TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

エレクトリック・フラッグ「ワイン」

 マイク・ブルームフィールドの演奏で、エレクトリック・フラッグが1967年のモンタレーでデビューした時の模様。

スポンサーサイト

永遠のフィルモア・ウエスト

 さて、クリスマス・イヴにSTONES BOXという大物が届いたと云っても、勇んで音を聴くわけでもなく、ただただ日本盤アナログ・レコードのレプリカを眺めるだけのような気がする年末。
 先週末からはずっとアナログ・レコードを聴いていた。

 聴き詰めのレコードたちは、1969年高校1年のころに買ったものばかり。
 ほとんどCDで聴くことができるのだが、レコード・ジャケットを眺めながら、ジャケや中袋の匂いを嗅ぎながら、あの時代の空気を感じるにはレコードでしか叶わない。



 例えば「チープスリル」の日本盤なら、ジャケット面のコミックの日本語訳がライナーノーツに印刷されており、それを眺めていると友人宅で一緒に聴いた情景が甦る。



 そして連想は、友人Wが買ったアル・クーパー、マイク・ブルームフィールド&ステイーヴ・スティルスの「スーパーセッション」に触発され「フィルモアの奇跡」を思いきって買い、飽きるほど繰り返し聴いていた日々に繋がる。当時このアルバムは3600円で、高校生の身分にはかなりの出費だった。

 その孤高のブルース・ギタリスト、故マイク・ブルームフィールド(享年37・ジョン・レノンが亡くなって2ヶ月後の悲報だった)に関連した作品が紙ジャケ仕様のCDで甦った。
 いままでレコードを聴いて思い出に浸っていた先にCD化の話もないだろうが、今回の復刻、世界初のCD化作品と極上のボーナストラックが含まれているとあらば、マイク・ファンには至高の喜びだからしょうがない。
 
発売された紙ジャケ・アルバムはコロンビア時代の8枚。
◆ア・ロング・タイム・カミン/エレクトリック・フラッグ
◆スーパーセッション
◆フィルモアの奇跡
◆永遠のフィルモア・ウエスト
◆マイケル・ブルームフィールドの冒険
◆マイ・レイバー/ニック・グレイヴナイツ
◆三頭政治/M.ブルームフィールド、J.ハモンド、Dr.ジョン
◆ヘイ!ブルームフィールド!

 それにしてもソニーの紙ジャケ復刻シリーズは安くて助かる。
 最近はSHM-CDの美名のもと再発紙ジャケが数多くリリースされているが、そのほとんどが2,500~2,800円もする。ソニーさんはSHM-CDじゃないけれど、レプリカ細部(中袋にいたるまで)のこだわりもキチンと叶えてくれて1,989円(2枚組で2,835円)! 格段に音質が変わるわけでもないんだから、どっち選ぶ?

 さて、「スーパーセッション」と「フィルモアの奇跡」は、5年前のアル・クーパー来日記念で発売された紙ジャケを所有しているため今回は見送った。



イヴに届いたブツ



クリスマス・イヴ………
帰宅したら大きな荷物が届いていた。

「生存者」ディーン・クーンツ原作作品



SOLE SURVIVOR
原作:ディーン・クーンツ
監督:ミカエル・サロモン
脚本:リチャード・クリスチャン・マシスン
主演:ビリー・ゼーン、ジョン・C・マッギンレー、グロリア・ルーベン、イザベラ・ホフマン

☆☆☆ 2000年/カナダ/176分

    ◇

 ベストセラー作家で原作者のディーン・クーンツ自身が製作に加わり作られたサイキック・サスペンスは、クーンツの映像化の中では結構出来の良い作品である。
 テレビ放映用に作られたドラマで、日本では2001年の正月に前編〈謎のメッセージ〉・後編〈恐るべき子供たち〉に分けてWOWOWで放映されており、現在はDVD化されている。

    ◇

 乗客330名全員が死亡した飛行機事故で、最愛の妻ミシェルと娘ニーナを亡くした新聞記者のジョー・カーペンターは、生きる意味を無くし、すべての気力も失せ、人生に絶望していた。
 大惨事から1年。ふたりの墓を訪れたジョーは、墓の写真をポラロイドで撮影している黒人の女性に出会う。数人の男たちに追われていた女は「いずれ真実を話すわ」と言い残し姿を消した。
 女性の名前はローズ・タッカー。事故を起こした353便の乗客だったことを突き止めたジョーは、真相を探るために動き出すのだが彼もまた、巨大な組織から追跡されることになる。
 ローズが接触した遺族たちや事故解明委員会の責任者バーバラがジョーの目の前で次々と死んでいくなか、ローズがニーナと名乗る少女を連れていたことを突き止めた。
 ローズは奇蹟の生存者なのか? 娘ニーナは生きているのか?

    ◇

 映画はほぼ原作通りの展開で進み、サスペンス満載の前半とサイキックな後半の展開はクーンツお得意の巨大謀略話となっている。
 追跡者イェーツの徹底した執拗さが不気味でいい具合だ。

 原作はこれまでのクーンツ作品とは少し様子が違い、追跡者側からの描きがあまりないものとなっていて、そのためにサスペンスに欠けているきらいがあるのだが、これは、翻訳があらすじを並べたてただけの超訳という悪名高きアカデミー出版から出ているためなのかもしれない。アカデミー出版の訳書は、絶対にお勧めできない凡書である。
 日本のクーンツ・ファンは、本作品のほか『インテンシティ~Intensity』('96 ドラマ化済)『何ものも恐れるな~Fear Nothing』('98)の3作品をちゃんとした訳で読むことができないでいる。なんとも残念な話で、どうにかして欲しいのだが……。

 さて、話の顛末は賛否両論あるだろうが、これがクーンツらしさ。気軽に楽しめる娯楽作品ということ。

「みのたけの春」志水辰夫



 志水辰夫の書き下ろし長篇時代小説の第2弾は、激動の時代に翻弄された郷士(農村に居住する下級武士)たちの生き方を描いている。

 時は幕末。
 北但馬の農村で養蚕で生計を立てている清吉は、病身の母を抱えながらつましい暮らしを送っていた。
 清吉は家業の合間に、武術や学問を学ぶために私塾・山省庵に通っている。
 大転換期の時代、尊王攘夷の風は山深い農村にまで届き、山省庵にも天下国家を論じる血気盛んな者たちが多くいたが、清吉は行動をともにしない。
 ある日、私塾仲間で幼馴染みの民三郎が刃傷沙汰を引き起こし、京へ身を隠す。
 兄妹のしがらみを断ち、尊王攘夷の活動に参加する民三郎に対し、清吉は母親の看病をしながら、時代に流されず、身の丈で生きる道を見い出そうとしていた。

 そしてついに、京で何人もの人を殺し罪人となった民三郎が逃げ帰ってくる。
 清吉は、友のために行動にでる………。

    ◇

 「すぎてみれば、人の一生など、それほど重荷なわけがない。変わりばえしない日々の中に、なにもかもがふくまれる。大志ばかりがなんで男の本懐なものか。」

 毎日縁側に座り、自然の移り変わりを眺めながら、自分の本分をわきまえている主人公の静かな生き方は、目立たず、騒がず、常に己の道を歩む姿勢だ。そこにすっかり引きこまれる。
 いかに、激変の時代であれこの殺伐とした現代と比べてみると、そこには、親と子、兄と妹弟、師と弟子、そして主と仕える者との関係など、いまの日本には決してない忘れられた何かが見えてくる。

 そして、相変わらず魅力あふれる傍役たちと、鮮やかな情景描写。
 民三郎の兄妹たちの健気さと頼もしさはもとより、清吉がほのかに想いを寄せる女性への拙い行動や、清吉の家に長年仕える下男の存在がほんの二言三言の会話で浮かび上がってくる様子など、見事にシミタツの世界である。

 最後の2頁が往年の代表作のラストを彷彿させながらも、読後感はまったく違った思いにさせられる。いい小説である。

    ◇

みのたけの春/志水辰夫
【集英社】
定価1,890円(税込)
2008年11月初版

「the 寂聴」 再会、萩原健一



 先日、TV「久米宏のテレビってヤツは」にゲスト出演されていた瀬戸内寂聴さん。
 そこで告知もしていたムック本「the 寂聴」第1号が15日に発売された。

 番組中にも言っていたショーケンとの再会。
 特集「萩原健一と歩く浄土」は、第1回目としてもせいぜい20頁くらいのものかなと思っていたのだが、いやぁ、50数頁という嬉しいほどの量だった。
 そのうえ、横浜と京都での対談の模様と、バックステージを18分に凝縮した特典DVD付きだ。
 元気なショーケンを久々に見た。安心。

 先日発売された音楽ユニットUKAWANIMATION! にヴォーカル参加したショーケンの歌を聴きながら、足でリズムを刻み「いいじゃない」とショーケンに笑顔を見せる寂聴さん。
 かつて、隠遁していた京都の禅寺を訪れ、懐かしむショーケン。

 ふたりの姿は、母と子であり、師と教え子であり、姉と弟でもあり。恋人でもあり。
 しっかりと、絆が見える。

 映画の話も、神代辰巳の話も出てくる。
 
 ショーケンはアーティストなのだ。天才なのだ。

 「役者はね、役をもらって役者なの。役がもらえなきゃただのモノなんだから。与えられたものは取られるから、自ら奪いにいけよ。」

    ◇

カドカワムックthe 寂聴/瀬戸内寂聴責任編集
【角川学芸出版】
定価1,600円(税込)

「十九歳の地図」*柳町光男監督作品



原作:中上健次
監督:柳町光男
脚本:柳町光男
音楽:板橋文夫
出演:本間優二、蟹江敬三、沖山秀子、山谷初男、原知佐子、白川和子、中島葵、竹田かほり、楠侑子、津山登志子、川島めぐ、柳家小三治、友部正人、、清川虹子、中丸忠雄

☆☆☆☆☆ 1979年/プロダクション群狼/109分

    ◇

 原作は中上健次のモノローグ小説で、神代辰巳監督や長谷川和彦監督も映画化を試みたという。
 ドキュメンタリー映画出身の柳町監督は、誰にでも起こりうる人間の心の闇を冷徹な眼で活写していく。

 まだ夜が明けきっていない蒼い町。ガスタンクがある町。黙々と新聞配達の少年が走っている。

 和歌山から上京してきた19歳の少年(本間優二)は、新聞配達のアルバイトをしながら予備校に通っているが、さして目的を持って大学を目指しているわけではなかった。
 単調な新聞配達の日々のなか、一軒一軒に「犬が吠えるからバツひとつ」「狭い路地に物が置いてあるからバツふたつ」と採点し、それがたまると各家に嫌がらせ電話をしている。
 少年のノートには電話帳で調べた電話番号と家族構成そしてバツ印が記載され、それを元に手書きで町の地図を作成することに熱中し始める。
 「幸せになるのが怖いのだ」と言われると心当たりがある少年。ひととの繋がりを、沸き起こる敵意とか人を貶める感情でバツ印を付け、嫌がらせ電話をかけることで満足しているのだ。

 新聞店の2階に住む少年の同室には30過ぎの男(蟹江敬三)がいる。同僚から金を借りては返さない、胸の刺青も痛くて途中で辞めてしまう、ホラばかり吹いて何も出来ないダメ男に少年は軽蔑の眼差しを向けている。
 そんな男には「かさぶたのマリア様」と慕う女がいる。自殺を仕損なって片足が不自由な娼婦(沖山秀子)だ。

 マリアが子供を身籠った。男は彼女のために、ひったくりをし、八百屋に侵入して強盗傷害で警察に捕まってしまう。男の逮捕を知らせにきた少年の前で、マリアはガス自殺を図るが死ぬことができない。
 やり場のない、どうしようもない気持ちを抱えた少年は、ガスタンクの会社にタンクを爆破するという脅迫電話をかける。「のうのうと生きている奴なんか殺してやる!本当だぞ……本当なんだからな」受話器を握った少年の目には次第に涙があふれてくる。バツ印でいっぱいになった町の地図が貼られた部屋で、ひとり慟哭する少年。

 翌朝、朝露に濡れた町を走る新聞配達の少年の前にマリアの姿があった………。

    ◇

 ひとり一人が“希薄な存在感”でいる世の中で、ひとは何も助けてはくれない。自分で解決するしかない。

 少年が集金に行く毎に、金を払わない中年男、情事の男の金を借りて「不幸に負けちゃダメよ」と偉そうに言うひとり暮らしのOL(津山登志子)、宗教の勧誘をする中年女(白川和子)、少年の身の上を聞き出しては満足している中流階級の主婦(楠侑子)、物品ばかり請求する元女教師らに腹を立てる。“ごくろうさま”のメモとアメ玉ひとつを新聞受けに入れている家にも少年はイラつき、バツの数を増やしていく。
 こうしたカットを織りまぜながら、悪意のマスターベーションとなる手書きの地図を完成させていくシーンが見どころだ。

 向いの部屋からはいつも激しい夫婦喧嘩が聞こえる。女(中島葵)のヒステリックな声に「どういった具合に生きていきゃぁいいか、わかんないよな」と呟く蟹江敬三。男が愛読するのは中原中也の詩集だ。
 この蟹江敬三の、だらしなく、みっともない男の姿が、恐ろしいほどリアルな演技で秀逸を極めている。

 そしてもうひとり、醜く、薄汚く、孤独な女を演じる沖山秀子も凄い。
 今村昌平監督の『神々の深き欲望』('68)でデビューをした沖山秀子は、何度かの自殺未遂や精神病院への入退院を繰り返した曰くのある女優で、この映画で見せる不自由な足は、実際にビルの7階から飛び下り自殺未遂に終ったときの傷跡であり、この作品が事件直後の復帰作だった。
 ガス自殺を試みるシーンにおいて「死ねないのよ、死ねないの、死ぬことができないの……」と、咽び泣く沖山の姿は本物。この生々しさが柳町監督らしく、彼女をキャスティングした時点で映画は成功している。目力と凄みのある太い声は半端ない迫力である。
 彼女はジャズシンガーとしても有名で、現在もジャズクラブで活動している。

 地を這う虫の如く生きている人間たちへの鎮魂歌は、全編に流れるピアノ・ジャズ。
 マリアの姿を捉えたラストのスローモーションは、脳裏に残る名シーンである。


ショーケンのこと

 お馴染みさんのブログで得たショーケン情報です。

 大桃美代子オフィシャルブログ「桃の種」において、12月4日のNHK総合ラジオ「我が人生に乾杯」にショーケンが出演した時のことが書かれていますが、びっくりしたのは掲載されているショーケンの近影。その風貌。
 まぁ、ご覧あれ。カッコイイの一言だね、うん。

 小栗旬くん主演の映画『TAJOMARU』に出演中とのこと。で、この姿。
 さすがだよねぇ。

 今後、他の映画、特に『傷天』への期待はますます大きくなるばかり。

 ところで、2日にWOWOWで生放送された桑田佳祐の『昭和83年度 ひとり紅白歌合戦』において、GSオンパレードを歌った時には、タイガースのあとにはてっきりテンプターズだと思っていたのに見事に肩透かしを喰ってしまった。スパイダースにブルコメを演るならあそこは絶対にテンプターズだよね。クワタバンドでは『神様お願い』をカバーしているんだしさ。ジャガーズもいいんだけど、何かあるのかと勘ぐりたくなったのだが、このあとの展開に心乱されたのよ。

 それは中森明菜vs近藤真彦の楽曲でおきた。
 明菜の『少女A』に対して、マッチは『愚か者』だって。え……そう来るか。

 大トリのアッコ・ゴジラも、巻き舌絶好調の『タイガー&ドラゴン』も、クール前川ファイブも、「やめて」を「○れて」と歌った『経験』も断然楽しめたけれど、最高だったのはやはりアノ『愚か者』だった。

 なるほど……
 ここでショーケンが出てくる仕組みだったのね……などと感心してしまった。
 ショーケンの歌唱法で『愚か者』を歌う桑田くん。でもショーケンは「お~ろ~か者よ」とは歌っていないのよ。
 ショーケンは「お~ろ~かな者よ」と歌うのだ。
 

ザ・ローリング・ストーンズ「シャイン・ア・ライト」*マーティン・スコセッシ監督作品



 2006年秋、ニューヨークのビーコン・シアターというわずか2800席の小さな劇場で行われたザ・ローリング・ストーンズのライヴ・ドキュメントである。
 さいたまスーパーアリーナと名古屋ドームで見てから半年後のステージは、ある意味、生のコンサートを見るよりリアルなステージを体感できた。

 モンスターバンドと化したストーンズは、どうしてもスタジアム級のライヴを強いられているし、ミック自身大きな空間で演る方を好んでいるようなのだが、ロック・バンドは演奏者同士はもちろん、観客とのコミュニケーションが大事なのがよく分かる。
 ファンは、いつでもステージ最前列でバンドを見たいもの。映画はその経験を体感させてくれる。
 とにかく凄いロックドキュメンタリーなのだ。ドキュメンタリーって言ったって、インタビューやら過去映像は最小限に抑えられ、とにかくライヴ優先。そこは大のストーズ・ファンでもあり、ブルースとロックに造詣が深いマーティン・スコセッシ監督の巧みな手腕が発揮されている。
 20台近いカメラをミックやキースの邪魔にならない至る所に配置し、ステージを縦横無尽に動きまわるミックやキース、そしてほかのメンバーとのステージ上でのコミュニケーションをつぶさに撮えている。小さな会場だからロングショットと言ってもしれている。普通のライヴ映像、ましてやコンサートの大きなプロジェクターでも見ることができない彼らの表情を楽しむことができる。

 たとえば、キースが吸っている煙草を吐き捨てると、ライトの逆光で灰がキラキラとキースの顔の周りを舞うシーンの何とも美しいこと。映像作家スコセッシだからこそ見逃さないカットだろうし、また、「悪魔を憐れむ歌」でのミックが登場するシーンの際立つ美しさも見事。

 しかし映像以上に凄いのは、ボブ・クリアマウンテンの作り出すサウンドだ。
 キースのソロ、あるいはロニーが近づいてくると大きくフィーチャーされるギター音。その生々しさにゾクゾクさせられる。チャーリーの叩くバスドラム、ボビー・キーズのサックス・ソロ……それぞれが、ライヴでこそ聴こえてくるようなバランスで観客の耳に響いてくるのだ。この音響があってこそのライヴ体験映画と云える。
 面白いのが、ステージを映した画面手前に観客の持ったデジカメが映った瞬間、そのシャッター音を大きな効果音として使う。なんと云うユーモア。

 映画の冒頭20分ほどは、ライヴ当日までの監督やスタッフらとストーンズ側(主にミックだが)とのリアルなやりとりと緊張感が映され、主賓でもあるクリントン元大統領一行(10月29日のコンサートはクリントンのチャリティー団体募金活動の一環として開催された)とのバックステージも垣間見られる。
 主賓らへの挨拶にウンザリするチャーリーや、キースのジョークが面白い。

 黒のロングコートを羽織り、ギターを持たずに「You Got Silver」を歌うキースがムチャクチャ格好いいのだが、ところどころにショーケンの姿が浮かんできたのはぼくだけだろうか。マイクから離れる仕草が似ており、ふたりとも、ステージに醸し出されるロック・スピリチュアルが同じという点で納得した。



映画のチラシと前売り券購入特典の大型ポストカード

SHINE A LIGHT
監督:マーティン・スコセッシ
出演:ザ・ローリング・ストーンズ、クリスティーナ・アギレラ、バディ・ガイ、ジャック・ホワイト

☆☆☆☆ 2008年/アメリカ/122分

TEA FOR ONE「邦画オールタイムベストテン」

 washburn1975さんのブログで開催されている「邦画オールタイムベストテン」に参加してみる。

 リストアップの基準は何度でも観たいものなのだが、その日その年、気分で変わったりもするので10本選ぶってのは難しい。が、楽しいな。
 はじめの3作品は不動だと思うが、とりあえずは2008年度版ということで……。

    ◇

〈順不同〉

太陽を盗んだ男(1979年/長谷川和彦/沢田研二、菅原文太)

エンターテインメント映画とはかく語りき。失われた70年代の過激性を今の映画に求めるのはナンセンスかもしれないが、このエネルギーを失って欲しくない。

赫い髪の女(1979年/神代辰巳/宮下順子、石橋蓮司)

雨と、ブルースと、厚化粧。無機質な風景。生々しく愛欲に溺れる官能の空間。
宮下順子の切なさこそがエロス。

ラブホテル(1985年/相米慎二/速水典子、 寺田農)

音楽、演出、ヒロイン、そして切なさ。奇蹟の“名美物語”。
石井隆作品のなかで、ベストワンに挙げられる映画である。

ヌードの夜(1993年/石井隆/余貴美子、竹中直人)

はぐれた男が、一途に想いを寄せる、忘れられないおんなが、ここにいる。
余貴美子、最高のヒロインが生まれた。

(秘)色情めす市場(1974年/田中登/芹明香)

ロマンポルノにあって群を抜いて作家性あふれたこの作品は、何といっても芹明香の存在。
素晴らしいの一言。

約束(1972年/斉藤耕一/岸惠子、萩原健一)

萩原健一の映画をと言われれば、何をおいてもまっ先に浮かぶのがこれ。
役者ショーケンの原点であろう。何といってもショーケンの顔がいいもんね。
切なさが、岸惠子と彼の、ふたりの表情だけで成り立っている映画。

十九歳の地図(1979年/柳町光男/本間優二、蟹江敬三)

蟹江敬三のだらしなさと、みっともなさは絶品。
70年代の蟹江敬三は、他にも「天使のはらわた・赤い教室」「犯す!」と一級品揃いだが、今回はこの作品をランクイン。

マルサの女(1987年/伊丹十三/宮本信子、山崎努)

伊丹十三はエンターテインメントな作品のなかに結構エロティックなシーンを盛り込むのだが、この作品も志水季里子の起用がいい。彼女の切ない表情は出色。山崎努との情事のあとに裸のお尻にティッシュを挟んで歩くシーンは忘れ難い。

県警対組織暴力(1975年/深作欣二/菅原文太、松方弘樹)

「仁義なき戦い」や「仁義の墓場」も考えたが、男たちの切なさはこの映画の方が尾をひく。

肉体の門(1964年/鈴木清順/野川由美子、宍戸錠)

鈴木清順の映像美を考えた時、日活アクション(「殺しの烙印」「東京流れ者」)でもなく、幽霊綺談(「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」)でもなく、この作品のセット美術が思い浮かぶ。5人の娼婦のカラフルな衣装とともに女たちの活力に満ちた映画だ。
「河内カルメン」同様、野川由美子の魅力に勝るものなし、っていうのに、年末に観月ありさヴァージョンがドラマ化されるとは笑止の沙汰。