TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「ソロモンの偽証:第I部 事件」宮部みゆき



 遂に「ソロモンの偽証」が刊行された!
 全3部作で第II部は9月、第III部は10月に発売を分けた大長編である。

 早速購入、とにかく待ち遠しかった。
 どれだけのものかと云えば、『小説新潮』への初出が2002年10月号で、完結したのが2011年11月号……足掛け10年の大作、2000頁を超える小説なのである。
 基本的に、連載モノでも単行本になってから読む派なので、ここまでの道のり長かったぞ。
 1990年代半ばに刊行されていた書き下ろしシリーズ『新潮ミステリー倶楽部』での告知からはじまったのだから、構想だけでも長期に渡るのである。

 クリスマスの朝、雪の校庭に急降下した14歳。
 中学校で起きた飛び降り事件の真相を、大人には任せられないと、中学生たちが自分で法廷を開き真実を求めてゆくストーリー。

 例によって人物相関図がいるほどの登場人物の多さ。相関図をコピーして栞代わりで、いざ………741頁の第一巻。S・キングの「アンダー・ザ・ドーム」以来の厚くて重い本を持ち歩き、楽しさを満喫致しやしょう。

    ◇

ソロモンの偽証〈第I部:事件〉/宮部みゆき
☆第II部:決意(9月21日発売)☆第III部:法廷(10月12日発売)
【新潮社】
定価各1,890円

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「ラブレター」*東陽一監督作品

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監督:東陽一
原作:江森陽弘
脚本:田中陽造
撮影:川上皓市
音楽:田中未知
出演:関根恵子、中村嘉葎雄、加賀まりこ、仲谷昇

☆☆☆★ 1981年/にっかつ/83分

    ◇

 にっかつロマン・ポルノ10周年を記念して製作されたお盆興業のエロス大作で、関根恵子(現・高橋惠子)が失踪スキャンダルから復帰に賭けた作品でもあった。


 ダンサーの加納有子(関根恵子)は、詩人の小田都志春(中村)の作品をモチーフにした公演で小田と知り合った。小田は有子より30歳も年上の初老の男だが、彼の詩に惹かれた有子は父の形見の懐中時計を贈り、いつしかふたりは愛人関係になった。
 有子は「とし兄ちゃん」小田は「うさぎ」と呼び合い、有子は小田に身も心も捧げるのだが、小田は我がままな男。有子と情事に耽るのは長くて2日、そして何週間と連絡も取れない状態になる。来る日も来る日も待ちぼうけ。

 「うさぎは、いつも泣いて目が赤いです。それで、うさぎです」

 「新しい全集の校正で出版社に缶詰です」と担当編集員が言付けに来るが、淋しさは募り街をフラフラと歩く有子。

 「毎月、卵をキチンキチンと排卵させてさ、男を待ってるわけじゃない、女って。その繰り返し。嫌じゃない?」

 喫茶店の後ろの席の女たちの声を虚ろに聞く有子。ふと、編集部に電話を入れてみると、小田は奥さんの看病に付きっきりだと聞かされる。放心状態で街を彷徨い、近くの公園で倒れる有子。
 目が覚めたとき、ベットの横に小田がいた。汚れた有子の身体を行水で洗い、抱き合い、そしてまた小田はいなくなる。満たされない思いと小田の正妻への嫉妬から情緒不安定となり、睡眠薬がないと眠れない有子。

 隣には大学生が下宿するアパートがあり、庭に食べ物の残りかすを投げ入れられたりの嫌がらせを受ける。女主人のタヨ(加賀まりこ)からは、昼日中のネグリジェ姿の有子が悪いとウソぶかれる。

 「奥さんやってるよりも、愛人やってる方が辛いんです。百倍も、千倍も辛いのに…」

 タヨの夫・村井(仲谷昇)は愛人をつくり家を出ていたのだ。その夫が愛人と別れたあと、深夜、近くの公園のブランコに乗りに来ていることを有子は知っていた。
 ラストシーンを含め何度も出てくるブランコのギィギィという音が物悲しい。

 ある日突然、小田は有子を入籍する。戸籍謄本を見ながら喜ぶ有子。そんな有子に、小田はブランコの男・村井と浮気をしただろうと問いつめ、有子の内股に「とし」と入れ墨をいれてしまう。その痛みも歓喜に変わるなか、有子は妊娠していることを告げる。
 当然、堕胎手術。それでも耐えていた有子。また、小田がいつものように消えた。
 夜中に公園のブランコで村井を誘い、添い寝をする有子。
 村井に小田のことを聞かれると「あのひとは底抜けに優しくて、底なしに残酷なひとです」と答える。
 眠れないまま朝を迎えた有子の元に、有子の籍を抜いた戸籍の写しが小田の妻から届けられる。ギリギリだった有子の精神状態はついに異常をきたし、精神病院に入院することになった。

 月日は流れ、退院の日。迎えにきたタヨは小田が急逝したことを告げ、告別式に向かう有子。小田の死に顔も見せてもらえず、かつて小田に贈った懐中時計を突き返された。
 その時計を大木の下に埋め、有子は所在なげにブランコを漕ぐ。
 隣に座る村井に「これからどうする」と聞かれ、気怠く「さあ…」と答える有子だった。

    ◇

 原作は、反戦・反骨の詩人・金子光晴が、弟子でもある30歳年下の愛人・大河内令子に宛てた書簡と、大河内への聞き語りをもとにしたノンフィクション小説『金子光晴のラブレター』。過去にNHKでもドキュメンタリー放送されたことがある。
 
 監督は当時、『もう頬づえはつかない』('79)『四季・奈津子』('80)で若い女性に絶大の支持を得ていた東陽一。関根恵子の強い要望だったと云われる。

 他の出演者もロマン・ポルノとは縁のなかった中村嘉葎雄や加賀まりこ、仲谷昇を配し、成人映画ということを極力宣伝しないことなどで女性客を獲得し大ヒットした。にっかつロマン・ポルノ史上最高の興行収入を記録している。

 金子光晴が53歳、大河内令子23歳にはじまる愛人関係。嫉妬深く身勝手な金子と、一生縛り続けられ身も心もボロボロになった令子との、金子が亡くなるまでの26年間の愛欲生活が、どれだけ壮絶なことだったのかは伺い知れないが、「うさぎ」と愛称されたのも男の都合のいい「愛玩物」としてだろうが、それを受け入れた女の性もまた淫靡ではないか。本能で行動する女の性と、愛人に甘んじて生きる女のエゴが見え隠れする。

 女性でも観られるロマン・ポルノということで、いかにも東陽一らしい繊細さで愛人という日陰の身にある女の淋しさと苦しさをしっとりと描いてはいる。
 関根恵子の物憂い表情と、スラリとした肢体は素晴らしい。
 しかし、どうにも居心地が悪い。生々しい性がソフティケイトされてしまい、果たして女性の猥褻感ってどこにあるのか。ザワザワした日常の、欲情する女の猥雑さが消えてしまっていることが残念だ。

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「狂った果実」*根岸吉太郎監督作品



監督:根岸吉太郎
脚本:神波史男
撮影:米田実
助監督:池田敏春
音楽:甲斐八郎
主題歌:「狂った果実」アリス
出演:本間優二、蜷川有紀、益富信孝、永島暎子、岡田英次、小畠絹子、北見敏之、粟津號

☆☆☆★ 1981年/にっかつ/84分

    ◇

 石原裕次郎主演の『狂った果実』('56)のリメイク作品ではない。
 これは、1980年にリリースされたアリスの「狂った果実」の歌詞をモチーフにした青春ロマン・ポルノで、70年代の空気を漂わせながら80年代のカッタるい若者たちを描いた秀作である。

 ブルジョワ層の享楽的な生き方と富める者への憎しみを爆発させる終幕など、中平康監督の『狂った果実』をベースにした感もあるが、どちらかと云えば、師である藤田敏八監督風青春映画の趣きだ。それは、藤田監督の名作『帰らざる日々』と同じく、アリスの歌が若者の息づかいとなっているところに感じるのかもしれない。

  生まれてきたことを 悔やんでないけれど
  幸福に暮らすには  時代は冷たすぎた
  中途半端でなけりゃ 生きられない それが今


 ガソリンスタンドで働く佐川哲夫(本間優二)は、夜は新宿のぼったくりバー〈パラダイス〉で働いているが、生活は真面目な二十歳の青年だ。実家は亡くなった父親が神主だった神社で、田舎から出てきて一人暮らしをしている彼には、毎朝のジョギングと単調で冴えない生活が日々日常だ。母親には毎月仕送りをしている。
 ある日、給油に来た数人の若者の車の助手席に千加(蜷川有紀)がいた。

 今日は、バーの兄貴分でボクサーあがりの大沢(益富信孝)からホステスの春江(永島暎子)と結婚するからと祝言の“祝詞”を頼まれる。感動する春江はお腹に子どもがいることを告げ、大沢も感激をして哲夫の前で春江を抱き始めた。堪らなくなった哲夫はアパートを飛び出し、街を走る。

 熱くなった哲夫は駐車場の片隅でマスターベーションに耽り、それを見ていたのが千加だった。義父(岡田英次)のスポーツカーを借り、適当な遊び相手として哲夫をドライブに誘う千加。突然の雨で車を止めたところで哲夫は千加に襲いかかるが、ことを果たせず射精してしまう。

 「わたしも、途中からその気になって滑稽でした」

 翌日、哲夫の働くスタンドに「強姦魔さ〜ん」とからかいに来た千加。彼女に動揺する哲夫は客の車をぶつけてしまいスタンドをクビになる。

 「あんた学生さん?」
 「デザイン学校でインテリア専攻です」
 「ふ〜ん、翔んでるっていうのかな」
 「翔んでるなんて、そんなかったるい。漂ってるんだなぁ。蜉蝣飛行………」

 その夜〈パラダイス〉で金払いの悪い客をぶちのめした哲夫は警官に追われ、現れた千加と連れ込み宿に逃げ込み、ふたりは結ばれる。

 高慢なブルジョワ令嬢に惹かれてく哲夫。千加から義父の東野と肉体関係があり子どもを宿したと聞いた哲夫は、東野の経営するデザイン会社に乗り込み堕胎の金を要求するが一蹴される。

 いじましいほど真っすぐで、今を懸命に生きている哲夫に嫉妬し、愛情表現の裏返しとしてサディスティックな行動にでる千加は、遊び仲間のドラ息子たちをけしかける。

 「ポテト畑を荒らしに行かない?あの子が働いているダッサ〜いお店」
 「ご執心だね」
 「そう、だから徹底的にからかいたいですよ」

 〈パラダイス〉で大暴れする男たちだが、はずみで春江のお腹を蹴ってしまい彼女は流産してしまう。
 事情を知った大沢は千加たちの溜まり場に殴り込むが、元ボクサーとはいえ多勢に無勢。反対に瀕死状態にされてしまい、連れ立ってきた哲夫は包丁で若者ふたりを刺してしまう……。
 
    ◇

 『十九歳の地図』の少年そのままに、本間優二が走る。朝靄のなかを走る。都会を走る。田舎者の内省的正義感と屈折した青年を本間優二は見事に体現し、蜷川有紀の無表情さは屈折した千加の憂い顔に見事にはまっている。ラストの修羅場における茫然とした表情もいい。

 そして屈託のない笑顔を見せる永島暎子の存在感が、最後の男ふたりの暴力への衝動に説得力を持たせている。
 最高に可愛い女、永島暎子は次作『竜二』でもっともっと輝くのである。
 
 監督の根岸吉太郎はこの作品と同時に、初めて他社で撮り上げた『遠雷』(ATG/ブルーリボン賞監督賞受賞)で一般映画への足がかりと大きな手応えを得たのだが、本作はロマンポルノとしては必要以上な性描写もなく、情交シーンは『遠雷』の方が生々しい。これは、たわわなな石田えりと蜷川有紀の希薄さの大きな違いだろうが、しかしどちらも、若者たちの生きているという強い共感が感じられる作品が並んだことになる。

 終幕、血だらけのままアパートから郷里の母親に、給料が上がったと電話する哲夫に胸を打たれ、明け方、足を引きずりながらいつものようにジョギングをする哲夫の横を覆面パトカーが通り過ぎるラストショットは忘れ難いものとなる。
 田舎から出てきて都会のなかを浮遊していた青年にとって、現実という居場所はどこまでも残酷だ。



★十九歳の地図★
★帰らざる日々★
★竜二★

[根岸吉太郎作品]
★濡れた週末★
★透光の樹★

「1900年」*ベルナルド・ベルトルッチ

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NOVECENO
監督:ベルナルド・ベルトルッチ
脚本:フランコ・アルカッリ、ジュゼッペ・ベルトリッチ、ベルナルド・ベルトルッチ
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:ロバート・デ・ニーロ、ジェラール・ドパルデュー、ドミニク・サンダ、ステファニア・サンドレッリ、ラウラ・ベッティ、スターリング・ヘイドン、アリダ・ヴァリ、ドナルド・サザーランド、バート・ランカスター

☆☆☆☆  1976年/イタリア・フランス・西ドイツ/316分

    ◇

 「第1部」(上映時間162分)と「第2部」(上映時間154分)に分かれた大作で、1900年生まれの地主と小作人ふたりの幼馴染みの男たちの生き様と、ファシズムが台頭する第二次世界大戦終了までのイタリア現代史を壮大に描いた大叙事詩映画となっている。
 監督は「ラストタンゴ・イン・パリ」('72)で世界を驚嘆させ「ラストエンペラー」(’87)でアカデミー賞9部門を制覇したベルナルド・ベルトルッチ。36歳にして最高傑作の誕生。「ラストエンペラー」より断然こちらの方が好きな作品だ。

 これだけの長尺作品、過去にレーザーディスクでソフト化もされてはいたが、発色も悪く絶版状態の埋もれた名作と云われていた。しかし、ついに2012年6月にDVD&ブルーレイで陽の目を見ることになった。それに伴い7月31日、WOWOWにて深夜ぶっ通しで放送もされた。
 二度と観ることができないだろうと思っていた作品の、実に30年ぶりの再見であった。



 1900年の夏、同じ日に、同じ農場の敷地内でふたりの男の子が生まれた。
 大農園の地主アルフレード・ベルリンギエリ(バート・ランカスター)の孫のアルフレード(ロバート・デ・ニーロ)と、この農園の小作人頭で大家族の長レオ・ダルコ(スターリング・ヘイドン)の孫オルモ(ジェラール・ドバルデュー)のふたりは、雇い主と雇われ人という身分違いではあるが、一緒に生まれた縁もあり子供の頃から兄弟のように育ち、鉄道線路に寝転んで通過する列車をやり過ごす度胸だめしを競ったりしながら友情を育んでいた。

 青年になったオルモは女性教師アニタ(ステファニア・サンドレッリ)に恋をして一緒に農民運動に参加するようになり、アルフレードは都会派の不思議な女性アダ(ドミニク・サンダ)に心を奪われ結婚、地主の跡を継いだ。

 アルフレードの農場の管理人アッティラ(ドナルド・サザーランド)は、主人に従順な一面を見せながらも、台頭してきたファシズム運動に自分の居場所を見つけ、次第に残忍な性格を現してくる。
 アッティラの妻でアルフレードの従姉妹レジーナ(ラウラ・ベッティ)は、アルフレードに失恋した女。ふたりとも人の幸福を堪らなく妬ましく思う人間だった。
 第二次世界大戦ともなるとアッティラの横暴さは増し、気に入らない人々への迫害と虐殺を始める。レジスタンスの闘士になったオルモは当然狙われ、アッティラに対して何も出来ないアルフレードはアダとの夫婦関係が壊れていく。

 そして、1945年4月25日、連合軍がやって来た〈解放の日〉。逃亡しようとしていたアッティラとレジーナは、農民たちに捕まり裁かれる。レジスタンスに捕まったアルフレードは人民裁判にかけられるが、村を解放しにきたオルモが「地主のアルフレードは死んだ」「生き証人としてアルフレードを生かす」と宣言。戦争は終わった。

 現代、夏。老人となったアルフレードとオルモは、線路の上に寝転んだりして昔と同じように喧嘩友達を楽しんでいた。

    ◇

 イタリア、フランスでは、ベルトルッチ監督の意向どおりに第1部と第2部が別々の劇場で公開され、アメリカではベルトルッチ監督と物議をかもしだした末に短縮版(4時間8分)で公開された。
 日本では1982年10月、一般興行としては世界で初めてオリジナル完全版の第1部・第2部が一挙に上映され、ぼくはその年の11月に劇場で鑑賞した。
 あけすけな性表現と目を覆うような暴力描写はあるものの、同じ年にイタリア語オリジナル版が日本初公開されたルキノ・ヴィスコンティの大作『山猫』('63)に匹敵するほどの一大ページェントに、時間を忘れるほどに惹き込まれ圧倒されていた。


 第1部は、1945年イタリアにおける〈春〉から幕開け、逆算して主人公ふたりの誕生と成長を〈夏〉から〈秋〉で描かれる。第2部は、イタリアの〈冬〉ファシズムの時代が描かれ、そして明るい〈夏〉で締めくくられる。

 貧困にあえぐ農民と地主との闘い、ファシストの暗躍など、イタリアの暗く重い歴史を5時間16分のオリジナルストーリーに凝縮して見せるベルトルッチの構成力と堅固な演出は、大長編とはいえ決して重厚で堅苦しいものではなく、メロドラマとかスリラーの要素と明るいイタリア映画の娯楽性も含まれている。
 メインテーマ「ロマンツォ」を〈1908年・夏〉〈1922年・秋〉〈1935年.冬〉〈1945年・春〉の4つのヴァージョンで奏でるエンニオ・モリコーネの音楽が大きな歴史の流れを優美に飾り、ヴィットリオ・ストラーロのカメラはイタリアのエミリア地方の広大な自然を美しく捉え、それだけでも見応えがある。
 息を呑むほど感嘆するその風景と、クセの強い実力派俳優と女優たちの演技に魅了される濃密な時間には、5時間あまりなどあっという間だ。まさに映画の力。


 ロバート・デ・ニーロは、この作品が日本公開された1982年には既に『タクシードライバー』('76)や『ディア・ハンター』('78)で大スターの仲間入りをしていたが、製作時点では『ゴッドファーザーPart II 』('74)でやっと注目されたとき。『1900年』撮影中に『ゴッドファーザーPart II 』でアカデミー賞助演男優賞を受賞している。
 ジェラール・ドパルデューは『バルスーズ』('75)で脚光を浴びたばかりの勢いで、ふたりとも若く生き生きとしていて眩しい。

 妖しいエロスを醸し出すミステリアスな女優ドミニク・サンダは、日本で初めて紹介されたベルトルッチ監督の『暗殺の森』('70)でスターになった。
 最初に登場するシーンのデカダンな雰囲気から、アッティラを嫌悪しアルフレードに幻滅、酒浸りになり狂っていく様など官能的美しさと悲劇性こそが、彼女が最高のヒロインたるところだろう。白馬に乗ったドミニク・サンダはまるで絵画のような美しさである。

 そのアニタとオルモが激しく対立するアッティラを演じるドナルド・サザーランドは空前の敵役。憎しみをまき散らす悪魔であり、圧倒的な冷血漢で怪優ぶりを示している。
 サザーランドとともに悪行を重ねるラウラ・ベッティも狂気の演技派。第2部のおどろおどろしい空気は、まさにこのふたりの存在感に尽きる。
 
 教養があり美しく強い女性アニタ役のステファニア・サンドレッリは前半で姿を消してしまう。もったいない配役。そして、バート・ランカスター、スターリング・ヘイドン、アリダ・ヴァリなどのキャスティングも贅沢なのである。


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耳を澄ませてこの歌を聴く、HIROSHIMA

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MADE IN JAPAN/FLOWER TRAVELLIN' BAND

今日8月7日はジョー山中氏の命日
フラワー・トラヴェリン・バンドのアルバム4枚を次々に流している


 ある夏の日 
 きの子雲はそこまで
 きの子雲は子らをも
 われらすべてをも
     [Hiroshima]


8月6日「原爆の日」をきのうに 3.11が重なる現実 耳を澄ませ この歌を聴け

 
1972年リリース カナダ録音のフラワー・トラヴェリン・バンドの3rdアルバム
アナログ盤は段ボールのカートンBOXにカナダでの新聞記事を貼付けたジャケットだった

Side One:
01.Introduction/イントロダクション
02.Unaware/アナウェア
03.Aw Give Me Air/私にきれいな空気を
04.Kamikaze/カミカゼ
05.Hiroshima/広島

Side Two:
01.Spasms/スパズム
02.Heave And Hell/天国と地獄
03.That's All/ザッツ・オール


前作『SATORI』が完璧だっただけに あまり評価はされなかったように思うが
「HIROSHIMA」と「KAMIKAZE」はフラワー・トラヴェリン・バンドの代表曲
まさにメイド・イン・ジャパン 
誇り高き曲である









「オリンピックの身代金」三好徹



 ここぞとばかりにナショナリズムが芽生えるオリンピック。
 ロンドン・オリンピックの開幕式を朝っぱらから充分に堪能したミーハーには、「ジェームズ・ボンドのテーマ」が流れたところでワクワクしてしまったではないか。女王陛下の小芝居も凄いよなぁ。歴史と伝統の大英帝国の、シニカルでウィットに富んだ演出は面白かった。

 ストーンズの曲も流れ、締めのポール・マッカートニーの「ヘイ・ジュード」は出だしのミスもご愛嬌。

 選手入場のインドのチームのハプニングも、関係者にとっては蒼白ものだが、案外みんな気がつかないってところがメンタリズムか……。

 肥大するオリンピック事業でよく言われてきたのが、テレビ放映権の高騰と高額なスポンサー協賛金による商業主義。これは1984年のロサンゼルス・オリンピックが発端であったが、コマーシャリズムが悪いものでもなく、ロサンゼルス大会は税金を一切使わずに行われたオリンピックでもあったわけで、開催国の多額の費用負担を軽減した一面もあるわけだ。

 今回のロンドン・オリンピックの開会式では、参加したボランティアの人々は無料出演で、ポール・マッカートニーやMr.ビーンことローワン・アトキンソンらも無料のパフォーマンス(契約上1ポンドを受け取る必要はあった)を披露してくれた。

 しかし、小さな国や発展途上国の選手が参加できるようになった現実を横目に、莫大な放映権とスポンサー料が一部の人間の懐を潤すという金権体質を生んだのも確か。

    ◇

 さて本書は、1981年に刊行された「コンピュータの身代金」からはじまる“身代金シリーズ”3部作”の最終作で、莫大な五輪マネーを標的にしたクライム小説だ。
 2009年に吉川英治賞を受賞した奥田英朗の同名「オリンピックの身代金」は東京オリンピックが舞台だったが、本書は1984年のロサンゼルス・オリンピックがターゲット。
 初出はロサンゼルス・オリンピック開幕前、1984年『EQ』5月号から4回に分けて連載されていた。

 「30億円をすべて千円札の札束で用意せよ。さもなくばオリンピックの衛星中継を妨害する」
 日本最大の放送局NBCに届いた脅迫状により、対応をめぐって対立する局の上層部。奇想天外な犯人に対する報道局長は、彼らの不可解な動機から一味を割り出すのだが……。


 1981年にカッパノベルスから刊行された「コンピュータの身代金」により、日本の犯罪小説の分野で燦然と輝く三好徹の“身代金シリーズ”がはじまった。1983年に「モナリザの身代金」が発表され、翌年にこの「オリンピックの身代金」が3部作を締めくくった。
 このシリーズの特徴は、泉と名乗る経歴不詳の天才犯罪者の犯罪美学だ。
 
 血を一滴も流さない誘拐。それは、身代金のターゲットが生身の人間ではなく「コンピュータの身代金」「モナリザの身代金」といったようなモノであり、或いはこの「オリンピックの身代金」のようにカタチのないものを狙うこと。
 そして「コンピュータの身代金」は10億円、「モナリザの身代金」は20億円、この「オリンピックの身代金」では30億円を要求するというように、被害者は銀行や国家といった権力者であり、それに対する挑戦といったかたちがカタルシスを感じる読み物となっている。

 いわゆる、コン・ゲームとしての面白さがあるシリーズだ。
 いかにして膨大な身代金を盗み、捜査側を出し抜くのか……。
 計画を把握するのは泉ひとりだけで、思いもよらない展開と“どんでん返し”を喰らうのは読者ばかりではない。全作で泉に協力する銀座のバーのマダム井出圭子や、誰が仲間なのかを知らずに協力する他の仲間との頭脳対決が、「黄金の七人」や「ルパン三世」のような趣きで展開していくから面白い。 
 ただ、完結作として「モナリザの身代金」の続編となった「オリンピックの身代金」は、世界に舞台を移したことで少し展開が大雑把になった感はあるかな。
 それでもやはり、誘拐ものミステリとして充分にクオリティは高く、面白く読める。ノベルスも文庫も絶版だというのが惜しい話である。

 「コンピュータの身代金」と「モナリザの身代金」は火曜サスペンスでドラマ化されており、藤竜也と浅野ゆう子の主演、ともに監督は西村潔だった。


★オリンピックの身代金*奥田英朗★



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コンピュータの身代金/三好徹
【光文社】カッパノベルス:1981年
(絶版)

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モナリザの身代金/三好徹
【光文社】カッパノベルス:1983年
(絶版)