TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「盗まれた情事」*神代辰巳テレビ作品

『盗まれた情事~青年医師が堕ちたエロスの罠! 釣糸に仕掛けられた殺人トリック』
原作:連城三紀彦
脚本:荒井晴彦、高木功
監督:神代辰巳
挿入歌:「遠くへ」浜田省吾
出演:三浦友和、余貴美子、高島礼子、火野正平、田口トモロヲ、柄本明、藤田敏八、北見敏之、絵沢萠子、六平直政、石橋蓮司

放送:1995年7月1日/「土曜ワイド劇場」松竹・キー局=ABC/91分

    ◇

 神代辰巳監督の遺作となったこの作品は、男の破滅を描いたサスペンス・ドラマで、深みのある人間描写と見事なラストシーンが忘れ難い傑作である。
 1988年の映画『噛む女』以来の神代作品に出演した余貴美子。震えがくるくらい見惚れてしまう悪女ぶりである。


 本文は、以前別サイトに掲載した作品紹介を大幅に加筆修正したもので、完全ネタバレとなっています。

    ◇

 大きな個人病院の外科部長・矢沢(三浦友和)は、院長(藤田敏八)のひとり娘と結婚して娘が一人いるのだが、夫婦仲はうまくいっていない。当直室で寝起きしながら、不倫する看護婦には「女房とは別れない」という生活を送っている。
 朝、トイレでグリム童話を読み、ニヤニヤしながら食卓につく三浦友和。
 「何笑っているの?」と女房。
 「俺たちなんだろうなって…………洗面所のタオル、いつも裏側に垂れている方で拭いてるだろ。オレが拭いた後がイヤなんだろ? でも、おんなじなんだよ。オレも裏で拭いてるから……。表で拭いてるのは娘だけだ。両方がイヤがって、結局おんなじ。オカシイだろ?」
 冒頭のこの夫婦のやり取り、特に三浦友和の半笑いの表情が面白いし、「お姫様と王子さまで出会ったから、いま、カエルになってしまったんだ。」と、娘にグリム童話の「カエルとお姫様」を自分たちに置き換えて話したり、結局最後まで、中途半端な生き方をしている男の開き直りと冷めた感情を見せる三浦友和が巧い。

 病院の患者には、かつて大学で思想闘争を一緒に戦って来た友人の高田(北見敏之)が癌で入院していた。高田は「結局、社会や制度は変わらないまま、お前たちは医者という権威を選んだのだ」と矢沢を責め、そして、亡くなった。

 矢沢は、同じく大学の友人で今は場末の映画館を経営している石井(火野正平)を訪ねる。
 絵沢萠子が、『恋人たちは濡れた』('73)の時と同じように映画館のもぎりでワンシーン登場し、館内で上映されているはショーケンと倍賞美津子が出演した『恋文』('85)である。

 「映画に大人向けも子供向けもあるもんか。面白いか、ツマらないかだ…………。ここを閉館する。また負けだ……。」と口にする火野正平。当時、闘争の末収監され、医者の夢を閉ざし、人生に負け続けてきた男の言葉が矢沢の胸に響く。矢沢も、自分自身の総括が出来ないまま、毎日を無気力に過ごしているのだ。
 
 矢沢の妻の友人で、団塊世代の上司に妻を寝とられたテレビプロデューサー(田口トモロヲ)は、「“キミ作る人。ボク食べる人。”なんて言ってたヤツらがやった事といえば、自分の子供に小難しい名前を付けることと、不倫をカタカナにしたことだけさ」と吐き捨てる。
 田口トモロヲが三浦友和に詰め寄る。「云うことと、やることの違う自分たちを、土下座して懺悔してみろよ。俺は、アンタたちが嫌いだ。革命だと云いながら、今はヌクヌクと中間管理職で生きているアンタたちが嫌いだ!全共闘って何だったんだ!?」
 三浦は、田口の前に土下座をし「メチャクチャやって、気持ち良かったよ」とうそぶくのだが、
 「昔、ヘルメットを冠ったこと、後悔してないか?」の言葉に、火野は「今がモノクロなら、あの頃はオールカラーだな。総天然色だったよ。」と返す彼も、「変わったのは世の中や制度でなくて、オレたちだ」と納得はしているのだ。物語の三分の一は、こうした団塊の世代の男たちの心情が綴られていく。これは脚本の荒井晴彦の、同世代に対しての自虐的な弁なんだろう。

 さて、始まってちょうど30分のところで余貴美子登場。
 惰性の毎日に飽きてきた矢沢は、風俗雑誌の投稿欄の記事に興味を抱き、試しに電話をしてみる。「妻を満足させてやれない自分の代わりに、自分の妻を抱いて欲しい」という車椅子の依頼主とホテルのロビーで会い、指定された部屋に居たのは、黒のワンピースを着た女性(余貴美子)だった。
 低くハスキーな声で、男をかしずかせる態度の女に興味を持った矢沢は、ベッドの様子を電話で夫に聞かせる条件を受け入れ、その後、何度も情事をくり返すのだった。
 ある日、その電話口に銃声が響き男の断末魔が電話口から聞こえた。同時に女も矢沢の前から消えてしまった。
 後日、男が殺された時間の男の妻・藤子のアリバイ証人になった矢沢の元に、消えた女から電話がかかってくる。ソファに横座りしながら「逢いたい………わたしって、いけない女ね」と囁く余貴美子はとても妖艶。

 実は、殺された男の妻・藤子はまったく別の女(高島礼子)で、情事をしていたのは幸子という女だった。本物の藤子に金で雇われた幸子と矢沢は、藤子が資産家の夫を殺すためのアリバイに利用されていたのだった。
 映画館で高島礼子が三浦友和に真相を打ち明ける場面には、大島渚監督のデビュー作『愛と希望の街』('59)がスクリーンに映し出される。大島映画のなかの怒りの爆発と三浦友和の動揺がリンクされ、高島礼子がライフルで夫を射殺する場面と、『愛と希望の街』の有名なラストシーン、鳩をライフルで撃ち落とすシーンが重ねられる。
 幸子を忘れることができない矢沢は、真相を語らないという条件で藤子から幸子の連絡先を聞き出し、再会する。
 微笑みを浮かべ歩いてくる余貴美子と後ろ姿の三浦友和を望遠カメラが捕らえ、ふたりが並んだところで余がはにかみながら「つけて来てないのよ……下着」と囁く。これにはどんな男もクラクラだろう。

 矢沢は病院に退職願を出し、家庭を捨て、幸子と暮らしていくことを決意する。
 男の破滅がはじまる。
 幸子の身の上が語られる余貴美子と三浦友和のベッドシーンでは、ふたりが抱き合う姿を含め、すべて鏡に写した映像を使う演出。
 そして、「あの女から少し(金を)もらわない?」と持ちかける余貴美子である。

 石井の映画館建て直しの資金と、幸子との暮らしを手にいれるために、矢沢はふたり分の航空券を手に、幸子とともに金の受け渡し現場へ向かう。
 三浦友和と余貴美子の会話のなかに『暗殺の森』( '70 ベルナルド・ベルトルッチ監督)が出てくる。ジャン=ルイ・トランティニャンが異端を恐れ体制に適応していく主人公を演じた映画で、矢沢の心情を何気なく表している面白い箇所である。

 金が置かれている小さなボート小屋に入った矢沢が見つけたものは、真っ白な紙の束が詰ったボストンバック。その時突然、幸子が小屋の外から閂を押さえ、矢沢を閉じ込めてしまう。必死の形相で閂を押さえる余貴美子の顔が、次第に涙顔になってくる。
 仕掛けられたルアー用の釣り糸を操る高島礼子。小屋の中の焚火にダイナマイトが落とされる。
 その瞬間、ふたりの女性が共犯関係だったことを知った矢沢は、自分の愚かさに笑いをこらえることが出来ず、全てを悟った彼に出来ることは、幸子と自分の航空券を躰の下に隠しながら死を待つことだけだった。
 大音響とともに火柱をたてて燃え上がる小屋を、じっと眺める女ふたり。潤んだ瞳の余貴美子に「好きだったのね」と呟く高島礼子。高島の頬を叩く余には自分の感情の揺れに動揺する姿があり、毅然とその場を立ち去る高島とに、ふたりの性格の違いが表れているのだが………。

 終幕、沖縄のリゾートホテルのプールでデッキチェアに寝そべる幸子と藤子の姿がある。少し派手な柄の水着姿の高島礼子が、エンジ色の水着を着た余貴美子の脚を愛撫している。プール脇にいる若い女性をじっと見つめる幸子の眼を塞ぎながら「捨てないで…」と囁く藤子。
 「私の娘になる?私と養子縁組みすれば、別れられないわよ」余貴美子のハスキーな声が魔性の響きとなり、藤子は幸子の唇にキスをする。
 ふたりの関係がレズビアンであり、実は余貴美子の方が主導権を握っていたことが判る。「白いドレスの女」のキャスリーン・ターナーばりの悪女だったわけだ。
 余貴美子の水着姿が見られるのは、後にも先にもこの作品だけである。

 ふたりの男が浜辺をホテルに向かって歩いてくる。矢沢の躰の下でわずかに残っていた航空券から、事件の真相が判明したことなどふたりは知るよしもない。
 笑みいっぱいで平泳ぎをするふたりをカメラが捕らえて終る。

    ◇

 さて、ドラマ全体に劇伴としても使われるのが、浜田省吾の1986年のアルバム『J.Boy』に収録されていた「遠くへ - 1973年・春・20才」という作品で、学生運動を背景に純粋だった青春期が歌われている隠れた名曲である。
 学生運動を歌った歌は幾多もあれど、この選曲は素晴らしい。オープニングからピアノ曲で流れるこの切ないメロディが、冷め切った矢沢の心情と重なり、社会のいろんなものに取り込まれていく苦しみを感じることができる。

 ♪紺と銀色の楯の前で 空を仰いで祈り続けた
   “神よ 僕等に力をかして  でなけりゃ今にも倒れてしまいそう”

  振り向くと 遠くにあの娘の眼差し 笑っているのか泣きだしそうなのか
   違う 違う こんな風に僕は 打ちのめされる為に 生きてきた訳じゃない

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WOWOWでロマンポルノ

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 日活ロマン・ポルノの歴史を振り返る番組が、8月にWOWOWで放送されます。

 1971年11月に封切られた西村昭五郎監督の『団地妻 昼下がりの情事』から、1988年5月石井隆監督の『天使のはらわた 赤い眩暈〈めまい〉』まで(最後の作品はもう1週あったらしい)、その17年間の軌跡を辿る90分のドキュメンタリーで、蟹江敬三のナレーション、初代ポルノ女優白川和子、美保純、風間杜夫、金子修介監督、白鳥あかね(神代辰巳監督のスクリプターとして有名)、荒井晴彦、佐々木志郎、山根貞男、山田五郎らの証言でひも解かれる一時代の映画史、必見です!

 つづけて5夜連続で「ロマン・ポルノ傑作選」も放送されるので、いままで興味はあっても見ることが出来なかった方々、その魅力を垣間みてください。

    ◇

ロマン・ポルノ伝説1971-1988
14日(金)深夜0:00~

ラブホテル('85)
14日(金)深夜1:30~
故・相米慎二監督と石井隆がタッグを組んだ不朽の名作。

桃尻娘ピンク・ヒップ・ガール ('78)
15日(土)深夜1:00~
橋本治の原作を映画化した青春映画の秀作です。可愛い竹田かほりの代表作!

女教師 ('77)
16日(日)深夜0:00~
永島暎子・砂塚秀夫・古尾谷雅人・蟹江敬三・樹木希林・山田吾一らが出演する、田中登監督がどっしりとストーリーで見せる傑作です。

以上3作品はお勧め!

セクシー・ぷりん 癖になりそう ('81)
17日(月)深夜2:00~

軽井沢夫人 ('82)
18日(火)深夜2:10~

この2作品は未見なので、今回楽しむことにします。

「誘拐報道」*伊藤俊也監督作品

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監督:伊藤俊也
原作:読売新聞大阪本社社会部
脚本:松田寛夫
撮影:姫田真左久
主題歌:「風が息をしている」作詞:谷川俊太郎、作曲:菊池俊輔
出演:萩原健一、小柳ルミ子、秋吉久美子、藤谷美和子、高沢順子、池波志乃、伊東四朗、高橋かおり(子役)、和田求由(子役)、岡本富士太、三波伸介、大和田伸也、中尾彬、平幹二朗、菅原文太、丹波哲郎

☆☆☆★ 1982年/東映/136分

    ◇

 モントリオール世界映画祭審査員賞を受賞したこの映画は、1980年に実際に起こった小学生男児誘拐事件を、“報道協定”という枷をかけられながら取材活動してきた新聞記者たちのドキュメントが原作となっている。事件からたった2年。事件の渦中をリアルに描いた作品である。

 実際の事件の概要は、1980年1月、宝塚市に住む歯科医の長男で小学1年生の男児が学校帰りに誘拐され、身代金3000万円を要求する脅迫電話が掛かってきた。翌日、両親は犯人から指定された場所に数回出かけたが、犯人は現れず。二日後の午後、西宮市で不審車両の職務質問を受けた男の車のトランクから、シートカバーに包まれた男児を保護。男はその場で逮捕された。元喫茶店経営の男の娘が、誘拐した男児と同級生だったという顛末だった………。

    ◇

 伊藤俊也監督のデビュー作“さそりシリーズ”を共に作り上げた松田寛夫の脚本は、捜査する警察陣とスクープを狙う報道記者たちの攻防よりも、萩原健一扮する犯人と犯罪者の家族(小柳ルミ子と高橋かおり)の心情に力点が置かれている。ショーケンの過剰過ぎるくらいの演技が、外連たっぷりな演出をする伊藤俊也監督らしさで、全体にはサスペンス豊かに、叙情感をたっぷり感じさせるものがある。

 私立小学校に通う三田村英之(和田求由)と古谷香織(高橋かおり)の何気ない日常がスケッチされ、下校途中、ガード下トンネルを出た英之の上に布団袋がスローモーションで落ちてくる。

 読売新聞社(実名)の記者たちの集まりから事件発生の警察の対応。“報道協定”が敷かれ、そして“協定解除”に備えての情報合戦などの描写。若い記者(宅麻伸)と恋人(藤谷美和子)とのエピソードを交えながら、犯人からの電話を待つ被害者の三田村宅(秋吉久美子と岡本富士太)と張り込みの刑事たち(伊東四朗)の姿がつづく。

 犯人は喫茶店を詐取され借金に追われる古谷数男(萩原健一)。雪積もる奥丹後の冬景色の中に、アウディに乗って登場するのは映画が始まって30分くらいのところ。故郷へ向けて車を走らせながら、岸壁に近い駐車場に車を止めて三田村家へ電話を入れる。
 荒波にうねる日本海をバックに、公衆電話ボックスのなかのショーケンを撮らえるカットは、姫田真左久の望遠キャメラが凄い緊張感を盛り上げている。素晴らしい画面である。

 子供を入れた布団袋を崖から海に投げ入れようとするが、ダイバーの姿で躊躇する数男。シュノーケルの音と風の声が犯人の怯えを増幅し印象的だ。
 袋を担ぎ墓地のなかを移動しているときに、突然、袋のなかから「おしっこ」の声。厳寒ロケのなかで、子役の小便をガマンさせて本気で云わせたセリフだという。
 犯人にとって子供は金に代わる“物”であったはずなのに、ここから命あるモノに変わっていく。子供が発する「おしっこ」や「お星さま」や「ジャムパン」という言葉が、生命の尊さを漲らせるキーワードとなり、卑劣な犯人が、人間らしい振る舞いを見せていくのである。
 母親を訪ね、その姿と日常性に触れ気弱さがでてくる数男には、小心者の姿しかない。その不安な情景を、ショーケンは内面からの表情と行動で悩ましく演技する。

 宝塚市に戻った数男は、身代金の受け渡しにことごとく失敗する。緊張の糸が切れる寸前の秋吉久美子と岡本富士太の絶望感。伊東四朗の刑事に「取引現場に来ないで欲しい」と哀願するシーンは何とも悲痛。犯人逮捕に躍起になる警察陣の被害者への対応や、スクープ至上主義のマスコミなど、その行動はどちらもとても 非情だ。

 スリリングさが盛り上がったところで最後の電話。財布を無くしたショーケンが、「10円玉が無いんじゃ!」「子供をもてあましとるんじゃ!」と叫ぶシーンは圧巻。

 半端ない役作りをするショーケンは、シナリオを手にしたときから現場などのロケハンを自ら行い、リアルさを突き詰めたという。2ヶ月で10kgの減量、その飢えた狂気の様を画面からビシバシと放射している。追い詰められていく焦りや、恐怖といった犯罪者の心理を見事に伝えている。
 公開当時、評判の悪い犯人と実家近くに住んでいたいしだあゆみの母から犯人役を猛反対されていたというエピソードが出てきたくらい(萩原健一の著書『ショーケン』でも自ら語っている。)、ショーケンがこの映画と本気で格闘し、見事に浸ってきたことが伺え知れる。
 圧倒的にこの映画は、ショーケンの作品と云える。

 ついに最後の受け渡し現場でも張り込む刑事たちの姿を見て、絶望する数男。陽の昇る頃、車のなかで呆然自失でいる数男に警察官が職務質問。犯人のその後は描かれない。
 そして“協定解除”によるメディア・スクラムが始まるのだが、提携する読売新聞と日本テレビに配慮してか、これも詳しく描かれない。
 夜逃げをする小柳ルミ子と高橋かおりを待ち伏せてフラッシュをたく宅麻伸が、「うち………お父ちゃん好きや!」の言葉にスクープ写真をボツにするのも、何だか甘い終り方ではある。

 終盤、菅原文太がヘリコプターの操縦士役で特別出演してくるのも、大いなる蛇足と云えないか。

    ◇

  さて、1982年度のマイベストテンを並べてみて気がつくのは、7作品が犯罪映画だった。

 さらば愛しき大地
 野獣刑事
 TATTO0〈刺青〉あり
 蒲田行進曲
 水のないプール
 疑惑
 悪魔の部屋
 生きている小平次
 キッドナップ・ブルース
 誘拐報道

 そのどれもが、多種多彩で強烈な個性が光る傑作といえるものばかりで、面白いのは、主人公や犯罪者となるキーマンたちにミュージシャンが多いことだ。
 『TATTO0〈刺青〉あり』の宇崎竜童、『野獣刑事』の泉谷しげる、『水のないプール』の内田裕也、『悪魔の部屋』のジョニー大倉、そしてこの『誘拐報道』の萩原健一。
 揃いも揃ってみんな悪たれ小僧ばかりのメンツ。役づくりのひとつにクリエイティヴさを求めるとしたら、ライブで見せるヴォーカリストの表現方法や、ステージ上で全ての実権を握るお山の大将だからこそ放たれる唯一無二の強烈な存在感こそ、重要なファクターとして働き作品のなかで燦然と輝くのだろう。

7月の猟盤



 本日の買い物、530円也

 風間杜夫………なんてったってジャケですよ(笑)。オバサマたちのアイドルなのが分かるよねぇ。作詞大津あきら、作曲鈴木キサブローでロックンロールしてます。
 太田美鈴のシングルみんないいんだけど、スケバン女優との二足のわらじがイマイチだったのか、売れなかったね。浜圭介作詞・作曲の「おんな道」のドスのあるうなりは耳につく。
 もんたさんのソロはあんまり聴くことがなかったけど、やっぱ、イイねぇ。

「六本木心中」桃井かおり

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桃井かおり◆ 六本木心中/やさしい女 1973年

 射すような眼差しと、濡れたブラウス姿に、「赤い鳥逃げた?」のマコが写っているかのような、息を飲むジャケット。
 これは、1973年にリリースされた桃井かおりのデビュー・シングル。「エロスは甘き香り」にも出演していた頃の桃井かおりである。

 アン・ルイスが歌った「六本木心中」より、もっともっと前に作られた同名曲は、72年に大ブームとなった上村一夫の『同棲時代』を、歌とナレーションで綴ったアルバム『同棲時代 春・夏・秋・冬』からカッティングされた一曲で、桃井かおりと小倉一郎のナレーションで始まる。

 「………こわい」
 「こわい?」
 「繰り返すことが…………こわいの」
 「死んじゃおか?」

 暗いトーンのふたりのつぶやきのあと、やけに明るくリズミカルなメロディに乗って歌われる桃井かおりの拙い歌声は、異質空間を滑空するような妙な感覚をおぼえる。

 渚で魚が死んだ日に  あたしに夏が訪れた
 飛べないカモメを拾い上げ  あなたが突然現れた
      ………………
 死んでゆくから生きるといったあなた 
 あなたがこわくて  泣きました

 幻のデビュー曲と云われていたのだが、2003年にリリースされたCD「GOLDEN ☆ BEST / 桃井かおり」で初CD化されているので、いまでは、このジャケットの存在のみが貴重である。
 
 B面「やさしい女」も同タイトルに中島みゆきの曲があるが、もちろん同名異曲。
 両面とも、上村一夫の作詞に中村泰士の作曲で、70年代はじめまでのシラケ世代の虚無感が漂う逸品である。

「きのうの神さま」西川美和

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 映画監督西川美和が書下ろした5つの短篇集。
 僻地医療を題材に、膨大な取材資料から生み出された映画『ディア・ドクター』の、映画の中の時間軸から抜け落ちた、もうひとつの物語である。

 過疎の地に従事する医師や僻地の住民たちの心情を綴りながら、夫婦や兄弟、友人など身近な関係における小さな歪みなど、人の心の奥底にくすぶる本性が鋭くあぶり出される。
 西川美和の洞察力の凄さと、映像クリエイターらしい場面転換とディテールの面白さを味わえる。
 
    ◇

 1983年のほたる
 人と同じが厭な小学生のわたし。町の塾から帰る最終バスのなかで、ある日、いつも決まった運転手に名前を呼ばれた。その日、バスは………。

 ありの行列
 小さな離島に代診としてやって来た若い医師は、島民との医療のありかたを知る……。

 ノミの愛情
 夫は、わたしが長年勤めた救急現場を去るに値するくらい、非の打ちどころのない医師なのよ。夫のことは何でも知っているの………わたしは看護師です。

 ディア・ドクター
 医師である父が倒れた。ぼくは、父を崇拝し医者を志した兄のことを考えた。遠い、遠い、僻地で暮らすあなたを待っています。

 満月の代弁者
 町を去るため、引き継ぎにきた年輩の新任医師を連れて患者の家を回る中年医師。慣れた町から、つぎに行く場所は何処……。

    ◇

きのうの神さま/西川美和
【ポプラ社】
定価 1,470円(税込)

 
    ◆

 何篇かに、映画『ディア・ドクター』の登場人物がリンクされているので、少しタネ明かしをしてみる。
 映画を観た方は、つづいてこの本を読むことをお勧めする。
 

 ホラーとして面白く読めた「ノミの愛情」は、らせん階段の使い方が見事。まさに映画監督らしいビジュアルが浮かんでくる。
 これは自己犠牲に潜む優越感。余貴美子演じる大竹朱美が結婚していた頃のストーリーとなる。
 映画の終盤、松重豊と岩松了ふたりの刑事に対峙する余さんの表情に、この朱美がだぶるだろう。

 「ディア・ドクター」は、「ゆれる」と同様に男兄弟の心情をみごとに描いている。女性がどうしてここまで男を描けるのか………西川美和オッサン説は本当だ。
 ここに、笑福亭鶴瓶扮する伊野治が登場する。弟から語られる伊野の肖像である。

 「満月の代弁者」は、“アルツハイマー”のサキヨを看る孫娘と男の会話がリアル。そして辛辣。
 “男”としか明記されていない主人公だが、最後の数頁に至ってこの男が、瑛太が扮した研修医の相馬啓介のその後と理解するだろう。ニヤリとさせられる。最後の電話の相手は朱美。余さんの顔が浮かんでくる。

 「1983年のほたる」は、井川遥が演じた鳥飼りつ子が小学6年生のときのエピソードとなる。

    ………………

 ついで書いておくと、この本の装丁写真、なにか気づきませんか?
 見えているものが正しいとは限らない。
 写真が逆さなのだ。でも、本来の向きの方がヘンな感じがする奇妙な写真だ。

「ディア・ドクター」*西川美和監督作品

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監督:西川美和
原作:西川美和
脚本:西川美和
エンディング曲:モアリズム「笑う花」
出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子、八千草薫、井川遥、香川照之、岩松了、松重豊、笹野高史、中村勘三郎

☆☆☆☆ 2009年/日本・エンジンフイルム+アスミック・エース/127分

    ◇

 デビュー作『蛇イチゴ』('02)でも、絶大な評価を得た『ゆれる』('06)でも、人間に対する洞察力の鋭さと、深い心理描写で圧倒させられた西川美和監督の第3作目は、シリアスな題材をライトなミステリー感覚で仕上げた人間ドラマになっている。

 医大を卒業したての研修医・相馬(瑛太)が、山あいの小さな村に赴任したのは遡ること2ヶ月前。相馬は田舎の医療現場に戸惑いながらも、村中の人々から“神さま、仏さま”より頼りにされている医師の伊野(笑福亭鶴瓶)の働きぶりに、やがて共感を覚えるようになる。
 ある時、かづ子(八千草薫)という村の未亡人が倒れた。彼女は、自分の身体がもう長くないことに気付いている。東京で医師をしている娘(井川遥)の世話にならないよう、自分は“何もしない”で故郷で一生を遂げたいと思っている 。
 かづ子の嘘を引き受けた伊野だが、伊野自身にも、ずっと言えずにいたひとつの嘘があった………。

    ◇

 高齢化が進む過疎地の現実は、寒村の医療問題としてきれいごとではすまない事実なのだと突き付ける西川監督の気概は、“ニセモノ”を糾弾するのではなく、だからといって“ニセモノの中の善”を肯定する姿勢でもなく、問題提起のカタチで貫かれている。
 “嘘”の中にある“真実”、そして“ニセモノ”だからこそ“ホンモノ”以上になれること。“善”と“悪”をはっきり分けることができない人間の本質に迫ることで、人間の愚かさや、ひとへの愛しさが、巧妙な切り口で語られる。
 前2作同様に、全体にミステリー仕立てなのが西川流。真っ暗な田舎道を走るオートバイを先導するようにアコースティックなブルーズが流れ、捨てられた白衣がシンボルティックに浮きあがる冒頭。伊野が失踪したところから始まり、時間軸を遡り回想のかたちで過疎の村の日常を描きながら失踪の謎を探る構成が、実に素晴らしいエンターテインメント性を発揮している。

 笑福亭鶴瓶はアテ書きしたかのようなハマリ役で、落語家である鶴瓶が女優八千草薫と絡るあたりが絶妙なのである。
 “光”と“影”の心境を持った複雑な主人公の内面を見事に体現する鶴瓶は、「緊急性気胸」の処置をめぐるシーンでは、救急現場で長いキャリアを持つ看護師役の余貴美子とサスペンスあふれるシーンを作り上げる。医師と看護師の立場を明確にしながら、“ニセモノ”と“ホンモノ”の重責が対等になるシーンだ。

 終幕、伊野が実家に電話をするシーンから最後のかづ子の表情まで、この主人公の生き方に“ウソ”はなかったことが伝わってくる。
 素晴らしいラストである。


西川美和を読み終えて

山口百恵を聴きながら………

週末は仕事。

忙しくても、仕事、あれば、ホント、いいのだ。

GW明けはひどかった。ひと月ほどシゴトらしい仕事をしていなかったよなぁ。

今週の火曜まで、もうひとがんばり。



で、レコ屋へもホン屋へも満足に行っていない状態で、読みたい本がたまってきた。

HDDにも映画がたまっているし、映画館へは「ディア・ドクター」の初日を観たくらい。



「ディア・ドクター」の監督、西川美和は好きな監督です。

「蛇イチゴ」もよかった。

その彼女が書いた小説「きのうの神さま」は、良いです。

5編の短編集、どれも、映像が浮かび上がる文章が面白い。

感覚がいいなぁ。

登場人物が、映画ともリンクしていて、映画を観たあとに読むと、一段とヨロシイ。

「きのうの神さま」は直木賞にノミネートされたし、

「ディア・ドクター」ともども、2009年度上半期のベストでショ。



これから読みたい本が、白川道の新作。

白川道といえば「天国への階段」。

鶴橋康夫監督でドラマ化されてたな。

佐藤浩市と古手川祐子、風間杜夫のメロドラマ的愛憎復讐劇の傑作だった。

佐藤浩市が出るとドラマは濃密になる。

今夜からはじまる「官僚たちの夏」も、今季一番の期待作となっています。

さて、それに間に合うように、仕事を片付けますかぁ…………。