TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「仁義なき戦い 広島死闘篇」*深作欣二監督作品

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原作:飯干晃一
監督:深作欣二
脚本:笹原和夫
出演:菅原文太、北大路欣也、梶芽衣子、千葉真一

☆☆☆☆ 1973年/東映/100分

    ◇

 32年前、今までの活劇映画では見られなかった凄い映画が封切られた。グラグラ揺れる画面、叩き付けられるストップモーション画面に身震いした「仁義なき戦い」の登場だった。
 群像劇の確たる地位をおさめたその第1作に続いて、休むことなく製作されたこの作品は、一転、フィルムノワールの空気が漂うドラマ性豊かなものとなっている。

 鉄砲玉として儚く散ったひとりの若者・山中正治(北大路欣也)の生き様と死に様にスポットをあてたドラマは、村岡組組長の姪でありながら一途な愛に耐える女・靖子(梶芽衣子)の存在で悲劇性を高めている。こんなにも切ないメロドラマになっているのも、ひとえに梶芽衣子の熱演ぶりだろう。
 山中正治の対極にいる大友勝利(千葉真一)の“狂気ぶり”も凄いし、この作品で表舞台に躍り出た川谷拓三の名シーンとも云われるボロ切れのように殺される姿がいかにも哀しい。

 そして、もっとも忘れ難いのが土砂降りのクライマックスシーン。警官隊に追いつめられた山中の心情が高感度フィルムに焼き付けられ、そのザラついた画面には悲哀しか写らない。

 広能(菅原文太)と山守組を狂言廻しの存在にした番外的な作品になってはいるが、シリーズ最高傑作と断言しても誰の異存もないだろう。
 “仁義なき戦いシリーズ”なら、これだけは観るべし。

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アタタカナ休日

 愛知万博「愛・地球博」が始まって3日目。初日・二日目は、予想に反して大幅に少ない来場者。寒い二日間だったこともあるのだろうが、それよりも開催前に行われた内覧会での混乱で出足が鈍っているのだろうな。近くにある、交通渋滞緩和のためのパーク&ライド駐車場(万博会場へのマイカー来場が禁止されているので、このP&R駐車場から無料のシャトルバスが出ている)もガラガラだった。隣接しているビデオ屋へ行くのに渋滞を懸念していたのだが、なんとも拍子抜けの週末だった。今日の日曜日は、気候も良く暖かな一日になりそうなので出足が伸びるのか?でも、さっき車で走ってきた状態では普段の日曜日より車の数が少ないのだが……。みんな、どこへ行ってるの?

 GWは去年につづいてニューヨークへ遊びに行く。2月のはじめにいつも利用する代理店に予約を入れていたのだが、今年はニューヨーク行の人がますます多いようで、なかなか希望通りにはいかなかった。ANAにはいつもの安いツアーがないし、JALは日程が公開された時点で予約で満杯。どちらも高いツアーから売りに出すため、格安狙いには厳しい。昔はどんな航空会社でもいいやと思っていたのだが、日本の航空会社の贅沢(とは云っても、あくまでエコノミークラスでの話)を覚えるとそうもいかないな。結局、今回はアメリカン航空を利用するのだが、JALの方がスケジュール的にベストなのがあったので、残念。



 さて、ニューヨークと云えば摩天楼。
 そして、KING KONG。(古~い!?)
 このBARBIE 、ジェシカ・ラング似なので去年連れてきた。76年のリメイク版はエンパイアではなくて、ツインタワーでしたが……。
 映画はジェシカ・ラングのデビュー作で、散々な出来で彼女の不遇時代をつくってしまった。
 美人なだけではうまくはいかないです。3年後の「オール・ザット・ジャズ」で再起。「トッツィー」と「女優フランシス」で開花したのは当然でしょう。
 サム・シェパードとのパートナー生活が、知的女優らしくていいです。

    ◆     ◆

 このブログを始めるとき、ブログ・ジャンルを決めるのに悩んだ。いろんな事を書きたくて、音楽、映画と決めつけられないと思っていたのだが、今日まで書いてきて判断できるのは映画関連の話が多いな、と云うこと。で、今日から「映画ブログ」のジャンルに変更することにした。これでどう変わるというものでもないが、やはり映画の話の方が書き易いのかなぁ~。

「曾根崎心中」*増村保造監督作品



原作:近松門左衛門
監督:増村保造
脚本:白坂依志夫、増村保造
音楽:宇崎竜童
出演:梶芽衣子、宇崎竜童、井川比佐志、左幸子、橋本功

☆☆☆☆ 1978年/日本・ATG/112分

    ◇

 1978年、それまで「さそり」の松島ナミや「修羅雪姫」のお雪といったアウトローな女のイメージが焼き付いてしまった梶さんが、自ら企画して制作されたのが近松門左衛門の古典・お初と徳兵衛の「曾根崎心中」。日活時代から憧れだった増村保造監督の手によって、梶さんにまたひとつ代表作が生まれた。
 共演の徳兵衛役は、旧知の仲でありこれが映画デビューになるダウン・タウン・ブギウギ・バンドの宇崎竜童。それまで強面のイメージだった彼が初めてサングラスを外して現われたのだが、なんとも、梶さんとは対照的に優しい眼をしていた。音楽も宇崎竜童が担当し、そのロック調のリズムが従来の古典作品の先入観を覆した。梶芽衣子にしろ宇崎竜童しろ、かなり現代的なふたりで創られた古典だから、心中モノの情緒感をいっさい省いた演出はドライだ。

 映画は、曾根崎の森に心中に行くふたりの道行きから始まる。梶の眼光は、終始思い詰めたそれであり、常に“死”を恐れない強い女の眼差しを徹底的に印象づける。『女の意地』のため、恋に殉ずる究極の美学として徳兵衛に“死”をせがむ。きらきらした眼のクローズアップに魅了される。抑揚のない発声で喋る台詞にも凄みがあり、好いた徳兵衛を散々な目にあわす憎い九平次に対して啖呵をきるところは、鬼気迫る圧倒的な迫力があった。

 女を描いて定評がある増村保造監督の作品には、強い女性が登場する。「でんきくらげ」の渥美マリは肉体を武器に闊歩する自立した女。「痴人の愛」の安田道代(現・大楠道代)は自由奔放に生きている。「大地の子守唄」の原田美枝子は、13歳で売春宿に売られた少女として過酷な運命に力強く立ち向かい生き抜いた。みんなそれぞれ、肉体を通じてエネルギッシュに女の情念を見せつけ観客を圧倒していた。
 そして「曾根崎心中」の梶芽衣子。底辺で生きる女の意地と、恋の主導権を握る強い女を見事に演じ、この年の各映画賞で主演女優賞を獲得した。


「あの頃ペニー・レインと」*キャメロン・クロウ

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ALMOST FAMOUS
監督・脚本:キャメロン・クロウ
出演:ビリー・クラダップ、ケイト・ハドソン、フランシス・マクドーマンド
   フィリップ・シーモア・ホフマン

☆☆☆☆ :2000年/アメリカ/123分

    ◇

 映画に登場する伝説のロック・ジャーナリスト、レスター・バングス(フィリップ・シーモア・ホフマン)の言葉を借りれば、1973年にはロックの全盛期は過ぎていた。ウッドストックが終わりフラワームーヴメントも過ぎ去った70年代初めには、ジミヘンやジャニスやジム・モリソンの屍しかなく、ピースサインの虚飾が剥がれ《セックス、ドラッグ&ロックンロール》のバカ騒ぎで終焉を迎える時代に入っていた。しかし、その時代に生きていたぼくらにとってロックは、まだまだ自由を与えてくれる存在だった。
 
 厳格な大学教師の母エレイン(フランシス・マクドーマンド)と折り合わず、家を出て行く姉アニタ(ゾーイ・デシャネル)の影響でロック好きになるウィリアム(パトリック・フィジット)。アニタが弟にささやく言葉がいいね。
 「ベッドの下を見て。自由が見つかるわ」
 そこには、ストーンズ、ツェッペリン、クリーム、ディラン、J.ミッチェルにフーのレコードがあった。
 69年、サイモン&ガーファンクルの「ブックエンド」のレコードを見て、母が「マリワナやってる目よ」って云う。自由の国アメリカだって、たった36年前までは好きな音楽も自由に聴けなかった人たちがいた。

 ローカル紙に載ったウィリアムの音楽評論が、大手音楽雑誌『ローリング・ストーン』誌のスタッフの目にとまり、原稿依頼としてブレイク前のバンドのツアーに同行しながら記事を書く事になる。ウィリアム若干15歳の時で、キャメロン・クロウ監督の実際のエピソードだ。アメリカのジャーナリズムの凄さは、書き手のネームバリューではなく、記事の内容が評価されることだ。だから、15歳の音楽ジャーナリストが生まれることになる。
 レスターがウィリアムに、「好きなバンドなら、正直に、手厳しく書け」とアドバイスを贈る。評論・批評の基本だ。

 バンド・ツアーに同行するミューズのペニー・レイン(ケイト・ハドソン)。本名は誰も知らないが一目を置かれている存在。彼女への淡い恋心と、バンドのリーダー・ラッセル(ビリー・クラダップ)との間に生まれる年齢を超えた友情などを盛り込んだ、青春ロード・ムービーとなっていく。

 この映画は、音楽はもちろん、ファッションや若者の行動にしろ、70年代の空気を運んでくれるが、あの時代を知らない人たちにはどんな風に写る世界なのだろうか。例えば、“グルーピー”と“ミューズ”。ペニー・レインに云わせると、“グルーピー”は「自慢するためにロックスターと寝る女たち」で、“ミューズ”は「音楽のインスピレーションを与える存在」と云う事になるが、ミュージシャンたちにとってはどちらもセックスの相手になることでは同じで、結局は、利用され捨てられる存在だ。
 ぼくは、当時周りにいた女の子たちを思い出した。有名バンドのミューズだった女の子もいた。ペニー・レインのように本名も知らないカリスマ的な女の子もいた。そういった女の子たちを肯定も否定もしないが、バンドの共同体として疑似家族を形成していたのは確かだ。

 あの時代を連想させるエピソードも豊富だ。演奏中に感電するシーンではストーン・ザ・クロウズのギタリスト、レズリー・ハーヴェイを思い出し(72年に感電死)、雷雨の中の飛行機シーンはレイナード・スキナードの忌まわしい事故が頭に浮かんだ。また、同行するバンドのスティール・ウォーターのポスターが、オールマンズのフィルモアの裏ジャケだったりするのはご愛嬌か。

 はじめに70年代はロックの終焉と書いたが、それでもやはり、映画の中に流れる当時の曲たちの何と輝いていたことか。いくつかの曲を聴きながら、切ない思いになるのはぼくだけではないだろう。

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《MUSIC》

Simon & Garfunkel ◆ "America" 

The Who ◆ "Sparks" 

Todd Rundgren ◆ "It Wouldn't Have Made Any Difference" 

Yes ◆ "Your Move" "Roundabout"

The Beach Boys ◆ "Feel Flows" 

Black Sabbath ◆ "Paranoid"  "Sweet Leaf" 

Jethro Tull ◆ "Teacher" 

Rod Stewart ◆ "Every Picture Tells A Story" 

Joni Mitchell ◆ "River" 

The Allman Brothers Band ◆ "One Way Out" 

Lynyrd Skynyrd ◆ "Simple Man" 

Little Feat ◆ "Easy To Slip"

Elton John ◆ "Tiny Dancer" 

Guess Who ◆ "Albert Flasherr"

Fleetwood Mac ◆ "Future Games"

David Bowie ◆ "I'm Waiting For The Man" 

Neil Young ◆ "Everybody Knows This Is Nowhere"

Free ◆ "Wishing Well"

Led Zeppelin ◆ "That's The Way"  "The Rain Song"
"Misty Mountain Hop" "Tangerine" "Bron-Yr-Aur"


ツェッペリン本



 シンコー・ミュージック・エンタテイメントから、レッド・ツェッペリン・コレクターズCDガイド『BOOT LED ZEPP / vol.1』なる本が出た。パート1ということで、まずは1968~1970年までのツェッペリンのライヴ活動の検証とデータが掲載されている。
 70年代のロック中年世代をターゲットにした出版物が氾濫する昨今、出るべくして出たと云えるかもしれないが、それにしても、大手出版社から堂々と海賊盤のガイド本が発売されたことになるのだから驚く。たしかに、イントロダクションに『ゼップの全ライヴ活動の、データ整理実現のための非公式音源取扱いであって、販売・購入の促進が目的のかぎりではない』云々と書かれてはいるが、表紙に“コレクターズCDガイド”とも堂々と書いてあるのだからね(笑)。
 細かなデータに関しては不満があるので実質的なCDガイドとは云えないが、全頁フルカラーでジャケット写真が網羅されヴィジュアル的にも見応えがあり、各日のライヴパフォーマンスの様子が簡単に解説されている。

 もう一冊は、講談社から発売されている『ロック栄光の50年』のvol.02。
 この手の雑誌って、例えば『20世紀の何やら』とか『映画100周年何とか』という定期購読本は、買い出したりするとあとの保管に困るのです。専用バインダーがあっても、それを置いておく所に大変困る。子供の頃に親に買ってもらったジャポニカとか百科事典が今時ジャマくさいのと同じで、買った当初だけ目を通すに終わってしまうんだよな。だから、創刊号の64年:ビートルズの特集も買わないことにして、こうして特集によっては買うことにする。
 まぁそれにしてもこの雑誌、中高年をターゲットにしているだけあって気をつかっています。記事本文の行間の広いこと、広いこと……大変読み易いです(笑)。31頁はちょっとバカにされている感じですが。絵本じゃないんだから、この活字の大きさはないだろう………笑。

「10日間で男を上手にフル方法」*ドナルド・ペトリ



HOW TO LOSE A GUY IN 10 DAYS
監督:ドナルド・ペトリ
原作:ミシェル・アレクサンダー&ジーニー・ロング
出演:ケイト・ハドソン、マシュー・マコノヒー、キャスリン・ハーン
   アニー・パリッセ

☆☆☆★ 2003/アメリカ/116分

    ◇

 ニューヨークが舞台の映画と云うだけで、内容も出演者も知らずに観た。だから、原作がアメリカでベストセラーになったなどということも知らないのだが、アメリカ人が好きな“HOW TO”をパロディにしたことが売れたのだろうな。
 
 映画は、女性雑誌社と広告代理店に勤める男女のお話に合わせ、ポップで明るくお洒落なタイトルで始まる。
 雑誌社に勤める新米ライター・アンディ(ケイト・ハドソン)は、お硬い政治ネタを熱望するがいつまでも“HOW TO”ものばかり書かされ、今月もなかなかテーマが決まらなかったのだが、ひょんなことから友人ミシェルの男との失敗談から、男性と別れたい女性のために『10日間で男を上手にフル方法』という企画を書くことになる。
 一方広告代理店に勤めるベン(マシュー・マコノヒー)は、独身生活を謳歌しながら女性を引き付けることにかけては自信満々の男。そんな彼は、上司と“10日間で恋人をつくる”という賭けで、同僚に取られかけている仕事を取り戻そうとする。
 お互いタイムリミットは10日間。そんなふたりが出会い、恋のゲームがはじまる……。

 さあ、アンディの行動は、いかに相手に嫌われる言動をするかなので、アノ手コノ手と男性に嫌われる方法を伝授してくれます。とにかく、そのネタたるものや抱腹絶倒。笑いながら、心当たりにドキッとした女性も多いかも。こういったドタバタ、好きだなぁ。
 ケイト・ハドソンがとてもキュートで可愛らしい。演技力もしっかりしていて、母親(ゴールディ・ホーン)譲りのコメディエンヌぶりをいかんなく発揮してくれる。もちろん30年前なら、絶対に、大好きなゴールディ・ホーンが演っているはずだ(笑)。

 さて、逆にベンの方は絶対に別れられない。だから、こんな女の気まぐれに振り回されながらも必死に耐えなくてはならない。この“別れてみせる”と“別れるものか”のせめぎ合いがなんとも滑稽。女性から見たら、こんなわがままも許してくれる男性は理想だろうか。男性から見たら、こんなとんでもない女の見本市でも、可愛いけりゃいいか?そんなことないわな。
 逆説的に、恋を続ける難しさを教えてくれる恋愛マニュアル。ゲームで始めた恋の顛末もラヴ・コメディらしいラストだが、爽やかでいいんじゃないでしょうか。
 ニューヨークの空気がビシバシ伝わるし、珍しいスタッテン島の風景も見ることが出来て、十分楽しめる映画です。

 ところで、タイトルの「フル方法」は「フラれる方法」なのでは? 
 これも女性の意地なのか………。

踊りましょうよ、中川梨絵




 1976年、女優・中川梨絵さんが出した唯一のレコード「踊りましょうよ」。B面の「さすらいのトランペッター」ともに彼女の作詞・作曲で、小室等とムーンライダースが編曲に関わっている。演奏もムーンライダースと思われる。デカダンスの香りがするミディアムな曲で、梨絵さんの甘い歌声が素敵だ。

 森崎東監督の5年ぶりの劇場公開作品「ニワトリはハダシだ」のキャスティングの中に、中川梨絵という懐かしい名前を見つけた。
 東京生まれの彼女は、東宝において成瀬巳喜男監督の「乱れ雲」('67)で映画デビューをしている。鳴かず飛ばずのまま東宝を退社し1972年に日活に入社するのだが、その時の日活はロマンポルノ路線を打ち上げていた時だったことから、必然的にポルノ女優として再出発したわけだ。
 大きくクリッとした眼と鼻すじの整った美人の顔立ちに甘い声で、初期のロマンポルノのスター女優のひとりとなったのだが、初主演作の「OL日記・牝猫の匂い」('72)が摘発・押収されたことからいきなり注目を浴びていた。残念ながらぼくはこの作品を観てはいない。

 梨絵さんを初めて観たのは、藤田敏八監督が初のロマンポルノのメガホンをとった「八月はエロスの匂い」に続く2作目「エロスの誘惑』('72)だった。吹きだまりの倉庫街に集まる冴えない男女の、虚無的日常と性を淡々と描いていた。ちなみに、翌年に作られた同監督の「エロスは甘き香り」は、桃井かおりの唯一のロマンポルノです。

 梨絵さんの作品で一番忘れられないのが、神代辰巳監督の「恋人たちは濡れた」('73)。この映画はロマンポルノという枠を外して、70年代を浮遊する若者の心象をとらえた青春映画の傑作と云いたい。70年代のはじめ、学生運動の挫折から生み出された“無気力”“無感動”なシラケ世代の姿を見事に映しだしている。
 海沿いの田舎町で、映画館のフィルム運びをしている若者がいる。故郷であるこの街で誰も彼の過去を知らないのだが、なにかしらに傷ついて町に帰ってき たらしいことが伺える。過去も未来もなく意味のある行動も何も無いこの男は、ただヘラヘラと薄笑いを浮かべながら、自分の存在を否定しながら生きている のだ。その男が、同じ匂いを持つ女・洋子(中川梨絵)に恋をし始め、ある日、「人を殺してきた」と打ち明けた瞬間、いままで自己否定してきた男の存在理由が肯定されることになり、全てが終わる。自転車の二人 乗りの最中に、路地から出てきた男のドスに刺され、女とともに海に沈んでいくラストシーンは、アメリカンニューシネマの如く鮮烈な終幕であった。
 この映画の中で印象的なのは、砂浜で全裸の男女3人が延々と馬跳びをするシーン。これは目的のない、意味のない行動をし続ける若者たちの心象をとらえたもので、この後作られた神代監督の傑作「青春の蹉跌」('74)で、ショーケンに「エンヤ~トット、エンヤ~トット」と呟かせるシーンとともに、カッタるい日 常をイメージさせる名シーンであった。

 さてもう1作品、神代監督で作られたのがマルキ・ド・サドを翻案した「女地獄・森は濡れた」('73)。これは、またまた警視 庁の標的となり上映中止にされた曰くがあるが、現在はDVD で一般発売(成人指定)されている。

 梨絵さんが出演したロマンポルノは12~3本で、その中で代表作と云われているのが田中登監督の「女郎責め地獄」('73)。タイトルからSM映画 を連想させるが、まったく違い、映像美にあふれた時代劇だった。彼女と関係した男は次々と死んでいくことから“死神おせん”と呼ばれている女郎を中心にした郭話で、美しさと妖しさを生身の人間らしく演じた梨絵さんの最高に魅力あふれた作品だ。

 このあと、大和屋竺監督の「愛欲の罠~朝日のようにさわやかに」('73)にゲスト出演(白痴の娼婦役)したあと、とっておきの時代劇がある。
 ATG作品の黒木和雄監督「竜馬暗殺」('74)だ。
 原田芳雄の坂本竜馬、石橋蓮司の中岡慎太郎で、暗殺される最後の3日間をモノクロ映像で描いた作品。これも先の神代作品と同じように、終わってしまった60年安保から、70年代の虚無感を染み込ませた斬新な竜馬映画だった。とにかく男たちがカッコ悪いのだ。
 梨絵さんの役は、竜馬が隠れている蔵の隣にいる女郎・幡。ケラケラ笑ってばかりいる女郎だが、美しさは絶品。印象的なのが、竜馬、中岡そして松田優作が扮する幡の弟で勤王のテロリスト右太らと記念写真を撮っているシーンと、そのあとに映る彼女の表情です。

 その後は、東映の任侠ものや松竹の喜劇に出演するのだが、次第にスクリーンから消えてしまった。そして1985年、突然スクリーンに姿を現したのが、相米真二監督の唯一のロマンポルノ「ラブホテル」であった。これは石井隆の脚本で、ヨコハマ映画祭で作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞・新人女優賞を獲った石井隆の世界の最高作品だ。石井隆ならではの名美と村木のメロドラマで、梨絵さんの役は名美の不倫相手であるアパレルオーナーの妻。名美を追いかけ回す少しヒステリックでコミカルな演技をしていた。

 いま現在、同時代に活躍した白川和子や絵沢萠子、山口美也子、宮下順子、風祭ゆき、岡本麗らがしっかりと映画やドラマを支えているのだ。梨絵さんがまた、このまま消えてしまうのではあまりにもったいないと思うのだが……。


「マンハッタン殺人ミステリー」*ウディ・アレン



Manhattan Murder Mistery
監督:ウディ・アレン
出演:ウディ・アレン、ダイアン・キートン、
アンジェリカ・ヒーストン、アラン・アルダ

☆☆☆★ 1993年/アメリカ/109分

    ◇

 ウディ・アレンのとっておきのミステリーコメディは、ボビー・ショートが歌うコール・ポーターのI Happen To Like New Yorkからはじまる。くっきりとライトアップされたマジソン・スクェア・ガーデンの空撮からしてドキドキしてしまう。ウディ・アレンの小難しい会話は苦手と云う人でもこの映画は楽しめる。音楽と風景も最高です。
 
 アイスホッケー観戦のラリー(ウディ・アレン)とキャロル(ダイアン・キートン)の会話で倦怠期の夫婦とわかる。アパートメントに帰ってくると隣室の老夫婦にお茶を誘われるのだが、「今夜はボブ・ホープの映画を見よう」と決めていたラリーはハウス氏の趣味には上の空。早く帰りたいのにキャロルは全然察してくれない………。冒頭からここまでの笑いでこの作品に嵌まった。
 さて翌日、隣室の老婦人が心臓マヒで亡くなるのだが、ハウス氏の明るい振る舞いを見てキャロルが不審を抱くことになる。何かにつけてハウス氏を疑ってかかるのだが、これがまた本気だから面白い。キャロルは自分に好意を持っている友人の劇作家テッド(アラン・アルダ)と仲良く探偵気取り。夫のラリーは少し嫉妬が……このあたりのドタバタも面白い。
 そして、次第にキャロルのペースになり、編集者のラリーが担当する女流作家マーシャ(アンジェリカ・ヒューストン)を交えて4人で事件の解明へ乗り出すことになる。

 ミステリーとはいっても意外な犯人やトリックなどはなく、ヒチコック風味のサスペンス度もなんとなく凡庸なんだけど、これはコメディの味付けとして見るべきもの。描いているものは、中年夫婦の日常風景とニューヨークのアッパークラスの人間たちの姿だ。夜のレストランで作戦会議なるものを繰り広げるシーンが最高で、饒舌な登場人物たちが実に魅力的だ。

ウディとダイアン・キートンとのコンビは「アニー・ホール」「マンハッタン」も最高にステキだが、大笑いできるのはこの作品。


70年代のヒロイン梶芽衣子 2

 1974年2月、池袋文芸座の地下で、藤田敏八監督の「非行少年・陽の出の叫び」「非行少年・若者の砦」「野良猫ロック・ワイルドジャンボ」「野良猫ロック・暴走集団'71」「新宿アウトロー・ぶっ飛ばせ」の5本をオールナイトで一挙に観た。梶さんのもうひとつの代表作との出会いで、始発電車が走る前の朝方、映画館の外へ出た時にはかなり高揚した気分だった。
 「野良猫ロック・ワイルドジャンボ」は、梶、藤竜也ら4人の若者集団の青春映画っぽいスケッチからはじまる。そして白馬に乗った范文雀の登場で、宗教団体から大金を強奪する話になっていく。この美女の誘惑に地井武男らが振り回され破滅の道を爆走する。范さんが大人の女を演じ、梶さんはかなり軽薄な不良少女役。これは、范文雀&地井武男の物語で、梶さんは范さんに絡んでばかりです。范文雀さんは、映画デビューがシリーズ第1作の「女番長・野良猫ロック」で、全5作中4作品に出る準レギュラーだった。范さんも眼に魅力のある人で、現在ぼくが応援サイトを開設している女優・余貴美子さんの従姉妹だが、残念ながら2002年にお亡くなりになりました 。
 「野良猫 ロックシリーズ」は、長谷部安春監督の第1作を含め「野良猫ロック・セックス・ハンター」「野良猫ロック・マシンアニマル」と何度も観ることになる。何が魅力だったか……それは『体制への反逆』の一言に尽きるかな。

 「仁義なき戦い・広島死闘篇」での梶さんは、男ばかりの出演者の中での存在感が際立っていた。そして「修羅雪姫」(藤田敏八監督)と「無宿〈やどなし〉」(斉藤耕一監督)。「修羅雪姫」は原作の上村一夫の絵と相まって、眼光鋭い梶さん以外には考えられないキャスティングで情念の女を演じ切る。「修羅雪姫・怨み恋歌」との2部作は荒唐無稽連続活劇として仕上っており、十分に楽しめる。2001年に釈由美子で再映画化されたものは全然別物だ。
 「無宿〈やどなし〉」は、高倉健と勝新太郎の初共演ということで話題になったが、叙情感たっぷりに“絵”で見せる映画の中、ふたりの男の間でゆれ動く薄幸の娼婦の梶さんが魅力的に描かれていた。ちなみにこの映画の“海底に眠る財宝”“男どうしの友情”“夢”といったキーワードは、ロベール・アンリコ監督の映画「冒険者たち」を連想する。だから余計に頭から離れない作品になっている。

 さて梶さんのテレビ出演が、山田太一脚本の「同棲時代」('73)と向田邦子脚本の「寺内貫太郎一家」('74)だ。
 「同棲時代」の原作は上村一夫の漫画で、映画版は由実かおる出演で当時かなり話題になったもの。テレビドラマ(単発)は、梶さんのそれまでのハードボイルドなイメージを真逆にしたような情緒ある役柄で、江夏次郎の役を沢田研二が扮した。ジュリーと芽衣子の、次郎と今日子の物語で、これは凄いキャスティングです。美男美女です。たしかショーケンも出ていたかな……。
 一方「寺内貫太郎一家」は、毎回西城秀樹と小林亜星とのケンカシーンが有名で、足が不自由な長女の役が梶さんでした。毎回楽しんだ覚えはあるのだが、何だかそぐわなかったなぁ。樹木希林の毎回の「ジュ、リ~!!」と云うセリフも有名です。ドラマ内でハードボイルドに構えていたのが“野良猫 ロック仲間”の藤竜也。やはり、この時代の映画俳優としての顔合わせなのだろう。梶自身のインタビューを読むと、当時彼女はかなり冷めた気持ちでテレビ出演をしていたようで、「テレビ界は単にさそりの梶がホームドラマに出ていると云った面白がりようだった。」と述懐している。もちろん、向田さんのホンは素晴らしいものだったことは認めての発言だ。

 そして、その後しばらく女優として苦しい時期が続き、迎えたのが宇崎竜童と共演した「曾根崎心中」(増村保造監督)。自ら企画を持込んだだけあり、その年の各映画賞を総ナメだった。いままで演じてきた情念の女の集大成 としては当然の帰結だ。ただ、それ以後も現在まで映画には5~6本しか出演していない。90年代からはテレビの時代劇(「鬼平犯科帳」のおまさは適役)の定位置に収まってしまったが、梶芽衣子に限らず、大人の女性が主役の映画を観たいよなぁ。

反体制のヒロイン梶芽衣子1

 梶芽衣子さんは、日本映画で女性のアウトローを最初に定着させた女優だと思う。
 彼女なくして'68~'71年の日活ニューアクションは語れないわけで、その代表作「野良猫ロックシリーズ」は東映の「女番長〈スケバン〉シリーズ」を生み、「さそりシリーズ」へと続いていった系譜でもある。リアルタイムで梶さんの主演映画を最初に観たのは「女囚701号さそり」('72)なのだが、これは「ビッグコミック」に掲載されていた篠原とおる原作の漫画を読んでいたのが見るきっかけだった。だから先に製作されていた「野良猫ロックシリー ズ」は後追いで観ることになる。

 それまでぼくは、もっぱら東宝のニュー・アクション映画を観ていた。加山雄三主演の「狙撃」や「豹は走った」、黒沢年男の「死ぬにはまだ早い」は絶対的に面白かったな。同じく黒沢年男の「白昼の襲撃」などは、'68~'69年に生まれたアメリカンニューシネマの“アンチ・ハッピーエンド”の影響をもろに受けている作品だった。日野皓正のジャズトランペットをテーマに起用したのも、フランス映画「死刑台のエレベーター」などフィルム・ノワールの影響です。日本映画が、めちゃカッコいいと思ったのがこの映画からだ。
 そして同じように作られたのが、日活ニューアクションとしての「無頼シリーズ」と「野良猫ロックシリー ズ」。藤田敏八監督の「八月の濡れた砂」までの3年間、しっかりと“アンチ・ハッピーエンド”映画としてその使命を果たした。で、日活倒産=復興の流れのなかで“日活ロマンポルノ”へと継承される。
 梶さんはと云えば“ロマンポルノ路線”を機に日活を退社し、今度は舞台を東映に移し「さそり」が生まれることになるのです。

 まぁしかし、プログラムピクチャーが日本の映画を支えてきたようなものとはいえ、この「さそりシリーズ」のアバンギャルドな作りの凄いこと。そして渡辺文雄、小松方正、成田三樹夫の悪役ぶりも徹底しているが、それ以上に、梶さんの一言も喋らないクールな芝居と眼の凄みに圧倒されます。まさに“反体制のヒロイン”。映画は、主演女優を見ているだけで快感 になるのです。
 この時代、「仁義なき戦いシリーズ」とともに「さそりシリーズ」が待ち遠しい日々が続くのだが、第4弾の「恨み節」(梶が恋する敵役が田村正和)は、残念ながらかなりパワーが落ちた感じがした。結局これが最終作になったのだが、それでも、梶芽衣子を見るだけには十分な映画だった。だから、その後何度となくリメイクされる「さそり」の松島ナミにはひとつも興味が沸かない。

HOTWAX



シンコー・ミュージックから『HOTWAX』という季刊誌が創刊された。
70年代の日本の映画・ロック・歌謡曲を総合的に研究・紹介していくらしい。

第1号は日活ニューアクション特集で、「無頼」「野良猫ロック」ほか作品完全ガイドになっている。
歌謡曲では筒見京平や安西マリアほか、レアな話が満載。
付録のCDも貴重音源収録だから、70年代ロックオヤジにも堪らない本です。

第2号は梶芽衣子特集だそうだ。
今度、先に書いておこ、っと。