TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

9月の猟盤

 「The Beatles In Mono Box」の購入による金欠病がつづいている………

 松本清張の「ゼロの焦点」が映画公開される。
 原作は、正直いって今読み直してみるとミステリーとして面白くなかった。
 映画のキャストはクセ者ばかりだが、期待は中谷美紀と木村多江いかんかな。

 今週は白川道の最新本「竜の道」を購入。
 来週発売される奥田英朗の新作「無理」も待ち遠しい。
 
 さて、猟盤。

IMG_2506.jpg


 荒木ミミ『ボロボロ天使』は綺麗な状態で結構安価。CD化されたお陰か、こうしたものが出て来る。
 七尾理恵の『男と女のブルース/青い蝶のブルース』は、女森進一ばりのヴォーカルが魅力。青江三奈にも似た昭和という時代の歌謡曲の産物だ。
 理恵はリエでも中原理恵は、モデルばりのプロポーションを持ったシンガーだった。コンセプトを持ったアルバム・デビューで、シングルはLPに収められなかったりしてた。LPは何枚も所有しているが、EP盤は持っていなかったので今回購入。
 イイ女と云えばショーケンが愛した女性のひとり、倍賞の姐御。さつま白波のCMソングだったよね。

スポンサーサイト

太田美鈴 女をうたう

IMG_2519.jpg

 東映ピンキー・ヴァイオレンス映画『恐怖女子高校』で刮目した太田美鈴。
 本業の歌手生活は、1970年「女番長流れ歌」のデビューで始まる。翌年、日活最後の作品『八月の濡れた砂』の併映作『不良少女 魔子』が映画デビュー。その時の挿入歌「バカヤローのあいつ」は、投げやりな歌い方が素晴らしいやさぐれ歌謡の逸品。

 1972年には梅宮辰夫の『不良番長』シリーズで東映デビュー。
 1973年、池玲子&杉本美樹の『女番長〈スケバン〉』で、堂々の助演ぶりでスケバンを披露してくれたし、続く『恐怖女子高校 暴力リンチ教室』は素晴らしい存在感だった。
 このあと杉本美樹主演のスケバン映画2本に出演したあと、1974年に突然結婚引退してしまった。惜しい女優だし、歌手だったなぁ。まぁ、本業の歌手の方がパッとしなかったから仕方ないことか。

 このアルバムは、たぶん引退前の最後あたりの吹き込みだろう。
 浜圭介作詞作曲のシングル「おんな道」と「バカヤローのあいつ」以外はカバー曲で、園まりヴァージョンの「夢は夜ひらく」、西田佐知子の「東京ブルース」「女の意地」、黛ジュンの「夕月」などを、女優の時のようなドスを効かせるのではなく、「バカヤローのあいつ」もシングルとは違う歌い方で、しっとりとした歌謡アルバムとなっている。

Side A
1. おんな道
2. 影のおんな
3. 東京ブルース
4. ネオン川
5. なみだ恋
6. 恋の別れ道


Side B
1. 夢は夜ひらく
2. 夕月
3. バカヤローのあいつ
4. 女の意地
5. 私は私
6. 星影のワルツ



「恐怖女子高校 不良悶絶グループ」*志村正浩監督作品

不良悶絶グループ

監督:志村正浩
脚本:関本郁夫、鈴木則文
音楽:荒木一郎
挿入歌:「好きではじめた女じゃないが」太田美鈴
    「私が今愛しはじめた女は」愛川まこと
出演:池玲子、太田美鈴、叶優子、衣麻遼子、ベラ・シムス、早乙女りえ、碧川ジュン、一の瀬レナ、芹明香、三原葉子、白石襄、遠藤辰雄、名和宏

☆☆★ 1973年/東映/87分


    ◇

 シリ-ズ2作を撮った鈴木則文監督が東映東京へ異動になったことで、助監督だった志村正浩の監督デビュー作となった第3弾は、舞台が関西から岩国に代われば、キャストからもスケバン二大巨頭のひとり杉本美樹が抜けてしまい様変わりした。

 米軍基地のある街、岩国。ここにある私立聖愛女子学園には、多額の寄付金を受けた良家の子女ばかりを集めた山の手コースと呼ばれる3年A組があり、学園は特別待遇を与えていた。クラスには「紅ばら会」なるグループがあり学園の番を張っている。
 A組とは対照的に、基地の落とし子のハーフや貧しい女子ばかりを集めた通称スクラップコースと呼ばれるD組には「恐竜会」というグループが存在していた。
 米軍基地を利用した「死の商人」は、実は学園に権力を振りかざす実力者。怒りに燃える女番長は彼らに反撃する………。

    ◇

 映画の冒頭、「紅ばら会」の総番長・西園寺美也役で太田美鈴が登場。前作同様、ドスを効かせた台詞回しに酔いしれようと思っていると、あっさり転校してしまうではないか。送別会の次期番長選挙で池玲子が衣麻遼子と争い番長になるが、vs衣麻遼子のテンプレート通り、衣麻遼子に番長の座を明け渡して敵対同志になる。
 池は叶優子を倒し「恐竜会」の番長になるのだが、お嬢様の番長だったとはいえ、母親のセックスを見てショックで家を出るとか、基地近くの下層階級の現実にショックを受けたりと、どこか少女青春ドラマ的な進行が気になり、前作までの迫力に欠ける展開。
 池玲子と衣麻遼子に対抗する叶優子は、反逆児杉本美樹の“無常感”には遠くおよばず、やはり杉本美樹が欠けた穴は大きかった。

 後半、マカロニ・ウエスタンの流れ者のように帰って来る太田美鈴は、すっかり歌手になっていて、クラブで持ち歌「好きではじめた女じゃないが」を披露。妹分の池玲子らを助けるべく、色香を利用して名和宏をベッドに誘うときには、スケバン口調ではない美系の太田美鈴の魅力を見せてくれる。

 セーラー服姿の池玲子が悪徳外人らを機関銃乱射でなぎ倒すラストシーン。「かい、かん」と呟きはしないが、相米監督の『セーラー服と機関銃』より8年も前のストップモーションなのである。

 さて、台詞ひとつない端役で川谷拓三と芹明香が出演している。拓ボンはこの作品の前に『仁義なき闘い/広島死闘編』で注目され、芹明香はこの後に出演した神代辰巳監督の『濡れた欲情/特出し21人』で頭角を現わすのだった。

「恐怖女子高校 暴行リンチ教室」*鈴木則文監督作品

暴行リンチ教室_

監督:鈴木則文
脚本:鴨井達比古
音楽:八木正夫
主題歌:「冷えた世代」須藤リカ
出演:杉本美樹、佐分利聖子、太田美鈴、早乙女りえ、叶優子、衣麻遼子、碧川ジュン、須藤リカ、水沢夕子、一の瀬レナ、三原葉子、今井健二、金子信雄、渡瀬恒彦、池玲子

☆☆☆★ 1973年/東映/88分

    ◇

 『恐怖女子高校 女暴力教室』につづくシリーズ第2弾は、荒唐無稽さとエロ&バイオレンスは前作以上で、鈴木則文監督の娯楽の醍醐味と反骨が目一杯詰め込まれている。

 “スケバンの墓場”と呼ばれる「希望学園」は、実権を握る教頭(今井健二)と彼と結託する洋子(衣麻遼子)ら風紀委員たち(叶優子、須藤リカ、一の瀬レナほか)が暴力で支配する恐怖女子高校。学園の悪の実態を知り楯突いてきた転校生には惨い制裁を加え抹殺し、学園は警察を買収して事件を揉み消している。
 数日後、3人の転入生がやってくる。高崎で番を張っていた“カミソリ・レミ”こと北野レミ(太田美鈴)、大阪で幅を利かせていた“シロシロお京”こと久保京子(佐分利聖子)、そして横浜で名を轟かせていた“十字架典子”こと風間典子(杉本美樹)の3人だ。
 風紀委員の思うようにならない3人に、新たに“カツアゲの純子”(早乙女りえ)と“美人局の伸江”(水沢夕子)が仲間に加わる。そして、数日前に亡くなった転校生が典子の片腕の番格だった“ゴロまきの道代”だったことを知り、彼女たちは学園の体制をブッ潰すことで結束する。
 同じ頃、トップ屋(渡瀬恒彦)が学園の理事長(金子信雄)の黒い噂を暴くために学園に近づいてきた。
 ある日、典子を追いかけて関東女番長同盟総番長・多岐川真紀(池玲子)が学園に乗り込んでくる………。

    ◇

 今作は、杉本美樹に“復讐”の刃を持たせた勧善懲悪の図式で盛り上がる。鈴木則文監督の反権力・反体制の姿勢が一貫していて、ラストは“女子高生vs機動隊”のバリケート闘争となりクライマックスを迎えるのだから、痛快。

 オープニングから過激なリンチシーンが見られるが、様式美として赤いゴム手袋と赤マスクで顔を隠すセーラー服の一団が、ホラーさながらの異様さで目を惹く。ちなみに前作でも衣麻遼子たちは赤マスクを着用して登場し、次作では剣道着姿の池玲子たちが赤い面と赤い竹刀を持つのである。

 転入してくる3人の登場シーンには、それぞれの見せ場がつくられている。特に、美人の太田美鈴のドスの利いた声は迫力満点。半端ない本物のスケバンだったと云われる所以か、本業は歌手なのに全編に渡っての凄みは出演女優のなかで一番。
 水沢夕子も本業は歌手。唯一の映画出演である。

 さて池玲子。主役を杉本美樹に明け渡し、映画の半分が過ぎたころにやっと登場するという扱いだが、あいかわらず姐御気取りの存在感はピカイチで、颯爽とバイクを駆っての登場から仁義まで、場面をさらう姿に観客はしびれるのだ。

 「あたしゃ生憎生国と発しまするところ、関西です。林芙美子の名作で知られた尾道生まれ…………」
 これは、前作『恐怖女子高校 女暴力教室』での池玲子のタイマン仁義で、文学路線ににやりとした口上。さて今回は
 「わけありましてタイマン仁義、発します。わたくし、生まれも育ちも関東です。関東は太宰治がグッドバイした桜上水に生まれ落ち、ネオンきらめく東京副都心、ジュクの巷に育ちました。目と鼻の先のネリカン出たり入ったり。今じゃ関東スケバン同盟、38グループをおさえましてのスケバン、多岐川真紀です。おまえさんとサシのタイマン、お願い致します。」
 人間失格ときたもんだ。

 受けてたつ杉本美樹。
 「仁義、受けさせて貰います。わたくし、ミナト横浜伊勢崎生まれ。ガキの頃よりミッション育ち。小学・中学・高校と、流れ歩いた学校十と四つ。男泣かせの十字架に、女を捨てたスケバン稼業。人呼んで、十字架典子。おまえさんのタイマン仁義、しかとお受け致します。」
 そして、池玲子と杉本美樹とのキャット・ファイト、と期待しつつも肩透かしを喰う。

 いち時期、池玲子がホサれている間に『女番長シリーズ』の主役を獲った杉本美樹が、このシリーズでは1作目から主役として活躍している。どちらかが主役のとき常に助演のカタチで出演する二人は、演技力では池玲子の方が上と見ているが杉本美樹の存在感がその上をいくときもある。クールな佇まいと乾いた演技で魅せてくれるのは、断然杉本美樹であろう。女優としてのライバル意識は相当強くあり、仲がいいとは思えない。
 その二人が作品の中でタイマン勝負を見せてくれるのが、観客のお目当てでもあったはず。その勝負がこの作品では見られない。
 この後、今度は杉本美樹が仕事へのモチベーション不足などでホサれることになり、池玲子との勝負は半年後の『前科おんな 殺し節』で復帰するまでお預けになる。

 さて、復讐が終るまで待ってくれと願う杉本美樹に、池玲子はオートバイでドラム缶越えを条件に出す。キャット・ファイトに代わるひとつの見せ場。池玲子にしても杉本美樹にしても、これまでスタントなしでアクションをやってきたと思うのだが、さすがにこれはスタントだろうな。

 このあと池玲子は、リンチを受ける杉本美樹を救出したり、杉本美樹と衣麻遼子とのタイマン勝負の見届け人になったりと大忙し。あげくに、学園封鎖のバリケードの先頭で陣を執り、終ってみれば「ネリカンで決着つけよう」と杉本美樹らと一緒に護送車に乗り込むのだった。

 女優の引き立て役ながらハードボイルドに決めていた渡瀬恒彦だったが、最後の最後に笑いをとるサービスぶりにアレレレレ。


ファンサイト「石井隆の世界」オープン!

 映画作家/劇画家の石井隆氏のオフィシャルファンサイト『石井隆の世界』が、9月11日に開設された。

 一貫して女と男の世界を描きつづける石井隆氏の、得てして誤解に曝されてきた世界観を正しく見つめ直す場として、格好のサイトが立ち上がったといえる。

 石井ワールドに相応しいクールでシャープな作り。
 作品データも詳細を来しているので嬉しくなってくる。

 フィルモグラフィなら、フジTVの「ろくろ首」「夜に頬よせ」まで掲載。完璧じゃん。
 各作品の受賞歴も、絶版ものが多いけれどソフト化の情報も充実。
 
 ブックグラフィも、今やほとんど絶版の単行本の全てが並んでおり、感心するのは単行本の表紙のみ掲載ではなく、ウラ表紙を広げ、折返しにまで描画があるものはそのすべての絵を完全な状態で掲載していること。
 絵師である石井隆氏の世界、名美の姿をあまさず鑑賞させてくれるのだ。

 石井映画のファン、石井劇画のファンはもちろん、より多くのひと、石井隆を危ない世界と敬遠していた人にも覗いてもらいたい場所だと思う。
 石井氏の創作意図を知る一端となり、多くの支持を得られれば、次なる制作へのステップにもなるってものだ。

 もっと、もっともっと石井隆作品が観たいのだ。


「唇からナイフ」

pst_Modesty-Blaise.jpg
Modesty Blaise
監督:ジョセフ・ロージー
原作:ピーター・オドンネル
脚色:エヴァン・ジョーンズ
音楽:ジョン・ダンクワース
出演:モニカ・ヴィッティ、テレンス・スタンプ、ダーク・ボガード、ハリー・アンドリュース、マイケル・クレイグ

☆☆☆ 1966年/イギリス/119分

    ◇

 新聞連載の人気漫画『モデスティ・ブレイズ』を脚色した女スパイ映画で、赤狩りでアメリカを追われイギリスで作品を撮りつづけたジョセフ・ロージー監督のオフビートな快作となっている。

 中近東の某国の石油利権を得るためにイギリス政府が用意した5000万ポンド相当のダイヤを、ガブリエル(ダーク・ボガード)率いる国際盗賊団が狙っていた。対抗するイギリス情報部は、女盗賊モデスティ・ブレイズ(モニカ・ヴィッティ)と相棒のウィリー(テレンス・スタンプ)に警護を頼んだ…………。

    ◇

 60年代ポップカルチャー華やかし時代。スパイ映画となると『007』を筆頭に、『ナポレオン・ソロ』シリーズ、『サイレンサー』シリーズ、『ファントマ』シリーズ、『パーマー』シリーズ、『殺しのライセンス』シリーズ………キリがないほど百花繚乱。峯不二子を思わすラクウェル・ウェルチの『空から赤いバラ』というお色気作品もあった。
 コメディ・タッチとなると『007/カジノ・ロワイヤル』や『黄金の七人』シリーズなど、お洒落な作品が多く作られていた。そのなかの1本が本作だが、真剣にストーリーを追うと肩透かしを喰う、シュールなコメディに仕上がっている。

 まずは、モニカ・ヴィッティの唇をイメージした『唇からナイフ』という邦題が秀逸。
 ただし、内容とは何ら関係ないインパクトのみのタイトルだから、そのタイトルに惑わされ、映画館で睡魔と闘った観客がいたかも……。難解なのは前半で、後半からは楽しさを味わえるはず。

 この映画は、ミケランジェロ・アントニオーニ作品でアンニュイな香りを振りまいた美女モニカ・ヴィッティの存在感。それまでのイメージと違ったコミカルな演技が楽しいのだ。そして、60年代ファッションに身を包んだモニカの、チャーミングでセクシーな魅力と、元気溌溂な肢体を見られるのがいい。

modestyblises_00.jpg

 ゲイ趣味の盗賊のボスに扮する名優ダーク・ボガードといい、茶目っ気たっぷりに歌まで披露するテレンス・スタンプといい、笑いやサスペンスのテンポを無視した演技(演出)なのだが、これが、マゾヒスティックにもちょっとニヤニヤとしてしまう。美女モニカに相応しい二枚目なふたりなのである。

 つかず離れずなヴィッティとスタンプの仲睦ましい関係。ふたりがミュージカル風にデュエットするシーンや、拳銃片手に背中合わせで敵を迎え撃つシーンがキマっている。

 クライマックスは、カラフルな色の爆煙を上げながら「アラビアのロレンス」と「史上最大の作戦」のパロディが繰り広げられる楽しさである。
 
modesty-blaise.jpg

ショーケン、音楽活動再開! そして、ツアー

お馴染みさんから先ほど得た情報です。
なんと!7年ぶりにショーケンがレコーディングを完了したと!

歌うは、河島英五の名曲『時代おくれ』

 ♪目立たぬように はしゃがぬように
  似合わぬことは無理をせず
  人のこころを見つづける 
  時代おくれの男になりたい


 時代の狭間を漂う男を描く阿久悠氏の詞………好きな歌だなぁ。

 いまの、いや、これからのショーケンの時代に合った歌であろう。

 でも、この歌、配信のみだという。CDでは売れないからか?淋しいよな

 でもって、来春には全国ツアーの計画もあるとか。
 今度は絶対に行こっ…………と。


詳しくは
http://www.sanspo.com/geino/news/090911/gnj0909110505012-n2.htm


「つばくろ越え」志水辰夫



 『小説新潮』に掲載されていた志水辰夫の時代小説第3弾となる「蓬莱屋シリーズ」が先月発刊された。

 幕末を疾走するクールな飛脚屋たちの物語で、第一話のみ掲載時に読み、単行本になるのを愉しみにしていた連作だ。 

    …………………

 燕の通う尾根を ひとり疾駆する影 飛脚問屋・蓬莱屋シリーズ開幕!

 売りは秘密厳守とスピード
 あえて難路を選び 単独で列島を横断する脚力
 火急の金品を守り抜く状況判断力
 修羅場をくぐった男たちを束ねる蓬莱屋には
 そこを見込んでの注文が絶えない

 時は風雲急を告げる幕末
 行く手を阻む影に目を凝らしながら
 峠を越える男たちの物語四話
  (惹句より)

    …………………

 江戸時代の飛脚には大名飛脚と町飛脚のふたつがあり、一般の武士や商人とか町民は民間の飛脚問屋を利用していた。街道や宿場の整備によって二人ひと組で宿駅と呼ばれる区間を引き継ぎながら走るのが普通だろうが、目的地までたった一人で走りきる“通し飛脚”と云う専門職もあったらしい。

 ここに登場するのが、その“通し飛脚”の者たち。
 たった一人の道中で大金を運んだりするのだから、途中、賊に襲われないよう街道を外れ、独自の路を走ることになる。それはかなり過酷だ。だからして、ここにハードボイルドなストーリーが生まれる。これまで、小説の題材などにはあまり取り上げられなかった職業だからして、新鮮な人物像として描かれている。
 請け負った“ワケアリ”を抱え走る主人公、彼に絡む登場人物として蓬莱屋の親方勝五郎も、行き先ざきで関わる者たちも、実に魅力的だ。

 道中、山間の情景描写、木々の匂い、鄙びた村あいの空気や彩り、人間たちの息遣いは、まさにシミタツ節である。
 
    ◇

つばくろ越え/志水辰夫
【新潮社】
定価1,785円(税込)
2009年8月初版


9.9.9.はMONOの日

 本日、2009年9月9日は全世界的にBEATLES DAYである。
 22年ぶりにリマスターされたCDが世界同時発売された日。
 ニュースでは午前0時に大騒ぎをしたことが取りあげられ、FM曲はBEATLES一辺倒。
 まあ、いいでしょう。ぼくも振り回されたひとりだからね。

beatlesmonobox.jpg

 「The Beatles In Mono Box」を購入してきた。これは、全世界的に日本製の紙ジャケ仕様で、オリジナルの英国盤を忠実に再現されているということで、どうしても手に入れたかった代物。
 今夜はまず紙ジャケットを眺めるだけで終わりそう(笑)。

 詳しくは☆ビートルズのアルバム・ジャケット・アートの魅力☆で………

 amazonで輸入盤を予約するも、世界的限定数に対応できず10月以降のそれも不確定なことになりそうだったのでキャンセルし、タワレコで国内盤(stereo boxより高い39,800円もするのだ!)を予約したんだが、さっきタワレコへ行ってみると輸入盤(日本逆輸入盤)が沢山あるではないの。で、1万円も差額が違うので(欲しいDVD3本も買えるからね)輸入盤を買ってきた。ライナーと歌詞の翻訳があるかの違いだから、リマスターに関しての話なら『リマスターCD公式ガイド~コンプリート・ビートルズ』を読みながらでいいんじゃないかいなと思う次第。

completeBEATLES.jpg

 Stereo盤の方はどうしたかというと、BOXには手が届かない。ひとまずモノラル盤のない「Abbey Road」と「Let It Be」をバラで購入。
 と云うことで暫くはBeatles Monoに浸ることになるのだった………。


「恐怖女子高校 女暴力教室」*鈴木則文監督作品



監督:鈴木則文
脚本:掛札昌裕、関本郁夫、鈴木則文
音楽:八木正夫
主題歌:「冷えた世代〈女高生哀歌〉」須藤リカ
出演:杉本美樹、三浦夏子、碧川ジュン、須藤リカ、丘ナオミ、衣麻遼子、女屋実和子、一の瀬レナ、三原葉子、名和宏、金子信雄、成瀬正孝、池玲子

☆☆☆ 1972年/東映/79分

    ◇

 東映ピンキーヴァイオレンスのひとつで、女子学園を舞台にしたセーラー服スケバン・シリーズの第1作。

 神戸にある私立女子高校“聖光学園”は、3年4組の中田迪子こと“嵐線会のおみち”(杉本美樹)が率いるグループと、理事長の妾の娘で3年2組の澄子(衣麻遼子)をボスとするグループが対立していた。事勿れ主義の教師たち。学力優秀な優等生洋子(三浦夏子)はアルバイトでホステスをしている。熱血教師は同僚教師(女屋実和子)がリンチを受け自らの力のなさに萎えていく。そして、一匹狼の“乱れ菊のお由紀”(池玲子)が転向してきたことで、新たな火種をかかえるのだった……。

    ◇

 杉本美樹はまだしも、とても高校生には見えない池玲子を筆頭に、衣麻遼子、須藤リカ、碧川ジュンらの濃いメイクでセーラー服姿というのは、いわばキワモノ。倒錯的な面白さがあるプログラム・ピクチャーである。

 主演の杉本美樹が劇中で何度も「世の中、しっちゃかメッチャかさっ!」と吐き捨てるが、ストーリーもムチャクチャ。それでも、娯楽に徹するサービス度は満点で十分に楽しませてくれる。
 スケバン・グループの抗争劇から池玲子の復讐劇となり、ラスト杉本と池が団結し、私利私欲に走る理事長親子(金子信雄と名和宏)の野望を砕く痛快さ。
 セーラー服姿で学校内に蔓延する悪に立ち向かう彼女たちが、最後には制服を脱ぎ、燃やすことでおとしまえをつける潔さ。
 ライフル片手の池玲子も、アジ看板の前で裸で仁王立ちする杉本美樹も、カッコ良さを優先する絵づくりで、じつに楽しい。

 「なんだい、ありゃあ。皆殺しの唄じゃないか」

 池玲子の登場シーンに、ハワード・ホークスの西部劇『リオ・ブラボー』の挿入曲「皆殺しの唄」をピアノで流すのもご愛嬌。池玲子の過去に絡む行動を示唆するテーマになっていて、なるほどスケバンものって、パターンはウエスタン。ヴァイオレンスの残虐さはマカロニ・ウエスタンに近いのだ。

 また、劇中のいたるところに「革命」とか「総括」とかのアジテーションの文字が写るのも時代を反映。中学や高校の校内暴力が社会問題として騒がれるは、まだまだ何年も先の話なのだ。

 この作品でデビューした碧川ジュンは、学習院中等科から宝塚音楽学院を卒業して東映のスケバン女優になった異色の経歴。序盤で意味なく教室の机の上でストリップするのも、衣麻遼子のグループに強烈なリンチを受けライターや煙草の火で身体を焼かれるといった体当たり演技も、新人として顔を売るステージなわけだ。東映では9本の映画しか出なかったが、結構好きな顔だちなので少ない出番を探したりしていた。最後は、1本だけ日活ロマンポルノ『秘本 乱れ雲』で主役を演じて映画界を去った。

 杉本と池のタイマン勝負のバックに流れる主題歌「冷えた世代」は、哀愁あるメロディと須藤リカの上手い歌声で聴き応えあり。Hotwax*traxとしてリリースされている「やさぐれ歌謡最前線 女番長《スケバン》ゲリラ」で聴くことができる。
 彼女はのちの“すどうかづみ”。70年代後半のTV番組『ウィークエンダー』で、泉ピン子、桂朝丸(現・ざこば)と共にやかましキャラで人気が出たひとりだが、東映映画出演はこれが最初で、このシリーズと『女番長』シリーズでも印象を残している。

歌謡曲外伝【サンとロペ】

 70年代初め、他のデュオとは一線を画するあばずれ歌謡の女性デュエットとして、知る人ぞ知るサンとロペ。
 2枚のシングル盤を残して何処へか消えたふたりである。

 一切のデータが不明なデュエット(どちらの女性がサンなのかロペなのかさえ判からない)で、Hotwaxから刊行された「歌謡曲番外地」に取り上げられた時には、経歴やレコード・リリースなど何か判明するのかと期待を寄せたが、高護氏においてもそのデータを記することはできなかったようだ。
 今の時代、インターネットで検索すれば可能かと思いきや、やはりサンとロペは謎のままである。

    ◇



サンとロペ◆ 夜泣き女/あなたはうそつき 1970年

 サンとロペのファースト・シングル。
 当時、これを購入した経緯は忘れてしまったが、テレビで観たとも思えないのでラジオで聴いたのかもしれないが、きっとふたりのいかにも妖しげな風貌、その、ちょっと“いしだあゆみ似”と“悠木千帆(現・樹木希林)似”に見えたジャケットに惹かれたのかもしれない。

 ひとこと一言のフレーズに、独特なグルーヴ感のあるハーモニーとあばずれ感を醸し出すユニゾンで、一度聴くと暫く耳から離れない。まさに、あばずれ歌謡曲の傑作である。

    ◇

santorope-itsuwarinoonna.jpg

サンとロペ◆ 偽りの女/サンとロペの数え歌 1971年

 2枚目のシングル「偽りの女」は、裏社会に棲みついた報われない女と男のララバイ。厭世感に満ちたやさぐれ歌謡である。

  昔々は捨てました 明日もついでに捨てました
  今日という日があるだけの 男と女は 男と女は あゝ 部屋の中

 副題に《「男と女の部屋」より》と記されている。これは、阿久悠原作で絵師上村一夫の作品『男と女の部屋』の中に書かれていた詞に曽根幸明が曲を付けたもので、11編の短編劇画の第四話「偽りの女」のタイトルをそのまま引用している。劇画に登場するオリジナルの詞は5番まであるが、サンとロペの歌は4番までで詞の順番もバラバラ、歌詞の一部も微妙に変わっている。

kamimurakazuo-otokotoonna.jpg

 1970年に『漫画アクション』に連載されていた『男と女の部屋』。73年に単行本化されてから長い間絶版になっていたが、2007年に故・阿久悠氏への追悼として復刊されている。

 赤線、花街、淫売宿を舞台に、堕ちた女の狂おしいまでの生き様が描かれ、あきらめながら生きる女たちがしたたかに生きることで希望が見えてくる11話。すべての話に阿久悠の5編の詞が書きこまれ、作品世界に流れる歌謡曲として“体は売るが心は売らない女たち”を見つめつづけるメルヘンとなっている。
 
 ところで復刻本には山崎ハコが歌う「男と女の部屋」のCDが付録になっている。山崎ハコはデビュー前に、この詞に曲をつけてデモテープとして吹き込んでおり、CD『飛びます』のボーナス・トラックで聴くことができるのだが、この単行本のCDは新たにレコーディングされたもの。

 同じ阿久悠の詞が、違う曲として存在するのが昭和の歌謡曲である。

 さて、サンとロペのB面の「サンとロペの数え歌」も興味深い。
 ブッカーT&ザ・MGズの「グリーン・オニオン」風のイントロで始まる、淫靡なレズビアンの世界を歌うR&B歌謡は、昭和の歌謡曲の猥雑さが見えてくるような歌詞と歌声である。

「20世紀少年/最終章・ぼくらの旗」



20th Century Boys : Final
監督:堤幸彦
脚本:長崎尚志、渡辺雄介、浦沢直樹
原作:浦沢直樹(「20世紀少年」小学館ビッグスピリッツコミックス刊)
音楽監督:白井良明
主題歌:T.REX 「20th Century Boy」
出演:唐沢寿明、豊川悦司、常盤貴子、平愛梨、香川照之、木南晴夏、石塚英彦、宮迫博之、佐々木蔵之介、山寺宏一、藤木直人、石橋蓮司、古田新太、佐野史郎、中村嘉葎雄、黒木瞳、ARATA 、森山未來、小池栄子、福田麻由子、研ナオコ、高橋幸宏、遠藤賢司 …

☆☆☆ 2009年/日本・東宝/155分

    ◇

 “ともだち”が復活し、殺人ウィルスが世界中に撒かれて2年が経った“ともだち暦3年”(西暦2017年)、“ともだち”は世界大統領に君臨していた。
 “ともだち”の次なる予言は「8月20日正午、人類は宇宙人によって滅ぼされる。わたしを信じる者だけが救われる。」と、人類滅亡計画を宣言。
 立ち向かうのは“ゲンジ一派”を率いるヨシツネ(香川照之)と、方や、より過激な武力組織を率いる“氷の女王”ことカンナ(平愛梨)だった。
 逃走中のオッチョ(豊川悦司)は東京に潜り込み、カンナにケンヂ(唐沢寿明)は生きていると告げ、カンナは8月20日の武力闘争の代わりに万博広場でロック・コンサートを行うことを決意する。その日はケンヂの誕生日だった。
 春波夫(古田新太)のマネージャーをしながら“ともだち”暗殺を窺っていたマルオ(石塚英彦)は、行方不明になっていたケンヂの姉キリコ(黒木瞳)が同級生のケロヨン(宮迫博之)の下でワクチンの製造研究をしていることを突き止めた。
 同じころ東京の街に、オートバイに跨がりギターを背負った“矢吹丈”と名乗る男がやって来る。
 そして運命の8月20日、野外ロック・コンサートの幕が下ろされ………

 「やめろ! 終わっちゃうじゃないか!」
 “ともだち”の声が響く…………

    ◇

20century3_1a.jpg

 荒唐無稽、空想科学冒険映画3部作の完結編。
 子供の空想話に付き合って1年。最後の2時間35分は飽きることなく楽しむことができた。

 “ともだち”が2017年の東京の一部を、箱庭のように1969年から70年の街並に変貌させる。ミニチュア・セットとCGがよりリアルに迫ってくる近未来の都市と、貧しい木造家屋が集まる画面に、前2作以上のディテールで“昭和への郷愁”を満喫。
 「冒険王」とか「少年」などの雑誌で、小松崎茂が描く冒険科学物語の挿し絵を、まるで映画を見るように楽しんだ世代には、二足歩行ロボットと空飛ぶ円盤までもが懐かしく感じるのだった。

 その昔、ROCKは「反権力」であり「平和」「反戦」の旗印だった。あの時代、世界を変えるために歌は絶対的なものだった。
 だから映画のクライマックスは、1969年8月に行われたウッドストック・フェスティバルへのオマージュとも云える野外ロック・コンサート。
 ギブソン・レスポールを弾く唐沢寿明とドラムス古田新太、ベース高橋幸宏による3ピース・バンドが、結構イカした音を出していたのにはまいった。

 3作通じてヒーローぶりが格好良すぎる豊川悦司。木南晴夏は前作から気になる若手女優のひとりとなり、眼ぢからいっぱいの平愛梨にはもっと見せ場を作って欲しかった。
 一瞬、渡辺文雄かと見間違うくらいに変貌した佐野史郎の存在、古田新太のノリもさすがに可笑しい。そして遠藤賢司(!)……本物と出会うまでのケンヂの放浪は、そのまんま角川映画『復活の日』('80)のパロディ。

 さて、過去2作で広げた伏線はとりあえずは納得がいくように回収され、観客の一番の興味である“ともだちの正体”も想像通りに明かされクライマックスを迎える。
 しかしお楽しみはここから。エンドロールが流れた後、とどめの“真実”が語られる。
 だから、最後の最後まで席を立っては絶対にダメ。席を立てないようなライブシーンを交えたエンドロールなのに、それでも2組のカップルが帰っていった。もったいない観客である。

20century3_1b.jpg

 この最後の10分間、ヴァーチャルな世界だとしても、ケンヂのけじめがつき、幸福感に包まれた終り方。大きなパラドックスに陥ってはいるが、少年時代の“ともだち”として登場する某俳優の切ない演技と、主題を“友だちって何”にシフトチェンジした結末は正解だ。
 オッチョを助ける福田麻由子同様、この若手実力俳優も見事な表現力と存在感を兼ね備えている。キャスティングの成功である。

 ところで“ともだちの正体”は、第1章において分かりやすく観客の目の前で明かされている。写るべきところに登場しないことで確信を持てたはず。
 ひとの記憶の曖昧さをトリックにしたことで「そんなバカな」と突っ込みどころは多いが、このもうひとつのツイストで、ある程度の納得と満足が得られたのではないだろうか。


「20世紀少年/第1章・終わりの始まり」

「20世紀少年/第2章・最後の希望」



「やくざ観音 情女仁義」*神代辰己監督作品



監督:神代辰己
脚本:田中陽造
撮影:安藤庄平
音楽:あがた森魚
出演:岡崎二朗、安田のぞみ、松山照夫、絵沢萠子、高橋明、坂本長利、丘奈保美

☆☆☆★  1973年/日活/84分

 本文はHotwax誌 [vol.6]に掲載した作品紹介を一部修正して転載したものです。

    ◇

 旅の僧侶・嵐雪(松山照夫)は川で釣りをしていた。釣れたのは、女の死体。引き上げると腹が揺れている。中に赤子がいるのだ。嵐雪は取り出すとその子を阿弥陀寺に預けた。
 23年の月日が流れ、その子は清玄(岡崎二朗)という名の僧として仏の道に精進していた。ある日、寺の檀家であるヤクザの斉田組組長の娘・美沙子(安田のぞみ)が、死んだ母を供養するために寺を訪れたところ、敵対する組のヤクザに誘拐されそうになる。そこに通りがかった清玄が、彼女を助け一緒に川へと逃げる。美沙子は清玄を誘惑すると岩の上で裸体をさらし結ばれる。そこで、彼女の父親が自分の父親でもあることを知る。ふたりは異母兄妹だったのだ。
 美沙子と別れ寺に戻った清玄は、追ってきたヤクザたちを圧倒的な強さで倒し、寺を出ていくのだった……。

     ◇

 寺の僧として全ての煩悩を仏に捧げる身として生きてきた岡崎二朗が、初めて交わった美しい女が異母妹と知り、生まれてくるはずのなかった身の怨みでやくざの父親を殺し、ひたすら妹に取り憑かれながら修羅の世界へと堕ちていく話。

 冒頭、見世物小屋の口上からはじまり、女の死体を釣り上げた松山照夫が、死体の腹から赤子を取り上げるおぞましくもコミカルな幕開け。田中陽造の脚本はやくざ映画の展開を基に、禁断の愛に翻弄される男の情念をバイオレンスで昇華させている。

 地獄絵図の殺戮シーンや、滝の上での情交シーンを、ハイスピード撮影で美しく切り取るカメラマン安藤庄平のセンス。魅了させられる画面だ。
 岡崎二朗の赤い褌姿と背中に彫られる菩薩の刺青の色気も、仏を背負い鬼になる凄まじい姿として官能的だ。
 また、岡崎二朗に絡む絵沢萠子の肉体も、さすがに日常的色香の濃厚さに溢れている。

 随所に挿入される無音のイメージショットや、あがた森魚の歌に読経が被さる異質な効果など、特異な神代演出が因果な世界を構築し、陰惨で血みどろな終幕に突き進んでいく。そして至福極楽に生きることを決めた岡崎二朗は、ラストで有無も云わせず観客を突き放す。