TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

レッド・ツェッペリン登場、日本グラモフォン盤から45年

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 45年前の1969年に買ったレッド・ツェッペリン[ I ]日本グラモフォン盤である。邦題【レッド・ツェッペリン登場】

 高額な〝帯〟付きを持ってるってか? 
 昔は〝帯〟に価値を見出している購買者などほんの少ない存在だったと思う。当時は、ライナーノーツを読むのに邪魔だったり、綺麗なジャケットは部屋に飾ったりしていたから〝帯〟は無用の産物でしかなかった。輸入盤を買いだす理由のひとつもそんなとこにあったから、信じられないことに〝帯〟はほとんど捨てていたのだな…。
 だからこれは自作の〈なんちゃって帯〉。コレクター中野D児の真似である。
 ブログで見て面白そうだったので「デフィニティヴBOX」の紙ジャケCDから帯をスキャンして作成したのだが、これって結構めんどくさかった……これ1枚で辞めとこ。

 さて、この日本グラモフォン盤を購入したのは高校1年の7月。思い出しても悔しい曰くあるレコードになっているのである。
 ストーンズやビートルズを通り越しながら、ジミヘンやドアーズ、クリームに嵌り、ブルース・ロックに傾倒していた時期だったかな…次々と新しい形態のロック・サウンドをリリースしていた新生CBSソニーから「世紀のスーパースター/ジョニー・ウィンター」の発売があり、このツェッペリンのデビューアルバムも同じころの発売だったから、さあ困った。少ない小遣いでは、どちらも1800円だったことに真剣に迷った。
 で、ツェッペリンを買ったわけだが、針を落とした瞬間、1曲目の「Good Times Bad Times」の一音からしてその衝撃は強烈だった。
 近所に住む同じくロック好きの友人Wくんの家にすぐさまレコードを持って行き、興奮しながら何度も聴き合ったのがついこの間のような出来事だった。彼とはお互いが違うレコードを、例えばジミヘンやクラプトンは彼が買い、ぼくはジャニスやチッキン・シャックを買うといった具合に、互いの家を行き来しながら聴くというのが習慣だったから、まぁ、とにかくよく聴いた。そんな日々のあるとき、レコードに大きな傷をつけてしまった。
 10~11月だったか、ビートルズの「ABBEY ROAD」を親に金を出してもらい[ I ]を買い直したんだよね。丁度ツェッペリン[ II ]の発売でもあったので、同じレコードを買うことなどはナイショ。[ II ]はWくんが買った。

 さてツェッペリンファンにはごく当たり前の話なのだが、この日本グラモフォンの初回盤は裏面にミスプリントがあり、いまではこれにまで価値があることになっているのだが、そんなこと露とも考えもしなかったぼくが再購入したのは2nd盤で、ミスプリを直した再発良品のレコードを再び手にした喜びで傷ついたレコードはジャケットもろともジャンクしてしまったのである。
 レコードを買いだして50年…痛恨の極みベスト3のひとつ(ほかのふたつはバニラ・ファッジの日本グラモフォン初回盤とマザーズ・オブ・インヴェンション「Freak Out!」初回盤を人に譲ってしまったこと)として、いまだに思い出しても悔しいのであった(笑)。
 まぁそんなこともあって、このレコードはジャケとともに綺麗に残してあるのである。
 

 ついでだから、ざっと日本グラモフォン盤を紹介しておこう。
 表ジャケットがオリジナルと同じ図柄ながら見開きWジャケットになっていたのが特異なところ。
 中面にはTBSのディレクター北山幹雄氏のライナーノーツと歌詞が青字と紫字で印刷されている。中ジャケの左上には〝ART ROCK シリーズ〟のロゴ。

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 裏ジャケットも日本独自。前述したとおりこれは再発盤なのでメンバー顔写真と下部の名前は合っている(悔・笑)。

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 ただし再発2nd盤といっても、マトリックスは1stプレスと同じ「SMT1067」のままなので、音盤としては同じもの。
 
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 ツェッペリンに関しては、ストーンズのようにオリジナル盤や各国盤を集めたりしていないので、日本盤より断然音の良いと言われる英国オリジナル盤を体感していない。
 しかし、たしかに当時のほかのアーティストの日本盤はオリジナルに比べて音が非常に悪いものが多かったかもしれないが、日本グラモフォン盤は結構迫力のある音を出していると思う。
 
 ところで今回のツェッペリン・リマスター盤に関して、「レコード・コレクターズ7月号」の続報記事内に米盤と日本盤のLPは左右チャンネルが逆だと記されているが、日本グラモフォン盤はオリジナル通りであり、3rdヴァージョンの日本ワーナーに代わってからのことと認識されたし。

 さて見開き内のライナーノーツには、こんな北山氏の言葉で結ばれている。
 ~近い将来、バニラ・ファッジやドアーズなどを抜いて、完全にニュー・ロック界の王座に就くであろうツェッペリン。私は彼らを「ニュー・ロックの巨人」と呼ぼう。

 なんだか少し気恥ずかしい文章だが、45年経っても「追撃の巨人」は現れていないのではないか?


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Comment

路傍の石 says... "無題"
拙と半世代ほど違うmickmacさんとは10代の洋楽体験は随分違って感じます。拙が初めてZEPというバンドを知ったのが中学3年のとき、当時レコード屋の店頭で友人から『フィジカル・グラフィティ』がとてもいいと聞かされたのがはじめでした。でも当時は買うレコードはほとんどビートルズ関連一本槍だったのと、その頃典型的なハードロックは苦手だったので、しばらくZEPはスルーしてました。ようやく聴く気になったのは、ミュージック・ライフでZEP10周年の特集記事を読んでから。その記事で「ZEPの音楽性はハードロックだけじゃない、フォークやアメリカン・ロック的な要素も多い」と聞いて俄然興味を持ち、初めて買ったのがIIでした。

ZEPのアルバムのなかではハード色が濃い1枚ですが、「サンキュー」や「ランブル・オン」のような牧歌的なナンバーとハードサイケそのものの「胸いっぱいの愛を」の落差がショッキングで、しばらくはどう接したらいいかどまどいも大きかったですね。ビートルズやストーンズとはまったく違う、しかし共通点があるとしたら、表面的なパブリックイメージとは異なる音楽性の幅広さと奥深さです。フォトジェニックなルックスとは裏腹の売れ線狙いではないZEPの音楽性が世界的な注目を浴びたのは、69年というアングラやサブカルの価値観がピークに達していた時代背景も大きいと思います。ZEPのデビューがあと2~3年遅かったら、サイケありフォークありブルースありの、ごった煮的音楽性は成り立たなかった、「ロックン・ロール」「ミスティ・マウンテン・ホップ」のようなわかりやすいハードロック・オンリーのバンドでデビューしたことでしょう。そう考えると、IVのリリースが71年だったというのも時代をそのまま反映していたと思います。
2014.06.29 02:00 | URL | #g44u2PmQ [edit]
mickmac says... "Re: 無題"
>路傍の石さん

リアルタイムでの1969年は、村上龍の「69」で描かれているように若者たち(大学生ばかりではなく中学生・高校生まで)は、いろんなものに目覚める時代でした。
ロックに限れば、ビートルズとストーンズで変革したミュージックシーンは、もっと大きなエネルギーが蓄えられ、暴発し、拡散した年だったのではないでしょうか。
「愛と幻想」…そんな空気も心地よく感じる混沌とした時代…。
貪欲に音楽を吸収していた年代に、ビートルズとストーンズに慣れた音の発展先として「ハードロック」というモノリスが現れたショックは、リアルタイムで感じた世代にしか共有できないものがあるかもしれません。

「II」のアルバムを購入するのはずっと後になるのですが、71年に武道館でZEPを見てしまってからは、この後頻繁に聴くようになるのは「IV」のA面ばかりでした(笑)。
2014.06.29 18:35 | URL | #- [edit]

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