TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「続・激突カージャック」*スティーヴン・スピルバーグ

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THE SUGARLAND EXPRESS
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:ハル・バーウッド、マシュー・ロビンス
撮影:ヴィルモス・ジグモンド
音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:ゴールディ・ホーン、ウィリアム・アザートン、マイケル・サックス、ベン・ジョンソン

☆☆☆☆ 1974年/アメリカ/108分

    ◇

 スティーヴン・スピルバーグ監督の劇場映画第1作は、1969年5月にテキサス州で起こった実話がモチーフになった。若い男女が自分たちの赤ん坊を取り戻すために、なりゆきで罪を犯し、追われる身で赤ん坊のいるシュガーランドへ辿り着くまでのストーリーだ。
 興行的な失敗とは反対に評価は高く、アメリカン・ニューシネマの真っただ中に位置する作品として、当時は映画館に入り浸り二度三度と観ていた。小品だが、スピルバーグ作品のなかでは『未知との遭遇』とともに一番心に残っている作品だ。

 70年代に台頭したアメリカン・ニューシネマのなかには、反体制的な主人公たちの心情を綴り、決してハッピーエンドにならない映画群が多くあった。『俺たちに明日はない』『明日に向って撃て!』『イージーライダー』『バニシング・ポイント』などがその部類に入るが、この作品は、ただ子どもを取り戻したいだけの純粋な若者の軌跡だ。
 原題は『シュガーランド・エクスプレス』。テキサスに実際にある地名だが、甘ったるいタイトルが本国での失敗につながったのではとも言われる。邦題が『続・激突カージャック』なんていう厳めしいのは、当時、スピルバーグが認められたTV作品『激突!』(後に映画館公開)に倣ってのタイトル変えだが、作品のテーマから言えば「カージャック」よりは原題の方が良い気がする。

 アメリカ、テキサス州立刑務所の更生農場。チンケな窃盗で1年の懲役を受け、残すところあと4ヶ月で出所のクロービス・ポプリン(ウィリアム・アザートン)のところに、妻のルー・ジーン(ゴールディ・ホーン)が面会にきた。共犯だった彼女は刑期が短く、一足さきに自由の身だった。
 彼女の話は、裁判所の命令で親の資格なしとして一人息子の赤ん坊が養子に出されてしまうという。
 「いますぐここを逃げ出して、息子を取り戻して!」
 乗り気でない夫に、感情を爆発させるルー・ジーン。押し切られた夫は、彼女が服の下に着込んできた自分の衣類に着替え、ふたりはまんまと面会人にまぎれて脱走を成功させる。
 老夫婦の車に同乗してハイウェイを走行中、後続のパトカーに脱獄がばれたものと早合点して、その車を奪い強引にパトカーとのカーチェイスとなってしまった。
 挙げ句の果て、若い巡査スライド(マイケル・サックス)を人質にパトカーを奪い、シュガーランドまで引き返せない旅がはじまる。

 主演はゴールディ・ホーン。
 映画初出演の『サボテンの花』でアカデミー助演女優賞を獲得したゴールディは、とにかく70~80年代は天下無敵のコメディエンヌだった。大好きな女優のひとり。
 本作は映画3作目で、里子に出された我が子を取り戻そうと、闇雲な母性愛だけで行動する若い母親の純粋さを、コメディエンヌぶりを抑えドラマチックに演じている。



 はじめのうちは対立するスライド巡査と若い夫婦の関係が、徐々に、同世代の感情が連帯意識として生まれてくるまでの描写が巧い。
 そして、それ以上に優れているのが、彼らを追跡するハイウェイ・パトロール隊長のタナー警部との心の交流。若い夫婦が凶悪犯ではないと見抜いた彼は、ルー・ジーンらの要求通りに事を進め、なんとか流血の事体にだけはならないように務める。

 警部に扮するのはベン・ジョンソン。
 スタントマン出身で、ジョン・フォードなどの西部劇ではお馴染みのカウボーイ俳優だったが、1971年に初めて西部劇以外の映画『ラスト・ショー』に出演し、アカデミー賞をはじめ数々の助演男優賞を受賞した名優だ。西部劇以外では『ゲッタウェイ』('72)『デリンジャー』('73)につづいての本作である。
 テキサスのハイウェイに、次々とパトカーが合流し連なり走る姿は、まるで西部劇の幌馬車隊のような景観。先頭で指揮するベン・ジョンソンの風格はさすがだ。

 退役軍人の二人組がまるで猟をするかのように3人に発砲してくるシーンでは、タナー警部を信頼するようになったルー・ジーンが助けを求めてくる。
 「18年間一度もひとを殺したことはない。これからもだ」と呟くタナー警部の怒りのこもった行動には、信念を持った気骨ある西部男の気迫が漲っている。

 行く町行く町で、ルー・ジーンらが盛大に歓迎される奇妙な旅。保守的なアメリカ南西部の住民たちが、犯罪者の罪とは別に、警察隊を混乱させる彼らの行動に拍手を送るのが可笑しい。

 黄昏のなかをパトカーの警戒灯が連なっていく光景が美しく、夕陽が光る川の煌めきに佇むスライド巡査のシルエットが印象的なラストシーン。
 スピルバーグ監督の人間に対する温かな眼差しを感じながら、映画は終わる。


★バニシング・ポイント★
★サボテンの花★
★ラスト・ショー★

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「あいつの好きそなブルース」梶 芽衣子

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 嬉しい新譜である。
 宇崎竜童&阿木燿子作品で埋め尽くされた梶芽衣子ミニ・アルバム(宇崎竜童プロデュース)は、濃密なBLUESの世界。
 ふたたび、シンガー梶芽衣子を甦らせたディープな歌世界。
 暫く、ずっと、いつまでも、聴き惚れてしまう名盤の誕生だ。


01. あやまち
02. 一番星ブルース
03. あいつの好きそなブルース
04. 袋小路三番町
05. 朝顔・夕顔
06. あゝブルース
07. しなやかにしたたかに


 ダウン・タウン・ブギウギ・バンドのカバーが3曲。
 Blues Rockで突っ走る「一番星ブルース」と、心地よくJazzyに震えるタイトル曲「あいつの好きそなブルース」。
 「あゝブルース」は、竜童アルバム『ブルースで死にな』に収録されたヴァージョンと同じように、横田明紀男のブルース・ギターをバックに、ドスを効かせてBluesが漂ってくる。

 「袋小路三番町」はセルフ・カバー。
 34年の年を経て、無常感もより深くなった、やさぐれ歌謡ブルースだ。
 
 内藤やす子のようにHard Rockで迫る「あやまち」、強く生きる女の健気さをBossa Novaに乗せた「朝顔・夕顔」、そして、生き様を透かし見て人生にエールを贈る「しなやかにしたたかに」で締めくくられる。

 ライヴを演ることに意欲的な梶さん。ぜひ、名古屋のライブハウスにも来て欲しい。

★ブルースで死にな/宇崎竜童★

日活のおふたり、長門さん、安藤さん、安らかに

昨晩、長門裕之さんの訃報を知った

すぐに思い出したのが『相棒シリーズ』での北条閣下
瀬戸内元法務大臣の保釈の可能性がでてきたので、来シーズンの再登場も夢ではないと思っていたのだが……………

その長門さんの死去の前日、映画撮影監督の安藤庄平氏が心不全でお亡くなりになった

藤田敏八監督と神代辰巳監督作品をはじめ、1970年代のロマンポルノの多くで力強いキャメラワークを堪能させてもらった
氏の師匠である姫田真佐久氏ともに、撮影監督の名前が気になるおひとりだった

モノクロ作品『(秘)色情めす市場』(パートカラー)『泥の河』『麻雀放浪記』での陰影の深さは、生涯忘れることのできない絵だ 

長門裕之さんと安藤庄平氏
おふたりとも日活出身、享年77
ご冥福をお祈りいたします

「犬、走る DOG RACE」*崔洋一監督作品

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DOG RACE
監督:崔洋一
原案:丸山昇一
脚本:崔洋一、鄭義信
撮影:藤澤順一
音楽:鈴木茂
題字:黒田征太郎
出演:岸谷五朗、大杉漣、冨樫真、遠藤憲一、香川照之、國村隼、絵沢萠子、岩松了

☆☆☆★ 1998年/シネカノン・東映セントラルフィルム/110分

    ◇

 不夜城・新宿歌舞伎町を舞台に、アナーキーな人間たちの生態をパワフルに、そしてコミカルに描いた異色作。

 新宿署生活安全課の不良刑事中山(岸谷五朗)は、在日韓国人の情報屋・秀吉(大杉漣)と繋がり警察情報を流したり、上海から出稼ぎにきた美女・桃花(冨樫真)と関係をもち、かなりヤバイ橋を渡りながら生きている。
 そんなある日、桃花が秀吉の部屋で死体となって発見された。実は桃花は、中山に隠れて秀吉や弟の健祐たちと中国人相手に闇送金や管理売春、密入国の手配や裏バカラで荒稼ぎをしていた………。

    ◇

 松田優作が映画化を熱望していた丸山昇一の原案を、崔洋一と鄭義信がアジアン・テイスト満載に脚色した本作は、脇を固める遠藤憲一や國村隼、絵沢萠子ら胡散臭い悪人顔が示すように、悪党ばかり登場するノワール映画だが、取り立てて言うほどのストーリーがあるわけではないのに、どこか可笑しく、切ない魅力を漂わす快作だ。

 新宿、とりわけ歌舞伎町を介して成立している“友情”という幻想を、分裂症気味な岸谷五朗と、飄々とした大杉漣の不思議なコンビが猥雑に演じているから面白い。

 岸谷五朗演じる“はみ出しデカ”中山は、韓国系やくざのボス権田(遠藤憲一)の情婦・桃花を恋人にしたり、後輩刑事の佐久間(香川照之)と麻薬の売人からせしめた覚醒剤を自ら打ち、ハイになった勢いで暴力バーでひと暴れして手柄をたてたりと、その生き様はメチャクチャだが、喰って、セックスして、懸命に走りつづける人間の滑稽さが魅力となっている。

 「剛」の岸谷五朗に対して「柔」の大杉漣は、桃花に純情な恋心を抱きながら、常に中山に「マサやん、マサやん」と懐いて付きまとう小悪党。誰からも「クズ!」「ボケ!」と蔑まれながらも、生きる術のしたたかさと抜け目のなさを軽く演じている。
 1980年代、高橋伴明や中村幻児らのピンク映画やロマンポルノで変態・エロを演じてきた大杉漣は、この作品でもブラジャーとコルセットを身につけてイってしまう変態ぶりと、産業廃棄物処理場の泥水のなかに頭から沈んだりする激演で伝説をつくり、全編通して見どころがいっぱいである。
 この作品、大杉蓮が主役と言ってもいいな。

 後半、ふたりで桃花の死体を担ぎながら歌舞伎町を彷徨うあたりはウェットになり、クライマックスは新宿の街ン中を全力疾走する大杉漣と岸谷五朗らのエネルギッシュなパワーが見どころ。ゲリラ撮影のような迫力から、ラストにじんとくる切なさもいい。

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「姫川玲子シリーズ」誉田哲也

 2~3年ほど前に『ストロベリーナイト』『ソウルケイジ』が文庫化された際に書店で大キャンペーンが張られ、現在では累計100万部超えを達成した人気シリーズ。
 あの時はスルーしていた誉田哲也のミステリ。
 今頃、ハマっている。

 きっかけは2010年冬にフジTVで放送された『ストロベリーナイト』。
 竹内結子が初めて刑事役に挑戦したドラマだった。

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 ドラマは本格もののサスペンスで、ノンキャリアの成り上がり女デカとしての姫川玲子という魅力的なキャラクターを、竹内結子は思った以上にキメてくれていた。

 姫川玲子は、男社会の警察内で29歳の若さで部下4名を率いる女班長。その上長身でスタイルよく、目鼻立ちが左右均等に整った美貌の持ち主ときたもんだ。
 彼女の過去を含む人間関係と、個性的登場人物の人物造形は、他に類を見ない設定の面白さがある。

 元公安のガンテツこと勝俣警部補に武田鉄矢、姫川に恋心ある菊田に西島秀俊、その恋敵でコメディリリーフの井岡に生瀬勝久、上司の今泉係長に高島政宏、今回はチョイ出演の日下班長に遠藤憲一、鬱陶しい橋爪管理官に渡辺いっけい………原作ファンにも納得の配役のようだ。
 というわけで、早速シリーズ第2弾の『ソウルケイジ』と短編集『シンメトリー』を読んでみたわけで、当然、ドラマで演じた俳優陣を念頭に、スラスラと面白く読み終わった。


    ◇


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 多摩川土手に放置された車両から、血まみれの左手首が発見された。
 近くの工務店のガレージが血の海になっており、従業員の証言から手首は工務店のオーナーのものと判明。
 死体なき殺人事件として捜査本部が設置され、日下班と姫川班の出動が決まった。
 本作は奇をてらったトリックやアクションは皆無で、そのほとんどが地道な聞き込み捜査に費やされている。それは丁度、乃南アサの人気シリーズ音道貴子の『風の墓碑銘』のようでもある。
 その聞き込み捜査から、被害者の周辺から思わぬ事実が浮かび上がり、事件背景に潜む人間の深い闇が明らかになっていくのだが………。

 本作の面白いところは、姫川玲子と彼女が毛嫌いする日下班の班長・日下警部補との対立と、捜査における対比だろう。
 直感に長けていて思い込んだら突っ走る姫川に対して、日下はあらゆる事実のみを掘り起こし、一つ一つを潰していくタイプ。まったく違ったふたつの視点が、事件の解決に集約していく過程が楽しめる。

 誰がどう読んでもこの日下警部補は遠藤憲一以外にありえないので、第2弾のドラマ化が待ち遠しい。


ソウルケイジ/誉田哲也
【光文社文庫】
定価 720円(税別)


    ◇


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東京
過ぎた正義
右では殴らない
シンメトリー
左から見た場合
悪しき実
手紙

 姫川玲子の捜査の日常を綴った短編集で、長編にも劣らない様々な人間模様にグイグイ惹きつけられる面白さだ。

 姫川が所轄で昇任試験の勉強中だった巡査時代の話が2編。ガンで亡くなった上司の人情話「東京」と、現在の上司・今泉係長に捜査一課に引き上げられるきっかけの事件「手紙」。

 少年法による刑事の無力感が描かれる「過ぎた正義」は元警部補と姫川の対決。映像が脳裏に浮かぶラストシーンに味わいがある。

 飲酒運転の車によって死者100名以上を出した列車事故。事故を引き起こした男に下った判決は懲役5年。事故で右手を失った元JR駅員が起こした行動が描かれる表題作「シンメトリー」。

 なかでも一番痛快なのが「右では殴らない」。
 援助交際をする女子高校生に対する姫川の論理的攻撃が小気味よく、その女っぷりのいい啖呵と、相手を徹底的に打ちのめすサディストぶりは、間違いなく溜飲を下げることだろう。


シンメトリー/誉田哲也
【光文社文庫】
定価 590円(税別)

「黒い画集・紐」

本文は、閉鎖中の余貴美子非公式応援サイト「Y's Passion」に綴ってきた余貴美子出演作品レヴューを再録・加筆修正したものです。敬称略。

原作:松本清張
脚本:田中晶子
監督:松原信吾
出演:余貴美子、真野響子、内藤剛志、大地康雄、石橋蓮司、萩原流行、小沢真珠、根岸季衣、山田純大

初回放映:2005年1月12日 テレビ東京「女と愛とミステリー」


 原作は1959年に出版された中短編集『黒い画集』の中の一編。
 アリバイトリックをめぐる本格推理劇だが、同時に、松本清張の世界に流れる細かな心理描写を丹念に描いた人間ドラマとして見応えのある作品に仕上っている。

 佐渡島の古い神社を親の代から継いだ神主の梅田安太郎(内藤剛志)は、妻の静代(余貴美子)の反対を受けながらも、学生時代の友人難波(萩原流行)の誘いで中国に不動産会社を設立し事業経営をする計画に熱を上げていた。神社を担保に入れ、さらに金策に走る安太郎は、東京に住む実姉の繁子(真野響子)からも夫(石橋蓮司)に内緒で500万円を出資させていた。

 一週間後、「すぐに法人登録する必要がある」と難波からあと2000万円を要求された安太郎は、かつて神社を無理矢理に継がせた負い目のある繁子に、自宅を担保にさせて借金するように頼み込む。
 しかしその半月後、東京の難波の事務所が空になっているのを目に、唖然とする安太郎の姿があった。難波が初めから騙していたことに気づいた安太郎は、繁子に「難波を見つけるまでは家に戻らない」と連絡をし,その日から姿を消してしまった。

 10日後、東京多摩川辺りの河原に安太郎の絞殺死体が発見される。死体は両手両足をビニール紐で縛られ、うつ伏せに倒れていたが、詳しく調べてみると死体は死後2~3時間は仰向けにされた状態で、後にうつ伏せにされたことが判明した。誰が、何のために?

 警視庁捜査一課の田村警部補(大地康雄)は難波以外に身内の犯行の可能性もあるとして、静代と繁子らのアリバイ捜査を始めるが、彼らには鉄壁なアリバイが成立していた。
 そんな折、手配中の難波の身柄が拘束されほぼ犯人と断定される。しかし田村警部補は、首に残った3本の紐の跡と解かれた紐に違和感を覚え、執拗に静代と繁子のアリバイを洗い直す………。

    ◇


 ドラマで重要なアリバイトリックは、舞台を現代に置き換えるために、携帯電話や動機解明に使われるミートハンマーなど数々のアレンジが施されている。

 午前10時、東京の繁子の家を出て銀座で買い物をする静代。午後3時頃には渋谷へ。雑貨店で購入したミートハンマーを宅配便で佐渡島の自宅に送り、その伝票の控えがある。夕刻は新宿のイタリアンレストランで食事をし、そこでワインをこぼす。夜の7時半から9時過ぎまでは映画館で『君に読む物語』を鑑賞。そこでは、映画のクライマックスに携帯電話を鳴らす女性がいたと話す。レシートや映画館の半券という物証、レストランや映画館での目撃者の証言が厚いアリバイとなる。

 このトリック崩しがひとつの見どころだが、もっとも重要なのは登場人物たちの心理描写である。原作『黒い画集』はトリックをメインに置いてはいるが、描かれているのは男女の情念で「情欲」「物欲」「愛憎」「嫉妬」など一種罪悪感の世界だ。
 松本清張は「小説の映像化は、脚色家が自己の独創を原作の余白に振るうことができる短編ほど成功する。」と自作のあとがきで語っているが、まさにこの作品は脚本家田中晶子の鋭い人物描写に尽きると思う。

 また、舞台を原作の岡山から北陸に替えたことでドラマに厚みが加わった。
 内藤剛志と余貴美子の人物像を決定づけるための、閉塞され抑圧された土着性は日本海の風景のほうが似合っているからだ。
 余貴美子と大地康雄が迎える最初のクライマックスでも、閑散とした日本海に面した漁場を背景にすることで静代のこころの中の不透明さが強調され、刑事が立ち去ったあとベンチに佇む静代の姿も、閉ざされた島の空気の中で孤立と不安の様として余計に哀しく映る。
 孤独を滲ます余貴美子の姿が印象深いこのシーンは秀逸。北陸を舞台にした映画「約束」のラストシーンの岸 惠子の姿をダブらせてしまう。

 追いつめられた安太郎が繁子と静代に或る計画を打ち明ける重苦しさと、自分の手を汚さない繁子と見て見ぬふりをする繁子の夫の態度に、静代のこころは打ち拉がれ声にならない悲鳴をあげる。
 事件の真相として、人間の奥深いところに潜む暗黒と愚かな人間の哀しい性が浮き彫りになる。

 動機重視で書かれる松本清張の小説は人間が罪を犯してしまう過程を執拗に描くものが多く、それをドラマにおいて丁寧に演じられるのはやはり演技巧者な俳優陣だ。
 夫の首を絞めたあと、その紐をほどき「ゴメンネ、ゴメンネ」と何度も何度も囁く静代は、余貴美子ならではのリアルに体現する“おんな”の姿として、観る者の魂が揺さぶられる。
 地道に執拗に犯人を追い詰める刑事を大地康雄も好演。ささやかな市井(しせい)のひとを演じる石橋蓮司や、若手刑事役の山田純大の静かな演技も目を惹く。

 石橋蓮司が大地康雄に吐露する言葉は、こころの闇からくる贖罪。誰も彼を責めることはできない。
 内藤剛志と余貴美子のふたりが最後に歩む道行きは、この夫婦がいままでに肩を並べて歩いたことなどないだろうと想像させる切ないシーンだ。
 しかし、ドラマの本当の結末(原作の結末二行の意外性も充分に生かされている)に潜む、夫婦のこころの闇は判らないまま終わる。

 「人のこころは判らない。自分のこころの中はもっと判らない」

 「さよなら」の言葉とともに、繋がれた手首を隠すハンカチが日本海の風に流されるラストシーンは、罪悪感で押し潰されそうになっていた静代のこころが解放された瞬間なのだろう。

「八日目の蝉」*成島 出監督作品

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監督:成島 出
原作:角田光代
脚本:奥寺佐渡子
音楽:安川午朗
主題歌:「Dear」中島美嘉
挿入歌:「ドーターズ」ジョン・メイヤー
出演:井上真央、永作博美、小池栄子、森口瑤子、田中哲司、渡邊このみ、市川実和子、平田満、余貴美子、風吹ジュン、劇団ひとり、田中泯

☆☆☆☆ 2011年/日本・松竹/147分

    ◇

 中央公論文芸賞を受賞した角田光代のベストセラー小説の映像化で、既に2010年春にNHKで壇れいと北乃きいでドラマ化されたものを見ている。原作は未読。

 「犯罪の陰に女あり」と言う常套句があるが、女の犯罪には“男”の陰はどのくらいあるだろう。女性が罪を犯すとき、起因は“男”であっても、突き動かすものは“愛の渇望”ではないだろうか。
 人は“愛”がなければ生きていけない。“愛を求める”ために彷徨い、“愛を取り戻す”ために行動する。女性の場合“愛”は“母性”に変化することで核となり、より生きていくための絶対的なものとなるような気がする。


 不実な男の生後六ヶ月の赤ちゃんを誘拐し、薫と名付けて4年間各地を転々と逃亡し続けた野々宮希和子(永作博美)が裁判にかけられた。
 冒頭、裁判の最終弁論で希和子は「薫を育てることが出来て感謝している」と告げ、恵津子や世間に対して反省の弁を一切口にしないことで、希和子の“母性”が絶対的なものだったことが示され、物語は現在と過去を交錯させながら進行していく。

 希和子が誘拐したのは、会社の上司で愛人関係にあった秋山丈博(田中哲司)の子どもだった。希和子は丈博の子どもを身籠ったが、丈博に懇願され堕胎。同じ時期、丈博の妻・恵津子(森口瑤子)が妊娠し、その後、恵津子から別れ話と「あなたはがらんどう」と罵られ心身共に崩壊する希和子だった。
 恵津子に恵理菜(薫)が産まれる。
 ある土砂降りの雨の日、ひと目赤ちゃんを見ようと希和子は丈博夫妻が留守の間に家を訪れるが、それまで泣いていた赤ちゃんが希和子の顔を見るなり笑顔になり、その瞬間、希和子は赤ちゃんを抱きかかえ走り出していた。

 愛する人に裏切られ、堕胎することで子どもを二度と産めない身体になり、何もかも失った希和子が、血の繋がりはないとはいえ一度は愛した男の赤ちゃんの笑顔を見たときに、生きていくために必要な光を見たと思う。もちろん、それは希和子の自分勝手な行動であるし倫理的に許されることではないけれど、希和子が瞬間、ふいに“愛を育てたい”衝動に駆られたのには理解ができる。

 実の両親の元に戻った薫は、実母である恵津子に懐かず、恵津子からも疎ましく思われ成長、21歳になっていた。一人暮らしをする秋山恵理菜(井上真央)は、妻子ある岸田(劇団ひとり)の子を妊娠する。自分を誘拐した女と同じ道を辿るのかと戸惑う恵理菜は、誘拐事件について取材をしたいと現われたルポライター安藤千草(小池栄子)とともに、過去の逃亡生活を辿る旅に出る…………。 


 主人公となる井上真央は、現在放映中のNHK連続テレビ小説『おひさま』が象徴するような元気印のイメージだが、思えば、連ドラ初レギュラーとも言える『ホームドラマ!』('04)で、バス事故の被災者たちが集まる疑似家族の一員として、トラウマを抱えた少女を好演していたっけ。
 本作は、一切笑顔を見せない無表情な演技で、自分の居場所を探す孤独な少女に説得力を持たせている。
 
 血の繋がっていない“親子”から、見返りを求めない“母親”になっていく女性の強さを繊細に演じる永作博美は、その表情の豊かさに感涙。

 ヒロインのふたり以上に目を見張ったのが小池栄子。

 「自信がないなら一緒に母親やってあげるよ。ダメ母でも、ふたりなら少しはマシでしょ」

 これまでシャキッとした女性のイメージだった小池栄子が、猫背で上目遣いのおずおずとした姿で存在感を焼きつけ、千里自身が一緒に一歩踏み出したい心情を吐露するこのシーンでは迫真の演技を見せてくれる。本編で唯一、目頭が熱くなった。 

 森口瑤子は、少ない出番ながら女のイヤな部分を曝け出し熱演。

 登場人物の4人の女性、希和子、恵理菜、千草、恵津子の心の機微がしっかり描かれているので、倫理や法律的な問題は別にしてどの女性にも感情移入ができるようになっていると、男性としては思うのだが………。

 主人公を恵理菜にしたことで、原作(NHKドラマ)と違うラストが用意された。
 恵理菜と名乗るようになってから一番憎んでいたひとが、自分を全身全霊で愛してくれたひとだと理解する写真館のエピソードといい、未来への再生の扉が開かれる最後の恵理菜の台詞といい、余韻ある結末が心に残る。

「帰郷」*ハル・アシュビー



COMING HOME
監督:ハル・アシュビー
原案:ナンシー・ダウド
脚本:ウォルド・ソルト、ロバート・C・ジョーンズ
撮影:ハスケル・ウェクスラー
出演:ジェーン・フォンダ、ジョン・ヴォイト、ブルース・ダーン、ロバート・キャラダイン、ペネロープ・ミルフォード

☆☆☆☆☆ 1978年/アメリカ/127分

    ◇

 ベトナム戦争の後遺症をメロドラマ的ストーリーで描いた秀作。

 海兵隊の夫を戦地に送りだした妻は、基地内の病院で帰還兵を看護するボランティアに参加。悲惨な光景の中で、下半身不髄になったハイスクール時代の同級生に再会。次第に彼に惹かれ、愛しあうようになるのだが、彼は反戦運動に没頭していく………。
 英雄として帰国した夫の脆さも含め、心のよりどころに彷徨う男女の痛ましさがある。



 1968年南カリフォルニア。国の正義を信じ、ベトナムの戦地に出征していく海兵隊大尉のボブ(ブルース・ダーン)。彼を見送る妻のサリー(ジェーン・フォンダ)は、やはり恋人を見送ったヴァイ(ペネロープ・ミルフォード)の勧めで、基地の付属病院でボランティアとして働きだす。
 そこには、ヴェトナムからたった2週間で戻ったヴァイの弟ビリー(ロバート・キャラダイン)が精神を病み入院していた。負傷兵たちは身体だけでなく、精神的にも深い傷を負っている者たちが多く、その悲惨な光景に現実を初めて見る思いになる。
 そんな中に、かつての高校時代の同級生ルーク(ジョン・ヴォイト)と再会した。彼は下半身不随の患者として入院しており、精神的にかたくなになり笑顔をなくした状態だったが、サリーの献身的な看護が続き、徐々に心を開くようになり、リハビリにも精を出すようになった。

 やがて車椅子で動き回ることができるようになったルークを、サリーは夕食に招いた。その夜ふたりは、深い充足感と愛情が芽生えて来たことに気がつく。
 ルークの退院が決まった。その日、ボブから休暇を香港で過ごそうと手紙が届き、サリーは出かけて行った。数ヶ月ぶりに再会したボブは、以前と違いどこか戦争の狂気に憑かれていた。

 そんな時、病院では精神的にすっかり憔悴しきったビリーが自殺した。ルークはやり場のない怒りと哀しみを覚え、その夜、基地の新兵募集センターのゲートに自分の身体をチェーンで縛り付け、ひとり反戦活動を展開した。TVで哀しみを訴えるルークの気持ちが痛いほど理解できるサリーは心を揺さぶられる。
 しかしこの事件がきっかけで、ルークの行動はFBIの監視下に置かれた。当然サリーとの関係も記録される。
 やがてボブが脚の怪我をして帰還してきた。夫を裏切ることは出来ないサリーはルークの許を去るが、ボブはFBIからサリーとルークの関係を知らされる。英雄として帰還したボブの価値観が、根底から崩れていった。

 数日後、ボブが勲章を授与された日、ルークはハイスクールで開かれたボランティアの集会で思いのたけをぶちまけた。
 「国のためだと言って、他国で人を殺した。でも、どんなことがあっても正当化はできない。こんな身体になっても悲しくはない。賢くなれたからだ。覚えておいてくれ。戦わない選択もあることを」
 近くの海岸では、気力の失せたボブが勲章と結婚指輪を外し、衣服も脱ぎ全裸になって沖へ向かって泳ぎ出していた。
 そして同じ頃、ショッピングセンターには夫のために買い物をするサリーの姿があった………。

    ◇


 アメリカン・ニューシネマ全盛の70年代に、“ベトナム戦争をテーマ”と“女性映画”といったブームがあった。

  それは70年代後半、それまでハリウッドのタブーとされてきたベトナム戦争と、その後の後遺症に対して見つめ直そうとした映画が何本も生まれた。その代表には、ベトナムの戦地を舞台に戦う者たちの狂気と悲惨さを描いた『ディア・ハンター』('78)や『地獄の黙示録』('79)があり、そして、戦わざる者たちの癒されぬ後遺症を静かに告発した『帰郷』が挙げられる。

 また“女性映画”とは、例えば、女性の自立を描いた『アリスの恋』('75)や、女性の友情を描いた『ジュリア』('77)など、それまで男性主人公が中心だったハリウッド映画に対して、女性にスポットを当てて製作された新しいタイプの映画を指すもので、名作が揃っている。ウーマンリヴ運動からなる女性の映画関係者たちの意識革命が成し得た波だったと思う。

 『帰郷』は、貞淑な人妻から帰還兵たちの日常の現実を目の当たりにしたことから、ひとりの人間として、そして女としての悦びに目覚めていくラヴストーリーとした女性映画でもあり、反戦とフェミニズムの両方のテーマを持った作品として異質ではあるが、戦争への憎しみが深く刻まれることでは『ディア・ハンター』や『地獄の黙示録』より強烈な後味を残す反戦映画であり、鋭く確かな批判の目を持った名作と言える1本である。
 78年度のアカデミー賞では、作品賞と監督賞を『ディア・ハンター』に譲りはしたが、主演女優賞と主演男優賞、そして脚本賞を獲得している。


 この映画は、映画界で反戦活動の旗手だったジェーン・フォンダが、5年がかりで完成させた作品。
 60年代のはじめに父ヘンリー・フォンダへの愛憎から渡仏し、プレイボーイのロジェ・バディム監督と結婚をしたジェーン・フォンダはセックス・シンボル的存在となったが、どこかお嬢様の気まぐれのような感じだった。それがベトナム戦争最中の1970年に初めて反戦運動に参加したことがきっかけで、1973年にロジェ・バディムと離婚。
 1973年は、ベトナム和平協定が正式に調印され、悪夢の戦争は終わった年。しかし、アメリカ国内は、ニクソンのウォーターゲイト事件などで政治への不信の時代に陥っていた。この年、反戦運動家のトム・ヘイドンと再婚したジェーンがこの映画の草案を作成し、若き女流ライターのナンシー・ダウドがストーリー化させたのがはじまりだ。
 その後『真夜中のカーボーイ』('69)のシナリオ・ライター、ウォルド・ソルトが本格的シナリオを書き上げた。当初は『真夜中のカーボーイ』のジョン・シュレシンジャー監督の予定だったが、英国人のジョンが「これはアメリカ人が撮るべきだ」と監督を降りたためにハル・アシュビーに代わった経緯がある。
 ジョン・ヴォイトもはじめはボブの役でオファーをされたが、ヴォイト自身が強引にルーク役を希望したために、シナリオは撮影に入ってどんどんと書き直されたと云う。
 
 映画の後半、ルークが反戦抗議を始めたことでFBIから目を付けられるが、実際にジョン・ヴォイトも、徴兵拒否運動の裁判所でトム・ヘイドンらと一緒にいたということで目をつけられ、FBIに盗聴や尾行をされた経験があるらしい。

 監督のハル・アシュビーは1988年に59歳で亡くなっている。
 ジャック・ニコルソンのヒューマン・ドラマ『さらば冬のかもめ』('71)や、ウォーレン・ビーティの内幕風刺ドラマ『シャンプー』('75)、ピーター・セラーズのコメディ『チャンス』('79)、そしてローリング・ストーンズの優れたミュージック・ドキュメンタリー『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』('83)など秀作・傑作を生み出してきた監督。
 遺作となったジェフ・ブリッジス主演の『800万の死にざま』('86)は、大好きな作家ローレンス・ブロックの“マット・スカダー・シリーズ”の映画化だっただけに少し物足りなさを覚えたが、ニューシネマ時代の好きな監督のひとりだ。

 音楽はロック・ミュージックが大好きなハル・アシュビー監督が、1968年当時のロックを『イージーライダー』('69)と同じように全編に流し、68年の世相をフラッシュバックさせることに成功している。ローリング・ストーンズの楽曲が多く使用されているが、これも監督がミック・ジャガーの大ファンだからだ。


★アリスの恋★

★真夜中のカーボーイ★


    ◆

[挿入曲と前後シーン]

 使用された曲は13アーティストの20曲。ほとんどが中学生の頃に聴き親しんだ楽曲ばかりなので、音楽によって映像がより印象的になった映画でもあり、1978年ダントツのベストワン作品であった。


●ローリング・ストーンズ「アウト・オブ・タイム」('66)
“お前は世間知らず 戻ってきても元の2人には戻れない お前は過去の存在 お前は何も判っちゃいない 身勝手なベイビー タイミングが悪いぜ”

映画のタイトルとクロージングに流れるこの曲、ストーンズ・ファンとしては曲のイントロでブルース・ダーンのジョギング・シーンを思い起こすに充分。

●サイモン&ガーファンクル「ブックエンド」('67)
“過ぎ去った日々 それは素晴らしい日々 それは無邪気な日々 自信に満ちあふれた日々………”

将校クラブで、ボブやサリーが大佐夫人に労われる。

●ビートルズ「ヘイ・ジュード」('68)
“悪く考えるな 気持ちひとつで明るくなれる 必要としているものを受け入れれば すべてが好転するだろう”

ボブの独りよがりのセックスにどこか虚しさを感じるサリーだが、ボブの出征を従順に見送る場面で流れる。
しかしこの曲、時系列的にはまだリリースされていないはずだが………。

●ローリング・ストーンズ「ノー・エクスペクテーションズ」('68)
“駅まで俺を連れて行き汽車に乗せてくれ もうここには二度と来ないよ”

ボランティアを希望しにサリーが病院を訪れ、自暴自棄のルークを見かける。

●ジェファーソン・エアプレイン「ホワイト・ラビット」('67)
サイケデリック・バンドの雄J・エアプレインが、「不思議の国のアリス」をモチーフにしてドラッグによる幻覚作用を歌ったヒット曲。

病院で、ベトナム戦地で精神を病んで戻ってきたヴァイの弟ビリーに会うサリー。

●ボブ・ディラン「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」('66)
反戦活動に積極的な歌手ジョーン・バエズのことを歌ったとされている。

国に命を捧げ負傷した帰還兵たちに無関心な将校クラブの夫人たちに幻滅するサリー。
日本も同じだが、60年代の中頃までのアメリカの女性は社会問題に関わることなんて皆無であり、献身的で従順な家庭の主婦が良きとされてきた時代である。
何かを決意するサリー。髪型をカーリーヘアにするのもひとつの意思表示だった。TVでは、ロバート・ケネディが兄(ジョン・F・ケネディ)の遺志を継ぐと語っている。

●ローリング・ストーンズ「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」('68)

車椅子に乗るようになったルーク。サリーからは夕食に誘われ、車椅子のフットボールでは大ハシャぎ。サリーによって何かが変わったルークの心情に、この曲はぴったり。

●リッチー・ヘブンス「フォロー」('68)

「人間の本当の姿を見抜くのは難しい」夕食後のサリーとルークの会話。そしてキス。

●ローリング・ストーンズ「マイ・ガール」('67)
オーティス・レディングのカバー曲。

ルークの退院が決まるが、サリーはボブの慰労休暇で香港に出向くことを告げる。

●ローリング・ストーンズ「ルビー・チューズデイ」('67)
“どうして自由を求めるのか聞いても無駄 それが私なのって言われるだけさ 何も得ることもなく、何も失うこともない人生 さよならルビー・チューズディ ぼくは君を恋しく想っているよ”

車を購入し、スーパーに買い物に行くルークの日常。ロバート・ケネディの暗殺が告げられる。

●ローリング・ストーンズ「悪魔と憐れむ歌」('68)
“自己紹介します わたしは裕福で贅沢な男です 長い間いろいろな経験をしています 多くの人間の魂と信仰を盗んできました”

香港に着いたサリー。数ヶ月ぶりに接する夫は、どこか戦争の狂気に取り憑かれていた。
そして病院では、ビリーが自らの命を絶つ。

●ステッペンウルフ「ワイルドで行こう」('68)
“ハイウェイに走り出せ 冒険を探そうぜ 俺たちの前にくるものは 愛で世界を手に入れるんだ”

ビリーの自殺により反戦意識が燻りだしたルークが、新兵募集センターで抗議活動をはじめる。

●ジミ・ヘンドリックス「マニック・デプレッション」('67)
“躁鬱が俺の精神に触れてくる 何が欲しいのか判っているのにわからない 音楽が 甘い音楽が 愛撫が いらだたしい混乱だ”

弟の死に混乱し傷心のヴァイとサリーが、GOGOクラブで強烈なロックに包み込まれている。

●アレサ・フランクリン「セイブ・ミー」('67)

行きずりの男たちの前で、モーテルのラジオから流れるこの曲に合わせて腰を振るヴァイだが、哀しさを癒すための無軌道な行動に醒め、泣き崩れる。
TVの中でリポーターに哀しみを訴えるルークを眺めるサリーとヴァイ。警察署から出てくるルークとサリーの後をFBIが尾行をはじめる。

●バッファロー・スプリングフィールド「エクスペクティング・トゥ・フライ」('67)
“君は羽の端っこに立った 飛び立つ予感………” ニール・ヤングが作った美しいバラードだ。

サリーとルークのベッドシーンに流れる。
下半身不随のルークだが、優しく愛撫されるサリーは初めて愛情のあるセックスを知り、オーガズムを感じる。
ジェーン・フォンダのアップによる官能シーンはとても美しい。

●ビートルズ「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」('67)

ふたりが結ばれた後の充足した気分と、サリーとルークとヴァイの3人が海岸で戯れる歓びを、見事にこの曲が盛り上げている。

●ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング Co.《featuring:J・ジョプリン》「コール・オン・ミー」('67)
“男と女は互いに支え合ってく この世の中に道を開いてく あなたが必要なの 優しい愛を奪わないで”
ジャニス・ジョプリンが有名になる前のホールディング Co.のファーストアルバムから、この美しいラヴソングが使われた。

ボブとのことで揺れるサリー
「長い間一緒にいたからボブの寂しさも判るわ。でも私は変わったの。今までの私とはちがうの」
ふたりが入る映画館は『2001年宇宙の旅』が上映されている。

●バッファロー・スプリングフィールド「フォー・ホワット・イッツ・ワース」('67)
“何か起きている よく分からないけど 銃を持った男が 僕に“気をつけろ”と……”
スティーヴン・スティルスが作ったこのヒット曲は、1965~66年にLAで起こった人種暴動を歌ったメッセージ・ソング。

ボランティアの集会でスピーチを依頼されるルーク。そして、ボブが脚を負傷して帰国してくる………。

●チェンバース・ブラザース「タイム・ハズ・カム・トゥデイ」('68)
ミシシッピ出身の黒人4人兄弟を中心にしたファンク・ロック・バンドのサイケデリック・サウンド。

帰国後のボブ。心に深い傷を負った惨めさと、FBIに妻の不貞を聞かされ怒りをフツフツと滾らせていく行動を、長尺のこの曲が不気味に促していく。見事な選曲。

●ティム・バックリー「ワンス・アイ・ウォズ」('67)
28歳の若さで他界した伝説的シンガー・ソング・ライターの2作目のアルバムからピックアップ。

ルークのスピーチと、ボブの覚悟と、サリーの笑顔。三人三様のラストが、静かに心に突き刺さる。