TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「オッド・トーマスの霊感」ディーン・クーンツ

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 クーンツの翻訳としては最新刊となるノンストップ・サスペンスは、ホラー、SF、ミステリ、ロマンス、すべての要素を兼ね備えた大作〈オッド・トーマス〉シリーズの第1作目となる傑作、いや、大傑作である。

 ダイナーのコックで20歳のオッド・トーマスは、死者の霊を見ることができ、霊の伝えたいことを理解できると同時に、人の死に寄り付くボダッハと呼ばれる悪霊も見える青年。
 ある日、彼が勤めるグリルに来た初めての客に、数匹のボダッハが取り憑いているのを見て不吉な予感を感じたオッドは、男の住む家を調べ侵入するが、そこに見たものは猟奇的な殺人者を崇拝する男の正体であり、更に、翌日の8月15日に恐ろしい事が起きるのを感じた。災いをなんとか食い止めようとするオッドだが………。

    ◇

 “霊を見る男”からして映画『シックス・センス』のような大ハッタリを連想し、「主人公がアレで、コレが伏線で、こう展開するのだな」と予想して読み始めたのだが、こりゃぁ、想像を覆す内容だった。
 さすがクーンツ! 一筋縄ではいかないゾ。
 『シックス・センス』なんて足元にも及ばない展開と、登場人物の魅力で文庫550頁の長篇を、一気に読み終えた。
 
 クーンツにしては珍しい一人称語りの文章は、プロローグでいきなりある作品の引用を明かして始まるのだが、いったいこの作品に何が仕掛けられているのか。
 仕掛けがあると、ここまでは書いてもいいだろうと判断したが、どこまで書けばいいかは難しいところなので、これ以上ストーリーに関しては書かないことにする。この手法が見事に成功していることを、読んで実感して欲しい。

 その一人称の文章は、個性豊かな登場人物たちとのウィットある会話に余韻が持たれる。幼い頃両親を亡くした恋人のストーミーは常にポジティヴ精神の持ち主、ダイナーの経営者でエルヴィス・プレスリーに取りつかれているテリ・スタンボー、町の警察署長のワイアット・ポータと妻のカーラも、オッドの経験を手記にするよう勧め息子のように慕うミステリ作家のリトル・オジーも、みんなオッドの秘密を知る友人たち。そのひとり一人との関係や人物像が、実に風変わりで魅力的に描かれている。
 あ、もうひとり、エルヴィス・プレスリーの幽霊も大事な登場者だ。涙を流すプレスリーにも訳があるのだから……。

 もちろん、主人公オッドが恐怖を抱きながら運命に立ち向かう姿勢は、世界を救うための自己犠牲的精神で、その善良な心の持ち主に胸打たれるところであり、こころ温まる物語となっている要因でもある。
 クーンツ・ファンには過去の作品の集大成であり、初めての読者にはエンターテインメント小説を堪能して欲しいおススメ作品である。

 この作品の本国アメリカでの上梓は2003年で、シリーズはこのあと2008年の第4作目まで発刊されている。クーンツの構想では6~7作のシリーズを考えているようだが、まずは“シリーズ2”の翻訳が待ち遠しい。

    ◇

オッド・トーマスの霊感/ディーン・クーンツ
訳:中原裕子
【ハヤカワ文庫】
定価 1,050円(税込)

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「やがて復讐という名の雨」



MR 73
監督:オリヴィエ・マルシャル
脚本:オリヴィエ・マルシャル
音楽:ブリュノ・クーレ
出演:ダニエル・オートゥイユ、オリヴィア・ポナミー、カトリーヌ・マルシャル、フランシス・ルノー、ジェラール・ラロシュ

☆☆☆☆ 2007年/フランス(日本未公開)/125分

    ◇

 『あるいは裏切りという名の犬』のオリヴィエ・マルシャル監督と主演のダニエル・オートゥイユが再び組んだサスペンス・ミステリーは、“贖罪”をテーマに、前作以上に暗く重たいフィルム・ノワールに仕上がった傑作である。
 この作品も、マルシャル監督自身が経験した実話が元にあるという。

 ある事故で娘を亡くし、妻が植物人間になったことで自分を責め酒浸りになった初老の刑事シュナイデル(ダニエル・オートゥイユ)は、ある夜酩酊して不祥事を起こしてしまい、刑事課から夜間警務の勤務に回されるが、担当だった連続猟奇殺人事件の捜査を独自に続行し犯人を追い続けている。
 25年前に両親を惨殺されたジュスティーヌ(オリヴィア・ポナミー)は、収監されている犯人が模範囚として仮釈放されることを耳にして、不安な日々を送っている。ある日ジュスティーヌは、その25年前の異常殺人者を逮捕したのがシュナイデルだと知る。
 一方、連続猟奇殺人事件の犯人を見つけ出したシュナイデルは、刑事課の相棒ジョルジュと逮捕に出向くのだが…………。

    ◇

 開巻、モノクロの暗い画面のなかで「神なんかクソだ。いつか殺してやる。」と呟く初老の男。暗転後、ひどく酔ったその男シュナイデルがバスのなかで煙草をくゆらし、ジャジーでアンニュイな歌声が流れるタイトル映像から惹き込まれてしまう。
 そして、初っ端の猟奇殺人現場のリアルな死体や、収監されている全身刺青の老レイプ犯の不気味さにも目を見張るものがあるが、全体には『あるいは裏切りという名の犬』同様にスタイリッシュな映像で紡がれており、派手な銃撃戦もなく、人間の内面を深く掘り下げていく作劇で重厚さを醸し出している。

 原題の『MR73』とは、70年代のフランス警察が使用していた銃器マグナム口径のMR73リボルバーのことを指しており、確かにこの原題には深い意味が含まれているのだが、前作につづきハードボイルドだからこその叙情的な邦題も秀逸である。
 重要なところで雨が降り出し、また降っている。
 ハードボイルドは、センチメンタルなのだ。メロドラマなのだ。

 この映画、どこか石井隆の作品を連想する。オリヴィエ・マルシャル監督の作風が、ローアングルで映る風景、雨の情景や画面の色調、流れる空気感、そして人間に対するクールで非情な視線……。どれも同じ肌合いでぴったりした感覚を得る。

 どこにも正義はないと絶望しているジュスティーヌと、シュナイデルの上司でありかつての不倫相手のマリーのやるせなさ。このふたりの女とシュナイデルとの関係を、饒舌すぎない演出で見せるところは見事。説明過多の映画が多くなった昨今、こうした寡黙な映画を理解できない観客も増えたのだろうな。
 マリー役のカトリーヌ・マルシャルは監督の奥方で、素晴らしく存在感がある。

 さて終盤。友を失い、警察内部の行いに誇りをも奪われたシュナイデルが見せる行動には、人生の不条理にきっちりカタをつけるという意味で強いカタルシスを覚える。
 冒頭のシュナイデルの言葉に重なるように、修道院のキリスト像にかかる血しぶきが印象的だ。

「あるいは裏切りという名の犬」



36 Quai des Orf?vres
監督:オリヴィエ・マルシャル
脚本:オリヴィエ・マルシャル、フランク・マンキューソ、ジュリアン・ラプノー、ドミニク・ロワゾー
音楽:エルヴァン・ケルモンヴァン、アクセル・ルノワール
出演:ダニエル・オートゥイユ、ジェラール・ドバルデユー、ヴァレリア・ゴリノ、アンドレ・デュソリエ、フランシス・ルノー、カトリーヌ・マルシャル、ミレーヌ・ドモンジョ

☆☆☆☆ 2004年/フランス/110分

    ◇

 1980年代のフランスで実際に起こった話をベースにしたフィルム・ノアールで、原題をパリ警視庁の所在地「オルフェーヴル河岸36番地」と名付けられたこの作品は、ふたりの刑事の宿命の物語で、邦題も見事な傑作ハードボイルド。そして、監督が元刑事というのも、ある意味凄い。

 パリ警視庁のBRI[探索出動班]は荒くれ者の集まりだが、主任警視レオ・ヴリンクス(ダニエル・オートゥイユ)の下で厚い信頼関係に結ばれたチーム。一方、BRB[強盗鎮圧班]は主任警視ドニ・クラン(ジェラール・ドバルデユー)の厳しい統制下に置かれるチームで、何かとヴリンクスらと対立している。
 かつて親友だったふたりは、同じ女性カミーユを愛し、カミーユはヴリンクスを選んだ。以来ふたりの友人関係は崩れ、宿敵という名の繋がりになっていた。
 マシンガンを使用した現金輸送車襲撃事件が多発。ふたりの確執が泥沼状態となる。
 ヴリンクスが情報を得るためにある一線を越えてしまったことで、クランの卑劣な行動を呼び、ヴリンクスが逮捕され収監。そして、ヴリンクスの愛する妻カミーユも、犯罪捜査に執拗なクランによって命を落とすことになった………。
 7年後。刑務所を出たヴリンクスは、かつての仲間たちの情報によってカミーユの死の真相を知り、彼の復讐が始まるのだが………。

    ◇

 荘厳な音楽に貫かれ、イエローオーヴァーな映像に悲劇と宿命がリアルに描かれる、寡黙な映画である。
 登場人物たちに余分な台詞がなく、そのひとつひとつに人物造型を形作る洒落たスパイスが効いている。フランス映画を感じる重要なファクターである。

 現金輸送車を襲撃するシーンや中盤の警察と強盗団の銃撃戦も見事だが、例えば、ヴリンクスの知り合いの元娼婦が暴行を受け、その報復をする森のシーンなどは、かつてのジャン・P・メルヴィル作品に流れていたフィルム・ノアール然とした寒々しさが見られ、印象深いシーンとなっている。そして、彼らのこの行為が、後々大事な伏線となる。
 
 その元娼婦でバーを経営するマヌーを演じるのが、本当に久しぶりにスクリーンに登場したミレーヌ・ドモンジョだ。66歳という年齢に往年の可愛らしさが影を潜めたとはいえ、年齢に見合う貫禄はついており、ただただその存在感に魅了される。
 出所後のヴリンクスがマヌーのマンションを訪ねるのだが、その時のドモンジョ様の迎え方や、ヴリンクスの気持ちをよく理解する友人関係の描き方が見せ場。
 2005年第30回セザール賞において主演男優賞(ダニエル・オートゥイユ)と助演男優賞(警視庁長官を演じたアンドレ・デュソリエが渋い!)に並んで、ドモンジョ様が助演女優賞を獲得しているおまけつきだ。

 このドモンジョ様をはじめ、脇を固める場所にどれだけ魅力的な登場人物がいるかで作品のトーンも決まるのだが、これに関しても申し分ない配役となっている。
 特に愛すべきはヴリンクスの部下のティティ。全編通して実に魅力的なキャラクターであり、重要な役回りになっている。誰もが驚愕する結末に絡んでくるのだから、最後まで目が離せない存在だ。
 ついでに、ワンシーンだけ登場するマヌーの亭主で前科者のクリストに扮しているのが、オリヴィエ・マルシャル監督自身だという。

 映像も素晴らしい。
 カミーユと情報屋が車で走る田園風景と、その後のフラッシュのような残光が残酷なほど美しい。

 そしてラスト。クランがヴリンクスに投げかける言葉から、かつてのふたりの関係が浮かび上がり、哀切の結末を迎える。


「HOU ON(報恩アルバム)」大西ユカリ

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 今年の1月に“大西ユカリと新世界”としてのバンド活動を休止した大西ユカリのソロ・アルバム。
 ヴァラエティに富んだ19曲は、原点回帰の濃厚なユカリ節にあふれ、ソウルフルなナニワ・ミュージック・ショーとしてゴキゲンである。
 
    ☆

収録曲
01. もう海へなんか行かない
02. 薄墨ハートブレイク
03. なかったことにするあなた
04. 新世界物語
05. Maru-Cho Inside Out!
06. First Time
07. 本牧'66
08. 幸せのあと
09. 本牧メルヘン
10. 値上げ
11. その気になってるわ
12. 追憶のSKA
13. Mo' Maru-Cho
14. ポートメリーのスー
15. スカジャン哀歌
16. チャンス到来
17. ざんざ大阪
18. BLUES MAN
19. ここに幸あり


    ☆

 伸びのいいギターで始まる「もう海へなんか行かない」から「なかったことにするあなた」までの3曲が昭和歌謡曲然として、「薄墨ハートブレイク」はシングルにしてもいいような逸品。
 吾妻光良&ザスウィンギンバッパーズと共演のジャンプ・ナンバーやファンク・ミュージックが続き、ボッサ歌謡に、スカあり、ブルースあり…………このテンコ盛りが大阪風味なのよ。

 オモロいナニワ賛歌の「新世界物語」や河内音頭的浪速演歌の「ざんざ大阪」は大阪の哀愁を感じさせてくれるし、番格演歌の「スカジャン哀歌」は場末の小屋にかかる東映三角マーク劇伴風。このドラマ世界の雰囲気がタマらない。

 ブルース・ナンバーは西岡恭蔵の「ポートメリーのスー」と河内博の「BLUES MAN」。
 特に「BLUES MAN」は最高!泣けるねぇ。

 以外な選曲と思ったのが、高田渡の「値上げ」と中山ラビの「その気になってるわ」。フォーキーな味わいもまたいいもの。
 いまの時代にタイムリーでシニカルな「値上げ」には中川イサトがギターで参加していて、ほかにも石田長生、山崎廣明、河内博らのゲスト参加がこれまでのアルバムとは違ったテイストとなり、一段と大西ユカリの凄さと素晴らしさを感じるアルバムとなっている。

「真夜中の男」結城昌治

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 かねてから惚れていた女と一夜を共にした元刑事の久保は、昨晩のことが忘れられず女のアパートを訪ねた。しかし、そこで見たのは全裸の女の死体だった。
 被害者の佳代子は刑事時代に面倒を見ていたチンピラ隆夫の姉で、昨晩偶然に再会し、誘われるまま関係を持ったのだった。隆夫とのことで理不尽にも免職になった久保は、警察に通報せず逃走したことなどで、無実の罪を着せられ7年の実刑を受けてしまう。
 満期の7年後。出所した久保は、惚れた佳代子が本当はどんな女だったのか知りたいと、7年前の関係者を次々と訪ね歩く………。

    ◇

 男は破滅に追い込まれた魔性の女であっても、その存在を忘れることができない性を背負っているもの。これは、幻の女ならぬ謎の女“ファムファタール”を探る冷たい男の執念の話だ。

 訪ね歩く佳代子の関係者たちは一応に口が堅く、佳代子と関係した男たちも、佳代子が勤めていたバーの女たちも、彼女のことを良く云う者はいない。しかし、一度喋りだすと佳代子のことを話さずにはおけないくらい、佳代子の幻影に縛られている。その関係者たちの会話で、佳代子の真の姿が浮かび上がってくる構成が見事で、久保に関わるすべての者たちの人物造型が素晴らしい。
 それは刑務所で知り合った三村という男にも言えることで、ほんの少ししか登場しないその人物像がしっかりと目に浮かんでくるし、久保との関係に余韻を残すあたりが非常に巧いのだ。

 明らかになる事件の真相も、佳代子の暴かれた真の姿も、結城昌治ならではのビターでクールな感覚が全編に漂う、極上のハードボイルド・ミステリーとなっている。

 「とにかく生きていれば、また会うこともあるだろう。そしたら、またサヨナラを言うだけさ。」

    ◇

結城昌治コレクション
真夜中の男/結城昌治
【光文社文庫】
定価 533円(税別)

「祭りの準備」*黒木和雄監督作品

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監督:黒木和雄
原作・脚本:中島丈博
出演:江藤潤、馬渕晴子、ハナ肇、浜村純、竹下景子、原田芳雄、杉本美樹、真山知子、犬塚弘、絵沢萠子、桂木梨江、芹明香、阿藤海、原知佐子、森本レオ

☆☆☆☆★ 1975年/日本・ATG/117分

    ◇

 青春期に観た黒木和雄作品として、一番印象深い映画であり、優れた青春映画として記憶に残っている作品。
 南国土佐を背景に、シナリオライターになる夢を秘めた主人公が、家族・地縁のしがらみにまみれ苦しみながら悶々と身を焦がす姿を描いたもので、脚本家中島丈博の自叙伝的色合いの濃い作品である。

 舞台は昭和30年代の高知県中村市辺り。町の信用金庫に勤める楯男(江藤潤)は、東京へ出てシナリオライターになることを夢見る二十歳になる真面目な男だが、青春期に誰もが抱える家族や日常の問題に悶々としていた。
 父親(ハナ肇)は無類の女道楽で愛人の家で暮らしている。そんな夫を見限った母親(馬渕晴子)は楯男を溺愛する。
 楯男が仄かに恋心を抱いている幼馴染みの涼子(竹下景子)は左翼運動のオルグに夢中だ。
 隣家の盗人兄弟の弟トシちゃん(原田芳雄)は、刑務所にいる兄の代わりに嫁の美代子(杉本美樹)を抱いている。トシちゃんの妹タマミ(桂木梨江)は、大阪でヒロポン中毒に犯され頭がおかしくなって帰ってきた。村の男たちの慰みものになるタマミを、楯男の祖父茂義(浜村純)が囲い女房のように面倒をみている。
 数ヶ月後、タマミが妊娠。楯男の祖父茂義(浜村純)は自分の子だと言いふらすが、楯男も一度だけタマミを抱いたことがあった。タマミが赤ん坊を産んだ。その途端タマミが正気に戻り、一緒に暮らす茂義を嫌悪し、末に茂義は首を吊ってしまう。
 トシちゃんがはずみで人を殺してしまい、男に捨てられた涼子は楯男にセックスを迫る。
 次々と起こる身の回りの変化に、楯男はついに閉鎖的世界から出て行く決意をする………。

 黒木監督の人物描写はあらゆる登場人物に深い情を吹き込んでいるので、すべてに人間臭く、悩み多き者の稚拙さや欲望が暑苦しく感じるくらいに画面全体に漂っている。
 母親の溺愛ぶりは半端ない。母を捨てて家を出ることができない楯男は、母親を犯す夢で目を覚ます。足の悪い洋服屋の菊男が近親相姦に至るように、母親の呪縛をどこでどう解けば男の自立が始まるのか。マザーコンプレックスは青春の傷跡でもある。

 この猥雑な村のなかで生きる者たちの悲喜劇を、リアルに演じる俳優の個性が強烈である。
 女狂いのハナ肇が素晴らしい。愛人のノシやん(真山知子)が脳溢血で突然死したらノコノコと妻のトキ子の元に戻ってくる図々しさや、手に余るトキ子がもう一人の愛人イチやん(絵沢萠子)のところへ面倒をみてくれと頼みに行く場面では、ハナ肇の情けなさと可愛らしさを見せる独断場。閉鎖的村の奇妙な男と女の関係の中での軽妙な芝居がいい。
 愛人ふたりが真っ昼間に男を取り合う騒動も、兄の代わりに弟と寝る兄嫁も、性にあけすけな村の日常描写という感じ。そして、閉鎖的村社会にどん詰った女の性と、したたかに生きる杉本美樹に注目したい。
 正気に戻ったタマミに捨てられる浜村純の熱演も見逃せない。老いらくの恋として“人生の祭り”を思い出し、大平洋の大きな海原をポツンと眺める姿に郷愁を感じる。
 粗暴だが楯男とタマミにだけは優しいトシちゃんを演じる原田芳雄は、相変わらず強烈な個性をムキ出しにして画面をさらっていく。
 
 惨めで、苦く、切ない青春の旅立ち。殺人犯として追われるトシちゃんひとりが「バンザイ」の声援で見送る印象的なラストシーンは、原田芳雄の魅力が光る名場面。
 重いベース音を奏でるテーマ曲に乗り、トンネルに入る列車の行き着く先には、新しい祭りが始まろうとしているのか。楯男の表情が印象的だ。

「天使のはらわた 名美」*田中登監督作品

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監督:田中登
原作:石井隆
脚本:石井隆
音楽:アビリス
挿入歌:「みずいろの雨」八神純子
出演:鹿沼えり、地井武男、山口美也子、水島美奈子、青山恭子、沢木美伊子、草薙良一、古尾谷雅人

☆☆☆★ 1979年/にっかつ/98分

    ◇

 1978年に始まった『天使のはらわた』シリーズの第3作目は、名美の生き方を鮮烈に描いた秀作『天使のはらわた 赤い教室』と、この作品で助監督を務めた池田敏春が監督した『天使のはらわた 赤い淫画』との間の作品で、石井隆にとっては2本目の脚本作品だ。

 一流女性週刊誌の花形記者・土屋名美(鹿沼えり)が、過去に性的暴行を受けた女性たちの“その後”を追跡ルポしているうちに、取材対象で気のふれた看護婦に襲われ、それにより精神の変調をきたし被害妄想に取り憑かれていく……。

    ◇

 石井隆自らが70年代劇画作品へのオマージュとしたシナリオは、田中登監督によって成就しているのか? 
 名美は自らが堕ちてなんぼ。そこから再生することで女としての変貌が輝くのであって、被害者を取材することだけの観念的なつながりでは、独善的で自己弁護で身を固める名美がただの狂言まわしに終っている。そして村木(地井武男)の方も、幻の女を発見したはずで、その名美に惹かれていく執念の感情の流れが曖昧なのが残念だ。

 それでも、コマ割りなどの劇画イメージを巧く模倣し、魅力的な映像に仕上げた田中監督の裁量は見事だ。石井劇画の映画的手法を逆手にとったかのように、名美役の鹿沼えりの目もとのアップ多用は映画的興奮の絵となっている。
 そして、取材対象の女たちのエピソードにも多種多用の工夫が凝らされており、見るべき箇所は多い。

 タイトルバックに石井隆が本名の石井秀紀名義で1973年に発刊した限定200部の画集『死場処』を使用し、この濃密な画が本編全体の情景描写として映像表現されていく。

 冒頭、第一対象者の奈美子を高田馬場駅のホームからワンショットで追うカメラにまずは釘付けになる。つづく暴行シーンは、劇画【緋のあえぎ】('75)のワンシーンそのままに再現。シナリオにも書かれた雷の閃光で紫陽花の花が飛ぶカットは、【紫陽花の咲く頃】('76)で紫陽花の花が落ちる画のように、石井劇画のファンにはお馴染みの劇画の映画的描写が生かされている。

 ストリッパー蘭(山口美也子)のエピソードは、【カーニバル・イン・ブルー】('75)での不感症になった名美と不能のマー坊の切ない関係をそのまま引用。劇画ではふたりの舞台に沢田研二の「時の過ぎゆくままに」をBGM使用していたが、映画では八神純子の「みずいろの雨」が流される。八神純子の歌声は、このあとも山口美也子の射るような眼差しとともに、効果的に強い印象を残していく。
 マー坊役は『天使のはらわた 赤い教室』と同じ草薙良一。ドンピシャの配役である。

 主婦良子の場合は、彼女の住む家といい、暴行される埋め立て地といい、これこそ、長篇劇画【天使のはらわた 三部作】('78~'79)で見られる荒涼感であり、その映像は見事。エンドマークにもモノクロで挿し込まれる。

 石井劇画ファンだった主演の鹿沼えりは自ら名美役に立候補しただけあって、その意気込みは半端ないものだったようだ。体調不良(38度以上の熱)のなかで撮影された、終盤の病院屋上の雨のシーンは見応えがある。この屋上のシーンは、劇画【雨のエトランゼ】('79)でも効果的な扱いで使用され、後年、石井映画の核にもなっている。

 看護婦の美也に扮する青山恭子は、モルグでの格闘シーンや名美を貶める狂気の怪演ぶりが凄い。ここのエピソードは、最高のホラーに仕上がっている。はらわたが飛び出すシーンで老人の観客がショック死したという逸話があるのだが、本当のところはわからない。

 終盤、編集室で妄想に駆られた名美がデスクの上で股を大きく開く様子は、劇画【赤い教室】('77)の有名なラストカットを引用。
 このオフィスシーンは一日がかりで撮影され、長時間に渡り無理な姿勢でいたことの苦労を、後年になって鹿沼えりが語っていたが、その甲斐があっただけのシーンになっている。ハレーションで飛ばされる鹿沼えりの顔は本編中一番美しく輝き、表情の変化の素晴らしさに圧倒される。

イズミヤ流キヨシロー伝

泉谷しげるの公式サイト
『忌野清志郎・伝』と名打った連載が始まった


泉谷しげるが 
キヨシローの死を受け入れないのは
何も現実逃避をしているのではなく
泉谷流のキヨシロー賛歌だ

残された曲や映像で思い出すのではなく
ぼくらに同じ記憶を持ち続けて欲しいという思いだ

キヨシローとのつき合い方を
ぼくらファンにも伝えたい思いだとおもう

「純」*横山博人監督作品

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監督:横山博人
脚本:横山博人
撮影:高田昭
音楽:一柳慧
出演:江藤潤、朝加真由実、中島ゆたか、榎本ちえ子、赤座美代子、山内恵美子、田島令子、橘麻紀、花柳幻舟、原良子、江波杏子、大滝秀治、小松方正、深江章喜、安倍徹、小坂一也、小鹿番、今井健二、田中小実昌、羽仁五郎

☆☆☆ 1978年/工藝舎・東映/88分

    ◇

 2009年4月、長崎県の無人島『軍艦島』に上陸が許可され、ツアー観光が出来るようになったとニュースで聞いたときに、30年近く前に観た『軍艦島』を印象的に使ったこの映画を思い出した。
 都会で生きる若者の不安と孤独の日常を活写し、若さの苦悶を鮮烈に描いた問題作である。

 長崎県の軍艦島から集団就職で上京した松岡純(江藤潤)は、都内の遊園地の修理工場で働きながら密かに漫画家を志していた。今週は、ビッグコミックの新人賞の発表が待っている。
 彼には同じ職場の洋子(朝加真由実)という恋人がおり、彼女は純が漫画家になる夢を一緒に応援しながら、何かと世話を焼いてくれる。
 しかし純は、何故か洋子の手のひとつも握ることができず、洋子はそんな純朴な純に惹かれる反面、歯痒さと物足りなさを感じていた。
 一方純には、洋子はもちろん誰にも知られたくない別の顔を持っていた。それは、通勤途中の往復の電車のなかでの痴漢行為だった……。
 新人賞に落ち、洋子には痴漢現場を見られ、すべてに虚しさを憶えた純は、故郷の軍艦島に渡る…………。
 
    ◇

 東映で長いこと助監督を努めた横山博人の監督デビューとなるこの作品が、1978年に製作された後、その評価とは別に配給会社のメドがつかないまま一般公開が危ぶまれていた。が、ATGの審査委員のひとり、川喜多かしこ氏のアドバイスで1979年度のカンヌ映画祭に出品したことで、批評家週間オープニング上映に選出され海外で反響を得、その後自主上映の末、1980年にやっと一般公開された曰くがある。

 映画は、痴漢行為のポルノチックな映像描写が強調されることで、都会に暮らす孤独と、人と上手くつき合う事のできない若者の不器用さが、見事に浮き彫りにされている。
 当時面白い映像表現だと思ったのが、純と洋子を乗せたエスカレーターを、何度も何度も繰り返し真正面から捉える画面構成。純の台詞のほとんどがモノローグでもあり、人間関係の難しさがよく表現されている。
 そして、主人公ふたり以外のほとんどの俳優に役名がないことで、都会の匿名性や孤独感が一層感じられる。

 痴漢シーンの撮影は、実際に中央線や小田急線の電車の中でゲリラ撮影したもので、8mmフィルムのような粒子の荒い画面がドキュメンタリーの様相を見せる。
 痴漢される女性たち(中島ゆたか、榎本ちえ子、赤座美代子、山内恵美子、田島令子、橘麻紀、花柳幻舟、原良子)の表情には、息を飲むほどの迫真さと生々しさが宿っていて、目に焼き付く凄い映像である。

 終盤、純が渡った軍艦島のシーンは素晴らしく、カメラが捉える廃墟が純の甘い感傷を打ち砕き、現実をまざまざと見せつけるのに最上の表現となっている。
 青い海と空をバックにしたスローモーションと、俯瞰撮影の軍艦島はとても美しい。

 この美しさと虚しさのあと、行き場を失った純が夜行列車のなかで美しい女(江波杏子)に弄ばれる。ひとりの女の欲望の妖しさが、純に強い衝撃を与える。

 この作品、実は倉本聡氏のシナリオが原案で、横山監督の大幅な改変に倉本氏が自分の名前を使わないよう抗議したという逸話がある。たしかに主人公の名前といい、その性格やモノローグ多用には、明らかに元シナリオが活かされているのだろう。



キヨシローを探して

1988年の「カバーズ」で 
怒れるバベルの塔をおったてたキヨシロー

体制に 本気で“毒”を吐いたアーティスト
本物の反骨心といったものを持ったロッカー
いつでも どこでも 生き方にブレのないソウルマン

ゼリーと名を名乗り 
ダサい全共闘スタイルのヘルメット姿で現れたキヨシロー
一線を踏み越えるザ・タイマーズ
その過激さこそ 本来のロックの姿だったのではないか

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不死身のタイマーズ

1995年のライヴ演奏を収めた2枚組アナログ盤を聴いている
メジャーでの発売は自主規制され インディーズでリリースされたものだ

北朝鮮や環境問題 マスコミ批判とドラッグ セックスを歌い 癌を歌う
差別用語のオンパレード
苛立ちと不満 怒りを込めたキヨシローの先鋭的な言葉の数々
その“毒”は “愛”の裏返しとして POPでありROCKとして成り立っている
ありふれたラヴソングなんて ちゃんちゃら可笑しい

燦然と輝く 『不死身』という言葉
いつまでも キヨシローを探しつづけよう

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    ◇

衝撃の日からここまでに 
混乱しながらもコメントに書いた言葉の数々

………………

大人になるとツマンねぇと云う若者らに
「そんなことはないです。大人になればもっと面白くなります。断言します。」
そんな風に堂々と云い放つ大人

30周年を迎えて 夢は何ですかと聞かれ
「世界平和です」と 堂々と云ってのけるロッカー

死んでんじゃねぇよ
って云ってみたところで 現実は変わらない

忌まわしいほど いまも
キヨシローの歌を聞くと涙が浮かんでしまう
常に愛の歌を書きつづけたソングライター
「いい事ばかりはありゃしない」
その歌声がつらい

悪戯が過ぎるよ………

清志郎、逝く

キヨシローが亡くなった
5月2日 がん性リンパ管症のため逝った
享年58

いま 絶句している

これまで どんなに好きなアーティストのことでも
涙があふれるようなことはなかった

いま 涙が 本当に 涙があふれている

彼のアルバムを全部持っているわけでもない
その程度のファンだ
それでも 涙が出てくる

昔 日比谷野外音楽堂でRCを見た

誇り高く生きた彼
いま ぼくらには キヨシローが教えてくれたことがいっぱいある

たかがロックンロール
されどロックンロール

胸が張り裂けそうだ

いつまでも
ぼくらにとっては
不死身のヒーローだ

キヨシローのブルーズ
いつまでも忘れない

「スリ」*黒木和雄監督作品

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監督:黒木和雄
脚本:真辺克彦、堤泰之、黒木和雄
撮影:川上晧市
出演:原田芳雄、風吹ジュン、石橋蓮司、真野きりな、柏原収史、伊佐山ひろ子、平田満、香川照之

☆☆☆★ 2000年/日本・アートポート/112分

    ◇

 故黒木和男監督が『浪人街』('90)から10年ぶりにメガホンを取った作品で、挫折から這い上がろうとする男と彼をとりまく人々を描き出した人間ドラマである。

 かつては凄腕の“ハコ師”として名を馳せていた老スリ師の海藤(原田芳雄)だが、いまは酒に溺れ落ちぶれ、養女レイ(真野きりな)の世話になっている。幼い頃兄と一緒に海藤に引き取られたレイは、勤めている動物愛護施設で里親が決まらない捨犬の殺処分に心を傷めながら、海藤から伝授されたスリの技術で“ハコ師”として生きている。
 長い間海藤を追うベテラン刑事矢尾(石橋蓮司)は、海藤の仕事の現場を見つけても、若い刑事を制して捕まえようとはしない。
 「酒を辞めて、元に戻ったら引っ張ってやる。」
 ある日、海藤の愛人芳江(伊佐山ひろ子)のひとり息子一樹(柏原収史)が弟子入りを志願してきた。若い一樹を弟子にして育てることで、自分自身のカムバックを図る海藤は、自身のプライドのために断酒会に参加し、鋭い勘とテクニックを取り戻そうとする。
 海藤に再び、本物のスリに戻れる日がやって来るのか………。

    ◇

 特殊な世界の男の意地と、自己愛という美学に彩られている。
 海藤が一樹にスリの技を伝授するところとか、海藤自身が見せるスリのトレーニングなど、中々興味深いシーンがある。
 刃物を使った中国人スリグループを捕まえた矢尾が、取調室で中国人のリーダーに告げる。
 「日本の本物のスリってのはなぁ、コレ(指2本を中国人の鼻先につけて)だけで仕事するのさ。国に帰って出直してこいっ」。

 原田芳雄、風吹ジュン、石橋蓮司、伊佐山ひろ子と、何とも見事なキャスティングである。 
 原田芳雄の存在感は云うまでもないが、この作品においても石橋蓮司とのコンビネーションは最高。
 海藤をスリの職人として尊敬さえし、追う者と追われる者の間に生まれた同志関係に結ばれている石橋蓮司。震える指先で仕事ができない海藤の姿を見るときの、何とも寂しげな表情。海藤のことを、自分自身のことのように口惜しい思いで、ずっと見続けているその男気が格好いい。

 そして、愛人役の伊佐山ひろ子。出演シーンは少ないのだが強く印象を残している。特にマンションの一室で、キャミソール姿で煙草を吹かす伊佐山と酔って煙草を銜える原田芳雄がグダグダと会話するシーン。原田芳雄のダメ男的な仕草と、彼女独特のアンニュイな台詞廻しとの絡みは絶品である。このワンカットに、ふたりの人生がしっかりと見え、とても好きなシーンだ。

 海藤に密かな恋心を感じている断酒会を主宰する風吹ジュンは、彼女もまた表情豊かな芝居を見せてくれる。

 台詞による状況説明があまりなく、映画の筋立てとしては少し分かり難いところもあるのだが、登場人物たちの浮遊感とか所在なさ、焦りや戸惑いなど、監督が見つめる目はしっかりしている。海藤が管理する廃ビルの中、川に浮かぶ大きなガラス玉、壁いっぱいに飾られたデッサン画などをなめるカメラワークと、単調なパーカッションやピアノの単音が、登場人物の心象風景を浮き彫りにする。
 見えてくるものは、生きざまだ。