TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

ジウ~警視庁特殊犯捜査係~

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原作:誉田哲也
脚本:菱田信也
演出:片山修、藤田明二、常廣丈太
主題歌:「ジ・エッジ・オブ・グローリー」レディー・ガガ
出演:黒木メイサ、多部未華子、城田優、北村有紀哉、L、モロ師岡、矢島健一、岸本加世子、伊武雅刀

第1回放送:2011年7月29日 テレビ朝日

    ◇

 この秋から〈姫川玲子シリーズ〉の連続ドラマ放送が決まった誉田哲也の、もうひとつの人気シリーズ〈ジウ3部作〉(『ジウI 警視庁特殊犯捜査係』『ジウII 警視庁特殊急襲部隊』『ジウIII 新世界秩序』)のドラマ化である。
 対照的なふたりの女デカに黒木メイサと多部未華子のキャスティングは興味をそそられるところで、さっそく放送前までに原作を全部読んでみた。

 原作は、グロテスクなヴァイオレンス描写を含んだアクロバティックなアクション・エンタテインメント小説だったが、さすがに最終章『ジウIII 新世界秩序』に至ってはかなり荒唐無稽だ。それでも、一気に読んでしまえる面白さがこの作家の魅力なんだろう。
 それは、はじめからドラマを連想させるような文体とストーリー展開を感じさせるからなのか。この読み易さが、どこか漫画を読んでいるのとあまり変わりない感じがして、〈ジウ・シリーズ〉においては「ワイルド7」の悪徳性を連想してしまった。(「ワイルド7」は実写映画として、飛葉役を瑛太で撮影が進んでいるようだが……)

 ドラマの導入は原作に忠実。しかしオープニングの誘拐事件のシーンには、原作にあった緊張感がまるで感じられない演出に少し興味半減。なんとなく日曜朝8時頃のドラマのような印象は、これがいいのか悪いのか……。

 格闘技に精通した女性猛者の基子役の黒木メイサは、ドラマ内の台詞どおりに目つきの悪さが魅力的。そのまんまであるが………感情豊かで心優しい美咲役の多部未華子も、かなり目ヂカラがあるのに気がついた。

 さて、とてつもない人数の死と暴力・レイプ・倒錯セックス描写がどこまでテレビドラマに反映されるのか。それともグロな部分をバッサリ刈り込んだお手頃ストーリーに変えてしまうのか。その辺りに興味がいく初回放送だった。

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「大鹿村騒動記」*阪本順治監督作品



監督:阪本順治
原案:延江浩
脚本:荒井晴彦、阪本順治
音楽:安川午朗
主題歌:「太陽の当たる場所」忌野清志郎
出演:原田芳雄,大楠道代、岸部一徳、佐藤浩市、松たか子、冨浦智嗣、瑛太、石橋蓮司、小倉一郎、でんでん、加藤虎ノ介、小野武彦、三國連太郎

☆☆☆★ 2011年/日本・東映/93分

    ◇

 原田芳雄自らが「芸の原点としてどうしても演らねば」との思いで企画した本作は、最後まで役者でありつづけた稀代の俳優・原田芳雄の遺作になってしまったが、女と男の情念(『赫い髪の女』『身も心も』)の荒井晴彦と、ハードボイルド(『どついたるねん』『行きずりの街』)の阪本順治といった因縁ある『KT』コンビにより、大いなる喜劇を作り上げた。
 コメディではない。 
 長野県大鹿村に300年以上も引き継がれている「大鹿歌舞伎」を題材に、“地芝居”に関わる人々の悲喜こもごもな人間模様がユーモラスに描かれる、素敵な人間ドラマだ。



 雄大な南アルプスの麓にある長野県大鹿村。そこでシカ料理店「ディア・イーター」を営む風祭善(原田芳雄)は、300年以上の歴史を持つ村歌舞伎の花形役者だ。だが実生活では女房に逃げられ、あわれ独り身をかこっていた。

 「バッカじゃないの」
 「馬鹿じゃない。鹿だ」

 サングラスにテンガロンハットで現われる原田芳雄と「ディア・イーター」の看板。スタッフ、キャストらの映画的記憶の遊び心が伝わる導入部は、都会からアルバイトに応募しにきたワケありの青年・雷音(冨浦智嗣)とのやりとりがオヤジギャグであろうと、つい笑ってしまう。

 やはりサングラスを掛け顔を隠した男女がバスから降りてくる。
 18年前に駆け落ちをして村を離れた善の女房・貴子(大楠道代)と幼なじみの治(岸部一徳)の、怪しい登場も可笑しい。

 公演を5日後に控えたその日、村役場の会議室ではリニア新幹線誘致の話で村民同士がモメていた。賛成派の土建屋・権三(石橋蓮司)に反論する白菜農家の満(小倉一郎)をなだめる商店主の玄一郎(でんでん)らも、村歌舞伎の役者だ。
 恋人が東京に行ったきりでストレス気味の役場職員の美江(松たか子)と、彼女を気にする女形のバスの運転手の一平(佐藤浩市)もいる。
 低予算・撮影期間2週間・上映時間90分あまりのプログラムピクチャー志向といえどもなんとも贅沢なキャスティングは、ほかにも旅館主の小野武彦、大楠道代の父親役「大鹿歌舞伎保存会会長」に三國連太郎。当て書きされたかのような俳優陣らの力を抜いた演技が楽しめる。

 村歌舞伎の演目『六千両後日文章 重忠館の段』は、平家方の武将・悪七兵衛景清景が源頼朝相手に大暴れする「平家滅亡の後日談」で、この“敗残のヒーロー”こそ善の十八番。
 その稽古中に治と貴子が姿を現した。
 唖然とする善は、一度舞台の幕を引き、も一度幕を上げる。この芝居がかった仕草をはじめ、台詞のいろんな箇所にも、三角関係の男女の心情と大鹿歌舞伎の話がドラマに繋がる趣向で人間関係の機微が巧く描かれていく。
 
 「ごめん………返す」と詫びる治。
 認知症を患い、18年前の駆け落ちしたことさえ忘れてしまった妻をいきなり返され、途方に暮れる善。
 逃げた女房と奪った男は憎いが、その女房が惚れ抜いた女であれば、その男が幼なじみであれば、そんな憎い思いもすんなり受け入れてしまう男の優しさに人生の苦みが滲んでくる。取り戻したい記憶と忘れたい過去に揺れる男の立場を、原田芳雄と岸部一徳の軽妙な掛け合いと独特の“間”で感じさせてくれる。ふたりがノって演じる様が実に滑稽で面白い。
 そして、記憶が戻っているのかどうか判然としない大楠道代の、卓越した演技も素晴らしい。

 強がりながらも善の心は乱れ、ついには芝居を投げ出してしまう。仲間や村人たちが固唾を呑んで見守る中、刻々と近づく公演日。
 そこに大型台風までやってくる。駆け落ちした日と同じ暴風雨の中、すべての記憶があやふやな貴子の口から出たのは、かつて善と一緒に演じた道柴の台詞。
 小さな村を巻き込んだ大騒動の行方は………である。

 リニア誘致問題や性同一性障害の若者、過疎化問題と出稼ぎ中国人までも盛り込んだ騒動記は、役者の緩さでカントリー・ムーヴィーの心地よい空気が流れている。

 故・忌野清志郎の1999年のアルバム『RUFFY TUFFY』に収録されている「太陽の当たる場所」を主題歌に使用したのにも好感。

 「俺が風祭善だぁ」と叫ぶラストには、『祭りの準備』で江藤潤をホームでバンザイと見送る原田芳雄がダブるかのように、原田芳雄の映画人生における魂の言霊を聞いた思いである。

 原田芳雄、バンザイ!
 素敵な映画たちを、ありがとう!


★祭りの準備★
★スリ★
★われに撃つ用意あり★
★浪人街 RONINGAI★
★赤い鳥逃げた?★
★友よ、静かに瞑れ★
★ニワトリはハダシだ★
★オリヲン座からの招待状★
★美しい夏キリシマ★
★原田芳雄 ライブ★

アンチ・ヒーロー 原田芳雄、逝く

19日午前、原田芳雄氏が亡くなった

何だかとても口惜しい 

哀しさよりさきに 口惜しいよ

嗚呼、ブルーズ


7月3日に放送された「ぼくらの時代」を見た

原田さんと 大楠道代さんと 岸部一徳さんの出演で 映画『大鹿村騒動記』の番宣をかねたものだった

「年齢を重ねて、段々と身体も動かなくなるけど、動かなくなるから何かが出来なくなるのではなく、動かないことが何かを出来ることになる、と言うようになればいいな」

痩せ細った身体から発した 原田芳雄さんの言葉が印象に残っていた

体調を心配した

イヤな予感を覚えた自分が 口惜しい

そして 『大鹿村騒動記』は公開日に観に行った


……………仇も恨も是まで是まで………………

このセリフを言ってみたかったと 企画した軽妙な喜劇 

ほろ苦い 味わいのある人間ドラマ 

秀作だった 

も一度 観に行こう


原田芳雄的と云われる 唯一無二の俳優

そして ブルーズマン原田芳雄 

享年71

原田芳雄映画をもっと もっと観たかった

ブルーズを もっと聴きたかった

★祭りの準備★
★スリ★
★われに撃つ用意あり★
★浪人街 RONINGAI★
★赤い鳥逃げた?★
★友よ、静かに瞑れ★
★ニワトリはハダシだ★
★オリヲン座からの招待状★
★美しい夏キリシマ★
★原田芳雄 ライブ★

絶対零度~特殊犯罪潜入捜査~

脚本:浜田秀哉
演出:岩田和行
主題歌:オープニング 「Shadow behind」LOVE PSYCHEDELICO
    エンディング「It's You」LOVE PSYCHEDELICO
出演:上戸彩、桐谷健太、山口紗弥加、杉本哲太、中原丈雄、丸山智己、北川弘美、木村了、北大路欣也

第1話放送:2011年7月12日 フジテレビ

    ◇

 『絶対零度』としてはSeason2となる今回のドラマ、Season1となる「未解決事件特命捜査」をより進化させた分、予想以上に面白い警察ドラマになっていた。

 NHKドラマ『外事警察』を彷彿とさせる潜入捜査が主流で、冒頭の追跡シーンからスリリングに見せてくれるではないの。
 絶対前作より面白い。

 対象者を追跡する捜査員が街に溶け込んでいく様をじっくり見せるところは、見せ場としてキマってる。

 Season2のキャッチ「潜め,守るために。偽れ、救うために」

  単なる続編じゃないし、1話完結で収まらないストーリーもいいし、キャスティングが地味なところもいい。

 これに先立ち放送されたスペシャルドラマで塚本刑事(宮迫博之)の殉職した未解決のエピソードが、桜木(上戸彩)のトラウマとなっただけに、今後、どう展開していくのかも楽しみである。


「シンシナティ・キッド」*ノーマン・ジェイソン

The Cincinnati Kid_uk

THE CINCINNATI KID
監督:ノーマン・ジェイソン
原作:リチャード・ジェサップ
脚本:リング・ラードナーjr、テリー・サザーン
編集:ハル・アシュビー
音楽:ラロ・シフリン
主題歌:レイ・チャールズ
出演:スティーヴ・マックィーン、エドワード・G・ロビンソン、アン=マーグレット、カール・マルデン、チューズディ・ウェルド、リップ・トーン、ジョーン・ブロンデル、ジャック・ウェストン、キャブ・キャロウェイ、ジェフ・コーリイ

☆☆☆☆ 1965年/アメリカ/102分

    ◇

 『大脱走』('63)でアクション・スターの座を掴んだスティーヴ・マックィーンが、当時ライバルとも云われたポール・ニューマンの『ハスラー』('61)と同じギャンブラー役で、演技派としてスターダムに駆け上がろうと執念を燃やしたのがこの『シンシナティ・キッド』。共にギャンブラー映画の双璧。
 結果、『砲艦サンパブロ』('66)『華麗なる賭け』('68)『ブリッド』('68)と続く、マックィーンの成功への道筋となった傑作である。
 
 ジャズの街、ニューオーリンズ。
 ディキシーランド・ジャズの伴奏で、陽気にパレードする黒人の葬式から始まるオープニングは忘れがたい名シーン。黒人の靴磨き少年とのコイン投げゲームはラストシーンにも使われるエピソードであり、あの頃、この映画を観た少年たちはみんな真似をしたはず。

 年は若いが度胸と勝負勘は一流のエリック・ストーナーこと“ザ・キッド”(スティーヴ・マックィーン)は、川向こうの街で素人相手に小銭稼ぎをしては、友人でありこの街の古株ディーラーのシューター(カール・マルデン)に嗜められていた。
 その日キッドはシューターから、伝説のギャンブラーと讃えられる“ザ・マン”ことランシー・ハワード(エドワード・G・ロビンソン)が街に来ていることを知らされる。
 ランシーは街の名士スレイド(リップ・トーン)と対戦することになっており、ディーラにシューターが指名されていた。
 小さな街でケチな勝負師だけでは終わりたくないキッドにとって、30年にわたってタイトルを保持しているランシーを打ち負かし、名声を馳せるには絶好の機会が来たと感じる。キッドの自信過剰な若さを危惧するシューターだったが、ランシーにキッドとの手合わせを準備することになった。

 エドワード・G・ロビンソンは戦前からのギャング・スターだけあって、眼光鋭く、葉巻ひとつ持つ手つきからして存在感を醸し出しているが、当初のキャスティングは別の大スターだった。
 実際この作品は、撮影時から問題を起こしていた。MGMのプロデューサー、マーティン・ランソホフはマックィーンを主人公に決めて原作の映画化権を手に入れ、監督はサム・ペキンパーに依頼。“ザ・マン”の役は、マックィーンが敬愛するスペンサー・トレーシーだった。
 しかし撮影3日目にしてペキンパーとランソホフが衝突してペキンパーが監督を降板、代役の監督が実績のない若手監督のノーマン・ジェイソンになる。そしてトレーシーも降り、代役がエドワード・G・ロビンソンとなったわけだが、結果、ノーマン・ジェイソンのスリリングな演出が若いギャンブラーの生き様に反映された傑作となり、一躍の出世作となった。(音楽のラロ・シフリンと、編集のハル・アシュビーにとっても出世作である。)
 ノーマン・ジェイソンはこの後、1967年の『夜の大捜査線』でアカデミー作品賞を受賞(監督賞は逃したが編集賞で朋友のハル・アシュビーが受賞)したし、マックィーンとは『華麗なる賭け』('68)でふたたび傑作を世に送り出している。
 ペキンパーはこの事案を後悔し、1972年にマックィーンと『ジュニア・ボナー』と『ゲッタウェイ』を撮っている。
 そして“ザ・マン”のエドワード・G・ロビンソンも、圧倒的な存在感で老練な貫禄をみせているのだから、ケチのついた交代劇も結果オーライとなった良い見本であろう。

 ふたりの女性が登場する。
 キッドの恋人クリスチャン(チューズディ・ウェルド)はキッドを深く愛し、安定した家庭を築き子供を産みたいと願っているが、キッドの浮き草暮らしと煮え切らない態度に愛想をつかせ、実家の田舎に帰ってしまう。
 シューターの若い妻メルバ(アン=マーグレット)は、シューターに男としての魅力を感じず、キッドを誘惑する奔放な女。
 物憂げにベットの上でジグソー・パズルをしている登場シーンは、メルバという女の性格を端的に表していた。

 アン=マーグレットはセックス・アイドルだったイメージが強いが、70年代初めに事故で再起不能と言われながらも見事にカムバックし、数々の賞を受賞する実力派でもあり、女優になる前から歌手としても有名。グラマー女優で名を馳せてはいるが、1967年にプレイボーイで鳴らしたロジャー・スミス(『サンセット77』)と結婚して以来、円満家庭を築いている。

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 反対に、子役モデルから映画にデビューしたチューズディ・ウェルドこそセックス・シンボル的存在で逸話も多く、私生活では3度の結婚。スタンリー・クーブリックの『ロリ-タ』('62)や、アーサー・ペンの『俺たちに明日はない』('67)のオファーを蹴ったくらい実際にはかなり不敵な女優だ。
 映画では純情可憐なチューズディ・ウェルドと妖婦のアン=マーグレットだが、容姿だけでは判断できないくらい私生活はまったく正反対のふたりなのである。


 ランシーと30時間にも及ぶ勝負で6000ドルも負けて気の収まらないスレイドが、金のかかるメルバに手を焼いているシューターに借金の返済を持ち出しカードの細工を強要する。キッドの預かり知らぬところでは諸々の事情が絡んでいた。
 小心者のシューターには、ベテラン俳優のカール・マルデン。マックィーンとロビンソンとの白熱の演技のなかで、一歩後ろに引きながら味のある演技を見せてくれる。

 ホテルの一室で、頭脳と気力を尽くした勝負がはじまる。
 行われるポーカーは、“ファイブ・スタッド”。
 一般的な“クローズド・ポーカー”はカードの交換を行うものだが、この“ファイブ・スタッド”は交換しないのがルール。
 最初のカード1枚は裏返しで配り、残りは一枚づつ絵札を見せて配り、相手の持ち札を見ながら駆け引きするゲームだから、勝負としての緊張感が多くまさしくギャンブル。
 ポーカーを知らない人が見ても、スリルとサスペンスに満ちた、息詰まる緊張の連続に惹き込まれるだろう。カードの配り方や紙幣の持ち方、張り方などの手さばきにシビレた少年がいっぱい居たはずだ。

 ゲームはキッドとランシーとディーラーのシューターのほかに、ピッグ(ジャック・ウェストン)、イェラー(キャブ・キャロウェイ)、ドク(ジェフ・コーリイ)の6人ではじまる。
 順調な出足だったピッグは早々にランシーの策に嵌り脱落。途中、“レディ・フィンガー”と異名をもつ女ディーラー(ジョーン・ブロンデル)に交代したりして延々とつづき、夜が明けるころにはイェラーとドクも席を立ち、いよいよゲームはキッドとランシーの一騎打ちとなる。

 キッドの優勢がつづくが、シューターの行動に不信感を抱き、キッドは休憩時にシューターの細工をなじる。自分の力で勝つ自信があることを伝え、一切の手出しをはねつけるのだった。

 ゲームの再開。何が起きようと悠々とゲームを進めるランシーは、徐々にキッドを追いつめていく。
 俯瞰とクローズアップのカメラワークと重圧感ある音楽がサスペンスを盛り上げ、最高にスリルある数分間だ。マックィーンは、大ベテランのエドワード・G・ロビンソン、カール・マルデン、ジョーン・ブロンデルをも圧倒する演技を見せつけてくれる。

 キッドはディーラーを“レディ・フィンガー”に交代させ、最後の勝負に挑む。
 キッドの手はフルハウス。ポーカーフェイスだったキッドの口元が微妙に緩む。
 ギャラリーもこれが最後の勝負と感じ、会場の空気が張りつめる。

 勝利を確信したキッドを、ランシーのストレート・フラッシュが打ち砕いた。

 呆然とするキッドに“ザ・マン”が言い切る。
 「君は優秀だが、ナンバーワンにはなれない。私がいるかぎりはな」

 放心のキッドには、シューターの労いやメルバとスレイドの悪態も耳に入らない。
 完膚なきまでに打ちのめされたキッドはホテルの裏口に座り込む。
 そんな所に靴磨きの少年からコイン投げゲームを挑まれる。しかし今のキッドには、この少年に勝つことさえ出来ない。
 プライドまで失ったマックィーンの虚ろな顔にカメラがズームし、カットアウト。
 そこにレイ・チャールズの歌が流れてくる………。
 シビれるほど、カッコいいクロージングである。

 アメリカン・ニューシネマ以前のアメリカ映画で、主人公が救われないまま終わる作品など皆無だった。それだけにこの終わり方は衝撃的であり、観客の記憶にいつまでも残る作品になっていたはず。

 しかしこのラストシーン、実は2つのヴァージョンが存在していた。

 この映画の初見は40年以上前「日曜洋画劇場」で放送された時だった。その後、何度かの再放送の記憶や、25〜6年程前に購入したビデオはこのカットアウト・ヴァージョンだったのだが……。

 今回鑑賞したNHK-BSで放送されたもの(DVD版)はアメリカ公開時のオリジナル・ヴァージョンと言われるもの。
 少年が見切れた後、キッドが街角を曲がったところに去ったはずの恋人が待っていて、抱擁して終わるのだ。

 ノーマン・ジェイソン監督はカットアウト・ヴァージョンで通すつもりが、プロデューサーのマーティン・ランソホフをはじめ会社側はハッピーエンドを求めた。当時のハリウッドでは当然だろうから、こんなセンチメンタルな終わり方を強引に撮影させたようだ。(カットアウト・ヴァージョンは一部アングルが違うため、単純にオリジナル・ヴァージョンをカットしたものではないことが判る)
 新人だったノーマン・ジェイソン監督は引き下がるしかなかったのであろう。

 冷静で不敵だった男が一瞬にして転落する無常感が一気に吹き飛んでしまうセンチメンタル・ヴァージョンなんて、愚の骨頂の産物である。
 日本初公開時がどちらのヴァージョンだったのかは判らないが、すでに40年以上前のテレビ放送やVTRではカットアウト・ヴァージョンになっていたのだから、現行のDVDがオリジナル・ヴァージョンだというのは気に入らない話だな。 
 DVDには特典映像でカットアウト・ヴァージョンが納められているのだろうか。




「暴行切り裂きジャック」*長谷部安春監督作品



監督:長谷部安春
脚本:桂千穂
撮影:森勝
音楽:月見里太一(鏑木創)
出演:桂たまき、林ゆたか、山科ゆり、八城夏子、岡本麗、丘奈保美、潤まり、高村ルナ、梓ようこ

☆☆☆★ 1976年/日活/71分

    ◇

 長谷部安春監督の作品ということで、公開初日(1976年7月7日)を楽しみにして見に行った作品。長谷部監督独特の乾いたタッチのシリアル・キラー物で、快楽殺人という当時では珍しい題材を扱った傑作である。

 ある土砂降りの雨の夜、パーラーの洋菓子職人ケン(林ゆたか)と同僚のウェイトレスのユリ(桂たまき)が車を走らせていると、青い拘束衣を着た美女(山科ゆり)が突然道路に飛び出してきた。ケンは彼女を後部座席に乗せるが、女は車内にあったケーキナイフで自らの手首を切り裂きだした。驚いたケンとユリは女を車外から引きずり出すが、薄ら笑いを浮かべる女は走り出す車体にしがみついたまま放り出されてしまう。この不意の出来事で女は死亡。ケンとユリは近くの廃車処理場に運び、裸にして遺棄する。

 ユリのアパートに帰りついたふたりは、興奮し、劣情し、激しく身体を求め合う。この殺人の後のセックスがふたりに特別な快楽をもたらし、次なる殺人への欲望となっていた。
 そそのかすのはユリ。まずは、パーラーの常連の女子大生(八城夏子)をテニスの帰りに拉致し、廃墟となったボーリング場跡地で惨殺する。死体を見ながらのセックスに酔うユリと、冷めた目で死体を眺めるケン。
 女房気取りのユリにとって性的興奮だった殺人行為が、次第にケンには女性を切り刻むことの虜になっていく。やがてある夜、ケンは看護婦寮を襲い4人の看護婦たちを惨殺し、後をつけて来たユリをも刺し殺すのだった……。
 
    ◇

 1976年2月に公開された八城夏子と蟹江敬三の傑作ハードボイルド・ポルノ『犯す!』において、ヴァイオレンス路線という興行的に新鮮な作品群を創り出した長谷部安春監督。
 気の強い女に引きずられた気の弱い男の共犯関係が、次第に逆転していくところがポルノというよりもやはりアクション主題の映画として成立しており、ワイセツ感が微塵もない作家性に優れたハードボイルド映画に仕上がっている。

 白茶けた日常の中に生まれた狂気に取り憑かれた男女の行動が、即物的に進むストーリー展開が異色。イライラした感情と悪意、無感情な人間のリアリズム。犯罪における犯人の生い立ちなり背景など一切の説明をしないし、感情移入もさせない、そして道徳的結末もなく、殺人者は野に放たれたまま唐突に終わる。

 それにしても、ロマン・ポルノ史上こんなにもブサイク(アフロヘアの容姿はもちろん、心根すべてにおいて)に主演を演じる桂たまきの不貞腐れぶりは秀逸。
 オープニングのパーラーの客への不機嫌さや、被害者の女たちへの悪意の表情が、生々しいインパクトで伝わってくる。
 そして、女に引きずられながら限界を超える無表情で孤独な若者を林ゆたかが好演。ヴィレッジ・シンガーズのドラマーだった彼の俳優作品として、翌年の『赤い花弁が濡れる』(ヤク中で孤独に死んでいくストリッパーのヒモ役)と共に代表作である。
 
 連続殺人の被害者には、作家夫人の岡本麗、娼婦の丘奈保美、結婚式場の巫女となる潤まり(この作品が最後の映画出演)、ブティックのデザイナー高村ルナ、看護婦の梓ようこと贅沢な女優陣たち。 

 日活ロマン・ポルノでは月見里太一名義の鏑木創の音楽も異彩を放ち、凄惨な場面に女性の声で流れるスキャットの効果が見事な異空間を創りだしている。

「女の中の二つの顔」*中原俊テレビドラマ作品

本文は、閉鎖中の余貴美子非公式応援サイト「Y's Passion」に綴ってきた余貴美子出演作品レヴューを再録・加筆修正したものです。敬称略。

監督:中原 俊
原作:エドワード・アタイヤ「細い線」
脚本:西岡琢也
出演:余貴美子、村上弘明、本田博太郎、岸田今日子、洞口依子、杉本彩、甲本雅裕、でんでん

初回放映:2004年8月25日 テレビ東京「女と愛とミステリー」


 友人の妻と不倫をし誤ってその女性を死なせてしまった男の苦悩と、妻としての女性の業を描いたドラマで、原作はエドワード・アタイヤのミステリー「細い線」。
 この原作は、1966年成瀬巳喜男監督晩年の作品として、新珠三千代と小林桂樹主演で『女の中にいる他人』というタイトルで映画化されたものが有名だ。


「姉さん、アヤノが変なこと言い出すんだ。どうしても姉さんに会いたいって……」

 6年前、滝川絵美子(余貴美子)の弟・孝介は、不可解な言葉を残したまま車の転落事故で死亡。その時の同乗者で、当時孝介の婚約者だった佐島彩乃(杉本彩)だけが生き残った。
 絵美子の頭から、事故直前の孝介の言葉が今も離れないでいる。

 それから6年。絵美子が手伝う姑・富美(岸田今日子)の江戸組紐教室に、地元でも有名な資産家の娘である彩乃が今でも出入りしている。
 自由奔放に暮らしている彩乃は、絵美子の子供たちが通う小学校で教師をしている雅夫(村上弘明)を婿養子にしていたが、最近ふたりの仲は不穏な空気になっていた。

 その雅夫は、絵美子に青山の雑貨卸の店を紹介したり、絵美子のふたりの子どもたちに慕われたりと親密な付き合いをしている。

 ある朝、南青山のマンションで彩乃の絞殺死体が発見された。
 「南青山……」その言葉を聞いて急に不安になる絵美子。実は、彩乃が殺害された時刻と同じ頃、彩乃のマンション近くで夫の誠一郎(本田博太郎)を見かけたからだ。

 「あなたは佐島彩乃さんを恨んでいましたね」
 彩乃の葬儀の帰り、絵美子は雑誌記者に問われる。弟の七回忌の席で、絵美子と彩乃が言い争っていたことを、なぜか記者が知っていた。
 さらに、彩乃殺害現場に絵美子が編んだ組紐が落ちていたことが判明する。その頃から、絵美子にとって、分の悪い話ばかりが出回り始める。

 ある日の夜、絵美子は誠一郎から、自分が彩乃を殺したと打ち明けられる。
 彩乃とは秘められた関係で結ばれていて、首を絞める行為と締められることによって官能を得る一種SM的倒錯を楽しんでいた中での突然死だった。その事実を聞いた絵美子は愕然とするが、警察に自首するという誠一郎を、自分や子どもたちのために必死に止め、真相を闇に葬ることにする。

 一方、彩乃が殺された日に誠一郎が南青山にいたという情報が何者かに警察に流される。一気に誠一郎へ疑いが向けられる中、日々の重責に耐えられず、精神的に衰弱していく誠一郎。
 姑から、夫と彩乃との関係は結婚前から周知の事だったと知らされる絵美子。また、ある女からは誠一郎が愛人から借金をしていると聞かされる。

 とうとう誠一郎が重圧に耐えられず警察に自首をする決心をしたある晩、最期に乾杯したワインで服毒死をした。

 実は、それまでに起きたいろいろな事柄は雅夫が仕組んだことだった。
 子供たちが懐き、家族ぐるみで親交のあった雅夫がなぜ?
 絵美子は孝介の遺品から、ある重大な事実を発見した。
 雅夫の旧姓は早野雅夫。幼かった頃の孝介の同級生で、6年前の電話での「アヤノ」は「ハヤノ」だったのだ。両親のいなかった雅夫と、幸福な家庭で育った絵美子と孝介の姉弟。この事件の核は何だったのか………。

    ◇

 人間の欲望は、自分自身の防衛と相手への攻撃に支配される。

 どんな人間にも二つの顔があり、意識的に押さえ付けている片方もあれば、無意識に隠されている顔もあり、どちらの場合も些細なきっかけで簡単に表の顔と入れ替 わってしまう。
 自由奔放な一人の女性の死によって、三人の登場人物の隠された別の顔は連鎖しながらエゴが表出する。
 誠一郎の姿は自己に目覚め贖罪を求める人間の苦悩であり、絵美子は家庭を守るために夫が犯した罪の重さを共用しようとする貞淑な妻の姿。一見夫婦愛に満ちたふたりだが、実はお互いに自己中心的な欲望をはらんでいるのだ。

 殺人を告白された絵美子が平凡な日常から逸脱する道を選び、自己犠牲という手段で家庭を守ろうと覚悟をしたのに対し、誠一郎は贖罪という自由をひとりだけで得ようとする。
 誠一郎は愛人との性行為でサディズムをみせていたが、殺人を告白するという行為でマゾヒズムに転換している。

 家庭劇の終幕という幕引きは、絵美子の心中に大きな変化を植え付ける。
 家庭を守るという建て前で夫に毒を盛り、女であり続けることと、妻のプライドを守る絵美子の決意は女のエゴであり、サディズムだ。

 柔らかく穏やかな表情の余貴美子の瞳が、次第に苦悩の色から人生を見据えた覚悟の眼差しに変わっていく様は、見ている者まで重苦しく悩める気持ちにさせられる。

 30数年前の絵美子姉弟への憧れと恋慕が奇妙にねじ曲がった末での雅夫の復讐は、誠一郎を精神的に追い詰め、絵美子をも疑惑の存在に貶めることだったのだが、少し説得力に欠けるところがある。彼に操られる絵美子と誠一郎ふたりの哀れさが見事なだけに、惜しい。

 誠一郎を殺すことで夫の罪と同一化した絵美子は、それまで以上に強い女になって雅夫と対決する。

 刑事「ご主人、自殺ですって? おかしいなぁ。彩乃殺しのこと、何か聞いてません?」
 絵美子「いいえ。私が死んだら天国で主人に聞いてまいります」  
 刑事「地獄でしょ?」
 絵美子「(地獄って)わたしも?」  
 刑事「さ、どうだか」

 誠一郎の墓参りの帰り道、執拗に追う刑事(でんでん)と絵美子との対峙は緊張感ある会話が絶妙で、終幕のこのシーンから村上弘明との対決まで、悪女の香りを漂わせる余貴美子の妖艶さは素晴らしい。
 深紅のドレスに黒いロングコート姿で凛と立つ余貴美子の貫禄。
 氷の微笑をたたえるファムファタールそのものである。

 オープンカーのブレーキに細工をする絵美子。最期を迎える雅夫に自嘲気味な笑みが浮かぶ。それは、恋慕する絵美子の手にかかるマゾヒズムの思いだろうか。

 男たちから開放された絵美子に穏やかな日々が訪れるエンディングのあと、刑事たちの姿で終わる。


 この原作のTVドラマ化は他にもあり、1972年の三田佳子主演『ホーム・スイート・ホーム』、1981年には大原麗子主演『女の中にいる他人』が製作されている。

 ドラマ演出した中原俊監督は、『櫻の園』や三谷幸喜脚本『12人の優しい日本人』が有名だが、日活ロマン・ポルノ当時の、淫夢な世界を彷徨う男の哀しさを描いた石井隆原作・脚本の『縄姉妹・奇妙な果実』('84)も傑作だった。

「うらみ花」加山麗子

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加山麗子◆ うらみ花/センチメンタル・モーニン 1978年

 雪より白いまごころが 今のあたしにゃ欲しいのに
 汚れちまった過去だけを なんで世間は責めたがる

 1978年3月にリリースされた「うらみ花」は、加山麗子の目力の強さを『さそりシリーズ』にイメージした梶芽衣子風のやさぐれ歌謡の好盤である。

 有馬三恵子作詞のB面「センチメンタル・モーニン」も傑作。男の名前も忘れ、したかしないか覚えちゃいない恋をかかえながら、また朝を迎える女のいじらしさが、シラケ世代のやさぐれ感にジャスト・フィットしている。


 日活ロマンポルノにおいて可憐さと艶やかさを持った美形アイドルだった加山麗子は、高校卒業後にスカウトされて東映の夏樹陽子主演『新女囚さそり/特殊房X』('77)に女囚Aのチョイ役で出演。そして、本格的に女優としてデビューしたのが、1977年の年末に公開された日活ロマンポルノのお正月大作『肉体の門』(監督:西村昭五郎)だった。
 宮下順子(町子役)や山口美也子(おせん役)、渡辺とく子、志麻いずみら並みいる演技派女優のなかで、主役のボルネオ・マヤ役で鮮烈デビューをした。このマヤ役は野川由美子が鈴木清順版('64)でデビューした役柄だけに、日活としては清純な顔立ちの加山麗子を売り出すに相応しい作品として用意したものであろう。思惑通りに一躍ロマンポルノの清純アイドルとなり、頻繁にグラビアにも登場していた。

 翌1978年には、にっかつのヒット作品に貢献している。
 フランキー堺が出演したポルノ・コメディで、全編ハワイでオールロケを行った『ハワイアン・ラブ/危険なハネムーン』(林功監督)。
 内田裕也がフィリップ・マーロウ風の探偵に扮した『エロチックな関係』(長谷部安春監督/原作はレイモン・マルロー「春の自殺者」)。この作品のユーヤさんは、ロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』を参考にしたかのような風貌。後に、ユーヤさんの企画で宮沢りえ&ビートたけしの3人で『エロティックな関係』と改題されてリメイクもしている。
 評判の『金曜日の寝室』(小沼勝監督)は未見だが、不思議な作品らしい。
 そして、にっかつ一般映画『帰らざる日々』(藤田敏八監督)。

 ロマンポルノ出演は4本のみで、一般映画にも『黄金の犬』('79・松竹/山根成之監督)と『制覇』('82・東映/中島貞夫監督)の2本に出演しただけで、1980年代は活動の場をテレビにシフトしていった。
 レコードはこの「うらみ花」が唯一のものと思われたが、後に、“加山れいこ”名義の自主制作盤を1枚リリースしていたようだ。(未聴)

 CD化としては『魅惑のムード☆秘宝館/六之館』に「うらみ花」が収録されている。

★肉体の門*鈴木清順監督作品★

「エグザイル/絆」*ジョニー・トー

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EXILED/放・逐
監督:ジョニー・トー
脚本:セット・カムイェン、イップ・ティンシン
撮影:チェン・シウキョン
音楽:ガイ・ゼラファ、デイヴ・クロッツ
出演:アンソニー・ウォン、サイモン・ヤム、リッチー・レン、ジョシー・ホー、ラム・カートン、エレン・チャン、ラム・シュ、チョン・シウファイ、ニック・チョン

☆☆☆★ 2006年/香港/109分

    ◇

 日本公開は2008年。スタイリッシュな映像美に魅了され、中年に近いオヤジたちの色気と立ち振る舞いに、男が惚れる映画だ。
 
 1999年、中国への返還が迫るマカオ。黒社会を牛耳るフェイ(サイモン・ヤム)を裏切り逃走していたウー(ニック・チョン)は、妻と生まれたばかりの赤ん坊と静かに暮らすため街に戻っていた。
 ある日、ウーの家に4人の男たちが現れた。フェイからウーの殺害を命じられたブレイズ(アンソニー・ウォン)とファット(ラム・シュ)。そして、ウーを守ろうとするタイ(フランシス・ン)とキャット(ロイ・チョン)。
 ウーを含めたこの5人は、幼馴染みであり少年時代から共に過ごしてきた仲間だった。
 「妻と子どものために大金を残してやりたい」というウーの最後の言葉に動いた男たちは、フェイと敵対するボスのキョン(ラム・カートン)の殺害を引き受けるのだが………。

    ◇

 冒頭から、フィルム・ノワールというよりも、まるっとマカロニ・ウエスタンの匂い。
 ポルトガルの植民地だっただけに、古いヨーロッパの香りが漂う街並が一層のムードを盛り上げるから堪らない。
 中盤からラストに至っては、サム・ペキンパー監督の名作『ワイルドバンチ』('69)を彷彿とさせ、“滅びの美学”に酔いしれるのである。

 ストーリーは実に簡単で、その多くは見せ場となる銃撃戦だが、何度と繰り返される銃と銃との殺陣が単調にならないように随所に工夫が見られる。さすがにカッコいい。
 闇医者のところで治療を受けるウーと仲間たちが、同じく負傷したフェイの一団と鉢合わせするシーンは、あり得ないと一笑されるような構図を組み立てて、魅せる絵面で徹底される。それは鈴木清順の様式美に通じる奇抜さで楽しい。

 金塊強奪へと流れる思いがけない展開も、余韻のあるラストも文句なくキメてくれる。
 古い写真と新しい写真だけで5人の友情の証を語らせる手法で、ほとんどセリフらしい台詞のない寡黙な映画は、ときおり流れるハーモニカの音色が叙情感にあふれ、このマカロニ・ウエスタン風味が実に味わい深い。

 ダンディでクールな大人が少年のようにハシャぎ、命を賭けて守る友情と仁義。男の美学が徹底して貫かれた秀作である。

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