TEA FOR ONE

まぁお茶でも飲みながら気ままに、好きなことを、すこ~しネタバレしながら、のんびりと………。

「山猫」*ルキノ・ヴィスコンティ

 以下作品は、映画前売券のコレクションとして記録するものです。

1982_山猫
IL GATTOPARDO
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
原作:ジョゼッペ・ランペドゥーサ
脚本:ルキノ・ヴィスコンティ、エンリコ・メディオーリ、スーゾ・C・ダミーコ、パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ、マッシモ・フランチオーザ
撮影:ジョゼッペ・ヴェルディ
音楽:ニーノ・ロータ
出演:バート・ランカスター、アラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレ、パオロ・ストッパ、リーナ・モレリ、セルジュ・レジャーニ

☆☆☆☆ 1963年/イタリア・フランス/185分(オリジナル完全版)

 初見1982年2月。
 第16回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞し、1964年に国際版(161分)が日本でも公開されたが、イタリア語オリジナル版(185分)が日本で初公開されたのは1981年12月だった。

 1860年のシチリアを舞台に、イタリア貴族社会の終焉を描いた歴史大作で、全8章で構成されているランペドゥーサ(イタリア貴族末裔)の原作から6章までの部分を映像化。

 バート・ランカスターの風格、アラン・ドロンの気品ある美しさ、クラウディア・カルディナーレの優雅で愛らしい美貌……ニーノ・ロータの華麗なワルツのメロデイ……
 そして映画の3分の一ほどを占めるクライマックスの舞踏会シーン……豪華絢爛、華麗なダンスが延々とつづく……

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「誘惑されて棄てられて」*ピエトロ・ジェルミ

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SEDOTTA E ABBANDONATA
監督:ピエトロ・ジェルミ
脚本:ピエトロ・ジェルミ、アージェ&スカルペッリ、ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ
撮影:アイアーチェ・パローリン
音楽:カルロ・ルスティケリ
出演:ステファニア・サンドレッリ、サーロ・ウルツィ、アルド・プリージ

☆☆☆  1964年/イタリア・フランス/115分/モノクロ

    ◇

 イタリア映画界の巨匠ピエトロ・ジェルミによる、シシリー島を舞台にした艶笑喜劇で、シチリア地方における風習と「名誉」という体面に縛られる人間たちを痛烈に風刺した作品。

 シチリアの採石場経営者の娘が、姉の婚約者に誘惑され、そして妊娠。激怒した父親は、世間体を繕う意味でも男に妹と結婚するように強要する。
 しかし男は、この地方の風習で「男はたとえ自分が奪った張本人でも、純潔でない女性とは結婚しない」ことを楯に逃げ出してしまう。
 父親は「名誉を傷つけられた場合には、突発的に相手を殺しても罪が軽くなる」と聞き、息子に男の殺害を命じた…。
 何とか殺人事件にならずには済んだが、双方が誘惑したのは相手側だと主張する始末。あくまで世間体を気にする父親の意に沿うように、男は略奪結婚を思いつくのだが、女は「自分を無理矢理奪った男とは結婚しない」と、またまた大混乱となる……。

    ◇

 誘惑されて棄てられる女にステファニア・サンドレッリ。 
 この作品と同じようなテーマで1961年に製作された『イタリア式離婚狂想曲』で認められた演技派女優の彼女は、イタリアを代表する美女のひとり。
 『タヒチの男』(’66)『暗殺の森』(’70)『アルフレード アルフレード』(’72)『あんなに愛しあったのに』(’74)『1900年』(’76)など、印象深い作品は多い。

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 本作の中で一切笑顔を見せない佇まいが、それはそれは美しいのである。

 初見はTV「日曜洋画劇場」あたりだったと思うのだが、映画を観るよりも前に、全編に流れるカルロ・ルスティケリの美しいメロディに惹かれてもいた。
 家には映画音楽ファンであった父親の所蔵にこの映画のシングル盤があり、よく耳にしていたからだ。



 イタリア映画のメロディは、特にマイナーなものは日本の流行歌に近く耳障りも良く、哀愁あるムードで心の琴線に触れるものが多数ある。
 この「誘惑されて棄てられて」は、ピノ・フェルラーラの歌唱で映画が始まるのだが、オーケストラ・ヴァージョンでの三拍子によるマンドリンとストリングスの演奏も心地良く、とても魅了される音楽となっている。

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「刑事マディガン」*ドン・シーゲル


MADIGAN
監督:ドン・シーゲル
原作:リチャード・ドハティ
脚本:ヘンリー・シムーン、エイブラハム・ポロンスキー
音楽:ドン・コスタ
出演:リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、インガー・スティーヴンス、ハリー・ガーディノ、ジェームズ・ホイットモア、スティーヴ・イーナット

☆☆☆  1968年/アメリカ/101分

    ◇

 拳銃を奪われたふたりの刑事の必死の捜査と、片腕として頼る部下の不正を知り苦悩の渦中にあるNY市警本部長。彼らの長く暑い週末の3日間をリアルに描いた警察ドラマである。


 金曜日。ニューヨークのスパニッシュ・ハーレム地区の敏腕刑事マディガン(リチャード・ウィドマーク)は、相棒のロッコ(ハリー・ガーディノ)とともにブルックリンを拠点に置くギャングのベネッシュ(スティーヴ・イーナット)を聴取するためにアパートに踏み込むが、一瞬のスキを突かれ逃げられ、そのうえふたりの拳銃まで奪われてしまう。
 ふたりには72時間以内に逮捕するように厳命が下る。
 昇進試験も受けず現場の刑事に誇りを持つ仕事一途のマディガンだが、妻のジュリア(インガー・スティーヴンス)は欲求不満で口喧嘩が絶えない。
 市警本部長のラッセル(ヘンリー・フォンダ)には、長年の友である主任警部のケイン(ジェームズ・ホイットモア)への汚職疑惑と、自分自身の愛人問題に心を悩ませていた。
 土曜日。マディガンはジュリアが楽しみにしていた本部のパーティに連れ立ってゆくが、会場まで同伴したあと知り合いにジュリアにあずけ捜査に戻っていった。
 そんな中、街を巡回中の警官ふたりがベネッシュに撃たれる。拳銃はマディガンのものだった。
 日曜日の午後。ベネッシュが潜伏しているアパートを突き止め、マディガンとロッコは体当たりで部屋に踏み込むが………。

    ◇

 その昔、犯罪スリラーや西部劇で見かけたリチャード・ウィドマークは、その強面から一度見たら忘れられない俳優。不気味な薄笑いで冷酷な悪役を演じさせたら右にでる者はいないだろう存在感。本作ではヘンリー・フォンダを差しおいての主役として、男の孤独と哀愁を漲らせ好演している。
 初見はTV日曜洋画劇場。彼の代表作のひとつと言っていいだろう。72年には『鬼警部アイアンサイド』に対抗したのか、マディガンのキャラクターでリチャード・ウィドマーク主演のままにTVシリーズが製作されている。 

 この映画が製作された1968年といえば、アメリカン・ニューシネマが台頭し出してきた時代だ。〝アンチ・ヒーロー〟〝アンチ・ハッピーエンド〟のニューシネマの波は70年代に向ってあっという間に映画界を呑み込んでゆくのだが、この作品はニューシネマには分類されていないのだが、マディガンと相棒のロッコ、ラッセルと親友ケインの二組の人物描写はそれ以前の警察ドラマよりは〝アンチ・ヒーロー〟っぽく、ラストの報われない哀しい現実が〝アンチ・ハッピーエンド〟として印象に残る。

 警察官とてひとりの人間、ということで描かれるマディガンの家庭内での行き違いや、愛人との二重生活をおくる市警本部長など、リチャード・ドハティの原作通りの人間味を醸し出す演出だが、映画では若い頃のマディガンとラッセルとの因縁が描かれきっていないので、ラストにおけるジュリアの言葉が響いてこないのが惜しい。

 あと、禁煙11日目のロッコにマディガンが煙草を勧めるエピソードは、これ以後、多くの洋邦画ドラマに使われるが、ふたりの関係性を味わい深くするいいシーンだ。
 
 本作以前で監督ドン・シーゲルの手腕を見てとることができる作品は、犯罪映画『殺人者たち』(’64)であろう。これも初見は日曜洋画劇場だった。
 もともとTV用に製作された作品なのだが、暴力描写が激しいことから劇場公開された映画で、とにかく主役のリー・マーヴィンとジョン・カサヴェテスが恰好いいのだ。

 そしてドン・シーゲル監督はこのあと、『ダーティハリー』(’71)を生み出すのである。


 

「招かれざる客」*スタンリー・クレイマー

1968-01_招かれざる客
GUESS WHO'S COMING TO DINNER
監督:スタンリー・クレイマー
脚本:ウィリアムズ・ローズ
出演:スペンサー・トレーシー、シドニー・ポワチエ、キャサリン・ヘップバーン

☆☆☆☆ 1967年/アメリカ/108分

    ◇

 人種問題を提起した作品だが、スペンサー・トレーシーとキャサリン・ヘップバーンの演技に釘付けになる。
 スペンサー・トレーシーはこの作品が遺作であり、キャサリン・ヘップバーンはアカデミー賞主演女優賞を獲得している不朽の名作だ。

「卒業」*マイク・ニコルズ

1968-02_卒業
THE GRADUATE
監督:マイク・ニコルズ
原作:チャールズ・ウェッブ
脚本:バック・ヘンリー、カルダー・ウィリンガム
音楽:ポール・サイモン、デイヴ・グルーシン
出演:ダスティン・ホフマン、キャサリン・ロス、アン・バンクロフト

☆☆☆☆ 1967年/アメリカ/105分

    ◇

 世代的に青春映画の代名詞でもあり、サイモン&ガ-ファンクルの主題歌は心の中までに残っているが、細かなところはあまり覚えていない。とにかく映画館を出るときの、あのラストの痛快さと、冷静になったダスティン・ホフマンのうつろな眼が忘れ難く、アン・バンクロフトとの密会シーンにもドキドキしたものだ。


「危険がいっぱい」*ルネ・クレマン

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LES FELINS
監督:ルネ・クレマン
原作:デイ・キーン「喜びの家」
脚本:ルネ・クレマン、パスカル・ジャルダン、チャールズ・ウィリアムズ
撮影:アンリ・ドカエ
衣装:ピエール・バルマン
音楽:ラロ・シフリン
出演:アラン・ドロン、ジェーン・フォンダ、ローラ・アルブライト、オリヴィエ・デスパ

☆☆☆☆ 1964年/フランス/93分/B&W

    ◇

 原題は〈猫科の動物〉。ルネ・クレマンの職人的手際が映画全体を洒落たムードにつつみ込み、色気からくる危うい雰囲気のアラン・ドロンと、彼に絡む女猫たちとの探り合いと騙し合いが楽しめる傑作サスペンスになっている。


 南仏コート・ダジュール。いかさまカード師でジゴロのマルク(アラン・ドロン)は、アメリカ人ギャングのボスの女房に手を出したばかりに、手下の男たちに追われる羽目になる。
 命からがら逃げ込んだ教会の救済施設で、アメリカ人の富豪で未亡人のバーバラ(ローラ・アルブライト)と従妹のメリンダ(ジェーン・フォンダ)に出会い、彼女たちの運転手として雇われる。
 彼女たち二人は大きな屋敷に住み、ひたすら熱心に慈善活動を行う日々を続けていた。
 色男のマルクにメリンダは魅かれるが、マルクには小娘のメリンダよりも、美貌とミステリアス漂う未亡人バーバラの方に興味がある。
 しかし、バーバラには大きな秘密があり、そのためにマルクを利用しようとしていた………。

    ◇

 手練手管のジゴロ役のアラン・ドロンだが、〈猫たち〉は一筋縄ではいかない。

 高貴で知的な女豹ぶりを見せるローラ・アルブライトは、女優になる前はハスキーなジャズ・ヴォーカリストだった。女王のようにふるまう優美な肢体と、秘密の匂いを漂わせる大人の女の魅力は、その美貌が表すように素晴らしい。

 ジェーン・フォンダもまた、世間知らずのウブな娘役でコケティッシュな子猫ながら小悪魔ぶりを存分に振りまき、魅惑的な美しさを披露してくれる。
 父ヘンリー・フォンダへの反発からフランスに単身渡ってきた反骨心を秘めているだけに、女の意地を貫き通す強い執念と、惚れた男を手に入れるためには手段を選ばない女の凶暴性を、子猫が女豹になっていく様のように見事な演技で応えている。

 バーバラの秘密とは、2年前、愛人のスキー教師ヴァンサン(オリヴィエ・デスパ)とともに、莫大な財産を手に入れるために年老いた夫を殺害していたのだった。愛人ヴァンサンは豪邸の秘密の部屋に猫と隠れ住み、密かに自分と同じ年格好の男を身代わりにパスポートを得て、バーバラとふたりで高飛びすることを計画していたのだった。
 2年間、慈善施設通いで替え玉を捜していたなかで、ギャングに追われるはぐれ者のマルクが、まんまとその標的にされたのだった。

 美しいふたりの女性に誘惑されるマルクを隠し部屋から覗くヴァンサン。マルクを自分に振り向かせたいメリンダは、ヴァンサンにバーバラとマルクの関係を吹き込み、ある工作をする……。
 無邪気な子どものように、自分が欲しいものを手に入れたい欲望。悪気がないから余計に恐い。
 バーバラがヴァンサンを篭の鳥にしたように、今度はメリンダがマルクを自分の宝箱に閉じ込める。おもちゃ代わりの子猫も一緒に………。
 エンディング、刑事の訪問に勝ち誇った笑みを浮かべる美しいジェーン・フォンダと、絶望的な表情のアラン・ドロンの目眩のように揺れる画面が秀逸。

 序盤から軽快なテンポで追いかけっこ的サスペンスが繰り広げられ、後半にはじわりと怖さが秘められた展開。さすがの色男アラン・ドロンも従順たる犬の如し女猫の罠にはまり、ラスト10分間の顛末はスリラーの醍醐味だ。
 アンリ・ドカエのシャープなモノクロ映像と、ラロ・シフリンのクールなジャズ・スコアが緊迫したサスペンスを生み出し素晴らしい効果を創り出している。

 ラロ・シフリンはアルゼンチン生まれのジャズ・ピアニストで、『スパイ大作戦』『ブリッド』『ダーティハリー』『燃えよドラゴン!』などが有名だが、この作品はまさに、彼が映画音楽作家としてのキャリアを歩み始めた記念的作品と云える。

 タイポグラフィが印象的なタイトルバックなどに流れるジャズ・シンフォニーのテーマと、メリンダがヴァンサンを誘惑するシーンに流れる曲が、ジャズ・オルガン奏者ジミー・スミスの名作アルバム『THE CAT』('64)に収録された『危険がいっぱいのテーマ』と『ザ・キャット』として有名だ。

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 映画公開に伴いラロ・シフリンの編曲でジミー・スミスがカヴァーしたものだが、映画本編に流れるのはジミー・スミスの演奏ではない。
 
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[ルネ・クレマン作品]
★雨の訪問者★
★パリは霧にぬれて★
★狼は天使の匂い★


「エヴァの匂い」*ジョセフ・ロージー



Eva
監督:ジョセフ・ロージー
原作:ジェームズ・ハドリー・チェイス
脚色:ヒューゴー・バトラー、エヴァ・ジョーンズ
撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ
音楽:ミシェル・ルグラン
出演:ジャンヌ・モロー、スタンリー・ベイカー、ヴィルナ・リージ

☆☆☆☆ 1962年/フランス/117分/B&W

    ◇

 簡素な原題「エヴァ」に対して、邦題に「匂い」を付け加えたセンスの良さ!

 ジャンヌ・モローが、女性として、女優として、最高に脂の乗っていた時のこの作品は、甘美で妖艶な魅力を存分に振りまき、退廃的な美しさで究極のファム・ファタールを演じている。

 ヴェネチアの社交界で、高価な衣装と宝石を身につけ派手な噂を振りまく女性エヴァ(ジャンヌ・モロー)。何人もの男たちが、その魔性に取り憑かれ破滅していっている。
 デビュー作が映画化され金と名誉を得た新進作家ティヴィアン(スタンリー・ベイカー)も、そのひとりだ。ティヴィアンは一夜の関係でエヴァの魅力に堕ち、美しい婚約者のフランチェスカ(ヴィルナ・リージ)がいるにもかかわらず、金も仕事も投げうって、恋人も友もなくし、破滅していく……。

    ◇

 ファム・ファタール Femme Fatale………仏蘭西語で“運命の女”と訳されるこの言葉は、妖艶な魅力と官能性を持つ“魔性の女”として悪女の代名詞にも使われる。どこか狂気を宿し、男を惹きつけ悦ばせ、そして破滅に導くファム・ファタール 。
 自滅していく男たちの悲劇は、裏返せば男たちの幻想でもあり、男が存在し生きていくためには聖女も悪女もイコールと云える。

 ジャン・コクトーから「君がスターになったらこの作品を演じなさい」と云われたジャンヌ・モロー。しゃがれた声で口角の下がった口元のジャンヌ・モローは決して美貌の持ち主とは云えない。美しさだけで云えば断然フランチェスカ役のイタリアの女優ヴィルナ・リージだ。
 それでも、ジャンヌ・モローの出てくるシーンだけを何度も見直したくなる。彼女を一度見ればその虜になってしまう魅力は、主人公のエヴァと同じ“匂い”を持ちえる多面的な美しさと、圧倒的な存在感に魅了されてしまうからだ。それは数多くある彼女の映画すべてに云える。


 「君は美しい。美しくて、残酷で、不道徳で、破滅的だ」
 「わたしを幸せにしてみせて。でも、恋はしないで」


 男って何て馬鹿な生き物、と云われてしまえばそれまでだが、男は女なしでは生きてはいけない。身を破滅しようが、性悪女だろうと、男は女に心乱される願望があるものだ。


 「世界中で一番好きなものは?」
 「ラルジャン(お金)!」
 「一番嫌いなものは?」
 「年とった女!」

 3万ドルの仕事を断り、エヴァの誘いでヴェネチアの超一流ホテル〈ダニエリ〉に滞在するティヴィアンが、エヴァに自分のことを打ち明ける。実はティヴィアンは元炭坑夫で、兄の遺稿を自分の作品と偽り作家デビューを果たし大金持ちになっていた。エヴァは静かにその話に耳を傾けている。
 ティヴィアンはエヴァに「君もぼくと同じだ」という。夫のいる身で裕福な男を渡り歩く勇敢マダム然とした高級娼婦エヴァの虚像を感じとっているからこそ、誰にも云えない自分の姿をエヴァにだけは見せられる。
 エヴァは微動だせず、目だけティヴィアンを追い聞いている。女は弱音を吐かないものだ。

 エヴァは云う「私に払うお金ある?」
 ティヴィアンは持ち合わせた金と金のシガレットケースなどを渡すが、エヴァの言葉は辛辣だ。
 「わたしと週末を過ごして、これだけのお金? 返すわ 情けない人 こんなお金いらないわ 必要でしょ?」

 フランチェスカのもとに帰ったティヴィアンは結婚式をあげた。ゴンドラに乗るふたりをホテル・ダニエリのバルコニーから眺めるエヴァ。
 カジノでエヴァと再会したティヴィアンは、エヴァには夫などいなかったことを知り、エヴァを別荘に連れて行く。
 「ベッドに来ないで」
 ティヴィアンには指一本触らせないエヴァ。
 苦悶するティヴィアン。そこに、ボートでフランチェスカがやって来る。

 ここはスリリングなシーンだ。 
 鏡に映るエヴァとフランチェスカが対峙する場面構成の素晴らしさ。
 ショックを受けたフランチェスカはティヴィアンを振り切り、ボートを運転し自殺する。 


 鏡を見るエヴァ、鏡に映るエヴァ、頻繁にでてくるシーン。ジョセフ・ロージー監督の見事なまでの映画手法は、俯瞰カメラや鏡越しのレイアウトからエヴァの心象が繊細に映し出されていく。
 髪をかきあげ、煙草をくわえ、シーツで身体を包み、鏡に映る自分を見るとき、エヴァが唯一心を開く時だ。
 それにしても、ジャンヌ・モローの銜え煙草の素敵なこと!

 全編ジャジーなサウンドは『シェルブールの雨傘』のミシェル・ルグラン。退廃的美を醸し出すヴェネチアの街と、破滅していく男の心象を見事に浮き彫りにしていくルグラン・ジャズがいい。
 エヴァが必ず室内で聴くビリー・ホリディの「Willow Weep for Me(柳よ泣いておくれ)」は、気怠い歌声が素晴らしい効果となっている。
 アパートメントの窓越しに見えるエヴァが、愛聴盤のビリー・ホリディのレコードを床に叩き付ける終盤、媚と美しさだけで愛に生きていける年齢をとうに過ぎた女の淋しさが映し出される。エヴァが一番恐れている孤独が滲み出てくる。だからこそ、エヴァは正直に生きている。“運命の女”であっても“悪女”にはあらず。

 サン・マルコ広場でのラストシーン、何もかも失ったティヴィアンに「みじめな男………」と呟くエヴァだが、自分と同じ“匂い”を持った男だったからこそ、冷たく言い放たれた言葉だ。


 ジャンヌ・モローが監督推薦したジョセフ・ロージーはアメリカ人。赤狩りの影響でイギリスに渡り生涯アメリカには帰らなかった気骨ある映画作家だ。代表作は『召使』('63)『唇からナイフ』('66)『夕なぎ』('68)『暗殺者のメロディ』('72)『人形の家』('73)などがある。
 英国俳優のスタンリー・ベイカー、イタリア美人のヴィルナ・リージ、そしてフランス映画のミューズであるジャンヌ・モローと、国の違う映画人たちが集まった作品だったが、アメリカ人のロージー監督はスタッフとの相性は良くなかったらしい。
 ラストのエヴァの台詞は別のものがあり、プロデューサーのロベール/レイモン・アキム兄弟(『望郷』『太陽がいっぱい』『昼顔』)によってカットされたという。

 原作『イブ』(翻訳版の『悪女イブ』は身も蓋もないタイトルだ)を書いたジェームズ・ハドリー・チェイスは、『ミス・ブランディッシの蘭』('39)でデビューをし、ハードボイルド小説やノワール小説、悪女もので人気が高いイギリスの推理作家だ。国内外のファンは多く、彼の作品の多くは映像化されている。
 同じ『イブ』を原作にしているのが、小悪魔ぶりを発揮して一躍世界的スターになったミレーヌ・ドモンジョ主演の『女は一回勝負する』('57)だが、これはアンリ・ヴェルヌイユ監督がかなり脚色した犯罪映画に変貌。ほかに、ジャン・ポール・ベルモンド主演の『ある晴れた朝 突然に』('64)、ロバート・アルドリッチ監督の『傷だらけの挽歌』('71/『ミス・ブランディッシの蘭』)、シャーロット・ランプリング主演の『蘭の肉体』('74)などが有名。
 『ある晴れた朝 突然に』の哀愁のギターと口笛のメロディは、生涯忘れられない映画音楽のひとつだ。

 我が国では、映画監督/劇画作家・石井隆がハドリー・チェイスに強くインスパイアされている。根津甚八主演の「月下の蘭」('91)や大竹しのぶ主演の「死んでもいい」('92)が、『ミス・ブランディッシの蘭』『蘭の肉体』と深く関わっているのは周知のことである。


★唇からナイフ★
★傷だらけの挽歌★
★死んでもいい★

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