TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

歌う梶芽衣子、BOXリリース!

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 待望の[梶芽衣子 / ベスト・コレクション]が、3月24日梶さんの誕生日にリリースされた。
 “俳優・梶芽衣子”は、“歌手・梶芽衣子”として1970年から1980年まで毎年1枚のシングルを出し続けていた。シンガーとしての歌唱力もあり、歌を演じることで“梶芽衣子”独自の世界を確立していた。
 この[ベスト・コレクション]は、フル活動していたテイチク時代とポリドール時代のすべての楽曲と、1984 年EPICソニーで唯一リリースしたシングル「乾いた華/霧雨ホテル」、そして昨年25年ぶりにリリースした新曲「女をやめたい」をCD6枚(SHM-CD仕様)に収録し、加えてDVD1枚とCDサイズの写真集と歌詞集が収められたBOXセットになっている。
 ポリドール時代の4曲程がオミットされてはいるが、まさしく“歌手・梶芽衣子”完全収録といっていい代物である。
 

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萩原健一、神代辰巳を語る



 「1万2000字、心して読め!」とある。

 『映画秘宝 5月号』掲載のショーケンのロング・インタビューは確かに、大いに語っている。
 この雑誌だからこそなのか、この雑誌ではもったいくらい、もっともっと、カットなしで読ませて欲しい。

 「ショーケンは映画を制作者側の目線で見ている」と、インタビュアの轟夕起夫氏が言っているが、ショーケンは本当によく映画を見ているよな。
 でも、この制作者側ってところがクセモノで、これがショーケンへの誤解のもとにもなっている感がある。
 俳優の立場だけでなく、制作する者のひとりとしてスタッフと直に云い合えるからこそ、映画への情熱では他に負けないのだが、いかんせん理解と度量のあるスタッフが少なくなっているのが現実か。
 軽い映画ばかりと嘆くのも、映画を愛するからこそよ。

 『いつかギラギラする日」の原田芳雄の交代劇や、『誘拐報道』のリハのことまで話が及ぶ。
 クマ(神代)さんが撮った『傷だらけの天使』の尺が足らない話は、「映画のマナー」の話と共に“クマさんらしく”てイイねぇ。

「8 1/2」*フェデリコ・フェリーニ

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OTTO e MEZZO
監督:フェデリコ・フェリーニ
原案:フェデリコ・フェリーニ、エンニオ・フライアーノ
脚本:フェデリコ・フェリーニ、トゥリオ・ピネッリ、エンニオ・フライアーノ、ブルッネロ・ロンディ
音楽:ニーノ・ロータ
出演:マルチェロ・マストロヤンニ、アヌーク・エーメ、サンドラ・ミーロ、クラウディア・カルディナーレ、ロッセラ・ファルク、ジャン・ルージュル、グイド・アルベルティ、マドレーヌ・ルボー、エドラ・ガーレ

☆☆☆☆ 1963年/イタリア/138分/B&W

    ◇

 42歳の映画監督グイド・アンセルミは、新作の撮影を控えていたが、なにひとつ構想が浮かばない。
 療養のために温泉地に来たグイドの周りには、老いたブルジョアたちや枢機卿らに混じり、旧友や愛人カルラ、そして妻のルイザまでもがやってくる。
 ストレスがたまるグイドの脳裏には、幼いころの記憶と幻影がフラッシュバック。
 そして、ついに記者会見。会場となるオープンセットで彼がとった行動は………。

    ◇

 3度目のアカデミー賞外国語映画賞を受賞した、フェリーニの最高傑作と呼ばれている。
 個人的には、10本くらいしか観ていないなかで、映像と音楽の郷愁性が際立つ『フェリーニのアマルコルド』('73/4度目のアカデミー賞外国語映画賞受賞)の方が好きだが……。
 1972年のリヴァイヴァル上映で観たときは“難解”に思えた。登場人物の入り交じり方に訳が分からなくなったのだ。それでも、いくつか印象深いシーンや音楽は覚えているもので、今回『NINE』を観たことで色々なシーンを思い出した。

 高速道路の渋滞で止まっている車のなかで苦しむグイドが、人々から奇異な目で見られ、大空に飛んでいくオープニング。
 グイドの少年時代、母親に追い回されている部屋のなかが、壁に映る影絵となって不可思議な効果を見せる。まさしく映像の魔術師的表現だったし、大掛かりなロケット発射台のオープンセットも印象的。
 娼婦サラギーナのダンスと、海岸に椅子を置いて座るサラギーナがグイドに振り向いて「チャオ!」って声を掛けるシーンもよかった。

 フェリーニの映画に付きものは、いわゆる“フェリーニ的”と云われる素材で、たっぷりとした乳房の大きい大女や娼婦、道化師や魔術師など見せ物小屋の猥雑さ。サラギーナもそんな中のひとりだったような気がする。
 そして、出演者全員がグイドの指示に従い、大きく輪を作って踊るラストシーン。

 ミューズとして登場する女優クラウディア・カルディナーレはエキゾティックに美しく。ヴィスコンティの『山猫』の頃だから、一番輝いていた時期だろう。
 アヌーク・エーメの眼鏡をかけた顔も麗しい。

 「人生は祭りだ」の台詞と、ニーノ・ロータの音楽。

 “生きていくことを楽しもう” と云う、フェリーニからのメーセッージである。

「NINE」*ロブ・マーシャル

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NINE
監督:ロブ・マーシャル
脚本:マイケル・トルキン、アンソニー・ミンゲラ
作詩・作曲:モーリー・イェストン
原作戯曲:マリオ・フラッティ
原案:アーサー・コピット
美術:ジョン・マイヤー
衣装:コリーン・アトウッド
振付:ジョン・デルーカ、ロブ・マーシャル
出演:ダニエル・デイ=ルイス、マリオン・コティヤール、ペネロペ・クルス、ジュディ・デンチ、ケイト・ハドソン、ファーギー、ニコール・キッドマン、ソフィア・ローレン

☆☆☆☆ 2009年/アメリカ/118分

    ◇

 1965年のイタリア。ローマの名門撮影所チネチッタ・スタジオで、天才映画監督グイド・コンティーニ(ダニエル・デイ=ルイス)は新作映画『イタリア』の撮影開始前に、脚本がまだ一行も書けておらず頭を抱えていた。もがき苦しむ彼が選んだ道は、自分の弱さを受け止めてくれる愛する女たちの許へ逃げ込むことだった。

 かつて女優だった良き妻ルイザ(マリオン・コティヤール)、悦楽で何もかも忘れさせてくれる愛人カルラ(ペネロペ・クルス)、ミューズ的存在の女優クラウディア(ニコール・キッドマン)、9歳のときに人生の喜びを教えてくれた娼婦サラギーナ(ファーギー)、長年の友人で良き助言をしてくれる衣装係のリリー(ジュディ・デンチ)、セクシーなヴォーグ誌の記者ステファニー(ケイト・ハドソン)、そして心から甘えられるママ(ソフィア・ローレン)。

 プレッシャーに押しつぶされそうになるグイドは、多くの女性の愛に溺れ、そしてある決断を下す………。

    ◇

 1982年ニューヨーク・ブロードウェイで初演され、そして再演も含めトニー賞を数多く受賞したミュージカルの映画化だが、映画ファンなら、登場人物の名前とストーリーからピンとくるように、これは、フェデリコ・フェリーニ監督の自伝的映画と云われる『8 1/2』('63)のミュージカル版だ。モーリー・イェストンがフェリーニの承諾を得て、『8 1/2』に歌とダンスを加えて作り上げたのがブロードウェイ版『NINE』。
 映画からミュージカルになった作品に、今度はゴージャスな女優陣を配し、ダイナミックなダンスとスタイリッシュな演出で、ふたたび映画として再生したわけだ。
 もちろん『8 1/2』とも舞台版『NINE』とも細かな箇所は違っているし(反対に細かなセリフやカット割を踏襲ししている箇所もある)、ラストも大きく異なってはいるが、『シカゴ』を監督したロブ・マーシャルは、現実と記憶が混然とした夢と幻想に生きる男の姿を描き少し難解だった『8 1/2』を、自由に発想した絵づくりで豪華なエンターテインメントな映像作品に仕上げている。

 ストーリーは、『8 1/2』からしてあってないようなものだから、本作も二の次でいい。ダンスシーンや衣装が華麗なように、キャスティングの豪華さが第一。英国人のダニエル・デイ=ルイスのイタリア男性ぶりは見事だし、まぁ、とにかく7人の女優の歌とダンスを、大スクリーンで観て、感じるのでいい。

 過去の記憶や夢の幻想をフラッシュバックと、ところどころモノクロの映像を挿入するスタイリッシュなカメラワークは、ファーギーの「ビー・イタリアン」とケイト・ハドソンの「シネマ・イタリアーノ」のシーンが印象深く残るが、特にケイト・ハドソン。キャリア的には他の女優たちに引けをとってはいるが、その歌唱力には驚いた。ゴールディ・ホーンの娘として、ただの2世女優ではないことを証明している。
 ダンスシーンも、ファーギーの「ビー・イタリアン」が一番見応えがあり好きだな。
 この2曲のためにサントラ盤を買おうと思う。

 ジュディ・デンチのシャンソン風の「フォリー・ベルジェール」も巧いし、ペネロペ・クルスはエロ過ぎる。

 黒の衣装のオープニングと白い衣装のカーテンコール風エンディングが見事で、特にエンディングは、バックステージから最後のグイドのカットに至るまでの演出に、映画的興奮をおぼえゾクゾクさせられた。

 最後にグイドが静かに口にする言葉には、すべての映画への愛を、そして、巨匠へのオマージュを感じる。

    ◇

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「暴走パニック 大激突」*深作欣二監督作品

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監督:深作欣二
脚本:神波史男、田中陽造、深作欣二
音楽:津島利章
出演:渡瀬恒彦、杉本美樹、室田日出男、小林稔侍、川谷拓三、渡辺やよい、風戸裕介、三谷昇、林彰太郎

☆☆☆ 1976年/東映/85分

    ◇

 70年代の中盤、深作欣二監督が撮った犯罪アクション映画の傑作『暴走パニック 大激突』は、奇抜なストーリーながら結構練られた脚本だった『資金源強奪』に対し、3つの話が交差するストーリーやアクションはかなり大雑把だ。しかし『バニシングポイント』や70年代のパニック&カーアクション・ムーヴィーに倣えと企画された映画だけに、面白さでは他に引けをとらないカースタント映画となっている。カーアクションとして「東洋レーシング・チーム」の名前が一枚看板でクレジットされたのも初めての作品。
 3人連名の脚本はヴァイオレンスの深作欣二、エモーショナルな田中陽造、アナーキーな神波史男といったところだろうか。
 
 スナックのバーテン渡瀬恒彦と店の常連小林稔侍は、ブラジルを夢見る2人組銀行強盗。その手口は鮮やかで、行内に入るなり拳銃をぶっ放し、警察が駆けつけるまでの短時間で集められるだけの札束をかっさらう。名古屋・大津・京都で仕事をしたあと、神戸の仕事を最後にいよいよブラジルへ高飛びする計画だ。
 強盗に入られる銀行名が「第一勧業銀行」とか「住友銀行」とか、実名(当時)で画面に出てくるのには驚く。
 深作欣二お得意の手持ちカメラで描かれる荒々しい銀行襲撃は、『いつかギラギラする日』のショーケンたちにも同じ画があったが、渡瀬恒彦が銀行のカウンターを飛び越えたりする姿は、やはりショーケンたちオヤジ軍団には無理だったよな。クライマックスのカーアクションはもちろんのこと、当時の渡瀬恒彦はスタントマンを使わず、全シーンに自分の身体を張っていた(大体が東映の大部屋俳優の皆さんはそうだったが)。ただそのスタントなしが徒となり、翌年の『北陸代理戦争』では瀕死の重傷を負うことになったのだが。

 さて最後の銀行強盗は失敗に終わり、逃走中に小林稔侍が轢死する。映画は始まってまだ20分。
 逃走する渡瀬を追うのは、昼間から婦警の渡辺やよいとSEXしている落ちこぼれ警官の川谷拓三と、小林稔侍の兄を名乗る室田日出男が渡瀬の強奪金を奪おうと執拗に追ってくる。出世した同僚エリート刑事曽根晴美(!)にアゴで使われたり、不満たらたらと自転車で渡辺やよいのアパートにしけ込む愛嬌たっぷりの川谷は絶品である。

 逃げる渡瀬にまとわりつくのが混血児の杉本美樹だ。渡瀬が働くスナックで、市役所戸籍係を免職になった三谷昇と杉本美樹が痴話喧嘩したことで知り合うのだが、毛皮を見ると万引きしたくなる癖があり、いつも豆スープばかり作る少し頭の足りないオンナ。杉本美樹の虚無感に満ちた表情がいい。渡瀬に思いを募らせる表情が切なく哀れ。そんな杉本を捨てることも出来ない渡瀬だ。

 ドラマの中盤は田中陽造らしい情念の世界。高級スポーツカーを傷つけ自分で修理する屈折した自動車修理工(風戸裕介)と同性愛者でサディストの整形外科医(林彰太郎)との愛憎劇や、三谷昇の見事な変態ぶりエピソードが挿入され、いよいよ渡瀬と杉本の逃避行へと繋がっていく。
 自殺未遂した杉本のために、急遽、住友銀行を襲う渡瀬。しかし室田に待ち伏せされ、川谷も同僚を見返すためにひとりでパトカーを発進させる。ここから終盤、20分ものカーチェイスが始まる。
 杉本が渡瀬を待つ郊外のレストランには林彰太郎を殺した風戸裕介がいて、川谷のパトカーは民間人の車に衝突して、風戸裕介も跳ね飛ばされる。

 「あんな警察の暴走、許しとったらアカンやないけ。警察からゼニ取ったる」

 タクシー運転手やホステスやヤクザが乗った車や、果ては暴走族や国営放送の中継車といった群衆が入り乱れてのバトルは、かつて主人公とパトカーの追いかけっこを群衆が遠巻きにしていた『赤い鳥逃げた?』とは大きく違い、深作らしい権力への抵抗となって爆発する。
 衝突・炎上と、群衆が警官たちに襲いかかっている間に、渡瀬と杉本はモーターボートでゲッタウェイ。
 テロップがブラジルで日本人男女の銀行強盗の噂を告げて終わる。いやはやハチャメチャな映画だが、十二分に楽しめる。

「資金源強奪」*深作欣二監督作品

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監督:ふかさくきんじ
脚本:高田宏治
音楽:津島利章
出演:北大路欣也、梅宮辰夫、室田日出男、川谷拓三、太地喜和子、渡辺やよい、小泉洋子、芹明香、名和宏、安倍徹、今井健二、山城新伍、松方弘樹

☆☆☆☆ 1975年/東映/92分

    ◇

 『仁義なき戦い』シリーズ全5部作の実録群像路線が終わったあとの、1974年から1977年の間に深作監督は10タイトルの作品を撮っている。なかでも1975年は、2月公開の『仁義の墓場』4月公開の『県警対組織暴力』といった大傑作がつづき、6月に公開された本作も優れた犯罪映画の1本となっている。

 チンピラの清元武司(北大路欣也)は、暴力団羽田組幹部・国吉(名和宏)の命令で敵対するやくざ組織の組長を射殺し、8年の刑を務め上げた。出所した武司は煙たがる組関係者に対し、やくざの足を洗うと告げる。実は、武司は刑務所生活中に羽田組の金を強奪する計画を立てていたのだ。
 仲間は刑務所で知り合ったふたりの銀行強盗。ひとりは爆弾製造の腕を持つ別所哲也(川谷拓三)。もうひとりは妻子持ちの貧乏不動産のおやじ小出熊吉(室田日出男)。3人は羽田組が主催する花会を襲撃し、3億5千万の大金を奪い去った。
 羽田組は停職中の大阪府警第4課の刑事・熊代文明(梅宮辰夫)を雇い、3人の行方を追うのだが…………。

    ◇

 欲得ずくな男と女が入り乱れるストーリーを、スピーディな展開で92分を痛快に掛け抜けるクライム・ムーヴィーの傑作である。

 現金強奪は前半20分ほどであっさり成功する。果たして、物語はここからが本番で、案の定仲間割れ。追う者と追われる者の思惑がぶつかり合い、騙し騙され、奪い奪われるといった二転三転するサバイバル・ストーリーが軽妙に語られていく痛快さと、全編に流れる軽快なマーチ風メロディが60年代の泥棒映画、特に『黄金の七人 レインボー作戦』のスコアを連想させるところにも洒落っ気を感じさせてくれる。
 そしてこの作品は、監督名のクレジット表記を平仮名で《ふかさくきんじ》としたことでも有名。あまりに過酷な撮影スケジュールと低予算に対する会社への抗議だと云われるが、実録路線の呪縛から解き放された深作監督が肩の力を抜き、クールなハードボイルド調とコミカルな泥棒映画的な趣をチャンプルーした作品への、大いなる遊び心と受け取った方が相応しいだろう。

 「帰っておくんなはれ」
 主人公のハードボイルドぶりはフランスのフィルム・ノワールというよりも、強面のリー・マーヴィンやジョン・カサベテスのようなタフさを見せるのだが、心底本音を見せないダーティ・ヒーロー北大路欣也は、仕草や口調に独特の色気が滲み出ているのだからまさに嵌り役。昔の女(太地喜和子)に未練を持たないクールさと、行きずりの女(小泉洋子)に見せる粋な行いがなんとも格好いい。

 「警察官が拳銃使うて怒られるのは、日本だけやで」
 対する悪徳刑事の梅宮辰夫は、北大路とは対照的に若い女房(渡辺やよい)に振り回される男の滑稽さをコミカルに演じるが、ところどころで格好いい男になったりするところがイカしている。クライマックスの北大路との対決ではさすが主役を喰った。煮ても焼いても喰えないでっかい存在感である。

 同じように、脇を固めた登場人物のキャラクターも楽しい。
 牛乳瓶のようなレンズの眼鏡をかけた川谷拓三と、借金まみれの小心なおっさん室田日出男のコンビネーションは、当時一番ノリに乗っていただけあってピカイチ。ふたりとも報われないところが魅力なのだ。
 友情出演したおネエ言葉の松方弘樹と競艇予想屋の山城新伍。「前科いっぱん人」のギャグは山城新伍らしい笑いの取り方で、ワンシーンながら場を盛り上げる。

 梅宮の若い女房役の渡辺やよいのハイテンションぶりは、後年『いつかギラギラする日』('92)の荻野目慶子の原型となるのだろう。男にだらしなく、梅宮に高級マンションを買ってもらうことしか頭になくて、マンションのチラシを「3LDK、みなみむき、ベランダ、にっとうよし」と読む女。すかさず梅宮が「ひあたり、って読むんやけどな」とは、なんとも絶妙な間だ。
 この渡辺やよいも、短い出番ながら重要なヒロインとなる小泉洋子も、川谷拓三と絡む芹明香も、グッとくるイイ女に見えるてしまうのは、ひとりウェットな芝居をする太地喜和子がいるからだろう。
 北大路欣也と名和宏に翻弄される太地喜和子は、その艶かしさで情感たっぷりに“おんな”ぶりを見せているのだが、最後、北大路を追ってコケるシーンに哀切感を漂わせている。

 そして、日本のクライム・ムーヴィの中にあってとても爽快感あるラストシーンは、ドライでライト感覚で突っ走ってきた映画だからこその結末で、最後に観客をも騙される楽しさにあふれている。

「いつか陽のあたる場所で」乃南アサ



 人情豊かな下町・谷中で、平凡に、つましく暮らしているふたりの女性。マッサージ治療院の受付をしている芭子(はこ)29歳と、パン屋で職人修行中の綾香(あやか)41歳。ひとまわりも年齢が違うこのふたりは、人には絶対に云えない秘密を抱えていた。それは、元受刑者だったという過去。
 ひとの噂話には敏感に、警官の姿には緊張を、こころ安らかな日々などないふたりの、切なく、それでいて勇気づけらる日常が描かれる連作シリーズだ。
 2007年に発刊された単行本は未購入だったので、今回発売された文庫本を買った。

 乃南アサが描く人間たち、特に女性の脆くて繊細な心理描写は秀逸。短編となると、ほんとうに絶妙。
 ちょっとしたきっかけで人生を踏み外してしまった彼女たちが、贖罪と後悔、そして寂しさと哀しみを抱えながらも、下町のおせっかいと親切に助けられて生きている日常が、繊細な文章で心温かく綴られている。

 裕福な家庭で育った芭子は、入れあげたホストに貢ぐために昏睡強盗を繰り返し7年の服役。
 夫から長年のDVを受けていた綾香は、結婚10年目に夫を絞殺してしまい5年の刑。
 後悔の海から這い上がれない泣き虫な芭子と、子供を手放したがいつも明るく常に前向きな綾香の、好対照なふたりのキャラクターは読んでいてどこか清々しく、微笑ましくなる。切ない情景に共感をおぼえてしまう。
 前科者というハンディに身につまされながら、家族のことや将来のこと、恋や仕事の悩みなど、市井の人たちとの関わりで明るくスカっとした気分にさせられるのが、乃南アサの優れたストーリーテラーたるところだろう。

 収録されてる物語は4篇。

 同じ釜の飯
  生き方が不器用な女ふたりの関係と日常が紹介され、綾香が魚屋の兄ちゃんに恋をする。

 ここで会ったが 
  近所で寺泥棒事件が起こり、著者のポリス・コメディ・シリーズでお馴染みの素っ頓狂な新米巡査が登場する。

 唇さむし
  カラオケスナックに通う綾香がとんだことに………。

 すてる神あれば
  30歳になった芭子がセクハラで職を辞め、家族との繋がりにケジメをつける。

 この第四話には少し泣かされるな。惚れっぽくて、お人好しな綾香の素顔を垣間見た芭子が、生きていく意味を感じ、ちょっぴり成長する姿に、ほっとさせられるのだ。
 
   ◇

いつか陽のあたる場所で/乃南アサ
【新潮文庫】
定価 540円(税込)

「WEED」加部正義

 ザ・ゴールデン・カップスのベーシストだったルイズ・ルイス加部は、ギターのようにベースを弾く(もともとギタリストだったからね)ラインといい、ルックスもチョー格好よかったから人気があった。生き方もマイペースで、Blues Rockに根ざした活動もいろいろあって、結成・参加したバンドだけでもこんなにある。

 [Johnny & Showmen][ストリップス][テイク・ファイヴ][ワイン・メン][ミッドナイト・エクスプレス・ブルース・バンド][平尾時宗 & グループ・アンド・アイ][ザ・ゴールデン・カップス][ルーム][フード・ブレイン][スピード・グルー&シンキ][リゾート][ジョニー・ルイス&チャー][ピンククラウド][ウォッカ・コリンズ][マーシー・キリング][ZoKuZoKuKaZoKu][シルバークラウド][グループ・アンド・アイ]

 そして今回16年ぶりのソロ・アルバムとして、スタジオ録音とライヴ録音の2枚組アルバムがリリースされた。




DISC.01 STUDIO Recording
01. INTRO
02. SWARM
03. TELL ME ALL THE THINGS YOU DO
04. 夫婦関係
05. ORPHEUS AND NONE FOR YE
06. らりるれろ
07. さがしもの
08. RealなBlue
09. 足跡
10. SHE'S GONE
11. 月みたいな月
12. 日なたぼっこ
13. 1+1=3
14. 君のおもかげ (あっ!パンツ見えた)
15. WATERMELON IN EASTER HAY
16. 初音町

 加部正義名義のスタジオ録音の方は、2007年9月にレコーディングされ2009年春頃にリリースされる予定だったもの。
 「TELL ME ALL THE THINGS YOU DO」は、フリートウッド・マックのアルバム『KILN HOUSE』に収録されているダニー・カーワンの曲。「WATERMELON IN EASTER HAY」はゴールデン・カップスの『ONE MORE TIME』でオープニングを飾ったフランク・ザッパの美しいナンバーで、ギタリスト加部のテクニックを堪能できる。「1+1=3」のジャジーなブルース・フィーリングも最高にイカしている。

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DISC.02 LIVE Recording
01. BRING IT ON HOME
02. HEY JOE
03. RIGHT HAND MAN
04. RATTLESNAKE SHAKE
05. COMMUNICATION BREAKDOWN
06. PENSACOLA
07. TELL ME ALL THE THINGS YOU DO
08. PIECE OF MY HEART
09. 1+1=3
10. SUMMER TIME
11. NEGATIVE CREEP
12. あいむそーろー1
13. あいむそーろー2

 ライヴ・サイドの方は、ルイズ・ルイス加部名義で活動しているバンド[Group and I]の2009年横浜での演奏で、ツェッペリンの「BRING IT ON HOME」「COMMUNICATION BREAKDOWN」をはじめ、カヴァー曲オンパレードのブルース・ロック・アルバムに仕上がっている。
 バンドのヴォーカリストは加部正義の奥方YUKIさんで、彼女のヴォーカルはかなり迫力のある ハード・ヴォーカルで、「PIECE OF MY HEART」や「SUMMER TIME」の歌唱はジャニス・ジョプリンとは全然違った魅力で聴かせてくれるし、フリートウッド・マックの「RATTLESNAKE SHAKE」の歌声も凄い。
 「HEY JOE」は、ザ・ゴールデン・カップスの1stアルバムに納められていたサイケデリック・ヴァージョン。ルイズ・ルイス加部として演奏する場合、このアレンジしか考えられない感があるから嬉しいラインアップだ。
 もともとアップテンポだったこの曲を、スロー・ヴァージョンでジミ・ヘンドリックスが演奏したことで一般的に有名になった「HEY JOE」だが、このパンク・ヴァージョンの「HEY JOE」は故ケネス伊東のヴォーカルがフィーチャーされた傑作で、なによりルイズ・ルイス加部のウネり狂うベース・ラインが耳から離れないくらい驚愕する演奏だった。
 今でもカップスの「HEY JOE」は、海外でガレージ・パンクの傑作として知られている。

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「ラスト・ショー」*ピーター・ボグダノヴィチ



The Last Picture Show
監督:ピーター・ボグダノヴィチ
原作:ラリー・マクマートリー
脚色:ピーター・ボグダノヴィチ、ラリー・マクマートリー
出演:ティモシー・ボトムズ、ジェフ・ブリッジス、シビル・シェパード、ベン・ジョンソン、クロリス・リーチマン、エレン・バースティン、アイリーン・ブレナン、サム・ボトムズ

☆☆☆☆★ 1971年/アメリカ/126分/B&W

    ◇

 ベトナム戦争が偉大な正義の大国アメリカの栄光を失墜させた70年代には、かつてのアメリカを懐古するような作品が多く作られている。
 ベトナム戦争直前の1962年を舞台にした『アメリカン・グラフティ』('73)は、カスタム・カーやロックン・ロールに興じる若者群像を陽気に描いていたが、この『ラスト・ショー』はまだロックン・ロールが生まれる前の1950年代初め朝鮮戦争期を舞台に、少年少女が大人になるために味わう孤独と劣等感といった青春像を、テレビの台頭で消えゆく一軒の映画館に重ね合わせた名作である。

 1951年のテキサスの田舎町。映画は、砂埃が舞う寂れた町で唯一の映画館の全景からカメラがパンして、人っ子ひとりいない道路を箒で掃く少年の姿をロングショットで捉える。うらぶれて、忘れ去られた田舎町の様子が見事に表れたオープニングだ。

 高校生のソニー(ティモシー・ボトムズ)は、サム(ベン・ジョンソン)のビリヤード場に通うのが日課になっていた。フットボールの試合で不甲斐ないプレーをしたことで肩身の狭い思いをしていたが、そんな時でも温かく見守ってくれるのが父親のように尊敬しているサムだった。サムはこの小さな町でビリヤード場の他にも何軒か店を経営していて、映画館《ロイヤル劇場》もそのひとつ。いまは『花嫁の父』('50/ヴィンセント・ミネリ)が上映されている。
 ソニーと親友のデュアン(ジェフ・ブリッジス)にとって、ここは恋人とデートできる唯一の憩いの場所。デュアンの恋人ジェイシー(シビル・シェパード)は町一番の美人だが、いつも大人の世界に憧れているジェイシーにとって、デュアンは何か物足りない相手だった。
 ソニーは、フットボール・クラブのコーチから彼の妻ルース(クロリス・リーチマン)を病院まで送り迎えしてくれるように頼まれ、ルースの優しさに心惹かれたソニーはクリスマス・パーティで初めてキスを交わしてしまう。やがてふたりはベッドを共にする。もちろんソニーにとっては初めての経験だった。
 
 ある日ソニーは弟のように可愛がっているビリー(サム・ボトムズ)を連れて、サムと一緒に湖畔に釣りに行き、サムの昔話に耳を傾けていた。サムは、アメリカの開拓時代のカウボーイの名残りがある男で、少年たちのヒーローだった。

 それから数日後、ソニーとデュアンはサムから幾らかの餞別をもらって小型トラックでメキシコ旅行に出かけた。ふたりが帰ってくると、サムが心臓発作で亡くなったと知らされ、あまりのあっけない死に唖然とするふたりだった。
 しょんぼりするソニーに、“おんな”になったジェイシーが誘惑してきた。デュアンとの友情も壊れ殴り合いの喧嘩をするソニーは、求婚してきたジェイシーと駆け落ちをするべくハイウェイを車で飛ばしていたが、パトカーに捕まり、結局ジェイシーに翻弄されていたのを知り打ちのめされる。
 ジェイシーを引き取りにきた彼女の母親ロイス(エレン・バースティン)と言葉を交わすうちに、ソニーはロイスとサムの若き日の愛の世界を知るのだった。

 デュアンは町を出ることを決意する。傷ついた青春の痛みを、朝鮮戦争に志願することで癒そうとしていた。
 デュアンが旅立つ日の前夜、彼はソニーと仲直りをして、その日で閉館になる《ロイヤル劇場》に行き最後の上映映画『赤い河』('48/ハワード・ホークス)を観た。朝まで飲んだふたり。ソニーはデュアンをバス停に見送り、いつものようにビリヤード場に入ると、路上でトラックの急ブレーキを耳にする。駆けつけてみると、ビリーが轢き殺されていた。
 ソニーは誰もかれもが居なくなった淋しさに耐えかね、一度は捨てたルースのもとに車を走らせる。自尊心の強いルースは一度は拒むが、孤独なふたりには心通じるものがあった。

   ◇

 ピーター・ボグダノヴィチ監督が映画の題材に選んだ1951年は、まだエルビス・プレスリーは登場していないし『理由なき反抗』も公開されていない時代だ。映画評論家であり大の映画ファンだった監督は、スクリーン画面をモノクロ・スタンダードにして、敬愛するハワード・ホークスの西部劇『赤い河』や、ハンク・ウィリアムズなどカントリー&ウェスタンのスタンダード曲を配し、“失われたアメリカの夢”にオマージュを捧げている。
 無人に佇むガススタンドや、ダイナー、窓越しにみるビリヤード場など、エドワード・ホッパーが描く具象絵画のような田舎町で日常的に見かける風景は、終わりゆく時代へのエレジーと云えるだろう。

 エンディングは、オープニングのカメラ・パンを左右逆にしただけの同じような構図で終る。だがひとつ、そこに箒を持ったビリーの姿はない。ティモシーの実弟サム・ボトムズが演じたビリーは、知的障害を持っている口がきけない少年で、時代がどう変わろうとも変化しない時間の中に生きている。いつも箒で道を掃いている。世話をしてくれていたサムが死んでも、映画館がなくなっても、デュアンが死地に出向いても、ビリーの毎日は変わらない。止まった時間の中を生きていたビリーがいなくなったことで、ひとつの時代の終わりと次なる未来への不安が重なって見えてくるようだ。

 「同じ事を何度もしていれば、何でも古ぼけるわ」とロイスが娘に云う言葉にも、サムがソニーに「一番バカなのは、何もしないで老いぼれることさ」と投げかける言葉にも、当時主人公たちと同じような年頃に映画館で観た自分には、進むべき道や目標を捉えることができずに重苦しい青春を生きていた現実として、共感と感動をおぼえたのは確かだった。

 夫から無視されつづける淋しい女から、親子ほどに年齢が違う少年に対して少女のような恋に燃える中年女性を演じたクロリス・リーチマンは、この作品でアカデミー助演女優賞を獲得した。その変貌ぶりと恋心の揺れ、そして、ラストに見せる孤独な叫びと涙に震えがくる。
 失われたアメリカの残像を残した誇り高き男を渋く演じたベン・ジョンソンは、同じくアカデミー助演男賞を受賞している。映画界に入る前は実際のカウボーイであり、ロデオ選手の過去を持っている彼は、ジョン・ウェインの西部劇映画ではお馴染みの大ベテラン。この役でベン・ジョンソンがアカデミー賞を受賞したことは、ピーター・ボグダノヴィチ監督としても感無量だったろう。

 このふたり以外にも、70年代に大活躍したエレン・バースティンとアイリーン・ブレナンが素晴らしい存在感を出している。
 『エクソシスト』('73)『ハリーとトント』('74)そしてアカデミー主演女優賞を獲得した『アリスの恋』('74)など、その活躍ぶりが目立ったエレン・バースティンは、昔の恋が忘れられないまま奔放に生きる女性を気怠く演じ、ロイスという女性の背景にあるドラマを漂わせていた。
 そして、チンクシャ顔でどこか伊佐山ひろ子の印象と近いアイリーン・ブレナンは、『スティング』('73)でポール・ニューマンの情婦役を演じ強烈な印象を残した個性派女優。この作品では、サムが経営するダイナーのウエイトレス役で、さばさばとした性格でソニーを慰める大人の女を好演。ソニーをたぶらかすジェイシーにイライラしながら、無言で睨みつける表情や、サムを愛情持って見つめる姿に彼女らしい迫力と可愛らしさがあった。

 ティモシー・ボトムズは前年の『ジョニーは戦場へ行った』で注目されていたが、ジェフ・ブリッジスとシビル・シェパードはこの作品がデビュー作である。