TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「ソロモンの偽証 前篇:事件/後篇:裁判」*成島出監督作品


監督:成島出
原作:宮部みゆき
脚本:真辺克彦
音楽:安川午朗
主題歌:U2「With or Without You」
出演:藤野涼子、板垣瑞生、石井杏奈、清水尋也、富田望生、前田航基、望月歩、西畑澪花、西村成忠、若林時英 * 佐々木蔵之介、夏川結衣、永作博美、小日向文世、尾野真千子、黒木華、田畑智子、松重豊、余貴美子、池谷のぶえ、塚地武雅、田中壮太郎、市川実和子、江口のりこ、森口瑤子、安藤玉恵、木下ふか、宮川一朗太、嶋田久作、大河内浩、津川雅彦

☆☆☆★ 2015年/松竹/267分

    ◇

 宮部みゆきのベストセラー小説の映像化。
 3月7日公開の「前篇:事件」と4月11日公開の「後篇:裁判」を、プレミアム上映会でイッキに鑑賞した。前後篇合わせた5時間(インターバルあり)はあっという間の出来事。可能ならば同時に鑑賞することをお勧めするのだが……。

 クリスマスの朝、雪の積もった中学校の校庭で14歳の少年が遺体で発見されたことから、学校内に眠る悪意が目を醒ました。目撃者を名乗る匿名の告発状が届き、マスコミの過熱報道が事件の主役をすり替える。
 そして、また犠牲者が出た。事件の真相を大人には任せられないと生徒たちが自分たちで法廷を開く。真実を求めてゆく先にあるものは……。


 原作は、連載に足掛け10年をかけた2,000頁を超える大作。主要登場人物の生徒たちだけでも9人以上を超え、少年少女たちを取り囲む大人たちである家族や学校関係者・マスコミなどの世界も含め、チャプターごとにひとり一人の視点から描写されている。
 それだけに、原作ファンとしては映画化のニュースが流れたときには一抹の不安があった。原作の醍醐味を前後篇の映画に分けたとしても無理が生じるだろうと……映像化だったら映画よりWOWOWドラマあたりの方が、原作の世界観を堪能できるのではないかと思っていたのが正直なところだ。しかし、そんな杞憂はあっさりと覆られた。細かな枝葉を巧く刈り込んだ脚本は、見事に原作の世界観を甦らせていた。

 なんと言ってもヒロインがいい……役名を芸名にした藤野涼子の、凛々しい佇まいと悠然とした低音の声音には大物になる予感さえする。

 生徒たちの人物設定において入れ替えや二人でひとりのキャラクターにしたりした苦肉の策は違和感がなかったが、担任教諭モリリン(黒木華)の隣人垣内美奈絵(市川実和子)のエピソードはもう少し欲しいところ。垣内美奈絵がモリリンに執拗な敵意を抱く動機が見えにくいので、原作を知らない観客には不自然に映るのではないか。それにしても、市川実和子の蛇女顔が怖い。這姿はホラーだ。

 また、亡くなった柏木卓也(望月歩)と弁護人となる神原和彦(板垣瑞生)が通っていた塾のエピソードがまるまるカットされ、柏木の兄の存在もなくなってしまったので、柏木卓也という少年の実像と心の深い部分の多面性が希薄になったような気がした。
 それでも、原作にはない藤野涼子と柏木卓也とのエピソードを加え、そこで発せられる言葉が核心部分を補正し、クライマックスは原作とは違う高揚感と切なさに包まれる。映画としてのテーマは、これでいい。

 前篇のエンディングには少女の悪夢を沈殿させるかのようにアルビノーニの「アダージョ」が流れ、後篇のエンディング・テーマはU2ボノの歌声で傷ついた者たちの叫びが代弁される。

 ♪君はすべてを与えてくれる 
  ぼくはより多くを求めて君を待っている
  君がいても いなくても 
  ぼくは生きてゆけない
  君と一緒でも 君なしでも

スポンサーサイト

「紙の月」*吉田大八監督作品

papermoon_chi.jpg

監督:吉田大八
原作:角田光代
脚本:早船歌江子
音楽:緑川徹
主題歌:「Femme Fatale」ヴェルヴェット・アンダーグラウンド & ニコ
出演:宮沢りえ、池松壮亮、小林聡美、田辺誠一、大島優子、石橋蓮司、近藤芳正、佐々木勝彦、中原ひとみ

☆☆☆★ 2014年/松竹/126分

    ◇

 角田光代のベストセラー小説の映像化。
 すでに2014年2月にNHKで原田知世主演のドラマが放送されていたが、映画は独自の視点で、平凡な主婦が快楽(恋と金)に溺れ堕ちていく様をスリリングに描いている。


 1994年。梅澤梨花(宮沢りえ)は、子どもには恵まれなかったが郊外のマイホームでサラリーマンの夫(田辺誠一)と二人で穏やかに暮らしている。
 契約社員として勤める〝わかば銀行〟では、厳格なベテラン行員の隅より子(小林聡美)や若いテイラーの相川恵子(大島優子)ら様々な女性たちとともに働き、営業に励む梨花は真面目な仕事ぶりが評価されている。
 しかし、一見なに不自由ない生活を送っている梨花だが、私生活では自分への関心が薄く鈍感なところのある夫との間に虚しさを募らせていた。
 ある夜、先輩女子行員の送別会が催された渋谷で、顧客で裕福な独居老人(石橋蓮司)の家で一度顔を合わせた孫の大学生の光太(池松壮亮)と再会。
 その後、梨花は何かに導かれるように光太と逢瀬を重ねるようになる。
 そんな中、外回りの帰りに衝動買いした化粧品の代金が不足し、顧客の預かり金から1万円を借りたことをきかっけに、度々、預り金の横領に手を染めるようになっていく。
 学費のために借金をしているという光太への援助や遊興費に浪費し、使えば使うほど金銭感覚が麻痺した梨花は、自宅で定期預金証書や支店印のコピーを偽造し、横領額は歯止めがかからずエスカレートしていくのだった。
 上海に赴任するという夫には同行せず、梨花は光太と一緒に高級ホテルやマンションで贅沢な時間を過ごすが、光太の行動にも変化が現れ、ある日、光太が大学を辞めたことを告げられる。
 そんな折、より子が銀行内で不自然な書類の不備が続いていることを不審に感じ始めていた……。

    □

 原作にある梨花の友人たちのエピソードをまるっと削除し、銀行内部をハブにした映画オリジナルの女性2人を加えた大胆な脚色は、ありがちな横領事件を三者三様の女の生き方で見せてくれる。

 主人公の梨花が若い男に貢ぐのは、自分の居場所を求めているのだろう。しかし、そこから何を得て何を失ったのか。
 7年ぶりの映画主演の宮沢りえには、普通の主婦の日常の歯車が少しづつ狂ってゆく様から、恋に堕ちる女性の表情とその表現力に見蕩れてしまった。
 自転車で振り返るとき…地下鉄ホームで振り返るとき…一心不乱に偽造行為をするとき…走って走って走り去るとき…宮沢りえの顔が、素晴らしい。

 「ありがちでしょ……?」
 恵子の悪魔の囁きは、梨花が堕ちてゆく道先案内としてスリリングな言葉となって弾む。
 大島優子の無邪気さと、達観視したしたたかな表情にゾクっとくる。

 梨花の対極にいるより子は、自分の居場所から外れない真っ当さで梨花を追いつめていく。
 想像しえなかった梨花の行動に楔を打つより子は、閑職に追いやられる身。自分の「行くべきところ」に大きな差があることを認めながらも「お金はただの紙よ。あなたが行けるとこはここまで」と説くが、しかし……
 「一緒に来ますか?」と梨花に誘われる。簡単に自分の枠を飛び越えてゆく梨花の姿に、どこかで共感するより子を見抜いている言葉。受ける小林聡美の巧さは、表情……とても印象的だった。
 このクライマックスの対峙は、堂々たるふたりヒロインの図である。
 そして、悪いことをしている実感もないままに「自分自身の解放」に突き進む梨花の行動は、道徳観を超越し、カタルシスさえ感じるのであった。

 ヴェルヴェット・アンダーグラウンド & ニコの「Femme Fatale(邦題:宿命の女)」がラストに流れるが、よくぞ使用許可が下りたものだ。
 この曲は、1967年にリリースされたヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビュー・アルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド & ニコ』に収録されていたもの。アンディ・ウォーホルがプロデュースし、バナナの絵のジャケット・デザインが有名。
 ドラッグ・カルチャー全盛期のアルバムから生まれた退廃的で気怠いニコの歌声が、罪の意識もなく逃亡する梨花の潔さに相応した働きをみせる。

 ♪彼女がやってくる 気をつけたほうがいいぞ
  彼女は本当に悩ましい 
  彼女の歩き方を見てみろよ 彼女の喋りかたを聴いてみろよ………

Femme Fatale」by the Velvet Underground & Nico


「白ゆき姫殺人事件」*中村義洋監督作品


監督:中村義洋
原作:湊かなえ
脚本:林民夫
音楽:安川午朗
出演:井上真央、綾野剛、菜々緒、蓮佛美沙子、金子ノブアキ、貫地谷しほり、谷村美月、染谷将太、小野恵令奈、宮地真緒、大東駿介、秋野暢子、ダンカン、生瀬勝久

☆☆☆★ 2014年/松竹/126分

    ◇

 長野の国定公園内で、全身をめった突きされた化粧品会社社員の三木典子(菜々緒)の焼死体が発見された。彼女の指導を受けていた新入社員の狩野(蓮佛美沙子)から連絡を受けた大学の友人でTV局の派遣映像ディレクター赤星(綾野剛)は、早速取材を開始する。
 狩野によれば、美人で目立つ存在だった三木典子と同期入社の城野美姫(井上真央)が事件直後から姿を消しているという。城野に疑惑を抱いた赤星は、彼女の周囲を取材して証言を集める。
 会社のパートナー(小野恵令奈)や上司(金子ノブアキ)、大学時代の友人(谷村美月)、故郷の家族(秋野暢子、ダンカン)、同級生、幼馴染み(貫地谷しほり)らから城野がどんな女性だったかを語らせ、それをテレビのワイドショーで派手に放送して大きな反響を呼んだ。と同時に、赤星は取材で得た情報をTwitterに発信する。
 ネットは次第に匿名性を失い、憶測と中傷によって城野は容疑者となっていくのだが、彼女は行方をくらませたまま沈黙をつづけていた……。
 城野が犯人なのか………行方をくらませる理由は何なのか……

    ◇

 湊かなえの作品は、人間の(特に女性の)悪意を描くことで読者や観客の深層にある好奇心を刺激する。物語のなかに殺人が起きても、それは人間の悪意をすくい取るためのきっかけに過ぎず、犯人が誰とか、解明される動機や手段に重きを感じることがなく、それよりも、ちょっとした身に覚えのある事柄に読者や観客はゾクっとさせられるのだと思う。

 「記憶は捏造される」
 幼馴染みの谷村夕子が言うこの言葉が、本作の根幹となっているところだろう。
 メディアの暴走は今までも言い尽くされてはきたが、ネットでの「噂」と「無意識の悪意」の増幅の怖さをあらためて感じさせる作品である。

 取材対象者の証言の積み重ねだけで語られるストーリーは、それぞれの話が食い違い、何が本当で真相がどこにあるのかが見えてこない。原作では週刊誌記者だったところをTVマンに変えたことで、ネット以外のメディア情報のスピードも増大し、カメラやマイクの前では人間は自分を無意識のうちに正当化したり、話を大きくしがちになることがよく判る。
 カメラを構えた人間の思い込みと先入観による映像編集の怖さと、ネットではどんどんエスカレートしていく反応を字幕を駆使しながら見せていく映像手法が、城野美姫の過去を回想として織り込む多層構造で観るものの興味を離さない。

 証言者によって同じシチュエーションが何度も違う方向性で映されるが、その度に井上真央と菜々緒の演技に変化がつけられる。菜々緒は映画初出演だが、なかなか堂にいったもので、誰が見てもスタイル抜群の美人なのが一番説得力ある。適役。
 井上真央は、地味で孤独感にあふれた女性の憂いと優しさ、そして狂気を巧く演じ分けている。どんどんイイ女優になってきている。
 「無関係」とテロップ表記される赤星の軽薄で薄っぺらな人物像は、ラストにおいてもその人間性がよく現れていて、綾野剛にはぴったりな配役だ。

 なかなか面白く観ることができた作品だったが、しかし、終盤明かされる事件の真相は場当たり的で偶然の産物とも云え、かなり無理のあることに脱力感を覚えるのもまた確か。まぁこの程度は許容範囲であるが……。


shirayukihime_poster.jpg



「カラスの親指」*伊藤匡史監督作品


監督:伊藤匡史
原作:道尾秀介
脚本:伊藤匡史
音楽:林祐介
出演:阿部寛,村上ショージ、石原さとみ、能年玲奈、小柳友、ユースケ・サンタマリア、ベンガル、上田耕一、鶴見辰吾

☆☆☆★ 2012年/20世紀フォックス/160分

    ◇

 道尾秀介の同名小説の映画化で、物語にも俳優たちにも爽快にダマされる快感。見事なエンディングには、感動さえ生まれたエンターテインメントな作品だ。
 

 ベテランの詐欺師タケこと武沢竹夫(阿部寛)は、競馬場で見つけた客(ユースケ・サンタマリア)をカモに、少し間抜けな新米の相棒テツこと入川鉄巳(村上ショージ)に寸借詐欺の手ほどきをしていた。
 ある時、スリの腕が一人前の少女まひろ(能年玲奈)を助けたことから、彼女の姉で自由奔放なやひろ(石原さとみ)と恋人の貫太郎(小柳友)の3人がタケのところに転がり込んで来た。
 5人の奇妙な共同生活がはじまり疑似家族のような賑やかさになるが、実はが5人はそれぞれに哀しい過去を背負い不幸な生い立ちを抱えていた。
 タケは8年前に闇金業者ヒグチ(鶴見辰吾)の恨みを買い娘を火事で失い逃亡生活に、テツさんは多額の借金から妻に自殺され、美人姉妹もヒグチのせいで一家離散の悲惨な人生を送ってきていた。
 連帯感で結ばれた5人は、逃げている生活から脱するためにヒグチへの反撃を決意し、一世一代の大勝負をすることに……。彼らに一発大逆転の目はあるのか。

    ◇

 「カラス」はプロの詐欺師を指す隠語で、はて「親指」とは?
 
 親指(お父さん指)は、人差し指(お母さん指)、中指(お兄さん指)、薬指(お姉さん指)、小指(赤ちゃん指)と難なくくっつくけれど、人差し指は小指とだけ寄り添わない。でも、親指が人差し指を支えれば、難なく小指と寄り添うことができる。

 テツさんがタケに話すこのエピソードは原作でも深いいい話となっている。
 そう、これはコンゲームというよりも詐欺師たちの人情噺なのである。だから、エピローグにホロリとさせられるわけで、プロローグとエピローグの空に放たれた風船にも意味合いが生まれてくるというもの。

 序盤のコンゲームのスリリングさが影を潜め、ミステリーとしては致命傷になるご都合主義に陥っていたりするが、なるほど、幕が上がった瞬間からの伏線がそこら中に張られ、それらが、ラストには絶妙に回収されるという快感は充分に味わえる。
 伏線回収のための説明過多になったり、種明かしが少し雑だったかもしれないが……。

 キャスティングは微妙ながらいい感じである。こんなに弾けている石原さとみには初め気づかなかったし、台詞棒読みの村上ショージも朴訥としたおっちゃんとしてほのぼの。
 そして能年玲奈。ある意味“まひろ”が主役と言ってもいいような存在感。さすが「あまちゃん」のヒロインに抜擢されるはずだ。


「夢売るふたり」*西川美和監督作品

yumeuru_02.jpg

監督:西川美和
原案:西川美和
脚本:西川美和
音楽:モアリズム
出演:松たか子、阿部サダヲ、田中麗奈、鈴木砂羽、安藤玉恵、江原由夏、木村多江、やべ きょうすけ、大堀こういち、倉科カナ、伊勢谷友介、小林勝也、香川照之、笑福亭鶴瓶

☆☆☆☆ 2012年/日本・アスミック・エース/137分

    ◇

 常に自分のオリジナル脚本にこだわり作品を撮りあげてきた西川美和監督の3年ぶりの新作は、可笑しく、愛おしく、そして、切ない男と女の愛の物語だ。


 東京の片隅で暮らす市澤貫也(阿部サダヲ)と里子(松たか子)夫婦は、十年以上頑張って念願叶って開いた小料理屋「いちざわ」を火事で失う。
 もう一度自分たちの店を持とうと、里子はラーメン屋で働きはじめるが、貫也は立ち直れない。
 ある夜、貫也は駅のホームで常連客だった玲子(鈴木砂羽)に会う。泥酔していた彼女をマンションに連れてゆき一夜を共にした貫也は、事情を聴いた玲子から前の日に不倫相手からもらった手切れ金を手渡される。
 金の次第を知った里子は、店を再開するための資金集めに結婚詐欺を思いつく。
 里子が隙のある女を探し計画し、貫也が言葉巧みに女たちの心の隙間に入り込む。
 仕事も恋もうまくいかない独身OL咲月(田中麗奈)、辞め時を探している孤独なウエイトリフティング選手ひとみ(江原由夏)、留学を夢見ながらも男運の悪い風俗嬢紀代(安藤玉恵)、息子を抱えたシングルマザー滝子(木村多江)。
 しかし同じ夢を見ていたはずの夫婦は、いつしか自分たちには気づかなかった一面と向き合うことになる………。

    ◇

 ゆったりしたアコースティック・ギターの調べに乗って、登場人物たちがスケッチされるタイトルバックから、今回もまた西川監督の人間描写を楽しませてくれるのだなと予感。

 西川監督として初めて“女の物語”を展開し、だます女にも、だまされる女にも、“女の心情”が痛々しく描かれ、女の意地や、女の凶暴さは、女の視線で描いているからこそで、日常のなかの女の“生と性”も生々しく曝け出されていく。

 貫也から渡された玲子の金を燃やしはじめ、貫也を風呂場の熱い湯船の中で問いただす里子のゾッとする凄み。里子の心に決意のスイッチが入るシーン。それまでの献身的な仕草や、自転車の二人乗りなど微笑ましかった里子の顔から笑顔が無くなる瞬間。徐々に貫也と心と身体が離れていく過程の表情の変化。
 健気で自分の感情を表に現さない里子を演じる松たか子の、眼の奥で演じる無表情の感情表現が素晴らしい。
 映画全体の雰囲気を、松たか子ひとりで女の恐さ、優しさ、エロティックさを感じさせているところが凄い。

 夫婦の夢を叶えるために女たちに夢を売っていたはずの貫也が、苦しくも叶わぬ夢を追いかけている女たちに自分を気づかされる。
 自分の心と身体そして夢を切り売りしていた淋しさと、女たちに自分を曝け出し安心感に包まれていた貫也は、里子が本当に欲しがっているものに気づく。

 それは、女のプライド。

 里子だって自分で判っている。でも、どうしようもないんだよな。里子のこころが切ない。
  
 嬉々として自転車で、女のところに出かける貫也の背中を見送る里子。そのあとの包丁のシーンにも里子のプライドが見える。
 しかし、それが衝撃の展開に繋がるだなんて誰も予想できない。
 雨の中の、赤い傘と光る包丁だなんて、いい小道具だ。

 交差点で、事の始点となった玲子と目があう里子。自分の中だけで、苦しみ溺れた里子の背負ったものの大きさが少し判った気がする。
 
 夢を叶えようが、夢に破れようが、女たちはしっかりと次の道を歩んでゆくラスト。貫也が見る空と里子が見る空に、未だふたりの夢は残されているよ、と西川監督は言いたげだ。

 阿部サダヲの情けなさと、笑福亭鶴瓶の得体の知れなさも良かった。


★ゆれる★
★ディア・ドクター★
★きのうの神さま★

「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」*大森立嗣監督作品



監督:大森立嗣
脚本:大森立嗣
音楽:大友良英
主題歌:「私たちの望むものは」阿部芙蓉美
出演:松田翔太、高良健吾、安藤サクラ、宮崎将、新井浩文、柄本佑、洞口依子、美保純、多部未華子、山本政志、小林薫、柄本明

☆☆☆ 2010年/日本・リトルモア/131分

    ◇

 現代版『イージー・ライダー』だろうか?

 工事現場の壁を壊す解体屋で働く施設育ちのケンタ(松田翔太)と弟分・ジュン(高良健吾)。ロリコンを馬鹿にした先輩の裕也(新井浩文)をカッターナイフで傷つけ逮捕された兄のカズ(宮崎将)に会うために、収監されている網走刑務所に向って旅をする。
 出かけに、うっぷん晴らしに解体会社の事務所を荒らし、裕也の高級車を叩き壊していく。
 少し前にナンパして付き合っていたジュンの女カヨ(安藤サクラ)も連れ立って、カズに会えばこの行き詰まった毎日に風穴が空き、光を与えてくれるに違いないと車を走らせる。
 途中のドライブインでカヨを捨てて身軽になったケンタとジュンは、道中、闘犬を育てる男(小林薫)や、施設時代の仲間で母親に片目を潰された洋輔(柄本佑)や、絵空事の夢を語るキャバ嬢のゆみかチャン(多部未華子)らと出会いながら、盗んだオートバイで旅を続けていく。
 やがて辿り着いた網走刑務所でカズに再会するが、「希望」も何もなく壊れてしまった姿に絶望感を募らせるケンタは、自らも壊れていくのだった………。
 
    ◇

 嗚呼、なんて気が重くなる映画だ。作品的に悪くはないのだが、こうも気分を打ちのめしてくれる映画は久しぶりだな。
 どうしようもない社会のどんずまりで喘ぐ無知な若者たちが、その未来に何も明るいものがない憤りをボソボソと綴っていくだけのドラマだ。もったいぶったモノローグで淡々と進行していくから、131分はちょいと長かった。

 「壁」を壊した向こう側には、やっぱり希望なんて全然見えてこない展開と終幕。「希望」が失われたあとの「無力感」。何も変わらず、何も始まらないと思えるエンディングを迎える。が、しかし、何度も何度も捨てられては立ち上がる安藤サクラのクローズアップに「私たちの望むものは」が流れてきたときには、なぜだか凄く心が揺さぶられていた。
 何なんだ、この感動は。

 阿部芙蓉美というシンガーソングライターがカバーした「私たちの望むものは」は、岡林信康の『見る前に跳べ』に収録されていたメッセージソング。ぼくら世代には1970年の中津川フォークジャンボリーで、はっぴいえんどをバックに従えての熱唱が心に響いている。
 当時の若者のメンタリティを歌い、人が幸せを求めるときには、己の心が変わらなければ社会は変わらないと、岡林信康が自らの在り方をメッセージした名曲だ。

 「私たちの望むものは社会のための私ではなく 私たちの社会なのだ」と歌い
 「今ある不幸せにとどまってはいけない まだ見ぬ幸せに今跳び立つのだ」と“生きる歓び”と“あなたと生きる”ことを謳ったあと
 「私たちの望むものはあなたと生きることではなく あなたを殺すことなのだ」と、逆転する屈折感で締める歌詞は、そのまま映画のラストに反映される。

 “ブスでバカで誰とでも寝る”カヨちゃんの「愛されたい」という思いだけで行動する一途さと、捨てられても殴られても逃げないタフさを見せてくれた安藤サクラが、場をさらっていったな。

「大鹿村騒動記」*阪本順治監督作品



監督:阪本順治
原案:延江浩
脚本:荒井晴彦、阪本順治
音楽:安川午朗
主題歌:「太陽の当たる場所」忌野清志郎
出演:原田芳雄,大楠道代、岸部一徳、佐藤浩市、松たか子、冨浦智嗣、瑛太、石橋蓮司、小倉一郎、でんでん、加藤虎ノ介、小野武彦、三國連太郎

☆☆☆★ 2011年/日本・東映/93分

    ◇

 原田芳雄自らが「芸の原点としてどうしても演らねば」との思いで企画した本作は、最後まで役者でありつづけた稀代の俳優・原田芳雄の遺作になってしまったが、女と男の情念(『赫い髪の女』『身も心も』)の荒井晴彦と、ハードボイルド(『どついたるねん』『行きずりの街』)の阪本順治といった因縁ある『KT』コンビにより、大いなる喜劇を作り上げた。
 コメディではない。 
 長野県大鹿村に300年以上も引き継がれている「大鹿歌舞伎」を題材に、“地芝居”に関わる人々の悲喜こもごもな人間模様がユーモラスに描かれる、素敵な人間ドラマだ。



 雄大な南アルプスの麓にある長野県大鹿村。そこでシカ料理店「ディア・イーター」を営む風祭善(原田芳雄)は、300年以上の歴史を持つ村歌舞伎の花形役者だ。だが実生活では女房に逃げられ、あわれ独り身をかこっていた。

 「バッカじゃないの」
 「馬鹿じゃない。鹿だ」

 サングラスにテンガロンハットで現われる原田芳雄と「ディア・イーター」の看板。スタッフ、キャストらの映画的記憶の遊び心が伝わる導入部は、都会からアルバイトに応募しにきたワケありの青年・雷音(冨浦智嗣)とのやりとりがオヤジギャグであろうと、つい笑ってしまう。

 やはりサングラスを掛け顔を隠した男女がバスから降りてくる。
 18年前に駆け落ちをして村を離れた善の女房・貴子(大楠道代)と幼なじみの治(岸部一徳)の、怪しい登場も可笑しい。

 公演を5日後に控えたその日、村役場の会議室ではリニア新幹線誘致の話で村民同士がモメていた。賛成派の土建屋・権三(石橋蓮司)に反論する白菜農家の満(小倉一郎)をなだめる商店主の玄一郎(でんでん)らも、村歌舞伎の役者だ。
 恋人が東京に行ったきりでストレス気味の役場職員の美江(松たか子)と、彼女を気にする女形のバスの運転手の一平(佐藤浩市)もいる。
 低予算・撮影期間2週間・上映時間90分あまりのプログラムピクチャー志向といえどもなんとも贅沢なキャスティングは、ほかにも旅館主の小野武彦、大楠道代の父親役「大鹿歌舞伎保存会会長」に三國連太郎。当て書きされたかのような俳優陣らの力を抜いた演技が楽しめる。

 村歌舞伎の演目『六千両後日文章 重忠館の段』は、平家方の武将・悪七兵衛景清景が源頼朝相手に大暴れする「平家滅亡の後日談」で、この“敗残のヒーロー”こそ善の十八番。
 その稽古中に治と貴子が姿を現した。
 唖然とする善は、一度舞台の幕を引き、も一度幕を上げる。この芝居がかった仕草をはじめ、台詞のいろんな箇所にも、三角関係の男女の心情と大鹿歌舞伎の話がドラマに繋がる趣向で人間関係の機微が巧く描かれていく。
 
 「ごめん………返す」と詫びる治。
 認知症を患い、18年前の駆け落ちしたことさえ忘れてしまった妻をいきなり返され、途方に暮れる善。
 逃げた女房と奪った男は憎いが、その女房が惚れ抜いた女であれば、その男が幼なじみであれば、そんな憎い思いもすんなり受け入れてしまう男の優しさに人生の苦みが滲んでくる。取り戻したい記憶と忘れたい過去に揺れる男の立場を、原田芳雄と岸部一徳の軽妙な掛け合いと独特の“間”で感じさせてくれる。ふたりがノって演じる様が実に滑稽で面白い。
 そして、記憶が戻っているのかどうか判然としない大楠道代の、卓越した演技も素晴らしい。

 強がりながらも善の心は乱れ、ついには芝居を投げ出してしまう。仲間や村人たちが固唾を呑んで見守る中、刻々と近づく公演日。
 そこに大型台風までやってくる。駆け落ちした日と同じ暴風雨の中、すべての記憶があやふやな貴子の口から出たのは、かつて善と一緒に演じた道柴の台詞。
 小さな村を巻き込んだ大騒動の行方は………である。

 リニア誘致問題や性同一性障害の若者、過疎化問題と出稼ぎ中国人までも盛り込んだ騒動記は、役者の緩さでカントリー・ムーヴィーの心地よい空気が流れている。

 故・忌野清志郎の1999年のアルバム『RUFFY TUFFY』に収録されている「太陽の当たる場所」を主題歌に使用したのにも好感。

 「俺が風祭善だぁ」と叫ぶラストには、『祭りの準備』で江藤潤をホームでバンザイと見送る原田芳雄がダブるかのように、原田芳雄の映画人生における魂の言霊を聞いた思いである。

 原田芳雄、バンザイ!
 素敵な映画たちを、ありがとう!


★祭りの準備★
★スリ★
★われに撃つ用意あり★
★浪人街 RONINGAI★
★赤い鳥逃げた?★
★友よ、静かに瞑れ★
★ニワトリはハダシだ★
★オリヲン座からの招待状★
★美しい夏キリシマ★
★原田芳雄 ライブ★