TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

カルメン・マキ&OZ、ラスト・ライヴ

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LIVE/CARMEN MAKI & OZ

 日本のハードロック・バンドの、特に女性ヴォーカリストとしての先駆者だったカルメン・マキ。
 OZ結成当時の1972年には、渡米中の麻生レミ以外にスモーキー・メディスンで歌っていた金子マリが和製ジャニスと云われていたくらいで(1974年にバックスバニーを結成し活動する)、日本においてロックの市民権もおぼつかないなかでは、まだまだ女性のロック・ヴォーカリストの存在は希有だった。
 OZの1stアルバム『カルメン・マキ&OZ』('75)は、日本語によるロックにハードロックの様式美を敷きながら独自のドラマ性をもった楽曲で我々の度肝を抜いただけでなく、当時の日本のロック界では前例のないレコードセールスを上げたことで音楽業界に一石を投じ、その後のロック・バンドに与えた影響は大きい。

 カルメン・マキ&OZは、活動期間5年で終止符を打った。
 1977年最後のツアー。このアルバムは1977年5月の日比谷野音と、まさに最後のステージとなった10月の新宿厚生年金会館のライヴを、圧巻の2枚組に納めたものだ。
 帯の隅に「このレコードは状態の良いカートリッジでボリュームを最大に上げてお楽しみ下さい。」と記されているように、まさしくハードロック・バンドのエネルギーが詰まった名盤である。(家ン中でフルヴォリュームなんて出来ないけどね)


SIDE A
01 君が代(インストゥルメンタル)
02 午前1時のスケッチ
03 シゲのソロ(インストゥルメンタル)
04 崩壊の前日
05 六月の詩


SIDE B
01 Image Song
02 とりあえず……(Rock'n Roll)


SIDE C
01 あどりぶ(インストゥルメンタル)
02 閉ざされた町
03 26の時


SIDE D
01 空へ
02 私は風



 オリジナル・アルバム3枚を残し燃え尽きたカルメン・マキの、美しくも壮絶な歌声を聴くにつけ、現在においても誰も超えることの出来ない圧倒的な表現力の豊かさには感嘆とするほかないであろう。

 ファーストアルバムからして曲の完成度の高さは随一だが、ライヴではバンドと一体化したマキのヴォーカリストとしての凄みと、楽曲のプログレッシヴ的ドラマ性において、ライヴバンドとして最高のパフォーマンスを聴かせてくれている。
 とにかく凄い! 素晴らしいステージングからは、このバンドの密度の高さを感じずにはいられない。

 ジミ・ヘンドリックスのステージングを彷彿とさせる国歌「君が代」の演奏から始まり、デビュー曲「午前1時のスケッチ」を挟んで川上茂幸の野太いベースソロが序章を告げ、そのまま「崩壊の前日」になだれ込んでいく構成がとてもエキサイティングでカッコいい。

 アナログ・レコードでは1枚目の最後の曲「とりあえず……(Rock'n Roll)」のMCは「タバコ吸いたい人、トイレに行きたい人、5分間の休憩ね。この気持ちを維持して2部にいきま〜す……」

 ディスク2枚目はステージの後半に入り、名曲「閉ざされた町」「26の時」「空へ」「私は風」の怒濤の連チャンは、最後のステージということもあり、マキの繊細でありながら力強いヴォーカルに鳥肌が立つほどの興奮と、叙情的な曲群が魂の咆哮となって聴く者の耳に突き刺さってくる。

 その至高の1曲がラスト、17分を超える壮大なページェントとなる「私は風」だ。オリジナルのスタジオ録音でも11分あまりの長尺曲で、ドラマチックで華麗な美しいメロディに心奪われる名曲だが、ここでは、歌い出して間もなく固唾を飲むシーンに出くわす。
 1小節が終わり“汽車の窓の外を〜”のあと、マキは感極まったのか歌うのを中断。バンドの演奏がつづくなか、すかさず観客の「マキ〜」のかけ声と大観衆の合唱が曲をつなぐ。
 そして、マキがひと言「シビア………」と呟き、歌いつづけていくシビレる展開には言葉を失うばかり。

 ああ、もう涙なんか枯れてしまった 明日から身軽な私
 風のように自由に生きるわ ひとりぼっちも気楽なものさ

 名歌唱、名演奏、ここに名盤あり。


閉ざされた町


 
★午前1時のスケッチ★
★カルメン・マキ/ブルース・クリエイション★


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カルメン・マキ、日本のロック・クイーン誕生を飾った名盤復刻

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カルメン・マキ/ブルース・クリエイション

 カルメン・マキが日本の女性ロック・ヴォーカリストの先駆として、カルメン・マキ&OZで「午前1時のスケッチ」を発売したのは1974年11月。「時には母のない子のように」でアイドル的スターになったがその虚像に後ろめたさを感じたマキが、ロックに覚醒してから約4年の月日が経っていた。

 70年代初めの日本においてロックは、まだまだアンダーグラウンドな位置づけ。女性ロッカーが皆無だった(和製グレイス・スリックと言われた麻生レミは渡米中だった)日本のロック界でバンドの女性ヴォーカリストを目指したマキは、まず、近田晴夫らとタイムマシーンというバンドを結成しており、音源は残されていないがその演奏は聴いている。

 1970年、海外ロック・アーティストの来日公演第1号となったジョン・メイオールが出演した『日劇ロック・カーニヴァル#1』がそれで、12月19日から7日間行われた。ぼくが名古屋から親友と一緒に観に行ったのは22日。メイオール・トリオ(withハービー・マンデル、ラリー・テイラー)以外の出演は、成毛滋グループ、ゴールデン・カップス、ミッキー・カーチス&サムライ、猪俣猛&サウンドリミテット、そしてカルメン・マキ&ライムマシーンだった。
 成毛滋のギターは強烈だったし、猪俣猛のドラムは圧倒的な迫力………で、カルメン・マキは………印象に残っていないんだな、ホントは。

 マキのバンドとしての足跡を最初に残したのが、1971年発売のこのアルバム。
 ブルース・クリエイションとのセッション・アルバムは、日本のブルース・ロックの傑作のひとつと云えるだろうし、ブルース・クリエイションとしても2ndアルバム『悪魔と11人の子供たち』を同時リリースし、こちらも日本ROCKの幕開けに相応しい名盤となっている。
 その時、カルメン・マキ20歳、ブルース・クリエイションのギタリスト竹田和夫は若干18歳。(デビューアルバム時は16歳の高校生で天才ギタリストの異名を得ていた。)
 重いリフとストレートなフレーズで演奏する竹田のギターの音色が、マキのメタリックなハイトーン・ヴォイスと見事に絡み合っている。

 カルメン・マキはこの後竹田の紹介で、これまた若き天才ギタリスト春日博文と出会い、“OZ”結成へと歩んでいくのだ。

 今回の復刻リリースは、オリジナル・アナログに倣ってW紙ジャケット仕様(オリジナル帯&ツヤ消)の高音質盤。意味分んないがオマケに缶バッジまで付いているが、永らく廃盤状態だっただけに待望の一枚なのである。

 3曲のカヴァーと、竹田のオリジナル5曲。すべて英語歌詞で歌われる。

01. UNDERSTAND
02. AND YOU
03. LOAD,I CAN'T BE GOING NO MORE
04. EMPTY HEART(空しい心)
05. MOTHERLESS CHILD(母のない子)
06. I CAN'T LIVE FOR TODAY(今日を生きられない)
07. MEAN OLD BOOGIE
08. ST.JAMES INFIRMARY(セント・ジェイムス病院)

 ハード・ロックに疾走する「UNDERSTAND」、ゴスペルタッチなスローブルース「LOAD,I CAN'T BE GOING NO MORE」も聴きものだが、トラディショナルな「MOTHERLESS CHILD(母のない子)」と「ST.JAMES INFIRMARY(セント・ジェイムス病院)」は見事にブリティッシュ・ロックにアレンジされ、マキの歌声も堂に入った名曲に仕上がっている。絶対に聞き逃せないアルバムである。

★午前1時のスケッチ★


ふたたび、横浜ホンキートンク・ブルース

   ひとり飲む酒 哀しくて
   映るグラスはブルースの色
   たとえばブルースなんて聴きたい夜は
   ヨコハマ・ホンキートンク・ブルース


 オリジナルの藤竜也ヴァージョンをYouTubeで見つけた。長いことシングル盤を探すも容易く見つかるものではなく、やっと聴くことができた。

 レイニーウッドをバックにして歌っているのかぁ…………間奏の台詞も渋いねぇ





 1993年の大晦日に開催された[NEW YEAR ROCK FESTIVAL 1993-1994]での、原田芳雄の「横浜ホンキートンク・ブルース」も素晴らしい。

 「ヘミングウェイなんかにかぶれちゃってさ」の箇所を「吉本ばなな」に変えたアドリブ……。息子の喧太クンのギター・ソロもイイね。





 この歌を一番有名にしたのは、やっぱり松田優作でしょ。
 エディ幡グループをバックに歌う優作の「YOKOHAMA HONKY TONK BLUES」は「夜ヒット」の映像だろうか?





 元ダウンタウン・ブギウギ・バンドの和田静男ヴァージョンは、レイジーなブルース・ギターが聴いどころ。





 石黒ケイの「横浜ホンキートンク・ブルース」もいいけれど、アンニュイぶりでは誰にも引けをとらない山崎ハコのヴァージョンも虜になるはず。2009年にリリースしたアルバム『未発表』において、やっとハコさんの歌唱が陽の目をみた。ギターはChar。




★横浜ホンキートンク・ブルース★


新・座頭市「不思議な旅」

監督:勝新太郎
脚本:星川清司、奥村利夫(勝新太郎)
原作:子母沢寛
撮影:牧浦地志
音楽:喜多郎
製作:勝プロダクション/フジテレビ
出演:勝新太郎、原田美枝子

初回放映:1979年10月29日 フジテレビ「新・座頭市」第3シーズン第23話

    ◇

 例によってこの物語も、完成台本からイマジネーションを膨らませた勝流即興演出が際だった作品だ。
 ゲストは原田美枝子。彼女が「座頭市」に登場したのは1978年の第2シーズンの第10話「冬の海」においてだった。当時19歳の原田美枝子は、そこで「台本は捨てて心で演技を」と勝に教えられた。
 文春新書『天才 勝新太郎』のなかに、この時の原田美枝子を起用したエピソードが記されている。台本のない現場に原田のマネージャーは激昂。勝の「この子を連れて帰ると一生損をするよ」にピリピリする現場。そこに「私は演りたい」と原田の方からマネージャーに懇願したという。

 「座頭市」2度目のこの作品は、原田美枝子が五つの役(乞食・尼・旅芸人・子守り娘・遊女)に扮している。
 天才・勝新太郎と天才少女・原田美枝子が織りなす大傑作である。
 
 いきなり、雪の中から死体の手足がニョキと出ている絵から始まり、そこに、乞食(原田美枝子)の姿。
 通りかかる市に、「哀れな者にお恵みを~」としゃがれた声で呟く。声を潰して男のように発声する原田美枝子。はじめは何を言っているのか判らない。

 市から握り飯をもらい、桟橋の突端から湖に落ちそうになる市を止め、湖畔の土手で市に酒盛りをする御薦(おこも)の少女だ。
 「梅の花の匂いがする女がいいね」と市がぽつり。

 人探しの渡世人が通りかかり「18~9の女を見なかったかい?」と、ふたりに尋ねる。
 女は口をぱくぱくさせながら唖の仕草。市は白目を向ける。
 「喋れんモンと見えねえモンに聞いてもしょうがねぇ」と一味は立ち去る。

 乞食女が市の泊まるところとして安寿様がいる尼寺に連れていく。
 「安寿様、安寿様…………」「よく来てくださいましたね」と、乞食女が安寿の声色で一人芝居。あばら家の中では、梅の花を香らす安寿に変身した原田美枝子。ゆったりとした話し声。

 翌日、活気のある宿場町を歩く市ひとり。乞食姿に戻った女がこっそりと後をつけている。神社の奉納相撲に引っ張り出される市。夜、市は宿屋の女中に手を引かれ旅芸人の若い女の部屋に通される。再び原田美枝子。

 この宿の遊女・梅花(山口奈美)と、旅芸人の女が差しで静かに語り合うシーンは長回し。旅芸人の女の肩を揉む市は、右端の行灯に隠れて見えない構図で、壁に映る女の影が印象的。

 隣町で首を縊った“お梅”という遊女がいた。“お梅”の父親が座頭市だという。店に火をつけ金を奪って逃げきた女。“お梅”に成り変わった女。市に「いち」と名前が縫われた財布を差し出し「おとっちゃん」と呟く。女の正体はわからない。どれが本当のことで、何が想像なのか。

 市は女の話に乗り、女の生き血を吸うやくざ(小林昭二)たちを全員斬る。
 市が愛した“お梅”はいただろうが、市の娘が本当にいたのかどうかは判らない。

 物語の説明は一切ないままに、見る者の想像に委ねられる。これは受け手の感覚、好き嫌いで勝負するような作品。
 音楽は、喜多郎のの1stソロアルバム「天界」が全編に使われている。


 無垢な天才を見初めた天才。
 このあと、勝新太郎がカメラマンとなって原田美枝子のヌード写真集を出す。

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 書庫に眠る大切な宝物である。


新・座頭市「祭りばやしに風車」

監督:田中徳三
脚本:石田芳子、田中利世、奥村利夫(勝新太郎)
原作:子母沢寛
撮影:牧浦地志
音楽:村井邦彦
製作:勝プロダクション/フジテレビ
出演:勝新太郎、石橋蓮司、萩尾みどり、守田学哉

初回放映:1979年9月17日 フジテレビ「新・座頭市」第3シーズン第20話

    ◇

 市は一宿一般の草鞋を脱いでいた一家の賭場で、鉄砲水の八(石橋蓮司)という賭場荒しの小指を落とし懲らしめた。逃げる八をさらに始末しようとやくざたちが後を追うが、市は落とし前は自分がつけたはずと八を助けて去って行った。

 数年後、風車売りの男に声を掛けられ男の家に招かれた市。男は堅気になった八で、女房(萩尾みどり)とつましくも楽しく暮らしていた。
 市も八もあの時の話はおくびにも出さず、三人で酒を酌み交わすのだった。八は慣れない行商のためか肩や背中を患い、女房は八のために市から按摩の手ほどきを受ける。

 そんなある日、八の前に昔の悪仲間が現れ、祭りの日、賭場の上がりを強奪するから八には騒ぎを起こしてくれと凄んできた。
 悩む八。自分の身体はボロボロだ。いつ死んでもいいような現状に、残った女房に幾ばくかの金がいると決断する。
 当日の朝、旅支度の市と八に行商を任された女房が町への街道を歩き別れていく。

 しばらくして、騒ぎを起こそうと出かけようとしていた八の前に、ふたたび市が現れる。

 「悪い了見 起こしちゃいけねぇよ。鉄砲水の八って名前は、島の鳥がどっかへ持ち去ってくれたんじゃなかったのか。青い空、きれいな海、おメエの身体を洗ってくれたんじゃなかったのかい。
 指切りのできねえおメエでも、約束は守らなくちゃな」

 市は八の鳩尾を殴り眠らせ賭場に向う。そして、悪党二人を誘い出して斬り、黙ってその地を去っていった。
 八が目を覚ました時、帰ってきた女房から町でふたりの男が斬られたことを聞かされる。

 町外れでは、鳥居の上に小石を乗せふたりの行く末を願う市の姿があった。

    ☆

 物語は、足を洗った男に昔の仲間が誘いをかけるといったよくあるパターンだが、出演者3人の芝居を噛み締めることが出来る秀作に仕上がっている。

 石橋蓮司の役は珍しく(笑)善人。市に助けられたことで目が覚め堅気になった男。子供らに風車や玩具を売っている街道に市が通りかかる。もちろん目明きの八は市と判るが、自分を名乗らないまま市を家に招き入れる。盲目の市の方は八とわかっているのか……。

 八の家の中で繰り広げられる約5分間の長回しの芝居は、市と八と女房の三人の心情が切なく織り込まれていて味わい深いシーンとなっている。
 萩尾みどりの台詞に被せるように石橋蓮司と勝新が割り込んでくるところを見ていると、このシーンはポイントになる台詞以外はアドリブのように見える。
 萩尾みどりが、勝新と石橋の自由さを戸惑いながらもちゃんと受けている様なのだ。

 この作品に限ってではないが、勝新がシナリオを現場で改変することは日常茶飯事で、完成台本から残るのはタイトルと役名だけだったと云う作品も数多くあったらしい。もちろん脚本家らとの軋轢は起きているのだろうが、勝新がワンマンであればあるほど勝新の天才ぶりは発揮されるわけだ。

 八は島帰りだと打ち明ける。鳥の声と自然の息吹と綺麗な海に身を洗われたと語る。八の市への恩義からくる礼の言葉。
 終幕、お互いあの時のことは何も言わないまま市が八に別れを告げるとき、そっと右手を撫でる。ふたりの心が通じ合っている証。いいシーンである。

新・座頭市「人情まわり舞台」

監督:黒木和雄
脚本:中村努
原作:子母沢寛
撮影:森田富士郎
音楽:村井邦彦
製作:勝プロダクション/フジテレビ
出演:勝新太郎、原田芳雄、稲川順子、田武謙三

初回放映:1979年7月9日 フジテレビ「新・座頭市」第3シーズン第11話

    ◇

 1974年にはじまり1979年までに100本の作品が作られたTV版の座頭市。この最終シーズンともなると白髪まじりとなった座頭市だが、市井の人々とのふれあいで人生の哀歓をしみじみ感じさせるにはお似合いな風貌となっている。

 このTV作品では勝新太郎の監督作品が一番多いのは当然として、お馴染みの森一生や田中徳三、三隅研二ら旧大映の監督陣が大いに腕を振るったなか、『竜馬暗殺』『祭りの準備』の黒木和雄監督がメガホンを取った作品に目がいった。気心知れた原田芳雄とのタッグは、実に興味をそそられた一作である。(ほかにもふたりの作品が1本あるようだが未見)



 賭場からふらふらと千鳥足で出てくる男。通りを歩きながらすれ違う女たちを触りまくる。船大工の息子だった新三(しんざ・原田芳雄)だ。
 新三は博打と女で身を持ち崩し、惚れた女おつね(稲川順子)を足抜けさせるためにヒモの男を殺して、ふたりで郷里の潮来を捨ててこの宿場に流れ着いていた。
 おつねは町の顔役・卯三郎(田武謙三)に借金のかたで囲われものになり、新三はおつねのヒモに成り下がっていた。

 そんな新三が飲み屋で市と出会う。「市さんには世話になった恩返しだ」と自分が住んでいるボロボロの掘建て小屋に招き入れ、こっそりとおつねを呼出し酌をさせ、精一杯の歓待で酒を酌み交わすのだった。
 新三にとって市は、おつねと逃げたあと新三の父親が土地のモンにいたぶられたとき、毎年潮来の菖蒲を見に訪れていた市に助けてもらった恩義があるのだった。

 新三のもとに座頭市が居ることを知った卯三郎は、新三の殺しをネタに、おつねを自由にしてやってもいい代わりに市を殺せと脅してきた。
 乞食同然に身を堕している新三は、そばでおつねが軽蔑の眼差しを向けているのを知りながらも「市さんは酒に弱いから、強い酒を飲ませ酔ったところを襲えば簡単」と請け負うのだった。

 そしてその夜、新三のボロ家に集まった卯三郎一家とおつね。新三は市に地酒を飲ませ、酔っぱらった市が小便をしに外に出るのに肩を貸す。そのあとを追うやくざたち。
 残ったおつねは、死んじまいたい気持ちで毒が入っているという地酒をあおるのだが、その中身は水だった。
 新三の芝居を見抜いていた市は、新三を仕込み杖で眠らせ、襲いかかる敵を始末するのだった。

 驚愕しているおつねに、市は「今までの新三さんは死んじまったよ」と言い残し去っていく。

 倒れている新三に泣きつくおつねに、目を開けた新三は「死んでいたら喋れねえ。市さんにまた助けられちゃったなぁ。今度は……違う恩返しを考えないとなぁ」と呟くのだった………。

    ◇

 ボロ屋に連れてきた市を、二間しかない家の中で手を引きながらぐるぐると連れ回し、大きな家だと見栄を張る新三の滑稽さが、まさしく精一杯のまわり舞台。
 自分の着物を脱いで、新しい丹前だと言いながら市の着替えをする人の良さも、惚れた女に軽蔑されながらひと芝居打つ哀れさも、全部ひっくるめて、女にだらしなく野良犬のように生きている姿が様になる原田芳雄である。

 無様な男の風貌と、怯えと戸惑い、腹を括った決意など眼光で心情を見せる振る舞いは秀逸。『祭りの準備』のトシちゃんを思い出す。
 この10年後、黒木監督の『浪人街』で共演した勝新太郎と原田芳雄の芝居も、見逃してはならない傑作である。


★祭りの準備★
★浪人街 RONINGAI★


「座頭市御用旅」*森一生監督作品



監督:森一生
脚本:直居欽哉
原作:子母沢寛
製作:勝新太郎
撮影:森田富士郎
音楽:村井邦彦
出演:勝新太郎、森繁久彌、大谷直子、三國連太郎、蟹江敬三、石橋蓮司、酒井修、高橋悦史

☆☆☆ 1972年/勝プロダクション・東宝/90分

    ◇

 シリーズ23作目は、大映の黄金期を支えてきた森一生監督にとって映画『座頭市』を監督した最後の作品。(後のTV版では十数本の監督作品がある)

 60年代の作品はテレビでしか観たことなく、リアルタイムで観るようになったのが70年代に入ってから。シリーズもこれだけ続けばマンネリになったり、ストーリーも凡庸になるのは致し方ないが、勝プロ作品となってからは、勝新がプロデューサーになり、監督になり、脚本も書くようになり、ある意味、異色作品に巡り会えることがある。

 冒頭、玉川勝太郎の浪曲(口演)と村井邦彦の音楽の不思議な幕開けが面白い。

 師走間近の荒野で、妊婦が斬られ金二十両を奪われた。居合わせた座頭市(勝新太郎)は、にわか産婆となり赤子を産み落とすが、妊婦は「父親は塩原の佐多郎」と言い残し絶命する。

 赤ん坊を抱えた市は父親のいるという塩原の宿場へと向かい、目明かしの藤兵衛(森繁久彌)から佐多郎の妹・八重(大谷直子)の居場所を教えてもらう。兄の佐多郎は旅に出ているとのことで、市は赤ん坊を見届けながらしばらく逗留することにした。
 この宿場は藤兵衛によってやくざ者たちを排除した平和な町だったが、その藤兵衛も今は老いていた。そこに目をつけ、藤兵衛の十手を狙い鳴神の鉄五郎(三國連太郎)一家が宿場にやって来た。
 そして、借金のかたで集めた娘たちで女郎屋を開き、祭りに集まる旅芸人らからは法外な興行料を巻き上げようとする。

 八重には借金があり、明日までに二十両なければ女郎に堕ちる運命だった。
 実はその二十両は、兄の佐多郎の女房すなわち亡くなった赤ん坊の母親がもっていたはずで、そのため市は女房を殺して金を奪ったと疑われる。
 市は金を用立てようと鉄五郎の賭場へ出向き、女賭博師のイカサマを見抜き金を工面するが、その帰り道に鉄五郎の子分達に襲われるが、佐多郎の息子が見ている前で人を斬ることが出来ず、捕われてしまう。
 市を助けてくれたのは、鉄五郎にわらじを脱いでいる浪人(高橋悦史)だった。彼は市の剣の腕前に惚れ込み、いつか一対一で勝負をしたいと思っている。

 藤兵衛のところに逃げ込んだ市は、藤兵衛に捕まることで自らの賞金二十両で八重を助け出して欲しいと頼み込むが、藤兵衛は市の首の代わりに息子の清次(酒井修)のために貯め込んだ金を渡し、市を逃がしてやる。
 その直後、藤兵衛は鉄五郎らに惨殺され、後から帰ってきた清次は父親を殺したのは市だと誤解し代官所に駆け込み、大勢の捕り手が宿場に向ってくることになる………。

    ◇

 全作品に通ずることだが、勝新太郎の殺陣はやはり凄い。中盤の居合い抜きシーンはもちろん、終幕の油を敷かれた櫓の上、炎のただ中に置かれた勝の両肩に火が点く凄まじい大立ち回りは痛快極まりない。

 敵役は「座頭市牢破り('67)以来2度目の出演となる三國連太郎。いかにも狡そうな濃いメーキャップで小悪党ぶりを楽しませてくれる。子分の蟹江敬三と石橋蓮司の腰巾着ぶりも見ものだ。
 そして、喜劇人である森繁久彌がコミカルな演技を抑え、味わい深い渋い演技で勝や三國に対抗している。
 
 見せ場はラスト、浪人高橋悦史との居合い対決の数秒。
 オープニングと同じように玉川勝太郎の声と村井邦彦の音楽が調和し合い、逆光のなか勝と高橋がすれ違う。途端に無音になり、あっという間の両者の居合いとストップモーション。音楽が再び鳴ったかと思うと、いきなり画面いっぱいに真っ赤な「完」の文字……暗転。
 この数分のみ勝自身が演出しており、後の勝監督作品『座頭市』('89)においてもこのラストを引用しているが、長いエンディングクレジットがある1989年版よりも、この唐突な終わり方がいい。斬新で記憶に残る作品となっている。