TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

ちいさん、散歩 逝く

地井武男さんが29日に亡くなられた
享年70
………
そうか、そんなお年になっていたんだ

『野良猫ロック・ワイルドジャンボ』での 神経質そうな顔
『濡れた荒野を走れ』での 悪徳警官ぶりとラストの薄笑い顔
『北の国から』での 涙と鼻水にまみれた顔

そこにいて当たり前
忘れられない顔を
もう見ることができないんですね

ご冥福をお祈りします

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「殺意の夏」*ジャン・ベッケル

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L'Été meurtrier
One Deadly Summer
監督:ジャン・ベッケル
原作:セバスチャン・ジャプリゾ
脚色:セバスチャン・ジャプリゾ
撮影:エチエンヌ・ベッケル
音楽:ジョルジュ・ドルリュー
出演:イザベル・アジャーニ、アラン・スーション、シュザンヌ・フロン、ジャン・ガヴァン、マリア・マチャド

☆☆☆☆ 1983年/フランス/134分

    ◇

 1983年のカンヌ国際映画祭に上映され、セザール賞でイザベル・アジャーニの主演女優賞をはじめ助演女優賞・脚色賞・編集賞を獲得したジャン・ベッケル監督のサスペンス・ドラマだ。
 原作は『さらば友よ』(原作・脚色)『雨の訪問者』(脚本)『狼は天使の匂い』(脚色)のセバスチャン・ジャプリゾの同名小説で、1977年にドゥ・マゴ賞を受賞したこの原作をジャプリゾ自身が脚色している。


 オープニング・タイトルは自動ピアノを台車に乗せて、山道、雪道を歩き、田舎町を廻る男。自動ピアノの音色に合わせて村人たちが踊る、閑村の唯一の娯楽だったろう。

 「私は裁判官にして陪審員……
  事件全体を調べ“お前を死刑に処す”と、狡いフュリーは言う」
              ルイス・キャロル〈不思議の国のアリス〉
 
 『雨の訪問者』『狼は天使の匂い』と同じように、ジャプリゾはここでもルイス・キャロルの詞を引用している。この裁判官と陪審員の意味が映画全体を覆うことになる。


 フランス南部の小さな町に、ドイツ人の母ポーラ(マリア・マチャド)と身体が不自由で車椅子の父ガブリエルとともに、エリアーヌ(イザベル・アジャーニ)という美しい娘が引っ越してきた。
 通称エルと呼ばれる19歳の彼女は、いつも露出的な服と派手な行動で注目を集めていた。そんなセクシーなエルの姿に、自動車修理工で消防夫のフロルモン(アラン・スーション)はすぐに惹かれた。パン・ポンとアダ名される彼は、スポーツマンのミッキー(フランソワ・クリュゼ)と頭のいいブブ(マニュエル・ジェラン)の二人の弟、母親(ジェニー・クレーヴ)と空襲で耳が遠くなった叔母コニャーク(シュザンヌ・フロン)の5人で暮らしていた。
 ある日エルは、パン・ポンの家の納屋にあった古い自動ピアノを見て、心の奥に秘めたある決意を呼び起こすのだった……。

    ◇

 映画は、パン・ポン、エル、ポーラ、コニャークのモノローグで綴られていく構成で、ミステリアスでサスペンスフルに展開していくのだが、実質謎解きは主題ではなく、エルが抱える心の問題を綴っていくものだ。そして、10代の少女に惚れ込んだ30男の悲劇を生みだしてしまう。
 論理的説明のつかないところもあるが、オープニングの意味やモノローグ多用の仕掛けは楽しめる。

 気難しい女優で知られるイザベル・アジャーニが、この映画ではふんだんにオールヌードで出てくるのだが、スターというより演技者としてそのスキャンダル性を吹き飛ばすくらいの魅力で、見事にサスペンスフルなストーリーのなかで女優魂を見せている。まさに、天使と悪魔を併せ持った女優だ。
 ゲルマン民族とアラブ民族の血が混じった美しさとまばゆいくらい可愛らしい童顔が麗しく、キュートな顔と冷たい顔でセクシーに振る舞う姿は、27歳(役柄は19歳)とは思えないあどけなさだ。

 私生活のアジャーニのようにエルも周囲から奇異な目で見られるが、尻軽女に見えるエルが、実は仕組んでそのような振る舞いをしていることが、それぞれのモノローグによって徐々に判ってくる。
 本当は心優しいエルが、情緒不安定な精神を抱える元凶が自分の出生に関わることであり、自分のトラウマを克服するために“殺意”を持った不幸。
 最後の10分、悲劇への疾走と、ラストのスローモーション映像は衝撃だ。

 ◆以下、思いっきりネタバレしています。原作未読・映画未見の方は十分にご注意ください。








 1955年11月エルの母ポーラは、2人のフランス人とイタリア人の男たち3人にレイプされた。朦朧とするポーラの耳に聞こえたのは、彼らが乗ってきたトラックから流れる自動ピアノの音色だった。
 ポーラは夫ガブリエルに、警察にも誰にも話さないでと懇願する。それは彼女がドイツ人であり、小さな村で生活していくには何事もなかったことにするしか仕方がなかった。
 そして、エルが生まれた。ガブリエルは自分の子供の如く愛情を注ぎ、可愛がった。エルも、9歳の頃に父親と過ごしたときが今でも一番素敵な思い出だった。
 思春期になり、エルがガブリエルの子ではないと知り、母親のことを知り、男はみんな不潔なものだと感じるようになったある日、父親をスコップで殴り倒してしまう。そのため、ガブリエルは背骨を傷め半身不随になっていた。
 この辺りの描写はエルの断片的な想い出として映されるだけで、細かな説明はない。観客の考えるところでしかない。

 エルはいまでも育ての父が好きだ。でも、父親の方が一切エルと口をきくこともなく、部屋に閉じこもるだけだった。このわだかまりを解消するには、母親をレイプした本当の父親たちを殺すことだと、エルは固く信じ込むのだった。
  
 パン・ポンはエルと結婚するつもりで自分の家に連れてくる。奔放なエルに冷たい態度を示すパン・ポンの母親だが、叔母のコニャークはエルの良き理解者だった。エルの本当の姿を見抜いてもいた。叔母は、あの夜ピアノを運んできたのは製材所のルバレック(ジャン・ガヴァン)と彼の義弟で、パン・ポンの父親と一緒に酒を飲んでいたとエルに語る。

 初夏、パン・ポンはエルと結婚式を挙げた。しかし、祝宴の最中にエルが消えた。エルは、復讐をするための準備を敢行していたのだ。
 エルのレスビアン相手のかつての女教師に、自分がルバレックたちにレイプされたと嘘の告白をして、何かあったときにはパン・ポンに知らせるようにと、罠を仕掛けた。

 ミッキーがサイクリングレースに優勝した日、エルはルバレックから、あの日、トラックを使用したのは別の男たちだったと聞かされる。パン・ポンの家に自動ピアノを運んだのはもっと夜遅くのことで、そのことはエルの父親にも話したと云うのだ。
 それを確かめるために実家に駆けつけたエルは、父親から10年前に3人の男たちは自分が殺したと告白される。
 エルは、あまりのショックで精神に混乱をきたし、9歳の頃に精神退行してしまい精神病院に収容させられることになる。
 イザベル・アジャーニの、狂気を見せる顔から精神退化した幼子の優しい顔に変わるまでの様子には、儚く脆い硝子細工のようなエルそのものが宿っている。あらためて彼女の演技力の素晴らしさに感嘆するばかり。

 このあと、エルの暗い過去や復讐の行動など何一つ知らないパン・ポンは、エルが敷いた罠のとおりに行動し救いのない結末が待っているのだが、エルがどんなに奔放でも、何があっても、エルを守りつづけ、愛しつづけたパン・ポンの一途さと哀しみだけが胸に残っていく。

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★さらば友よ★
★雨の訪問者★
★狼は天使の匂い★

「果しなき欲望」*今村昌平監督作品

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監督:今村昌平
原作:藤原審爾
脚本: 鈴木敏郎、今村昌平
撮影: 姫田真佐久
音楽: 黛敏郎
出演: 長門裕之、中原早苗、 殿山 泰司、西村晃、 渡辺美佐子、小沢昭一、加藤武、菅井一郎、高品格

☆☆☆★ 1958年/日活/100分/B&W

    ◇

 今村昌平監督のデビュー3作目。重厚ながら喜劇的な演出で人間の“欲”を描き出した傑作犯罪映画であり、欲まみれのコメディだ。

 敗戦時、ある軍医が数人の部下と病院の敷地内の防空壕に、時価6000万円もの大量のモルヒネを埋めた。十年後に掘り出すことを約束に、その日、とある駅に男たちが集まった。
 大阪でラーメン屋を営む大沼(殿山 泰司)、薬剤師の中田(西村晃)、やくざ者の山本(加藤武)だが、彼らの前に英語教師の沢井(小沢昭一)と名乗る男が現れる。軍医の計画に参画したのは3人のはずで、大沼たちに見覚えのない男だったが、目立たなかった自分も当時の仲間だと言い張る沢井。そこに、妖艶な女(渡辺美佐子)が近づいてきた。軍医の妹の志麻と名乗り、兄は1年前に死んだと告げる。
 人数が増えてくることに釈然としない男たちだったが、とにかく全員で目的地に向ったのだが、辺りは商店街になり肝心の防空壕の上には肉屋が建っていた。
 5人は、はす向かいの空き家を借り、そこから肉屋の地下までトンネルを掘ってドラム缶を取り出す計画を立てる。
 大沼と志麻が夫婦を偽り、大家である風呂屋の主人(菅井一郎)に不動産屋を営むと交渉するが、高い敷金を吹っかけられ、あげくに失業中の息子の悟(長門裕之)を社員にしろと条件を出してきた。
 仕方のない5人は、悟を外回りに出し家には近づけないようにして、穴堀りをはじめることにする。

 ドラム缶が埋まった肉屋の娘リュウ子(中原早苗)と、彼女に恋いこがれる真面目な純情男の悟。この純粋な若者たちが物語に絡まり、欲望に塗れた人間たちのドタバタ劇が進行する……。

    ◇
 
 強い女と弱い男の図式で、犯罪者たちの破滅が軽快に描かれていくのだが、登場人物のキャラクターがきちんと描き分けられ、曲者揃いの名バイプレイヤーたちが変幻自在に演じているのだから、面白くないわけがない。

 主犯格となり穴堀計画を仕切るラーメン屋のオヤジ大沼は、金にも女にも目がない好色爺。「欲張りやけど正直者や」と嘯くものの、小心者の姿を曝け出す殿山泰司の存在感はさすが。
 穴堀り計画が始まるってところで強盗・強姦容疑で捕まってしまう加藤武。あらら、損な役回りと思っていたら、中盤、脱走して戻ってきて荒くれる。加藤武の凶暴性が顛末の歯車になる仕組みだ。
 その山本に、何につけても難癖を吹っかけられる教師の沢井。クチャクチャと音をたててものを喰い、「し、し、し、し、しっ」と卑屈に笑う小沢昭一は絶品!
 いつでも沈着冷静な中田は、西村晃の冷徹な目に集約され、粋で妖しい渡辺美佐子はむさ苦しい男たちに混じり、勝気さと妖艶さを振りまき好演。暴風雨の中を浴衣姿の裸足で走り回り、橋から川に落ちる凄まじさ。凄いと思ったら、渡辺美佐子はこの『果しなき欲望』でブルーリボン賞助演女優賞を獲っていた。

 揃いも揃って全員が小市民的小悪党だが、強欲な大家の菅井一郎や「悪党が勝ちや」と抜け目のなさを見せる高品格に見られる市井の人々のヴァイタリティも見逃せない。

 目の前で犯罪が行われていることを何も知らずに、能天気に恋人の心配ばかりする優柔不断で純情男の長門裕之と、そんな彼を天秤にかけるしっかり者の中原早苗。
 そんな若いふたりを狂言回しとして、先が読めないストーリー展開は、5人のなかで軍医が集めたメンバーでなかった人間の意外性を詰め込んで、サスペンスはつづく。


 深作欣二監督夫人で今年5月に亡くなった中原早苗は、『修羅雪姫』('73)で梶芽衣子に胴体を真っ二つに斬られるようなヴァンプ のイメージが強かったが、日活時代はキュートで可愛らしく、それでも主役・脇役とどんな役でも器用にこなす女優で知られていた。
 「処女、少女、娘、おばさん、ばばぁ、となんでもね。だいたい女は女の役をやれるのよ」
 彼女をインタビューした『女優魂』(ワイズ出版)という本のなかでの名言だ。この『果しなき欲望』についても語っている。
 「クレジットは私と長門さんだけど、映画の主役はこいつら( 殿山 泰司、西村晃、 渡辺美佐子、小沢昭一、加藤武)よ」 
 「美佐子さんとは3つ違いなのに、わたしは娘役で美佐子さんは年増。でも美佐子さんはよく演ってるわ。男たちに混じって土砂まみれになって、雨でずぶぬれ、川に落ちる……私ならやらない」
 「でも映画は面白いわね。イマヘイ監督見直したわ」
 「実は私、今村昌平が大嫌い。『豚と軍艦』('61)で喧嘩したの…………」
 気が強く、素っ気ない言い方で語るこの本も面白い。

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「エヴァの匂い」*ジョセフ・ロージー



Eva
監督:ジョセフ・ロージー
原作:ジェームズ・ハドリー・チェイス
脚色:ヒューゴー・バトラー、エヴァ・ジョーンズ
撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ
音楽:ミシェル・ルグラン
出演:ジャンヌ・モロー、スタンリー・ベイカー、ヴィルナ・リージ

☆☆☆☆ 1962年/フランス/117分/B&W

    ◇

 簡素な原題「エヴァ」に対して、邦題に「匂い」を付け加えたセンスの良さ!

 ジャンヌ・モローが、女性として、女優として、最高に脂の乗っていた時のこの作品は、甘美で妖艶な魅力を存分に振りまき、退廃的な美しさで究極のファム・ファタールを演じている。

 ヴェネチアの社交界で、高価な衣装と宝石を身につけ派手な噂を振りまく女性エヴァ(ジャンヌ・モロー)。何人もの男たちが、その魔性に取り憑かれ破滅していっている。
 デビュー作が映画化され金と名誉を得た新進作家ティヴィアン(スタンリー・ベイカー)も、そのひとりだ。ティヴィアンは一夜の関係でエヴァの魅力に堕ち、美しい婚約者のフランチェスカ(ヴィルナ・リージ)がいるにもかかわらず、金も仕事も投げうって、恋人も友もなくし、破滅していく……。

    ◇

 ファム・ファタール Femme Fatale………仏蘭西語で“運命の女”と訳されるこの言葉は、妖艶な魅力と官能性を持つ“魔性の女”として悪女の代名詞にも使われる。どこか狂気を宿し、男を惹きつけ悦ばせ、そして破滅に導くファム・ファタール 。
 自滅していく男たちの悲劇は、裏返せば男たちの幻想でもあり、男が存在し生きていくためには聖女も悪女もイコールと云える。

 ジャン・コクトーから「君がスターになったらこの作品を演じなさい」と云われたジャンヌ・モロー。しゃがれた声で口角の下がった口元のジャンヌ・モローは決して美貌の持ち主とは云えない。美しさだけで云えば断然フランチェスカ役のイタリアの女優ヴィルナ・リージだ。
 それでも、ジャンヌ・モローの出てくるシーンだけを何度も見直したくなる。彼女を一度見ればその虜になってしまう魅力は、主人公のエヴァと同じ“匂い”を持ちえる多面的な美しさと、圧倒的な存在感に魅了されてしまうからだ。それは数多くある彼女の映画すべてに云える。


 「君は美しい。美しくて、残酷で、不道徳で、破滅的だ」
 「わたしを幸せにしてみせて。でも、恋はしないで」


 男って何て馬鹿な生き物、と云われてしまえばそれまでだが、男は女なしでは生きてはいけない。身を破滅しようが、性悪女だろうと、男は女に心乱される願望があるものだ。


 「世界中で一番好きなものは?」
 「ラルジャン(お金)!」
 「一番嫌いなものは?」
 「年とった女!」

 3万ドルの仕事を断り、エヴァの誘いでヴェネチアの超一流ホテル〈ダニエリ〉に滞在するティヴィアンが、エヴァに自分のことを打ち明ける。実はティヴィアンは元炭坑夫で、兄の遺稿を自分の作品と偽り作家デビューを果たし大金持ちになっていた。エヴァは静かにその話に耳を傾けている。
 ティヴィアンはエヴァに「君もぼくと同じだ」という。夫のいる身で裕福な男を渡り歩く勇敢マダム然とした高級娼婦エヴァの虚像を感じとっているからこそ、誰にも云えない自分の姿をエヴァにだけは見せられる。
 エヴァは微動だせず、目だけティヴィアンを追い聞いている。女は弱音を吐かないものだ。

 エヴァは云う「私に払うお金ある?」
 ティヴィアンは持ち合わせた金と金のシガレットケースなどを渡すが、エヴァの言葉は辛辣だ。
 「わたしと週末を過ごして、これだけのお金? 返すわ 情けない人 こんなお金いらないわ 必要でしょ?」

 フランチェスカのもとに帰ったティヴィアンは結婚式をあげた。ゴンドラに乗るふたりをホテル・ダニエリのバルコニーから眺めるエヴァ。
 カジノでエヴァと再会したティヴィアンは、エヴァには夫などいなかったことを知り、エヴァを別荘に連れて行く。
 「ベッドに来ないで」
 ティヴィアンには指一本触らせないエヴァ。
 苦悶するティヴィアン。そこに、ボートでフランチェスカがやって来る。

 ここはスリリングなシーンだ。 
 鏡に映るエヴァとフランチェスカが対峙する場面構成の素晴らしさ。
 ショックを受けたフランチェスカはティヴィアンを振り切り、ボートを運転し自殺する。 


 鏡を見るエヴァ、鏡に映るエヴァ、頻繁にでてくるシーン。ジョセフ・ロージー監督の見事なまでの映画手法は、俯瞰カメラや鏡越しのレイアウトからエヴァの心象が繊細に映し出されていく。
 髪をかきあげ、煙草をくわえ、シーツで身体を包み、鏡に映る自分を見るとき、エヴァが唯一心を開く時だ。
 それにしても、ジャンヌ・モローの銜え煙草の素敵なこと!

 全編ジャジーなサウンドは『シェルブールの雨傘』のミシェル・ルグラン。退廃的美を醸し出すヴェネチアの街と、破滅していく男の心象を見事に浮き彫りにしていくルグラン・ジャズがいい。
 エヴァが必ず室内で聴くビリー・ホリディの「Willow Weep for Me(柳よ泣いておくれ)」は、気怠い歌声が素晴らしい効果となっている。
 アパートメントの窓越しに見えるエヴァが、愛聴盤のビリー・ホリディのレコードを床に叩き付ける終盤、媚と美しさだけで愛に生きていける年齢をとうに過ぎた女の淋しさが映し出される。エヴァが一番恐れている孤独が滲み出てくる。だからこそ、エヴァは正直に生きている。“運命の女”であっても“悪女”にはあらず。

 サン・マルコ広場でのラストシーン、何もかも失ったティヴィアンに「みじめな男………」と呟くエヴァだが、自分と同じ“匂い”を持った男だったからこそ、冷たく言い放たれた言葉だ。


 ジャンヌ・モローが監督推薦したジョセフ・ロージーはアメリカ人。赤狩りの影響でイギリスに渡り生涯アメリカには帰らなかった気骨ある映画作家だ。代表作は『召使』('63)『唇からナイフ』('66)『夕なぎ』('68)『暗殺者のメロディ』('72)『人形の家』('73)などがある。
 英国俳優のスタンリー・ベイカー、イタリア美人のヴィルナ・リージ、そしてフランス映画のミューズであるジャンヌ・モローと、国の違う映画人たちが集まった作品だったが、アメリカ人のロージー監督はスタッフとの相性は良くなかったらしい。
 ラストのエヴァの台詞は別のものがあり、プロデューサーのロベール/レイモン・アキム兄弟(『望郷』『太陽がいっぱい』『昼顔』)によってカットされたという。

 原作『イブ』(翻訳版の『悪女イブ』は身も蓋もないタイトルだ)を書いたジェームズ・ハドリー・チェイスは、『ミス・ブランディッシの蘭』('39)でデビューをし、ハードボイルド小説やノワール小説、悪女もので人気が高いイギリスの推理作家だ。国内外のファンは多く、彼の作品の多くは映像化されている。
 同じ『イブ』を原作にしているのが、小悪魔ぶりを発揮して一躍世界的スターになったミレーヌ・ドモンジョ主演の『女は一回勝負する』('57)だが、これはアンリ・ヴェルヌイユ監督がかなり脚色した犯罪映画に変貌。ほかに、ジャン・ポール・ベルモンド主演の『ある晴れた朝 突然に』('64)、ロバート・アルドリッチ監督の『傷だらけの挽歌』('71/『ミス・ブランディッシの蘭』)、シャーロット・ランプリング主演の『蘭の肉体』('74)などが有名。
 『ある晴れた朝 突然に』の哀愁のギターと口笛のメロディは、生涯忘れられない映画音楽のひとつだ。

 我が国では、映画監督/劇画作家・石井隆がハドリー・チェイスに強くインスパイアされている。根津甚八主演の「月下の蘭」('91)や大竹しのぶ主演の「死んでもいい」('92)が、『ミス・ブランディッシの蘭』『蘭の肉体』と深く関わっているのは周知のことである。


★唇からナイフ★
★傷だらけの挽歌★
★死んでもいい★

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「新宿25時〜殺〈バラ〉すまで追え」*長谷和夫監督作品

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監督:長谷和夫
脚本:宮川一郎、長谷和夫
撮影:丸山恵司
音楽:鏑木創
主題歌:「新宿サタデー・ナイト」青江三奈
挿入歌:「新宿25時」香山美子
出演:天知茂 香山美子、原千佐子、青江三奈、園江梨子、梅津栄、広川太一郎、川津祐介、佐藤充

☆☆☆ 1969年/松竹/91分/B&W

    ◇

 眉間に皺、ギョロリと睨むその顔から、ニヒルな渋さを漂わせていたスター天知茂。「座頭市物語」の平手造酒役も忘れられないが、70年代少し前からはハードボイルドのスターとして知られる。リアルタイムで見ていたのはTVに移ってからの天知茂。生島治郎原作の「非常のライセンス」の会田刑事はその代表作だったし、明智小五郎も天知茂の当たり役だ。
 この作品は、天知茂のクールでニヒルな魅力を全編に漂わせたモノクロのハードボイルド映画だ。

 
 激しい雨が降りしきる新宿の路地。安バーの前に佇む男。ホステスの呼び込みにも応えず、ただ雨に打たれている男、天知茂。
 そこに青江三奈の「新宿サタデーナイト」が流れ、キャスティングが映され,銃声が響いて、タイトル「新宿25時」。叫ぶ女とマンションの床に転ぶ死体。マンションの部屋の中を行き交う刑事や鑑識官らの姿にスタッフの名前が重なる………。
 タイトル・クレジットには明記されていないが、本作はウィリアム P.マッギヴァーンの「ビッグ・ヒート」が原作だ。
 
 マッギヴァーンは戦後に登場したアメリカのハードボイルド作家のひとりで、40年代から60年代にかけて悪徳警官ものや私立探偵もののミステリで名を馳せ、後期は社会派作家としてもベストセラーを輩出していた。映画化された作品も多く、1975年に発表された『ナイト・オブ・ザ・ジャグラー』は、1979年にロバート・バトラー監督によって映像化され、原作をかなり脚色されはしたが、ニューヨーク・オールロケで緊迫の誘拐サスペンスが描き出されており、好きな作品だ。因に、日本語タイトルは『ジャグラー〜ニューヨーク25時』。“25時”だなんて、偶然なんだろうな。
 本作の原作も本国で映画化されており、フリッツ・ラング監督により『復讐は俺にまかせろ』('53)というフィルム・ノワールに仕上がっているようだ。


 死体は同僚刑事の安西で、発見者は妻の玲子(原千佐子)。上司の坂上課長刑事や安西未亡人は単なる自殺と決めつけるが、桧は何かきな臭いものを感じ、真実をあばこうと上司と対立する。
 ある日、桧は安西と関係があったクラブの女・梨花(富山真沙子)を調べたが、その直後彼女は何者かによって殺された。梨花を殺した赤松という男は、桧が追っている最中に殺し屋の天童(川津祐介)に撃ち殺されてしまう。
 さらに、桧を狙って車に仕掛けられた爆弾によって桧の妻(園江梨子)が死亡。桧は復讐を誓い警察を辞職し、ひとりで事件解明のために修羅の道を突き進む……。

 桧はまず、梨花の勤めていたクラブ・カトレアの経営者の大滝(佐藤充)に迫る。桧を軽くあしらった大滝だったが実は、売春と密輪など悪事のばれることを恐れていた。
 情婦・さとみ(香山美子)は男らしい桧に惹かれ、嫉妬した大滝はさとみの顔に熱湯をかけ火傷を負わせ、さとみは桧のマンションに逃げ込むのだった。そして病院に入院したさとみは桧に、大滝のところで坂上課長刑事を見たと告げる。
 桧は大滝と坂上の関係をつきとめ、安西が遺書を残していると確信。早速未亡人の玲子を訪れたが、そこには坂上が居た。実は玲子は、その遺書に書かれた坂上と大滝たちとの汚職の事実をネタに大滝を強請っていたのだ。桧の鬼のような形相に、玲子は遺書が隠されたロッカーの鍵を渡すのだった。
 この時の天知茂の形相が、般若のように見えてきて本当に怖い。

 事件は白日のもとに曝け出されたが、桧にとっては大滝への復讐が残っていた。大滝を追って軽井沢に向った桧は、大滝の銃撃にあうが、ふたりを追って来たさとみの猟銃が大滝を倒し、また、さとみも大滝の銃に倒れるのだった……。

    ◇

 社会派ハードボイルドの態を成したシンプルなストーリーに目新しさはないにしろ、カーチェイスや銃撃戦など娯楽としての見せ場はちゃんと用意されている。

 『仁義なき戦い』の梅宮辰夫ばりに眉毛を剃り、不気味な風貌のスナイパー川津祐介がいい。
 この人、ぼくらの世代には『ザ・ガードマン』と『スパイキャッチャーJ3』でお馴染みだ。特に『J3』の壇俊介役は、子供ながらスポーツカーを格好良く乗り回す姿に憧れを持ったし、『ワイルド7』の草波隊長役もクールでかっこいい俳優としての存在だった。
 本作では敵役。天知茂との海辺での対決や、浄水場跡地を開発中の西新宿から東口の雑踏のなかでの天知茂と川津祐介の追跡シーンもスリリングだ。

 トルコ嬢からクラブ歌手になった情婦役の香山美子は美しく、彼女が劇中で歌う「新宿25時」にはグルーヴの効いたやさぐれ感に聴き惚れてしまう。当時シングル盤の発売はなかったようだが、ウルトラ・ヴァイヴからHotwax traxとしてリリースされたサントラCD『反逆の旅〜殺すまで追え 新宿25時』には、その貴重な劇判歌唱が収録されている。

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「100発100中」*福田純監督作品



監督:福田純
脚本:都筑道夫、岡本喜八
音楽:佐藤勝
主題歌:布施明「100発100中」
出演:宝田明、浜美枝、有島一郎

☆☆☆ 1965年/東宝/93分

 全世界でスパイ映画が全盛だった60年代半ば、我が国でもこんなにも洗練されたコミック風味のアクション映画が作られていたのだ。
 「007/サンダーボール作戦」と同時期に観た映画だったが、日本映画と云えどもカッコよさにおいてどこも遜色のない楽しくドキドキする映画で、スラップスティックな感じはジャン・ポール・ベルモンドの「リオの男」('63)に似るものがあったかな。
 脚本は「エラリ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」の編集長だった都筑道夫と、岡本喜八との共同だから面白さは折り紙付き。

 そして、洗練されたコミカルな味は、とにもかくにも宝田明の弾けっぷり。
 フランス生まれの日系二世アンドリュー星野を演じた宝田明は、オーヴァーアクションや気障な台詞が決して嫌味にならない希有な俳優だったし、いま現在においてもそのスタイルに変わりはない。
 1960年代の日本映画では、クールな佇まいの市川雷蔵や田宮次郎、無骨な三船敏郎、おおらかな加山雄三、ポップなヒーロー小林旭でさえ、どこか土着性が抜けていなかった中で、こんなにも洗練され気障でウィットに富んだ俳優は、宝田明をおいて他にいなかった。

 後年「ルパン三世」の雛形になったという話は有名ミミタコ状態であろうが、この作品の娯楽性はとにかく抜きん出ていた。
 アンドリューを執拗に追いかける有島一郎の手塚刑事と、謎のセクシー美女浜田ユミの浜美枝とのトリオ。とにかく最高のコンビネーションを見せてくれるコミックアクションの金字塔なのである。

 クライマックスの銃撃戦での浜美枝のビキニ姿!
 とっても眩しいナイスバディである。
 翌年「007は二度死ぬ」にボンド・ガールとして出演したとき以上に、セクシーだったんだから……。

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素晴らしき女優たち、ふたたび

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沢渡朔氏が撮影した中川梨絵の、なんとデカダンな美しさよ。

これは、梨絵さんが「踊りましょうよ」を発売した時(1976年)の宣伝用ポスターで、渋谷のジャンジャンでライヴを催したときには、公園通りはこのポスターであふれていたそうだ、よ。



梨絵さんが発する狂気、素晴らしき官能の華が咲き、映画館を席巻したロマンポルノ。

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5月から東京ユーロスペースで始まった『生きつづけるロマンポルノ』(全34作品)が、いよいよ地方上映の旅にでる。大江徹がフィルムを持って走ってくる(『恋人たちは濡れた』)。

まずは6月23日より、当地、名古屋ピカデリーからはじまる。(以降、大阪、京都、広島、静岡、福岡、大分、沖縄が予定されている)
地方上映の作品本数が少なくなっているのは残念だが、選ばれし16本である。梨絵さん出演の作品は2本か………。

    ◇

ラブホテル』(相米慎二/速水典子・寺田農)
恋人たちは濡れた』(神代辰巳/中川梨絵・大江徹)
白い指の戯れ』(村川透/伊佐山ひろ子・荒木一郎)
『(秘)女郎市場』(曽根中生/片桐夕子)
一条さゆり 濡れた欲情』(神代辰巳/一条さゆり・伊佐山ひろ子)
『濡れた荒野を走れ』(澤田幸弘/山梨ゆり・地井武男)
『(秘)色情めす市場』(田中登/芹明香)
『生贄夫人』(小沼勝/谷ナオミ)
『花芯の刺青 熟れた壺』(小沼勝/谷ナオミ)
『人妻集団暴行致死事件』(田中登/室田日出男・黒沢のり子)
『赫い髪の女』(神代辰巳/宮下順子・石橋蓮司)
『おんなの細道 濡れた海峡』(武田一成/桐谷夏子・三上寛)
『妻たちの性体験 夫の眼の前で、今…』(小沼勝/風祭ゆき)
『白昼の女狩り』(曽根中生/なぎら健壱)
天使のはらわた 赤い教室』(曽根中生・水原ゆう紀・蟹江敬三)
『さすらいの恋人 眩暈』(小沼勝/小川恵・北見敏之)

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『白昼の女狩り』は、曽根中生監督のお蔵入りになった劇場未公開作品。2005年にはじまった一連のロマンポルノのDVD化の際に、初披露の目玉作品としてリストアップされていたのだが、それも叶わなかった幻の作品だ。これは絶対に見逃せない。

はじめて目にする若者よ来れ。女子ウケもするロマンポルノの数々。女性にも安心して観られるよう、女性シートも確保されているようだ。

う・ふ・ふ、由紀さおり 宇崎竜童を歌う



 由紀さおりの70年代のアルバム8タイトルが、紙ジャケで初CD化された。
 何年か前に1stアルバム『夜明けのスキャット』が紙ジャケ仕様で発売されているが、それ以外の多数のアルバムは眠ったままになっていた現状でのリリースは、多分にピンク&マルティーニとの共演で世界的にヒットした『1969』のお陰だ。
 1968年リリースの2ndアルバム『 由紀さおりの美しき世界』以外は、70年代に残したカヴァー曲満載のアルバム『 あなたと夜と音楽と〜由紀さおりの魅力〜』『 この愛を永遠に』『 男のこころ〜由紀さおり フランシス・レイを歌う』『 故郷〜由紀さおり ビッグ・ヒットを歌う』『 恋文』『 みち潮』『う・ふ・ふ~由紀さおり 宇崎竜童を歌う』がチョイスされている。

 購入したのは一番欲しかったアルバムで、何かこれが一番早く無くなりそうだった『由紀さおり 宇崎竜童を歌う』。


01. う・ふ・ふ
02. 横須賀ストーリー(org:山口百恵)
03. サヨナラは嫌いな言葉(org:研ナオコ)
04. 硝子坂(org:木之内みどり/高田みずえ)
05. ワン・デイ
06. 夢先案内人(org:山口百恵)
07. ふらりふられて
08. 愛人(アマン)(org:木の実ナナ)
09. 涙のシークレット・ラヴ(org:ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)
10. 欲しいものは(org:梶芽衣子)
11. 風恋歌
12. 想い出ぼろぼろ(org:内藤やす子)



 由紀さおりがそれまでのイメージを打破するために宇崎竜童に楽曲を依頼し、艶っぽい大人の歌謡曲を歌ったのが「ふらりふられて(cw/風恋歌)」と「う・ふ・ふ(cw/ワン・デイ)」だった。
 通算17作目となる[宇崎竜童作品集](1977年8月リリース)は、日本調の旋律が印象的な「う・ふ・ふ」を1曲目に、やさぐれ歌謡調の「ふらりふられて」を挟んで、竜童歌謡の大ヒット曲集となっている。名曲揃いである。
 「手紙」や「恋文」の大人の歌もいいが、宇崎竜童のロック歌謡・ブルース歌謡に乗ってスパークする色気もありだな。
 
 どんなジャンルの歌でも素晴らしい歌唱力で魅了させてくれるヴォーカリスト由紀さおりが、宇崎竜童との名パートナー島 武実と阿木燿子の詞によるアダルトな歌謡曲の世界を、十二分に聴かせてくれる好アルバムである。

 木之内みどりのアルバムのタイトル曲だった「硝子坂」は、か細く弱々しく歌う木之内みどりよりも(これもまた好きなんだけどね)リメイクした高田みずえのドスの効いた歌唱力で大ヒットしたが、由紀さおりの歌唱は、綺羅綺羅と消えていく少女の心を見事に写し取っている。

 「横須賀ストーリー」「夢先案内人」はメロウ感を楽しみ、やさぐれ女の心情を乾いた情感で歌った梶芽衣子の「欲しいものは」は、由紀さおりにかかるとしっとりと女心が漂うアダルトなムードに変わる。
 そして、切ない女性の心の葛藤を哀愁感いっぱいに歌った木の実ナナの「愛人(アマン)」はカンツォーネ風にドラマチック性を帯び、どの曲もみんな“歌謡曲”として成り立っているところが素晴らしいのである。