TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「バニシング・ポイント」*リチャード・C・サラフィアン



VANISHING POINT
監督:リチャード・C・サラフィアン
脚色:ギラモ・ケイン
原案:マルコム・ハート
出演:バリー・ニューマン、クリーボン・リトル、ディーン・ジャガー

☆☆☆★  1971年/アメリカ/99分

    ◇

 果てしなく続く地平線。真直ぐに伸びるハイウェイ。限りなく蒼い空。カリフォルニアの荒野。
 壮大な風景のなかを疾走するのは、白いダッジ・チャレンジャー。
 砂漠に残る2本の轍が交差する美しい幾何学模様。

 70年代はじめ、苦悩するアメリカの若者の姿の一端を描いたアメリカン・ニューシネマ、ロードムーヴィーの1本だ。当時、ゾクゾクとする興奮をおぼえた映画だった。

 陽炎の向こうからダッジを追う数台のパトロールカー。前方には2台の大型ブルドーザーがハイウェイを塞ぐ。ピクニック気分でその行方を眺める沿道の市民たちの顔、顔、顔……。猛スピードのダッジがバニッシュ(消滅)するところから物語ははじまる。

 主人公コワルスキー(バリー・ニューマン)は元海兵隊員であり元警察官、元オートレーサーでカーレーサーという経歴をもつ男。デンバーからサンフランシスコまで体制を敵にまわし、ただただ走りつづける。徹底した追っかけだけの単純なストーリーで、彼の過去などはときどきフラッシュバックで描かれるが、多くは語られない。

 当時のアメリカの青年のリアルな現実は、ベトナム戦争。ベトナムで死と直面した恐怖をマリワナに求め安らぎを得る現実。英雄として帰国をしても得られる職場がない現実。
 アメリカの若者の閉塞感を浮き彫りにするような社会性と、カーアクションに見られる娯楽性がうまくミックスされている。

 主人公コワルスキーと眼に見えない糸で結ばれる、盲目の黒人DJスーパー・ソウルの設定が面白い。また、砂漠の道案内人の蛇取りの老人やオートバイ乗りのヒッピーたちは、いわゆるドロップアウトした人間たち。ハイウェイで拾うゲイのアベックも、当時はまだ市民権を得ていない異端児だ。体制の中の息苦しさから逃げ、何をすればいいのか迷っているアメリカ人ばかりだ。
 コワルスキーが笑みを浮かべながら死に挑戦していく様こそ、悩めるアメリカの姿だったのかもしれない。

 映画の全編にはロック・ミュージックが流れる。砂漠で出会う新興宗教団体のようなヒッピーコミューンでは、スワンプ・ロックの雄デラニー&ボニー&フレンズが“You Got To Believe”を聴かせてくれるし、バイク・ヒッピーの家ではマウンテンの“MISSISSIPPI QUEEN”が流される。

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「ロング・グッドバイ」*ロバート・アルトマン



THE LONG GOODBYE
監督:ロバート・アルトマン
脚本:リー・ブラケット
原作:レイモンド・チャンドラー
出演:エリオット・グールド、スターリング・ヘイドン、マーク・ライデル
   ニーナ・バン・パラント

☆☆☆☆★  1973年/アメリカ/111分

    ◇

 ロバート・アルトマン監督が異色のハードボイルド映画として新しいマーロウ像を創造し、エリオット・グールドが人間味あふれるマーロウ役を好演したのが、この『長いお別れ』だ。

 フィリップ・マーロウは、1939年にハードボイルドの代表的作家レイモンド・チャンドラーが生み出したロサンゼルスの探偵。トレンチコートにキャメルの煙草をふかし、どんな誘惑にも屈しない誇りをもったハンサムガイ、ってのが原作のマーロウ。
 「どうしてそんなにタフなのに、優しいの?」という問いかけに
 「タフでなければ生きてはいけない。優しくなければ生きてる資格がない。」と答えるのがマーロウ。

 この映画が製作された1973年は、アメリカン・ニューシネマの真っ只中。
 60年代の後半から70年代にかけて、アメリカン・ニューシネマという風が吹き荒れた。もちろんこれはジャーナリズムがつけた名称で、理論や形態の流儀があるものではない。
 特徴のひとつは、対ハリウッド。従来のハリウッド映画はハッピーエンドはもとより、男優も女優も二枚目と美人であると決まっていた。しかしこのニューシネマはその真逆で、社会からドロップアウトした人間たち、または反体制的な人間の心情をつづることで、当時ヴェトナム戦争によってアメリカ全体を覆った暗い影と、“正しいアメリカ”だった国に対して懐疑的になっていた世相を大いに投影して創られた作品群であった。どちらかと言えばカッコ悪い男たちが登場した映画ばかりで、アンチ・ヒーローものが多かった。そしてそれは同時に容姿だけの俳優が不要になり、より個性的で存在感が強く、演技力のある俳優が求められることになった。
 さて、その70年代にハードボイルドの代表格フィリップ・マーロウを登場させたらどうなったのか。

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 冴えない探偵である。薄汚く、だらしないマーロウだった。
 我がままな飼い猫のために、深夜の3時にキャットフードを買いにスーパーに向かうマーロウなんて見たくない、というマーロウ・ファンもいただろう。しかし、この映画が出色なのはまさにそこ。タフとか非情とかには無縁なところから始まるオープニングで、この映画は70年代を代表する映画のひとつになった。
 
 親友のテリーをある事情でメキシコへ逃がしてやるマーロウ。しかしテリーに妻殺しの容疑がかかると、テリーはメキシコで自殺をしてしまう。翌日、マーロウは行方不明の作家を探し出す依頼を受けるが、その作家がテリー夫妻と顔見知りだという……。やがて、テリーが持ち逃げした金を探しにギャングたちがマーロウの家に押し掛けてくる。

 ロサンゼルスが舞台でも、華やかなハリウッド的ムードは皆無。むしろ滅びゆくハリウッドのけだるさを描きたかったのがアルトマン監督の狙いだろう。
 ジョン・ウィリアムズのジャジーな音楽も、ハリウッドの退廃と倦怠のムードを醸し出している。
 クローズアップの多用で登場人物を執拗にカメラが追い掛けるのも、この手の映画がいかに人物描写とその周辺の環境描写が重要かということだ。

 原作にない結末はショッキングだ。そしてラスト、並木道を歩くマーロウに被せて流れる「ハリウッド万歳~」と讃える陽気な音楽が、実にシニカル。

 74年度マイ・ベスト1の映画だった。



 ギャングのボス役のマークライデルは、本業が監督。ヘンリー・フォンダ&ジェーン親娘共演で描いた『黄昏』や、ベット・ミドラーがジャニス・ジョプリンを演じた『ローズ』、同じくベット・ミドラー主演の『フォー・ザ・ボーイズ』など、数々の秀作を創りだしている。

 そのマーク・ライデルの子分として、無名時代のアーノルド・シュワルツネッガーが出ているが、いかにもマッチョバカである。

 脚本のリー・ブラケットは、このあと『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』の脚本に参加した女流作家。この『ロング・グッドバイ』以前は、『三つ数えろ』『ハタリ!』『リオ・ロボ』『リオ・ブラボー』など男の映画ばかり執筆している。


New York 2005:DUMBO

 ニューヨークの名所のひとつがブルックリン・ブリッジ。重厚な石造りで優雅な建築様式はニューヨークっ子の自慢でもあり、数々の映画にも登場しているのでも有名。
 ニューヨークの環境が良くなったことで、ブルックリン側のすぐ北側に架けられているマンハッタン・ブリッジとの間には公園も出来て、観光スポットにもなっている。
 近年注目なのがこの辺りのエリアで、通称ダンボDUMBO(Down Under the Manhattan Bridge Overpass)。
 倉庫街なので、少し前はとても観光歩きなどできない場所だった。




 ここからマンハッタン・ブリッジを眺めると、映画好きならピンとくるアングル。




 1984年のセルジオ・レオーネ監督作品「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」。 
 ユダヤの移民たちが過ごした地として、映画ではこの辺りの風景を1920年代に変身させた。
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 マンハッタンとイーストリバーを挟んだ対岸地ウィリアムズバーグは、原宿や渋谷のような喧噪の街となってしまったソーホーを逃れ、近年芸術家たちが住みついている町。
 80年代のヴィレッジを思い出すような風景にまた出会った。

New York 2005 : SOHO

 GWに行ったニューヨークの写真をアップしようと思っていながら、早や40日以上経ってしまった。思いついたときに、少しづつ載せていこう。

 まずはこれ。ソーホーにあるフォト・ギャラリー。




 見ての通りこれはDOORSの「MORRISON HOTEL」のジャケットを模した外観の、Fine Art Music Photography専門のギャラリー。
その名もズバリ! MORRISON HOTELでした。

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 画面では見づらいが、ショーウィンドウに飾られているのは、75年のストーンズやフランク・ザッパ、ニール・ヤング。
 中に展示されていたものは、もっと凄いものがいっぱいだった。
6月はウッドストック、7月はピンク・フロイドらの展示のようだ。

自己嫌悪中

 適切な言葉がフッと出てこないときがある。
 あとで読み返すと、全然違う言葉を使っていたりして赤面することもある。
 掲示板に書き込みをしたり、自分のブログやHPでのREVIEWを書くときには極力誤字脱字がないように気を付けているつもり。
 Y'sでREVIEWを掲載するときには推敲を重ねるため、共同管理者の某嬢にはいつも迷惑をかけている。
 ですよね?(笑)

 ましてや不適切な言葉がないよう、言い回しにも気を付けているつもりだった。
 「だった」………なのだ。

 昨晩、某ブログへのコメントで不適切な書き込みをしてしまった。
 それは、某俳優が演じるキャラクターのイメージのつもりで書いたものが、冷静に読んでみると蔑視と受け取れる言い回しになってしまい、大変迷惑をおかけした。

 そのブログで言い訳はしませんので、自分のブログで言い訳をさせてもらっているわけで、某さん、大変失礼いたしました。

 ヒジカタはまだしも、あの形容詞はだめでしょう………

今日は自己嫌悪の一日です。

ニンジン、ニホン

 ここのところ忙しい毎日がつづいているので、ニンジンをぶら下げることにした。
 なに、ちょっと先にお楽しみを作り、それを目指して働けば少しはストレスもなくなるだろうと、よくやる手なのだ。
 ニンジンと云っても大したことではない。急遽、来月東京に遊びに行くことにした。

 5月末から新宿コマ劇場で、クィーンの曲をモチーフにしたミュージカル『We Will Rock You』が始まっているのだ。
 初日は日本中のクィーンファンが集まり(笑)大盛況に始まったらしい。しかし、先週チケットのインフォを覗いたら、結構席に余裕があるのよね。で、唐突に買ってしまったわけだ。
 まだ日本ではあまり知られていなかった2003年の冬にロンドンで観ているのだが、もう一度東京で観ることができるのは嬉しいかぎり。
 同時に、テディベアの日本コンベンションにも3年ぶりに顔を出してくる。
 新しいベアの仲間を連れてくることができるかな……。

「潮風のいたずら」*ゲイリー・マーシャル

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監督:ゲイリー・マーシャル
脚本:レスリー・ディクソン
出演:ゴールディ・ホーン、カート・ラッセル、ロディ・マクドウォール

☆☆☆★ 1988年/アメリカ/114分

    ◇

 この映画当時が42歳とは思えないゴールディ・ホーン。いくつになっても変わらないキュートな笑顔と若々しいスタイルの良さ。そして、抜群のコメディエンヌぶり。
 ゴールディ・ホーンの魅力が満載の良質なラヴ・コメディで、ゴールディ映画ではお気に入りBest3のひとつにあげたい。

 オレゴンのある港に、クルーザー“汚れなき天使”号のエンジン修理のために入港した大富豪ジョアンナ(G・ホーン)はハイレグ姿も見事な美人なのだが、プライドが並外れて高くわがまま放題のお嬢様。夫や執事らも持て余し気味。クローゼットの改装のために呼んだ大工ディーン(カート・ラッセル)が作ったシューズボックスに難癖をつけ、あげくに報酬を払わないままディーンを海に突き落としてしまう。
 巻頭、ゴールディの美しさを堪能しながら、高慢ちきで性格ブスぶりを振りまく彼女の言動には大笑いさせられ傑作。

 さて、ある夜間違って海に落ちてしまったジョアンナは記憶を失ってしまう。それでも高飛車な態度だけは失わないわけで、テレビで彼女を見たヤモメのディーンが、ジョアンナをちょっといじめてやろうと悪戯心で夫だと名乗り出る。この病院のシーンも、カート・ラッセルとゴールディの息がぴったり。ふたりはこの映画がきっかけで、実生活でのパートナーになっているしね……。

 ディーンの家に引き取られたジョアンナは、自分の境遇に疑問を持ちながらも、アニーと呼ばれながらディーンと彼のわんぱく息子4人たちの面倒をみることになる。
 下級労働者の肝っ玉母ちゃんのような過酷な毎日は、これまたすごいことになる。
 しかしその生活が徐々に、主婦として成長し母親としての愛情が目覚め、性格ブスから素直で魅力的な女性になっていく。こころの貧しさから人間らしく……。
 ディーンの方もその姿を見ながら、男として父親としての責任感が生まれてくるのだから、これは大人の成長物語でもある。

 そしてふたりにとって最高の日に、アニーではなくジョアンナとしての現実が戻ってくる。
 元の生活に戻されたジョアンナが、母親としての“愛”と妻としての“愛”を取り戻せるのか。
 ラヴコメ王道のラストは心地よい。

 名子役で名を馳せ「猿の惑星」のコーネリアス役でも有名なロディ・マクドウォールが、製作総指揮を兼ねながらジョアンナの執事に扮しているのだが、英国人らしい格調で味のある演技を披露してくれる。

「めぐりあう時間たち」

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THE HOURS
監督:スティーヴン・ダルドリー
脚本:デビッド・ヘア
原作:マイケル・カニンガム、ヴァージニア・ウルフ
出演:ニコール・キッドマン、ジュリアン・ムーア、メリル・ストリープ 
   エド・ハリス、ジョン・C・ライリー、アリソン・ジャネイ

☆☆☆★ 2002年/アメリカ/114分

    ◇

 これは人生をじっくりと考えたい方向きの映画。
 人生って何? 何のための人生? 誰のための人生? 自分らしく生きるって何?

 だから、ひとりで暗い映画館の中で感じたい映画。
 現状ではDVD鑑賞になるだろうから、部屋の明かりは暗くして………。

  ☆    ☆

 3つの時代( 1923年、1951年、2001年)の、あるたった一日の出来事を同時進行で見せていく手法が面白く、タイトルまでの映像でワクワクする。
 三人の女性の生活と心理が交錯しながら描かれ、最後のある一点で結ばれる。人生の不可思議さか。
 ストーリーが少し難解に思えたのは、ヴァージニア・ウルフや彼女の書いた小説「ダロウェイ夫人」の事を知らないからだろうな。

 3人のアカデミー賞女優の競演は見応え十分。
 メリル・ストリープの達者ぶりは云うまでもないが、この映画で2003年のアカデミー主演女優賞に輝いたニコール・キッドマンが、魅力的な少し上向きの可愛らしい鼻を鷲鼻の容姿にしての変貌ぶり。メイキャップにも驚くが、彼女にはちょっと可哀想。
 そしてジュリアン・ムーアは、その静かな演技に目を見張る。心理の具合が透けて見えるのは、お見事のひとこと。

 そして3人の女優ばかりではなく、それぞれの相手役の男たちがいいよね。
 特にエド・ハリスの演技は圧巻。

 時間の糸が交差するラスト近くは、鳥肌がたつ程に………。

ブルース・ロックはトリオで/レズリー・ウエスト最新作



 ROCKバンドでトリオと云えば、まずはクリームでしょうか。
 5月2日から4日間、ロンドンはロイヤル・アルバート・ホールで37年ぶりの復活コンサートが行われた。ジャック・ブルース、エリック・クラプトン、ジンジャー・ベイカーが揃ってステージに立つなんてまさに奇跡の夜だったようです。
 友だちの友人がプラチナ・チケットを手に入れ全公演を見て来たそうで、何ともうらやましい話を、先週聞いたばかり。まぁ、BSでテレビ放映があるらしいので、それでガマン、ガマン。

 73年5月の武道館に立っていたのは、ベック・ボガート&アピス。ジェフ・ベックのお決まりで、2作品で解散する短命バンドだったが、忘れられないなぁ。
 
 巨漢レズリー・ウエストのファズが唸っていたのがマウンテン。クリームのプロデューサーだったフェリックス・パパラルディが、自らベースギターを担当して夢よもう一度と創ったハードロック・トリオ。(後に4人編成になりますが)
 いっちゃん好きだな。69年から74年までの活動期間中、ヘヴィなブルース・ロックばかりでなく、メロディアスな作品も忘れ難く、また印象的なアートワークもそのひとつで、主なオリジナルアルバムにイラストを描いていたゲイル・コリンズはパパラルディの妻だったのだが、83年にパパラルディを射殺するというショッキングな事件を起こしました。

 それでもって写真は、いまや巨漢とは呼べないレズリー・ウエストの最新ソロアルバムGOT BLOOZE
 全曲ブルースのカバーを含めてブルース・ロックばかり。驚くのはトリオのメンバー。
 ブルース・ロックの大御所ジョン・メイオールのバンドからフランク・ザッパやジェフ・ベック、ジェファーソン・スターシップ、ホワイト・スネイク等でドラムを叩いて来たエインズレー・ダンバー
 ベースは、先のベック・ボガート&アピスのティム・ボガートなのだ。
 まぁ、あんまり詳しくは書かないけれど、とにかく凄いメンバーなのよ。

 大きなホールで演奏をするようなものではないが、クラブ・サーキットしながらバリバリギターを弾き続けていて欲しいな。ジャケ中に写っている、チャーリズ・エンジェル時代のファラフォーセット・メジャーズ似の奥方のためにも(笑)。

「霧の旗」*西河克己監督作品

監督:西河克己
脚本:服部佳
原作:松本清張
出演:山口百恵、三浦友和、三国連太郎

☆☆☆★  1977年/東宝/95分

    ◇

 松本清張原作のミステリーで、映像化は映画とドラマで4回あるが、これはやはり1977年の山口百恵版だろう。
 アイドル山口百恵が8作目に出演した映画が社会派ミステリー。アイドル映画の範疇を超える出来上がりで、百恵映画の中では一番好きだ。(もちろん原作が好きだと云うこともあるが……)

 東京の有名な弁護士大塚欽三(三国連太郎)のもとに、九州から柳田桐子(山口百恵)という女性が尋ねてくる。桐子の兄正夫(関口宏)が金貸しの老婆殺害で無実の罪を着せられているという。大塚は高額の弁護料を理由に弁護を断り、失意の中桐子は故郷に帰ることになる。
 その後、死刑判決が下った正夫が刑務所内で病死。
 桐子からの恨みがましい手紙でそのことを知った大塚は、何かこころに感じるものがあり、九州から事件の記録を取り寄せ独自に調べてみると、やはり冤罪の可能性を見つけることになった。
 一方、上京をした桐子は、銀座のバーで働く同郷の信子(児島美ゆき)と同居しながら、同じバーで働いていた。信子が恋焦がれているマダムの弟健次(夏夕介)は、大塚の愛人・河野径子(小山明子)が経営するレストランで働いていて、健次は径子を愛していた。
 ある夜信子から健次の尾行を頼まれ、あるマンションに赴いた桐子は、そこで健次の死体と怯える径子を見つける。径子から証人を頼まれる桐子はその場で快諾はするものの、ある考えが頭に浮かぶ………。
  
 松本清張の作品は犯人探しよりも日常の中から生まれる犯罪、人間のこころの中に潜む闇の部分に焦点を当てたものが多く、この原作も、孤立した人間の影の部分をじっくり描いている。

 山口百恵の役者としての資質も本物で、今、二十歳そこそこのアイドルがここまでの役を演じることができるかどうか。この時百恵は確か18歳。銀座のホステスと場末のホステスを演じ分ける風格さえある山口百恵だ。
 雑誌記者の阿部(三浦友和)が場末のバーで働く桐子を救い上げるかのように雨中でプロポーズをするが、桐子はそれを振り叩き、彼からもらった唯一の信頼関係を保つ手紙を静かに破りすてるシーンは、復讐だけに生きる女の情念の炎を百恵の眼のなかに見ることができる。

 それにしても桐子の恨みが凄過ぎる。同じ苦しみを弁護士に与え失脚させるまでの要因が、たったひとりの兄を愛していただけのことなのか。拘置所にいる径子は生きていて、愛する兄は死んでしまっている不公平さだけなのか。 ストーリー(原作)としての問題点はある。たったひとりの女が企てる理不尽な制裁では弁護士もおちおちと仕事を選べないし、大体、地方の警察とはいえ、単純な捜査ミスで早々と死刑判決がでるのかどうか……。しかし、それがどうした、と言えるだけの説得力もある。

 ちなみに、もう一本ある映画化は1965年の山田洋次監督の倍賞千恵子版。 
 テレビドラマ化は、1997年に仲代達矢と若村麻由美の子弟共演と、2003年に古谷一行と星野真理で制作されている。
 それぞれ、女の恨みの怖さが十分に表れた作品だった。 若村麻由美は美し過ぎるが貫禄はGood。

「ミリオンダラー・ベイビー」



Million Doller Baby
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ポール・ハギス
原作:F.X.トゥール
出演:ヒラリー・スワンク、クリント・イーストウッド、モーガン・フリーマン

☆☆☆☆★  2004年/アメリカ/133分

    ◇

 初日のレイトショーで観た。帰り道は無言。日にちが経つごとに心のなかに沈澱してくる作品だ。  
 
 ボクシング映画でも、サクセスストーリーでもないことはわかっていた。だから、こんな展開になるのか。ネタバレになるから何も書けないこの展開は困る。嫌いじゃないだけに……本当に、困る……。
 
   ◇       ◇
 
 負の人生を歩む人間たちの物語だが、決して“負け犬”なんかじゃない。
 背負った人生を、どう生きていけばいいのかってことだ。

  “タフなだけではボクサーにはなれない(生きてはいけない)”

 ハードボイルド風のこの一節がそのまま当て嵌まる3人の人生物語。
 
 実にシンプルに、静かに進行していく演出は、イーストウッドの老練さ。
 モーガン・フリーマンの深く渋いモノローグは「ショーシャンクの空に」のように味わいがあり、最後はまるで神の声に聴こえる。
 ヒラリー・スワンクは本物のボクサーだ。彼女こそ肉体派女優と呼べるだろう。モーガン・フリーマンとヒラリー・スワンクのふたりがアカデミー賞に輝いたことは当然。ここまでされたら………異存はない。

 本当の家族の残酷な仕打ちは、血の通わない者同士の絆を強める。血が通わないからこその、いたわりと愛情の深さ。そんな思いがぎゅっと凝縮されている。
 フランキー(C・イーストウッド)とマギー(H・スワンク)の関係と同じくらい、スクラップ(M・フリーマン)がデンジャーを見る目の優しさにも安堵をおぼえる。

 そして、最後に観客の心に残すものは、半端なものじゃない。
 ただその結末は、前回の「ミスティック・リバー」の暗澹たる終わり方よりも神聖な感じを受ける。それは、魂の居所がしっかりと観客のなかに収 まり、純粋さだけが残るからなのだろう。魂の浄化と呼んでもいいかもしれない。だから、イーストウッドとカトリックの神父とのシーンがいく度となく出てくるのが重要になってくる。

 ラストカットの曇りガラスが、深い余韻で滲んでいる。