comment

トウジロ says... "本当に"
mickmacさま
このふたつに目を通して、私も同じような思いを抱きました。いつかその辺りの事ははっきりすると思いますが、それにしても人間の記憶やこころというのは複雑で、とても面白いですね。曽根監督の自伝は別の角度から見れば曽根中生という人の有り様を残さずすべて語りつくしているように見えます。座談会の後半部分の視線の温かさ、やわらかさはそういったものへの反応でもあるでしょう。いろいろな面で面白い本であることは間違いないですね。
私の方の備忘録にmickmacさんのこちらの頁、リンクさせてもらっても構いませんか。お願いいたします。
2014.10.02 07:43 | URL | #SFo5/nok [edit]
mickmac says... "Re: 本当に"
>トウジロさん どーもです。
 
>このふたつに目を通して、私も同じような思いを抱きました。いつかその辺りの事ははっきりすると思います

曽根作品て出来不出来が結構ありますが好きなので、ああいった発言には戸惑ってしまいますね。
ぼくは第二稿しか読んだことないのですが、決定稿あるいは撮影稿では冒頭入れ替えなどが実際どう描かれていたのか見てみたいです。
特に第二稿にない「マー坊と名美のくだり」。石井劇画を絵コンテ代わりにしたような構図は、
いま思えば曽根監督が劇画を参考にホンにないシーンを追加したとは思えなくなってきてるんですよ。


>人間の記憶やこころというのは複雑で、とても面白いですね。曽根監督の自伝は別の角度から見れば曽根中生という人の有り様を残さずすべて語りつくしているように見えます。座談会の後半部分の視線の温かさ、やわらかさはそういったものへの反応でもあるでしょう。いろいろな面で面白い本であることは間違いないですね。

座談会でみなさんが言っているように、性格破綻してる天才だからこそ素晴らしい作品を生み出してもいるのでしょう。

リンクはご自由になさってください。
この件でぼくが書けるところは限界ですので、あとはトウジロさんの検証にお任せします(笑)。
2014.10.02 12:51 | URL | #- [edit]

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