TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「狼になりたい」にみる情景

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 ありふれた風景のなかに都会の静寂と不安、そして、孤独が浮き彫りになる中島みゆきの名曲「狼になりたい」は、1979年リリースの5thアルバム『親愛なる者へ』に収録されている。
 エドワード・ホッパーの絵画のような情景と言おうか、例えば、同じ1979年に公開された工藤栄一監督『その後の仁義なき戦い』を観ていても中島みゆきの歌は連想されずとも、中島みゆきが歌う「狼になりたい」を聴くと必ず、宇崎竜童や松崎しげるのチンピラ狼と、化粧慣れしない原田美枝子。そして、根津甚八の狼の成れの果ての姿が浮かんでくる。どこにも同じようなシチュエーションなどないのだが、歌を通して映画のワンシーンを透かしているかのようにみえてくる。
 それは多分に、『その後の仁義なき戦い』公開後にリリースされた根津甚八のアルバム『Le Pierrot』に「狼になりたい」がカヴァーされたのが起因であろうが、ライヴにおいても音程が不安定な歌唱であれ、彼独特な男の無様な色気がみゆきの世界を体現している。

 歌詞の世界から映像的イマジネーションを広げてみよう………


 シンプルなアコースティック・ギターの音色が聴こえてくる……夜明け間際の街のロケーションから、吉野屋へワンシーン・ワンカットでカメラがなめてゆくかのような歌い出し。
 “吉野屋”は“吉野家”ではなく架空の店であるが、時代的に24時間営業をする飯屋は一部のファミレスを除いて存在しなかったこの頃なら、ここはどうしても牛丼屋ということになる。
 店内には、化粧のはげかけたシティ・ガールとベイビィ・フェイスの狼たちが肘をついて眠っている。

 “ベイビィ・フェイスの狼たち”とは幼い表情を残す若者でもいいが、どちらかと云うと、裕福な家庭の粋がった若者の様のような気がする。
 “化粧のはげかけたシティ・ガール”は、都会に憧れて来た地方出身の化粧も様にならないような女がカッコつけていて、金を持った男たちにナンパされて遊びまわった後であろう。店がはねた後の水商売の女やソープ嬢では“化粧のはげかけた”と表現しにくい。

 ♪買ったばかりのアロハは どしゃ降り雨でヨレヨレ
 1979年当時はアロハシャツ=チンピラ、あるいは遊び人という図式があるのは歪めないので、この主人公はアロハシャツ=自由人に憧れる地方から出てきた若者。
 2番の歌詞で判るが彼の職業は客商売、明日は朝早い仕事が待っている。安い給料で朝早くから夜遅くまで働き、気に入らない先輩や上司ももちろんいる。そんな彼には、土曜の夜しか愉しみがない。それも、夢みたいに短い時間。行きつけないディスコで女でもナンパしようと意気込んでも、隣の席の若い“狼”たちのようにスンナリとはいかなかい。
 仕事をさぼったりすることもできない。始発電車を待つために時間を持て余している。

 ♪狼になりたい 狼になりたい ただ一度
 この境遇から一度だけでいいから抜け出したい叫び。誰にも束縛されず、好きなことをしたいように行動できる自分になりたいと……

 ♪向かいの席のおやじ見苦しいね
 ♪ビールをくださいビールをください 胸がやける
 日曜の朝方にひとりカウンターに座るおやじは、まるで社会に押しつぶされそうな惨めな自分を見ているかのようだ。酒でも飲んで、たった一度でもいいから荒ぶることがしてみたい………しかし上手くいかないのが現実だ。そんなこと百も承知。
 
 ♪昼間・俺たち会ったら お互いに「いらっしゃいませ」なんてな
 ♪人形みたいでもいいよな 笑えるやつはいいよな
 「俺たちみたいな奴は一生懸命働くしかないんだよな。なぁ、あんた」と、カウンターの中の牛丼屋の兄ぃに声をかけクサる。嫌な客たちに愛想笑いして、それを上手くできる奴らが羨ましい……

 ウトウトとしながら、夢想……

 憧れのナナハンでも持っていたら、隣りのナンパされた女にでも声を掛けて、ふたりでぶっ飛ばせるのによぉ。
 1979年当時の「ナナハン」は自動二輪中型免許の取得が難しく、若者には羨望と憧れの乗り物だった。
 ♪どこまでもどこまでもどこまでもどこまでも………
 実際に走り抜ける距離感イメージよりも、彼の夢が届きようもないほどの時間を要しているもどかしさに聴こえてくる。

 いつしか夜が明けてゆく………


★狼になりたい「ル・ピエロ」根津甚八★


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