TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「枕詞(ピロートーク)」中原理恵


PILLOW ・TALK / MANJI-BLUES
中原理恵◆ 枕詞/卍BLUES 1979年

 1979年3月リリースの中原理恵4枚目のシングル。
 A/B面とも作詞:松本隆、作曲:筒美京平。

 ヒット曲「東京ららばい」と「ディスコ・レディー」を納めた2ndアルバム『KILLING ME』から3枚目のシングルとして「マギーへの手紙」がカッティングされた後、翌年、単独リリースされたのがこの「枕詞(ピロートーク)」。
 都会に暮らす大人の女を主人公にテクノ歌謡の兆しが見えるあたり面白い楽曲で、サントリーのCMに使われていたのだが売れ行きは芳しくなかったみたい。
 B面「卍BLUES」も大人のディスコ歌謡で、2曲ともパーカッションのようなシンセサイザーの使い方が肝。

 この2曲は、8月にリリースされた松本隆全プロデュース・アルバム『夢つれづれ』には収録されず、CDのベスト盤が出るまではシングル盤でしか聴くことができなかった。
 


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「ディスコ・レディー」中原理恵


DISCO LADY / SENTIMENTAL HOTEL
中原理恵◆ ディスコ・レディー/SENTIMENTAL HOTEL 1978年

 1978年8月にリリースされた中原理恵の2ndシングル。
 A/B面とも作詞:松本隆、作曲:筒美京平。

 この曲もヒットし、1978年の各音楽賞で新人賞を獲得、NHK紅白歌合戦への出場も叶えている。
 1978年の歌謡界は、日本レコード大賞において山口百恵が「プレイバックPart2」で大賞を逃したという百恵ファンには悔しい年で、最優秀新人賞も渡辺真知子が「かもめが翔んだ日」でかっさらっていった。
 筒美京平は、庄野真代の「飛んでイスタンブール」と中原理恵の「東京ららばい」で日本レコード大賞4度目(当時)の作曲賞を獲得しているのである。

 この曲で思い出されるのが田中登監督の『ピンクサロン 好色五人女』のワンシーンだろうか。バスの屋根の上で、この曲に合わせて山口美也子が夢中で躍る快楽に生命を感じた。

★ピンクサロン 好色五人女★

「東京ららばい」中原理恵


TOKYO RARABAI / TOUCH ME
中原理恵◆ 東京ららばい/TOUCH ME 1978年

 1978年3月リリースされた中原理恵のデビューシングル。

 札幌のススキノ辺りのディスコで名を馳せていた中原理恵を、太田裕美を育てたプロデューサー白川隆三氏が満を持して売り出したスタイリッシュな美人シンガー。
 両面とも作詞は松本隆、作曲は筒美京平で、このゴールデン・コンビは、シングル盤として「東京ららばい」から1980年「抱きしめたい」まで連続8枚続いている。CBS・ソニーとしては、当然、太田裕美につづけといったところだろう。

 彼女の場合、シングル盤より先にアルバムでデビューしている点に注目。
 1978年2月にリリースされたデビューアルバム『TOUCH ME』は、吉田美奈子らの作詞のほか中原自身も4曲作詞を担当。作曲・編曲は筒美京平、山下達郎、鈴木茂。また、坂本龍一がアレンジに参加したゴージャスな布陣で、お洒落なシティ・ポップの世界を創造していた。
 そしてひと月後、アルバムのイメージとは違ったコンセプトで、売れるメロディを持った「東京ららばい」でシングル・デビューした戦略が当たり、たちまち注目を浴びたわけである。

「ずべ公番長 ざんげの値打ちもない」*山口和彦監督作品



監督:山口和彦
脚本:宮下教雄、山口和彦
撮影/仲沢半次郎
音楽:津島利章
主題歌:「ざんげの値打ちもない」北原ミレイ
挿入歌:「棄てるものがあるうちはいい」北原ミレイ
出演:大信田礼子、賀川雪絵、橘ますみ、集三枝子、市地洋子、片山由美子、伴淳三郎、左とん平、南利明、笠置シヅ子、金子信雄、中谷一郎、渡瀬恒彦、北原ミレイ

☆☆☆ 1971年/東映/86分

    ◇

 大信田礼子の当たり役〝ずべ公番長〟シリーズ第4作にして最終作。


 不良少女たちの更生施設「赤城女子学園」に四度入所中の〝はまぐれおリカ〟こと影山リカ(大信田礼子)は、背中に紅薔薇の刺青をしたみどり(片山由美子)と出会う。

 一年後。出所して新宿に戻ったリカは、みどりを訪ねて父親の鉄五郎(伴淳三郎)が営む自動車整備工場に顔を出し、そこで住み込みで働かせてもらうことなった。
 その工場は、みどりと同棲している不良学生の浜田の借金のために、新宿一帯を取り仕切る大矢組から脅迫を受けていた。大矢組は土地乗っ取りのためにイカサマ賭博を仕掛けていたのだった。

 リカはかつての仲間たちに再会。朋友のヤオチョウこと八尾長子(橘ますみ)、センミツこと千本ミツ子(集三枝子)はキャバレーのホステスに……おゆき(市地洋子)は実家のラーメン屋で働いていた。そして、冬木マリ(賀川雪絵)は、内縁の夫で病床に伏せるヤクザの荒井(中谷一郎)を看病するためにヌード・スタジオのモデルをしていた。
 ひょんなことからトラック運転手の竜二(渡瀬恒彦)に出会うリカ。竜二は荒井の弟で、兄の身を案じ堅気になるように進言するが、頑な兄に心を痛めていた。

 工場の件で大矢組の組長(金子信雄)に頭を下げに行ったリカとみどりが捕まり、助けに来た鉄五郎の過去が明かされる。
 マリの妊娠で足を洗う決意をした荒井に大矢は鉄五郎の殺しを条件に出すが、不意打ちを喰らいふたりとも殺害されてしまう。
 喪章を付けた深紅のマキシコート(特攻服)に身を包んだ5人の女衆(真面目になったおゆきに代わってみどりが仇討ちメンバーになる)は大矢組に殴り込み、さらしとホットパンツ姿になり復讐の刃で鮮血を流すのだった……。

    ◇

 〝ずべ公番長〟シリーズは、以後、東映の看板となる池玲子と杉本美樹の〝スケバン〟シリーズへと発展してゆくのだが、まだこの頃のずべ公たちにはエロやヴァイオレンスは少なく、どちらかと言うと歌謡映画の人情ドラマとして成立している。
 陰鬱で情念の池玲子や杉本美樹たちと違って、天真爛漫な大信田礼子の、情に厚く無鉄砲だが威勢のいい明るいキャラクターが魅力になっている快作である。

 ストーリーは全4作とも同じようなパターンで、お約束通りの展開はマンネリズムの開き直りでもあるが、コメデイ・リリーフとしての左とん平や南利明、笠置シヅ子、シリアスな伴淳三郎の芝居や金子信雄のおカマの役づくりなど、脇の固まったプログラム・ピクチャーに怖いものはないのだ。

 お気に入りは賀川雪絵。彼女が最初に登場するシーンでは荒んだメイクに少し引いてしまうが、長身を持て余す健気な女の子ぶりにはドキドキしてしまう。

 北原ミレイが「棄てるものがあるうちはいい」をGO GO クラブでたっぷり歌ってくれるのも嬉しいシーンだったが、タイトルバックに流れる主題歌「ざんげの値打ちもない」はレコードとは違う別ヴァージョンだった。〝鉄の格子の空を見て〜〟と映画にはピッタリの歌詞でありながら、レコーディングは劇伴用だけのものしか存在しておらず、北原ミレイのレコードでは一切使用されずにいた。
 そして、長いこと封印されていたこの幻の四番の歌詞のことが明かされたのは、阿久悠没後1年に放送されたNHKの生放送においてだった。それ以前には、山崎ハコが阿久悠トリビュート盤でカヴァーをしていたが、オリジナルの北原ミレイが38年ぶりに初めて歌ったことは感動ものであった。

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左から、集三枝子、賀川雪絵、大信田礼子、橘ますみ、片山由美子

★ざんげの値打ちもない 幻の歌詞のこと★
★ハコが唄う ざんげの値打ちもない★


「女はそれをがまんできない」大信田礼子


NO NO NO/I'M A BAD GIRL
大信田礼子◆ 女はそれをがまんできない/それがどうした 1971年

 大信田礼子2ndシングルは、阿久悠が作詞。

  NO NO NO 駄目だから NO NO NO 
  NO NO NO ここまでよ

 英語タイトルになっている「NO NO NO」を連発する初っぱなから、大信田礼子の甘ったれた声に悩殺必至のフェロモン歌謡の傑作で、このお色気こそ大信田礼子の独擅場だろう。大ヒット曲「同棲時代」より断然いい。

  まるで子猫をいたぶるように じらしつづけて楽しむ男
  くわえたばこは だめよ だめだめ

 2014年の流行語大賞になった日本エレキテル連合の「だめよ、だめだめ」は、字づらだけならNHK紅白歌合戦で取り上げた森進一の「年上の女」を話題にするのもいいけど、朱美ちゃんの甘え口調は絶対にこの男殺しの歌声を連想していたはず。まぁ、みんな判っていたと思うが…。

 阿久悠にしろ、なかにし礼にしろ、60年代から70年代の歌謡曲は世の中を手玉に取るような世界観が時代の潮流だった。誰もが口ずさんでもらえるような詞の世界を展開してヒットを狙うなかでも、キワどいセクシーな世界も本流のひとつだったのが昭和の歌謡曲だ。

 B面「それがどうした」は、映画『ズベ公番長シリーズ』の音楽担当をしていた津島利章作曲のやさぐれ演歌。
 〝ズベ公番長シリーズより〟となっているが、映画本編では流れていなかったと記憶する。



「女の学校」大信田礼子



 本文は、過去に掲載した作品紹介を一部加筆修正したものです。

SCHOOL OF MAIDENS/YOUR GIRL
大信田礼子◆ 女の学校/あなたの女 1970年

 大信田礼子のデビュー曲で、なかにし礼の作詞、作曲は鈴木邦彦。

 集英社「セブンティーン」が主催の『ミス10代女王コンテスト世界大会』で優勝した経歴が誇るスタイルの良さからスカウトされ、東映から女優デビューした大信田礼子をはじめて見たのは1968年頃、日曜夜8時に放送されていたTV時代劇『旅がらすくれないお仙』での女スリのお銀役だった。ホットパンツから伸びた健康的な肢体で世の少年たちを魅了していたはず。
 ブレイクするのは東京12chのドラマ『プレイガール』。70年代ファッションであるパンタロン、ミニスカート、ホットパンツ姿でのアクションが目玉だった人気ドラマのレギュラーとして、パンチラでお色気を振りまいていた。

 そして、人気絶頂期の歌手デビューとともに、映画『ずべ公番長シリーズ』の主役を務めた。
 1970年、日活の『野良猫ロック』や大映の『高校生番長』に遅れまいと東映も参画してきたこのシリーズは、「夢は夜ひらく」「ざんげの値打ちもない」「東京流れ者」といったサブタイトルを付けた歌謡映画的テイストがあったり、健康優良な不良少女たちが色鮮やかなミニスカートやマキシコートをまといながら華麗なアクションを繰り広げるのが名物だった。
 
 歌手としての大信田礼子には『同棲時代』という大ヒット曲があり、また、ジャケットがセクシーな『女はそれをがまんできない』『ノックは無用』もそれなりにヒットしたのだが、このデビュー曲のビート感とチャームな歌声も忘れてはならない。
 決して歌唱力があるとは言えないが、危なかっしく甘えたようにみせる拙さが武器なのだ。
 なかにし礼の詞には、女が主導権を握る自己のしたたかさがあり、大信田礼子のくぐもった声の中にそれを感じることができる逸品である。


「女はぐれ鳥」松平純子


松平純子◆ 女はぐれ鳥/名残り雨 1974年

 東映の美人女優松平純子のデビュー・シングル。
 〝映画から艶歌への変身〟などと紹介された楽曲はいかにも歌謡曲然としたもので、両面とも千家和也作詞、鈴木淳作曲。高校卒業後に船村徹に師事して歌のレッスンをしていただけあって、歌の上手さは女優の歌ではないくらいの歌いっぷり。
 個人的には「女はぐれ鳥」よりB面「名残り雨」の方がいい。「東京ながれ者」を思わすメロディの恨み節で、顔に似合わないドスの効いた歌声と巻き舌歌唱は素晴らしい。

 1972年に藤純子(現・富司純子)が引退し、東映では〝ポスト藤純子〟の候補者として、マキノ雅弘が名付け親の梶芽衣子やオーデイション募集で選ばれた故・中村英子、準ミス日本だった藤浩子や土田早苗、池玲子ら6人の名前がひしめいていた(6人目の名前を失念)。
 その中のひとりが、藤純子の父で東映任侠映画の生みの親である名プロデューサー俊藤浩滋にスカウトされた松平純子だった。
 1972年スクリーンデビューを果たし、何本かの任侠映画に出演しているのだが、時は既に任侠映画の終焉に重なり、『仁義なき戦い・広島死闘篇』(’73)で北大路欣也に電話を取り次ぐホステス役に甘んじている。東映って美人女優を育てるのが下手だったようで、実録路線のやくざ映画では彼女のような女優は刺身のつまでしかなくなったのが不運だろうか。
 『新幹線大爆破』(’75)では火事になる喫茶店のウェイトレス役で出演していたが、まさに数分のシーンであり名前を覚えている作品はこれくらいだが、清楚で現代的な美人なのである。  
 未見だが、岩城滉一の『爆発!暴走族』(’75)ではオールヌードになっているらしい。

 さて1975年には、喜多條忠作詞・吉田拓郎作曲の「両国橋」をはじめ、歌謡フォーク路線で数枚のレコードを出しており、「両国橋」は『新幹線大爆破』の喫茶店のなかで流されているくらい歌手活動にも勤しんでいたし、「平凡パンチ」や「週刊プレイボーイ」では水着グラビアとして、セクシーでスタイリッシュな肢体とエキゾチックなマスクを披露していた。
 

「しびれくらげ」*増村保造監督作品

1970_しびれくらげ
The Hot Little Girl
監督:増村保造
脚本:石松愛弘、増村保造
撮影:小林節雄
音楽:山内正
出演:渥美マリ、田村亮、川津祐介、玉川良一、草野大悟、近江輝子、笠原玲子、根岸明美、内田朝雄、平泉征(現・平泉成)

☆☆☆ 1970年/大映/92分

    ◇

 1970年10月に公開された〝軟体動物シリーズ〟第6作。
 このシリーズはこれで打ち止めだが、渥美マリ主演の映画はこのあと、11月公開の『裸でだっこ』と12月公開の『可愛い悪魔 いいものあげる』が公開されている。
 1970年はじつに7本の主演作があったことになる(出演作品は計8本)。


 ファッションモデルのみどり(渥美マリ)は、ウェイトレスだったのを大繊維メーカーの大東繊維の宣伝部員山崎(川津祐介)に拾われ、グラビアに載るほどのモデルとなり、いまでは大東繊維のファッション・ショーの仕事を独占していた。これは山崎がみどりの恋人であったためだ。
 ある日みどりは突然山崎から、ニューヨークに本店をもつ大百貨店の仕入担当重役ヘンダーソンと寝てくれと頼まれる。みどりの意見を無視した強引さと、二人の将来という甘い言葉に説得され、みどりは黙ってうなずくしかなかった。数日後、サインを取りかわした山崎の評価は一躍上がった。

 みどりには、ストリップ劇場の楽屋番をしている父親(玉川良一)がいた。女ぐせが悪く、酒に溺れ、みどりに金をせびる厄介者な上に、暗い過去をもつ男の常として無気力で、終日グチるしか能のない男であった。
 父親はかねてより目をつけていたバーのママ(根岸明美)を口説くために、芸能人だとふれこみ、みどりの載った週刊プレイボーイのグラビアをちらつかせて旅館に連れ込むが、亭主であるやくざの山野(草野大悟)に踏み込まれ、おとしまえとして100万円を要求される。
 娘のみどりは一切金を出そうとしないので、こともあろうに山崎に金の無心をしてしまう父親。
 山野の使いでやって来た健次(田村亮)に100万円を渡し解決したかにみえたが、金の出所が山崎からと知ったみどりは、許しを乞うために山崎のマンションに出向く。
 会社での自分の安全と将来しか気づかわない山崎は、みどりにろくでなしの父親を棄てろと迫るが「親だから、殺すことはできても棄てることはできないわ」と云うみどりに、山崎は「あの100万円はヘンダーソンと寝た謝礼だ」と告げて別れを切り出すのだった。
 そして、一連の出来事がモデルクラブに広がり、みどりはクビになってしまう。

 その夜、山野の子分サブ(平泉征)たちが飲んだくれていた父親を監禁し、みどりを呼び出した。山野の狙いは見事な肢体を持ったみどりをコールガールにすることだった。
 窮地に追いこまれたみどりを救ったのは、みどりと同じような父親をもった健次だった。この事件以来、みどりは健次に親近感を覚えるようになった。

 みどりを助けたことで山根から痛い目にあった健次は「やくざから足を洗って東京を出て行く」とみどりに告げる。それを聞いたみどりは、最後にもう一度助けて欲しいと頼むのだった。
 それは山崎に美人局を仕掛け、ヘンダーソンの件で大東繊維の重役(内田朝雄)を脅し1,000万円を手に入れることだった。

 新宿西口の建築中の京王プラザホテル前の陸橋でみどりは健次に小切手を渡し、お互いに今の環境から抜けだしたときに再会すること約束し、それぞれの道に別れてゆくのだった……。

    ◇

 本作はこれまでのように男を踏み台にして自立してゆく女の物語ではなく、父と娘、男と女の話になり、ふたたび増村保造が監督を受け持った。

 俳優たちの台詞まわしは、リアリズムよりキャラクター重視の増村イズムの大芝居で『でんきくらげ』を軽く上回っている。
 川津祐介の一本調子の芝居は増村演出たるものだろうから、面白さは断然こちらの方がおもしろい。
 ねっとりと陰鬱な展開にあって、コメディリリーフ的な玉川良一の腹が立つほどのろくでなしぶりも適役。渥美マリが玉川を容赦なく蹴りまくるシーンは、切るに切れない親子関係の哀しさが滲んでいるのだが、その徹底ぶりには苦笑さえしてしまう。

 渥美マリの演技は巧い下手の問題ではなく、全編ぶっきらぼうにドスを効かせる発声が圧巻であり、ハードボイルドな渥美マリはクセになる。男らしい女っぷりに平伏すばかりである。

★いそぎんちゃく★
★続・いそぎんちゃく★
★でんきくらげ★
★でんきくらげ・可愛い悪魔★

「でんきくらげ・可愛い悪魔」*臼坂礼次郎監督作品

70_でんきくらげ可愛い悪魔
The Good Little Bad Girl
監督:臼坂礼次郎
脚本:白坂依志夫、安本莞二
撮影:上原明
音楽:八木正生
主題歌:「可愛い悪魔」渥美マリ
出演:渥美マリ、笠原玲子、草野大悟、松川勉、近江輝子、川崎陽子、猪俣光世、金子研三、甲斐弘子、平泉征(現・平泉成)、森矢雄二、岩崎信忠

☆☆☆ 1970年/大映/83分

    ◇

 1970年8月に公開された〝軟体動物シリーズ〟第5作は、本年(2015年)早々に訃報が届いた名シナリオライター白坂依志夫(享年82)の作品。
 氏が「三日か四日で書いてくれ、と依頼された」と述懐していた本作は、フレンチ・スタイルのポップな仕上がりで、シリーズ中一番明るく、70年代はじめの風俗も楽しめる。


 雑誌社に勤める姉の伸子(笠原玲子)を頼って上京した自由奔放な妹ゆみ(渥美マリ)は、街で見かけたミュージカル新人募集のポスターに惹かれオーディションを受けるが、素人のゆみはあえなく落ちてしまう。うさ晴らしに会場で知りあったフォトモデルの久子(甲斐弘子)と、アングラ芝居の俳優の五郎(金子研三)の三人でゴーゴークラブに遊びにいく。踊りまくるゆみの躍動する美しい肢体に目をつけた久子は、キャメラマンの小泉(草野大悟)をゆみに紹介するが鼻にもかけない。

 ある日、姉の恋人谷沢(森矢雄二)が伸子の留守中にアパートに来て、退屈しているゆみを海に誘う。谷沢は浜辺でビキニ姿になったゆみの豊満でみずみずしい肉体に魅せられ、太陽と海にかこまれて開放的な気分になったゆみはあっさりと全てを許すが、これを伸子に知られてアパートを追い出されてしまう。
 久子の元を訪ねたゆみは、フォトモデルとして一緒にやろうと誘われるが、久子と全裸で絡むレスビアン写真やサド・マゾ的な写真ばかり撮られ、それがいかがわしい目的に使われているのを知って激怒、久子のもとを飛び出し五郎のアングラ劇団に身を寄せた。しかし、訳の判らないテント芝居とドラッグ・パーティーに呆れたゆみは、またもひとり街に飛び出すのだった。
 
 金もなく、頼る人もないゆみを救ってくれたのは気の良いマッサージ嬢の利恵(猪俣光世)だった。利恵の紹介でマッサージ嬢になったゆみは、その抜群の肢体と男好きする顔立ちでたちまち売れっ子になるが、利恵の恋人で歌手の謙二(平泉征)に誘惑される。
 ゆみはこれを拒絶するが、根に持った謙二は利恵に中傷を吹き込み、それがもとで大喧嘩になり、マッサージ業をやめる羽目になってしまった。
 
 何をやってもうまくいかないゆみは、マッサージで稼いだ金で豪華なホテル住まいを始めるが、所持金を全部盗まれ、ふたたび窮地に追い込まれる。
 その苦境を救ってくれたのは、兵藤興業グループの女社長貴子(近江輝子)だった。かねてよりゆみの美貌と素晴らしい肉体に目をつけていた貴子は、交換条件として貴子の一人息子正男(松川勉)の極度の女性恐怖症を治してくれるよう依頼する。
 やがて、ゆみの全ての魅力を結集した献身的な奉仕が効を奏し、正男は一人前の男性としてゆみを愛することができるようになった。

 役目を果たしたゆみは兵藤邸を去り、以前知り合ったコマーシャル・カメラマン津川(岩崎信忠)の元に行き、一流化粧品会社“サン”の専属モデルとして一躍売り出された。
 しかし、有名になったゆみのもとには姉の恋人がたかりに来たり、津川の広告制作会社にはエロ雑誌に掲載した昔の写真を持って小泉が恐喝に来るようになる。
 津川とディレクターの神山は、マスコミを利用して成り上がってきたゆみの私生活を逆手にとろうと提案するが、ゆみは首を横に振り「そんな事までして有名になっても楽しくない」と言って去ってゆく。

 マスコミに追われ帰宅したゆみは、とうとう独りぼっちになってしまったが、悲壮感はない。
 「こんなことでは負けない。若いうちって起きたり転んだり、ごちゃごちゃするから面白いんだわ」
 水着姿が多い渥美マリが唯一、後ろ姿だが綺麗なオールヌードを見せてくれたところで映画は終わる。

    ◇

 前作『夜のいそぎんちゃく』から1ヶ月あまりで公開された本作は、ここまでの4作に共通した〝男を誘惑し、破滅させる〟小悪魔的ヒロイン像ではない。
 肉体に群がる男たちはいても、男に媚びない。掴みどころのないヒロインは男を利用するのではなく、あくまで自分が楽しいことだけを信じて生きている。好きなことをスキといい、嫌いなことはキライという、男っぷりのある生き方だ。

 渥美マリの芝居も、代表作と言われる『でんきくらげ』ような大芝居の台詞まわしではなく、自然な口調になり、何よりもサバサバした気っぷの良さが気持ちよく、好感持てるヒロインを作り上げている。

 アングラ、ヒッピー、サイケといった言葉が蔓延していた1970年代。
 オープニング・タイトルからフレッシュな色彩に溢れた70年代ファッションが楽しめ、終盤の渥美マリがモデルをするファッション・フォトの数々には、60年代後半から流行し出したモッズやミニスカート、ヒッピー・スタイルなどのストリート・ファッションあり、70年代になって流行るパンタロン・スタイルがウーマン・リヴの機運を高めた、そんな時代の空気を感じることができるのである。

 八木正生の劇伴も軽快に弾む。
 タイトルバック及び全体に流れる〝ダバダ~ダバダバダ、ダバダ~〟のスキャットが、1960年代のポップなフランス映画の雰囲気を醸し出している。

 そして、和製ブリジット・バルドーとして本家BBの映画『可愛い悪魔』(’58)から頂いたタイトルらしく、渥美マリのキューティー・ポップなデビュー曲「可愛い悪魔」を歌うシーンが本編に設けられている。
 なんとも麗しき彼女の表情が、素晴らしくステキなのである。
 
★いそぎんちゃく★
★続・いそぎんちゃく★
★でんきくらげ★

「でんきくらげ」*増村保造監督作品

1970_でんきくらげ
Play It Cool
監督:増村保造
原作:遠山雅之「悪女の手口」
脚本:石松愛弘、増村保造
撮影:小林節雄
音楽:林光
出演:渥美マリ、川津祐介、永井智雄、玉川良一、西村晃、中原早苗、真山知子、八代順子、根岸明美、平泉征(現・平泉成)

☆☆☆ 1970年/大映/92分

    ◇

 1970年5月公開の〝軟体動物シリーズ〟第3作。
 己の軀ひとつで、男を利用してのし上がっていく逞しい女のサクセス・ストーリーを、今回は巨匠増村保造が監督した。

 洋裁学校に通っている19歳の由美(渥美マリ)は、バーに勤める母親(根岸明美)と二人暮らしだったが、長年水商売を渡り歩いてきた母親に男っ気が途絶えることがなく、最近、保険外交員の吉村という男(玉川良一)と同居をしている。
 酒と博打に溺れる吉村は、由美の見事な軀に興味を示し、ある晩彼女のヴァージンを奪ってしまう。激怒した母親は吉村を刺殺。

 刑務所に入った母親を献身的に励ます由美は、生活のために母親が勤めていた場末のバー「タッチ」のマダム(中原早苗)に誘われ夜の世界に入った。母親は自分と同じ道を辿ることを案じるが、由美の決心は固く、店でもすぐに人気者になった。
 そんな由美に目をつけてきたヤクザがいたが、弁護士くずれで高級クラブのマネージャー野沢(川津祐介)に救われ、由美は野沢の愛人で銀座のクラブのママ依子(真山知子)の世話になる。
 銀座に出た由美は水を得た魚のように、着実に得意客を増やしていった。しかし由美は、母親の惨めな生活を見てきただけに自分の肉体を安売りすることだけはしたくなかったし、それは野沢に惹かれていることもあった。

 やがて由美を手に入れようと何人もの男たちが現れ、由美は得意のポーカーで自分が負けたら言いなりになると持ちかけ、玄人はだしに腕前で男たちから金を吸い上げるのだった。しかし他のホステスからのやっかみもあり、警察の取り調べを受ける羽目になる。

 そんなとき由美は、野沢からクラブのオーナー加田(西村晃)を紹介される。加田は由美のようにはっきりと自己主張する女性をひと目で気に入り、自分の財産を浅ましい親族に渡すくらいならお前に金をつぎ込みたいと、妾の話を持ちかける。
 相談した野沢の言葉は哀しかったが、母親のために何かを吹っ切たように決意する。
 莫大な手当とオーナーとの爛れた生活だったが、ある日、加田が風呂場で倒れ死んでしまう。野沢から、妾には金は一銭も渡らないが子どもがいれば別だと聞いた由美は「オーナーの悪口をいう親族たちは大嫌い」「今夜、子どもをつくって」と野沢に迫るのだった。
 後日、懐妊証明書を楯に2億5000万円を手にした由美は、子どもを堕ろし、結婚を申し込む野沢には「あなたから妾になれと云われたときに、わたしは死んだの」と冷たく彼を突き放し、母親と一緒に暮らすためひとり去ってゆくのだった……。

    ◇

 身も蓋もなく暗く気が滅入る話だが、何があろうが男たちに堂々と立ち向かい、自分の力で生きてゆくヒロインの姿は渥美マリの肉体なくしてはありえない。
 そんな渥美マリの肉体的存在意義を、強烈な自我を持った女性を描きつづけてきた増村監督がどのように突き詰めるか興味あるところだったが、前2作では極力台詞を少なくしていたであろう渥美マリに、増村監督はあえて棒読み台詞の演出で直線的な芝居をさせている。
 エキセントリックなところがあっても、自分を卑下せず、心根が実はピュアだったり、自ら堕ちていかない生真面目さは、ある意味清々しいヒロインなのである。

 即物的な台詞と人物描写、メリハリを効かせた大芝居といった大映イズムに嵌った渥美マリの凄みはなかなか面白い。

★いそぎんちゃく★
★続・いそぎんちゃく★

「しとやかな獣」*川島雄三監督作品

しとやかな獣_dvd
The Graceful Brute
監督:川島雄三
脚本:新藤兼人
撮影:宗川信夫
音楽:池野成
出演:若尾文子、伊藤雄之助、山岡久乃、浜田ゆう子、高松英郎、川畑愛光、小沢昭一、山茶花究、ミヤコ蝶々、船越英二

☆☆☆★ 1962年/大映/96分

    ◇

 〝ひと皮むけば男も女もこんなもの! 
       私はそこをうまく利用したまでよ!〟

 45歳の若さで急逝した川島雄三。死の前年、大映での若尾文子との最後の作品となった本作は、ブラックユーモアを交えたピカレスクな人間悲喜劇。


 都市郊外の団地の4階に住む前田家。主人の時造(伊藤雄之助)と女房のよしの(山岡久乃)が来客のために部屋の模様替えをしている。金目のものを隠し、貧乏暮らしを装っている。
 やって来たのは、息子の実(川畑愛光)が勤める芸能プロダクションの社長香取(高松英郎)とジャズ・シンガーのピノサク(小沢昭一)、経理担当の三谷幸枝(若尾文子)の3人。愛想よく迎える前田夫妻だが、社長の香取は実がお抱えタレントのギャラなど100万円近くの金を使い込んでいると捲し立てる。
 とぼける時造と泣き落としに出るよしのに呆れ、「出るところに出る」と文句を並べたてて帰っていく3人だった。
 彼らと行き違いに帰宅した実を、平然とした顔で迎える時造とよしの。そこに、バー勤めから小説家・吉沢駿太郎(山茶花究)のお妾さんになっている娘の友子(浜田ゆう子)まで帰ってきた。

 かつては栄光に輝く元海軍中佐だった時造は、戦後、山っ気な商売に手を出すもすべてに散財し、極貧生活を強いられたことからふたりの子供たちには社会の道徳を一切無視した生き方を指導していた。
 息子の使い込みにも「大きなことをやったら、努力を尽くして後始末をしなくちゃいけない。締めくくりが肝心。逃げ回るより、とぼけて堂々と顔を出した方がいいんだ」と教え、友子を囲う吉沢からは「女衒の親父」と蔑まれようが「人間は立場が違えばいろいろ言うもんだ」と意に介さない。
 何事にも達観した母親のよしのは「お父様はいまに成功なさいます」と夫をたて、息子や娘の言葉遣いにも注意を促す上品な専業主婦。

 夕方、時造が散歩に出かけ、よしのが買い物で留守にしているとき、先ほど訪れた三谷幸枝が戻ってきた。
 じつは実が使い込んでいた金は300万円で、その大半は幸枝が旅館を経営するための資金に貢いでいたものだった。念願の旅館が開業するいま、自分たちの身体の関係を清算したいのだと云いに来たのであった。
 お淑やかで真面目な女性と見られていた幸枝は、実際はしたたかで頭のいい女。子供を抱え夫に死なれた彼女にとって、唯一の道は思いきり体を使って生きるほかなかった。実との取引は既に終わっていると臆面もなく云い放つ幸枝。
 心底惚れこんでいた実は逆上し幸枝に詰め寄り、それを隣の部屋から覗き見する友子。買い物から帰ったよしのもソッと部屋に入り込み、二人の痴話喧嘩に聞き耳をたてている。

 幸枝に貢いでいたのは実だけではなく、社長の香取も幸枝のために脱税をしており、また、もうひとり愛人関係にあった税務署の真面目な役人神谷(船越英二)が汚職の罪で警察に呼ばれることになるが、幸枝はいたって冷静。
 神谷が自殺さえしなければ香取の失脚だけで済み、幸枝と実には累は及ばないとうそぶくのだった。

 神谷が幸枝を探しに前田家を訪れるが、傷心のまま空しく帰ってゆく。
 友子が吉沢先生に追い出されて再び帰ってきた。家族4人の団らん。突然の夕立。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。ベランダに出て外を眺めるよしの。その表情が家族の行く末を語っていた。
 
    ◇

 エレベーターのない(これがある意味重要)団地の4階、二部屋だけの限られた空間を舞台にした密室劇スタイルで、小悪党な家族を中心に欲をぶつけ合う人間ばかりが登場する新藤兼人の見事な脚本は言うに及ばず、若尾文子の悪女ぶりに見惚れるばかりの大傑作。

 伊藤雄之助をはじめ、小沢昭一、山茶花究と一癖も二癖もある個性派たる演技者たちの台詞の応酬に圧倒され、画面構図のカメラワークや能楽の囃子を取り入れた音楽の妙に酔うこと必至。
 精密なセットで建てられた団地の部屋は、壁も天井も床も襖も棚も自由自在に取り外せるように工夫され、あらゆるところからカメラが恥知らずな人間たちを撮らえる。複数の人間の行き来が足元だけのアングルだったり、シーン転換の突飛さもあり、なんて映画的センスにあふれていることか。

 幸枝に貢いだ男たちは振られ、破滅し、自殺するような脆弱な姿を露呈し、セクシーな友子を囲う小説家は別れ際のケチぶりを女たちから辛辣な陰口で叩かれる。
 それに反して、女たちはしたたかで逞しい。
 ヴァンプな魅力全開の浜田ゆう子とドライで妖艶な若尾文子が女の魅力で物語の道筋を突っ走れば、最後に、しとやかな山岡久乃が映画にとどめを刺す。これがまた、凄いのである。

しとやかな獣_pst01


Rock'n Roll New Year 2015

あけましておめでとうございます

メアリーの子羊
メアリーの子羊 /ポール・マッカートニー&ウイングス

 干支に合わせたロック・アルバム・ジャケットの紹介、2015年は未年。
 羊のアルバム・ジャケットといえば、ポール・マッカートニーの『RAM』が一番に思い浮かぶが、ここは、少し珍しいシングル盤『メアリーの子羊』から今年をはじめよう。

 1972年、ポール・マッカートニー&ウイングスの2枚目のシングルとしてリリースされたこの曲は、前作1stシングル「アイルランドに平和を」の政治的メッセージ(BBC放送禁止曲となる)から180度転回し、長女メアリーのために作った子ども向けソング。
 ほのぼのとしたメロディはいかにもポールらしいが、歌詞は童謡「メリーさんのひつじ」の替え歌。
 バックコーラスにリンダとメアリーらを加えたこの曲を、2ndシングルにもってくるポールの親バカぶりが実にアット・ホームな一枚として世を驚かせたのである。
 このメアリーちゃんは、母親リンダと同じようにフォトグラファーになって活躍してるって話。

 この曲、当時は評論家たちから「ロックじゃない」と総攻撃を受けていたと思ったけど、日本では結構売れたシングル。
 でも、ポール・マッカートニー&ウイングスのデビューアルバム『Wild Life』には収録されていなかったので、長いこと隠れた名曲とされてきたっけ……。現在はCDのボーナストラックとして聴くことができる。

 さて、次の3rdシングルはストレートなR&Rナンバー「Hi Hi Hi」となるわけだが、ここでも一転、今度は卑猥な歌詞(BBCまたも放送禁止)が並ぶのであった。