TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「わらしべ夫婦双六旅」



新橋演舞場(2008年2月1日~25日・全36公演)
◆作:中島淳彦 
◆演出:ラサール石井
◆出演:中村勘三郎、藤山直美、余貴美子、上島竜兵、矢口真里、新谷真弓、土屋良太、魁三太郎、坂本あきらほか
◆観劇日:2008年2月23日 1階7列25番
◆上演時間:150分
 
    ◇

 25日に千秋楽を迎えたこの芝居を、土曜日に観てきた。
 新橋演舞場は初めてだし、藤山直美の新喜劇も中村勘三郎の芝居も初めて。
 このふたりの共演で面白くない訳がなく、十二分に楽しめた舞台だった。
 拾い物と云っては失礼だが、ダチョウ倶楽部の上島竜兵が愛すべきキャラクターであり、芝居も泣ける結末を持ってくるなんぞ、ラサール石井の演出も心憎いものがあった。

    ◇

 舞台は大正時代。小間物屋の六助(中村勘三郎)は、博打好きな次男坊だが商売上手な細工職人。嫁いできた女房いち(藤山直美)は大の博打嫌いだが心底六助を愛している。彼女のおかげで、六助は堅気に商売をしていられる。
 しかし、戦争特需の景気も終わり、店の斜陽とお家騒動から店を追い出されてしまい、大阪で再起を図ろうと、さいころの目で行き先を決め、わらしべ長者を目指して旅に出ることになる。
 一方、質屋を商う幸平(上島竜兵)も大の博打好きで、しっかり者の幸江(余貴美子)には頭が上がらない。このふたりも夜逃げ同然で東京を後にするが、怪しい兄弟ふたり(魁三太郎&坂本あきら)が幸平を付け狙ったり、六助の妹(新谷真弓)や旅芸人一座(矢口真里ら)、そして幸平の借金を取り立てる博徒などもあとにつづき、双六旅が始まった………。

    ◇

 ふた組の夫婦は、どちらも“おもろい夫婦”……それを実に楽しそうに演じる4人の役者が、お互い持ち味がふんだんに出ていたと思う。

 勘三郎と藤山直美のコンビネーションは、やっぱりそのエンターテインメントな笑いに見応えあり。
 直美さんの下ネタ攻勢も彼女独特の可愛らしさでいなされ、どんな展開でもしっかりとお客の視線を放さない表現力には脱帽。今さらながら、凄い役者!という表現しか思いつかない。

 勘三郎と上島竜兵との掛け合いは、テレビで見せる竜ちゃんキャラをふんだんにイジる演出。アドリブに見えて実は計算されていたと思うのだが、笑いを堪える余さんの仕種を見ていると、日によって毎回違うフリを出しているのだろう。
 勘三郎さんが、竜ちゃんのピン芸が大好きなんだなと思わせるものだった。

 そんなドタバタになる舞台、勘三郎と藤山直美の笑いに挟まれて、ほろりとする芝居を魅せてくれた余さんは、なんと、久々に歌声も聴かせてくれた。
 大人の色気で立ち振る舞う余さんの演技が素晴らしく、どうしようもない旦那を庇い、一途に、愛する男に身を捧げる女っぷりのいい役柄は秀逸で、それが、クライマックスで思わぬ涙を誘うとは………。

 ケラリーノ・サンドロヴィッチ主宰【ナイロン100℃】の女優・新谷真弓の弾けっぷり。【劇団 東京ヴォードヴィルショー】の旗揚げメンバーだった魁三太郎と坂本あきらの凸凹コンビぶり。そんな喜劇人パワー炸裂のなか、元モー娘。の矢口真里の奮闘ぶりは微笑ましく、決して悪い出来ではなかった。

 アンコールは2回。幕が下りる寸前まで、何度もお客を笑わせる藤山直美。そのサービス精神旺盛な血脈に、商業演劇の醍醐味を堪能させられた。


 

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「ハサミ男」*池田敏春監督作品

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監督:池田敏春
原作:殊能将之
脚本:池田敏春、香川まさひと
   (協力/長谷川和彦、山口セツ、相米慎二)
音楽:本多俊之
出演:豊川悦司、麻生久美子、阿部寛、石丸謙二郎、斉藤歩、小野みゆき、二木てるみ、寺田農、柄本佑

☆☆☆★ 2004年/メディアボックス/119分

    ◇

 美少女で頭の良い女子高校生が、喉元に鋭利なハサミを突き立てられ連続で殺された。マスコミが連続猟奇殺人鬼“ハサミ男”と騒ぎ立てるなか、犯行をくり返そうとする安永(豊川悦司)と知夏(麻生久美子)のふたり。
 そんなある夜、第3の標的に選んだ女子高校生がふたりの前に死体で転がっていた。“偽ハサミ男”が現れたのだ。挙げ句の果て第一発見者になってしまった“ハサミ男”は、警察の追求が及ぶ前に“偽ハサミ男”を探す羽目に………。

 ★以下、ネタバレや結末が想像できる記述となっています。
  ☆     ☆







 原作は、1999年に突如現れた異才の新人作家が放ったサイコ・ミステリーで、[叙述トリック]を巧妙に使ったこの作品は、第13回メフィスト賞を受賞し、その年のミステリー・ベスト10にも選出されている。

 [叙述トリック]とは小説の文章事体にトリックを仕掛け読者をミスリードする手法で、この活字だからこそできるトリックを、池田敏春監督は何なくネタ晴らしをしておいて、映像ならではの仕掛けを張り巡らした。

 “映画の中の演技は、どう巧妙にウソをつくか” 
 映画が“すべてはまやかし”ならば、この作品は、その映画の策術を見事に再現している。

 いきなり、犯人の安永(豊川悦司)と知夏(麻生久美子)を登場させる。
 なるほど!この手できたか…と納得できるほど大胆。別人格を同一画面に登場させ会話をさせた手法は、後半ふたりの会話がシンクロするシーンで効果をあげる。
 豊川悦司の存在感にも増して麻生久美子が素晴らしく、ふたりの関係がネタバレされたあとの演技に注目である。
 このトリックは原作未読の観客にも序盤で想像できるように提示し、“偽ハサミ男”の正体を終盤まで引っ張ることに成功している。

 クライマックス、知夏が同じ目撃者の日高(斉藤歩)の部屋に連れてこられたシーンでは、不安定なカメラと幾重にも繋げられるカットの数々が、その後の不気味さを見事に予感させる。

 不安定な感情をかき立てる本多俊之のサックスや、無機質なピアノの音で映画全体を不穏な旋律で包み込むサウンドは、極めて秀逸で印象的。

 ラストは原作と大きく違う。さらなる始まりを予感させる原作の終わり方に凡庸さを感じていたので、主人公の心の彷徨いにひとつの終止符を打ったこの映画版は、“ハサミ”という十字架で“贖罪”を求める少女の心の闇を解放した作品として、池田敏春監督を支持したい。

    ◇

 しかしこの作品、どうも不評だったようだ。問題は、2004年にして池田敏春監督は何も変わっていなかったと云うことだろうか。
 いまどきアフレコはないだろうって?
 映画をダメにした時代のショぼい感覚だって?
 
 1993年のサイコ・サスペンス映画『ちぎれた愛の殺人』から流れは変わらず、堂々たるB級サスペンス の画面づくりと懐古な雰囲気が受け入れられなかったようだ。
 これまでに見られた血まみれなショッキングシーンの多用を避け、色彩処理や映像効果を施しながらもミステリアスなサスペンス演出を貫いているのだが、その姿勢はいつだってクール。土砂降り&雷鳴シーンの絵作りなんて、好きな人にはたまらないのだが……。

 長谷川和彦、相米慎二らが脚本に協力していることや、ミステリー好きの映画評論家塩田時敏、北川れい子、秋本鉄次ら3氏が特別出演し、池田監督へエールを贈っていることは見逃せない。

「人魚伝説」*池田敏春監督作品



監督:池田敏春
原作:宮谷一彦
脚本:西岡琢也
音楽:本多俊之
撮影:前田米造
水中撮影:中村征夫
出演:白都真理、江藤潤、清水健太郎、宮下順子、宮口精二、青木義朗、神田隆、関弘子

☆☆☆★ 1984年/ATG・ディレクターズカンパニー/110分

    ◇

 日活を退社した池田敏春が、日活同期の根岸吉太郎に誘われて参加したディレクターズカンパニー(※)の本格劇場映画の第1作目で、原子力発電所の誘致に揺れる漁村を舞台に、推進派に夫を殺された海女がたった一人で復讐に立ちあがり、原発推進派を皆殺しにするヴァイオレンス活劇である。

 夫を殺した相手に捨て身で身を任せるヒロインを、白都真理が血まみれのオールヌードで熱演し話題になったのだが、興行的には失敗。しかし映画としての評価は高く、ヨコハマ映画祭では監督賞や撮影賞を獲得している。

 鮑の猟を生業にしている啓介(江藤潤)は、ある夜、釣り人が殺される現場を目撃する。死体も上がらず事件にもならないことを気にする啓介に、新妻で海女のみぎわ(白都真理)は自分が潜って確かめてくると海に入る。
 海に潜って間もなく、突然みぎわの目の前を銛で射抜かれた啓介の死体が海底深く沈んでいく。みぎわ自身も水中銃で狙われ、失神。気付いた時は断崖の岩場に打ち上げられていた。ここまでが導入部。

 水中写真の第一人者であるフォトグラファー中村征夫の水中撮影が素晴らしい。
 人魚と見紛う女人の姿をとらえ、美と神秘に漂いながら命の輝きを放ち、そして対照的に、堕ちてくる死体の不気味さ。息を飲む映像となっている。

 夫殺しで指名手配になったみぎわは、離れ小島の淫売バーのママ夏子(宮下順子)のもとに身を寄せ、そこで事件の顛末を知る。
 町の実力者が海岸一帯をレジャーランドにしようと買い占めていた用地を、密かに原子力発電所建設の候補地として電力会社と地元出身の代議士らとで画策していた。反対派のリーダーを殺し、また、それを目撃した啓介を殺したのも、原発反対派を一掃するためのものだった。

 宮口精二扮する島民のじいさんとの束の間の和み。長い髪を裁ちバサミでざくざくと切り、その髪の毛を線香代わりにして夫を弔うみぎわ。このあたりジワっとくる。
 
 淫売宿の2階で刺客を殺すシーンでは、狭い部屋の中を白都真理がもんどり打ちながら血まみれになる壮絶さは、その後の静寂さとともに圧巻。
 画面が真っ赤になるほどの血をほとばしりながら、海に飛び込み逃げるみぎわ。
 海底で亡き夫の腐乱死体と出逢った人魚は、静かな海で荒々しい鬼神へ変貌する。

 クライマックス、手作りの銛を片手にみぎわひとり原発竣工パーティが催されている海底展望台へ乗り込み、7分間の大立ち回りを繰り広げる。見事なほどの大殺戮、皆殺し。
 「何人殺しても、次から次へと悪い奴らが出てきよる」
 駆け付けた機動隊の大軍に囲まれ「何人殺したら終わるんやろ」と呟くみぎわに、大企業や国家権力に虫けらのように殺された者たちの怒りが納まることはないのだな。
 “荒唐無稽”は承知のうえ。この荒っぽさが美しく、白都真理の激しい息遣いが、やがて妖しく聞こえてくるくらい艶っぽく、みぎわの“哀しみ”で満ちた海が“力強さ”で綺羅綺羅光る幻想的な終幕は神々しい。

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 音楽は『マルサの女』で注目を浴びたジャズ・サックス奏者の本多俊之。最初の映画音楽にあたる。海底シーンでのリリカルな旋律が耳に残る。

 原作の宮谷一彦は、60年代後半から70年代に圧倒的な支持を得ていた伝説の漫画家であり劇画家で、何冊か単行本を所蔵している好きな作家。
 1976年「漫画サンデー」に『密漁の白い肌』(全5章)というタイトルで連載されたこの話は、1978年に『人魚伝説』(全8章)に書き改められた。



 映画は、この『密漁の白い肌』をベースにして『人魚伝説』の第2章あたりまでをまとめたもので、原作の持つ不条理でシュールな感覚を排し、ヴァイオレンスな部分も仁侠映画的な殴り込みシーンに置き換え、非常に分かりやすい活劇ドラマに仕上げられた。

※ディレクターズカンパニーは、1982年に当時36歳の長谷川和彦監督を筆頭に気鋭の監督たち(相米慎二、高橋伴明、根岸吉太郎、池田敏春、大森一樹、井筒和幸、石井聰亙)が集まり発足された映画製作会社。

「天使のはらわた・赤い淫画」*池田敏春監督作品



監督:池田敏春
原作・脚本:石井隆
撮影:前田米造
出演:泉じゅん、阿部雅彦、伊藤京子、鶴岡修

☆☆☆★ 1981年/にっかつ/67分

    ◇

 新宿のデパートに勤める土屋名美は、ある日、同僚からモデルのアルバイトを頼まれるが、それはビニール本の撮影だった。名美の本意とは別に本は業界で爆発的に売れ、有名な作品となってしまう。以来、名美の周辺には無言電話やストーカーの影がちらつくようになる。
 やがて不倫関係の上司には裏切られ、職場を追われる名美は、自分のことを一途に思ってくれる青年に希望を託そうとしたが………。

 石井隆原作「天使のはらわた」シリーズ4作目。
 大都会の闇のなかに堕ちていく女・名美と、名美に魅せられる青年・村木の淡いメロドラマを、“鮮血の使者”池田敏春監督自身4作目の作品として、シリーズ一番のハードコアとして描かれた傑作で、石井氏と親交のあった池田監督の才能が十分に発揮された作品だ。

 そのとんでもなく大雑把なストーリー展開こそ劇画の世界であり、劇画誌面での大胆なコマ割りやアングルに負けないシャープなカメラワークは、何をおいても70年代石井劇画の猥雑さと、淫靡な香りを見事に甦らせている。

 地下鉄のホームを駆ける名美を映すカメラが、逆方向に流れるスリリングな映像。
 土砂降りの雨が叩き付けるジャングルジムと、横たわる名美を無情に捕らえる俯瞰カメラ。
 家主の女を見つめる村木のストップモーション画面に、村木が夢想する映像をオーバーラップさせたりと、そのインパクトある映像表現の中に、社会からはじき出された女と男のどうしようもなさが画面いっぱいにまとわり付き、とてもクールだ。

 清楚な女性から次第に自分の中の淫らな性に目覚める名美役を、冷めた表情で演じる泉じゅんが素晴らしい。“女の欲望と性の強迫観念”に捕われるやるせない女性を好演する。

 「明日の夜7時に、新宿のデパートの坂の前で」待ち合わせるラストシーン。
 「もう一度だけ男の言うことに賭けてみよう」と決意した名美の前には、理不尽な濡れ衣で瀕死の重傷を負った村木が辿り着く。
 絡み合う視線。初めて笑みを見せる名美。赤い傘を差し出しながら崩れ落ちる村木に、駆け寄る名美がブレて、ストップモーション。

 希望というバトンが断ち切られる哀切ある終わり方だが、実はこのラストシーン、準備稿では撃たれた村木がデパートの裏で血まみれになり息絶える。
 待ちわびた名美がその場を去り、現場の人だかりを「何?」と覗くところで終わったらしいのだが、正月作品で人が死ぬのはダメとクレームがつき、会社方針に折れた石井隆だった。

 その反対に、別の事案で会社と衝突した池田敏春は退社。
 この作品が日活での最後の仕事となったが、この後、長谷川和彦率いるディレクターズ・カンパニーに参加した池田敏春は、ヴァイオレンス・ムーヴィーの傑作『人魚伝説』を世に送り出し、また、石井隆とはサスペンス作品3本でタッグを組んでいる。

「フリーズ・ミー」*石井隆監督作品



freeze me
監督・脚本:石井隆
音楽:安川午朗
出演:井上晴美、竹中直人、鶴見辰吾、北村一輝、松岡俊介

☆☆☆★   2000年/日活/101分

    ◇

 石井隆の監督作品としては、初めてのサイコ・サスペンス。『GONIN』から4作続いたアクションの次は、虐め抜かれるヒロインが、訪れる男たちをひとりづつ殺し、冷凍庫の中にコレクションしていく話だ。名美も村木も登場しない、ブラック・ユ-モアを含んだスリラーになった。

 東北のある町で、幼馴染みを含む3人組に乱暴された薄幸の少女ちひろ(井上晴美)は、逃げるように町を離れ、東京で新たな人生をスタートさせた。
 5年後、恋人と結婚の約束をし、幸せが訪れようとした途端、目の前に忌わしい3人組がつぎつぎと現れる。
 追い詰められたちひろは、こころの奥で何かがハジけ、反撃に出る………。

    ◇

 雪が、降る………しんしんと、石井隆の世界に、雪が降る。

 石井隆と云えば“雨”。裏切られ、辱められたヒロインに、無情に降り注ぐのはいつも“雨”。
 その雨が、雪に変わった。

 石井隆が降らせる“雨”は、いつも傷ついたヒロインのこころを包み込む作用だった。今回は、冷酷に、過去を凍結させる“雪”となって降りつづく。真夏の夜、ヒロインには身も凍るような雪がしんしんと降りつづける。

 雪………
 石井隆の映画作品に、本格的に雪が降るのは初めてだろう。劇画作品では、身を投げ砕け散った名美の肉体に雪が舞う【雪が降る…】('86)や、映画『ラブホテル』のベースとなった【真夜中のナイフ】('77)に吹雪くオープニングと、【今宵あなたと】('83)のラストシーンに初雪が降る3作くらいなもの。
 そんな希有な情景となる雪は、美しく煌めく結晶となり、凍り付く静寂となり、ヒロインのこころを包み込んでいる。

 北村一輝の厭らしさは真骨頂。
 そして、その北村一輝相手の第一の殺人が、何といっても凄い。
 これまでに数々の映画にオマージュされてきたヒッチコックの『サイコ』のバスルームでの殺人は、石井作品でも『死んでもいい』『ヌードの夜』でお馴染みだが、この作品では、バスタブの中で肉体と肉体がぶつかり合う壮絶なものとして記憶に残るだろう。

 鶴見辰吾は、小心者だが酒で暴力的な男に変貌する様がなんとも哀れ。
 最後のひとり竹中直人のエキセントリックさは、マジで不愉快になる。やり過ぎの演技に、ニコニコしながらOKを出す石井監督はある意味マゾヒズムだ。
 
 3つの冷凍庫で、部屋のブレーカーが落ちるユーモア。
 スリリングさとともに、戻ってきた恋人(松岡俊介)をも手にかけなくてはいけなくなる状況には、ちひろの哀れさしかない。

 ベランダの外は、やっぱり“雨”が降る。闇に身をさらす裸身のちひろ。劇画【主婦の一日】('92)と同じように、凍てつくこころの哀しみは稲光りの閃光で消し去るしかないのだろう。
 石井作品のヒロインは、どうしようもなくこの世で幸せを成就することを許されない。


「アメリカン・ギャングスター」



American Gangster
監督:リドリー・スコット
脚本:スティーヴン・ザイリアン
主演:デンゼル・ワシントン、ラッセル・クロウ、ヒューイ・ルーカス、テッド・レヴィン、ニッキー・バーンズ、ジョシュ・ブローリン、ルビー・ディー、アーマンド・アサンテ

☆☆☆☆ 2007年/アメリカ/157分

    ◇

 リドリー・スコット監督の70年代のニューヨークを舞台にした暗黒街映画と聞いただけで、まずは期待度一番。そして、デンゼル・ワシントンが黒人ギャングを演じるとなると、ますます見逃すわけにはいかない映画だ。

 まったく対照的な男と男の闘いが実録サスペンスとして描かれ、ギャング(マフィアではない)と警察の対立だからと云って血なまぐさいシーン(デンゼル・ワシントンの冷酷ぶりは圧倒される)はあまりなく、むしろ“悪玉”と“善玉”といった簡単な構図にせず、じっくりと主人公ふたりの人間性を描き、ドラマに奥行きと重厚感を創り出している。そして、終盤のスリリングな展開は娯楽映画としても申し分ない。

 1968年、ニューヨークのハーレムを牛耳っていた黒人ギャングのボス・バンピー亡き後、彼の運転手をしていたフランク・ルーカス(デンゼル・ワシントン)が、東南アジア から独自ルートで麻薬を直接仕入れ、ヘロイン・ビジネスの一大帝国に君臨する。時はベトナム戦争末期。

 一方、当時ニューヨークを汚染していたのは麻薬ばかりではなく、警察内部の汚職が公然と行われていた。
 そんな中、ニュージャージ州の刑事リッチー・ロバーツ(ラッセル・クロウ)は職務に誠実な行動を貫き、他の警官らからは疎まれ孤立していた。ある日、司法試験を目指していた彼に検察官から特別麻薬捜査班のチーフに任命される。
 絶対的な信頼をおける部下だけを集め独自に捜査を進める彼等の前に、フランク・ルーカスの存在が浮かび上がる………。
 
 実在の麻薬王のストーリーとともに描かれるニューヨーク警察の腐敗ぶりは、W.フリードキンの『フレンチ・コネクション』('71)やシドニー・ルメットの『セルピコ』('73)でお馴染みだ。
 『フレンチ・コネクション』で描かれたイーガン刑事(映画ではドイル刑事)が大量に押収した麻薬が、警察内部の持ち出しでニューヨークのコカイン市場に流されていたなんていうリアルな話もでてくる。

    ◇

 新作映画なのでこれ以上細かいことは書かない。
 ただ参考のために、やはりエンドロールの最後まで席を立たないように。
 ハリウッド映画の悪習となった5分10分が当たり前の長い長いクレジットロールだが、最後の一撃を見逃す手はない。
 157分の超大作は決してダレることなく、料金に見合うだけの満足を得ることができるはずだから、スクリーンの幕が閉じるまで総て映画を楽しみたい。

 サム&デイブの『ホールド・オン・アイム・カミン』や、70年代のニュー・ソウルで有名なB.ウーマックの『110番交差点』、ロウエル・フルスンやジョン・リー・フッカーのブルースが印象的に流れるのもカッコいい。

 1976年に初めてニューヨークへ行ったとき、街はまだまだ恐い場所がそこらじゅうにあった。『タクシードライバー』で見た通りの42丁目辺りを、今では夜に子供連れで歩けるなんて夢のよう。映画を観ながら、70年代のニューヨークを懐かしんだ。


「八月の鯨」



The Whales of August
監督:リンゼイ・アンダーソン
脚本:デヴィッド・ベリー
主演:リリアン・ギッシュ、ベティ・デイヴィス、ヴィンセント・プライス、アン・サザーン、ハリー・ケリーjr

☆☆☆☆ 1987年/イギリス/91分

    ◇

 人生の最終章を迎えた姉妹。小さな島の丘に立つ別荘で過ごす夏の一日が、静かに淡々と描かれる。

 誰もが必ず経験する“老い”という未知の世界。老いてからの生き甲斐ってあるのだろうか。身体の衰えと気力が失われていくなかで、何を楽しみに生きていけるのだろうか。解答はない。ただ、人は年月を積み重ね“老人”となり、その人生の長さの中に多難な出来事が多くあれど、ひとつでも美しい想い出が残されていれば、その“老い”はとても幸せなものになるのかもしれない。
 
 遠い昔。きらきらと光があふれ、輝いていた遠い日々。誰にでもある若かった頃の美しき想い出や風景。心の中は何も変わらない。
 
 リビー(ベティ・デイヴィス)とセーラ(リリアン・ギッシュ)の姉妹にとって、人生の中でもっとも輝いた想い出は、若かりし頃、毎年夏になるとやってくる鯨の来訪を岬から見た光景。
 しかし、もう鯨はやって来ない。望みが叶えられないことがわかっていても、沖を望む日々はつづいていく………。

    ◇

 リリアン・ギッシュ90歳。ベティ・デイヴィス79歳。ヴィンセント・プライス76歳。アン・サザーン78歳。ハリー・ケリーjr66歳。ここに登場するのは、人生の年齢を重ねた名優ばかり。老練な演技は素晴らしく、姉のリビーを演じるベティ・デイヴィスと妹セ-ラを演じるリリアン・ギッシュの年齢の逆転が見事。

 若くして未亡人になったセーラは、いまも毎朝亡夫の写真に話しかける日課。生き生きと家事をこなし、庭で絵筆をとり、バザーのためにぬいぐるみを作る。
 一方、姉のリビーは恋愛時代も結婚も華やかに過ごしていたが、夫に先立たれ、白内障で目が見えなくなってからは、人の世話になることに苛立ち、わがままで、気難しい皮肉屋。
 優しく姉に仕えるリリアン・ギッシュの可愛らしいおばあちゃんと、ベティ・デイヴィスの凛とした佇まい。人生の違い、性格の違いがしっかり表現される。
 ふたりの品格ある生き方と美しさが、人生を語っているのだ。

 鳥のさえずり、海のさざ波、満月に照らされキラキラと輝く海面、赤と白の野バラの香り、風のささやき……自然への回帰。のどかな風景のなかで、些細なことで喧嘩をしながら暮らすふたりの、こころの揺れが振動する。
 言い争ったあと、ふたりはお互いの部屋で亡くなった男を思いだす。亡き夫の遺髪で頬や口元を撫でるベティ・デイヴィスの、動作ひとつひとつに女性の情熱が込められる。

 ふたりが仲直りする翌朝、リビーが差し出す手をセーラが強く握り、岬に向かって歩いて行く。
 「鯨は行ってしまったわ」「分かるものですか」肩を抱き合うふたり。
 想い出に生きているって、決して悪いことではない。

 「人生の半分は面倒で、あとの半分はそれを乗り切ることよ」

それでも、 人生は美しい。そして、素敵なものだと、この映画は語っているようだ。

    ◇

 10代や20代にはまだ“八月の鯨”が何なのか分からないだろうが、30~40代で探し求めることだろう。そして、分かる時が来る。
 一度はこういう作品もわるくないだろう。年代に関係なく、すべての人に観て欲しい………。

「何がジェーンに起ったか?」*ロバート・アルドリッチ

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What Ever Happened to Baby Jane?
監督:ロバート・アルドリッチ
脚本:ルーカス・ヘラー
原作:ヘンリー・ファレル
出演:ベティ・デイヴィス、ジョーン・クロフォード

☆☆☆☆  1962年/アメリカ/134分/B&W

    ◇

 名子役として一世風靡したジェーン(ベティ・デイヴィス)と、いつも我が儘な妹が絶賛されていた姿を陰で見てきた姉のブランチ(ジョーン・クロフォード)。
 しかし、成長してからのふたりの歩む道は大きく逆転していた。美しいスターとなったブランチに対し、傲慢なうえ大根役者とけなされるジェ-ンは映画会社のお荷物になっていた。会社がジェーンを解雇できないのは、スター女優ブランチの意向だった。
 そんなある日、パーティの帰りに自宅前で事件が起こった。屋敷の門に激突した自動車でブランチが大けがを負い、その場から消えたジェーンは3日間行方をくらましてしまう。半身不随となったブランチはジェーンとともに引退し、ふたりだけの隠居生活が始まる。
 酒に溺れ、過去の名声に浸りつづけるジェーンは、これまでの鬱憤を晴らすかのように姉を軟禁状態にする。何とかジェーンを更生させようとするブランチだが、ふたりの溝は深まるばかり。そして、ブランチへの憎悪を募らせるジェーンは、次第に狂気を帯びてくるようになる…………。

    ◇

 ハリウッドの二大女優が競演したハリウッド内幕映画のひとつで、年老いた姉妹の確執から起きる悲劇を描いたサイコ・スリラーで、アルドリッチ監督のハリウッド復帰第1作にあたる。
 サイコ・スリラーの最高峰であるA.ヒッチコックの「サイコ」('60)に勝とも劣らぬ斬新さと、 風格ある恐怖映画の一級品である。

 子供の頃初めてテレビで見たとき、失礼ながらベティ・デイヴィスの形相には怪奇映画という印象だった。それほどインパクトのある画面の連続で、それは大人になってから観ててみても、ベティ・デイヴィスが狂っていく様には戦慄が走るほどの恐怖を感じる。

 アルドリッチ監督がジョーン・クロフォードのために企画した作品なのだが、完璧にベティ・デイヴィスに喰われている。
 2度のアカデミー賞を受賞しているベティ・デイヴィスは、当時、まだ54歳。特殊メーキャップとは言え、そのグロテスクな老醜を曝け出す熱演ぶりは、少女時代に退行しフリルのドレスで踊り回るシーンの不気味さといい、ブランチに対するときの凄みあるドスの効いた声や、姉の声色を真似たり、その演技力と女優魂には感服するしかない。

 全編車椅子で演技をするジョーン・クロフォードは、実際にベティ・デイヴィスより4歳年上なのだが、キリリとした美しさは健在。
 身体の動きのない分、表情の豊かさで狂気のベティ・デイヴィスに対抗している。
 いや、その受け身の芝居によりベティ・デイヴィスを際立たせたジョーン・クロフォードも凄い女優だ。虐待による恐怖、そして衰弱していく様に、脱帽。

 ジェーンの狂乱が散々密室で繰り広げられたあと、ラストは、サンタモニカの太陽がさんさんと降り注ぐ浜辺で、ブランチの口から秘密の事柄が語られる。
 ローアングルで映るベティ・デイヴィスの表情の変化に、鳥肌がたつ。

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