TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「身も心も」*荒井晴彦監督作品



監督:荒井晴彦
脚本:荒井晴彦
原作:鈴木貞美
撮影:川上皓市
挿入歌:「SEXY」(下田逸郎作詞・作曲)石川セリ
    「SEXY」下田逸郎
出演:柄本明、永島暎子、奥田英二、かたせ梨乃、速水典子、佐治乾、津川雅彦、加藤治子

☆☆☆☆ 1997年/東映/126分

    ◇

 脚本家・荒井晴彦が「誰も撮ってくれる監督がいなくなった」として監督デビュー。
 原作がありながらも自身を投影した自叙伝的作品で、人生の岐路に立った全共闘世代が、自身の心のなかを振り返り、愛に彷徨う姿をいじらしく曝け出す、切なくも官能的な人間ドラマとなっている。

 大学教授の岡本良介(奥田英二)と妻の綾(かたせ梨乃)は、ニューヨークへ出張中に湯布院の住居と綾が経営する喫茶店の留守番を、大学時代の友人であるシナリオライターの関谷善彦(柄本明)とデザイナーの原田麗子(永島暎子)に頼む。
 関谷と良介は全共闘運動の仲間で、かつて機動隊に火炎瓶を投げ付けたことで3年間投獄させられていた関谷だったが、当時恋人だった綾を岡本に奪われていた。現在、妻(速水典子)とは別居中。
 麗子は良介の元恋人で綾とはその頃からの親友で、関谷の投獄3年間を待てなかった綾の気持ちを聞かされていた。年下の恋人に求婚されたがしっくりこない。
 25年ぶりに初対面した関谷と麗子は、共通の友人とその喪失感で戸惑うものの、ある日、酔っぱらった麗子が綾の口真似で「3年間は待てなかったの」と云いだす。関谷もふざけながら良介の真似で応じるが、次第に叶えられなかったお互いの思いを、麗子は綾となり、関谷は良介となって語り合う。そして疑似夫婦として、別人格同志となって身体を重ねてゆく。
 綾が突然ニューヨークから一人で帰国してくる。上手くいかなくなった夫婦関係を修復するはずの外国生活も、逆に岡本との亀裂を大きくし、良介を置いたまま町に戻ってきたのだ。
 再会した綾と関谷は、どちらからともなく昔を思い出し性行為をはじめてしまう。その後、関谷は麗子とも綾ともどっちつかずの関係をつづけていく。
 やがてニューヨークから良介も戻ってくる…………。

    ◇

 この大人の恋愛劇は、どこかヨーロッパ映画を連想する。

 過去を引きずる柄本明。マザコンの奥田英二。一途に男にのめり込むがどこか醒めている永島暎子。夫への面当てで元カレと寝るかたせ梨乃。
 男も狡けりゃ、女も狡い。
 青臭い恋愛作品(映画でも小説でも)が若さだけで語られるのとは違い、挫折を味わい青春に想いを置き去りにしてしまった中年男女の哀感と官能は、30代の大人でもまだ分かるまい。お互いを掴みきれない夫婦と、嘘と本音の間で葛藤する男女の連帯感に説得力があるから、40代以上の男なら、女なら、苦い思いで身に沁みる恋愛劇だと思う。

 全編長廻しが多用され、人間描写は奥深い。膨大な台詞の量のなかで聞き取り難い箇所が多々あるのは、脚本家として台詞の言葉ひとつ一つより、演出家として言葉の間〈ま〉にその場の空気が優先された明かしだろうが、そこにリアリティを感じる。
 圧巻は、捨てられた者どうしの柄本明と永島暎子がお互いの傷を舐め合うように偽夫婦の恋愛劇を繰り広げる様を、長廻しを含め圧倒的な台詞の作劇でじっくりと描いてゆく前半のシーン。まどろっこしくも、ふたりが心情を吐露し合う繊細な心理劇として、心象風景が切なく、儚く漂ってくる。

 柄本明が絡む永島暎子とかたせ梨乃とのそれぞれのセックスシーンは息を飲むほどで(この作品は成人指定である)、さすが多くのロマンポルノを手掛け神代辰巳監督とのタッグでも知られる荒井晴彦だけに、中年男女の性行為のやるせなさと、恋愛に対しての男目線と女目線の違いがきちんと描き分けられている。やるせないムードに包まれる男の肉体と、生きてきた証しに劣情する女の肉体。失われた時代に急かされるかのように欲情する男と女の心情が突き刺さってくる。
 ともに40代の肉体を前貼りなしで曝け出す女優ふたりだが、ナイスバディのかたせ梨乃には感嘆しながらも、その肉感よりも永島暎子の色香の方が数段魅力的であった。
 その永島暎子が口ずさむ石川セリの「SEXY」。70年代の虚無的青春、最後の残り香として石川セリは団塊世代のアイドルだった。
 ラストシーンには下田逸郎が歌う「SEXY」が流れる。この選曲、最高。

 ブランコとシーソーに乗る男たちが、男の幼稚さを象徴する。
 「大学解体と叫んでいたお前が、いまでは大学教授」
 「ゴダールはシナリオなしで映画を撮る、と云っていたお前がシナリオ・ライター」
 「俺たち、もうすぐ50だな」
 「………ああ、もうすぐ50だ」
 いつまでも、心の中に青春時代が燻っている男ふたり。

 何を考えているのか分からない柄本明の優柔不断ぶりがいい。
 ホテルの中庭で、もう会わないことを約束する柄本明とかたせ梨乃の7分間の長廻しは終盤の見もの。
 抑揚のないふたりの台詞回しと、その台詞の“間”にゾクゾクさせられる。

 …………略…………

 女「男、ひどい」
 男「女は?」
 女「女もひどい」
 男「3回も会っている」
 女「今日で4回目」
 男「今日はまだ会っていない…………会おっ」
 女「だめ……今日はだめ………ず~とだめ」
 男「ずぅっと、だなんて」

 …………略…………

 女「女ってイヤだ」
 男「男もイヤだ」
 女「イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ」

 …………略…………

 女「ねぇ………また会ってくれる?」

 一歩踏み出すために、男も女も沢山のものを捨てていく。切ないな。

 母親(加藤治子)に自分の性癖を喋る奥田英二のシーンや、別れ話をする奥田英二とかたせ梨乃のシーンも、その会話の妙をカメラの川上皓市が長廻しで拾っていく。

 奥田英二と永島暎子がかつて行きつけていたバーの店内には、若松孝二の映画「女学生ゲリラ」('69)「赤軍・PFLP 世界革命宣言」('71)ゴダールのストーンズ映画「ワン・プラス・ワン」('68)のポスターと、ミルトン・グレイサー作のボブ・ディランのイラスト・ポスター('67)などが貼られていた。
 スクリプターに神代組の白鳥あかね、助監督に深作健太の名前。題字は林静一である。

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BSまるごと大全集 ちあきなおみ

 最近、またぞろ復帰話が出てきた山口百恵。しかし、百恵はファンの前でステージにマイクを置いたのだ。彼女の美学として、絶対にそれを裏切ることはないだろう。ファンも百恵の美学を望んでいる。
 そしてもうひとり、いつまでも復帰話が取り沙汰されるのがちあきなおみだ。
 ただし、彼女の場合は複雑だ。
 今回の秘蔵の映像から、“うた”のひとつ一つを演じ、“うた”に同化するちあきなおみの姿を見ると、最愛の亡き伴侶とともに“うた”を封印した彼女に、もう一度マイクの前に立って欲しいとは云えない。

 地球の夜更けは淋しいよ……そこからわたしが見えますか
 この世に私を置いていった あなたを怨んで呑んでます

 『喝采』でも、『劇場』でも、『冬隣』でも、彼女の“うた”は彼女自身だ。

 紅い花 
 想いをこめてささげた恋唄
 あの日あの頃は今どこに
 いつか消えた夢ひとつ
 
 こうしてしみじみと、膨大に残っている“うた”の数々から、あの頃のちあきなおみに浸る………それ以上を望まない。そんな気にさせてくれた一夜だった。

 さて、今回の生放送『BSまるごと大全集/ちあきなおみ』では27曲の映像に触れることができた。『歌伝説 ちあきなおみの世界』で放送された映像と同じものは、「紅い花」「四つのお願い」「星影の小径」「喝采」「紅とんぼ」の5曲で、それ以外は、あらたに発掘されたアーカイヴ映像や視聴者から提供された映像が多く含まれており、NHKの底力を見せつけられた。

   ☆   ☆   ☆

01 紅い花 愉快にオンステージ'92
02 黄昏のビギン ちあきなおみコンサート'92
03 夜間飛行 歌のゴールデンステージ'73
04 かなしみ模様 ビッグショー'77
05 かもめの街 歌謡パレード'88
06 雨に濡れた慕情 ビッグショー'77
07 四つのお願い ふるさとの歌まつり'70
08 私という女 第22回NHK紅白歌合戦'71
09 港が見える丘 歌謡パレード'88
10 上海帰りのリル 歌謡パレード'88
11 すみだ川 第6回思い出のメロディ'74
12 柿の木坂の家 歌謡パレード'88
13 さだめ川 第26回NHK紅白歌合戦'75
14 酒場川 第27回NHK紅白歌合戦'76
15 矢切りの渡し ちあきなおみコンサート'92
16 それぞれのテーブル '85コンサート
17 ラ・ボエーム ちあきなおみコンサート'92
18 霧笛 TBS TV『地球浪漫』'86
19 秘恋 '85コンサート
20 星影の小径 歌謡パレード'88
21 冬隣 加山雄三ショー'88
22 うかれ屋 ビッグショー'77
23 夜へ急ぐ人 ビッグショー'77
24 朝日のあたる家 ちあきなおみコンサート'92
25 劇場 ビッグショー'77
26 喝采 第23回NHK紅白歌合戦'72
27 紅とんぼ 第39回NHK紅白歌合戦'88

   ☆   ☆   ☆

 番組のセットリストは、オリジナル・ヒット曲が8曲つづき、昭和の名曲カバー、ちあき演歌、シャンソン、ファド、そしてポップス的許容範囲にひろがった新しいちあきの歌声をはさみ、ドラマチック歌謡に帰結した構成。

 昭和の名曲でリクエストした「夜霧のブルース」は取り上げられなかったが、「上海帰りのリル」やジャジーな「港の見える丘」を聴くことができたし、「私という女」は滅多に見聞きしない隠れたヒット曲。
 大好きな「秘恋」も、しっとりといい感じで聴かせてくれた。
 「冬隣」は、以前『たけしの誰でもピカソ』で流されたものと違い、生バンドをバックに、静かに、そして震えて歌う姿は絶品。
 中島みゆき作詞作曲の「うかれ屋」も珍しい映像。ワンコーラスだったのが惜しいが、つづく「夜へ急ぐ人」は、これまた必見映像だった。間奏部にモノローグがあるシングル・ヴァージョンの完全版で、ぶつぶつと聞き取りにくいところが異様な狂気を含み、最高のパフォーマンスとなっていた。
 「朝日のあたる家」にも、聴き手は震える。
 はじめのワンコーラスは若い蓮っ葉な娘の声で力強く叫び、静かに主題へと演じたあと、最後のワンコーラスも同じように力強く叫ぶのだが、明らかに最初の声質とは変えて歌う。堕ちた女のあきらめや覚悟を声に乗せ叫ぶ。ちあきなおみの本領発揮である。

 今回見逃した方々、12月31日に再放送の予定があるので是非とも、この稀代の歌姫ちあきなおみの歌声に浸ってくだされ。

映画『傷だらけの天使』、始動か?

 ホントに? と、とても懐疑的なニュースが飛び込んできた。

 もと松竹映画の敏腕プロデューサーで、現在は独立系でプロデュースの仕事に従事している奥山和由氏が、21日に開かれた日本映画プロフェッショナル大賞のイベント・トーク・ショーで、ショーケンと水谷豊主演のオリジナル・キャストでの『傷だらけの天使』の映画化が進められていることを明かした。
 監督は深作健太、撮影に木村大作という構想も披露。
 もちろんあくまで企画段階だが、もっとも望まれる布陣で構想されていることに驚くとともに、「え!? 今、云っちゃってもいいの?」と少し心配………。

 以前『傷だらけの天使リターンズ/魔都に天使のハンマーを』を読んで、その映画化を想定しての脳内キャストを考えたことがあるのだが、そのときから、もし映画化するときの監督には深作健太だろうと、まぁ冗談半分で考えていたのだが、誰しもファンとしてその所以を考えれば、当然考えつく人選。

 大風呂敷とハッタリをブチ上げただけに終らぬよう、なんとして実現して欲しい企画である。

「オッド・トーマスの受難」ディーン・クーンツ



 クーンツの最新刊は、前作「オッド・トーマスの霊感」につづく〈オッド・トーマス・シリーズ〉第2弾。

 死者の霊を見ることができる青年オッド・トーマスの前に、知り合いのドクター・ジェサップの霊が現れた。霊に導かれて行った彼の家には、殺されたドクターの死体があり、オッドの親友で骨形成不全症を患っている養子のダニーが誘拐されていた。
 ダニーの行方を追うオッドは、彼の霊能力を狙う邪悪な犯人と対決することになる……。

    ◇

 1作目ほどのインパクトはないが、狂人である悪女らと地下水道や廃虚で死闘を繰り広げるアクションは多い。ただ、このシリーズはアクションは二の次である。

 ピュアな聖人オッド・トーマスという青年の静寂な生き方に触れ、オッドの周りにいる登場人物らとの深みのある会話に癒され、生きている意味を考え、生きていく希望を得る。読後の余韻は相当なる快感である。
 これは、人生の指南書であり、エンタテインメントな宗教書とも云える。

 ぜひ、1作目から順繰りに読んでほしい。

    ◇

オッド・トーマスの受難/ディーン・クーンツ
訳:中原裕子
【ハヤカワ文庫】
定価 1,029円(税込)

ちあきなおみ・ふたたび

 11月・12月は、“ちあきなおみ月間”。

 まず今晩14日午後7時45分より、NHK BS2にて『歌伝説 ちあきなおみ・ふたたび』を放送。
 2005年に初めて放送された『歌伝説 ちあきなおみの世界』は、好評で5回の再放送がされたのだが、今回の番組は、その『歌伝説 ちあきなおみの世界』に未公開プライベート写真や前回放送されなかった映像などを追加編集した、15分長いヴァージョン。

 編集ヴァージョンだなんて書きましたが、実際は『歌伝説 ちあきなおみの世界』はそのままの再放送で、ぼくの早とちりだったようです。来週の『BSまるごと大全集 ちあきなおみ』の告知が15分あっただけでしたね。
 ただ、生放送の『BSまるごと大全集 ちあきなおみ』でNHKが紹介できる歌の映像のすべてのリストと、映像ダイジェストは参考になりました。
 全部が見られることはないでしょうから、あのダイジェストが貴重な放送となるものもあるかも。
 「夜霧のブルース」「ハウンド・ドッグ」でもリクエストしようかな………。


 来週21日は、同じくNHK BS2にて『BSまるごと大全集 ちあきなおみ』(21時~22時59分)と題して、NHKに保存されている映像や未公開コンサート映像などが紹介される2時間生番組が放送される。
 お見逃しなく。

 12月23日には、70年代のライヴ・アルバム3タイトルがリリース。
 3枚のうち、1971年の日劇『オ・ステージ』(2枚組)と1973年渋谷公会堂の『ON STAGE』は初CD化。

 秋の夜長、じっくりと歌ドラマに浸ろうか………。

「赤線玉の井 ぬけられます」*神代辰巳監督作品



監督:神代辰己
原作:清水一行「赤線物語」
脚本:神代辰己
撮影:姫田真佐久
カット画:滝田ゆう
出演:宮下順子、丘奈保美、芹明香、中島葵、蟹江敬三、絵沢萠子、吉野あい、高橋明、影山英俊、織田俊彦、江角英明、五条博、益岡信孝、前野霜一郎、粟津號、殿山泰司

☆☆☆☆  1974年/日活/78分

    ◇

 赤線末期の昭和33年東京・玉の井を舞台に、奮闘する娼婦たちの一日。
 新春を迎え、いよいよ4月1日から売春防止法が施行されて灯りの消える赤線・玉の井に、特飲店〈小福〉はあった。

 お人好しのシマ子(宮下順子)は刺青をしている男に弱く、今はヒロポン中毒の博打打ち志波(蟹江敬三)に熱を上げ、苦労して稼いだ金銭はすべて貢いでいた。志波の刺青に惚れた彼女は、自分も太股に花札の刺青をしている。
 娼婦になって2年の公子(芹明香)は、赤線廃止前に結婚を決めて街を出て行ったが、夫との性の不一致で新婚旅行から帰ったばかりに〈小福〉に戻り客をとる。
 去年の正月一日で26人の客をとった売れっ子の繁子(中島葵)は、毎朝、屋根の上から首吊りの真似事をするのが日課。
 客に躯を触らせず、やる気があるのかないのか判らないような直子(丘奈保美)は、何を思ったか繁子の記録を破ろうと大張り切り。次から次へと客を上げてゆく。

 女たちの様々な想いを秘めて、玉の井最後の正月が終わろうとしていた………。

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  私娼街は堕ちた女の吹きだまり。入り組んだ路地の入口に掲げられた看板「ぬけられます」はやって来る男たちへの言葉で、女たちは決して引き返すことが出来ない。
 溝口健二の『赤線地帯』の生々しさとは違い、神代辰巳は乾いた眼差しで女たちを見つめている。

 神代辰巳お得意の長廻しと、女たちのエピソードの合間合間に差し込まれる滝田ゆうの絵が絶妙なバランスを持ち、そこに、女たちのテーマ曲にもなるいくつかの鼻歌がお馴染みの神代流BGMとなり、私娼街に風情がもたらされる。

 蟹江敬三がいる賭場までの道すがら、宮下順子が口ずさむのが三波春夫の「雪の渡り鳥」。
 やさぐれて、男の間を彷徨う女の情感が沁みてくる。1974年の同じ年に公開された『青春の蹉跌』でショーケンが呟く「エンヤートット…………」のように、見るものの頭の中に忘れられなくリピートされる神代マジックである。
 ピンクの花柄のワンピースにパラソルをくるりと廻す宮下順子の姿も、神代作品にはお馴染みのカット。
 「客と同じ布団じゃ寝ない」と決して店にはいかない蟹江敬三に、「他の女と居てもいいから、注射は辞めて」とヒロポンのアンプルを足で踏みつぶす宮下順子。暴力を振るいながらも、怪我をした宮下の足を気づかい「医者、行こっ」とボソっと呟く蟹江敬三のやるせなさ。ここでの長廻しは絶品で、ふたりの情話が切ないかぎりである。

 童謡「花嫁人形」を呟きながら、ふらりと歩く芹明香がいい。水揚げで処女を失った公子には、玉の井こそが本当の居場所だろう。

 とうが立った娼婦として品川への鞍替え話が持込まれる中島葵が口ずさむ「夜霧のブルース」。こっそりと、誰にも告げずに店を出る彼女の「夜霧のブルース」は、とても情感豊かに聞こえてくる。
 首吊りで死にきれない滑稽さは『恋人たちは濡れた』の絵沢萠子に共通するものだ。

 その絵沢萠子は、女たちを優しく見守る店の女将として存在感たっぷり。
 コメディ枠を受け持った感のある丘奈保美は、そのヴァイタリティある仕事ぶりで私娼街の様子を哀しくも可笑しく伝えている。

「無理」奥田英朗



 「最悪」「邪魔」につづく奥田流クライム・ノヴェル第3弾。
 閉塞感に包まれた地方都市を舞台に、鬱屈した暮らしを強いられ追い詰められていく人々の視点で語られる群像劇である。

 町村合併で生まれた北国の街・ゆめの市。

 県庁職員だが出向でゆめの市の社会福祉事務所でケースワーカーとして勤務する32歳の相原友則は、生活保護の不正受給者や身勝手な市民に嫌気がさしている。妻の浮気で離婚した彼は、ある日、大型パチンコ店で主婦売春の現場を目撃し、思わぬ深みにはまっていく……。

 県立高校2年の久保史恵は、退屈なこの町を出て東京の大学に進学し、イケメンで金持ちの彼氏をつくることを決めている。ある日、予備校の帰りに何者かに拉致され………。

 暴走族上がりの加藤裕也は、詐欺まがいの商品を売り付ける23歳のサラリーマン。生活保護の不正受給をしていた別れた妻から1歳になる息子を引き取らされるが、先輩に触発され、成績をあげて社長に認められることに面白さを感じ始めてきた………。

 夫と離婚、子供たちも独立して一人暮らしをしている堀部妙子は、スーパーの保安員として毎日万引き犯を捕捉している48歳。生活は苦しく、孤独な彼女は新興宗教にすがっている………。

 父親の地盤を引き継いだ市議会議員の山本順一は、地元の土地開発会社の社長でもある45歳。県政に進出するつもりで、父親の代から癒着のある業者と産業廃棄物処理場の建設に奔走している………。

    ◇

 相変わらずリアルな人間描写で読み応えのある奥田作品は、5人の登場人物の不条理な出来事が、それぞれに増幅していく経過に目が離せなくなる。

 ただ、ドツボに嵌っていく様、そして、諦めていく人間の心情が、読んでいて辛くてしょうがない。どうしようもなく救いのない話で、暗い展開である。
 生活保護、老人介護、非正規雇用、悪徳商法、新興宗教、引きこもり………問題は蓄積されていくばかりで、どこにも出口が見えないまま転がっていく。
 身勝手な市民や万引きする人間に正義を振りかざすことで優越感を感じる人間の心の空洞化。宗教にすがったり、他人を貶めながら生きていても、ひずんでしまった社会の中では立ち位置は変わらず、どこまでいっても序列から抜けることができないのが現実なんだろう。

 小説は、唐突に終わる。その解決のない終わり方だからこそ、社会の問題点が浮き彫りにされたと思う。
 このラストシーンをプロローグにして、そこに集結した5人の暮らしを遡り直せば、『無理』というタイトルの深さと、装丁の“交差するタイヤ痕”の意図に気付くのだろう。 
 
    ◇

無理/奥田英朗
【文藝春秋】
定価 1,995円(税込)


「終着駅」白川 道



 「終着駅」と云う言葉からは「哀愁」とか「郷愁」といった、何か物悲しいものを感じる。
 特にこの時期は、奥村チヨが歌った歌詞とメロディがそこはかとなく浮かんでくるだろう。

 この人生の機微を感じさせる「終着駅」という言葉、実は、ぼくが産まれる前にはなかった。イタリア映画の名作『Stazione Termini』に付けられた邦題『終着駅』が起原だ。映画のタイトルから一般的に使われるようになった新しい言葉で、実に巧いネーミングである。映画は、アメリカ人の人妻とイタリア人青年との離別を描いたメロドラマだった。

 結城昌治の小説「終着駅」にはこんな記述がある。
 「終着駅なんて、以前は終点といっていたのに映画の影響だな、きっと。『終着駅』という映画、あれはいつごろ見たのだろう。ローマ駅構内のようすを憶えている。混雑している構内で男女が別れるシーンだ。監督がデ・シーカで、主役はモンゴメリィ・クリフトだった。けれど女優の名前は、顔は浮かんでいるが、名前が思い出せない。あの女優、なんといったっけ、確かにあの女優だったけれど…………。」
 結城氏の体験をもとに、敗戦直後の焼跡にうごめく人たちの“生”と“死”を描いたこの小説は、最終章の〈現代〉の時代背景に使われていた。

    ◇

 さて、白川道の「終着駅」。
 アウトローとして暮らしてきた男と盲目の少女との純愛を、ハードボイルド・タッチで描いた極上の恋愛小説だ。
 もう随分と前に読んだのだが、最近、この小説の映画化の話を耳にしたので、引っぱり出してみた。

 盲目のかほると出会い、私は、命を張った愛の始発駅に降り立った。〈惹句より〉

 男の名は岡部、49歳。十代の終わりに父親と恋人を死に追いやり、以来やくざの世界に足を踏み入れた。関東を制覇する広域暴力団の幹部にまでなった彼は、虚無に包まれた生活をしながらも死地をくぐり抜け、いつしか人は彼のことを“死に神”と囁いていた。
 ある日、亡くした恋人に似たかほるという盲目の娘に出会った岡部。娘くらいに年の離れたかほるの懸命に生きている姿に触れ、自分の何かが変わっていく………。

    ◇

 高倉健と池上季実子の『冬の華』('78)を彷彿とさせる物語である。「足長おじさん」を下敷きにした倉本聡脚本の『冬の華』は、やくざと彼が殺した兄貴の娘の成長を見守りながら、男が再び死地に出向く話。
 ムズ痒くなるような展開が同じで、そう云えば石井隆監督の『黒の天使 vol.2』('98/主演:天海祐希)も同部類。結構こういった話が好きなのだ。

 「終着駅」のタイトルからその結末を想像できるものの、その終末までの男の生きざまに感情移入できれば、涙あふれること間違いない。
 センチメンタリズムの極致といえるくらい甘くあま~い話だが、男が男らしく……命を賭けてまで守りたいものがあるオトコの生き方に泣くだろう。
 男とて、清々しい涙を流したいものなのだ。

 俳優Hと脚本家I氏が企画するこの「終着駅」の映画化だが、アウトローの設定といい、ピュアな恋愛ものとしても、いまの彼にはお似合いな題材といえる。
 映画の企画ほど当てにならないと前にも書いた。某氏が誰なのかをいま書いてしまうと、何だか企画が断ち消えそうだから書くことを控えておこう。
 正式に発表され檜舞台に上がるまで、相手役の女優を想像しながら、楽しみに待っている。

    ◇

終着駅/白川 道
【新潮社】 定価 1,995円(税込) 2004年10月初版
【新潮文庫】定価 860円(税込)

「新宿乱れ街 いくまで待って」*曽根中生監督作品

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監督:曽根中生
脚本:荒井晴彦
音楽:樋口昌之
主題歌:「きめてやる今夜」内田裕也
出演:山口美也子、神田橋満 、 日夏たより、中田彩子、 絵沢萠子 、堀礼文 、五條博 、青木真知子 、あきじゅん 、結城マミ、 清水浩一 、大矢甫 、影山英俊 、渡辺護 、内田裕也(ノンクレジット)

☆☆☆☆ 1977年/日活/81分

    ◇

 『赫い髪の女』『もどり川』『嗚呼!おんなたち 猥歌』『噛む女』『盗まれた情事』など神代辰巳監督作品や、『遠雷』『時代屋の女房』『Wの悲劇』『ひとひらの雪』『ヴァイブレーター』など、名作・傑作を世に送りだした脚本家荒井晴彦のデビュー作。日本版『グリニッチ・ビレッジの青春』('76年 ポール・マザースキー監督)のような荒井氏の自伝的作品でもあり、全共闘世代の挫折感も滲んでいる。

 新宿ゴールデン街を舞台に、吹きだまりにたむろする若者たちのほろ苦い哀感を描いた青春群像は、センチメンタルな感覚と男の情けなさが身に沁みる傑作青春物語である。

 女優志願のミミ(山口美也子)は、姉(絵沢萠子)が営む新宿ゴールデン街の小さなバーで働き、脚本家志望の沢井(神田橋満)と同棲中。
 酒場には様々な青春の姿がみえる。近くのバーで働く通称“淫乱姉妹”(日夏たより、中田彩子)と、ふたりの恋人でフリーの助監督正平(堀礼文)と小説家志望のシゲ(大矢甫)、自殺マニアのノコ(青木真知子)やカメラマン見習いのヒロシ(影山英俊)。
 劣等感と嫉妬、そして挫折感。愚痴ばかりの危なっかしい夢を吐露する若者たちが、酒を飲んで語らい、いちげんの客の無粋な話には鼻白み、泣いたり、笑ったり、ケンカしたりの日々。ある日、ミミに映画出演の話が持ち上がり、ミミと沢井の間に大喧嘩。ミミは密かに堕胎手術を行い、沢井は別の女と寝る。
 新宿に別れを告げる夜、閉店パーティーのバーのカウンターでストリップを踊るミミの精一杯の笑顔と、女を寝取られた若い男に街角で刺される沢井の呻き。

 「痛えなぁ~、女のことなんかで………くだらないじゃないか」
 
    ◇

 夢をくすぶらせ、反骨と自虐、気怠く退屈な日々を生きる男と女。身悶え、もがき苦しむ男には傷があり、女の傷も深い。

 自由劇場で鍛えてきた山口美也子は主人公の健気な生き方を鮮烈に、そしてキュートに好演。
 厚い唇がいい。
 「もういや~、こんなんじゃ嫌だよっ。わたし若いんだからーっ」と泣き叫ぶ顔がいい。
 「青春て凧だと思うんです。自由自在に空飛んでるみたいだけど、本当は糸がず~と伸びていて。女が凧なんですね。あの、凧って糸が切れるとどうなっちゃうんですかね。」女優への道を決め、吹っ切った女の顔がいい。
 ロマン・ポルノにおける山口美也子の代表作と云っていい。素晴らしい存在感である。

 沢井がバーで客にからまれる場面。
 「あの上映運動の総括はどうなっているんです。カッコいいことアジるだけアジっといてさ、何が企業映画粉砕だよ。いまじゃ、企業映画に涎垂らしてる助平な無節操野郎じゃないか。自分の女を売り飛ばしてでも運動続けるべきだ」と罵られても「あの頃は若かったんだ」としか反論できず、ミミには「言われっぱなしで我慢して………バカよ……」と云われるこのシーンは、荒井晴彦の自虐的ユーモアだろう。

 酒場で無粋な話をする客として内田裕也がワンシーンに登場。
 「…………この街は青春列車。誰もが乗り合わせ、出世した奴から降りてゆく。」
 ユーヤさんらしい口調で、長い台詞をシナリオ通りには喋らない。

 そのユーヤさんの「きめてやる今夜」がタイトルバックに使われ、ゴールデン街には百恵ちゃんの「イミテーション・ゴールド」、ジュリーの「勝手にしやがれ」、岡林信康の「がいこつの唄」が流れる。
 自殺を繰り返す女が口ずさむ「時の過ぎゆくままに」、彷徨う男女の背景にはショーケンの「酒と泪と男と女」、石川セリの「八月の濡れた砂」は時代性をもってシラけた若者たちへの讃歌となる選曲だ。