TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

いよいよ『GONIN サーガ』



9月26日公開の石井隆監督作品『GONIN サーガ』
公式サイトのトップページが一新された
公式ポスターも 90秒予告編も完成!

いよいよ 時計じかけの夜へ カウントダウンがはじまる

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[再録]伝説のグランド・ファンク怒濤の後楽園球場



 1971年7月17日。
 グランド・ファンク・レイルロード(以下GFR)の日本公演が後楽園球場の特設ステージで催された。今のように 簡単に外国に行ける時代ではなく、ましてや海外ロック・アーティストが来日するなんて夢のような時代の頃である。
 1970年の暮れに東京日劇で行われたロックカーニバ ルの第1弾ジョン・メイオール来日公演に続いて、2度目のロックコンサート。チケットを入手しないまま、小学校からの友人Wとともに後楽園球場に来ていた。
 後楽園球場に着いたときには既に、当日券は売り切れていた。オープニング・アクトとして逆来日した麻生レミの歌声が聴こえていた。
 会場に入れないまま、とにかく噂の大音響バンドの生の音を、会場の外からでもいいから聴きたいと、その場を離れずにいた。
 そしてその後、このコンサートが後々ロックファンの間で“伝説”として語り継がれるのを目の当たりにするのだった。

 前座としてカナダのバンドMashmalhanの演奏も終わり、インターバル後にはいよいよGFRのお出ましという時、それまで晴れていた空の雲行きが怪しくなってきた。
 ポツポツと降り出した雨は、突風と稲妻を引き連れ、遂には雹(ヒョウ)を混じえた土砂降りの雨となり、近くに停まっている車のボンネットに音をたてて叩き付ける。
 さすがのハードロックバンドであるGFRも、演奏開始時間を大幅に遅らせざるえなかった。豪雨の中で待たされる観客には興奮するに十分な効果となり、自分を含め球場の外にいるチケットを持たない約2000人のファンの興奮もいやがうえにも盛り上がっていた。

 後楽園球場に何やら不穏な空気が充満していたことは確かだった。
 そして、三塁側ゲート近くにいた自分たちのそばで、いきなりシャッターが壊され、会場になだれ込むファンで騒然となる出来事が起った。そのまま、なだれ込むファンの中に自分がいたというのが、この“伝説”の実体験だ。後々知ったことでは、会場の中からゲート破りを誘導した数人のファンの中に、小・中学校の同級生Sがいたという。

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 真夏の夜の狂乱は、翌日の新聞の『ファンが暴徒化して会場に乱入。機動隊出動で乱闘騒ぎ』のタイトルで締めくくられたが、まさに若気の至りである。
 日本に定着する本格的な外タレ・ロックコンサートはこの伝説から始まり、いよいよ2ヶ月後にレッド・ツェッペリン初来日となる。
 今度はきちんとチケットを買ったのは云うまでもない。

 さてGFRのステージは、午後9時過ぎに糸井五郎のアナウンスではじまった。
 イントロダクションの「ツァラトゥストラはかく語りき」が場内に響き渡り、ずぶ濡れの30,000人以上の観客の歓声と怒号の中、「Are You Ready」でコンサートはスタートした。セットリストはその後「Paranoid」「Heartbreaker」とつづき、アンコールが「Inside Looking Out」。全7曲、1時間ちょっとの短い演奏だったが、とてつもなく熱いコンサートとなり記憶にいつまでも残るものとなった。

July 17,1971 Grand Funk Railroad at Korakuen Stadium Set List
1. Are You Ready
2. Paranoid
3. In Need
4. Heartbreaker
5. Mark Say's Alright
6. T.N.U.C.
encore:
  Inside Looking Out


 こんな噂もある。感電を恐れたGFRの3人は、テープ録音の曲に合わせての口パクだったというものだ。今のように大スクリーンがあるわけではなく、ましてやグランドに観客席はなく、二塁ベース付近にセットされたステージを内野席の遠くから観ているだけのコンサート。噂は真しやかだ。
 2010年、YouTubeにこの伝説のライヴの音源が、カセットでの隠し録りながら充分に聴くに値する音質でアップされた。1曲のみだが「Heartbreaker」での観客の大合唱が生々しく録音されている。
 これを聴けば、GFRが実際に演奏していたことは明白となろう。

★GRAND FUNK RAILROAD 〝HEARTBREAKER〟
 KORAKUEN STADIUM,TOKYO, JULY 17,1971




「誘惑されて棄てられて」*ピエトロ・ジェルミ

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SEDOTTA E ABBANDONATA
監督:ピエトロ・ジェルミ
脚本:ピエトロ・ジェルミ、アージェ&スカルペッリ、ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ
撮影:アイアーチェ・パローリン
音楽:カルロ・ルスティケリ
出演:ステファニア・サンドレッリ、サーロ・ウルツィ、アルド・プリージ

☆☆☆  1964年/イタリア・フランス/115分/モノクロ

    ◇

 イタリア映画界の巨匠ピエトロ・ジェルミによる、シシリー島を舞台にした艶笑喜劇で、シチリア地方における風習と「名誉」という体面に縛られる人間たちを痛烈に風刺した作品。

 シチリアの採石場経営者の娘が、姉の婚約者に誘惑され、そして妊娠。激怒した父親は、世間体を繕う意味でも男に妹と結婚するように強要する。
 しかし男は、この地方の風習で「男はたとえ自分が奪った張本人でも、純潔でない女性とは結婚しない」ことを楯に逃げ出してしまう。
 父親は「名誉を傷つけられた場合には、突発的に相手を殺しても罪が軽くなる」と聞き、息子に男の殺害を命じた…。
 何とか殺人事件にならずには済んだが、双方が誘惑したのは相手側だと主張する始末。あくまで世間体を気にする父親の意に沿うように、男は略奪結婚を思いつくのだが、女は「自分を無理矢理奪った男とは結婚しない」と、またまた大混乱となる……。

    ◇

 誘惑されて棄てられる女にステファニア・サンドレッリ。 
 この作品と同じようなテーマで1961年に製作された『イタリア式離婚狂想曲』で認められた演技派女優の彼女は、イタリアを代表する美女のひとり。
 『タヒチの男』(’66)『暗殺の森』(’70)『アルフレード アルフレード』(’72)『あんなに愛しあったのに』(’74)『1900年』(’76)など、印象深い作品は多い。

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 本作の中で一切笑顔を見せない佇まいが、それはそれは美しいのである。

 初見はTV「日曜洋画劇場」あたりだったと思うのだが、映画を観るよりも前に、全編に流れるカルロ・ルスティケリの美しいメロディに惹かれてもいた。
 家には映画音楽ファンであった父親の所蔵にこの映画のシングル盤があり、よく耳にしていたからだ。



 イタリア映画のメロディは、特にマイナーなものは日本の流行歌に近く耳障りも良く、哀愁あるムードで心の琴線に触れるものが多数ある。
 この「誘惑されて棄てられて」は、ピノ・フェルラーラの歌唱で映画が始まるのだが、オーケストラ・ヴァージョンでの三拍子によるマンドリンとストリングスの演奏も心地良く、とても魅了される音楽となっている。

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あんた男前、私いい女「WOMAN」木の実ナナ

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WOMAN

 ヒット曲「うぬぼれワルツ」を収録した1979年リリースの木の実ナナ3枚目のアルバムで、映画『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』(’78)でマドンナ紅奈々子を演じ、女優としても脂の乗ってきた時期の作品。この脚線美!買いのジャケット。

SIDE A
01. 恋愛予報 (作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
02. 宵ざめ (作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
03. 遊びなれてる人みたいに (作詞:矢玉四郎/作曲:丹羽応樹)
04. 流行りの酔いどれ (作詞:森雪之丞/作曲:丹羽応樹)
05. 男嫌い (作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
06. ひとり唄 (作詞/作曲:小坂恭子)

SIDE B
01. 紙吹雪 (作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
02. うぬぼれワルツ (作詞:門谷憲二/作曲:西島三重子)
03. アフター・シェーブ・ローション (作詞:麻生香太郎/作曲:西島三重子)
04. おいてきぼり (作詞/作曲:小坂恭子)
05. 愛の証明(あかし) (作詞:木の実ナナ/作曲:谷村新司)

    ◇

 1960年代はじめ、日本テレビ系列で「ホイホイ・ミュージック・スクール」という音楽スカウト番組(「スター誕生」の原点)が放送されていた。その番組で、鈴木やすしと共に司会をしてデビューしたのが当時16歳の木の実ナナ。
 番組は古過ぎてなんとな~く見ていたかな、というくらいの記憶しかないのだが、フジテレビ系列「ザ・ヒット・パレード」で尾藤イサオと司会をしていたのはよく覚えている。ちょうどGSブームの真っただ中のこと…「ミニ・ミニ・ロック」という曲がヒットしていたっけ。
 それ以前でいうと、カトリーヌ・スパーク主演のイタリア映画『太陽の下の18才』の主題歌を、日本語カヴァーしたツイスト曲が木の実ナナを強烈に印象づけていた。

 YouTubeに「太陽の下の18才」を歌う木の実ナナの映像がアップされていた。1977年に「ポップス20年 なつかしのザ・ヒット・パレード」と題されて放送されたもので(放送はカラーだったはず)、まだ家庭用VTRが普及する前なので、この番組録画は貴重。(因みに、ウチにビデオレコーダーが来たのは1978年あたり。新しもの好きの父親がVHS「マックロード」を買って来たが、あの頃ビデオテープ自体も高級だった)




 さて60年代の終り、番組の司会が堺正章と梓みちよに交代してからはあまり見かけることがなくなったのだが、その時期、本場のミュージカルを学ぶためにアメリカに渡ったのが70年代はじめ……。
 帰国後はミュージカルに多数出演し、細川俊之との二人芝居ミュージカル『ショーガール』は彼女の代表作となり、TVや映画の女優としても大活躍するようになったのは周知のこと。
 
 歌手としての転機は、1976年トリオ・レコードに移籍しリリースしたシングル曲「おまえさん」。
 作詞の阿久悠はあえてポップス系ではなく演歌的な世界を描き、作曲の丹羽応樹がブルージーな曲をつけて大ヒットした。
 そして、つづけてリリースされたアルバム『愛人』からシングルカットされたのが阿木燿子作詞、宇崎竜童作曲の「愛人(アマン)」。竜童メロディ全開で、阿木燿子が描く切ない女性の心の葛藤を歌い上げたドラマチック歌謡だ。

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 さて本アルバムは、十人十色ならぬ11人の女の情景が歌われる。竜童&阿木コンビの楽曲が4曲、1stアルバムから馴染みある丹羽応樹と、西島三重子や小坂恭子の哀愁あるメロディがそれぞれ2曲づつ、どれも聴き逃せない傑作が揃っている。

 初期のダウンタウン・ブギウギ・バンドのメロディと、言葉のリフレインを笠置シズ子風に歌う「恋愛予報」には、喫茶店で男の優柔不断にイライラする女が…、つづく「宵ざめ」には、鴎のようにふらりと次の女に渡ってゆく男を見送る女がいる。
 ゆるい坂道を、同じ歩幅で歩く女と男の微妙な関係をロングショットで眺める「男嫌い」。あなた宛ての女文字の手紙を見てしまった女の、ほんの数分の情景がスローモーションとなる「紙吹雪」。
 いかにも阿木燿子の世界感…好きだな。


「待ち伏せ」*稲垣浩監督作品


監督:稲垣浩
脚本:藤木弓、小国英雄、高岩肇、宮川一郎
製作:三船敏郎
撮影:山田一夫
音楽:佐藤勝
出演:三船敏郎、勝新太郎、石原裕次郎、浅丘ルリ子、中村錦之助、有島一郎、北川美佳

☆☆☆ 1970年/三船プロダクション・東宝/117分

    ◇

 初見1970年3月。
 この年、三船敏郎は勝プロの『座頭市と用心棒』(正月公開)と中村プロの『幕末』(2月公開)に客演。石原裕次郎とは1968年に『黒部の太陽』で共演しているが、こうしてそれぞれスター・プロダクションの代表として4人が一堂に会した映画は初めて。
 それだけに、銀幕の大スター競演ということでワクワクして劇場へ行った映画だ。


 幕府の陰謀・策略が日夜企てられていた天保の時代。
 人里離れた三州峠に、申し合わせたかのように人が集まってきた。

 浪人・鎬(しのぎ)刀三郎(三船敏郎)は、“鴉”と呼ばれる謎の武士に金で雇われ「峠で待て」の密命を受け、峠のふもとにある一軒の茶屋で暇をつぶす。途中、夫の暴力に悩まされていた女おくに(浅丘ルリ子)を助け、同行していた。
 茶屋は、老主人の徳兵衛(有島一郎)と村を出たがっている孫娘のお雪(北川美佳)で切り盛りしていた。裏の離れの小屋には、ご禁制の薬で一儲けしようと企む医者くずれの玄哲(勝新太郎)が住んでいる。
 そこに、処払いが明けた渡世人の弥太郎(石原裕次郎)が立ち寄り、さらには血だらけの男が二人、役人の伊吹兵馬(中村錦之助)が盗人を捕らえて現れた。

 しばらくすると、盗人の仲間二人が役人に化けて茶屋にやってくるが、偽物と見破った刀三郎は一人を切り捨てるが、もうひとりに逃げられてしまう。
 新手の敵が来ることを予想した刀三郎は見晴らしのよい場所へと姿を移し、弥太郎も茶屋を後にする。
 やがて数人の盗人仲間たちが押し入り、兵馬やおくにら四人を人質にした。この盗賊の首領は何と玄哲であった。そして、刀三郎も捕えられ茶屋に戻ってきたが、持っていた密書を見た玄哲は仲間だと言う。刀三郎が受けた用心棒の仕事は、水野越前守の命で玄哲らとともに三州峠を通る御用金を掠奪し、松本藩をつぶすことだった。
 玄哲はかつて江戸城のお抱え医で、水野越前守の疑獄の身代わりで追放されたあと、水野越前守から裏の汚い仕事を任されるようになっていた。

 ところが、その命を下した“鴉”から「玄哲を斬れ」という密書が刀三郎に届いた。
 実は、御用金などというのは真赤な嘘で、水野越前守の弱みを握る玄哲を抹殺するという“鴉”の大芝居だったのだ。“鴉”が差し向けた囮の行列が近づいてきた。
 そこに弥太郎が率いる陣屋の捕手も駆けつけるが、玄哲は刀三郎の制止を振り切り行列の中へ斬り込んでいった………。

    ◇

 そのほとんどが茶屋を中心にした密室劇に近く、4大スターが居ながらダイナミックな殺陣シーンは最後に少しだけという、ワクワク感が萎んだ感はあるけれど、まぁそれなりに楽しめた作品ではあった。
 
 やはり三船敏郎には良くも悪くも素浪人がお似合いだし、勝新太郎は(座頭市もそうなのだが)ワルっぽさが嵌る。
 ただスター4人の見せ場が充分だったかというとそうでもなく、石原裕次郎と中村錦之助は損な役回り。時代劇では大根ぶりを露呈する石原裕次郎がウロチョロするだけで出番も少ないのは良しとして、吃音で性悪な正義感を振りかざす中村錦之助に至っては、骨折している状態にして芝居の動きを制限してしまっている。だから見せ場がない。
 これはどう見ても、三船敏郎と勝新太郎に華を持たせたことなのだろうが、その勝新太郎にしても、玄哲という屈折した人物像がしっかりと描き切れていないので、最後の鎬刀三郎との心の通じ合いがイマイチ感じられないのが残念。

 浅丘ルリ子は時代劇向きのお顔ではないけれど、綺麗だから言うことなし。女の情念を感じさせ、素浪人の心を掴むところなんぞいい女ぶり。

 スキャンダルなことを少し書き添えておけば、計算高いお雪役の北川美佳は三船美佳の実母。実生活でこの時期、本妻との別居生活に入った三船敏郎の心を掴んだ北川美佳ということになるのだが、結果、ここから三船プロの凋落まで10年もない。

★座頭市と用心棒★

「めまい」辺見マリ


辺見マリ◆ めまい/男の部屋 1971年

 1971年1月にリリースされた辺見マリの3rdシングル。
 新設ワーナー・パイオニアに移籍しての最初の曲で、「めまい」の作詞は安井かずみ、作曲は村井邦彦。B面「男の部屋」の作詞は安井かずみ、作曲が鈴木淳。

 前作「私生活」につづいての強烈ジャケットは、「男の部屋」とのダブル・ジャケットで同じアングルながらインパクトは全然ちがう。
 イタリア女優を思わす、エキゾチックな顔立ちの辺見マリだからこその代物だ。

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  ちがうの 甘えるの好きよ
  うえから したまで

 ラテンっぽいメロディからグルーヴィに展開する本曲を使って、監督斎藤耕一・脚本石森史郎で歌謡映画が製作され、タイトルもそのままの『めまい』。
 共演の范文雀がとても綺麗。
 斉藤監督について映画製作の現場に携わっていた萩原健一も出演していた。