TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「殺しのドレス」*ブライアン・デ・パルマ

 以下作品は、映画前売券のコレクションとして記録するものです。

1981_殺しのドレス
DRESSED TO KILL
監督:ブライアン・デ・パルマ
脚本:ブライアン・デ・パルマ
撮影:ラルフ・ボード
音楽:ピノ・ドナッジオ
出演:マイケル・ケイン、アンジー・ディッキンソン、ナンシー・アレン、キース・ゴードン、デニス・フランツ

☆☆☆★ 1980年/アメリカ/105分

 初見1981年4月。
 エロスとサスペンスを兼ね備えたブライアン・デ・パルマの代表作。
 スローモーションや長回し、俯瞰撮影など、あざといほどの視覚描写を堂々と振りかざす潔さこそ、〝映像の魔術師〟デ・パルマのヒッチコッキアンたる所以。
 ミステリーとして致命的な部分があるにせよ、これはある意味ファンタジー映画。ナンシー・アレンのシャワーシーンに魅了されながら、最後にぞっとする趣向を楽しもう。



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「バード・オン・ワイヤー」*ジョン・バダム

 以下作品は、映画前売券のコレクションとして記録するものです。


BIRD ON A WIRE
監督:ジョン・バダム
脚本:デビッド・セルツァー、ルイス・ヴェノスタ、エリック・レーナー
撮影:ロバート・ブライムス
音楽:ハンス・ジマー
出演:メル・ギブソン、ゴールディ・ホーン、デビッド・キャラダイン

☆☆☆ 1990年/アメリカ/110分

 初見1990年9月。
 2015年の11月で70歳を迎えたゴールディ・ホーン。
 彼女が出ているかぎりコメディかと思えばメル・ギブソン寄りのサスペンスだったりして、中盤からコメディ・タッチを出すも、ま、映画としてはどっちつかずの中途半端。
 だけど、なにはともかくゴールディ・ホーンの可愛らしさに免じよう。
 当時45歳、なんてキュートなんだ……60歳を過ぎた頃、娘のケイト・ハドソンがその美貌を羨みながら絶賛しているのだから、まさしく美魔女!

「平凡パンチ」no.337:1970年12月7日号


 1970年12月7日号

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 カラーグラビアは山本リンダ、19歳…

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 8年間のアメリカ生活から帰国した写真家タッド若松の『イッピー・ガール・イッピー〜Ipy Girl Ipy〜』からの1枚…モデルは女優の鰐淵晴子…



「平凡パンチ」no.332:1970年11月2日号


 1970年11月2日号

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 カラーグラビアは杉本エマ、20歳…

「平凡パンチ」no.331:1970年10月26日号


 1970年10月26日号

「平凡パンチ」no.328:1970年10月5日号


 1970年10月5日号

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 カラーグラビアは辺見マリ、20歳…

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 宇野亜喜良、天本英世、かまやつひろしらの「男の部屋」探訪…

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 1970年8月26日から5日間、イギリス南端に小さく浮かぶワイト島でぶっ通しで開催されたポップ・フェスティバルは、「愛と平和と連帯」を求める若者たちで埋め尽くされた……この写真を見る限りでは「平和」のひとつのカタチに見えるのだが、実はこれが最後の「共同幻想」だったことが何十年も後に知ることとなる……

「平凡パンチ」no.315:1970年7月6日号


 1970年7月6日号

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 カラーグラビアは、13歳でレコード・デビューした青山ミチ、21歳…60年代は弘田三枝子と二分するかのパンチあるパワフル・ヴォイスでR&B歌謡の代表格だった…しかし、私生活の不遇やらスキャンダル歌手の烙印やらでグラビアでの肉体披露が多くなり、この年以降、ますます堕ちていってしまったのが残念……

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 「ロックコンサートに何を着て行く?」と題して、菊池武夫や亀渕昭信、小林泰彦、加藤和彦、長浜治ら……己を含めみんな、みんな、こんな恰好していたな……

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 マルチタレントの草分け的存在の中山千夏、22歳…
 世代的にはNHK『ひょっこりひょうたん島』の博士役の声だろうか、はじめて彼女の名前を知ったのは……TVドラマではこの年に始まった『お荷物小荷物』が好きだった…歌手としても活動(ほとんど作詞は中山千夏)、レコード買っていたし…
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B面曲「砂漠」はグルーヴ歌謡の傑作!

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 ブレない男、内田裕也である……


「平凡パンチ」no.311:1970年6月8日号


 1970年6月8日号
 カラーグラビアは、ファッションモデルであり女優であり歌手の沢知美のヌード(掲載は控える)…

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 梶芽衣子の実妹・太田とも子のデビュー盤告知……
 彼女は、これ以前の1969年に有沢とも子名義で2枚のシングル盤を出しているので、彼女のレコードとしては3枚目…「はじめに愛があった」は作詞阿久悠、作曲中村泰士…B面「とおく群衆を離れて」の作曲が作曲家デビュー1年目の宇崎竜童で、つづいてリリースした「恋はまっさかさま」もB面ともに宇崎竜童が曲を担当していた…
 姉・梶芽衣子の『野良猫ロック/マシンアニマル』(’70)では実名歌手として出演し「とおく群衆を離れて」と「恋はまっさかさま」を劇中で歌唱…この2曲の劇中ヴァージョンは『歌謡曲番外地~悪なあなた』においてCD化されているのだが、オリジナル・シングル・ヴァージョンとそれぞれのカップリング曲「はじめに愛があった」「ねむいのは悲しいからさ」のCD化は未だない…

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★歌謡曲番外地~悪なあなた★


「平凡パンチ」no.307:1970年5月11日号


 1970年5月11日号

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 巻頭カラーグラビアは秋川リサ…当時17歳

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 つづく見開きグラビアはレーシングドライバー生沢徹…単身ヨーロッパでF1を目指し立ち向かった一匹狼…ルックスもファッションも輝くスターだった…


「平凡パンチ」no.306:1970年5月4日号


 1970年5月4日号
 カラーグラビアは、当時歌手だった20歳の泉アキのセミヌード……

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 「MARIJUANA」の記事……2年後の1972年にアメリカで解禁されるだろうと書かれ(現在、州によって解禁されている)、植草甚一氏がフィッヒュー・ラドローという人物(何者かは判らない)の体験記を翻訳している……堂々とまかり通る時代だったのだ…



「平凡パンチ」no.303:1970年4月6日号


 1970年4月6日万博特大号
 特集記事は〝一番人気は三菱館、女に強い古河館、意外に不人気米ソ館〟「万博にきた100人へ質問」と題し、万博会場を訪れた若者100人の声を掲載しているが、週刊誌的に不満の声がてんこ盛りだ…

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 カラーグラビアは立木義浩撮影の歌手・扇ひろ子のセミヌード

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 1969年に初主演映画『いそぎんちゃく』が公開され、1970年の人気が半端なかった渥美マリ・19歳…この号では7ページの特集…

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 70年代のスタートに相応しく、世界のミュージシャンの人気投票をヤマハの協力で催していた「パンチ・ミュージシャン・ベスト10」の結果発表
 2位とは倍以上の大差をつけてダントツの1位日野皓正は、圧倒的なカリスマ性で不動の人気を誇っていたからわかるけど、2位の森山良子は不思議な気がするだろう…3位のジョン・レノンを抜く人気ってのは、当時ヒット曲が多かったからかな……
 4位弘田三枝子、5位渡辺貞夫、6位マイルス・デイビスとジャズの人気の時代…7位ポール・マッカートニー、8位トム・ジョーンズ、9位ボブ・ディラン、10位ポール・モーリアとポピュラー勢がつづき、圏外にはジミヘンとクラプトンの名前がある…ロック・ミュージシャンの健闘は少し先の話となるのかな………




「平凡パンチ」no.294:1970年2月2日号


 1970年2月2日号

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 モノクロ・グラビアは渥美マリ…立木義浩の写真集からのピックアップ……




「平凡パンチ」no.291:1970年1月5日号

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 1970年1月5日号 新春特大号

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 巻頭カラーグラビアは〝ビヴァ・ガールズ!〟と題して松岡きっこ、ほか6人の女たち…

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 〝ことしも平凡パンチのスタッフは かっこいい可愛い女のコを どんどん見つけていくゾ! さっそくだが ここに紹介するのは 1970年 バッチリ活躍すること間違いなしのファッションモデル嬢たちだ〟と、紹介されたフレッシュ・ガールズ38人のなかに、20歳と称した阿木燿子の名前…実際は1945年生まれのはず…ままよくあることか……

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 横尾忠則作『新網走番外地・さいはての流れ者』イラストポスターの告知
 「そのタッチは、キミも知っての通り、一見“あぶな絵趣味”的、アッという間に流行児になったイラスト界の花形。その横尾忠則が今をときめく健サンを描いて、ご覧の通りイカしたポスターをつくりあげた」

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「任侠東映!1970年新春大作」東映系各劇場にて各1部200円で売られていたという、横尾忠則、生頼範義、志村立美、安岡旦らのイラストポスター……

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 巻末ファッション・グラビア…左は日野皓正、右は加藤和彦…







「平凡パンチ」no.289:1969年12月22日号

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 1969年12月22日号

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 立木義浩カメラマンが厳選した6人のモデルを使った〝ダイハツ1970カレンダー〟から…
 ダイハツの組み立て工場で、塗装工程のベルト上で素肌を晒す加賀まりこ……

「平凡パンチ」no.282:1969年11月3日号


 1969年11月3日号
 「消えた《時差》レコード界に異変」のタイトルで、秋冬のレコード商戦を見据えての音楽情報が掲載されているが、いま読み直してみると、可笑しくもあり中々興味深い記事だ……
 いわゆる国内プレス盤の発売がスピードアップされ、いち早く最新盤を耳にできた直輸入盤のメリットを脅かす存在になってきたということ……

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 1968年に設立された新興レコード会社CBSソニーレコード(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)が、当時まったくの無名だったビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニー(ジャニス・ジョプリン)の実質デビュー盤『チープスリル』をリリースしたことを皮切りに、ニュー・ロックのレコード攻勢が始まったように感じた……

 CBSソニーレコードの第1回新譜は『卒業』のサウンド・トラック盤サイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・ライセンス」、LPはアンディ・ウィリアムス、ブラザース・フォアだったと思う……『チープスリル』の発売は1968年11月で、CBSソニーのロック分野では、1969年5月から12月まで毎月4~5枚のニュー・ロックが1800円でリリースされていた。
 音楽好き(シャンソン、タンゴ、映画音楽、ポピュラーミュージック)の父親が馴染みにしていたレコード店が通学途中にあったので、頻繁にその店に出入りしていた環境から新盤に目敏くなった感はある。

 1969年クリスマス・イヴに開局した民間FM放送局第1号のFM愛知の試験放送では、ロックやブルースを延々と流してくれていた……(時間帯でクラシックやジャズの時間もあった)
 新興CBSソニーの戦略もあったのだろう、CBSソニー系のアーティストが多かった覚えがあり、ジョニー・ウインターやタジ・マハール、スピリット、モビー・グレイプ、ブラッド・スウェット&ティアーズなどを初めて聴きエアチェックに勤しんでいたのを思い出す……

    ◇

《記事抜粋》
「ビートルズの話題の最新盤『アビー・ロード』が、ファンの予想をみごとに裏切って、もう日本国内プレス盤で登場した。
 この『アビー・ロード』という、ビートルズの最新LPアルバムは、最近、レコード界の最大の話題となったもの。
 それというのも、百数ページのカラー・テキストとレコードが、木の箱に入った、超デラックスのLP『ゲット・バック、ドント・レット・ミー・ダウン、アンド、ナイン・アザー・タイトルズ』が急に発売延期となり、それにかわって、発表されたアルバムが、この『アビー・ロード』。
 急場しのぎの、旧テープを集めたものだろう、とか、いや、スゴイ新作ばっかりサ、とか、いろいろウワサに取り巻かれながら、このLPは、都内のほとんどのレコード店に、直輸入盤の予約が殺到。
 それだけに、直輸入盤が都内のレコード店に出まわった直後に、サッと登場した、国内プレス盤は、ビートルズ・ファンだけでなく、一般の音楽ファンにも、チョットしたショックをあたえた。
 これも、輸入盤が売りつくされたころ、やっと日本盤が発売されたところで、ファンはもう直輸入盤でとっくに満足している、という事態を恐れた、レコード会社の賢明(?)な作戦のせいらしい。
 今回のように、本国盤とほとんど同時発売に成功した、というわけ。

 ビートルズにかぎらず、大物タレントの最新盤は、いつも直輸入盤が奪い合いとなるものだが、ひところにくらべて、最近は、国内プレスが急激にスピードアップしてきて、なかには直輸入盤に、ホンのちょっとおくれただけで発売される日本盤というのも、急増の傾向にあるようだ。
まず、相変わらず人気の高い、ニュー・ロックの分野を見ると、アメリカで十月にされたばかりの、『マイケル・ブルームフィールドの冒険』、『ジャニス・ジョプリン・コズミック・ブルースを歌う』が十一月に…『アル・クーパーの孤独な世界』、ドノバンとジェフ・ベック・グループの『バラバジャガ』が十二月に…アル・クーパーとマイケル・ブルームフィールドの『スーパー・セッションVOL2』も年内に発売される……………(略)…………さらに十二月には、ストーンズの変型LP『ホンキー・トンク・ウィメン』も出る。本国の指令とあって、日本でも苦情を訴える工場を説得して、八角形のジャケットで店頭に出る予定。
 さて、こうも急激に、国内プレス盤が攻勢に出てくると、直輸入盤の魅力も、微妙となってくるようだが、日本でも、最も代表的な直輸入盤中心のレコード店、日本楽器では、中間業者を通さず、直接オーダーシステムを採用。その利点を応用して、もっか年末にかけて〈ロックンフォール・セール〉のサービス中。ロックの輸入盤が二千円という、国内盤並みの価格で売られている。
 なかには、日本での人気がパッとしないのに、輸入盤が、いつもすごく売れる、というのもあるらしく、レターメンがその典型。
 輸入盤ファンのあいだでの、奇妙な人気に驚いた、日本発売元の東芝では、急に本腰を入れはじめ、もっか、『レターメン・アンド・ライブ』という実況録音盤が、五千枚売切れの、ベスト・セラーを記録して、再プレス中だというからおもしろい。
 輸入盤の人気が、やっと国内でも、〝効力〟を発揮した例だろう。
 ……………………(略)…………………(原文ママ)



「平凡パンチ」no.280:1969年10月20日号

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 1969年10月20日号
 この年の9月28日に『第1回日本ロック・フェスティバル』が新宿厚生年金ホールで開かれた。
 「パンチ」には〝FILLMORE SHINJUKU〟と題し、インディアン・スタイルのエディ藩をはじめ、麻生レミ、ヒロ柳田、井上孝之(当時)、内田裕也、ブルース・クリエイションらのモノクロ・ピンナップが載っている……

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 〝日本ロック黎明期〟の幕開けとなる『第1回日本ロック・フェスティバル』は、4月に創刊された「ニュー・ミュージック・マガジン」誌が主催となり、中村とうよう、田辺昭知、福田一郎、木崎義二らの運営で催された本格ロック・イベント……
 ブルース・クリエイションから始まり、パワーハウス、エディ藩グループ、内田裕也&フラワーズ、ゴールデン・カップス、スーパー・セッションとして成毛茂・増尾好秋・井上孝之らのステージ…地方の高校生にはなんとも羨ましく、歯がゆい思いのフェスだった……
 

「平凡パンチ」no.261:1969年6月9日号

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 1969年6月9日号
 【パンチ特選レコード】に『レッド・ツェッペリン登場』の紹介…
「元ヤードバーツのジミー・ペイジーがリーダーでことしのニュー・ポートに出演決定のニュー・グループ。このアルバムは日本デビュー盤だがアメリカではLPベストテン入りをはたした」(原文ママ)

 カラーグラビアは麻生れい子…モノクログラビアは小川ローザ…

「平凡パンチ」no.260:1969年6月2日号


 1969年6月2日号

  1969年はGSブームの終焉から新しいロックの波を迎えた年だった…
 「NEW MUSIC MAGAZINE」誌が創刊されたのがこの年…
 「MUSIC LIFE」や「Young Music」といったグラビア多しの音楽雑誌を見ていたなか、ロック・ジェネレーション向けの新しい音楽雑誌の登場は新鮮だった…
 「パンチ」でもROCKやBLUESが取り上げられるようになり、【今週の新入荷直輸入盤ガイド】というコーナーが始まっている…
 ビートルズやストーンズの新盤は国内発売が2~3ヶ月遅れが普通。ジミ・ヘンドリックスのLPで半年遅れというのがあったので、直輸入盤は結構注目されていた。JAZZのことはよく知らないのだが、同じようなはず…
 この号では、トラフィック「Last Exit 」、バディ・ガイ「Lest My Blues in San Francisco」、プロコル・ハルム「Salty Dog」が紹介されている……でも輸入盤は高かったのでまだ買えなかったなぁ

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 モノクログラビア「CAR & GUY」
 横尾忠則、長浜治、加納典明、松田光弘、黒川紀章、渡辺貞夫、小林泰彦らのクルマとファッションが披露されている……
 写真は横尾忠則とリンカーン・コンチネンタル…



「平凡パンチ」no.238:1968年12月23日号

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 1968年12月23日号



 ロンドンレコード発売15周年記念盤としてリリースされたLP6枚の告知…
『決定盤!ローリング・ストーンズ・デラックス』は日本ローリング・ストーンズ・ファン・クラブが企画したもので、あえてヒット曲を除いたR&Bオンリーのベスト盤にしたところに食指が動いた…
 もちろん、このLPは今でも大事な宝物となっている……

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「平凡パンチ」no.221:1968年8月26日号

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 1968年8月26日号

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 ゼネラル石油のキャンペーンガール杉本エマのポーズにドキドキしたが、翌年、爽やかな小川ローザが丸善石油Oh!モーレツで登場…そりゃ小川ローザの勝ちでしょ…

「平凡パンチ」no.220:1968年8月19日号

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 1968年8月19日号
 カラーグラビアは日活のニューフェイス、20歳の丘みつ子…

「平凡パンチ」no.211:1968年6月17日号

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 1968年6月17日号

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 モノクロのグラビアは「インディ500(正式名称:インディアナポリス・インターナショナル・チャンピオン・レース」…当時はテレビで宇宙衛星実況中継がされていたっけ……

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 石森章太郎(当時)のアダルト・コミック〝ガイ パンチ シリーズ〟「魔女狩り」第4話が連載されている。私立探偵ガイ・パンチと、美人ですぐ脱ぐアンドロイドのアシスタントとのコンビが活躍するSFアクションで、今となっては石ノ森章太郎の幻の作品と云われている……



「平凡パンチ」no.206:1968年5月6日号

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 1968年5月6日号
 〝イラストレーターの時代〟と云われたこの頃、宇野亜喜良と横尾忠則は時代の寵児だった……

 ふたりの作品が載った「平凡パンチ」は、人生の指針ともなった雑誌なのである……

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「平凡パンチ」とともに

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 東京オリンピックが開催された1964年の5月に、平凡出版(現マガジンハウス)からヤング向け男性週刊誌として毎週金曜日に発刊された「平凡パンチ」。当時の惹句は〝型やぶりの男性週刊誌〟!

 新進気鋭のイラストレーター大橋歩が創刊から7年半描いた表紙のイラストが画期的でもあり、若者がオシャレをする時代の到来を告げていたわけで、〝VAN〟や〝JUN〟などアイビーファッション花盛りにして、クルマやスポーツ、音楽、女の子の話題がグラビアやエッセイで詰まっていた。

 熱心な読者になったのは、「パンチ」の表紙がそれまでの男性メインから女性のイラストに変わった1968年。15歳にはとてもセクシーな雑誌だったけど、これが大人への入り口。この頃は「パンチ」に対抗した「プレイボーイ」も出ていたけど、断然「パンチ」の方がセンスがあってカッコ良かった。
 絵を描くことに興味を覚えていた頃で、何より大橋歩のパステル画に惹かれていたので、彼女が担当していた71年まで頻繁に買っていた。
 当時は他の雑誌(「映画の友」「ボーイズライフ」)とともにかなりの数を保管していたのだが、諸々家庭の事情で引越っすことになり、その際ほとんどの雑誌を処分してしまっていた。なんとも残念な話だが、表紙だけでもスクラップをしておかなかったのは、80年代当時でも大橋歩の「パンチ」は高値で買ってもらえたからである。 
 それでも何とか数十冊だけは残してあったので、今回、30数年ぶりに引っ張り出して日陰干しをし、懐かしく閲覧をしている。

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 パラパラ眺めているだけで結構面白い記事やグラビアが沢山あるので、今後、少しづつ紹介していこうと思う(毎度のことながら不定期掲載になるかもしれないが…)。
 

日本語BLUES ROCKに酔いたけりゃ、GRIM SPANKY

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SUNRISE JOURNEY/GRIM SPANKY

 NHK-Eテレビ『ミュージック・ポートレイト』で、みうらじゅんが選んだ10曲のなかにあったのがGRIM SPANKYの「大人になったら」だった。〝日本のジャニス・ジョプリン〟と紹介していたが、ぶっ飛んだよ…この歌声にはいっぺんに虜になった。

 ヤバい!この時代にこんなバンドがいたなんて……
 マズい!これまでこんなバンドを知らなかったなんて……

 GRIM SPANKY(グリムスパンキー)は、ヴォーカルの松尾レミとギターの亀本寛貴の2人組ユニット。この『SUNRISE JOURNEY』がフルアルバムでのメジャー・デビュー作となるようだ。

 調べてみたら〝SUZUKI ワゴンRスティングレー〟のCMに流れていたジャニスの「MOVE OVER」は、彼らがカヴァーした歌だったというではないか……あのCMは疑いなくジャニスと思って聴いていたから驚きだ。

01. 焦燥
02. サンライズジャーニー
03. 褒めろよ
04. MIDNIGHT CIRCUS
05. 踊りに行こうぜ
06. 夜が明けたら
07. さよなら僕の町
08. WONDER ALONE
09. ロルカ
10. 大人になったら
11. リアル鬼ごっこ


 シワ枯れ、締め付けるような発声で歌う松尾レミの声は、たしかにジャニスに近い。

 これまで〝和製ジャニス・ジョプリン〟と呼ばれてきたヴォーカリストは多く、麻生レミしかり、金子マリしかり、ハスキーヴォイスというだけで杏子だってそうだし、ジャニスに傾倒する夏木マリ姐さんは声質は違うのになんともジャニス的表現力だったりしたし……Superfly(越智志帆)は70年代テイストでデビューしていたわけだが、このGRIM SPANKYのヴォーカリスト松尾レミには〝再来〟という惹句を蹴散らすほどに圧倒的な凄みがある。止めを刺された感じか…。

 全曲松尾レミの作詞作曲(いしわたり淳治との共詞が3曲)で、「焦燥」は松尾が17歳の時に初めて他人(ひと)に聴かせることを意識して作った曲だという。幻想文学に傾倒していたという松尾レミの歌詞世界は感性豊かで、表現者としても、今どきのバンドにしては日本語での歌唱表現がしっかりしている。メッセージとして、きちんと歌詞が迫ってくるのだ。

 スピーディーなロックチューンとバラッドの兼ね合いもよく、存在感に酔うことができるヴォーカルはカッコいいのひと言だ。特に「大人になったら」が秀逸だろう。
 ブルージーなギターも60〜70年代の英国ブルースロックを彷彿とさせるもの。
 そして、どこか昭和歌謡テイストな楽曲があるところもクセになる。

[褒めろよ]


[焦燥]


[大人になったら(Live)]