TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

歌謡曲番外地~悪なあなた



 書籍『歌謡曲名曲名盤ガイド~歌謡曲番外地』の連動企画として発売された、CD『歌謡曲番外地~悪なあなた』です。

 お目当ては、太田とも子の初CD化楽曲だったのだが………

収録曲
01. あなたに負けたの/小山ルミ
02. 悪なあなた/津々井まり
03. 山猫の唄/エルザ
04. ベッドにばかりいるの/フラワー・メグ
05. 恋はウムウム/エルナンド
06. モーニング・ブルース/沢知美
07. 恋はまっさかさま/太田とも子
08. Oh-No-!/フラワーキッス
09. ホット・パンツのお嬢さん/ザ・シュークリーム
10. 恋のチアガール/ゴールデンハーフ・スペシャル
11. 嘘みたい!?/ゴールデンハーフ・スペシャル
12. ハイティーン・ガール/シュガーラブ
13. 本牧ディスコティック/牧陽子
14. プレイガールNo.1/渚リール
15. 恋人たちの森/ミミ
16. 急がば廻れ/小山ルミ
17. エルザのテーマ/エルザ
18. とおく群衆を離れて/太田とも子


 なんと! 
 太田とも子の2曲は、映画『野良猫ロック/マシン・アニマル』に使用された劇中ヴァージョンが収録されています。
 これは以前、サントラ盤『日活ニューアクションの世界/野良猫ロックstray cat rock』に収録予定だった音源で、今回、こうして貴重なフルコーラスを聴くことができるのは嬉しい次第。
 しかし、またもオリジナル・ヴァージョンのCD化が見送られたことには不満が残る。
 この劇中ヴァージョンは、ニッカツ・コーポレーションのライセンスだったために陽の目を見る事ができたわけで、依然、太田とも子の楽曲版権がキング・レコードとの間でクリアされなかったことになるのでしょう。
 いつまでも待ちましょう。ついでに、荒井千津子の「ふうてんブルース」「終りのブルース」もお願いしますよっ。

 さて、タイトル曲「悪なあなた」(1stシングル「人魚の恋」のB面曲)を歌う津々井まりは、いいですよぉ。このフェロモン顔に惹かれて、「人魚の恋」をジャケ買いしたくらいですから。次作の「首ったけ」がアクション・グラマー路線で、「女は小さなチャンスに賭ける」のB面「恋は地層の果てに」はカンツォーネ風歌謡で聴かせてくれます。
 ところで、ライナーノーツに筒美京平の作品として「女は小さなチャンスに賭ける」が紹介されていますが、これは「愛すれど心さびしく」の間違い。書籍『歌謡曲名曲名盤ガイド~歌謡曲番外地』でも同じ記述になっていたし、ついでに云えば“筒美”が“筒実”になっているので、再版時には訂正をお願いします。

 さらに聴きモノは、ちあきなおみがカヴァーしている沢知美の「モーニング・ブルース」。ちあきなおみの歌唱があまりに見事で、まるでちあきなおみのオリジナル曲に聴こえるのだが、さすがオリジナルの沢知美のやさぐれた色気は素晴らしいです。その昔、平凡パンチのグラビアやTV『11PM』で豊潤な肢体を拝ませていただきました。

 三浦友和の実姉・牧陽子の「本牧ディスコティック」の荒み具合もいいです。寂しげな表情と情感あふれる歌声がやさぐれ歌謡にぴったりで、ドラマ仕立ての歌詞がどこか内藤やす子の世界と交差します。

 小山ルミの「急がば廻れ」はモチロン、ベンチャーズの名曲。6月下旬には小山ルミの3枚のアルバムが紙ジャケで発売されるので、ベンチャーズ歌謡の方は買いかな?

 

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「コンフィダント・絆」



◆脚本・演出:三谷幸喜
◆音楽・演奏:荻野清子 
◆出演:中井貴一、寺脇康文、相島一之、堀内敬子、生瀬勝久
◆上演時間:160分
◆観劇:2007年5月25日 大阪・シアターBRAVA! 1階M列34番

    ◇

 三谷幸喜の新作は、19世紀末のパリに住む芸術家たちの青春物語だ。

 モンマルトルにある古ぼけたアトリエに集まる若き日のゴッホ、スーラ、ゴーギャン、シュフネッケルと、モデルのルイーズ。彼らが織りなす物語は、これまでの三谷幸喜の作品とは少し趣が異なるシリアスな空間であった。もちろんコメディであり、大いに笑わせてはもらうが、徐々に味付けが辛くなる。
 4人の男たちの関係を、ひとりの女性を投入させることで微妙に変化させていく様は、さながらサスペンスのようにハラハラさせられるが、そこに浮かび上がる男の妬み、芸術家としての嫉妬、そして欲望や挫折が一気にラストで集約され、深い悲愴感が漂うのだ。
 そして、そんな最悪なパズルが描かれたあとのエンディングに、“希望”というピースをはめ込むが如く、味わい深い余韻が残される。
 この三谷幸喜の構成の緻密さが気持ちいい。

 脚本は、役者にアテ書きする三谷幸喜の作風が見事なほどに生かされていて、個々のキャラクターが丁寧に書き分けられている。それに応える役者陣の的確な芝居も、実に決まっているのだ。

 点描画法の先駆者で、理数系で物事を考える理論家のジョルジュ・スーラに中井貴一。
 生真面目で育ちが良いのだが、友人にさえ素を見せない冷たい性格が見え隠れしたり、お茶目で狼狽する可愛い男にもなるスーラ役にぴったりはまっていた。
 4人の中で一番成功している画家であるのに、無名のゴッホの絵に嫉妬するシーンが秀逸。

 安定した生活を捨て、パリにやってきた色男ポール・ゴーギャンに寺脇康文。
 冷静に他の3人を見つめ、何かとゴッホに頼られることに文句を云いながらも、ゴッホの才能には敬意を持って接していた男。このカッコ良さは、寺脇康文で申し分ない。

 絶対的な天才フィンセント・ファン・ゴッホを演じる生瀬勝久は、常に自信喪失なふりをしながら、実は、自らが天才であることを認識している底意地の悪さを見せる。
 繊細であることで対人関係に問題があり、感受性豊かな天衣無縫ぶりを演じるには最適な役者だ。

 誠実で温厚、常に妻子を愛する美術教師であるクロード・ミシェル・シュフネッケルに相島一之。このお人好しは、相島一之だからこその役柄。
 最後のシークエンスでの彼の演技で、この作品の真の主役がシュフネッケルであり、相島一之だったのだと理解する。

 そして紅一点、カフェ“ムーラン・ド・ラ・ギャレット”の踊子志望のウェイトレスで、アトリエ専属のモデルになったルイーズに堀内敬子。
 それぞれの画家たちとのシークエンスで、本音を曝け出し傷つく男たちに『大丈夫~♪~』と歌い慰めるルイーズは、4人のアイドルでありミューズだった。
 何と云っても堀内敬子の素晴らしさは、劇団四季出身だけあっての麗しき歌声。初めて参加した三谷作品『12人の優しい日本人』でのオバちゃんキャラから、一転しての本領発揮だ。
 そして、物語の語り部でもあるルイーズの、可愛らしさと温かさを持ち備えた女性としての魅力に溢れていた。三谷組では戸田恵子に匹敵する、実に器用な女優と感じた。

 4人のミューズだったルイーズが、唯一哀しみに包まれる。ロートレックのモデルを断られアトリエに戻ってきたとき、強がりを見せながらも涙にくれるルイーズ。その時4人がとった行動……これは、息の合った見せ場だった。

 さて、この舞台にはもうひとり人物が上がっている。
 舞台下手でピアノの生演奏をする荻野清子は、オープニングの年老いたルイーズのダミ声シャンソンの伴奏からはじまり、各登場人物の彩りを音楽で奏でる重要なピアニストだった。
 時折、アドリブ的に5人がピアニストに絡むのが面白い。

70年代の東映傑作選

 5月26日(土)~6月15日(金)にかけて、東京下北沢の「シネマアートン下北沢」にて『東映70年代傑作選』と題された催しが開かれます。

[ラインナップ]
◆現代やくざ人斬り与太
◆仁義の墓場
◆暴走パニック大激突
◆じーんずぶるーす 明日なき無頼派
◆資金源強奪
◆狂った野獣
◆博徒外人部隊
◆北陸代理戦争
◆日本の仁義

 「現代やくざ人斬り与太」は、深作欣二の「仁義なき戦い」へと続く重要な作品。安藤昇のダンディズムに震え、狂犬菅原文太と狂気の渚まゆみの哀しくも儚いつながりに涙します。ラストシーンが凄い。

 「仁義の墓場」も深作欣二の代表作で、「人斬り与太」で描き切れなかった狂気が再び。今度の石川力夫は渡哲也。この渾身の作品は、何と云っても絶望的な暗さ。

 「じーんずぶるーす 明日なき無頼派」梶芽衣子&渡瀬恒彦が贈る日本版「ボニー&クライド」。

 そのほか「資金源強奪」「狂った野獣」等、エンターテインメントな狂気がスクリーンに帰ってきます。

 関東近辺にいらっしゃる方々がうらやましい。

「河内カルメン」*鈴木清順監督作品



監督:鈴木清順
原作:今 東光
脚本:三木克己
音楽:小杉太一郎
挿入歌:野川由美子「ハバネラ」
    藤原伸「ふるえる指」「燃える恋の炎」
美術:木村威夫
出演:野川由美子、川地民夫、和田浩治、佐野浅夫、宮城千賀子、桑山正一、松尾嘉代、楠侑子、伊藤るり子、嵯峨善平

☆☆☆☆  1966年/日活/89分

    ◇

 野川由美子の均整のとれた肢体にクラクラしてしまうほど、モダンな魅力に満ちた作品で、監督も女優も、弾けている。

 女3部作として先の2作品(『肉体の門』『春婦伝』)の深刻さと違い、このエンターテインメントぶりは、何と云っても主人公の女性像にあるだろう。
 原作の今東光が描いた「多くの男を愛し自由に生きた女性」がただの“情熱的な女”という事だけではなく、人生を前向きで突き進み、くよくよせず、逞しく、それでいて情の深さと愛らしさを持ち、人生を闊歩するカッコ良さの魅力に溢れているからだ。 
 そして、その河内弁の威勢の良さと、鉄火肌な女をキュートに演じている野川由美子は、奇抜な清順ワールドの構図のなかに埋もれる事なく、その存在感は傑出している。

    ◇

 河内の山深いところで育った露子(野川由美子)は、勤めている工場の経営者の息子・彰(和田浩治)に初恋を抱いていたが、ある日村の若い衆3人(野呂圭介ら)に乱暴され処女を失う。更に、近所の生臭坊主(桑山正一)に身体を与える淫蕩な母親(宮城千賀子)の姿を目撃してしまい、すべてに嫌気がさした露子は大阪へ出てキャバレーのホステスになって自立する。
 天性の美貌と明るさでナンバーワンのホステスになる露子だが、露子に本気で惚れた冴えない銀行員の勘造(佐野浅夫)が横領でクビなり、なんとなくヒモ同然の同棲生活を送ることになる。

 ある日、ファッション・モデル・クラブの社長で女性デザイナーの洋子(楠侑子)にスカウトされた露子は、キャバレーを辞め、勘造と別れ、洋子の屋敷に住み込みで働くことになる。
 しかし、そこで知り合った前衛画家の高野(川地民夫)から聞かされたのは、洋子がレズビアンだということだった。ことあるごとに身体を求める洋子から逃げ出した露子は、高野のマンションに居候することになる。
 この飄々とした高野が、最後まで露子と最大の友情で結ばれることになる。

 ある日、街でばったりと彰と再会。工場がつぶれ、今はひとりで廃屋のような長屋暮らしをしているかつての初恋相手ボンは、河内の山の中に温泉を掘り当てるという夢を追っていた。すっかり山師になってしまったボンなのだが、露子は何とか援助をしてやりたく、高野にパトロンとして大会社の社長の斉藤(嵯峨善平)を紹介してもらう。が、斉藤の無理強いで出演させられたブルーフィルムの撮影現場に現れたのは、金のために良心を売ってしまったボンだった。

 すべてに絶望した露子は故郷に帰るのだが、そこもまた、地獄のような荒んだ絵図が待っていた。

    ◇

 ストーリーだけはとんでもなく酷い物語で、まるでロマン・ポルノの題材のようなのだが、これが鈴木清順の手にかかると見事にポップ感あふれる作品に仕上がっている。

 今作も木村威夫が造り出す舞台さながらの大胆なセットと、流麗なカメラワークの演出を楽しむことができる。
 露子と勘造との別れのシーンでは、狭い二間の一室をダイナミックに横移動する座ぶとんカットや、新派のようなふたりの台詞のやりとりを、あらゆる角度から見せる構図。洋子の屋敷では、1階2階の断面を一画面で見せ、上下を行き来する野川由美子をスポットライトが追い掛ける。高野のマンションも同様に、シネマスコープを十二分に活用した画面構成には感動さえ覚える。
 まさに、リアリティよりケレンの清順ワールドなのだ。

 この作品はモノクロ映像なのだが、例えば、オープニングとラストに露子が口に銜えるバラの花や、高野がガラスのキャンパスにぶちまける絵の具の色など、至るところにカラフルな色彩を感じることができる。
 同時に、野川由美子の顔のアップによる露子の心象(戸惑い、怒り、不安)は、モノクロームの黒の深い部分で映し出され、いくつかのカットでドキっとさせられる。

 ラスト・シークエンスは、それまでの空気とガラリと変わり、怨念の世界が構築される。それは後年の『ツィゴイネルワイゼン』('80)や、小道具の水瓶のシーンなどは『陽炎座』('81)への道筋となっているように感じる。

 終幕は一転、東京の雑踏にバラを一輪くわえて立っている露子の姿。
 この、あっけらかんとしたラストカットに、女の図太さと愛に生きようとする女の逞しさが現れている。

    ◇

 キャバレー・シーンにおいて、バーカウンターの上でカルメン気取りで男客たちを挑発する野川由美子の歌と踊りが溌溂としていて見ものだが、エレキバンドで歌われるエレキ歌謡「燃える恋の炎」にも注目したい。クレジットなしの出演で、ギター片手に歌っている藤原伸は、後の作曲家曽根幸明氏だ。
 この「燃える恋の炎」はシングル盤として発売されたのだろうか。探したい逸品だ。
 
 

キャンディ・ケインの歌声

CANDYE KANE/GUITAR'D and FEATHERED


 ケイト・ブッシュか椎名林檎のようなジャケットからは想像できない巨漢のキャンディ・ケインは、、ジャニス・ジョプリンやエタ・ジェームスばりのシャウトを聴かせるブルース・シンガーです。

 これまでコンピレーション・アルバムで1~2曲聴いただけで、アルバムを買ったのはこの新作(8枚目)が初めて。
 ストレートなR&Bナンバー、ジャズ・ブルースやカントリー・ブルース、ジャンプ・ナンバー、オーソドックスなシカゴ・ブルースと、パワフルな歌声と歌の上手さを十分に堪能できるゴキゲンなアルバムです。

 テキサス系女性ブルース・ギタリストのスー・フォーリーや、ユーゴ出身の美人ブルース・ギタリストのアナ・ポポヴィッチ、キャンド・ヒートに在籍していたジュニア・ワトソンら、豪華ゲストのギター・プレイも聴きどころ。

 波乱万丈な人生を歩んできたキャンディ・ケイン公式サイトはコチラから。

「肉体の門」*鈴木清順監督作品



監督:鈴木清順
原作:田村泰次郎
脚本:棚田吾郎
音楽:山本直純
美術:木村威夫
出演:野川由美子、宍戸錠、川西郁子、松尾嘉代、石井富子、富永美沙子、和田浩治、玉川伊佐男、江角英明、野呂圭介

☆☆☆☆★  1964年/日活/90分

    ◇

 当時19歳の野川由美子映画デビュー作で、鈴木清順が彼女を主演に描く女性映画3部作(「肉体の門」「春婦伝」「河内カルメン」)の1作目に当たる。
 敗戦直後の東京に徒花のように咲き乱れた街娼たちが、腑抜けになった男たちに愛想をつかし、身体ひとつで生き抜くヴァイタリティさと、男に惑う女たちの姿を描いたこの映画は、これまでに何度も映画化がされている。その内ぼくが観たものは、この鈴木清順版以外に、かたせ梨乃主演の五社英雄版とロマン・ポルノで製作された西村昭五郎版の3本だが、やはり、映像美と映像表現に関して独特な清順作品が一番印象に残る。
 美術・音楽ともに名作として“魅せて”くれる映画だ。

 たったひとりの兄をボルネオで亡くした戦争孤児の17歳のマヤ(野川由美子)は、生きていくために関東小政のおせん(川西郁子)が率いる街娼グループに入り、ボルネオ・マヤを名乗る。
 廃墟の地下に巣食うグループには、ジープのお美乃(松尾嘉代)、ふうてんのお六(石井富子)、年増女で未亡人の町子(富永美沙子)らが、それぞれ暗い過去を背負いながら住み着いている。グループには愛と身体の悦びを厳禁する掟があり、掟を破れば厳しいリンチが待っている。

 映画ならではの魅力として、美術の木村威夫が創る舞台風セットの廃虚には目を見張るものがあり、清順美学として目を惹く色の使い方も素晴らしい。女たちをそれぞれ着ているもので色分けして、画面ごとにそのイメージカラーを使い華麗な極彩色で彩っている。豊潤な町子は着物姿で、4人の女たちは、真っ赤な無地のドレスのおせんをはじめ、緑のマヤ、紫のお美乃、黄色のお六という風にインパクトを与えてくれる。
 主人公たち以外の街娼らはすべて柄ものの衣装で区別されているし、映画がはじまってすぐにリンチを受ける少女は学生と恋仲になり罰せられるのだが、真っ白なドレスが“娼婦の処女性”をイメージさせているのも面白い。

 ある日、傷ついた復員姿の伊吹新太郎(宍戸錠)が転がり込んで来た。敗戦後腑抜け状態の男たちがあふれる中、男らしさを備えていた伊吹の出現に、荒んだ心の女たちの間に愛に似た感情が生まれてくるようになる。

 リアリティより映像表現に重きを置く鈴木清順らしさは、例えば、おせんと伊吹が入ったホテルの一室のシーンに見られる。伊吹を画面から外し、おせんにだけピンスポットを当て、彼女の動きだけでシーンを語る。バックの音は規則正しいパーカッションだけで、奇異な感じと緊張感に包まれる。

 もちろん面白い絵づくりだけではなく、画面に女の内面がじっくりと滲み出てくる演出も凄い。町子が馴染みの男と結婚の約束をし、それをおせんに知られたことで宙吊りリンチにあうシーンだ。“官能”の象徴であった町子の身体に、マヤが衝撃を受けるシーン。自分たちにない性の歓びを知っている女の妖艶さに、おせんたちは嫉妬の気持ちになる。どこにも陰惨なリンチや裸の露出がないのに、画面は官能で溢れている。
 画面構図も素晴らしく、町子を中心に左右に広がる空間描写と、そこに被さるマヤの表情の変化を合成画面で見せ、女たちの思惑をひと画面に納めている。

 マヤが伊吹に兄以上の感情を持つようになり、ひもじさも無くなってきたある日、ふたりが激情にかられて身体を重ねた。そして、伊吹と共この街を出ていく決心をするマヤが、リンチを受ける。その時のマヤの不敵な笑みは、底辺から抜け出す希望を持った女の優越感だったのだろう。

 ラストシーンは、見事なヤミ市セットの中をマヤを除いた3人の娼婦たちが男を漁りながら闊歩する。その眼光が、これまで以上に凶暴に輝いているのが印象的だ。

 開巻すぐに流れる「星の流れに」は、オリジナルの菊池章子の歌唱なのかどうか判らないが、捨て鉢でやさぐれ感いっぱいなこの歌い方は好きだ。

    ◆

 ほかの2作品について書いておくと、1988年の五社英雄作品は笠原和夫が脚本を手掛けていることもあり、かなりダイナミックでエキサイティングなものに仕上がっていた。
 かたせ梨乃扮する小政のおせんのグループと、敵対する名取裕子らとの抗争や、地回りやくざ(根津甚八)との闘いなど、『仁義なき戦い』女版といったところか。ラストに流れる「星の流れに」は八代亜紀が歌っている。

 1977年のロマン・ポルノ版は露出度が多いわりに官能性が低かったが、山口美也子のおせん、宮下順子の町子、加山麗子のマヤ(これがデビュー作)など、女優陣は見応えがあった。

「赤い鳥逃げた?」*藤田敏八監督作品

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監督:藤田敏八
脚本:藤田敏八、ジェームス三木
挿入歌:「赤い鳥逃げた?」「愛情砂漠」安田南
    「愛情砂漠」原田芳雄(コーラス:大門正明、桃井かおり)
出演:原田芳雄、大門正明、桃井かおり、白川和子、穂積隆信、殿山泰司、地井武男、内田朝雄、戸浦六宏、山谷初男、青木義朗

☆☆☆★  1973年/日本・東宝/98分

    ◇

  やることが無くなりゃ、ジジィだろ。
  誰も、俺たちを探しちゃいない。
  誰も、俺たちを待っちゃいない。
  このままじゃ俺は、29歳のポンコツだ。
  中年を飛び越えて、いっぺんにジジィになっちまうぜ!


 60年安保や70年安保といった大学紛争と反体制運動は、1972年のあさま山荘事件により集結を迎えたのだろう。そしてそれは、無頼と反逆に青春を送った時代の漂流者たちを多く生み出した。この原田芳雄の台詞が、若者たちの閉息感を語っている。
 自分たちの存在を確かめたくもがき苦しみ、ひとりでは何も出来ず、鬱積した心情を爆発させ、自滅していく若者たち。藤田敏八監督が描くのは、そんな若者たちのカッコ悪さ。
 『野良猫ロック・シリーズ』『八月の濡れた砂』で破滅の若者像を描くも、日活が閉鎖。ロマンポルノとして歩み出した日活で『八月はエロスの匂い』『エロスの誘惑』を監督した後、初めて他社で撮った作品だ。

    ◇

 無頼に青春を過ごしてきた宏(原田芳雄)は、時代に取り残されたかのように自分の居場所と目的を失っていた。彼を慕う卓郎(大門正明)は、この時代特有の“なるようになるサ”と足元しか見ていない楽観主義な若者だが、宏が居ないと何もできない半端なチンピラだ。
 不動産会社の社長夫人不二子(白川和子)と情事を重ねる卓郎と、それを金にする宏。
 映画は、いきなりロマンポルノを連想する白川和子の喘ぎ顔から始まる。
 この年、白川和子は翌週公開の『実録白川和子 裸の履歴書』を最後に結婚のためロマンポルノを引退しており、この映画が初の一般映画出演になっている。
 
 不二子の夫から金をふんだくる際に傷害を犯す宏は、卓郎が寝起きしているガールフレンドのマンションに転がり込む。マコという名の少女(桃井かおり)は、いつも上半身裸で九官鳥と暮らしていた。彼女も自分の居場所を求めている。映画の全編で裸身を魅せるポッチャリとした若き桃井かおりである。
 原田芳雄がギターをつま弾きながら、ボソボソと「愛情砂漠」を口ずさむ。桃井かおりの眩しさと同様に、この虚無な感じが妙に記憶に残るシーンである。
 これに続く安田南の「赤い鳥逃げた?」は、卓郎とマコの自転車の相乗りシーンに軽快に流れ、『明日に向かって撃て!』を思わすワンシーンとなっている。

 成すこと全てが腑甲斐無い男たちは、マコを連れて宛のない旅に出る。
 行き着いた先はひなびた温泉街。しかし、ここでも白けた時間が過ぎていく。未熟な卓郎とマコの白黒ショーではゼニにもならない。
 やり場のないうっぷんを車の暴走で晴らす宏と、卓郎とマコのセックス・シーンがシンクロする画面には、安田南が歌う「愛情砂漠」が使われる。これは、先の記事【サントラ盤「赤い鳥逃げた?」初CD化】において、記憶違いの記述があったので訂正しておく。この安田南の「愛情砂漠」は、サントラ盤には収録されていない。

 マコが誘拐話を持ちかける。マコの本当の名前は石黒京子といい、大富豪の令嬢だった。マコ自身を誘拐する計画に、3人は久しぶりにゾクゾクと胸が騒ぐ。
 しかし、東京に戻った3人を待っていたのは、大人たちの思惑と思い通りにいかない現実だった。
 みっともなく不様な主人公たちがいて、恰好悪い大人たちがいて、傍観する群衆たち。パトカーに追跡され、3人の乗る車は自分たちの死に場所へと暴走する。

 埋め立て地に集まる野次馬のなかには、助監督時代の長谷川和彦の顔が見える。また、同時期に撮影されたロマン・ポルノ『エロスは甘き香り』で桃井と競演した伊佐山ひろ子が、歩行者天国のシーンに顔を出している。

    ◇

 アメリカン・ニューシネマの如く、体制に楯突き全員が死んでしまう主人公たちこそ時代のシンボルでもあるのだが、シナリオ段階で別のラストシーンが存在したような記述が残されている。
 映画のサントラ盤のライナーノーツや当時の某映画評論家の文章からは、本編とは趣の違った終幕が見えてくるのだ。

 「最後の銃撃戦にマコの姿はない。宏たちは、横浜桟橋のコンテナ置場でまんまと身代金をせしめ、別の場所で待ち合わせをしているマコの元へ逃走するが、途中で警官隊との銃撃戦の末、宏と卓郎はあえない最後をとげる。
 待ちぼうけをくったマコは、イライラと痴漢防止ブザーの紐を引くと、夜空に不快音だけが響き渡る…………。」

 実際に公開された映画の前半部には、戸浦六宏扮する制服警官がマコのマンションに現れ、痴漢防止ブザーを押し売りするシーンがある。何とも奇妙で、滑稽なシーンだけが残されていた。

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「浮雲」*成瀬巳喜男監督作品

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監督:成瀬巳喜男
原作:林芙美子
脚本:水木洋子
出演:高峰秀子、森雅之、山形勲、加藤大介、岡田茉莉子、中北千枝子、千石規子、金子信雄、ロイ・H・ジェームス

☆☆☆☆☆  1955年/日本・東宝/124分

*1955年度キネマ旬報ベストテン第1位
 監督賞・主演女優賞・主演男優賞受賞
*1955年度ブルーリボン賞受賞

    ◇

 骨太な黒沢明、軽妙な川島雄三、静寂の小津安二郎、詩情あふれる成瀬巳喜男。日本映画の巨匠と云われる監督の作品は、若い頃に集中して観ていた。
 その成瀬巳喜男の最高傑作を、数十年ぶりに鑑賞した。

 成瀬巳喜男の作品は、『乱れ雲』『女の中にいる他人』そして『浮雲』の3本しか観ていないのだが、このメロドラマには一番打ちのめされる。
 理屈では割り切れない男と女の性(さが)と業(ごう)を愛欲に彷徨う様として、徹底して妥協のない視線と一切の感傷を交えずに淡々と描き切っている。成瀬映画の最高峰だろう。

 自堕落で女にだらしない男。そんな男に愛想を尽かせながらも、地の果てまでも男を追いかけるヒロイン。これは救い難い愛憎劇であり、とことん堕ちていく女への鎮魂歌だ。
 台詞より、俳優の視線や見ぶりで哀感あふれる人物像が演出され、それを見事に演じてみせる主演の高峰秀子と森雅之には、ただただ圧倒されるのみ。

 ダメな男をニヒルに演じる森雅之も凄いが、男を追いかけ敗戦の地でひとり生きていく女を演じる高峰秀子には、美しさは云うに及ばず、発する台詞のひとつひとつに魅了される。
 凄みや、逞しさ、冷たさと、男に翻弄される頼りなさや諦めの気持ちが、投げやりで、アンニュイで、ぶっきらぼうで、時に凛とした口調のなかに、ヒロインの人間像全てを感じさせるのだ。

 ラスト・シークエンスに見られるあの有名な船上のカットは、堕ちていくふたりの姿として実に象徴的であり、泣ける。

 「ねぇ、どこまで歩くのよ。わたしたち行くところがないみたい。」

 “離れられない”ふたりが、常に肩を並べて歩くシーンとして数多く出てくるのが印象的だ。


  ◆以下あらすじ。物語の細部に触れます。

太田とも子、遂に初CD化!

 5月26日発売予定の『歌謡曲番外地』に、太田とも子の歌が収録されるようだ。
 先に書いていた『恋はまっさかさま』と『とおく群衆を離れて』の2曲で、両曲とも、ちあき哲也作詞、宇崎竜童作曲のやさぐれ歌謡の名曲です。



 このブログを始めた当初から太田とも子の事は書いており、楽曲のCD化も強く望んでいた。
 女優梶芽衣子の実妹である太田とも子は、映画『野良猫ロック/マシン・アニマル』に実名歌手役で出演し、この2曲を披露している。姉にそっくりな声質とクール・ビューティさで画面をさらったこの曲は、映画用トラックのCD化の際にお流れになった経緯もあり、今回のオリジナル盤のCD化は、まさに待ってましたの大ニュースなのだ。
 ウルトラ・ヴァイヴさん、ありがと。

 そしていつか、残りの片面曲『はじめに愛があった』と『ねむいのは悲しいからさ』もCD化してね。

 願わくば、太田姓以前の“有沢とも子”名義の楽曲も再発できないか。
 荒木一郎詞曲の『抱きしめて』はビクターから発売済みだが既に廃盤だし、もう1枚の『恋のおとずれ』は完全未CD化ですからね。