TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「チェンジリング」



CHANGELING
監督:クリント・イーストウッド
脚本:J・マイケル・ストラジンスキー
音楽:クリント・イーストウッド
出演:アンジェリーナ・ジョリー、ジョン・マルコヴィッチ、ジェフリー・ドノヴァン、ジェイソン・バトラー・ハーナー、エイミー・ライアン、コルム・フィオール、マイケル・ケリー

☆☆☆☆☆ 2008年/アメリカ/142分

    ◇

 1928年のロサンゼルス。シングル・マザーのクリスティン・コリンズ(アンジェリーナ・ジョリー)は、電話会社で働きながら9歳の息子ウォルターを育てている。
 ある日、突然ウォルターが行方不明になる。
 5ヶ月後、警察からウォルターを発見したと知らせがくるが、連れられてきた少年は見知らぬ子供だった。クリスティンは再捜査を懇願するが、警察はクリスティンを精神障害だとして精神病院に強制入院させてしまう。
 息子を見つけるまで決して諦めないと、様々な圧力と闘うクリスティン。そこにまた、過酷な報せが届く……。

    ◇

 アメリカ史の暗部として残る実話の映画化。
 世界恐慌の前年。腐敗と堕落で塗れた“天使の街”に張り詰める空気をリアルに感じさせるのが、“銀のこし”の現像処理に似た画面の色調づくりだ。
 モノクロとカラーの中間画調でカメラが移動する冒頭から、クリント・イーストウッドのクールな語り口が品格と風格を漂わせ、見事なまでに惹き込まれてしまうのだ。

 その格調高い演出に見事に応えているアンジェリーナ・ジョリーは、気品と気丈を兼ね備えた不屈の女性を熱演している。
 権力の不当な弾圧に対して、どんなに過酷な状況であれ、不屈の闘志を燃やすのは、ただ息子を想う強い愛情だけ。はじめは真っ赤なルージュと濃いめのアイシャドウで派手な印象を与えてはいるが、次第に、なりふり構わない母としての心の強さが伝わってくる、素晴らしいヒロインだ。

 映画の前半は、ヒロインと腐り切った警察権力との攻防なのだが、彼女が警察から受ける不条理な扱い(本当の出来事だったとは信じ難いような酷さ)に、観ている者は大きな苛立ちと怒りを覚えてくる。イーストウッド監督が、そんな社会を声だかに糾弾するのではない分、現実の恐ろしさをしっかり味わうことになる。

 そして、意外な方向へ展開する後半。クリスティンの新たな悪夢がはじまるのだが、クリスティンを苦しめる一人の男(ジェイソン・バトラー・ハーナーのパラノイアぶりは凄い)の言動に揺さぶられ、彼との直接対面では、これまでの彼女には見られなかったような、常軌を逸する姿を目の当たりにする。
 ここでのアンジェリーナ・ジョリーの叫びが悲痛で、つづく、寒々とした絞首刑の部屋での沈黙の姿との対比が見事。

 過酷な運命に翻弄されるクリスティンのラストの一言は、映画の後味とは別に、決して救われる言葉ではないと思う。




イーストウッド監督自身がスコアを書いた、エレジーで、ノスタルジーで、官能的なメロディは、相変わらず素晴らしい。


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祝!「おくりびと」オスカー受賞



 現地時間22日にロサンゼルスで開催された第81回アカデミ-賞で、『おくりびと』が外国語映画賞を受賞した!

 主要部門をあと4つ残すまで「外国語映画賞」の発表が遅いので、ジリジリしていた中での朗報。
 同部門が、ノミネート方式の単独の賞になってからの日本映画受賞は史上初だから、見事なる快挙に拍手。

 今夜はじっくりとWOWOWの録画放送を、そして、レッドカーペットを歩く余さんらの姿を、TBSの放送で拝見させていただく。

 短編アニメーション賞でも、日本の加藤久仁生監督の『つみきのいえ』が輝いているし、ひさびさに明るく嬉しい話題だ。

「さらば愛しき大地」*柳町光男監督作品



監督:柳町光男
脚本:柳町光男
音楽:板橋文夫
出演:根津甚八、秋吉久美子、矢吹二朗、山口美也子、蟹江敬三、中島葵、日高澄子、奥村公延、佐々木すみ江、白川和子、岡本麗、港雄一、小林稔侍、粟津號、草薙幸二郎

☆☆☆☆☆ 1982年/プロダクション群狼/130分

    ◇

 茨城県鹿島の田園地帯。小さな農家の長男に生まれた幸雄(根津甚八)は、粗暴だが男気があり、ダンプカーの運転手をして一家を支えている。
 ある日、最愛の息子ふたりが溺死する事故に見舞われる。
 荒れた幸雄は、妻の文江(山口美也子)に暴力を振るい酒浸りになるが、背中に息子たちの戒名を刺青して供養している。
 昼は工場で働き、夜は母親の飲み屋を手伝う順子(秋吉久美子)は、突然母親が若い男と蒸発してしまい、ひとりぼっちになった。
 背中に子供の命を背負った男と、その重さを感じた女の出会い。幸雄は妻と両親のいる家を捨て、順子と暮らすようになる。
 4年が過ぎ、生来の不器用さから次第に仕事が減り、その不安を癒すために覚醒剤に溺れる幸雄。優秀な弟への嫉妬も絡み荒んでいく幸雄と、いつか立ち直ってくれるものと信じる順子だが、ふたりの破局は意外な形で訪れる……。
 
    ◇

 柳町光男監督の第3作目の映画は、高度経済成長の波に飲み込まれる地方都市の農村部を舞台に、風土に根付いた人間模様を絡めながら、ひとりの青年の堕落と献身する女の姿を徹底したリアリズムで力強く描いている。
 柳町光男監督作品では、屈折した青年を描いた『十九歳の地図』とともに、永遠に心に刻まれている作品のひとつであり、1982年はこの映画のほかに、宇崎竜童の『TATTO0あり』と緒形拳の『野獣刑事』をマイベスト3に上げていた。

 まずこの映画で目を惹くところは、度々象徴的に挿入される風になびく田圃や防風林など、まるで神の目で写しとっているかの如く美しい風景だ。
 自己嫌悪と猜疑心でシャブを打ち、もうろうとする幸雄が眺めている先に一陣の風が走る田園風景。その美しさには、生命の息吹きを感じさせながらも、その後の展開が痛烈だ。
 田園地帯を我が物顔で走るダンプカーや異質で巨大なコンビナート地帯は、農村を喰う怪物さながらに醜い姿を曝け出している。
 激情する人間模様の重苦しさとそこに起きる悲劇を、静かな時間で包み込む日常的な風景の数々もまた恐ろしく美しい。
 近くの沼にボートを浮かべるふたりの子供が、ひとりづつ沼に落ちて、そのあと何もなかったかのように水面が静かになるワンシーンは、そのスリリングさに息を飲んでしまうのだが、撮影は万全であっただろうが、子役とはいえ小さな子供が溺れて沈んでいく映像には唖然とする。
 それに続く、野辺送りでの日食は“神憑かり”な奇蹟のカットだ。

 そして何と云っても、この風土に土着した人間たちに息を吹き込んだ俳優たちが凄まじい。どの俳優たちからも、血の流れる音が聞こえてくる生々しい息遣いに目を奪われるのだ。
 根津甚八は、愚かな心と哀しみ、荒ぶる心と狂気で、自己を崩壊する様を繊細に演じている。土砂降りの泥道で、山口美也子を引きづりまわし足蹴にし、なじる根津の苛立ち。
 その山口美也子は「これまでの愛人役から、ついに本妻の役を勝ち取った」と喜んだと聞くが、従順な妻に見えながら、ふてぶてしさとしたたかさで女の業を見せ、見事にブルーリボン賞助演女優賞と報知映画賞助演女優賞を獲得している。デビュー時からのファンにとっては嬉しかった。同様に記しておくと、根津甚八はキネマ旬報最優秀主演男優賞を受賞している。

 愛人になる秋吉久美子は、その浮遊感がいい。そして哀れさ。
 ホステスとして働く酒場のカラオケで、客として居る根津の前で歌う中島みゆきの「ひとり上手」は、順子の役がそのまま歌詞に表れていて秀逸なシーン。酔客らに野次られ、不貞腐れて歌う久美子。静かに聞いていた根津がうなだれ、涙を浮かべ、いたたまれなくなる。久美子の音程の外し方で、いじらしさを感じさせる見事なシーンだ。
 そのカラオケで、「夜来香」を歌うジャパゆきさんの岡本麗の台詞まわしが絶妙。
 ダンプ仲間で農地を売って成金御殿を建てた蟹江敬三の巧さは云うまでもなく、彼の妻で足の悪いフミ子役の中島葵も、秋吉久美子の母親役の佐々木すみ江も、少しのシーンだがその存在が忘れられない。

 落ちぶれた根津が、久美子との子供を連れて無人自動販売機の食堂でラーメンを啜る雨の日の夜。かつての仲間から投げ付けられる軽蔑の眼差しに、声を荒げる力もなく、堕ちていく惨めさが生々しい。

「密愛」……涼&亨

 『相棒7』……岸恵子さんがゲストの回
 多分に彼女のために書かれたホンは 古沢良太氏お得意の巧妙な策術に満ちていた

 岸恵子と水谷豊
 46分間 ふたりの濃密な時間
 すると 連想が浮かぶ………
 ふと、あのコテージにショーケンの姿を探す…………

 それにしても 岸恵子さん カッコ良過ぎるよぉ


※写真は、お馴染みさんのshowken-funさんのブログから借用させてもらいました。

 この『雨のアムステルダム』のジャケ写と何もお変わりない姿………お美しい


「少年メリケンサック」*宮藤官九郎監督作品



監督:宮藤官九郎
脚本:宮藤官九郎
劇中歌:「ニューヨークマラソン」銀杏BOYZ
出演:宮崎あおい、佐藤浩市、ユースケ・サンタマリア、木村祐一、田口トモロヲ、三宅弘城、勝地涼、ピエール瀧

☆☆☆ 2009年/日本・東映/125分

    ◇

 メイプル・レコード新人発掘部門の契約社員かんな(宮崎あおい)は、会社退職の日に動画サイトで見た、生きのいいパンクバンド「少年メリケンサック」に釘付けになる。その凶暴なパワーに“好きじゃないジャンルの音楽”なのになぜか惹かれるものがあった。
 元パンクロッカーの社長の時田(ユースケ・サンタマリア)の命により、バンドの契約を取りに高円寺へ向う。しかしそこに居たのは、昼間っから酒浸りの中年男(佐藤浩市)。動画に投稿されていたのは25年前のライヴ映像で、メンバーはみんな50代になっていた。

 伝説のバンドとはいえ、解散以来楽器を触ってもいない中年男たちが、ろくな練習もしないでいきなり全国ツアーに出て巧くいくハズもないが、段々とバンド活動に熱が入る………。

    ◇

 クドカン・ワールドなんだから、リアリティなんか無視。

 「パンクって何?」
 そんな問いに答えるようなテーマも、はなから無い。

 アイディア抜群なところを楽しむのだ。

 宮崎あおいのブッ飛び演技と、佐藤浩市のキレ演技、田口トモロヲの怪演を見ていれば、それでよし!

 ただし、出だしのスピード感は申し分ないのだが、中だるみする。125分は少し長いかな。
 話がテンコ盛りだから、パンク・ロック・バンドの話なのに映画のリズム感が途切れるのが惜しい。
 バンドとのロードムーヴィーの部分がメチャクチャ面白い分、ちょいと残念。

 だけど、そんなことお構いなしに突っ走るところがアナーキーなのだ。
 笑いや感動も見事にハズしてくれる。これぞパンキッシュ!
 
 持ち歌「ニューヨークマラソン」の歌詞を気にさせ、あの種明かしには笑わせてもらう。

 名古屋が誇るパンク・バンド“ザ・スター・クラブ”のHIKAGEや、“スターリン”の遠藤ミチロウがカメオ出演。

 しかし『篤姫』効果(?)で埋まった中年以上の観客席を心配してしまった。
 ノってくれてるのかな?
 みんな、ROCK壮年であって欲しいのだが………。

「任侠外伝 玄海灘」*唐十郎監督作品



 本文は、Hotwax誌 [vol.8]に掲載した作品紹介を大幅に加筆修正したものです。

監督:唐十郎
脚本:石堂淑朗、唐十郎
音楽:安保由夫
主題歌:「夢は俺の回り燈籠」
挿入歌:安藤昇「黒犬」
主演:安藤昇、李礼仙、根津甚八、小松方正、宍戸錠、真山知子、天津敏、南州太郎、天竺五郎、石橋蓮司、嵐山光三郎、十貫寺梅軒、常田富士男、不破万作、大久保鷹、唐十郎

☆☆☆☆ 1976年/唐プロ・ATG/122分

    ◇

 唐十郎の第1回監督作品は、ヤクザ抗争を交えた近親相姦が生みだす因果話だ。

 密航してきた韓国の女 たちを売りさばく一匹狼の近藤(安藤昇)とやくざの代貸・沢木(宍戸錠)は、学生時代の朝鮮戦争の最中に犯した暗い秘密で結ばれていた。
 釜山の貧しい農家で沢木が女を絞め殺し、死んだ女を近藤が犯していたのだ。その時の怨みを込めた女の顔が美しく、近藤の脳裏に焼き付いていた。
 密入国の女たちに紛れ込んだ一人の美しい女・春仙(李礼仙)と若い男(根津甚八)の純愛。そしてそこに近藤が入り交じり、果てに近藤と沢木の関係に決着がつけられる……。

 亡霊に憑かれながら彷徨う安藤昇の風貌は、本物の修羅場をくぐり抜けてきた男が持つ翳りある凄みで他を圧倒し、『仁義なき戦い・完結編』で凶暴さを印象づけていた宍戸錠も、さらに徹底した凶悪さで新境地を見せている。

 宍戸に殺され安藤に死姦される李礼仙は、息を吹き返し産み堕とされた娘との母娘二役を演じる。生 きていくことの痛みを知っている女の、業と哀しみに妖怨を漂わす容姿は圧倒的な存在感である。
 その李に惹かれながらも女を抱けない若き根津甚八は、小便塗れになりながら、ドブ川で眼光鋭く妖しい色気を振りまく。
 このふたり、鉄橋の上から海に飛び込んだり、ヘドロ塗れになったりと、身体を張った熱演を繰り広げている。
 さらに、恋人の李礼仙を目の前で犯され、憤怒の形相で玄海灘を渡って来た小松方正は、涙の数だけの怨みを成就させようとする鬼の顔で画面をさらう。

 こんな凄い奴らの映画、そうはお目にかかれない。

 ………………

 「おい、糸のないギターを弾いてくれ………」

 クライマックスで流れる安藤昇の「黒犬」の冒頭台詞が印象深く、このあと、死闘を繰り広げる安藤と宍戸は遥か朝鮮半島に背を向け息絶え、それを見届けた小松は玄界灘に身を投げ、李礼仙は安藤昇に成り済ました大久保鷹の銃弾に倒れる。
 そして、重油や廃棄物だらけの河口に半裸姿で浮かぶ李礼仙の屍を、ヘドロ塗れになりながら抱きしめ慟哭する根津甚八の姿は、鬼畜地獄八景で身悶える純 愛として目に焼き付くのだ。

 映画の主題曲であり、たびたび劇中にも流れる唐十郎の歌詞で歌われる作曲者不詳のメロディが、切なく耳に残る。

「善良な男」ディーン・クーンツ



 本国アメリカで2007年に刊行され2008年に翻訳されたこの作品は、クーンツお得意の“ジェットコースター・サスペンス”である。

 大男で物静かなレンガ職人ティムは、友人夫婦が経営する馴染みの酒場で、いつも決まった奥の席に座り一杯飲むのを日常にしている。
 ある日、ティムの隣に座った男に殺し屋と間違われ、ある女性の殺人計画を知ることになる。ティムは殺される標的の女性リンダのもとに危険を知らせに行くが、すでに、本物の殺し屋の追跡が始まっていた……。 

 「男は、正義のために女を守り抜く」

 ヒチコック映画を想起する“巻き込まれ型”の典型で、とにかくシンプルに、わずか2日間の追いつ追われつの追跡劇が展開される。
 初期の傑作『戦慄のシャドウファイア』('87)や『ファントム』('83)でファンになった者には堪えられないほどうれしく、昔ながらのスタイルを貫き通しているクーンツの妙技に酔うことができる。
 そのうえ、3部構成(それぞれのタイトルが面白い)の中を細かくチャプター分けして場面転換が図られているので、映画を見ているような感覚で、緊迫感だけで一気に読める作品となっている。

 興味深いのはここ何年間のクーンツが書く文体、会話の面白さだ。ハラハラドキドキ感だけで物語を進行させるのではなく、主人公らの会話の妙を楽しめるのもクーンツ作品ということになる。
 冒頭、友人でバーテンダーのリーアムとの会話や殺し屋と依頼人との会話はハードボイルド小説だし、リンダとの逃避行中の会話はウイットとユーモアにあふれている。

 主人公らがいくら逃げてもあっという間に追い付いてくる殺し屋クライトのキャラクターは、かなりのアブノーマルでパラノイアな人間。ヴードゥー教の悪魔の人形(『チックタック』)や、超自然現象から現れた怪物(『ファントム』)や、科学実験から生まれた化け物(『戦慄のシャドウファイア』)などのようなスーパーナチュラルではなく、存在だけでサスペンスの効果を上げる魅力ある敵役となっている。
 ふたりを追う過程で訪れる家の住人らと交わす会話は、どれも不気味でゾクゾクさせられる。

 さて、途中ティムの友人で刑事のピ-トの協力を得ながら、殺しの背景に警察や政府機関をも動かせる大きな組織の存在がわかるのだが、この顛末がクーンツらしい大風呂敷の広げ方。
 ワンパターンと云われようが、楽しんで読むのが一番なのだ。

    ◇

善良な男/ディーン・クーンツ
訳:中原裕子
【ハヤカワ文庫】
定価 940円(税別)

「ピンクサロン 好色五人女」*田中登監督作品

poster._好色五人女

 本文は、単行本 【映画監督・田中登の世界】に掲載された作品紹介を大幅に加筆修正したものです。

監督:田中 登
原作:井原西鶴
脚本:いどあきお
出演:松田暎子、山下洵一郎、山口美也子、宮井えりな、大谷麻知子、青山恭子、砂塚英夫、奥村公延、中丸信、高橋明、島村謙二、八代康二、浜口竜哉

☆☆☆ 1978年/にっかつ/94分

    ◇

 ネオン花咲くころ、男たちの疲れを癒すピンクサロンが大盛況のなか、ライバル店に負けじと過激なサービスの「浪速女」が摘発を受けた。釈放されたホステスのミツ(松田暎子)、夏子(青山恭子)、そして一匹狼のピンクサロンの店長元伍(山下洵一郎)を迎えるのは開店屋の井原(砂塚英夫)。元伍と井原は再起を目指し、ホステス集めに奔走。元ストリッパーの万子(山口美也子)、人妻ツル(宮井えりな)、そしてナナ(大谷麻知子)、ルミ(相川圭子)、サナエ(梨沙ゆり)と陣営を固め、何度も警察の手入れを受けながら、その度に趣向を凝らしては営業を続けるが、何をやっても上手くいかない。次々とホステスたちは辞め、残ったのは曰くある五人の女たちだった。
 “好色五人女”の誕生に心機一転、元伍たちはマイクロバスで雄琴を目指すことに………。

    ◇

 『(秘)色情めす市場』『実録・阿部定』『江戸川乱歩猟奇館・屋根裏の散歩者』『発禁本「美人乱舞」より責める!』と、名作・問題作を送りだしてきた田中登といどあきおの最強コンビが最後の作品として放ったのが、井原西鶴へのオマージュ。
 江戸の浮世の恋物語に登場した女たちを、猥雑な現代に解き放し、人間味たっぷりに描いた傑作となっている。
 1979年の第2回日本アカデミー賞において田中登は、ロマンポルノの監督として最初の優秀監督賞を受賞しており(二人目にして最後の監督は翌年の神代辰巳)、受賞対象作品は室田日出男好演の『人妻集団暴行致死事件』とこの作品だった。

 本編始まって三分の二は軟派ムード一色で、情けない男たちを尻目にヴァイタリティあふれる女たちの“性”がスケッチされる。

 大島渚の『愛のコリーダ』で衝撃的なラヴシーンを演じた松田暎子は心中未遂の過去がある女で、男が死んで自分だけが生き残りただ惰性で生きてきた不安定感を醸し出し、「あんたが殺される前にわたしを殺して」と叫ぶ青山恭子は、婚約者を捨ててヤクザの清十郎を愛する。現在TVドラマで、絶対の敵役で知られる若き日の中丸新将が、とてもニヒルな男で魅力的だ。“生の温もり”を知らずに育ったコインロッカーベイビーの大谷麻知子は行きずりの過激派学生に心動かされ、サラ金に追われる夫を支える人妻宮井えりなは、何とも甲斐甲斐しい。そして、浮草稼業に疲れ安らぎを求める元ストリッパーの山口美也子。それぞれの個性が生かされたなか、山口美也子の存在感が抜きん出てる。

 当然ながら、ただ“性の謳歌”が描かれているのではなく、女たちの哀感や、純愛、虚無感が、次第に破滅的快楽のなかに蓄積され、エロティシズムの向こう側に“死の風景”が見え隠れする。
 すべてに行き詰まっていく元伍と5人の女たちが東京に見切りをつけ、マイクロバスで営業をしながら西へ西へと向かうロード・ムーヴィー的趣向も、西方浄土(極楽)を目指す集団道行きのようになっていく展開だ。

 深夜のサービスエリア、バスの屋根の上で中原理恵の「ディスコ・レディー」に合わせて踊る山口美也子の姿に目を奪われていると、場面は琵琶湖畔に佇む孤独な老人(奥村公延)と知り合う松田暎子に変わる。
 自分の心に空いた穴を埋めるために入水心中するミツと老人。浮気をしていた夫の目の前で自殺するツル。追い掛けてきた清十郎と貪るように愛を確かめた夏子は、目の前でヤクザ仲間に清十郎を殺されてしまう。

 追いつめられていく者たちや、傷ついていく者たちへの挽歌として作品にインパクトを与えているのがフラワー・トラヴェリン・バンドの「SATORI part2」と「Make Up」で、特にミツと老人のシーンは数ある挿入歌の中でも秀逸で印象的な使われ方だ。
 ほかに、山口美也子のテーマソングのように流れる「時には娼婦のように」をはじめ、「宇宙戦艦ヤマト」「銃爪」「君の瞳は一万ボルト」など、効果的に挿入される歌謡曲の数々には“生の讃歌”を感じさせる。

 失意の元伍、万子、ナナ、夏子。どこへ行くでもなくバスを飛ばし狂乱するなか、浮世離れしたピンク・レディーの「モンスター」で踊り狂う万子と、過激派学生の残した爆弾のタイマーをいれるナナ。
 「モンスター」が終わると同時に全部が無常の世となるラストは、最後に流れるフラワー・トラヴェリン・バンドの「After The Concert」の儚さとともに、70年代の展開として悪くない。

「聖なる館」GOV'T MULE



GOV'T MULE / Holy Haunted House ・ 10.31.2007

 ROCK好きなら「えっ?」と思うようなタイトルとジャケット・デザイン。

 ウォーレン・ヘインズ率いるガヴァーメント・ミュールの、2007年ハロウィンナイト・ライヴは、レッド・ツェッペリン・トリビュートで有名な一夜だった。
 そのスペシャルライヴが、ネット通販限定のオフィシャル・ブートレグとして完全収録の2CDでリリースされていた。

    ☆

DISC ONE
01. Play With Fire
02. Time To Confess
03. Million Miles From Yesterday
04. Rocking Horse
05. Birth of The Mule
06. Larger Than Life
07. Fallen Down
08. The Other One Jam
09. Blind Man In The Dark

DISC TWO
“The Holy Haunted House Set”
01. The Song Remains The Same
02. The Rain Song
03. Over The Hills and Far Away
04. The Crunge
05. Dancing Days
06. Drums
07. D'Ver Mak'er
08. No Quarter
09. The Ocean
10. Come On Into My Kitchen
11. 32/20 Blues

    ☆

 オリジナル曲で占められる1st Setは、オープニングで唯一のカバー曲として演奏される、ストーンズの1965年のアルバム『Out of Our Heads』に収録されていた「Play With Fire」が面白い。
 得意のレゲエ・アレンジで見事なブルース・ロックに変身している。

 そして聴きどころは2nd Set。
 ミュールのコンサートでは、70年代ROCKのカバーがリストアップされるのが常だが、こうしてワンステージまるごと、ひとグループの曲を演奏するのは稀。
 スペシャルナイトは、ツェッペリンの5作目『聖なる館』全曲を、アルバムのラインナップ通りの完全再現である。

 ゲストとして元ブラック・クロウズのオードリー・フリードをギターに迎え、すべての曲において原曲に忠実なパフォーマンスは、どこをどう聴いてもグレートなライヴ。
 “聖なる館(The Holy Haunted House )”とはコンサート会場を意味する。
 ライヴバンドであるミュールにとって、ツェッペリンのこのアルバムはまさに聖なる演奏をするに相応しい曲たちであろう。

 アンコールは、ロバート・ジョンソンの2曲で締めている。

「20世紀少年/第2章・最後の希望」



20th Century Boys 2
監督:堤幸彦
脚本:長崎尚志、渡辺雄介、浦沢直樹
原作:浦沢直樹(「20世紀少年」小学館ビッグスピリッツコミックス刊)
音楽監督:白井良明
主題歌:T.REX 「20th Century Boy」
出演:豊川悦司、常盤貴子、平愛梨、香川照之、ユースケ・サンタマリア、木南晴夏、森山未來、石塚英彦、宇梶剛士、小日向文世、石橋蓮司、佐藤二朗、ARATA 、前田健、古田新太、中村嘉葎雄、黒木瞳、唐沢寿明

☆☆☆ 2008年/日本・東宝/140分

    ◇

 物語の舞台は西暦2015年。歴史上、2000年に起こった“血の大みそか”は悪魔のテロリスト・ケンジ(唐沢寿明)とその仲間たちが行ったものとされ、それを阻止した“ともだち”は救世主と崇められていた。
 ケンジは“血の大みそか”以降 行方不明になり、姪のカンナ(平愛梨)は高校生に成長していた。 かつての仲間たちオッチョ(豊川悦司)、ユキジ(常盤貴子)、ヨシツネ(香川照之)はそれぞれの方法で“ともだち”の真相に近付いていく……。
 そんな中「よげんの書」とは別に「しんよげんの書」の存在が明らかになり、世界は急転直下、未曾有の事態に陥る……。

    ◇

 第1章が原作漫画のコマを重要視し、その再現にこだわったために映画の醍醐味に欠ける致命傷を負っていたのだが、それは大きな話の流れと謎を提起するためにあえて説明的描写であったのだと理解しよう。
 一般的に全3部作という作りの場合、2作目は最終作に向けての伏線や説明要素が増えてしまいトーンダウンしがち。この第2章もたしかに、多くの伏線が張り巡らされ謎はナゾのまま放っておかれるのだが、第1章に比べサスペンスの流れがスムーズになり、ヒロインのアクションなどもあり映画として充分楽しめた。今回は原作をかなりの箇所変更したことが良かったと思う。
 但し、場面展開のスピーディーさには前作の復習がないとついていけないかもしれない。
 公開初日の前日の夜、『20世紀少年/もうひとつの第1章』として、カンナのモノローグで綴られるカタチで新たに編集し直したヴァージョンがTV放送されたが、これが復習にはうってつけだった。
 
 第2章のヒロインとなるふたりには、オーディションで選ばれた若手女優が扮している。
 超能力を備えたカンナ役の平愛梨(たいら・あいり)は、拙い演技でありながらも眼ヂカラが非常に魅力的。同級生の小泉響子役の木南晴夏(きなみ・はるか)のノーテンキなキャラもよかった。ふたりとも、豪華で多彩な俳優陣のなかで見事に存在感のあるところを見せていた。
 木南は現在、ドラマ『銭ゲバ』で陰性な少女茜に扮しており、この映画とはまったく違うキャラクターで好演しているので注目したい。

 これだけ多くの出演者を揃えたわりに各々俳優たちの見せ場には不満もあろうが、その中で豊川悦司は相変わらずカッコいいし、ユースケ・サンタマリアの哀しみや、佐藤二朗の不気味さ、ハイテンションな小池栄子らの熱演は見どころだ。
 そして、第1章では見られなかった堤幸彦流の小ネタが復活!

 さて、今回もエンディング後の予告編は必見。
 最終章への関心は、拍子抜けするような原作の結末を堤監督がどうアレンジするのか……8月29日の公開を楽しみにしよう。

 to be continued………