TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「夜を着る」井上荒野



 タイトルに惹かれて買った。

 それぞれの事情を抱えた主人公たちが、日常生活から小さな“旅”にでる8つの物語を収めた短編集は、そのなんとも甘美なタイトルどおり、ビターな読後感がかなりハードボイルドだった。
 各編のラストの断ち切り方が見事で、主人公たちの心情とともに、心がざわざわする感覚を憶える。

    ◇

 アナーキー
 2度目の堕胎手術を終えたばかりの若い恋人たちが、あてのないドライブに出る。大人になりきれないふたりの彷徨いの果ては………。

 映画的な子供
 通学途中の見知らぬ町に降り立ち、初めて学校をサボる女子高生。親がほしい子供らしさと、子供がほしい親らしさ。

 ヒッチハイク
 更年期を意識し始めた女性が、以前知り合った若いヒッチハイカーの男性に逢いに、ふらりと家を出る。夫婦の岐路の結末は……。

 終電は一時七分
 五十代を迎えた男が妻に愛人の存在を伝え家を出るが、年若い愛人は本気ではなかった。男は、TVで話題になった恋人を殺した男の事件現場に出向き、そこで自分を同級生と見間違う女に出会う。

 I島の思い出
 詩人だった父親が亡くなった。女性スキャンダルでふさぎ込んでいた母を連れて、娘の私は沖縄のI島へ向う。ちょっとちぐはぐな道中記。

 夜を着る
 夫の浮気を探るために、隣家の旦那と共に夫の旅先へ向う妻。妻の心の中にも、小さな不義が芽生えるが……。

 三日前の死
 卒業旅行でパリへ来た二組の恋人たちは、一組の仲睦まじい夫婦と出会う。最終日に知らされたひとつのニュースから、それぞれの男と女の微妙な事情が浮かび上がってくる。

 よそのひとの夏
 父親の葬儀に現れた父のかつての愛人。娘たちは、ある夏の日を思いだす……。

    ◇

 簡潔な文章のなかに浮かぶ男女の機微と揺れる心象風景は、繊細でありながら、大胆で、骨太な印象を残す。
 居場所をなくしたものたちが、不安定な日常から少しだけ逃げ出し、人と関わることで喪失感を埋めようとするのだが、結局、帰る場所があるはぐれ者たちには、ただ戸惑いばかりが膨らんでいく。微妙な余韻。

 同情するべくもない男の情けなさと哀れさが強烈な『終電は一時七分』は、男の身には痛いラストだ。
 
 書籍を手に持ったときのザラついた紙の触感と、粒子の粗いモノクロ写真がひりひりする物語の空気をもたらしてくれる装丁も、またよろしい。

    ◇

Put the Night On Me
夜を着る/井上荒野
【文藝春秋】
定価 1,260円(税込)

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「ミスト」

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THE MIST
原作:スティーヴン・キング
監督:フランク・ダラボン
脚本:フランク・ダラボン
出演:トーマス・ジェーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ローリー・ホールデン、トビー・ジョーンズ、アンドレ・ブラウアー、ウィリアム・サドラー、アレクサ・ダヴァロス、ネイサン・ギャンブル

☆☆☆☆ 2007年/アメリカ/125分

    ◇

 絶望×絶望………

 見終わったあと、こんなにも打ちのめされる映画は久しぶりだ。
 しばらく席を立てないでいると、真っ暗な中のエンドロールに被せて聴こえてくる効果音が、耳のなかを“希望”と“絶望”をくり返しながら旋回する。
 小説ではできない、観客を微動だにしない映画の魔力というところだ。

 原作スティーヴン・キング×監督フランク・ダラボンの最強コンビで『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』につづき三たび放ったのは、あまりにも残酷な人間ドラマだ。

 長閑な田舎町に襲い掛かる嵐が発端だった。一夜が明けた晴天の空には、湖上から不穏な霧が発生して町を被うように流れていた。不安を感じた主人公のデヴィッドは、少し気まずい関係にある隣人と自分の息子を連れてスーパーマーケットに買い出しに行く。
  スーパーマーケットは客たちで大混雑していた。そこに「濃霧の中に何かがいる」と叫びながら、中年の男が飛び込んできた。
 すっかり霧に包まれた スーパーマーケットの外では、正体不明の生物たちが蠢き出し、大勢の客たちは店に篭城することになる………。

 真っ白な闇の中から、スーパーマーケットのガラス窓に点々と異界のバグが姿を現すところは、ヒッチコックの『鳥』の如くゾクゾクさせられ、クリーチャーものとしての恐怖感は見事だが、それ以上に、閉塞空間で異常な緊張を強いられた人間たちの行動が、一番恐いのだと云うことを思い知らされる映画だ。

 人はふたり以上いれば争いごとが生まれる。ひとりの狂信的なカソリック信者に扇動されてしまう人間の弱さやエゴ。

 ハリウッド映画の常識でいえば、恐怖と闘うために“愛”と“勇気”を持ったヒーローやヒロインが、大勢の人々を扇動する敵役をねじ伏せ、身勝手な行動をする者たちに立ちふさがり、“正義”という御旗を振る。
 しかし、正しい選択というのは本当にひとつだけなのか。
 まっ先に逃走する人間を非難は出来ないし、暴力には暴力を振るった人間が自分を悔いるところに少しは真っ当な人間がいて救われたり……。
 ただ哀しいかな、岐路に立ち自己責任で決断したあとに、本当の試練がやってくるのに唖然とする。

 アメリカ映画には不文律がある。
 ここで、それを書くとネタバレに繋がってしまうので控えるが、とにかく、このとんでもない二重のラストシーンを創造したことで、この作品は『ショーシャンクの空に』や『グリーンマイル』と並ぶ傑作になったと思う。

「丘を越えて」*高橋伴明監督作品



監督:高橋伴明
原作:猪瀬直樹「こころの王国」
脚本:今野勉
出演:西田敏行、池脇千鶴、余貴美子、西島秀俊、猪野学、嶋田久作、石井苗子、高橋恵子

☆☆☆ 2008年/日本・「丘を越えて」製作委員会/114分

    ◇

 「真珠婦人」や「父帰る」で一躍人気作家になり、文藝春秋社を創立し、芥川賞・直木賞を創設した人物菊池寛と、その周囲の人々の人間模様を描いた物語。

 女学校を出たばかりの細川葉子は江戸情緒を残す下町育ちの貧しい娘。知人の紹介で文藝春秋社の面接を受ける。一度は編集長(嶋田久作)に断られるが、人柄が菊池寛(西田敏行)の目にとまり私設秘書として働くことになる。
 葉子にとっては何もかもが新しい世界のなかで、菊池の運転手の“地下鉄のしんちゃん”(猪野学)や、編集部に席を置く朝鮮人の青年・馬海松〈マカイショウ〉(西島秀俊)らと関わりながら、働く女性として成長し、女流作家への夢を見ながら、大人の恋愛を経験していく。

 時はモダン、昭和初期。
 映画の冒頭、葉子が育った遊郭吉原界隈の竜泉寺町で、遊女と兵隊のひとコマが静かに映し出される。軍靴の足音が迫っていた短かった時代とはいえ、ラヂオから流れるチャールストンや流行りの昭和歌謡曲に人々が魅了され、街には自動車や洋服姿のモガやモボたちが闊歩していた頃。大正モダニズムの流れを残しながら、大衆文化として風俗や昭和のファッションが華開いた時代だ。
 スクリ-ンにはモダンな街並が輝かしく再現され、流れる昭和歌謡曲の名曲には耳を奪われます。

 しかし少し残念なのは、映画として全体に人間臭さを感じることがなく、どこか綺麗にアッサリと流れてしまった感じがする。
 馬海松や地下鉄のしんちゃんのバックボーンが台詞だけで終っているし、菊池の女性関係もはっきり見えない。タクシー運転手の語りだけで別宅があるように想像させるのだが、本物の愛に満たされなかった中年の菊池が、若い葉子に恋心を抱いていく過程が見えないので、葉子と菊池の旅館での情事が胸に迫ってこなかった。

 ラジオ放送が満州事変の始まりを伝え、日本は暗い時代に突入することとなる。これからの幾つもの困難な丘を乗り越える大衆の力強さを見せつけるかのように、映画は唐突にレヴューとなって幕を下ろすのだが、いやぁ、本当に唐突なのだ。これ、少し評価しにくいな。

 菊池寛を演じる西田敏行は風貌や雰囲気がソックリ。威風堂々と演じる西田だが、ときおり見せるチャーミングな振る舞い、情けない中年ぶりが彼らしくて楽しめる。
 終盤、余貴美子の三味線で小唄を披露する西田敏行は見ものだ。

 かつて中国大陸を三味線ひとつで稼ぎ回ったという強者が、余貴美子さん演じる葉子の母親はつ。登場するシーンでは、毎回違うハイカラな着物姿を魅せてくれる。
 余さんの粋な着物姿とともに、都々逸や小唄、三味線で謳う「丘を越えて」、そして、着物でチャールストンを踊る姿には目を奪われっぱなしだった。
 貫禄あり過ぎです。

 個人的には、余貴美子さんだけを見ていて幸せな時間を得られる映画だったので、とりあえずは満足。


「映画時代」創刊準備号



映画時代 創刊準備号
【活檄プロダクション】
定価 500円(税込)

    ◇

 『映画時代』というミニコミ誌が18日に創刊になった。

 カツドウ屋からほとばしる映画にまつわる“言葉”が誌面を踊る、映画マガジンならぬ“映画ZINE”誌です。

 創刊準備号の特集は『神代辰巳×萩原健一』!!

 クマシロ&ショーケンコンビの映画は、『青春の蹉跌』('74)『アフリカの光』('75)『もどり川』('81)『恋文』('85)『離婚しない女』('87)の5作品。そして『傷だらけの天使』の2話(「港町に男涙のブルースを」「草原に黒い十字架を」)を入れて、全部で7つの血と汗の結晶がある。
 そのうち2作品(『恋文』『離婚しない女』)のホンを手掛けた、脚本家・高田純氏のインタビューが興味深い。

 嬉しくて泣けてきます。
 ショーケンが唯一多作出演した神代辰巳との繋がり、監督の演出方法、ショーケンが大好きなワケ………。
 これまでにもいろんなところで見聞きしたエピソードも、当事者の言葉で語られると、結局みんな、クマさんとショーケンの虜になっていることがよ~く判る。

 「彼(ショーケン)を分かって、面白がってくれる大人がいなくなっちゃった」

 この、誰もが周知の事実が、ズシンとくるのです。
 演技者であると同時に、創造者(演技・演出すべてにおいて)であったショーケン。
 “手負いの少年”を愛しむ大人がいないことが、今のショーケンの不幸なのかもしれないのです。

 銀幕に相応しいふたりの特集は、ショーケンのカムバックへのラヴレター。
 出て来てくれないか、ショーケンと真剣勝負ができる映画人よ! 

 もうひとつのインタビューは、神代監督の遺作『インモラル』で助監督を務めたいまおかしんじ氏。
 神代監督が岡崎京子の『リバース・エッジ』を面白がっていた話から、現場の壮絶さと、そして悔恨………エピソードに事欠かない。

    ◇

 現在この雑誌は、東京高円寺~吉祥寺辺りの一部書店・名画座・レコード店でしか手に入れられないようだが、下記サイトにて通信販売も行われているので、ぜひ、興味のある方は買って読んでください。
 メジャー雑誌では読むことのできない、映画人のパッションを感じられると思う。

「映画時代」公式blog

    ◇

「Superfly」 スーパーフライ



 最近、J.POPで気にいっているのがこのユニット、Superfly《スーパーフライ》。

 最新曲「Hi-Five」が“LISMO!”のCMでバンバン流れている、アレです。

 ヴォーカルの越智志帆とギタリスト多保孝一がバンドとしてスタートさせて、現在は越智志帆のソロユニットとして活動している彼ら。
 越智志帆のフェイヴァリットが、ジャニス・ジョプリンとかマリア・マルダーで、多保孝一が敬愛するのはストーンズやF.マックだって言うんだから、目指すサウンドは60年代から70年代のロックってことになる。

 ユニット名も懐かしい響き。
 Superfly《スーパーフライ》って云えば、我らの世代はブラック・パワーを連想し、カーティス・メイフィールドを思い浮かべる。
 ブラック・パワー全盛時の1973年に公開されたゴードン=パークスjrの、ブラック・ムーヴィーの傑作タイトルで、カーティス・メイフィールドのテーマ曲がファンキーでカッコよかったものです。

 さて、14日に発売されたばかりの1stアルバムは、シングル5曲が納められた“ファーストにしてエバーグリーンな名盤”と謳われてます。
 そういえば、同じように70年代ロックを彷彿とさせデビューしたLOVE PSYCHEDELICOも、ファーストからして“グレーテストヒッツ”だったよな。

 サイケなジャケットは、ユーミンや五輪真弓に見えたりする越智志帆の顔がどこか麻生レミの面影だったり、曲はサディスティック・ミカ・バンドや大瀧詠一のテイストも感じられるくらいヴァリエーションに富み、ウッドストック世代のオジさんにもオバさんにも、ビンビンと肌で感じることができるバンドサウンド。
 もちろん、越智志帆の張りのあるパワフルな歌声が魅力的だ。

 お気に入りは、2ndシングル「マニフェスト」とクールな大人のロックが味わえる「 i spy i spy (Superfly × JET)」。
 特に、初回限定盤に付いているPV-DVDで見る「マニフェスト」は、敬愛するJANIS with Big Brother & THC. を見るような、60年代ファッションでパワフルに歌い廻るステージングがカッコいいのです。

    ☆

01. Hi-Five
02. マニフェスト
03. 1969
04. 愛をこめて花束を
05. Ain't No Crybaby
06. Oh My Precious Time
07. バンクーバー
08. i spy i spy (Superfly × JET)
09. 嘘とロマンス
10. 愛と感謝
11. ハロー・ハロー
12. Last Love Song
13. I Remember

DVD
01. ハロー・ハロー
02. マニフェスト
03. i spy i spy (Superfly × JET)
04. 愛をこめて花束を
05. Hi-Five

    ☆

「チックタック」ディーン・クーンツ



チックタック/ディーン・クーンツ
訳:風間賢二
【扶桑社文庫】
上巻:定価 720円(税込)
下巻:定価 740円(税込)

    ◇

 久しぶりにクーンツを読んだ。

 スティーヴン・キングとともに、モダンホラーの世界を構築してきたディーン・クーンツだが、日本では帝王キングより知名度が低い。
 80年代には『ファントム』('83)『ウィスパーズ』('80)が日本でも爆発的なヒットとなり、邦訳ラッシュになり、そのめちゃくちゃハッタリを効かせたB級的ストーリー展開で面白さの虜になったファンは多いはず。
 帝王に負けるものといえば、同じように映像化作品が多いわりに、出来のいい映画が少ないからかもしれない。
 77年公開の『デモンシード』、81年公開の『ファンハウス/惨劇の館』、89年公開の『ウィスパーズ』、そして『ファントム』も98年に公開されているのだが、B級映画ファン向けの作品ばかり。それはそれでいいのだが……。
 TVミニ・シリーズとして作られた『Mr.マーダー』(98年製作)と『生存者』(2000年製作)は充分に見応えがあった。
 原作『生存者』は悪しき超訳でしか読むことができないので、ビデオ発売されている映像版をお勧めする。
 
 さてこの作品は1996年に本国アメリカで発刊されたもので、邦訳としては2008年に入って『対決の刻』('01)につづいて発売された。
 80年代の『ファントム』や『戦慄のシャドウファイア』('87)のようなジェットコースター・サスペンスの面白さを堪能できる。

 アメリカン・ドリームを叶えた主人公に、突然一体の作りかけのぬいぐるみの人形が襲い掛かる。コンピュータの画面には「デッドラインは夜明けまで」の文字。
 執拗に追い掛けてくる人形は、徐々にその姿を変え巨大になっていく。
 たった一夜の逃亡劇。

 そしてヒロイン登場。一匹の犬とともに、今度は、超常現象の中をふたりのドタバタな会話で進行するといった、これまでには見られなかったほどのコメディセンス。
 スリリングな展開を忘れても、意味あるふたりの会話が面白い。

 90年代からクーンツの書くテーマは「家族愛」が基本。どの作品も「愛と正義は必ず勝つ」のが信条。
 どんなに過酷な人生でも、前進するしかない。運命を変えることはできない。だからこそ、その先にある安住の地を求めて、怒濤のように突っ走る。

 煌めくような、ロマンティック・コメディを見るようなエンディングが素晴らしい。
 フランク・シナトラの歌を聴きたくなった。

 ぬいぐるみの正体も、ヒロインの正体も、犬の存在も、『雷鳴の館』('82)のような大ハッタリを楽しめればOK。
 この荒唐無稽なプロットを、最後まで楽しませてくれるのがクーンツ。

 “エンタテインメント”を一点に、どこまでも奇抜に、そして、スピーディに展開させる“クーンツスタイル”がこれだ。

「沙耶のいる透視図」*和泉聖治監督作品

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監督:和泉聖治
原作:伊達一行
脚本:石井隆
撮影:佐々木原保志
音楽:一柳慧
出演:高樹沙耶、名高達郎、土屋昌己、加賀まりこ、山田辰夫、沢田和美

☆☆☆ 1983年/プルミエ、ヘラルド/102分

    ◇

 原作は伊達一行の“すばる文学賞”受賞作。
 ビニ本のカメラマンと、母親とのセックスが最高だという編集者と、母親との血脈を呪う不感症の女との三角関係を描いた問題作で、映画上映も3年間のお蔵入りを強いられていた。近親相姦が問題だったのだろうか。

 パトロン持ちの元モデルの女との情事を楽しむカメラマンの橋口(名高達郎)は、編集者の神崎(土屋昌己)に沙耶という女(高樹沙耶)を紹介される。
 沙耶をホテルに誘う寸前で逃げられてしまう橋口だったが、車の中に残されたスケッチブックに描かれていた“ケロイド状のペニス”の春画を見て、沙耶に不思議な魅力を感じてしまう。

 “ケロイド状のペニス”は神崎のことであり、彼は母親と近親相姦をおこなっていた。
 沙耶は、男に溺れ堕落した生活をする母親の血脈を嫌悪するあまり“性” を憎んでいる。

 神崎と沙耶との不思議な関係性に取り込まれながら、橋口は沙耶に惹かれていく……。
 
 インポテンツの神崎と不感症の沙耶の関係は、“性”の“男根主義”を嫌悪することからの同一性で、“不能”の“性”が成立することがその対極にあるのだと示す。

 「セックスが愛を消し去る」

 愛があるからセックスをするのか。
 セックスがなければ愛は育たないのか。

 沙耶と同化しようと自らの“性”を消し去った神崎は“男根主義”の犠牲者か。
 ふたりの“性”への憎しみはどこからくるのか。
 人間の、性愛の悲劇が提示される。

 暗くて難解なストーリーだが、人間の心の奥深いところをえぐり出す深いテーマが備わっている。

 心に暗い闇を抱えた女を好演する高樹沙耶は、稚拙な台詞廻しながら眼光の鋭さと、可愛い顔だちから醸し出される不思議な浮遊感がいい。虚無感を備えドロドロとした存在でスクリーンに輝いている。
 彼女はこの作品でモデルから映画デビューし、芸名はこの役から名付けられた。とにかく美しい高樹沙耶である。
 
 献身した夫が別の女の元に走り、息子とのセックスに溺れてしまい精神を病に巣食われた神崎の母親を演じる加賀まりこは、その妖艶さが壮絶で出色。
 
 インモラルな神崎役は、ミュージシャンの土屋昌己が演じる。演技は問題外なのだが、この退廃的な雰囲気は彼にしか出せない存在感だ。

 沙耶の輝くばかりに煌めく肢体。
 その後方、雨降る窓の外を落下する神崎。
 目が合う橋口。
 衝撃のラストシーンは、脚本を担当した石井隆の劇画『雨のエトランゼ』の終幕が引用された。
 
 

相棒ー劇場版ーを観て、あれこれ

 昨晩のレイトショーで『相棒ー劇場版ー』観てきた。

 始まったばかりの作品なので、☆評価とレヴューを書くのは控えておく。

 ネタばれなどモチロンしないが、これから観ようとしている人は、ここからは読まない方がいいかも。






 
 つまらない映画ではない。映画は十分に面白い。
 チェス対決や推理仕立ての前半から、映画でしか叶えられないようなモブシーンを挟んで、最後は政治の闇に鋭く突っ込んでいくストーリー。
 映画の醍醐味であるスケールの大きさは、確かにTVに比べて豪華であったし、レギュラー出演者の出番にもある程度満足いくものではあった。
 が、これがどれも、何か、中途半端な感じを受けるのは何故だろう。

 TVドラマSPでは、『双頭の悪魔~3部作』『汚れある悪戯』『密やかな連続殺人』『バベルの塔』『サザンカの咲く頃』『黙示録』等々……傑作が多い分だけ、映画に違う期待をし過ぎたかもしれないな。

 TV『相棒』を見たことない観客でも楽しめるように、説明台詞が多いことも耳についた。仕方ないのか……?。

 ラストシーンや西村雅彦の扱いなど説明不足の箇所が多いが、多分、DVD化されたときにディレクターズ・カット版として説明されるのだろう。でも、それって完成作品として、ひとつの作品として、どうなの?って思う。

 DVDが発売されたら買いますが…………その前にも一度観た方がいいかな………。

「いつかギラギラする日」*深作欣二監督作品



THE TRIPLE CROSS
監督:深作欣二
脚本:丸山昇一
製作:奥山和由
出演:萩原健一、木村一八、荻野目慶子、多岐川裕美、石橋蓮司、千葉真一、樹木希林、原田芳雄、八名信夫、安岡力也、六平直政

☆☆☆☆★ 1992年/松竹/108分

    ◇

 1980年代には文芸作品の頻度が多くなった深作欣二が、90年代に入って、満を持して復活させたアクション作品はブッ飛びもんのギャング映画の傑作に仕上がった。

 1992年9月12日の封切初日「こんな邦画アクションが観たかったんだよ!」と、午前から午後まで館内に居座っていた。面白い映画は何度も観たくなる。入替え制が当たり前の昨今ではこんな欲求を満たすことはできないが、とにかく、ムチャクチャ格好よくて、面白いのだ。
 少しの不満があるから五つ星じゃないけれど、当然、星4つは今も変わらない。

    ◇

 銀行強盗など“タタキ”専門を生業にしている中年ギャングたち(萩原健一、石橋蓮司、千葉真一、多岐川裕美)が、1年ぶりの“シゴト”として北海道のホテルの売上げ金強奪を成功させる。
 しかし2億円のつもりが5,000万円しかなかったうえ、話を持ちかけた若者(木村一八)と共犯者(荻野目慶子)が強奪金をひとり占めして逃亡。
 ターミネーターさながらの不死身さで追い掛ける中年オヤジと、横取りを企てるヤミ金やくざ(八名信夫)とシャブ中の殺し屋(原田芳雄)らも加わり、三つ巴のチェイスが始まる。(英語タイトルが「トリプル・クロス」)

    ◇

 撮影日数131日、使用フィルム数150,000フィート、撮影カット数2,436カット、爆破火薬重量11屯、総破壊車両数126台…………当時の日本映画界にぶち込んだ衝撃は別格もので、確実に世界に通用するスケールだった。
 ただし、荒唐無稽なほどに銃撃戦やカーチェイスがダイナミックにスクリーンを疾走する深作監督の活劇映画は、ただドンパチとアクションばかりが派手な一点豪華主義的なハリウッドのアクション映画とはちと違う。それは、登場する多くの人物に命を吹き込んだ群像劇となり、映画の醍醐味が大きく膨らんでいることだ。
 これぞ、日本が誇れる“深作映画”である。
 
 ブルージーな空気が漂う雨上がりの路地裏。ひと待ち顔で佇んでいるショーケンが、寂れた産婦人科から出てきた多岐川裕美の肩を抱いて歩くオープニング。
 「知ってたの? ごめんね。油断しちゃった……」
 「10年一緒にいるんだ………また仕事をはじめる……」

 中年男女の生き様が香る。

 ひたすら中年男たちがダサくて、それでいてカッコいい。

 まずは何と云ってもショーケン。「若い女は好かねぇ」と、クールなギャングぶり。
 後半、鼻に絆創膏を貼ったショーケンの姿は『チャイナタウン』のジャック・ニコルスンを彷佛とさせる。



 ヨレヨレのトレンチコートを着てボルサリーノ紛いの帽子をかぶり並ぶ3人の中年オヤジたちは、まるでリノ・ヴァンチュラと、アラン・ドロンと、ジャン=ルイ・トランティニヤンの如くサマになっている。

 そのひとりで“オッさん”とショーケンに呼ばれる千葉真一は、若い愛人(荻野目慶子)に熱を上げ、挙句の果てに裏切られる中年男を好演。千葉真一が死ぬ間際にショーケンに呟く台詞「BLUESっぽい海の底で眠りてぇな。ROCKはもうイイや。」は、男の悲哀だなぁ。

 もうひとりの石橋蓮司の哀れさも見事だし、ショーケンに「分け前はいらないから、その百万円をください。それで夜逃げするまでしのげますから……」と、ねだる石橋の妻役の樹木希林のしたたかな存在感。

 ショーケンの情婦・多岐川裕美も、ワンシーンしか登場しない“靴屋”の安岡力也も、闇医者の六平直政も、ちゃんと人物像のバックボーンが見てとれる。

 不満のひとつはシャブ中の原田芳雄の扱いかな。もったいないくらいアッサリし過ぎ。だが、最後に見せ場をもっていくところはさすが。
 この殺し屋の存在は、のちに、プロデューサーの奥山氏が石井隆と組んだ『GONIN』『GONIN2』の、北野武&木村一八や鶴見辰吾に受け継がれていく。

 中年グループに対抗する若者ふたりは、キレまくりの木村一八と、あまりの狂いっぷりが見事な荻野目慶子。暴走気味と云われようと、中年vs若者の対比にはこのくらいのハチャメチャぶりがちょうどいい。

 ショーケンが死に際の木村一八に「24歳で死ぬんだ。好きな歌でも歌って死ね!」って言い捨てれば、木村一八は若い警官に「二十歳やそこいらで、そんなカッコして恥ずかしくないのか。ROCKしろよ。」と捨てゼリフを吐いて死んでいく。

 登場する俳優たちの多くが私生活でもスネに傷ある者たちだから、生きて(演じて)いくための壮絶さがギラギラと燃えたぎった映画になっている。

 『ゲッタウェイ』のような快感を残しながら、ショーケンが歌う『ラストダンスは私に』が軽快に流れて、映画は終る。