TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

TVドラマ「わるいやつら」

原作:松本清張
脚本:神山由美子
演出:松田秀知、藤田明二
主題歌:安良城紅『Luna』
出演:米倉涼子、上川隆也、北村一輝、余貴美子、小島聖、笛木優子、伊武雅刀、朝加真由美、平山広行、大森暁美

    
 テレビ朝日の松本清張シリーズの最終作『わるいやつら』は、前2作『黒革の手帖』『けものみち』同様、米倉涼子の抑揚のないナレーションが醸し出す何とも言えない不気味さと、濃密感たっぷりのはじまりに、極上のミステリーの匂いをたっぷりと感じることができた。
 画面全体のトーンをブルー階調で暗く落とし、時折、フィルムの回転ムラのような処理や、モノトーンを挿入するなどのスタイリッシュな映像は、不安感や焦燥感を煽る。

 人相わるい面々の紹介といった趣の第1章は、登場人物のなかで一番淫らな顔の小島聖と、余貴美子の或種滑稽に映る名古屋弁と仕種に目と耳が釘付けになった。

 余貴美子が演じる藤島チセは、原作では銀座の高級ブティックのママで、映画では京都の老舗料亭の女将だった。特に映画での梶芽衣子が演じたチセは、物腰が柔らかく、おっとりした言葉の裏で女の怖さを表していたような感じだったのだが、これが名古屋弁の余貴美子になると、名古屋の商売人が東京に出、手広く事業をするやり手の女将って感じが良くでていた。
 可愛らしい仕草や甘える言葉に名古屋弁の滑稽さが混じり、ドラマのストーリーとは別に、面白く見ることができた。

    ☆

 名古屋弁の特徴は、濁音が多い。省略が多い。語尾に「ゃ」とか「ぇぁ」などの母音が付く。そして、イントネーションが独特ということだろうか。
 劇中で、使われた名古屋弁を少し列記してみる。


・分からんの? 「分らないの?」を省略し「らん」を強く発音する。
・やっと分かってちょうたか
・夫婦は夫婦だがね 「だがね」は知らず知らずによ~く使ってしまう語尾。
・まぁ~、辞めてまやぁ~
・長続きをしたためしがにゃあの ちょっと不自然に聴こえたなぁ。
・そういうのは、ただの遊びだで 「だで」「だわ」ももよく使います。
・おみゃあさん
・隠してまうでしょ 「~してしまう」を略してます。
・これ、取っとうてちょ、車代 「ちょ」は「頂戴」の省略。
・なにい怒っとるの? 「に」を強く発音し、「~とる」は「~している」の省略。
・女の気持ちがわかっとらん、この女たらしが。女はねぇ、買ってあげてゃあの。 「あげてゃあの」って、何かイヤだなぁ、この喋り方は………。
・承知しいせんでね。おったら。

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BLUES ROCK review 02

GUV'T MULE/MULE ON EASY STREET


 HIGH & MIGHTY』をリリースしたばかりのGUV'T MULEが、早速、昨年の暮れに5枚目のライブ・アルバムを出してきた。
 2006年の10月、シアトルの“EASY STREET RECORDS”に於いておこなったプロモーション・ライブの模様で、ラインナップは新曲2曲を含む6曲と少ないが、そこはライブ・バンドだけあって、フル・アルバムに相当するくらいボリューム感はいっぱいだ。

 新曲の「Unring The Bell」でのレゲエ・サウンドに気を良くしたのか、このライブでは「Time To Confess」とオールマンズの有名曲「Soulshine」をレゲエ・ヴァージョンで演奏。これ、なかなかイカシています。


    ★

WALTER TROUT & FRIENDS/FULL CIRCLE


 80年代の中頃に、ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズのギタリストとして在籍していたウォルター・トラウト。
 日本ではあまり馴染みのない名前なのだが、この最新盤“ウォルター・トラウト&フレンズ”はタイトル通り、数々のゲスト・ギタリストたちとのギター・バトルとなっている。
 全曲傑作、熱く硬派な音を聞くことができるブルース・ロックだ。

 まずは、8分以上のスローブルースから始まる。共演は、彼の師匠格であるジョン・メイオール。伸びのあるギターに師匠のハーモニカとピアノが絡みあい、いきなり虜にさせられる。
 ブルースブレイカーズでの同僚ココ・モントーヤとのギター・ユニゾンや掛け合い、若手N0.1のジョー・ボナマッサとのバトルは聞き応え十分。ジョニー・ウィンターを彷佛とし人気のあるエリック・サーディスとは、アコギとドブロで共演だ。
 ほかには、盲目のギタリスト・ジョン・ヒーリィ、ルーサー・アリソンの息子バーナード・アリソンなど、とにかく豪華なゲストの名に惹かれるものがあると思う。

01. SHE TAKES MORE THAN SHE GIVES  Featuring John Mayall
02. WORKIN' OVERTIME  Featuring Jeff Healey
03. FIREHOUSE MAMA  Featuring Eric Sardinas
04. WHO'S LISTENIN' IN  Featuring Coco Montoya
05. SLAP HAPPY  Featuring Junior Watson
06. WRAPPED AROUND YOUR FINGER  Featuring Guitar Shorty
07. A BUSY MAN  Featuring James Harman
08. HIGHWAY SONG  Featuring John Mayall
09. WHEN WILL IT EVER CHANGE  Featuring Bernard Allison
10. CAN'T HELP FALLING APART  Featuring Finis Tasby 
11. AFTER HOURS  Featuring Deacon Jones 
12. CLOUDS ON THE HORIZON  Featuring Joe Bonamassa
13. FULL CIRCLE  as told by Larry Keene


    ★

TRACY CONOVER/Live at the Cactus Moon


 1年ちょっと前に紹介したコンピレーション・アルバム『BLUES GUITAR WOMEN』において、フレディ・キングの「Goin' Down」で注目を得たトレイシー・コノーヴァー。
 その収録曲の入ったライヴ盤がこれです。
 テキサス出身の彼女は、硬派なギター・プレイとソウルフルな歌声が魅力で、1曲目のロック・ナンバーでの張りのある声に惹かれる。
 R&Bのスロー・バラードを挟みながらギター・インストゥルメンタル・ナンバーが3曲もあり、彼女のギター・テクニックも堪能できるから聞き逃せない。


    ★

TRACY CONOVER/Retrospective 1991-2006


 トレイシー・コノーヴァーの最新盤で初のスタジオ盤。ライヴ活動を主にしてきたトレイシーが、これまでに録音し溜めてきた曲を集めたベスト盤となっている。
 録音年代がさまざまなので初々しい感じのものもあるが、やはりヴォーカルはパワフルでソウルフル。ギターはハードな音を出している。全15曲の中では、ジャズ・ナンバーやドゥ・ワップ・ナンバーも披露している。
 バック・メンバーには、テキサス在住で親交のあるダブル・トラブル(S・レイ・ヴォーンのリズム隊)が数曲に参加している。

「愛の流刑地」

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監督・脚本:鶴橋康夫
原作:渡辺淳一
主題歌:平井堅『哀歌〈エレジー〉』
出演:豊川悦司、寺島しのぶ、長谷川京子、佐藤浩市、陣内孝則、仲村トオル、余貴美子、浅田美代子、佐々木蔵之介、松重豊、本田博太郎、貫地谷しほり、富司純子、津川雅彦、高島礼子、森本レオ、阿藤快、六平直政、三谷昇

☆☆☆☆  2007年/日本・東宝/125分

    ◇   

 かつては売れっ子作家であった40代半ばの菊治(豊川悦司)は、京都に住む元編集部員の女性から、菊治の作品のファンだという32歳の人妻・冬香(寺島しのぶ)を紹介され、彼女に惹かれる。肉体関係を続ける中で、ある時から冬香は「エクスタシーの最中に死にたい」と口にするようになる。そしてある日、願いを叶えるかのように冬香の首を絞め殺してしまう菊治。
 そこに殺意はあったのか。
 裁判で明らかになるのは、余人には到底理解し難い、ふたりの愛の形であり愛の証明ということになる。

    ◇

 実は、あまり不倫ドラマというものは見ない。倫理観や道徳性に潔癖なわけではないのだが、単純に好みの問題で、話自体に興味が湧かないのだ。
 ただこの映画は、鶴橋康夫氏がホン(脚本)とメガホンを取るということと、主役ふたり以外の役者陣に魅せられたものもあり、初めて積極的に出かけてみた。

 確かに激しい性愛シーンがこれでもかと映しだされたり、スキャンダル性に満ちた内容なのだが、はっきり言ってそんなことはどうでもいい。エロだけを目的に行くひとには、何か違うかもしれない。

 これは、人を想う人間のドラマだ。
 作品として素晴らしく、心を揺さぶる傑作に仕上がっている。

    ☆    ☆

 ◆以下、物語の細部に触れる箇所があります。

    ★    ★

 いきなり、激しいセックスシーンから始まり、意表を突かれた。
 そう来るか、って感じだ。

 真っ赤に燃えた太陽と、豊川悦司と寺島しのぶのゾクゾクするエロティシズムに、朝焼けの街が被さり美しいシーンになっている。
 そして、その絡み合った躰のまま、ヒロインの首が絞められる。

 男に自分を殺してと願う女と、女の願いを叶えるために罪を犯す男の間には、戯れという肉欲愛ではなく、本気で思いを込められる純粋愛が生まれたのだろう。究極的な人間愛かもしれない。

 裁判が進行するなか菊治は、自分が愛する女に手をかけた理由を自問する。
 人を愛することに理由がないように、冬香を手にかけたことにも理由なんかないだろう。誰にも判るはずのないその気持ちを、肉欲の“罪と罰”として倫理観だけでは裁けはしない。必ずしもそこで“真実”が発見されるわけもなく、モラルを無視することで見えてくるものもある。

 ドラマは、生と死で男と女の性差を描き、“ひとの想い”を考えさせる。
 冬香が亡くなったあとも、ずっと菊治の心を支配し続ける想いに苦しむ姿を、豊川悦司は見事に演じており、クライマックスの法廷で「この裁判は、何もかもが違うっ!」と泣き叫ぶシーンでは、感動さえ憶える。
 
 豊川悦司と寺島しのぶのセックス・シーンに嫌らしさはなく、冬香の心情を見事に演じた寺島しのぶは、神々しく眩しかった。凄い女優だ。

 もうひとり熱情に生きようとする女性として、検事の美雪(長谷川京子)がいる。こちらも、上司の稲葉(佐々木蔵之介)と不倫中で、しかも、うまくいっていない。“欲求不満のおんな”を長谷川京子が醸し出していた。いろんな感情が入り乱れる難しい存在の美雪を、見事にこなしている。
 佐々木蔵之介とのラブシーンも激しいものがある。裸で絡むことこそないが、土砂降りのベランダでのラブシーンは、セックスシーンと言ってもいいほど官能的で美しかった。好みで言えば、一番エロティックな箇所だな。

 キャスティングも見応えがある。
 冬香の母親を演じた富司純子。弁護側の証人に立ち、殺された娘への思いと、女としての娘を理解する母親の立場を、圧倒的な存在感で見せてくれる。
 そして、証言台を降りる時の豊川悦司と富司純子の対峙は、映画史に残しておきたい凄いシーンだ。胸に熱いものがこみ上げてくる。

 菊治の理解者である出版社の人間を演じた津川雅彦や、菊治の行きつけのバーのマダムに扮した余貴美子らが、抑えた演技で光る。
 余貴美子と豊川悦司との気持ちの交わし合いが、大人の女と少年の会話のようで面白い。「破滅するまで、とことん行ったわよ。」と語る余貴美子は、なんともセクシー。
 また、高島礼子、森本レオ、六平直政、阿藤快らが台詞のない役だなんて、もったいないほど贅沢な使い方です。鶴橋康夫監督は、スクリーンに映る隅々の人間にまで息を吹き込んでいる。

 これまでテレビ畑一筋だった鶴橋康夫監督は、ドラマ『永遠の仔』『天国への階段』『刑事たちの夏』などの名作や、亡くなった野沢尚氏の『砦なき者』をはじめ半分近くの作品を手がけている。作品創りに間違いのない監督のひとりと思っているので、その監督の映画初演出の手腕を見る、それだけで価値ある映画だ。



ドモンジョ様



 小学生から中学生のころ、大好きな女優がミレーヌ・ドモンジョだった。
 思えば結構な年上好みだ。
 先に紹介した、好きなフランス映画女優ミレーユ・ダルクやジェーン・バーキンよりぐっと年長なのだが、フランス・アクション映画のなかでのコケティッシュなキャラが、断然好きだった。
  
 1938年、フランス・ニース生まれで、フランス人の父親と白系ロシアのイタリア混血の母親という何とも複雑な血筋で、それが、日本人受けする容姿となっていたのかもしれない。子供のころの斜視の面影があるのか、目元が魅力的です。
 唇がぽってりしたブロンドヘアで、フランス本国ではブリジッド・バルドーに似ていると云われていたようだが、バルドーほどのセクシーなイメージはなく、声質も見た目と違い太い声で、結構あっさり型美人なのです。

 代表作は、『悲しみよこんにちは』『女は一回勝負する』('57)、『お嬢さん、お手柔らかに!』('58)、『アイドルを探せ』('63)といったものがあるが、最初に観た作品はフランスで人気だった犯罪小説「ファントマ」シリーズを映画化したアクション・コメディだった。
 『ファントマ危機脱出』('64)『ファントマ電光石火』('65)『ファントマミサイル作戦』('67)と、一連のアクション映画の中でのコメディエンヌぶりが大好きで、この3作はマストです。
 2006年に「ファントマ映画祭」なるものが催され、懐かしく思った人も多いでしょう。DVD-BOX の発売を期待したい3作品なのだ。

    ☆

 60年代から何度も来日しているミレーヌ・ドモンジョはかなりの親日家でもあり、1984年には武田鉄矢主演の日本版“ローマの休日”『ヨーロッパ特急』に出演。
 そして2004年には、黒木瞳と岡田准一の恋愛映画『東京タワー』にも特別出演している。

 テレビ・アニメ「タイムボカン」シリーズのドロンジョ様が、ドモンジョの名前から命名されているのは有名な話。だから、どちらの吹替えも小原乃梨子が担当しているのです。

「ガラスの墓標」*ピエール・コラルニック

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CANNABIS
監督:ピエール・コラルニック
原作:F・S・ジルベール
脚本:フランツ・アンドレ・ブルジョ
音楽:セルジュ・ゲンズブール
出演:セルジュ・ゲンズブール 、ジェーン・バーキン 、ポール・ニコラス 、クルト・ユルゲンス 、ガブリエル・フェルゼッティ

☆☆☆★  1969年/フランス・イタリア/96分

    ◇

 鬼才セルジュ・ゲンズブールと、当時同棲中だったジェーン・バーキンとの共演作で、ドラッグと乱交パーティーそして暴力など、60年代終わりの退廃的なパリを背景にしたフィルム・ノワールだ。
 まぁ兎に角、やたらとふたりのラヴシーンが出てくる。
 それでもファッション・モデルだけあって、そのスレンダーな裸体に生々しさはない。 官能性より、美しいバーキンの魅力に溢れている。

    ☆

 ある住宅地の、凄惨な居室から映画は始まる。
 中年のロシア人セルジュ(セルジュ・ゲンズブール)と若い相棒ポール(ポール・ニコラス)が殺しの仕事を終え、スタッテン島からフェリーに乗りニューヨークに戻るタイトルバックには、ゲンズブールが歌う主題歌『キャナビス』が流れる。傑作だ。
 ニュヨークの風景と、恰好いい音楽でまず惹き込まれる。

 ニューヨーク・マフィアの殺し屋セルジュは、ボスの命令で敵対するフランスの麻薬組織の大麻工場の壊滅を依頼され、ニューヨークからパリへ向かう。
 空港に降り立ったセルジュを待っていたのは敵の部下たちで、拉致され、傷を負うことになる。なんとか逃げのび、飛行機のなかで知り合った大使令嬢のジェーン(ジェーン・バーキン)のアパートメントに匿ってもらう。
 そこで二人の愛が育まれていく。

 数日後、遅れて渡仏してきたポールもジェーンの部屋に同居しながら三人の共同生活が始まるのだが、ここから、若いポールと中年のセルジュとの関係が徐々に見えてくる。修羅場を潜ってきた同志でもあり、父と息子のような尊敬と畏敬の存在でもあるし、同性愛的感情も見えてくる。
 ジェーンはポールがセルジュを連れて行ってしまう危惧を抱き、ポールはセルジュが変わっていくことへの不満が募っていく。

 傷が癒えたセルジュは、再び仕事を始める。まずは、自分を嵌めた男たちをゲイ・クラブで襲い、死の洗礼をする。
 そして、大麻工場になっている養鶏場への襲撃となる。
 画面いっぱいに埋まる何千羽という鶏の、赤い鶏冠と白い羽が舞うシーンが印象的だ。

 仕事を終えたセルジュが、ポールにコンビの解消を言い出す。組織を抜け、ジェーンと姿を隠すと言うのだ。
 女に心を奪われたセルジュへの怒りで、組織にその事を密告するポールは苦悩する。
 〈彼を殺せ〉「そんなことは出来ない」〈人を行かせる〉「他の者には殺させない」
 ………………………
 ポールの赤いクーペが、ジェーンの運転する車を追いながら、パリの街から郊外へと、激しいカーチェイスが続く。
 ポールもジェーンも、どちらもセルジュを独り占めしたい……。そんな心理状態を、それぞれのバストアップのカットの積み重ねで見せていく。

 ポールに対して銃の引き金が引けないセルジュは、空に向かって6発の銃弾を放つ。
 そして、愛により自分の人生を見つめ直そうとするセルジュは、友情の狭間に揺れながら、凶弾に倒れる。

 フランスのフィルム・ノワールの底辺には、必ず男同士の友情が流れている。仲間同士でも、敵同士でも、そこに男の美学がある。

 ジェーンの叫び声が響き、唐突に暗転…………


 原題の『CANNABIS』とは大麻のこと。開巻「この映画はドラッグの映画ではない。愛とアクションの映画だ」とテロップが出るが、邦題の『ガラスの墓標』とは、実に名タイトルだ。

 セルジュ・ゲンズブールはロシア系ユダヤ人で、当時41才。ジェーン・バーキンは22才だった。

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MOUNTAIN:New Year Concert 1971



 クリームのプロデューサーとして有名なフェリックス・パパラルディが、巨漢のギタリスト、レズリー・ウエストに出会ったのが1968年。
 レズリーの巧みなギターワークに感銘を受けたパパラルディが彼のプロデュースに名乗りを上げ、1969年に1stアルバム『Leslie West's Mountain』が発売された。
 これが事実上の“マウンテン”の誕生なのだが、当初、パパラルディ自身がベースを担当する3人編成であったが、バンドの方向性としてキーボードを入れることになり、2nd『Mountain Climbing!』(1970)から新たにコーキー・レイング(dr)、スティーヴ・ナイト(key)を加え、ここに最強の4人編成の“マウンテン”がスタートを切った。
 
 その最強体制で発表された3rdアルバム『NANTUCKET SLEIGHRIDE』(1971)こそ、名実ともに新しいアメリカン・ロックの創造だった。
 クラシックを想定したキーボードの使い方や、優雅なメロディライン。ライヴではレズリーのインプロビゼーションを行うアドリブ性に富んだ構成など、ライヴ・バンドとしての地位を不動のものとした記念的アルバムでもあった。

 ライヴ・バンドだったマウンテンとしては、これまでに数々のブートレグ(海賊盤)が出ていたのだが、2004年に『Official Live Mountain Bootleg Series』という正規のCDが発売されるようになった。
 ただ正規盤とはいえ、必ずしも音質が最高と言えるものばかりではなく、高音質オーディエンス録音もあれば、これまで出ていたブート音源と同じものもあったりしている。(価格はグンと安いので助かる)

 この『New Year Concert 1971』はシリーズ14作目の最新盤で、最強メンバーの一番良い時期の演奏を堪能できる。
 パパラルディの唸るベース、コーキーの的確なリズム、スティーヴのリリカルな響き、そしてレズリーの重いギターの音色が、マスタリングもきちんと行なわれた驚きの最高音質(もちろん鮮明なステレオ)で蘇るのだ。とても聴き易いサウンドだ。

 CDには、場所と日時のクレジットが明記されていない。
 想像するに、1970年の大晦日はニューヨークの“Felt Forum'”に於いて2回のステージが行われているので、その1st Show と 2nd Show からの収録と思われる。

 リマスタ-盤『NANTUCKET SLEIGHRIDE』に、ボーナス曲として収録されている未発表ライヴの「TRAVEKING IN THE DARK」は、ここに収められたものと同じ音源である。

DISC ONE
1. INTRO / NEVER IN MY LIFE
  4.46
2. DON'T LOOK AROUND   4.21
3. MISSISSIPPI QUEEN  6.14
4. BABY I'M DOWN  8.20
5. LONG RED  6.44
6. SILVER PAPER  9.33
7. Guitar Solo  9.50

DISC TWO
1. THE ANIMAL TRAINER AND THE TOAD
   5.59
2. NANTUCKET SLEIGHRIDE  5.57
3. FOR YASGUR'S FARM  4.16
4. TRAVEKING IN THE DARK  5.07
5. BLOOD OF THE SUN  3.20
6. DREAMS OF MILK AND HONEY  23.25
7. AULD LANG SYNE  1.03      

 イントロのアナウンスはビル・グレアムだ。
 1971年の2月に発売される『NANTUCKET SLEIGHRIDE』から4曲が披露されているが、中でもアルバムの1曲目を飾る“DON'T LOOK AROUND”のライヴ演奏は、非常に珍しいものと思う。
 71年後半からライヴのインプロビゼーションの目玉となる“NANTUCKET SLEIGHRIDE”は、当然ながらアルバム・ヴァージョンのように短く演奏されている。〈CD-2〉の7曲目は“蛍の光”です。

 数年前に、この大晦日の“Felt Forum'”の音源が、『 DON'T LOOK AROUND』というタイトルのブートレグで発売されていたが、未聴のため同一のものかどうか定かではない。
 ただ、当然こちらの方がリマスターもされ音質は良いと思うし、何よりも価格が安価なのだから、マウンテンに興味のある人には絶対のお勧めである。

「恋するガリア」*ジョルジュ・ロートネル

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GALIA
監督:ジョルジュ・ロートネル
脚本:ヴァエ・カッチャ、ジョルジュ・ロートネル
主演:ミレーユ・ダルク、フランソワーズ・プレヴォー、ヴェナンティーノ・ヴェナンティーニ、ジャック・リベロル

☆☆☆★ 1965年/フランス/104分/B&W

    ◇

 ブロンドヘアーとあどけなさが残るソバカス顔で、60年代のフランスを代表する人気女優ミレーユ・ダルク。
 彼女が世界的に爆発的な人気を得たのが、1965年に製作された『恋するガリア』だ。

 恋愛映画とはいえ、監督のジョルジュ・ロートネルはギャング映画を得意としているから、前半はスピーディーで切れのある演出があたかもアクション映画を思わせ、後半ではサスペンスを漂わせながら進行する構成が、なんとも不思議な空気をもたらす映画となっている。

 ミレーユ・ダルクの魅力は、ファニー・フェイスと身長170センチのスレンダーさから醸し出される、しなやかで奇妙なコケティッシュな肢体と個性的なムードだ。
 パリの街中を颯爽と走り回る様は“ガリアンヌ・ルックス”として、パリジェンヌたちから“自由な女性”のイメージとしてブームを起こしたようだ。
 現代でもそのラフで自由な服装は、若い女性たちに60年代ファッションの見本となるのではないだろうか。

 パリに暮らすショーウィンドウ・デザイナーのガリア(ミレーユ・ダルク)は、奔放に毎日を過ごしているが、実は孤独と退屈のなかに埋もれていた。
 ある日、ガリアはセーヌ川に身を投げたひとりの女性を助ける。彼女はニコール(フランソワーズ・プレヴォー)と云う30代後半の美人で、ガリアは自分のアパートの部屋に連れて帰る。自殺の原因は、浮気性でエゴイストな夫グレッグ(ヴェナンティーノ・ヴェナンティーニ)との関係がうまくいかなくなったからだと云うのだが、彼女の心中はまだ夫を愛しているようだ。男に興味を抱いたガリアは、グレッグを懲らしめてやろうと持ちかけ、彼を尾行する。しかし、グレッグを追いかけるうちに、若くて好奇心旺盛なガリアは次第に彼に惹かれるようになってしまう……………。

 ニコールを部屋に泊めながら、ガリアは外でグレッグと会うようになる。ニコールに同情しながらも、徐々にグレッグを好きになっていく“恋する女”の様が、健気に見えてくる。と同時に、ニコールとグレッグの狭間で苦悩する女にもなっていく。

 逆にニコールは、ガリアが夫と会うようになった当初は嫉妬を抱いてはいたものの、次第に、いつものグレッグの振る舞いを知っていることから、自分の代わりに苦しむガリアの姿に同情するようになる。

 ガリアはグレッグにニコールを隠しているという秘密に苦しみ、グレッグはガリアを利用して妻の資産や仕事での野望を図ろうと画策。ニコールは、グレッグとの清算を考えているのだが…………ここに、奇妙な三角関係が生じ、犯罪の匂いまで感じられることになり、じわじわとサスペンスの色合いが出てくる。

 J・S・バッハの「チェンバロ協奏曲第5番~ラルゴ」が叙情的に響き渡るテーマ曲は有名で、ヴェニスのシーンではスウィングル・シンガーズが魅惑的なスキャットを聴かせてくれる。

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 ミレーユ・ダルクを最初にスクリーンで見たのは、1968年にアラン・ドロンと共演したギャング映画『ジェフ』だった。
 大物ギャングの情婦役として、悪の香りを漂わせていたのが印象的だったのだが、この映画がきっかけでアラン・ドロンとは実際に愛人関係にまでなってしまった。
 以後、『ボルサリーノ』('69)『栗色のマッドレー』('70)『愛人関係』('74)『チェイサー』『プレステージ』('77)で共演している。
 『栗色のマッドレー』は自作小説の映画化で、1989年には『ソフィー/遅すぎた出逢い』で初監督を成し得ている。