TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「瞳の奥の秘密」*フォン・ホセ・カンパネラ



EL SECRETO DE SUS OJOS
監督:フォン・ホセ・カンパネラ
原作:エドゥアルド・サチェリ「瞳の問いかけ」
脚本:エドゥアルド・サチェリ、フォン・ホセ・カンパネラ
音楽:フェデリコ・フシド
出演:リカルド・ダリン、ソレダ・ビジャミル、パブロ・ラゴ、ハビエル・ゴディーノ、ギレルモ・フランチェラ

☆☆☆☆ 2009年/スペイン=アルゼンチン/129分

    ◇

 2009年に本国アルゼンチンで大ヒットし、2010年のアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した文学性豊かなミステリーである。

 刑事裁判所を定年で退官した元書記官ベンハミン・エスポシト(リカルド・ダリン)は、家族も兄弟もなく有り余る孤独の時間のなかで、過去の忘れられない殺人事件を小説に書くことを決意し、かつての上司イレーネ・メネンデス・ヘイスティングス検事(ソレダ・ビジャミル)を訪ねた。
 小説の題材は、銀行員リカルド・モラレス(パブロ・ラゴ)の最愛の妻が暴行され殺害された事件。担当したベンハミンは、夫リカルドの妻に対する深い愛に心揺さぶられていた。捜査は暗礁に乗り上げたまま一年を過ぎたのだが、容疑者発見に執念を燃やすリカルドの姿に突き動かされ、犯人を割り出し、逮捕することができた。しかし、当時のアルゼンチンの政権悪化状況により、政治的駆け引きによって犯人は釈放されてしまい、それによって、事件に関わった者たちの人生が変わっていく………。

    ◇

 優雅な音楽と、スローモーションとフィルター処理をした美しいオープニングで始まる映画は、ベンハミンが25年間ぶりにイレーネに会いに来た“現在”(1999年)と、小説を書くためにベンハミンが思い起こす“過去”(1974年)を行き来する構成だ。
 過去に向き合うベンハミンの心のなかにはイレーネに対する想いが甦り、また、新妻を殺されたリカルドの“失われた愛”に耐える姿が思い起こされたりして、自身の“秘めたる愛”の決着と事件解決への思いを強くする。
 そして、ふたつの真相を知ったとき、それが愛の残酷さだと示される。

 「結末は誰も想像できない」と映画評論家のおすぎが絶賛していた本作だが、ドラマに魅入られているうちにそんな事は忘れてしまう。そして、その時、誰もが言葉を失う衝撃を味わうのは確かだ。

 しかし、この映画の本質はミステリーではない。
 イレーネに対するベンハミンの報われない愛と、リカルドの亡き妻への不変の愛。“究極の愛の物語”が、“衝撃的なミステリー”と“崇高なラヴストーリー”として交差しながら、深い余韻を残す人間ドラマとして心揺さぶられるはずだ。

 タイトルの「瞳」は一体“誰”の瞳なのか………。眼差しがいろんな意味を持つことになるので、このタイトルの暗示するところは興味深い。
 日本語は、男とか女とか複数や単数など“誰”を特定しないでも意味をもつ言葉になるので、その曖昧さが邦題として上手く嵌っている。これは原題のスペイン語も同じらしい。ちなみに英語タイトルは「The Secret of Their Eye」となり、これでは仕掛けも何もなくストレート過ぎないかい。


 サッカーチームや選手の名前が謎解きのひとつに使われるのは、サッカー王国であるアルゼンチンらしいアイテムだろうが、その後の容疑者追跡はハリウッド映画さながらのダイナミズムがある。
 夜間の上空から、超満員のサッカー・スタジアムを俯瞰カメラがぐんぐんと近づき、そのままカメラが群衆のなかに傾れ込み、容疑者確保までをワンショットで収めるスリルは、ヒッチコックやデ・パルマを彷彿とさせる。もし、このシーンの大群衆がCG処理されていたとしても、映画でしか味わえない醍醐味とインパクトで上級のサスペンスを味わうことができる。

 遺族となるリカルドが「死刑には反対だ。犯人には長生きしてもらいたい。この空虚な日々を同じように味わせたい」と吐露するシーンがある。お国柄の違いで、苦しみや憎しみを捉える意味が随分と異なる。
 
 日本のこととなると、2010年8月27日に法務省が死刑を執行する東京拘置所の「刑場」を初めて報道機関に公開し、新聞では「死刑制度存廃」の記事を読んだばかりだ。
 死刑制度の存置を望む遺族らの「死んで償ってほしい」気持ちや「執行ボタンを押させてほしい」という思いは、どれも「加害者が生きていることが許せない」という感情の上に成り立っているようで、それは確かに理解できることなのだが、「死刑を受け入れる代わりに反省の心を捨てた」と記した死刑囚がいたというほどに、殺人者が何の反省もないままに死刑を執行され、それも、被害者遺族には知らされないままに葬られてしまう虚しさはどうしたらいいのだろう。

 このリカルドの言葉は映画を観ている間ずっと頭に残るのだが、最終的にこんなにも力強く心に響き、そして、男の深い愛への感動としてずっしりと残るとは思わなかった。

 キーが壊れて“A”を打てないベンハミンのタイプライターと、彼が夜中に「怖い」と走り書きした文字の言葉遊びが、粋なサインを導きだすラストとなり心が癒され、最後のイレーネのひと言に新たな展開を想像するのだった。

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「さらば友よ」*ジャン・エルマン

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ADIEU L'AMI
監督:ジャン・エルマン
脚本:セバスチャン・ジャプリゾ、ジャン・エルマン
撮影:ジャン・ジャック・タルベス
音楽:フランソワ・ド・ルーベ
出演:アラン・ドロン、チャールズ・ブロンソン、オルガ・ジョルジュ=ピコ、ブリジット・フォッセイ、ベルナール・フレッソン、マリアナ・ファルク

☆☆☆☆★ 1968年/フランス/115分

    ◇

 これまでに何度も観ている大好きなクライム・サスペンスで、日本初公開は1972年だった。
 フランス映画伝統のフィルム・ノワールの粋さと、アメリカン・ハードボイルド・タッチを見事に融合させ、男同士の友情と絆が描かれた名作である。

 アルジェリア戦争から帰還した軍医ディノ・バラン(アラン・ドロン)と、外人部隊を歩き渡り戦争を商売にしてきたアメイカ人の軍曹フランツ・プロップ(ブロンソン)が、ひょんな事から女に頼まれ広告会社の地下金庫に横領した証券を戻す仕事を引き受ける。もともとは関係のないプロップは、金の匂いを嗅ぎつけバランにまとわりついていた。
 金庫の中身が2億フランの現金だと知り、いがみ合い反発し合うふたりだったが、苦心の末に開いた金庫はからっぽで、まして、ふたりは金庫室に閉じ込められてしまう。
 夜を徹して金庫室から脱出したふたりだが、目の前には警備員一人の死体が転がっていた。
 絶体絶命のピンチに陥ったふたり。これは、話をもちかけた女の罠だったのか!?

    ◇

 脚本は、推理小説家セバスチャン・ジャプリゾと監督ジャン・エルマン。二転三転するドラマは、役名とアダ名がキーワードになっていたりと、まさしく一級の推理サスペンスに組み立てられている。

 金庫室に閉じ込められ、罵り合い、殴り合うなかで生まれた奇妙な友情のふたり。対照的な男ふたりの配役は絶妙で、企画したアラン・ドロンがチャールズ・ブロンソンを共演者に選んだのだが、後半、ドロンは完全にブロンソンに喰われてしまう。

 殺し以外の悪事は何でもやる、ならず者のチャールズ・ブロンソン。
 ニタニタと薄ら笑いをし、ドロンにつきまとい、悪知恵にたけ、腕っぷしにかけても人一倍の無骨な男。
 『荒野の七人』('60)や『大脱走』('63)『特攻大作戦』('67)など、バイプレイヤーとして地味ではあるが個性を発揮してきた男くさいブロンソンの魅力が満載で、この作品によって一躍国際的大スターの仲間入りとなり、70年代は一大ブロンソン・ブ-ムであった。

 「イェ~ッ」が口癖のブロンソンにはいろいろ見せ場がある。当時この映画を観たひと、誰もが真似をしたであろうゲーム(中身があふれるほど入ったコップに5枚のコインを入れる賭け)とか、「敵と友を見分けるのは難しい。根っこは同じようなものだ」などと格好いい台詞を吐くのだ。
 朝方ビルから逃げ出すところで、ヒゲを剃りながら悠然とエレベーターを待つ姿も最高だ!

 ドロンに金庫破りの話を持ちかけるオルガ・ジョルジュ=ピコや、会社の医務室でアルバイトをする女子大生のブリジット・フォッセイ、ブロンソンが好色紳士たちから金を巻き上げるときの相棒になる娼婦マリアナ・ファルク、ほかにもブロンソンの愛人の看護婦など、男ふたりに絡む幾人かの女たちも魅力的だ。

 ふたりを追いつめるパリ警察のメルーチ警部を演じるベルナール・フレッソンも味わい深い。刑事という職業に徹しながら、ふたりの友情に羨望の眼差しを覗かせる人間味あるキャラクターになっている。

 しかし何はともあれ、アラン・ドロンの一番格好よかった時期の映画。
 女に対する色気をふんだんに漂わせ、曰くのある過去を引きずる陰を持ったインテリぶりと、引き受けた仕事は最後までやり遂げる律儀さが、クールで惚れ惚れするアラン・ドロンである。
 ウサン臭い女の話を受けるワケも、男の“約束”という説得力がある行動。

 そう、この映画の根幹は“約束”なのだ。
 自分の命より大事な“約束”なのだ。


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 「アデュー、ラミ」

 ビルから脱出した朝、ドロンとブロンソンがカフェで交わす最後の会話。
 「もう二度と会わない赤の他人。お前は俺を知らない。約束をしろ」とドロン。
 ブロンソンは「イヤだね。オレの勝手さ」とは云いながら、ドロンの眼光鋭い眼差しにうなずき「さらば、友よ」と乾杯する。

 タバコの火を挟んでお互いの心が一瞬かよい合うラストシーンも、この乾杯があるからこそ伝説の名シーンとなる。

 そして「イェェェェ~ッ!」 最高の雄叫びを!


【予告編】ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う



10月2日公開「ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う」

より多くの観客が映画館に足を運ぶよう
公式サイトにも載っている予告編を最大限に活用して 
ここでも宣伝するよ

そろそろ前売り券を買いに行くか

「シシリアン」*アンリ・ヴェルヌイユ



LE CLAN DES SICILIENS
監督:アンリ・ヴェルヌイユ
原作:オーギュスト・ル・ブルトン
脚本:ジョゼ・ジョバンニ、アンリ・ヴェルヌイユ、ピエール・ペレグリ
撮影:アンリ・ドカエ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:ジャン・ギャバン、アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラ、イリナ・デミック、アメデオ・ナザリ、シドニー・チャップリン、エリーゼ・チェガニ、カレン・ブランゲルノン、マーク・ポレル、イヴ・ルフェーブル

☆☆☆☆ 1969年/フランス=アメリカ/123分

    ◇

 監督は『ヘッドライト』('55/ジャン・ギャバン)『地下室のメロディ』('63/ジャン・ギャバン、アラン・ドロン)の名匠アンリ・ヴェルヌイユ。
 フランス映画界を代表する3大スター、ジャン・ギャバン、アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラが共演したことで大きな話題を獲ったクライム・サスペンスだ。

 現代。パリ在住のヴィットリオ・マナレーゼ(ジャン・ギャバン)はシシリア出身のマフィアの顔役で、妻と二人の息子アルド(イヴ・ルフェーブル)とセルジオ(マーク・ポレル)、娘夫婦と孫、そしてアルドの妻でフランス人のジャンヌ(イリナ・デミック)らと暮らし、故郷シシリア島の土地を買い占め一家で帰郷する計画を立てていた。

 ロジェ・サルテ(アラン・ドロン)は、強盗と警官殺しの罪で刑務所に拘置中だが、今なお余罪を追求され裁判所と刑務所の往復を繰り返している。その彼が、20万ドル以上にもなる切手コレクションを報酬にしてマナレーゼ一家に脱獄を依頼し、移動中の護送車からまんまと逃亡することに成功した。

 サルテは、ヴィットリオに匿われている間に獄中で入手したある話を持ちかける。パリ一流の宝石店がローマで展示中の5000万ドルもの宝石を奪う話だ。
 大仕事のためヴィットリオは、ニューヨークのマフィアの顔役で友人のトニー・ニコシア(アメデオ・ナザリ)に協力をあおぎ、ふたりでローマに下見に出かけるが、あまりの厳重な警備のため展示場に忍び込むことを断念し、宝石がパリからニューヨークの展示場に移送される間に強奪する計画を練ることにした。

 一方、サルテ逮捕に執念を燃やすパリ警察のル・ゴフ警部(リノ・ヴァンチュラ)は、彼の足取りをひとつひとつ地道に追いかけていた………。

    ◇

 初見は1970年4月。当時アラン・ドロンの人気が多かったなか、ぼくはリノ・ヴァンチュラがとにかく渋くて大好きで、この3大スターの共演といったことだけでワクワクしたもので、日本公開初日に駆けつけている。

 アラン・ドロンは当然二枚目の役柄だが、『サムライ』での殺し屋ジェフ・コステロのようなクールでカッコいいヒーローではなく、残虐で冷酷な女好きの若者で、売春宿から髪振り乱しながら逃げるアクションもひとつの見せ場。
 ジャン・ギャバンは老練で沈着冷静な老人だが、その重厚な存在感はやはり凄い。
 リノ・ヴァンチュラは、フラストレーションの塊みたいな中年男だ。彼がディテールとして使う煙草のエピソードは、この後、邦画洋画を問わずに真似をした作品がいくつも登場している。

 アメリカ資本が注入された本作は、フレンチ・フィルム・ノワールをハリウッド流の娯楽作品へアプローチしたことでも注目された作品だ。
 そのため、これまでのフレンチ・フィルム・ノワールに見られたような個人のヒロイズムが薄められ、組織の団結力とアクションの創造性に力が入れられたものとなっている。
 大作主義への危惧は免れなかったが、出来上がりはまったくもって素晴らしくエンターテインメントな作品として面白く、3大スターの三者三様の個性という糸が、ドラマの流れのなかで縺れあい組合わされ、クライム・ムーヴィーの彩りを創造している。

 サスペンス色が濃いのは、冒頭の脱獄シーンからスリルに富んでいる。
 見せ場はハイジャック。各人がDC-8旅客機に乗り込むまでにもスリルあるシーンを混ぜ、猟犬リノ・ヴァンチュラへの伏線を張りながら、ハイジャックしたDC-8旅客機をどうするのか予測させないスリル。そして、スリリングな逃亡計画。いかにもアメリカ映画が好む大掛かりなアクションだが、冷静な行動でハイジャックするジャン・ギャバンやアラン・ドロンが無言でコックピット内に立つ姿こそが、フィルム・ノワールの香り。アメリカ風にアレンジ出来ない貫禄を漂わせている。

 非情な暗黒組織に生きる男たちを描いているなかで、サルテと彼の妹の関係が純情で、日活アクション映画などに見られるような日本人好みのエピソードが、唯一ヒロイズムかもしれない。
 そんなふたりの最後の別れのシーンや、ヴィットリオとトニーの再会シーンなども印象深く、ハリウッド流として作られた映画だけど、ラストのジャン・ギャバンとリノ・ヴァンチュラの台詞のやりとりは、フランス映画特有の余韻を残す名シーンとなっている。

 見事に宝石強奪を成功させたヴィットリオたちとサルテだったが、サルテとジャンヌの密会の発覚で思わぬ方向にドラマは動く。シシリア人の結束心と、マナレーゼ一家のなかで浮いた存在だったジャンヌの自尊心。サルテが起こした波風は、個人の存在が組織の団結力に埋もれる現実を知らしめている。
 
 撮影は、『死刑台のエレベーター』('58)『太陽がいっぱい』('60)『サムライ』('67)『仁義』('69)など、色のコントラストを鮮やかに操るフランス映画界最高の名キャメラマン、アンリ・ドカエ。
 音楽は、マカロニ・ウエスタンで名声を残したエンニオ・モリコーネが担当。いかにもモリコーネ風のスコアがオープニングから軽快に響き、アクション映画の醍醐味を楽しむことができる。

 日本公開時はフランス語のオリジナル版で上映時間123分だったが、現在市販されているDVDは英語吹替えの119分版となっている。
 フランス映画の英語吹替えには違和感があるのだが、日本語吹替えは許せてしまう矛盾。
 当時TV放送された日本語吹替えが特典されているので、今回は懐かしい野沢那智(アラン・ドロン)、森山周一郎(ジャン・ギャバン)、田口計(リノ・ヴァンチュラ)の三人を堪能していたのだった。

「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」公式サイト OPEN!

 いよいよ「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」公式サイトが開設された


 これまでの石井隆作品の どんな作品よりも濃いクライム色

 深闇の森 迷宮を彷徨う俳優陣

 発表された数々の 素晴らしい“絵”

 期待はいやがうえにもに高まる

    ◇

☆ 公式サイトはこちら☆

★ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う★

「雨のしのび逢い」ピーター・ブルック

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Moderato Cantabile
監督:ピーター・ブルック
原作:マルグリット・デュラス
脚本:マルグリット・デュラス、ジェラール・ジャルロ
撮影:アルマン・ティラール
音楽:アントン・ディアベリ
出演:ジャンヌ・モロー、ジャン・ポール・ベルモンド、ディディエ・オートパン

☆☆☆ 1960年/フランス/105分/B&W

    ◇

 単調な生活の流れのなかに生じた心の亀裂と、愛と孤独の哀しみを描いたメロドラマで、憑かれたように彷徨う女の本質を体現したジャンヌ・モローはカンヌ映画祭女優賞を受賞している。

  ボルドーに近いプレの町。製鉄所の社長夫人アンヌ(ジャンヌ・モロー)は、一人息子のピアノレッスンのために教師のアパートへ通っている。息子の教育だけを生き甲斐に、無理矢理に息子に練習をさせている日々だ。今日弾いているのは、ディアベリのソナチネ。

 突然、階下から女の引き裂くような悲鳴が聞こえてきた。一階のカフェ(ビリヤード台もあるバーでもある)で、男が若い女性を殺したのだ。アンヌは、男が横たわる女を愛おしく愛撫しているところを、野次馬に混じり目撃しショックを受ける。狂おしいほど激しい恋の末路の現場が脳裏から離れない。

 大きな製鉄所を経営する夫と結婚して8年のアンヌ。この事件で、ソナチネの曲想のように単調な生活を送っていたアンヌの心に、何かがはじまろうとしていた。

 殺人のあった場所のカフェに惹かれるアンヌは、そこで若い工員のショーヴァン(ジャン・ポール・ベルモンド)に出会う。
 アンヌが彼に問いかけることは「相手を殺すほどの恋愛とは何か」。
 毎日、毎日、カフェで、森で、岸辺で、アンヌはショーヴァンに逢い、殺人の経緯を聞く。

 「なぜ、彼は彼女を殺したの?」「女が望んだのかもな」

 ショーヴァンは、殺人事件を空想の話としても語りながら、いつしか自分たちのことを語り始めていた。
 そして、アンヌはショーヴァンの愛をなくしては生きられないことを悟る。

 しかし、ブルジョアの妻と若い工員ではあまりに階級の差が違い過ぎ、恋の終わりがくる。

 「今日で7日目だ」「夜が7回ね」「愛し合えない、そんな関係もある」

 その日、街を出ると決めたショーヴァンが告げた。
 「あなたが死んでくれればいい」
 アンヌは「私はもう死んでいる」と、殺された女に似た大きな悲鳴を上げ、号泣する。

 そして、生ける屍となったアンヌは、元の単調な生活に戻っていくのだった。

    ◇

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 家にあったサントラ盤はよく耳にしていたのだが、映画を観るのは今回が初めてだった。
 映画の全編に流れる穏やかなソナチネ。
 ジャンヌ・モローの虚ろな顔と、ときどきインサートされる森や庭、岸辺の風景カットが印象的だ。

 映画の原題となる「モデラ-ト・カンタービレ」“穏やかに、歌うように”とはまったく異質な音響として、“女の絶叫”がオープニングとエンディングに響き渡る。この演出効果も光っている。

「オッド・トーマスの救済」ディーン・クーンツ



 〈オッド・トーマス・シリーズ〉第3弾。

 シェラネヴァダ山脈の奥深くに建つ修道院で、心の平静を求め滞在するオッド青年は、12月の深夜、ボダッハ(悪霊)を見る。ボダッハの出現は大惨事の前触れだ。
 その日、修道士のひとりが忽然と消え、猛吹雪の中、修道院の施設にいる子供たちを守るために闘うオッドの前には、顔のない修道士と想像を絶する怪物が姿を見せるのだった……。
 
    ◇

 かつてのモダンホラーに登場したような怪物が出現し、サスペンスとサプライズも充分に面白く、シリーズ最高傑作と謳われてはいるのだが、今回はいままでよりも回りくどい展開で、少々イライラしながら読んでいたので読み切るのに少し時間がかかってしまった。
 また、雪に閉ざされた修道院と子供たちのいる施設との位置関係がよく分からないため、救出に行き来する時間的状況に混乱する羽目にも……。

 事件は、クーンツならではの大風呂敷を広げたハッタリ話で集結するパターンである。

 ただ、死者との繋がりに苦悩と愛を捧げつづける心優しいオッド青年のガンバリには、人生には美しき奇跡があるのだと示される。

 事件が終わり、最後のページには、今作までオッド青年と行動を共にしていたエルビスの霊と入れ違いに、偉大なる某シンガーの霊が新たに登場し、犬のBoo(正体がクーンツらしい)と共に次なる旅が始まる。

 一人称のオッド青年の語りは、実は何らかの仕掛けになっているのかもしれない。最終作で明かされるだろう展開が、楽しみである。


    ◇

オッド・トーマスの救済/ディーン・クーンツ
訳:中原裕子
【ハヤカワ文庫】
定価 1,050円(税込)

「ソルト」*フィリップ・ノイス



SALT
監督:フィリップ・ノイス
脚本:カート・ウィマー
美術:スコット・チャンブリス
衣装デザイナー:サラ・エドワーズ
スタント・コーディネート:サイモン・クレイン
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:アンジェリーナ・ジョリー、リーヴ・シュレイバー、キウェテル・イジョフォー、ダニエル・オルブリフスキー

☆☆☆☆ 2010年/アメリカ/ 100分

    ◇

 変幻自在なアンジーは、やはり黒髪姿がカッコいい! 

 本作は、誰がどう観てもアンジーのためだけにある映画。ストーリー的に少し尻つぼみになったとはいえ、アンジーがしなやかなアクションを魅せてくれるだけでいいではないか。2時間を超える映画の多いなか、100分アクションは丁度いい具合。
 インテリジェンスでタフなヒロイン映画の誕生は、大いに気に入った。


 CIAのロシア担当分析官のソルト(アンジェリーナ・ジョリー)は2年前、核の情報を探るために北朝鮮に潜入したところを捕らえられたが、彼女に好意を寄せる昆虫学者マイクが外務省などに働きかけ救出された。
 ソルトはマイクと結婚。幸福な日々のなか、ふたりの結婚記念日に、CIAにロシアからの亡命者が現れた。
 ロシアの特務機関に在籍していた大物オルロフ(ダニエル・オルブリフスキー)だったが、ソルトが彼を尋問中に驚くべき告白を聞く。米ソ冷戦時代からはじまったソ蓮のスパイ養成機関から、アメリカに二重スパイを潜入させ何年も襲撃の“Xデー”を待っているという。その“Xデー”は訪米中のロシア大統領暗殺として今日開始され、そして、二重スパイの名前は“イヴリン・ソルト”だと名指しされる。
 誤解だと訴えるソルトだが、直属の上司ウィンター(リーヴ・シュレイバー)や諜報部のピーボディ(キウェテル・イジョフォー)からの拘束を振り切り逃亡する………。

    ◇

 ◆以下、大ネタはバラさないけれど、細かいネタバレあり。


    ◇

 徹頭徹尾ヒロインが豪快に突っ走るのだから、観ていて痛快。

 冒頭30分の逃亡シーンは、ノンストップ・ハイテンションなアクションが展開する。橋の上からタンクローリーに降下し、高速道路を疾走するトラックへ飛び移る。何度も見せるこの高低差のアクションは見応えあり。中盤の数台のパトロールカーのチェイスも、前後上下とスリルが増大し、とんでもないスタントで幕を閉じ、黒装束で悠然と立ち去るアンジーにはシビれるばかりである。
 ムエタイとイスラエルの格闘術クラヴ・マガを取り入れたアンジーの格闘アクションも、十二分に楽しめる出来映え。

 アンジーの魅力はアクションばかりではない。ブロンドヘアーからブラックヘアーに変え、カラーコンタクトや入れ歯で大変身。これがまたイイんだなぁ。最後は、宝塚ばりに短髪姿の男装まで披露してくれる。
 当初この映画はトム・クルーズで企画されていたらしいが、彼の変身はもう満腹状態。ヒロイン・ムーヴィーにして大正解!
 CIAから逃亡するシーンで、各所に設けられた防犯カメラを消化器の泡で目くらましするのだが、一箇所だけ下着を脱いでカメラに被せる。こんなことトムでは出来ないでショ。
 ラストに某人物を殺害する方法がお見事!あの姿勢を写す俯瞰カメラがいいね。

 アンジェイ・ワイダ監督の作品でお馴染みのポーランドの名優ダニエル・オルブリフスキーが、アンジーと尋問室で対峙するシーンは見応えがある。
 オルブリフスキーの代表作のひとつ『約束の土地』('74/日本公開'81)ではポーランド士族の末裔で野心家の色男を演じ、クロード・ルルーシュ監督の『愛と哀しみのボレロ』('81)ではドイツの音楽家として、延々と彼の指揮ぶりがスクリーンに映し出されていた。チョイワル風のイイ男だったが、本作での老諜報員は見違えるような変貌ぶりで驚いた。

 タイトル前の北朝鮮に拘束されたソルトが過酷な拷問を受けるシーンは、アップの映像ばかりで面白みに欠けていた。導入部なのだから、引きの画で静かに恐怖を見せて欲しかったかな。痛々しいほどに潰されたソルトの顔はここだけで、この後、ソルトのタフさを厭というほど見せつけられるのだからね。

 ジャック・バウワーの如く不死身なソルト。ホワイトハウスが攻撃される衝撃シーンはまるで『24:Twenty Four』的展開。そう言えば、クールビューティなソルトを見ていたら『24:Twenty Four』で最も非情なテロリストだった黒髪のニーナを思い出した。


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 「ソルトは誰?」「最後の最後まで、あなたの予想は裏切られる」

 こんな惹句から、作品を観る前はケビン・コスナーの『追いつめられて』的なドンデン返しなのかと予想をしていたのだが、このネタは見事に序盤で明かされてしまった。それ以後、二転三転するストーリーは細かいことを気にせずに充分に堪能できる。意外な人物は端からお見通しだから、どうでもいいのさ。

 荒唐無稽なエンディングからはpart.2の存在が確信できるが、全世界から孤立したイヴリン・ソルトが、壮絶なオーラを輝かせて舞い戻るのなら大歓迎である。