TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

哀悼、ザ・ピーナッツ伊藤ユミ

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2012年6月 姉のエミさんが逝き
2016年5月 妹のユミさんが逝去された

1959年 
愛知の地から瞬く間にスターとなり
世界に羽ばたいた不世出のエンターティナー

昭和歌謡のなかで 
燦然と輝く不動のデュオ“ザ・ピーナッツ”は
圧倒的なスーパースターだった

60年代
TVをつければ必ずどこかで彼女らの歌が流れていた記憶
日本のポップスを語るうえで外すことはできないひとり いや二人だった

残された膨大で多彩なレコーディング曲
アメリカン・ポップスがある
フレンチ・ポップスがある
カンツォーネがある 
ジャズがある
もちろん流行歌がある 

ザ・ピーナッツの数少ないライヴ・アルバムのなかで
1972年のステージを収録した『オン・ステージ』では
当時強勢を極めていたブリティッシュ・ロックをレパートリーに加え
ステージで披露していたことがわかる



[エピタフ]KING CRIMSON


[対自核]URIAH HEEP


 ♪今夜会いましょ メトロの駅で ヨイトナ
    ジャズが呼んでる チョイト 今池で♪

1961年
名古屋築限定で発売された「今池音頭」という曲がある
2007年にCD復刻されたものを聴きながら
愛知の空の下から ご冥福をお祈りします

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麗しき官能の華 中川梨絵、逝く

1974_Ryoumaansatsu_bw.jpg 竜馬暗殺 1974

嗚呼、女優中川梨絵さんの突然の訃報
だれよりも 誰よりも哀しい知らせだ

6月14日 肺がんのため逝去 享年67


大きくクリッとした眼と 鼻すじの整った美人の顔立ちに 甘い声

梨絵さんを初めて観たのは1972年 
藤田敏八『エロスの誘惑』ですっかり虜になった 
つい2ヶ月ほど前に初DVD化となり 再見の悦びを噛みしめていたばかり

後追いで観た加藤彰『OL日記 牝猫の情事』 
浅川マキの「こんな風に過ぎて行くのなら」をBGMに
密室のファムファタルは空っぽのこころを滲ませた
彼女の狂態 クラクラさせられた

神代辰巳『恋人たちは濡れた』は まちがいなく70年代のミューズ
虚無に映し出された愛くるしさが 鮮烈なイメージだった

田中登『(秘)女郎責め地獄』の 台詞まわしと妖しさ
神代辰巳『女地獄森は濡れた』は 変幻自在な声色とイントネーションで魅惑の暴走
大和屋竺『愛欲の罠~朝日のようにさわやかに』でも 狂女の魅力にあふれていた
  
小さな映画館を席巻したロマンポルノのミューズは
新聞の片隅の小さな訃報記事となったけれど 輝ける青春の想い出は大きい
梨絵さんの狂気 官能の華は 永遠である


1974年以降は一般映画にも出演
黒木和雄『竜馬暗殺』では ケラケラ笑いの女郎
瀬川昌治『喜劇 女の泣きどころ』太地喜和子と堂々と張り合う可愛いストリッパー
相米慎二『ラブホテル』や森崎東『ニワトリはハダシだ』でも コミカルな味わい
いつまでも どこででも 麗しさとデカダンな美しさに満ちた梨絵さんだった

テレビでは
『必殺仕置屋稼業~一筆啓上魔性が見えた』沖雅也との美しきふたりのショット

1976年 「踊りましょうよ」を作詞作曲し
その発売記念として渋谷のジャンジャンでライヴを開催
公園通りは彼女のポスターで埋め尽くされた

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ご冥福をお祈りします

★恋人たちは濡れた★
★女地獄 森は濡れた★
★踊りましょうよ★
★エロスの誘惑★

浅川マキ、七回忌

2016年1月17日は 浅川マキの七回忌

こんな風に過ぎてゆきます…

ふたたびの
さよなら あばよ




憂魂、健さん逝く

高倉健vs横尾忠則

悪い夢だろうか
11月10日 高倉健さんが悪性リンパ腫のため逝去された
享年83


永く 日本映画を牽引してきた銀幕のスター健さん
勝さんもいない 裕ちゃんもいない 
最後の映画スターの 最期ですか
哀しいね

無骨 寡黙 不器用
背中で語れる唯一無二の俳優
数多くの逸話が どれもカッコいい
日本人が好きな男の美学を見せてくれた健さん
有り難う



代表作の『日本任侠伝』や『網走番外地』『昭和残侠伝』シリーズのころは中学生だった
見知ったのは 70年代安保の学生運動最中の熱狂的支持のニュース
「平凡パンチ」に載った横尾忠則のポスターや図版をスクラップしていた
『唐獅子牡丹』の主題歌レコードも買った

劇場で健さんの作品を観るようになるのは 70年代になってから
『新網走番外地 嵐呼ぶダンプ仁義』(監督:降旗康男)や『ゴルゴ13』(監督:佐藤純弥)
デューク東郷役は原作者のさいとうたかおが健さんをイメージして創り出したキャラクターでありながら 
映画の出来はいまひとつだったなぁ

あの頃の映画で好きな作品というと
勝新太郎と梶芽衣子との競演で日本版「冒険者たち」を再現した『無宿〈やどなし〉』(監督:斎藤耕一)とか
倉本聰脚本の足ながおじさん『冬の華』(監督:降旗康男)とか
当時の邦画としてハリウッドに引けを取らなかったサスペンスフルなクライムムーヴィー『新幹線大爆破』(監督:佐藤純弥)とか

TVドラマ初出演の倉本聰脚本「あにき」も忘れ難い
大原麗子との兄妹愛 
もう一度観てみたい


ご冥福をお祈りします

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嗚呼! 〝映画監督〟曽根中生

曽根中生氏の突然の訃報

26日 肺炎のため逝去 享年76


鈴木清順の助監督時 脚本家グループ『具流八郎』の立ち上げを呼びかけ

1967年『殺しの烙印』を生んだ

1971年ロマンポルノで監督デビュー

1970年代のロマンポルノでは 多くの作品で楽しませてもらった

いま 印象深く浮かぶ曽根作品

水原ゆう紀の「天使のはらわた 赤い教室」
山口美也子の「新宿乱れ街 いくまで待って」
潤ますみの「現代娼婦考 制服の下のうずき」
中村れい子の「悪魔の部屋」
二条朱美の「色情姉妹」
岡本麗の「モーテル白書」
ひろみ麻耶の「ダッチワイフ・レポート」
サリー・メイの「らしゃめんお万」
立野弓子の「ためいき」

夏純子の「不連続殺人事件」

横山エミーの「ワニ分署」

名作 傑作 駄作………の数々

それら作品に目を凝らしスクリーンに身をあずけていた日々を思い出すいま


1990年代 ふとどこかへ消え……

2011年 ふらりと舞い戻り……

20年以上映画を撮らなかった(撮れなかった)ひと

〝映画監督〟曽根中生

ご冥福をお祈りします

    ◇

★天使のはらわた 赤い教室★
★新宿乱れ街 いくまで待って★
★不連続殺人事件★

哀悼 ・ 個性派、蟹江敬三

突然ですよ

3月30日 蟹江敬三 胃がんのため亡くなった 
享年69

Twitterには多くの数のツイートがあふれている
TVや映画で数えきれないほどの“記憶に残る”芝居を見せてくれていた証であろう

役を“演じる”のではなく 役に“なる”と語っていた
訃報を聞き 思い出されたのは 古い映画の一場面ばかりだった

70年代の蟹江敬三の身体からは“やるせなさ”がにじみ出ていた

神代辰巳監督の『赤線玉の井ぬけられます』(‘74)
宮下順子の情夫で 彼女との激しいやりとりと その後の情話は忘れ難い

長谷部安春監督の『犯す!』(‘76)
リスを大事に育てるトラック運転手の暴漢魔 
映画の半分には登場するが ほとんど喋らない 感情の声さえ発しない
あの鮮烈さはいまでも脳裏にある

曽根中生監督の『天使のはらわた 赤い教室』(‘79)
それまでのギラギラした雰囲気を抑えた芝居
あの頃だと 蟹江敬三ほど しっとりと男の哀しさを出せる俳優はいなかったと断言しよう

柳町光男監督の『十九歳の地図』(‘79)
沖山秀子演じるマリアに想いを寄せる中年男
情けないほどやるせない男の姿は絶品!
「どういう具合に生きていったらいいのか……わかんねぇなぁ」名科白!



70年代 キネマ旬報連載の「ニッポン個性派時代」インタビュー
「天使のはらわた 赤い教室」を奥さんと映画館に見に行ったと…
ひとりじゃ危ないから一緒にと…
女が見ても面白かったみたいで、奥さん、涙を流していたと 語っていた

20代ではね 芝居ばかりやってきたでしょ 生活だのなんだの関係なく
30代ではね なんていったらいいのかナ…
ま、40代で花開きたいと思うわけですよ
いい仕事できたらなァって…
それまでのね 30代のうちに何でもやろうと思いますね


80年代 まだまだ言い尽くせないほどの作品があるが やめよう
作品は 観ることで成仏する
あした 何か観てみよう

ご冥福をお祈りします

サヨナラ、安西マリア



2月20日に心筋梗塞で意識不明に陥っていた安西マリアが帰らぬ人になった

享年60


♪今も 今も 今も 今も
   ………
あなたを待っている

祈りは届かなかった


1976年リリース「サヨナラ・ハーバーライト」は

つづく「センチメンタル・グループ・サウンズ」「やけっぱちロック」とともに

橋本淳作詞・響わたる作曲のビクター時代の傑作

安らかにお眠りください